孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

年末と言えば、第九? それとも? ヘンデル『メサイア』(1)

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ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)

年末と言えば、第九? それとも・・・

街もクリスマスモードとなり、いよいよ年も押しせまってきました。

クラシックで年末、といえば〝第九〟ですが、それは主に日本での話で、欧米では年末、あるいはクリスマスの曲といえば、ヘンデルのオラトリオ『メサイアのようです。

これまで、オルガン・コンチェルトやコンチェルト・グロッソなど、ヘンデルの曲を聴いてきましたが、バッハに比べると日本ではほとんど親しまれていないのが現状です。

でも、『ハレルヤ・コーラス』は誰でも知っている有名曲です。

それは、『メサイア』の中の1曲なのですが、それ以外の曲はやはり、クラシックが好きな人でなければ聴いたことのある人は少ないでしょう。

もちろん、この時期にはコンサートもたくさんありますし、立教大学など、ミッション系の学校でのアマチュア・コンサートも盛んですから、足を運ばれた方も多いでしょう。

でも、全曲に慣れ親しんだ人は、第九に比べて遙かに少ないように感じます。

それというのも、『メサイア』は3部に分かれており、コンサートのときはだいたい、各部の終わりに拍手をすることになります。第2部の終わりはハレルヤ・コーラスですし、第3部の終曲も終わった感があり、拍手になりますが、第1部の終わりは分かりづらいのです。観客の多くが気づかず、指揮者がお辞儀をして初めて拍手が起こる光景が多いので、私は率先して拍手するのですが、なかなか勇気がいります。誰もついてきてくれないと浮きますので。笑

本当に全曲、素晴らしい曲ばかりなので、ぜひメサイア以外も聴いていただきたいと思う次第です。

オラトリオとは

この曲のジャンル『オラトリオ』ですが、どんなものか一言で言うなら、ヘンデルのものについては〝演技のないオペラ形式で上演する、聖書から題材を採った物語〟となるでしょうか。

日本語にむりやり訳すと『聖譚曲』となります。聖なるお話の曲、ということです。

オーケストラに独唱者、合唱団で構成され、オペラのように、レティタティーヴォ、アリア、重唱曲、合唱で物語が進んでいきますが、舞台装置や演技はありません。

ベートーヴェンの第九の第4楽章は、シンフォニーとオラトリオを合体させた試みだと解釈することもできます。

また、宗教的な内容ではありますが、劇場など、世俗的な場所で演奏されます。

でもこのことは、ヘンデルも当時から批判されました。

オペラとミュージカルの違い

ヘンデルは、後半生、ロンドンにやってきて、イタリア・オペラで大成功しましたが、そのうち、ライバル劇場との熾烈な争いや陰謀で破産の危機に見舞われ、疲労困憊し、軽度の脳卒中まで起こして、一度ドイツで静養せざるを得なくなったことは前述しました。

奇跡の回復を遂げ、ロンドンに戻ってきたものの、その頃、ロンドンのイタリア・オペラブームは去っており、1728年にジョン・ゲイが作曲した『ベガーズ・オペラ(乞食オペラ)』が大人気を博していました。これは、英語による風刺の効いた俗っぽい内容で、大衆に大いに受けたのです。

曲も、流行の曲のつぎはぎ合わせでしたが、誰でも知っている曲だからこそ、すぐ浸透ししたわけです。

宝塚歌劇創始者小林一三も、初期の頃、ヨーロッパ的な本格オペラを目指す作曲家と対立し、怒った作曲家に楽譜を全部持って出て行かれたことがありました。すでにお客は集まっているのに。

阪急電鉄の創業者であり、経営者であった小林一三ですが、文豪並みの文才があったので、戯曲は突貫工事で自分で書き、曲は童謡や流行歌を流用して間に合わせたということです。

逆に皆が知っている曲だからこそ、親しみやすくて人気を博し、まさに災いを転じて福となしたわけです。著作権が確立していない頃だからこそではありますが。

産業革命前夜の英国では、近代的な都市文化が生まれており、貴族趣味のイタリア・オペラはすぐに飽きられてしまったのです。

近代的な聴衆の誕生といってもいいかもしれません。

乞食オペラのジャンルは、バラッド・オペラといい、英語で上演されました。

オペラはイタリアで誕生したので、どの国に行ってもイタリア語で上演されるのが普通でした。これでは、イタリア語の素養ある貴族しか理解できません。

しかし、英語のオペラが生まれ、各国にも自国語による大衆向けの新しいオペラが広がっていき、ドイツでは〝ジングシュピール〟というドイツ語オペラが生まれ、モーツァルトも傑作『後宮よりの逃走』『魔笛』を書きました。

この流れが、今のミュージカルにつながっていきます。ロンドンにおいては、コヴェントガーデンのルーツです。

オペラとミュージカル、どう違うの?という疑問には、歴史的にはここに分岐点があるといってよいでしょう。

貴族=オペラ、民衆=ミュージカルと図式で、音楽における市民革命といえますが、もちろん、イタリア語を母国語としているイタリアでも、19世紀になると、イタリア・オペラも大衆化が進み、ヴェルディのオペラはイタリア統一、近代化に大きな力となりました。

