孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

危険で素敵なラブ・コメディ。フィガロの結婚あらすじ・対訳(1)『序曲』

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人生ドラマ、モーツァルトのオペラ

いよいよ、モーツァルトオペラをご紹介していきます。

モーツァルトのオペラには、人間の喜怒哀楽、人生のドラマの全てがつまっていて、私も出会って以来、常に人生はモーツァルトのオペラと共にありました。

同じ思いの方は世界中にいることでしょう。

しかし、オペラは、特に興味のない方には、とっつきにくいジャンルかもしれません。

ソプラノ歌手が金切り声のような高音で歌って、頭が痛くなる・・・。

でもそのイメージは、19世紀以降の〝ベルカント・オペラ〟ではないかと思います。

それはそれでいいのですが、18世紀のモーツァルトのオペラは、もっとソフトで軽い〝リリック・オペラ〟で、ミュージカルに近い気軽さがあり、より親しみやすいはずです。

モーツァルトのオペラで、今もレギュラー的に演目にかかるのは主に7曲ありますが、中でも『フィガロの結婚』『ドン・ジョヴァンニ』『魔笛』は、〝世界の三大オペラ〟といわれています。

モーツァルトの〟ではなく、〝世界の〟ですよ!

世界最高のオペラは、3曲ともモーツァルトが作った、ということです。

風雲の快男子、ボーマルシェ

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原作者、カロン・ド・ボーマルシェ

最初に取り上げるのは、『フィガロの結婚』です。

実はきょう、身近な人が入籍するというので、その記念です。笑

内容は、ドタバタのラブコメ喜劇なのですが、重~いウラのある、いわくつきの作品なのです。

原作者は、フランスの劇作家、カロン・ド・ボーマルシェ(1732~1799)です。

彼は、時計職人の息子ですが、劇作家は一面でしかなく、たいへんな野心家、冒険家で、18世紀のヨーロッパを舞台に八面六臂の活躍をした人物です。

手先が器用で、21歳で時計の速度調節装置の開発に成功。それまでの時計は正確に動くことはなく、指す時間はバラバラでしたから、これは画期的なことでした。

国王ルイ15世からも認められ、王のために極薄の時計を作ったり、王の有名な寵姫ポンパドゥール夫人のために直径1cmにも満たない指輪時計を作ったりしました。

そんな時計技術で王侯貴族や富豪に人脈を広げ、打算的な結婚で宮廷の官職も手に入れました。

彼には音楽の才能もあり、当時新しい楽器であったハープに改良ペダルをつけて宮廷で演奏し、ルイ15世の4人の姫は全員、イケメン・ボーマルシェの美貌と楽才のとりことなり、姫たちの音楽教師になりました。

以前ご紹介した、モーツァルトがパリで作った『フルートとハープのためのコンチェルト』も、ボーマルシェの改良ハープで奏でられたのかもしれません。

www.classic-suganne.com

 その後も、森林管理官の職を手に入れて森林開発で大儲けを狙ったり、大富豪に取り入ってまんまと遺産を手に入れたり、国王のスパイとして諸外国に潜入したり(皇女マリー・アントワネットの名誉が危ない、と嘘をついて女帝マリア・テレジアに謁見したこともありました)と、危ないことにもたくさん手を出しています。

その間、成り上がり者ボーマルシェは、貴族たちの妬みを受け、陰謀に巻き込まれたり、決闘を挑まれたり、投獄されたり、また裁判沙汰が絶えませんでした。

ある貴族が、時計職人上がりだったボーマルシェを辱めようと、宮殿でボーマルシェに、自分の時計の調子が悪いから直していただきたい、とふっかけました。自分は不器用なので無理でござる、と断ったのですが、相手がしつこく強要するので、わざと時計を床に落とし、『ほら、拙者は手先が不器用と言ったではござらぬか』と、悠然とその場を去ったというエピソードもあります。

