孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ドイツの市民たちが楽しんだ、フランスの宮廷音楽。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第1番 ハ長調 BWV1066』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑧

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バッハが『コレギウム・ムジクム』のコンサートを開いた、ライプツィヒのツィンマーマン・コーヒーハウス

バッハという大海に注いだフランス音楽

ドイツ人の作ったフランス風序曲を、ヘンデルテレマンと聴いてきましたが、最後は大バッハ、すなわちヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)の作品です。

ベートーヴェンは『バッハは、バッハでなくて、メーアという名であるべきだった。』という有名な言葉(というより洒落)を残していますが、それは〝バッハ〟がドイツ語で〝小川〟を、〝メーア〟は〝大海〟を表わしているからです。

これまで、フランス・ヴェルサイユ宮殿で花開いた〝フレンチ・バロック〟をベルばら音楽として時代順に聴いてきましたが、太陽王ルイ14世のお気に入りだったリュリを源流としたフランス風序曲が、ついにバッハという大海に注いだのです。

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バッハの管弦楽組曲フランス風序曲は、全部で次の4曲が残されています。

最もフランス様式に忠実な第1番 ハ短調、フルートの物悲しい響きで全曲中最も人気のある第2番 ロ短調、有名な〝G線上のアリア〟が含まれた第3番 ニ長調ゲーテのお気に入りで野外的なスケールの第4番 ニ長調です。

昔は第5番まであったのですが、 後代の研究で長男フリーデマンの作ではないか、とされて外されています。

これらの管弦楽組曲は、イタリア風のブランデンブルク協奏曲と、バッハのオーケストラ音楽の双璧とされています。

まさにこの両者は、音楽の両大国の集大成といえます。

バッハのフランス体験はいつ?

では、ドイツから出たことのないバッハは、いつフランス音楽に触れたのでしょうか。

それは、いわば〝高校生時代〟ではないかといわれています。

バッハは15歳のとき、北ドイツのハンザ同盟都市リューネブルクの、聖ミカエル教会付属学校に、給付学生として入学します。

リューネブルクより南に80Km離れたところにツェレという町があり、そこの宮廷にはフランス人オーケストラが雇われていて、ヴェルサイユ直輸入のフランス音楽が鳴り響いていました。

バッハはおそらくそこに聴きに行ったのではないか、というわけです。

リューネブルク侯国の首都(宮廷)はツェレに置かれていましたので、十分ありうることです。

もちろん、フランス風序曲はヨーロッパ中の宮廷でスタンダードな曲目でしたから、バッハが演奏や楽譜で触れる機会はこれに留まらなかったことでしょう。

コーヒー・ハウスで響いた曲

しかし、これらの曲の初稿の自筆譜はひとつも残っていないのです。

バッハは、その最後のキャリアはライプツィヒ音楽監督聖トーマス教会のカントルでしたが、教会の仕事とは別に、大学生による有志の音楽団体『コレギウム・ムジクム』の指揮者も務めていました。

『コレギウム・ムジクム』は、あのテレマンが創設した団体で、夏はグリンマ門の前のコーヒー・ガーデンで水曜の午後に、冬はツィンマーマンのコーヒー・ハウスで金曜の晩に、定期演奏会が開かれていました。

学生といっても、玄人はだしの腕前だったということです。

また、コーヒー・ハウスは18世紀にあっては、情報の集積地と発信地であり、〝文化のるつぼ〟といわれました。

コーヒーは、リュリの時代に、オスマン・トルコの尊大な使者がパリの街にもたらし、また、第2回ウィーン包囲に失敗したオスマン・トルゴ軍が敗走したあとに残されたコーヒー豆を使って、ウィーンにコーヒー店ができたことも、以前取り上げました。

ライプツィヒでも、コーヒーは大いにもてはやされていたのです。

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ドイツ市民たちが楽しんだ宮廷音楽

ここに集まる市民たちが、バッハの音楽を楽しみにしていました。

ライプツィヒでの公職は教会音楽家ですから、この時代のバッハの作品は宗教音楽が中心になりますが、この『コレギウム・ムジクム』では、肩の凝らない世俗音楽が演奏されます。

バッハが世俗音楽を盛んに作曲していたのは、音楽好きの主君、ケーテン侯に仕えていた頃でしたので、ライプツィヒ時代にここで演奏した曲は、ケーテン時代に作った旧作を多く取り上げました。

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バッハにしてみれば、田舎の宮廷で埋もれてしまう運命のかつての自信作を、大都会で再び広く世に問うことができるのですから、どれだけうれしかったことでしょう。

管弦楽組曲の楽譜はすべてこのライプツィヒ時代のものなのですが、どれが旧作で、どれが新作なのか、判別が難しくなっています。

おそらく、第1番と第4番が、オリジナルがケーテン時代で、第2番と第3番がライプツィヒ時代の新作なのではないか…?とされていますが、確たる証拠はまだ見つかっていません。

それでは、さっそく第1番から順番に聴いていきましょう!

演奏は、名曲だけに数々の名演があって、取り上げるのに迷いますが、それぞれ私の好みで選ばせていただきます。

第1番はパウル・ドンブレヒト指揮イル・フォンダメントの演奏ですが、こちらは4曲ともケーテン時代に作曲されたとして、初期稿を再現しています。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第1番 ハ長調 BWV1066』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.1 C-dur BWV1066

演奏:パウル・ドンブレヒト指揮 イル・フォンダメント

Paul Dombrecht & Il Fondamento

第1楽章 序曲

この曲の編成はオーボエ2、ファゴット、弦楽と通奏低音ですので、トランペットやティンパニの入らない、室内的な編成です。4曲のうち最も古いのは確かなのですが、作曲年代の推測は、1718年から1725年と幅広くなっています。

スタイルとしては、伝統的なフランス風序曲に最も近く、典雅な中にも、しっとりとした落ち着きがあります。

始めの「緩(グラーヴェ)」は、ゆっくりと深呼吸をするように伸びやかで、魅了されない人はいないでしょう。リュリやラモーの序曲の形式に則っていますが、彼らの、王の権威を示すような気高さはなく、心の深奥に染み入るような音楽なのは、さすがバッハと言うほかありません。

続く「急(ヴィヴァーチェ)」は2分の2拍子の軽妙なフーガですが、オーボエとファゴトが、トゥッティに加わりつつ、時にはソロで活躍するのは、まさにイタリアのリトルネッロ形式にほかなりません。テレマンターフェルムジークの序曲で同じ手法を多用していますので、ドイツ人が作ると、このように国際的になるというわけです。

第2楽章 クーラント

フランス起源の、2拍子と3拍子が混じり合った舞曲です。序曲の興奮を冷ますようにゆったりと、拍子をゆらがせながら優雅に奏でます。管楽器は弦をなぞっています。メロディは、まるで何かを語りかけてくるかようです。

第3楽章 ガヴォット

管楽器が弦と重複する第1ガヴォットと、管楽器がソロとして活躍する中間部の第2ガヴォットから成ります。この中間部が、まさにトリオの原型となります。トリオの背後で弦が鳴らすファンファーレが印象的です。きびきびとしたリズムがまさにバッハらしい佳曲です。

第4楽章 フォルラーヌ

あまり聞き慣れない曲名ですが、北イタリアのヴェネツィアの踊りが起源とされます。颯爽としていて、天空を駆けるかのようです。2つのオーボエと第1ヴァイオリンがユニゾンで歌う背後で、さざ波のように寄せては返す低弦の動きが聴きどころです。

