孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ラジオから流れるクラシックについての考察。ヘンデル『合奏協奏曲集 作品6』(2)

ヘンデルの代表作のひとつ、合奏協奏曲作品6を聴いています。

今回ご紹介する第2番は、全12曲中、特に私の好きな曲です。

ヘルマン・ヘッセとラジオ。そしてヘンデル

車輪の下』を著わした文豪ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)の長編小説、『荒野のおおかみ』の中で、このコンチェルトが出てきますので、引用します。

幻想の中で、恋人ヘルミーネを殺してしまった主人公ハリー・ハラー。(イニシャルがヘルマン・ヘッセと同じ)

そこにモーツァルトが現れ、ラジオのスイッチをつけます。(小説ですから・・・)

流れてきたのは、ヘンデルコンチェルト・グロッソヘ長調

ハリーは、こんな鼻持ちならぬ器械で芸術を壊すつもりですか、とモーツァルトをなじります。

すると、モーツァルトが答えます。

どうか悲憤慷慨しないで、ご隣人!それはそうとあのリタルダンドー(だんだん遅く)に注意しましたかね? なかなかの思いつきだ、ふむ。そうだ、君のような短気な人間はこのリタルダンドーの思想を取り入れるがいい――バス(低音)が聞こえるかね? 神々のような足取りだ――老ヘンデルのこの着想を君のいらいらした心にしみわたらせ、心をおちつけたまえ! ひとつ、悲憤も嘲笑もぬきにして、このおどけた器械の実際絶望的に馬鹿げたヴェールの奥を、この神々の音楽のはるかな姿が通り過ぎていくのを聞きたまえ! 心にとめておきたまえ、それで何か得るところがあるからね。この発狂したメガホンは、一見この世で最も愚劣、無用、禁制なことをやり、どこかで演奏された音楽を無選択に愚劣に粗野に、しかもみじめにゆがめて、ふさわしからぬよその場所にたたきこんでいるが、しかもこの音楽の根本精神を破壊することができず、この音楽によってみずからの技術の無力さ、から騒ぎの精神的空虚さを暴露するばかりだ、ということに注意したまえ! よく聞きたまえ、君にはその必要があるんだ。さあ、耳を開いて! そうだ。どうだ、ラジオによって暴力を加えられたヘンデルが聞こえるだけじゃない。ヘンデルは、こんな鼻持ちならぬ現れ方をしても、やはり神々しいのだ――そればかりではない、ねえ君、同時にあらゆる生命のすぐれた比喩が聞こえ、見えるのだ。ラジオに耳を傾けると、理念と現象、永遠と時間、神性と人間性、それらの間の原始的な戦いが聞こえ、見える。ラジオは世界の最も壮麗な音楽を10分間、無選択に、市民の客間の中とか、屋根裏べやの中とか、おしゃべりをしたり、馬食したり、あくびをしたり、眠ったりしている聴取者のあいだとか、およそ途方もないような場所へ投げ込み、この音楽から感覚的な美しさを奪い、音楽をそこね、引っかき、べたべたによごしているが、しかも音楽の精神を殺すことができないように、ちょうどそのように、人生、いわゆる現実も、世界の壮麗な情景の戯れをまき散らしている。*1

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ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)
荒野のおおかみ (新潮文庫)

荒野のおおかみ (新潮文庫)

 

世界初のラジオ放送とは

この小説が書かれたのは1927年

世界初のラジオ放送に成功したのは、元エジソンの会社の技師だった、カナダ生まれのレジナルド・フェッセンデン

試行錯誤の末、1906年12月24日、アメリカ・マサチューセッツ州の自宅に置いた無線局から、クリスマスの挨拶、自身のヴァイオリンと歌で『きよしこの夜』、そして、レコードでヘンデルのラルゴ『オンブラ・マイ・フ』を流したのでした

www.classic-suganne.co

公共放送としてのラジオ放送は、1920年以降に普及していくので、ヘルマン・ヘッセがこの小説を書いた頃は、日常生活に勝手に入ってくる〝メディア〟がちょうど生まれた頃だったのです。

それから長い間、ラジオや、それに続くTVは、よほど、番組表を見て待ちかまえない限り、ある程度のジャンルは指定できたとしても、望まない内容のものまで、お茶の間に勝手に届かせるメディアでした。

ヘルマン・ヘッセがここで描いているのは、そんな〝勝手なメディア〟に使われ、コンサートホールから飛び出したヘンデルが、それにもおかまいなしに〝神々しい〟ということでした。

今では、インターネットの普及や大量録画の可能によって、情報を積極的に選べるようになりました。このような鼻持ちならない〝ブログ〟で出会うヘンデルも、おかまいなしに〝神々しい〟はずです。

ヘンデル『合奏協奏曲 作品6 第2番 ヘ長調 HWV320』

Handel : Concerto oo.6 no.1 in F major, HWV320

演奏:トレヴァー・ピノック指揮イングリッシュ・コンサート

Trevor Pinnock & The English Conser

第1楽章アンダンテ・ラルゲット

ヘンデル特有の、肩肘張らず、どこまでもさりげなく、さわやかな初秋の風に吹かれたような、万感胸に迫る音楽です。後半、『荒野のおおかみ』で触れられているリタルダンドーで、ゆっくりと次の楽章につなげます。

第2楽章アレグロ

切迫感あふれる速い楽章で、ヴァイオリン同士の模倣が強い印象を与えます。

第3楽章ラルゴ

天国的な癒しと気品に満ちています。ゆったりとした、心地よい眠りに誘われるような導入から、さらに天使の羽に撫でられるようなフレーズがたゆたいます。まさに、天国とはこういうところなのか、と思わせる曲です。

第4楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ

天国の階段を下りて、元気よく下界に戻っていきます。見はるかす大地には緑が広がり、遠くの山々はかすむ、雄大な景色が目に浮かびます。

 

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