そんな中で、もともと反骨心のあるボーマルシェの中には、貴族社会に対する反感もふつふつとうずまいていました。

アメリカ独立戦争が勃発すると、アメリカ市民を応援するため、私財を投じて援助の船を出してもいます。

一方、いくつもの町民劇を作って上演し、失敗もありましたが、『セビリアの理髪師』は大成功を収めました。

あまりの人気に、続編を求める声が高まり、それに応えてつくったのが、『セビリアの理髪師Ⅱ』ともいうべき、『フィガロの結婚』でした。

ところが、『フィガロ』には、貴族に対する辛辣な批判がたくさん盛り込まれていたのです。

当時の秩序であるアンシャンレジーム(旧制度、封建制度)への挑戦でした。

当然、検閲でひっかかりますが、貴族たちは、自分たちが愚弄されるこの芝居を大いに面白がり、逆に上演できるよう運動しました。時はルイ16世の時代になっていましたが、王妃マリー・アントワネットも観たがりました。

そして、上演に反対するルイ16世を説得するため、御前で台本の朗読会が開かれました。

そこで、ルイ16世は怒りのあまり立ち上がり、こう叫んだといいます。

これは唾棄すべきものだ!この芝居を上演するなら、バスティーユ牢獄を破壊するのが先だろう!この男は、政府のあらゆる尊敬すべきものを愚弄している。

しかしその後、王弟や貴族たち、また王妃の働きかけによって、ルイ16世もついに折れ、1784年に公開上演されることになったのです。

国王がずっと上演を禁止していた、ということは、格好の前評判となり、初演にはパリ中の市民が押しかけてきたと思われるほど盛況で、混乱で死者まで出たということです。

市民は、貴族をやっつける平民フィガロに熱狂しました。

そして、ルイ16世が心配していたことは5年後の1789年、まさに現実となり、バスティーユは市民によって破壊され、フランス革命が勃発。王も王妃もギロチンの露と消えるのです。

マリー・アントワネットは、パンが無いならお菓子を食べればいいじゃない、と言ったとか言わなかったとかですが、フィガロの上演を王におねだりしたのは、直接的に革命の引き金を引いたといえます。

モーツァルト、強引にオペラ化

さて、フランスで大人気を博したお芝居、フィガロの結婚ですが、諸外国は危険な演劇として上演禁止にし、オーストリアも例外ではありませんでした。

こともあろうに、モーツァルトはこれをオペラ化しようとしたのです。

当然、抵抗に遭いますが、最終的にはマリー・アントワネットの兄、皇帝ヨーゼフ2世の許可を勝ち取ります。

このあたりの経緯は、映画『アマデウス』に面白く描かれていますが、実際には台本作家である宮廷詩人、ロレンツォ・ダ・ポンテ(1749~1838)の力によるものでした。

彼は、元のボーマルシェの台本から、危険なセリフは全て除き、ただのラブコメにしました、と言って皇帝を説得したようです。

台本作家ダ・ポンテとモーツァルトは息のぴったり合った名コンビで、フィガロのあと、『ドン・ジョヴァンニ』『コシ・ファン・トゥッテ』もダ・ポンテの台本によります。

オペラのウィーン初演は、1786年5月1日のことでした。

前編、セビリアの理髪師

フィガロの結婚の内容に入る前に、このお話の前編である、『セビリアの理髪師』のあらすじをご紹介しておきます。

セビリアは、スペイン南部、アンダルシア地方の大都市ですが、〝セビリヤ〟〝セビリャ〟〝セビーヤ〟〝セベージャ〟など、旅行のパンフレットでも様々な表記がありますが、ここでは一番ポピュラーと思われる〝セビリア〟にしておきます。あまり最近は使われていませんが。

また、原作の戯曲はフランス語ですが、オペラはイタリア語なので、イタリア語の方で読みます。

セビリアの町に、ロジーナという美しい貴族の孤児の娘がいました。バルトロという医師がその後見人をしていましたが、父親くらいの年のくせに、ロジーナをいつか妻にしてやろうと目論んでいました。そして、男が寄り付かないよう、ロジーナをほぼ部屋に監禁状態にしていました。

そこに裕福な貴族、アルマヴィーヴァ伯爵が、美しいロジーナの噂を聞きつけてやってきます。

伯爵は、警戒されないよう身分を隠してランドールと名乗り、なんとかラブレターを届け、お名前をお聞かせください、という返事までは得たものの、バルトロの警戒が厳重すぎて、そこから先は、窓辺のロジーナの姿を窺う以上のことはできません。