第5楽章 メヌエット

背筋の伸びるような、凛とした第1メヌエットと、管楽器が沈黙して弦のみで、スラー的な動きで渋く語る第2メヌエットが、第3楽章のガヴォットと対照的です。

第6楽章 ブーレー

ヘンデルの序曲でも出てきた、軽快で楽しい舞曲です。ここでも、第2ブーレー木管のトリオが活躍します。

第7楽章 パスピエ

ブルターニュ地方が起源の舞曲で、メヌエットよりもやや速いテンポで元気よく展開していきますが、どこか哀調も帯びています。聴きどころはここでも第2パスピエで、メロディは第1パスピエの変奏になっており、その上にオーボエが乗るという凝った作りです。再び第1パスピエが回帰して全曲を締めくくります。

 

次回は第2番 ロ短調を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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音楽の最高のフルコース。テレマン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)第3集』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑦

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ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)

ヨーロッパ諸国の料理が並んだ、豪華な食卓

テレマンの代表作『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』を聴いてきましたが、今回が最後の第3集です。

3つの曲集それぞれに、フランス風序曲管弦楽組曲)、四重奏曲(カルテット)、協奏曲(コンチェルト)、トリオ・ソナタ、ソロ・ソナタが整然とセットされ、それでいて、ふたつとして同じ編成、趣向の曲はなく、まさに色とりどりです。

当時の音楽の様々な技法を陳列した、まさに〝バロック音楽の百科事典〟でした。

そして、当時の音楽の二大潮流、フランス風イタリア風をうまく組み合わせ、ドイツ風の味付けも加えています。また、テレマンが若いころ過ごした、ポーランド音楽の影響も見逃せません。

〝食卓の音楽〟というよりも、メニューそのもの。

音楽のフルコース〟と言った方がふさわしい内容です。

ただ、テレマン個人としては、楽曲のジャンルに対する思い入れは均等ではなかったようです。

ある書簡では、テレマンはコンチェルト(協奏曲)については、『自分の心にまったく訴えかけてこない』と述べており、別な資料では〝テレマンはトリオ・ソナタに全精力を傾けた〟との記述があります。

一方、次の時代を切り拓いた、ということで、後世の評価が最も高いのは四重奏曲ともいえます。

いずれにしても、テレマンの好き嫌いは曲のレベルには関係はなく、それぞれの曲の価値は最高峰のものです。

テレマンヘンデルの篤い友情

さて、テレマンの曲をたくさん〝流用〟したヘンデルですが、ふたりの親交は晩年まで続きました。

直接会うことは、若い時分以来50年以上、お互い亡くなるまでなかったのですが、書簡のやりとりは生涯続きました。

微笑ましいエピソードが残っています。

植物マニアとして有名だったテレマンに、ヘンデルがロンドンから珍奇な花々を贈ったのです。

テレマンは、珍しいチューリップ、ヒヤシンス、アネモネなどをコレクションしていました。

そのプレゼントに添えられた手紙です。ドイツ人同士なのに、フランス語で書かれています。あらたまった手紙はフランス語を使うのが礼儀だったようです。

これを読むと、ヘンデルがいかにテレマンを尊敬し、慕っていたかが伝わってきます。ヘンデルテレマンの作品からたくさんの流用をしたのは、彼へのオマージュだといえるのではないでしょうか。

音程の機構に関するあなたの素晴らしい研究を、ご親切にもお送りいただき、ありがとうございます。時間と労力をかけただけの価値があり、また、あなたの学識にも見合った著作だと思います。

いくぶんお年を召されましたが、大変お健やかでいらっしゃることをお慶び申し上げます。いつまでもますますご清栄でありますよう、心からお祈り申し上げます。

当然のことでありますが、もし、珍しい植物などへの情熱があなたの人生を長くし、人生の楽しみを支えるのであれば、喜んでいくらかでもそのお役に立ちたいと思います。そのようなわけで、プレゼントに花かごをお送りします。専門家たちは、その花が選り抜きの見事な珍品であることを保証しています。もし彼らの言葉が真実でないとしても、あなたはイギリス中で最高の植物を手に入れることになりましょうし、この季節はまだ花をつけるのにも適しています。こんなことはあなたが一番よくご存じとは思いますが…。(ヘンデルよりテレマン宛 1750年12月25日付)*1

ロンドンに集められた、珍しい植物

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ジェームス・クック(1728-1779)

ヘンデルが住んでいた英国が、大英帝国として七つの海を支配するのは次世紀のことですが、当時すでに世界中に植民地を拡大し、未知の世界を開拓していました。

ハワイを発見し、タヒチニュージーランド、オーストラリアを探検した海軍軍人、キャプテン・クック(ジェームス・クック)も同時代の人です。

ロンドンには、そうした冒険を通じ、世界の珍しい植物がもたらされていたのです。

それを収集、研究するために1759年に設けられたのが、キューガーデン(キュー王立植物園)です。今でも世界で最も有名な植物園として、世界遺産にも登録されています。

ヘンデルは、英国に集められた珍しい花々をテレマンに贈ったのです。

しかし、このときヘンデルが花かごを託した輸送船の船長は、テレマンは亡くなっていた、という誤報ヘンデルにもたらしました。

ヘンデルは大変ショックを受けたわけですが、なんとそれが間違いだったことがわかったのは4年も後のことだったのです。

その船長が、テレマンからヘンデル宛てに、さらに手に入れてほしい植物のリストを預かり、ヘンデルはそれを受け取って、テレマンがまだ存命でいることを知ったのです。

ヘンデルはほっと胸をなでおろし、大変苦心してテレマンのオーダーに応えたということです。

結局、世を去ったのはヘンデルの方が先でしたが…。

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キューガーデン

 

それでは、ターフェルムジーク最後の第3集を堪能しましょう。

テレマン:『ターフェルムジーク 第3集』

Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 3

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲変ロ長調

編成:オーボエ2、弦楽と通奏低音

第1楽章 序曲

管楽器はオーボエのみという室内楽的な編成で、これなら食卓で演奏されても安心して聴くことができます。序曲は第1集、第2集と同じようにリュリ式のフランス風序曲の形式をとっていますが、「急」の部分でイタリアのコンチェルトのスタイルと取り入れているのも同様です。華麗なヴィヴァルディ風のヴァイオリンのソロに、オーボエの豊かなソロが呼応します。「緩」の部分は、単なる付点リズムで終わるのではなく、様々な変化をつけており、ヘンデルがオラトリオ『ヘラクレス』の序曲に借用しました。

【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『ヘラクレス』序曲 

第2楽章 牧歌(ベルジェリ)

第3集の組曲は、各曲にフランス風の標題がつけられており、以前取り上げたクープランやラモーのクラヴサン曲を思わせますが、それらのタイトルのように不可解なものでありません。しかし、テレマンが、一生懸命フランス風な趣向を凝らしているのが、微笑ましくさえ感じます。

「ベルジェリ」は羊飼いの歌ということですが、田園や狩など、野外的な興趣の演出がこの第3集の目玉でもあります。

オーボエとヴァイオリンが、鄙びたメロディを呼び交わし、のんびりと草笛をくわえた羊飼いと、草を食む羊たちが目に浮かびます。

第3楽章 歓呼(アレグレス)

一転、都会的な洒脱な音楽となります。群衆の歓喜を表すかのような、沸き立つような曲です。 

第4楽章 御者(ポスティヨン)

タイトル通り、郵便馬車のラッパの音を表した音楽です。18世紀、すでにヨーロッパには郵便制度がくまなく張り巡らされ、情報が素早く伝わっていたのには驚かされます。音楽家やそのパトロンたちが多く残した手紙から、曲のできた背景を知ることができるのはとてもありがたいことです。

この曲もヘンデルはオラトリオ『ベルシャザール』で使っています。古代バビロニアの王ベルシャザールが、神の示した不可思議な奇蹟の謎を解かせようと、全国の賢者を急ぎ召集し、学者たちが馬車であわてて宮殿に集まってくる場面で使われます。もちろん、古代には郵便馬車などありませんが、この曲は当時の聴衆にとっても、御者や馬車をイメージさせる音楽だったのでしょう。

