孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

映画『プラハのモーツァルト~誘惑のマスカレード~』の感想 です。

映画『プラハモーツァルト』観ました。

映画『プラハモーツァルト~誘惑のマスカレード~』が昨年12月2日に日本公開されました。モーツァルト生誕260周年記念ということで、久々のモーツァルト映画でもあり、私も9月に下記のように楽しみにしていました。

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予告編はこちらです。


「プラハのモーツァルト 誘惑のマスカレード」予告編

で、年末はバタバタして観に行けず、そろそろ・・・とチェックしたら、なんとロードショーは1月12日まで、となってるではないですか!

あわてて、きのうひとりで有楽町の小さな映画館に駆け込んで観てきた次第です。

やはり、マイナーなテーマではあるので、観る人も少なかったのでしょうね。物語のスケールも、『アマデウス』には及ばない、こじんまりしたものでした。

でも、私としてはすごく良かったです!

なんといっても、18世紀末の〝あの時代〟にどっぷり浸かれるし、モーツァルトの音楽がふんだんに出てくるので・・・。

クラシック鑑賞は生演奏に勝るものはありませんが、ふだんはこだわりの木製イヤホンか、小さいけど音の良いBOSEBluetoothスピーカーでつつましく聴いているので(それでも娘たちに近所迷惑だと言われ(泣))、映画館で大音量で聴くクラシックはかなりのストレス解消になるのです。

実際の楽器の音量からすればあり得ませんが、『のだめカンタービレ』の映画版も、同じ理由で最高でした。

モーツァルトを愛した街、プラハ

さらに、さきのブログにも書きましたように、モーツァルトプラハ滞在時期は、作曲者の絶頂期であり、私の中でもかけがえのない曲たちが生み出されました。

なんといっても、オペラ『ドン・ジョヴァンニピアノ協奏曲第25番、そして交響曲第38番〝プラハは私の人生そのもの、かけがえのない曲たちです。

この映画でも、ウィーンで初演したオペラ『フィガロの結婚は、好評だったものの、陰謀もあってかすぐ打ち切りになり(まるでこの映画のようですが)、モーツァルトもがっかりだったのですが、プラハでは興行史上に残る大ヒットとなり、プラハの人たちが、ぜひ作曲者をプラハに招こう、というところから物語が始まります。

プラハの街は、コンサートも、舞踏会も、市民の口笛も、みんなフィガロ一色になっていました。

ウィーンでの人気が下降気味だったモーツァルトは、どんなにうれしかったことでしょう。

〝音楽の都〟と称されながらもモーツァルトに冷たかったウィーンに比べ、プラハは生前のモーツァルトを最も愛した街として、今でも市民は誇りに思っているのです。

1787年1月8日にモーツァルトは出発し(231年前の明日ですね)、1月11日にプラハに到着、大歓迎を受けます。そして、1月22日にはモーツァルト自身の指揮による『フィガロの結婚』が上演され、大喝采を浴びますが、その様子もこの映画で再現されています。

新作オペラ『ドン・ジョヴァンニ

そして史実では、『フィガロの結婚』で大儲けをした(というより、破産しかかっていたのを救われた)、劇場興行主ボンディーニより、新作オペラの注文を受けます。

モーツァルトはいったんウィーンに戻って作曲に取り掛かり、その年の秋に、今度は妻コンスタンツェを伴ってプラハに戻り、映画でも活躍しているヨゼファ・ドゥーシェク夫人の別荘、ベルトラムカ荘に滞在して仕上げにかかります。

しかし、予定されていた初演日10月14日には新作は間に合わず、『フィガロの結婚』で間に合わせ、29日にようやく『ドン・ジョヴァンニ』が完成、初演にこぎつけるのです。

フランス革命を誘発した危険思想が根底にあるとはいえ、陽気なラブ・コメディの『フィガロの結婚』に比べ、新作『ドン・ジョヴァンニ』は、まったく性格の違う、ホラー映画のような作品でした。