そこにやってきたのが、伯爵とは旧知のフィガロ。一応職業は床屋ですが、いろんなことにすぐ顔を突っ込む、自称〝町のなんでも屋〟。

フィガロは、まさに原作者ボーマルシェそっくりです。

伯爵は、しぶしぶながらもフィガロの力を借りざるを得ません。

そして、フィガロの策略で、何度も危うい橋を渡りつつも、知恵と策略で、手ごわいバルトロの裏をまんまとかき、伯爵とロジーナを結ばせることに成功し、めでたし、めでたし、となるのです。

この『セビリアの理髪師』は、モーツァルト以前にはパイジェルロが、後にはロッシーニがオペラ化していますが、今盛んに演じられているのはロッシーニの方です。

ロッシーニの序曲は、前述しましたが私が小学校の頃の思い出の曲です。 

18世紀にタイムスリップした劇場

では、物語に入っていきますが、名曲中の名曲ですので、演奏も古来名盤といわれるものが数あります。

私としては、やはり古楽器で、アルノルト・エストマン指揮、ドロットニングホルム宮廷劇場の演奏です。

ドロットニングホルムはストックホルム郊外にあるスウェーデンの宮殿で、ヴェルサイユ宮殿をまねして諸国が作った離宮のひとつです。オーストリアシェーンブルン宮殿プロイセンのサン・スーシ宮殿、ハイドンが活躍したエステルハーザなどのスウェーデン版です。

ドロットニングホルム宮廷劇場は、この離宮に付属した劇場で、ここでのオペラを愛したグスタフ3世が1792年に暗殺によって悲劇の死を遂げたあと、ずっと使われず、長い間〝開かずの劇場〟として放置されていました。

そのため、朽ちているとはいえ、当時の劇場がそのまま残っていたのです。

それを1922年に復元し、18世紀そのままの舞台が楽しめるようになりました。

驚くべきは当時の舞台装置です。

モーツァルトを始めとする当時のオペラ台本では、ストーリーの進行上、舞台がコロコロ変わる設定になっており、現代の演出家を悩ませていました。

現代の劇場ではそう簡単に場面転換はできないからです。

結果として、あまり凝った装飾などはできず、殺風景な舞台になりがちです。

しかし、当時の舞台装置では、簡単に場面転換ができるようになっていました。

これは実際に映像で見ていただくしかないのですが、なるほど、と圧倒されます。

そして、オーケストラの団員は、18世紀の衣装で、かつらをつけてオケ・ピットに入ります。楽器や奏法も、言うまでもなく当時のものを再現。

当時と違うのは、照明がロウソクではなく、電気であることだけだそうです。

私はかつてストックホルムを訪れた際、何とかこの劇場に行きたかったのですが、スケジュール上夕方になってしまい、たどり着いたときはもう閉まっていました。

閉まった劇場の扉の隙間から中を覗いた記憶があります。

この劇場は200席ほどしかなく、しかも夏の一時期しか上演は行われないため、チケットの入手は世界で最も困難といわれています。

死ぬまでには一度、とは思いますが・・・。

この動画で、この劇場の仕組みがよく分かります。


Drottningholms slottsteater

では、有名な序曲から聴いていただきましょう。 

オペラ『フィガロの結婚

Mozart : Le nozze di Figaro

OVERTURE

ドロットニングホルム宮廷劇場管弦楽団、合唱団

指揮:アルノルト・エストマン

The Drottningholm Court Theatre Orchestra & Chorus

Directed by Arnold Ostman

 序曲

短いけれど、結婚式の祝祭が今幕を開ける、というワクワク感満載の序曲です。冒頭、くすぐるようにいたずらっぽく始まってから、一気に盛り上げ、息をつかせないまま、プロローグに導いていきます。

これから始まる物語への期待を高める、素晴らしい序曲です。 

 

ドロットニングホルム宮廷劇場の演奏は、小劇場用のオーケストラですので、大オーケストラの演奏を聴きなれた方にはやや弦が弱く感じられるかもしれません。

その点、古楽器フィガロの最新版、ギリシャ出身の指揮者、テオドール・クルレンツィスの演奏は大迫力です。 

テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ

フィガロの結婚』序曲

 

では、次回は第1幕、物語の幕開けです。

 

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