【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『ベルシャザール』 第2幕 シンフォニー

第5楽章 おべっか(フラテリ)

〝お世辞〟というような意味ですが、フランス宮廷での、気取った、おおげさなあいさつの仕草を思わせる曲です。閣下におかれましては、本日もご機嫌うるわしく…とお追従をしているような、ちょっと風刺の効いた曲です。

第6楽章 冗談(パディナージュ)

タイトル通り、軽妙なおしゃべりのような音楽です。これも、フランス宮廷での一こまを描写したものなのでしょうか。オーボエが忙しく、かしましいおしゃべりを演じています。

第7楽章 メヌエット

最後は端正なメヌエットでしめます。最後までオーボエが活躍する、さながらオーボエ・コンチェルトのような組曲です。

第2曲 四重奏曲 ホ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)、ヴァイオリン、チェロと通奏低音

第1楽章 アダージョ

フルート(フラウト・トラヴェルソ)を中心とした、しっとりと落ち着いた室内楽です。フルートの哀感を帯びた音色がしみじみと心に響きます。他の曲集の四重奏曲と違い、チェロが通奏低音の一員ではなく、独立した旋律楽器としての役割を与えられています。モーツァルトら、古典派のフルート四重奏曲への道を開いた曲といえます。緩徐楽章から始まる教会ソナタ形式をとっているのは同じです。

第2楽章 アレグロ

フーガ風の書法で書かれています。フルート、ヴァイオリンという高音楽器に、チェロが相対しており、通奏低音の役割は少なく、実質的にはトリオに近くなっています。

第3楽章 ドルチェ

 各楽器はかなり自由な動きをしており、変幻自在な音楽になっています。

第4楽章 アレグロ

3つの楽器が、1対2になったり、3声バラバラになったりと、組み合わせを変えながらポリフォニックに展開していきます。間違いなく〝新しい〟音楽です。

第3曲 コンチェルト(協奏曲) 変ホ長調

編成:ホルン(コルノ・ダ・カッチャ)2、弦楽と通奏低音

第1楽章 マエストーソ

 狩をテーマにしたコンチェルトで、管楽器は楽譜上「トロンバ・セルヴァティカ(狩のトランペット)」と示されていますが、どの楽器を指すのか明確でないので、通常の古楽器演奏では、「コルノ・ダ・カッチャ(狩のホルン)」と呼ばれるEs管のナチュラルホルンで奏されます。コルノ・ダ・カッチャは、実際に狩で合図をするときに使われ、馬上で肩にかけて吹けるように、ベルが後ろ向きになりました。もともとが信号用ですから、右手は使わず、大音量でした。音程を変えるのは口でしかできませんから、出せるのは倍音だけです。オーケストラに取り入れられるようになったのは18世紀になってからで、その後、自然倍音以外の音を出すために、ベルの中に手を入れる「ゲシュトップ奏法」が編み出されていきます。別の初期ホルン「ヴァルトホルン(森のホルン)」が使われる場合もあります。

ホルンのゆったりした響きが実にのびやかで、おおらかな気分にさせてくれる音楽です。

第2楽章 アレグロ

舞曲的な、実に楽しい音楽です。野山を馬で駆け巡るかのような愉悦感に満ちています。ヴァイオリンが旋律を担当し、ホルンが野趣を添えます。 

第3楽章 グラーヴェ

一転、悲歌風になり、2本のヴァイオリンがオペラ・アリアのように歌い上げ、ホルンは脇役に徹しています。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

再び舞曲のリズムが戻ってきて、今度はホルンが縦横無尽の活躍をみせます。音程をとるのが至難のナチュラルホルンでここまでの旋律を奏でるのは、まさに名人芸です。実に野心的なコンチェルトといえます。

第4曲 トリオ・ソナタ ニ長調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、通奏低音

第1楽章 アンダンテ

横笛フルートが2本に通奏低音という、異色の組み合わせのトリオ・ソナタです。可愛らしい音色とメロディに魅了されます。

第2楽章 アレグロ

前の曲に続き、明るい調子ですが、短調へのゆらぎが絶妙な効果を出しています。 

第3楽章 グラーヴェーラルゴーグラーヴェ

2本のフルートが並行進行で奏され、神秘的な雰囲気を醸し出します。幻想的な、一度聴いたら忘れられない楽章です。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

フーガ風のフルートの掛け合いが、まるで小鳥のさえずりのようにコケティッシュです。実に斬新で、現代的とさえいえるトリオ・ソナタです。

第5曲 ソロ・ソナタ ト短調

編成:オーボエ通奏低音

第1楽章 ラルゴ

第3集のソロ・ソナタの独奏楽器はオーボエです。通奏低音の前奏で始まり、シチリアーノのリズムの上に、オーボエが、芯の強い旋律を決然と歌います。 

第2楽章 プレスト

ソロのオーボエが、旋律を提示し、それを自分で模倣するなど、ひとりで縦横無尽の活躍を見せます。とてもBGMとしては聴いていられない充実ぶりです。 

第3楽章 テンポ・ジュスト

 伸びやかに、それでいて含蓄深い、印象的な楽章です。かっこいい!の一言です。

第4楽章 アンダンテ

何かを語りかけ、静かに訴えるかのようにオーボエが歌うアンダンテです。 

第5楽章 アレグロ

情熱を秘めたト短調にふさわしい、激しい楽章です。舞曲のリズムで、ソロのオーボエ通奏低音が火花を散らしながら、フィナーレを飾ります。

第6曲 終曲 変ロ長調

編成:オーボエ2、弦楽と通奏低音

フリオーソ

 〝荒れ狂うように〟と指示された終曲です。その通り、奔馬の群れが駆けるかのような迫力です。単純な同音反復を、強弱をつけてたたみかけていくため、嵐のような効果に圧倒されます。実に颯爽とした、全曲のフィナーレです。

 

これで、18世紀最大の人気作曲家、テレマンの金字塔、ターフェルムジーク全曲を聴きました。

この曲は、ヨーロッパ中でもてはやされ、後世の記念碑となったのでした。

次回は、テレマンに比べて〝二流の人〟と当時言われてしまった、大バッハフランス風序曲を聴きたいと思います。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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他人の作品を流用する正当性とは。テレマン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)第2集』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑥

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ヘンデルはパクリの常習犯?

ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)の代表作、『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』の第2集(Production プロデュクシオン Ⅱ)です。

この曲集の出版にあたり、購入予約者をテレマンが募ったところ、ヨーロッパ各地から186人もの予約があったことは前回触れました。

一番の音楽の消費地、英国からはヘンデルのみでしたが。

そしてヘンデルは、このターフェルムジークからモチーフを16曲も流用しました。

ヘンデルはその生涯を通じた創作活動にあたって、自分の作品、他人の作品を問わず、たくさんの流用を行ったことでも有名です。

偉大なるヘンデルが、盗作、剽窃、パクリの常習犯なのか?という事実に、長年、ヘンデルの研究者、崇拝者たちはきまりの悪い思いをし続け、自分がやったことのように様々な言い訳を試み、そしてあきらめていました。

私も、ここでヘンデルの流用の正当性を考えてみたいと思います。

折しも、京都アニメーションで痛ましい大惨事が起きましたが、容疑者は〝パクりやがって〟などと言っていたとの報道です。勘違いか妄想なのでしょうが、そんなことでたくさんの人の命を奪っていいわけがありません。