彼の名前〝VERDI〟は、人気のあったサルデーニャ王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世をイタリア王としてかつぐ際、〝イタリアの王ヴィットリオ・エマヌエーレ〟の頭文字でもあったため、イタリア統一のスローガンとなりました。

18世紀前のイタリア・オペラは、〝貴族文化〟という、ヨーロッパの国際的な共通文化の象徴でしたが、19世紀は市民社会ナショナリズム国民主義)の時代ですので、オペラもそれぞれの国特有のものに分化していったのです。

宝塚歌劇も、日本人のための、国民オペラといっていいでしょう。

音楽はまさに社会の動きと、切っても切り離せないのです。

大英帝国とオラトリオ

さて、イタリア・オペラから撤退したヘンデルは、ベガーズ・オペラのような俗っぽいオペラは作れませんので、英国人の好みをマーケティングした結果、オラトリオの上演に転向することにしたのです。

オラトリオは、ベガーズ・オペラの対極にあるような、宗教的でマジメな内容ですが、実は英国人の質実剛健な気質によく合っていました。

題材が旧約聖書を中心とした歴史モノでしたので、これも大河ドラマのように受けました。

さらに、旧約聖書神に選ばれし民、ユダヤ人の苦難と栄光の物語ですが、それが、ヨーロッパの中でも、もともと大陸諸国に遅れをとっていたけれど、エリザベス1世の時代にスペインの無敵艦隊を破って以来、世界に植民地を拡大し、勃興していく英国人が、自分たちは神に祝福された国民ではないかと、旧約のユダヤの民に重ねあわせたのです。

そして、ヘンデルの壮大なオラトリオに熱狂しました。

まさに英国ナショナリズムの高揚に大きな力を与えたわけで、ヘンデルは英国では神格化されるほどになり、ヘンデル自身もドイツ人ですが、英国に帰化し、〝ゲオルク・フリードリッヒ・ヘンデル〟から〝ジョージ・フリデリック・ハンドル〟になったのです。

一般的にはドイツ語読みのヘンデルで通っていますが。

死後は、王族や英国に功績のあった人だけが葬られるウェストミンスター寺院に、〝偉大な英国人〟として眠っているのです。

19世紀に七つの海を支配した大英帝国の精神的基盤のひとつに、ヘンデルのオラトリオがあったのは間違いありません。

ヘンデルの死後、ロンドンを訪れたハイドンは、〝オラトリオの国〟に影響を受け、ふたつの大オラトリオ『天地創造』『四季』を作曲するのです。

エンターテインメント作品、メサイア

さて、『メサイア』ですが、実はヘンデルのオラトリオの中では異色の存在です。

それは、オペラのように、語り手がおらず、歌詞の全てが聖書からそのままとられていることです。(一部、人称などは変更されていますが)

台本作者は、ヘンデルの多くの作品に台本を提供したチャールズ・ジェネンズ(1770-1773)ですが、この作品については、作詞はしておりませんので、編集者と言った方がよいでしょう。

そのため、聖書の言葉を教会以外で、全く聖職者を介さず、劇場という世俗の場所で上演することに大きな批判がありました。

しかし、ヘンデルとジェネンズは〝あえて〟行ったことでした。

ジェネンズはヘンデルが自分の意図に従わなかったり、台本を勝手に改変したりするので度々対立していましたが、このメサイアについては『ヘンデルは私の作品に、彼の最上の音楽というほど優れたものではないが、それなりに良質の娯楽作品(A Fine Entertainment)を生んだ』と評しています。

今では宗教曲の白眉といわれているメサイアを、〝エンターテインメント〟と呼んでいるのです。

ヘンデルも、この作品で人々の信仰心を高めたい、と言っています。

教会や聖職者を通してしか神の恩寵にあずかれない、というカトリックと違い、英国もヘンデルプロテスタントですので、むしろ劇場に集まった大衆を、自分たちの力で教化する、ということにやりがいと意義を感じていたのです。

そしてそれが、興行的にも成功することも分かってのことでした。

 

作曲、初演の経緯などは次回以降にして、まずは曲を聴き始めたいと思います。

今回は序曲のみです。

有名曲ですので名盤はたくさんありますが、こちらは2013年録音の、少人数でフレッシュな、素晴らしい演奏です。

ヘンデルメサイア』HWV56

Handel : Messiah HWV56

エマニュエル・アイム指揮ル・コンセール・ダストレ

Emmanuelle Haim & Le Concert D’Astree

第1曲 シンフォニア(序曲)

重々しいフランス風序曲ですが、王の登場で使われるこの形式は、ここではイエスを象徴しているのは言うまでもありません。

メサイア上演の際は、歌詞のテキストが聴衆に配布されましたが、その冒頭には次の文章が掲げられていました。音楽はついていません。

(歌詞は、全曲を通して私の意訳も含まれています)

いざ、われら大いなる出来事を歌わん

 

まぎれもなく偉大なものは、この信心の神秘である

キリストは肉体として現れ

精霊によって正義とされ

天使たちに見届けられ

諸国民の間に伝えられ

世界の中で信じられ

栄光のうちに天に上げられた

キリストのうちには、知恵と知識の宝いっさいが秘められている

 

ヘンデル:メサイア

ヘンデル:メサイア

 

 

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