幕が開いてまもなく、ドン・ジョヴァンニの剣が抜かれ、騎士長の胸を貫き、いきなり殺人が行われるのです。

フィガロⅡ〟のようなものを期待していたプラハの聴衆は、さぞ面食らったことでしょう。

伝説の女たらし〝ドン・ファン〟 

実は、この二作のギャップの謎をメインテーマにしたのが、この映画なのです。

もちろん話はほとんどフィクションですが、なるほど・・・と私は映画館でひとりうなづいていました。

ドン・ジョヴァンニ〟は、オペラ用にイタリア語になっていますが、スペイン語では〝ドン・ファン〟で、伝説上の有名な女たらしです。

次から次へと女性をだまし、関係を結んでから容赦なく捨てていきます。

その数は、従者のレポレロが名簿につけており、彼の有名な『カタログの歌』の歌詞を要約します。

可愛い奥様、あの方のことなど、おあきらめなさい。

愛するに値しない人ですよ。

あなたは、最初の女でもないし、最後の女でもない。

この手帳をご覧なさい、あの方が手掛けた女性のリストです。

どの町、どの村、どの国も、あの方の恋の冒険の舞台なのです。

イタリアでは640人、ドイツじゃ231人、フランスで100人、トルコで91人。

そして、このスペインでは・・・1003人!

その中には、田舎娘もいれば、メイドもいる。

伯爵夫人、男爵夫人もいれば、侯爵令嬢、王女様もいる。

あらゆる身分、あらゆる容姿、あらゆる年齢、おかまいなしです。

冬には太った女が、夏にはやせた女がお好み。

年配の女性を手掛けるのは、リストに載せる楽しみのため。

でもあの方が一番熱中するのは、若い処女。

お金持ちだろうが、醜かろうが、美人だろうが、

スカートさえはいていれば、あの方が何をするかは、

あなたもご経験済みでしょう。

このようにして、女性をだましていきますが、最後は、犯されそうになった娘を守ろうとした父親、騎士長を殺し、その亡霊によって地獄に落とされます。

要するに、悪者には必ずバチがあたる、という教訓説話が土台となっているのですが、このテーマは人気で、客の入りが悪くなった劇場は〝ドン・ファンもの〟をやれば、とりあえず乗り切れる、と言われていました。

フランスの有名な劇作家、モリエールも、傑作『ドン・ジュアン』を書いています。

モーツァルトも、プラハの人たちのために、みんなが好きなこの素材をサービスで取り上げたのだと思いますが、地獄落ちの場面などは、オペラ史上もっとも恐ろしいといわれているデーモニッシュな音楽に仕上がっており、ゾッとします。

この映画では、どうしてそんな音楽が生まれたのか、をうまく描いているのです。

ですので、この映画は、『フィガロ』と『ドン・ジョヴァンニ』の両オペラの内容と音楽を知らないと、真の意味は分かりにくいかもしれません。

ドン・ジョヴァンニ』については、またの機会に書きたいと思っていますが、フィガロはすでに書いていますので、ぜひご覧ください。笑

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イケメンのモーツァルト

あと、この映画で気に入ったところは、モーツァルトがイケメンで、さわやかに描かれているところです。

アマデウス』の変人モーツァルトもいいのですが、下品過ぎて、イメージ的にはどうなのかな、と思わなくもないです。モーツァルトは実際下ネタが大好きだったので、ある程度史実に従ってはいるのですが・・・。

ベートーヴェンが第九を作曲した経緯を取り上げた映画『敬愛なるベートーベン』も、素晴らしい映画なのですが、ベートーヴェンがあまりにも不潔でデリカシーがなく描かれていて、これじゃ見る人がベートーヴェンを嫌いになっちゃうよ・・・と心配になったりします。これも、記録に残されたベートーヴェンの実像にある程度従っているのですが、映像の力はすごいので。

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このように〝崇高な音楽を創る偉大な作曲家も、人間としてはダメダメ〟系が多い中で、好感度の高いモーツァルト像にホッとしたわけです。 

また、不倫の恋が悲劇に終わり、打ちひしがれたモーツァルトを、知ってか知らずか、温かく支える妻コンスタンツェにも癒されました。

コンスタンツェは世に悪妻と言われていますが、夫の精神的な支えとなっていたのは、まごうかたなき事実と思うので、しっかり者に描かれたのもうれしかったです。

ドン・ジョヴァンニ』の序曲が、初演前夜にもできておらず、徹夜続きで睡魔と闘っているモーツァルトに、コンスタンツェが『アラジンと魔法のランプ』の話をしたり、ポンチを作ったりして必死に眠気冷ましをしますが、ついに寝落ちしてしまい、妻も起こすにしのびず、目が覚めたのは写譜屋が取りに来る数時間前。大慌てで猛然と書き、約束の時間には驚くべきことにあの名曲が完成していた。オーケストラが楽譜を受け取ったのは演奏直前で、インクもまだ乾いていなかった・・・という有名なエピソードも盛り込まれています。