自作の流用について

まずは、自作の流用。

当時はレコードもCDもありませんから、宮廷や教会に雇われた作曲家は、創った作品は、一度演奏されたらそれっきりです。

次の機会には原則、新作を作らなければなりませんでした。

楽譜が出版されるのもほんの一部であり、よほどのヒット曲でない限り、作曲者自身であっても二度とお目にかかることは滅多にありません。

せっかく傑作が生まれても、これではもったいない限りです。

別な機会に、かつて作った作品をリメイクして世に出すのは、作曲者本人にとっても、聴衆にとってもメリットのあることなのです。

これはバッハも頻繁に行っていました。有名な『クリスマス・オラトリオ』も、曲のほとんどが旧作からのリメイクです。

聴衆も、前作を聴いたことがなければ新曲も同然ですし、聴いたことがあるメロディだとすれば、余計に喜んだはずです。

ただ、作曲者の方は、新しく作るより手間がかからなくて済む、というものでもなさそうです。新しい歌詞に合わせたり、調性や編成、構成を変えたりしなければならず、新しく作った方が早い、ということもあったかもしれません。

他人の作品の流用について

さて問題は、他人の作品の流用です。

当時は著作権という概念がありませんから、犯罪ではありません。

じゃあ何でもありかというと、倫理上の問題はありました。

でも非難されるのは、他人の作品を勝手に出版して濡れ手に粟で儲ける、という〝海賊版〟です。

ヘンデルがやったのは、主にフレーズの引用でした。これは簡単なようで、実は非常に難しく、自曲に組み込むには様々な工夫をしなければなりません。

そして出来た曲は素晴らしく、そのフレーズはむしろ原曲よりも、ヘンデルのアレンジで世に広まったのです。

これは、せっかくこの世に生まれたフレーズを埋もれさせず、最大限に活用した、といえるでしょう。

また、聴衆受けのため、当時の流行曲を取り入れたというケースもあります。

古典和歌でも、古歌を引用してその心を受け継ぎ、新しい歌に仕上げるという「本歌取り」という技法がありました。ヘンデルの手法はそれに近いのではないでしょうか。

オリジナルのフレーズが泉のように湧き出て、たった24日間でメサイアを書いたヘンデルが、単にラクをするために流用したとは思えないのです。

もちろん現代では、作者の権利、生活を守るためにも、著作権は尊重されなければなりませんが、あまりにも厳格な適用は、芸術表現の幅を狭くしてしまう恐れもあります。

さて、ヘンデルが高く評価したテレマンターフェルムジーク、今回は第2集を聴いていきます。

第1集と同じく、序曲、四重奏曲、協奏曲、トリオ・ソナタ、ソロ・ソナタ、終曲という組み合わせですが、中身の味わいはまた違った工夫が多分にされているのです。

テレマン:『ターフェルムジーク 第2集』

Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 2

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲)二長調

編成:オーボエ、トランペット、弦楽と通奏低音

第1楽章 序曲

第2集の序曲は、トランペットが加わり、祝祭感が特徴です。「緩」の部分は、〝ハンブルクの潮の満ち引き〟の序曲と同じ、明るくてゆったりした曲想です。続く「急」は、第1集と同じく、イタリアのコンチェルト様式が取り入れられており、トランペットはトゥッティには加わらず、完全にソロとして参加します。実質的にトランペット協奏曲といっていいでしょう。緩急は、AABA´BA´として繰り返されます。バロック・トランペットだからこそ音量の調和がとれますが、現代のトランペットで演ったら突出しすぎます。本当にこの曲を食卓で演奏したら、会話など聞こえなくなってしまうでしょう。〝ターフェルムジーク〟というのは名前だけ、というのがこの曲でも分かります。

第2楽章 エール(テンポ・ジュスト)

この組曲では、序曲のあと、4曲の、速度の違う「エール」が続きます。通常のフランス風組曲では舞曲が通例なので、これは新しい工夫です。標題だけはフランス風に「エール」としていますが、速度表記はそれぞれイタリア語になっており、形式的には舞曲を離れた器楽曲として、後年のシンフォニーの楽章を指向しているのです。

親しみやすく、楽しいテーマが協奏曲風に展開していきます。中間部のある3部構成になっています。

第3楽章 エール(ヴィヴァーチェ

これまで主役だったオーボエとトランペットがやや脇役に回り、ソロはヴァイオリンが担います。メヌエット風の高雅な曲想です。

第4楽章 エール(プレスト)

実に楽しい、元気いっぱいの運動会風の曲です。トランペットとオーボエが鳥たちの声のように呼び交わすさまには、思わず体が動いてしまいます。シンコペーションロンバルディア・リズムなどの技法を駆使しています。

第5楽章 エール(アレグロ

形式はこれまでのエールと同じですが、明るい中にも、組曲の終曲としての深みと余韻をもたせた印象深い楽章です。

第2曲 四重奏曲 ニ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、リコーダー(ブロックフレーテ)と通奏低音

第1楽章 アンダンテ

全曲でも最も有名な曲で、「ターフェルムジーク」と聞いたら、まずこの曲を思い浮かべる人も多いでしょう。2本のフルートと、1本のリコーダーが織りなす、横笛と縦笛の競演は、その音色だけでも愛らしく、魅了されてしまいます。〝ドイツ・フルート〟とも呼ばれたリコーダー(ブロックフレーテ)は、より表現の幅が広い〝フランス・フルート〟(フラウト・トラヴェルソ)に押され、まもなく、いったん消える運命にあります。バロック最後の共演ともいえる曲で、あたかも蒸気機関車電気機関車重連運転を見るかのようです。この楽章では両者が、3声で、ときには2声対1声になって、切なさを秘めた音型を模倣し合います。

第2楽章 ヴィヴァーチェ

今度は2本のフルートが呼び交わす中に、リコーダーが独立したメロディを展開させていきます。実に凝った作りの曲です。

第3楽章 ラルゴ

3本の笛がソロを交替で担当し、やすらぐシチリアーノを奏でるなか、残りの2本が和すという、これも凝った趣向の曲です。

第4楽章 アレグロ

全曲の中でもっとも好きな曲です。何度聴いても飽きることがありません。3本の笛が一斉にはしゃぐようなテーマを奏でたかと思えば、一転、独立した動きを見せるという、ホモフォニーとポリフォニーの対比が見事です。そして、並行進行で奏でられる中間部は、まるで初夏のさわやかな風が吹き渡るかのようで、心奪われます。モーツァルトの「フルートとハープのためのコンチェルト」を思い起こします。

第3曲 コンチェルト(協奏曲) ヘ長調

編成:ヴァイオリン3、3声の弦楽合奏通奏低音

第1楽章 アレグロ

吹奏楽器は登場せず、弦楽のみのコンチェルトで、曲想も構成もヴィヴァルディ風の3楽章です。トゥッティの間に3台のヴァイオリンが、独立した、技巧的なソロを展開するリトルネッロ形式です。リトルネッロのテーマは、ヘンデルがオラトリオ『ソロモン』の中のシンフォニアシバの女王の入城』に転用しました。

参考曲:ヘンデルシバの女王の入城』

第2楽章 ラルゴ

3台のヴァイオリンが静かに対話する、深い抒情をたたえた音楽です。ソロ部分では、通奏低音が沈黙し、バッハの無伴奏曲を思わせる宇宙的な空間が現出します。

第3楽章 ヴィヴァーチェ

ここでも、フーガ風のトゥッティと、ホモフォニックなソロが対比され、イタリアの香りたっぷりに締めくくられます。

第4曲 トリオ・ソナタ ホ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)、オーボエ通奏低音

第1楽章 アフェトゥオーソ

今度は、フルートとオーボエという組み合わせで、同じ曲集の中でも多彩な音色が楽しめるように工夫されています。第1集と同じ教会ソナタ形式です。フルートとオーボエは時には同じ音型を、時には違った音型を交互に奏します。

第2楽章 アレグロ

颯爽としたアレグロです。フルートとオーボエの一体感を強めた楽章です。

第3楽章 ドルチェ

しっとりと落ち着いた〝甘い〟楽章です。フルートとオーボエは、恋人同士のように、ふたりでひとつのメロディを織りなしていきます。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

メロディを両者で分担するのは前曲と同じですが、打って変わって緊張感に満ち溢れています。

第5曲 ソロ・ソナタ イ長調

編成:ヴァイオリンと通奏低音

第1楽章 アンダンテ

第2集のソロ・ソナタはヴァイオリンが担当します。まさにテクテク歩くかのようなアンダンテから始まります。

第2楽章 ヴィヴァーチェ

舞曲風な闊達な楽章です。同音反復や重音奏法を取り入れた華麗なパッセージをヴァイオリンが繰り広げます。当時のヴァイオリンの技法には舌を巻きます。

第3楽章 カンタービレ

ヴァイオリンと通奏低音との対話が印象的な、しっとりと落ち着いた楽章です。

第4楽章 アレグロアダージョアレグロ

第2楽章と同じような舞曲風の趣が戻ってきます。華麗なパッセージのあと、アダージョがつなぎのように挿入されるのが、実にかっこよく、粋です。

第6曲 終曲 ニ長調

編成:オーボエ、トランペット、弦楽と通奏低音

アレグロアダージョアレグロ

序曲と同じ編成の、華やかなフィナーレです。リトルネッロ形式の間に、ホモフォニックな中間部が挿入され、トランペットとオーボエが哀愁漂う素敵なソロを披露してくれます。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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天才作曲家の天才商法。テレマン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)第1集』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑤

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ルイ15世ヴェルサイユ宮殿ダイニングルームに飾るために描かせた絵(ド・トロワ『牡蠣の食卓』1735年)

宴に欠かせないBGM、食卓の音楽

生涯で4000曲を作曲したといわれているゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)ですが、その代表作といえる曲集が『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』です。

1733年にテレマン自身によって出版されますが、初版のタイトルはフランス語で『Musique de Table partageé en Trois Productions(3つの曲集からなる食卓の音楽)』でした。〝ターフェルムジーク〟はドイツ語での呼び名です。

今も昔も、祝宴にはBGMは欠かせません。音楽はムードを盛り上げ、場を和ませ、会話も弾み、宴をいっそう愉しいものにしてくれます。

これまで、テレマン以前の作曲家も、こうした目的の曲集をたくさん出版していました。

1621年 シンプソン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』

1668年 ドゥルッケンミューラー『ターフェル・コンフェクト(食卓のお菓子)』

1674年 フォルケハイム『ターフェル・ベディーヌンク(食卓への奉仕)』

1682年 ビーバー『メンサ・ソノーラ(食卓の音楽)』

1702年 フィッシャー『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』

王侯たちは祝宴を開くたびに、客をもてなすため〝なにか音楽を流さなきゃ〟ということで、これらの曲集を買い求めてはお抱えの合奏団に演奏させたことでしょう。

まさに実用のための音楽で、需要がかなりあったことがうかがえます。

モーツァルトも、ザルツブルク大司教に仕えていた青年時代、その食卓用に6曲の管楽器によるディヴェルティメントと書いています。オーボエ2、ホルン2、ファゴット2の小編成で、とても軽く、会話を妨げないよう、BGMに徹したかのような音楽です。

〝なんで俺様が大司教が飯を食うための音楽なんか作らなきゃいけないんだよ…〟と舌打ちしながら作曲しているのが目に浮かびますが、そこはプロ。消化に優しい天国的な曲に仕上がっています。

後世に残すBGM?

さて、テレマンの『ターフェルムジークはというと、そんな軽い内容ではないのです。

3つの曲集(Production プロデュクシオン)から成っているのですが、3つとも全く同じ構成をとっています。

そこには、ジャンルの異なった曲が、コンサートのプログラムのごとく、次のように整然と並んでいるのです、

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲

第2曲 四重奏曲(カルテット)

第3曲 協奏曲(コンチェルト)

第4曲 トリオ・ソナタ

第5曲 ソロ・ソナタ

第6曲 終曲

まさに、バロック音楽の代表的なジャンルのサンプル集のような感じです。

登場する楽器も多彩で、3つの曲集で揃えてあるのはジャンルだけであり、曲の性格や音楽性はふたつとして同じ曲がありません。

まさにバロック音楽の見本市であり、テレマン自身は、音楽の「百科全書」を意図していたのです。

出版にあたり、友人に次のように書き送っています。

この作品は、いつの日か私の名声を高めてくれることになるでしょう。

盛期バロックの頂点というべき音楽を、記念碑的に後世に残すためにまとめたわけです。

それは、コレッリコンチェルト・グロッソ集作品6』や、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』『フーガの技法のように、作曲家自身が、後の世の模範になることを意識して残した作品なのです。

それなのに、テレマンは、なぜもっと重々しい題名にせず、〝食卓の音楽〟などという軽いタイトルをつけたのでしょうか。

やり手のビジネスマン、テレマン

確かにこの作品には、トランペットのような野外的な楽器も登場しますが、あくまでも室内楽の範囲で書かれています。

しかし、少なくともフランス風序曲やコンチェルトは、食事しながら聴けるような軽いジャンルではありません。

そこには、テレマンしたたかなマーケティング戦略が潜んでいるのです。

テレマンは1721年に40歳でハンブルク音楽監督に就任し、そこから生涯この町で働くのですが、その職務は多岐にわたり、多忙を極めていました。

市内の5つの教会のために典礼音楽を作曲・演奏、劇場ではオペラの作曲・上演、ドイツでもエリート校といわれたヨハネウム学院の教授としての授業、さらに、非常勤ではあったものの、近隣の宮廷、バイロイトアイゼナハの「教会付属聖歌隊長」という役職もあったので、そちらへの作品提供。

これ以外にも、前回取り上げたハンブルク海軍鎮守府100周年のような、市内の各種記念行事、式典、冠婚葬祭でも作曲・演奏しなければなりませんでした。

その多忙さといったら、想像を絶します。そんな勤務を84歳までやっていたら、そりゃぁ、作曲数のギネス記録も出るわ…といった感じです。

しかし、これらの「公務」がどれだけの収入になったのかは分かりません。

しょせん雇われ人ですから、もしかすると、定額給与での〝働かせ放題〟だったかもしれません。

そのためか、テレマン副業にも精を出していました。

それは、自作品の出版です。彼は自ら印刷・出版業を営み、自身が音符植字工でさえあったのです。

彼は、音楽教育関係の出版を相次いで行い、『忠実なる音楽の師』や『演奏技法ソナタ』など、教本や練習曲集をどしどし発行し、これらはヨーロッパ中に普及していきました。

自分の楽譜出版業がもたらす利益について、次のように友人に書いています。

『私の楽譜販売業は、多くの子供たちの教育によって、私に多額のターラー金貨をもたらしています。そのため多くの心配事が解決しました。楽譜の販売は、私が生きるための畑であり、鋤であるのです。いまは満ち足りています。』

そして、満を持して出版した楽譜集が、この『ターフェルムジーク』です。

見事なテレマン商法

テレマンは、音楽の才のみならず、商才にも恵まれていました。

売れない在庫リスクを回避するため、販売するにあたって事前に予約を募ったのです。

1732年12月9日、ハンブルクの新聞に次のような広告を掲載します。

音楽愛好家へのお知らせ。来る1733年『ターフェルムジーク』と名付けられる、テレマン作の大きな器楽曲が出版されます。そこには7つの楽器の組み合わせという大編成の作品が9曲、1、2、3から4までの小編成の楽器による器楽曲がやはり同数含まれます。作品は昇天祭、ミカエル祭、クリスマスと3ヵ月ごとに刊行されますのでご予約ください。予約者一覧表は、楽譜と共に印刷されます。

予約者特典として、8ターラーという予約者限定特別価格のほか、予約者の名前が楽譜に印刷されるというのです。そして、楽譜も3回に分けて発売されるという、まさに〝月刊ターフェルムジーク〟、デア〇スティーニ商法を思わせます。 

様々なジャンルを網羅し、数名で演奏できる曲から、オーケストラ曲まで揃え、いろんな楽器を入れたのも、購入者の様々な演奏事情に合わせ、〝買ったはいいが演奏できない〟ということのないようにした商品戦略でもあったのです。