その遅れの原因が、モーツァルトの精神的ショックにされているのはフィクションですが。

悪役のサロカ男爵が、ドン・ジョヴァンニに重ね合わされているのは言うまでもありません。

憎しみと愛のアリア。

そしてラストシーン、モーツァルト指揮する『ドン・ジョヴァンニ』で終わるのですが、最後の曲が、ドンナ・エルヴィラのレチタティーヴォとアリア『ああ神様、なんという悪行を~あのひどい男の心は私を裏切り』だったのです。

このアリアは、私が最も好きな作曲家モーツァルトの、最も好きな作品『ドン・ジョヴァンニ』の中で、最も好きな曲なのです。(しつこいですが)

この歌は、実はプラハの初演の時にはなくて、後にウィーンで再演されたときに追加されたアリアなので、史実には反しますが、まさに絶妙な選曲だと思います。

ドン・ジョヴァンニ』のヒロインは、犯されそうになって父を殺されたドンナ・アンナですが、ドンナ・エルヴィラは、かつてドン・ジョヴァンニに結婚3日目で逃げられ、後を追って復讐に燃えている脇役です。

先ほどのレポレロの『カタログの歌』はドンナ・エルヴィラに向かって歌われたもので、劇中、ドン・ジョヴァンニに復讐しようと逆ストーカーのようにつけ狙いますが、逆にまただまされてしまう、という、哀れなピエロ役です。

しかし、ウィーンで追加されたこのアリアでは、ドン・ジョヴァンニの悪行が明らかになり、破滅が近い、という状況になって、なぜか彼の身が心配になってしまう、という複雑な思いを歌っています。

もてあそばれ、捨てられて、殺したいほど憎い男なのに、どうしても、彼の無事を願う気持ちが、心の底から消し去れない・・・。

引き裂かれた女心に、モーツァルトが人生最高の曲をつけているのです。

この1曲の追加によって、エルヴィラはアンナと並ぶヒロインに音楽的に格上げされ、オペラにさらなる不朽の価値が加わったといっても過言ではありません。

映画は、アリアの導入となるレチタティーヴォ・アコンパニャートで幕となり、この曲を知らない人にとっては、唐突であっけない終わり方、という印象かもしれません。

しかし、監督は、これに続くアリアが、観客の頭のうちに余韻のように鳴るのを狙っているように思われてなりません。

この曲で表現されている引き裂かれた心のうち、憎しみはサロカ男爵に、愛はモーツァルトに投影させているように感じます。

 

ドン・ジョヴァンニ』はいずれ取り上げますが、ここでドンナ・エルヴィラのアリアを掲げます。

演奏は、私が最初に出会ったもので、1959年録音のジュリーニです。当時としても古い録音でしたが、高校生だった私は、これで『ドン・ジョヴァンニ』の世界にすっかり引き込まれ、熱に浮かされたように毎日聴いていました。

モーツァルト:オペラ『ドン・ジョヴァンニ

演奏:カルロ・マリア・ジュリーニ指揮フィルハーモニア管弦楽団&合唱団

ドンナ・エルヴィラのレチタティーヴォ『ああ神様、なんという悪行を』

歌:エリザベートシュワルツコップ(ソプラノ)

ドンナ・エルヴィラのアリア『あのひどい男の心は私を裏切り』

古楽器演奏もいいですが、こうした名盤も素晴らしいです。特に往年の大歌手、シュワルツコップの息継ぎなしのコロラトゥーラには圧倒されます。これを上回る歌唱は、60年経っても出ていないのではないでしょうか。

カタログの歌』も素晴らしいので、掲げておきます。

レポレロのアリア『奥様、これがうちの旦那が手掛けた女のカタログ』

歌:ジュゼッペ・タディ(バリトン

 

 

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