その結果、非常に使い勝手のいい曲集に仕上がりました。

タイトルも、〝そんな高尚な音楽はムリ〟とアマチュアを引かせないように、お堅いタイトルでなく、誰でも気軽に演奏できそうで、かつ実用的で便利そうで親しみやすい〝食卓の音楽〟としたわけです。

テレマン自身、ヨーロッパ中の友人知己に手紙を書き送り『あなたにこの作品の値段については、一時たりとも後悔させることはありません。』と値頃感を売り込んでいます。

実際、ターフェルムジークは、186名の予約者を取り、初版は206部売れました。特別価格といっても金貨8枚ですし、間に出版業者を挟んでいないので、利益はテレマンが総取りでした。

ハイドンモーツァルトが出版業者のピンハネ海賊版に悩まされたのとは大違いです。

まさに音楽の天才でありながらビジネスの天才でもあったのです。

186人の予約者は、ドイツはもとより、フランス、スイス、オランダ、デンマークノルウェー、スペインにまで広がっていました。

そこにはそうそうたる王侯貴族に交じり、高名な音楽家の名前も見出せます。ヘーベンストライト、ビゼンデル、クヴァンツ…。

ただ、英国からはただひとり。「ヘンデル氏、音楽博士、ロンドン在住

ヘンデルは、この曲集からモチーフを16曲も流用しているのです。

そんなヘンデルのアレンジもチェックしながら聴いていきたいと思います。

なにぶんCDにして4枚の大曲集ですから、主要曲を抜粋していきます。

テレマン:『ターフェルムジーク 第1集』

Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 1

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲ホ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、弦楽と通奏低音

第1楽章 序曲

リュリ様式のフランス風序曲で、例によって付点リズムの荘重でゆっくりした「緩」の部分と、フーガ風の活発な「急」の部分に分かれ、緩ー急ー緩(最初の部分のダカーポ)ですが、「急」の部分は、テーマの間にフルートやヴァイオリンのソロが挟まり、テーマの部分が、イタリア・コンチェルトのリトルネッロのように扱われています。つまり、フランス風序曲の中にイタリア音楽を巧みに入れ込んでいるのです。まさにドイツ人テレマンの〝両国いいとこどり〟の例です。

最初の「緩」の部分は、ヘンデルがオラトリオ『アレクサンダーの饗宴』の序曲に借用していますので聴き比べてください。

【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『アレクサンダーの饗宴』HWV75 序曲

第2楽章 歓喜

序曲のあと、6曲の組曲が続きます。この「歓喜」は特定の舞曲、形式ではありませんが、ヘンデルの『王宮の花火の音楽』でも登場したように、祝祭には欠かせない楽章でした。生き生きとした活力あふれる音楽です。

第3楽章 ロンドー

フランス語の題名のついたフランス起源の曲が続いていきます。

第4楽章 ルール

フランスから来た、重いテンポの舞曲です。

第5楽章 パスピエ

同じくフランスから来た舞曲ですが、一転、軽いダンスです。シンコペーションのリズムが粋に響きます。

第6楽章 エール

フルートがまるでフランス・オペラの歌手のように叙情豊かに歌い、ソロ・ヴァイオリンがこれに和します。フランスの香りたっぷりですが、ヴァイオリンのソロは、ヴィヴァルディのコンチェルトを思わせるような動きも見せます。

第7楽章 ジー

短長のリズムが特徴的なジーグで、この曲は締めくくられます。

第2曲 四重奏曲 ト長調

編成:フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロと通奏低音

第1楽章 ラルゴーアレグローラルゴ

この曲集の四重奏曲は、ハイドンの古典派のものとは違い、5つの楽器で演奏されます。この第1楽章も、さりげない室内楽的な趣ですが、実質的には「緩」「急」「緩」の、フランス風序曲の形式をとっています。最初の「緩」はシチリアーノの牧歌的なリズムで、フラウト・トラヴェルソオーボエの柔らかい絡み合いに癒されます。この屈託のない、安心して聴いていられるの寛いだ感じがテレマンの最大の魅力といっていいでしょう。

第2楽章 ヴィヴァーチェモデラートーヴィヴァーチェ

この曲の中核を成す楽章で、前楽章とは逆の「急」「緩」「急」の構成をとっており、対位法的な「急」に挟まれたモデラートは、ホモフォニックな響きを持ち、バロックから次の時代を予感させる未来志向の音楽です。

第3楽章 グラーヴェ

次の曲へのつなぎの短い楽章です。バッハのブランデンブルク協奏曲第3番の第2楽章を思わせます。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

第2楽章のテーマを英国風ジーグにアレンジした、軽快でご機嫌な楽章です。

第3曲 コンチェルト(協奏曲) イ長調

編成:フルート、ヴァイオリン、弦楽と通奏低音

第1楽章 ラルゴ

イタリアのコンチェルトですが、ヴィヴァルディのような「急」「緩」「急」の形式ではなく、コレッリ風の4楽章から成る教会ソナタの形式をとっています。

ゆっくりとした第1楽章は、フルートとヴァイオリンのソロと、オーケストラのトゥッティが抒情的に掛け合うところは、まさにイタリア風です。

第2楽章 アレグロ

颯爽とした、イタリアらしいリトルネッロ形式の楽章です。ソロとトゥッティの交替が実に鮮やかで、その跳ね上がるように生き生きとした上行進行を、ヘンデルはこれをオペラ『アタランタ』の序曲の「急」の部分に転用しています。

【参考曲】ヘンデル:オペラ『アタランタ』HWV35 序曲

第3楽章 グラツィオーソ

シチリアーノのリズムで、フルートが田園の中の小鳥のように歌います。チェンバロとともに通奏低音を担当していたチェロが、脇役から脱してソロ楽器として歌い始めるのも、実に微笑ましく感じます。

第4楽章 アレグロ

単なるリトルネッロ形式ではなく、力強い進行とソロの活躍が変幻自在で、飽きさせない展開のこの曲も、ヘンデルが気に入って、オラトリオの幕間で演奏したコンチェルト・グロッソ『アレクサンダーの饗宴』ハ長調に流用しました。ヘンデルの人気曲となったのは、テレマンの元ネタがよかったのか、ヘンデルのアレンジがよかったのか。いや、両者の奇跡の合作というべきかもしれません。

【参考曲】ヘンデル:コンチェルト・グロッソ『アレクサンダーの饗宴』ハ長調 HWV318 第1楽章

第4曲 トリオ・ソナタ 変ホ長調

編成:ヴァイオリン2、通奏低音

第1楽章 アフェトゥオーソ

弦のみの渋い編成にもかかわらず、充実した内容の曲です。アフェトゥオーソは〝情感豊かに〟という指示です。形式はこちらも教会ソナタを採っています。ゆったりと落ち着いた響きに癒される。2つのヴァイオリンが模倣し合い、掛け合いながら、装飾やオクターヴ跳躍などの妙技を見せます。

第2楽章 ヴィヴァーチェ

舞曲調の軽快な曲です。

第3楽章 グラーヴェ

2分音符を3連符に分割した独特のリズムで進行します。演奏者がアドリブで装飾できる余地を多分に用意した楽章です。

第4楽章 アレグロ

いくぶん焦燥感をはらんだ軽快な終楽章です。音域は広く、たった4人で演奏しているとは思えない充実した響きが楽しめます。

第5曲 ソロ・ソナタ ロ短調

編成:フルート、通奏低音

第1楽章 カンタービレ

フルート・ソナタロ短調といえば、バッハを思い出してしまいますが、もっとも暗いといわれるこの調では、テレマンも負けずに深い哀歌を奏でています。通奏低音は単に伴奏にとどまらず、フラウト・トラヴェルソとデュエットのように呼び交わしています。

第2楽章 アレグロ

フルートの技巧が光る、鮮やかな楽章です。

第3楽章 ドルチェ

〝甘く〟の指示通り、フラウト・トラヴェルソの柔らかい音色が、人のささやきのように、通奏低音の織りなす下地の上に響いていきます。

第4楽章 アレグロ

イタリア風ジーガの3拍子の舞曲で、哀調を帯びた踊りのテーマは、一度聴いたら心に残る印象的なメロディです。

ヘンデルはこの曲もオルガン・コンチェルトにアレンジしています。

【参考曲】ヘンデル:オルガン・コンチェルト 第15番 ニ短調 HWV304 第3楽章

第6曲 終曲 ホ短調

編成:フルート2、弦楽と通奏低音

第1集から、第3集まで、曲集の最後は1楽章の終曲(コンクルシオン)で締められます。このような形式の曲集はほとんどありません。楽器編成は、第1曲のフランス風序曲と同じですから、実質的にはその組曲の最後の曲が切り離され、全曲集の終わりに置かれた、ということです。

1楽章でありますが、「急」「緩」「急」の3部に分かれ、小さなシンフォニーのような充実ぶりです。最後までフルートの活躍が目立ち、第1集は壮大なフルート・コンチェルトと言っても過言ではありません。

 

次回は、トランペットの活躍する第2集です。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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4000曲を作曲した、ギネス記録の作曲家。テレマン『水上の音楽〝ハンブルクの潮の満ち引き〟』~ドイツ人の作ったフランス風序曲④

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ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)

ギネス記録を持つ作曲家、テレマン

ドイツの作曲家が作ったフランス風序曲を聴いていますが、今回はヘンデルに続いて2人目、ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)です。

このブログでは初登場となります。

バッハ、ヘンデルの4つ年上になりますが、両者ともに親交がありました。

ヘンデルとは大学時代(ライプツィヒ大学)の友人で、生涯を通じて手紙のやりとりをしていました。

バッハの次男、カール・フィリップエマヌエル・バッハの名づけ親にもなっています。

当時としては異例の、86歳まで長生きしたこともありますが、老いても創作意欲は衰えず、現存している曲だけでも3600曲、失われた曲も含めれば4000曲は下らないだろう、といわれています。

そのため、〝クラシック音楽の分野で、最も多くの曲を作った作曲家〟としてギネス世界記録に登録されています。

〝最上の〟テレマン、〝凡庸な〟バッハ

近年、古楽ブームで人気が上がっているものの、後世ではバッハやヘンデルより評価は低く、ポピュラーではありません。

しかし、当時はその人気と名声はヨーロッパ随一と言われていました。

ドイツ北部の町マクデブルクに生まれ、北ドイツを中心に活躍し、40歳以降は亡くなるまで、ハンブルク音楽監督を務めました。

ライプツィヒ音楽監督(カントル)が亡くなったとき、市の評議会が後任として白羽の矢を立てたのは、ハンブルクテレマンでした。

しかし、テレマンが引き抜きに応じなかったので、ライプツィヒ市は〝やむを得ず〟バッハを採用することになったのです。

就任後、頑固で偏屈なバッハは市当局と衝突を繰り返し、市の評議員プラッツは、『最上の人物が得られないので、凡庸な人物を採るしかなかったのだろう。』とため息をつきました。

テレマンは一流の人、バッハは二流か三流の人、というわけです。

プラッツ氏は、この一言をつぶやいたために、歴史に名を残すことになりました。

自由ハンザ都市ハンブルク

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ハンブルクの倉庫街

さて、一流のテレマンの代表作のひとつが、この『水上の音楽〝ハンブルクの潮の満ち引き〟』です。

ヘンデルの代表作と同じく『水上の音楽 Wassermusik』と呼ばれていますが、それはハンブルクで行われた海の祭典用に作曲されたからです。

ハンブルクは、北部ドイツを代表する港湾都市ですが、海に面しているわけではなく、エルベ川を河口から100Kmも遡り、その支流アルスター川の河口に位置しています。

もともとは河口にあったのですが、中世初期にヴァイキングの襲撃を受け、防衛のため海辺を避けて内陸に移ったようです。

運河が張り巡らされ、商売、交易の中心地として栄え、中世後期にはハンザ同盟の中核都市のひとつとなりました。

神聖ローマ皇帝から自治や免税、数々の経済的、商業的特権を与えられた帝国自由都市として認められ、現在のドイツ連邦の中でも、ベルリンとともに、自由ハンザ都市ハンブルクとして、都市でありながら州と同格の地位を与えられています。

ハンバーグとタルタルステーキ

少し話はそれますが、ハンブルクが、ハンバーグの語源であることはよく知られています。

アメリカに移ったドイツ系移民が故郷の味としてもたらし、アメリカ食文化の代名詞ハンバーガー〟になりました。

実は、その元となったハンブルクの料理は、火の通ったものではなく、生肉を刻んで香辛料を混ぜたタルタルステーキでした。

〝タルタル〟は、タタールからきており、日本語では〝韃靼〟で、北方騎馬民族、主にモンゴルを指しています。

13世紀、アジアを席捲したモンゴル帝国が、チンギスハンの孫バトゥに率いられてヨーロッパに攻め入ってきて、ワールシュタットの戦いポーランド・ドイツ連合軍が大敗、ヨーロッパ中が震え上がります。

戦後、バトゥは大ハーンの後継者争いで帰国したため、かろうじて征服は免れますが、モンゴル人の恐ろしさはヨーロッパ人に強烈な印象を残しました。

モンゴル軍は、馬肉を食べていましたが、乗馬用の馬の肉は固いため、細かく刻んで生のまま鞍の下に置き、柔らかくしていました。

それを牛肉で作ってみたのがタルタルステーキで、これが反対側の東に伝わったのが、韓国料理のユッケというわけです。

タルタルソースで食べるステーキ、ではないのです。

私も生肉料理が大好きなのですが、食中毒事件のため外食で提供禁止となったのが残念でならず、どうしても食べたいときには自作をしています。

新鮮なかたまり肉を選び、表面を強火でしっかり焼いて、焼けたところをそぎ落とせば大丈夫のようです。もちろん自己責任ですが。

生肉を細かく刻み、塩コショウ、オリーブオイル、玉ねぎ、ピクルス、ケッパーを混ぜ、卵黄を乗せて出来上がりです。

今回、ハンブルクゆかりのこの曲について書くにあたり、作って堪能しました。

新鮮な肉が無かったのか、食べやすくするためだったのか、タルタルステーキを焼いたのがハンバーグというわけです。

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海軍鎮守府100周年記念〝海の組曲

港湾都市ハンブルクの交易を守るため、市は軍艦を保有しており、その司令部が海軍鎮守府です。

その任務は、船舶の護衛、港の管理、水先案内人の組織化、航路標識の制御、船舶保険の運用などで、ハンブルクの繁栄維持に無くてはならない組織でした。

1723年4月6日、ハンブルク海軍鎮守府設立100年記念祭が盛大に開催され、そこでテレマンが作曲、演奏したのが、この『水上の音楽』でした。

壮大なフランス風序曲から始まり、9曲の標題をもった舞曲が続く組曲です。

ハンブルクの潮の満ち引き』は、そのうちの1曲なのですが、とても印象的なため、全体の曲を表す題名にもなっています。

この催しについて、当時の報道を引用します。

一昨日、4月6日の火曜日に、本共和国の誇る海軍鎮守府が、設立100年記念式典を挙行した。閉幕にあたり、たいそう美しく飾られた低木館に豪華な祝宴の席が用意され、そこに市長閣下、および海軍鎮守府と警護隊に関与されている顧問官諸氏、ならびに市の各界の長老、議員、商人といった方々が市当局の船長諸氏とともに招かれ、総勢37名が豪勢なもてなしにあずかった。この祝宴では、ギムナジウム正教授リッヒャイ氏の意味深い当世風の詩による素晴らしいセレナードが、音楽隊監督テレマン氏の美しい調べに乗せて歌われた。館の前に集まった海軍鎮守府の狩猟隊は、乾杯の歌、その音楽を勇壮に演奏し、港に停泊していた船も祝砲を撃ち鳴らしたり、あるいはまた三角旗や船旗を掲げて、祝賀のよろこびを表していた。(ハンブルク航海通信)

この序曲は、ここでいう「セレナード」に先立って演奏されたものであり、別の新聞では、次のように報じられています。

さらに、この記念祭に関していっそうの興味を持たれる読者諸氏のために、祝宴の際、セレナード以外にもテレマン氏によってこの記念祭用に作曲され、演奏された、器楽作品についても報告しておこう。その音楽に盛り込まれたすばらしいアイデアは、優美で意味深いのみならず、抜群の効果を持ち、この祝宴にきわめてふさわしいもであった。セレナードへの序曲となったこの作品では、まず静けさが、次いで波、そして海の嵐が描写されていた。(ホルシュタイン中立通信員の国家・学術新聞)

前掲の記事では、続いて各楽章について紹介されています。

組曲には、ギリシャ神話に基づいた標題が付されており、登場するのは、テティス、ポセイドン、ネレウス、トリトン、アエロ、ゼフィロスといった、海にまつわる神々たちです。

これらの神々、すなわち自然がいざこざを起こすため、海軍鎮守府が設立されなければならなかった、という筋書きになっているのです。

この曲を聴いたハンブルクの市民は熱狂し、テレマンはその後も他の演奏会で繰り返し演奏しなければならなかった、ということです。

すべての曲が面白く、海の香りたっぷりで、今に至るまで古今の名曲として親しまれています。

テレマン:序曲『水上の音楽〝ハンブルクの潮の満ち引き〟』ハ長調

Georg Philipp Telemann:Ouverture C-dur Wassermusik Hamburger Ebb und Flut

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 序曲

『静けさ、波立ち、荒れる海』という表題の付された、ヘンデルの『王宮の花火の音楽』にも匹敵する、大規模で充実したフランス風序曲です。

冒頭、静かな海を表した「緩」のゆっくりした付点リズムは、他の作曲家の序曲に比べ、典雅というより、優しさで満ちていて、テレマンの親しみやすさがよく出ています。王侯のいない共和都市ハンブルクの自由な雰囲気も表しているように感じます。

続く「急」のアレグロは、『波立ち、荒れる海』を表し、まさに海の嵐のごとく、息つく間もなく弦と管楽器が掛け合いを続けます。その楽しさといったらバロック随一と言っても良く、当時の人がテレマンに熱狂したのがよく分かります。まさに〝一流の人〟の仕事といっていいでしょう。

そのあと、「緩」「急」「緩」と繰り返されます。

第2曲 サラバンド『眠るテティス

序曲の興奮を冷ます、優雅なサラバンドです。テレマンといえば、リコーダー(ブロックフレーテ)の使用が絶妙なことで有名ですが、この曲でもその愛らしい響きが活躍します。

テティスは海の女神で、神話の中のアイドルのひとりです。古い海の神ネレウスの娘で、その美しさからゼウス(ジュピター)、ポセイドン(ネプチューンたち大物の神々から求婚されますが、〝テティスから生まれた子供は父を凌駕するだろう〟という予言があったため、神々たちは結婚をあきらめ、人間の英雄ペレウスと結婚することになります。

しかし、人間との子は神のように不死ではないため、ペレウスとの間に生まれた子、アキレウスを、テティスは、地獄の川ステュクスの水に漬けます。しかし、そのとき赤ん坊のかかとを持っていた部分は水に触れず、そこだけ不死ではなくなりました。それが〝アキレス腱〟です。

そして、後に起こったトロイ戦争で、アキレウスは英雄として活躍しますが、ついにアキレス腱を矢で射られて命を落とすのです。

そんな悲劇は別として、ここでは美しいテティスが優雅に眠る場面を描写しています。

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アキレウスステュクス河に浸すテティス
第3曲 ブーレー『目を覚ますテティス

続くブーレーでは、テティスが目覚め、活動を始めるさまが描かれます。テティスは、多くの神々を助けたり、保護したりした快活で優しい女神であり、その目覚めは、海の穏やかな一日の始まりを表しているのです。ここでもリコーダーが活躍します。

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テティスペレウスの結婚披露宴。ゼウスがこの席に争いの女神を招かなかったことからトロイ戦争が勃発した。
第4曲 ルール『恋するポセイドン』

そんな、優しくて美しいテティスに恋する、海の支配者ポセイドンの切ない気持ちを表した舞曲です。ティティスとの間に生まれた子は『長じてゼウスの雷撃やポセイドンの三叉戟(トライデント)を越える武器を振るうだろう』と予言されたたため、口説くのを躊躇せざるを得ないのです。

第5曲 ガヴォット『踊るネレウスたち』

海の神と言われる神は何人もいるのですが、それぞれ性格が違っています。権力を握って海を支配しているのはポセイドンですが、ネレウスはそれよりも一世代前の古い神で、穏やかな内海を神格化したと言われ、荒ぶる神ポセイドンとは対照的です。女神テティスの父であり、〝海の老人〟とも称されます。時には優しく、時には恐ろしい海のさまざまな姿を表しているといえます。このガヴォットは短調で落ち着いており、老人が娘たちと踊っているような、家庭的な響きがします。

第6曲 アルレッキーノ『戯れ遊ぶトリトン

トリトンも海の神で、ポセイドンの息子です。ポセイドンと同じトライデントを持っていますが、人魚の姿で表され、深海からの使者とされています。ほら貝を吹いて波を荒立てたり鎮めたりし、若いイメージなので、この曲も子供が遊んでいるような風情に作られています。アルレッキーノとは道化という意味で、弦のピチカートがさざめく波を表わしています。ディズニー映画『リトルマーメイド』のトリトン王は、ポセイドンとキャラを重ねているようです。

第7曲 テンペスト『吹きすさぶアエロ』

アエロは神ではなく、ハルピュイアという女面鳥身の伝説上の生物です。疾風を意味し、穏やかな西風のゼフィロスとは異なり、厄介なつむじ風のようなイメージです。この曲はテンペスト(嵐)と題され、ラモーのオラージュと同様、吹きすさぶ海の嵐を描写しています。最初は弱く始まり、だんだんと風が強くなっていく様子がまさにリアルです。繰り返し部分は転調し、その展開は古典派を予告しています。

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ハルピュイア
第8曲 メヌエット『快いゼフィロス』

ヨーロッパ人に心地良く、優しく吹く西風を神格化したゼフィロスは、多くの音楽に取り上げられてきました。トリオで響くリコーダーに癒されます。穏やかな春の海です。

第9曲 ジーグ『潮の満ち引き』

神話の世界は前の曲で終わり、現実の世界が表現されます。ジーグはアップテンポなダンスですが、それを使ってテレマンは潮の干満を見事に音楽化しているのです。最初は満ち潮で、沖からだんだんと潮が満ちていくさまがリアルに描かれます。2回繰り返したあと、今度は引き潮です。満ち潮の鏡のように逆さまになり、サーっと潮が引いていきます。川に面したハンブルクよりも、北海の遠浅のビーチをイメージしていると思われます。そのリアルさに、当時の聴衆は大爆笑し、拍手喝采したことでしょう。テレマンは知る由もありませんが、干満を撮ったビデオを早回しにしたら、この曲にぴったりなはずです。バロックの数ある曲の中でも、5本の指に入る珍曲だと思います。

第10曲 カナリー『愉快な船人たち』 

カナリーは ジーグの一種です。船乗りたちの愉快な踊りでこの組曲は大団円となります。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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