孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟にまつわる物語。バッハ『無伴奏チェロ組曲 第1番』

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ストラディヴァリ製のチェロ〝セルヴェ〟(スミソニアン博物館所蔵)

ストラディヴァリウスの名器〝セルヴェ〟

前回のシューベルト弦楽四重奏曲は、スミソニアン博物館所蔵ストラディヴァリウスを全て使った演奏でご紹介しました。

そのうちのチェロは、オランダの古楽器チェロ演奏の第一人者、アンナー・ビルスマが、 名器〝セルヴェ〟を使って演奏していました。

今回は、その楽器にスポットを当てたいと思います。

ストラディバリ製のチェロ、通称〝セルヴェ〟は、スミソニアン博物館所蔵の約3,000点の楽器の中でも、ひときわ優れているものとして有名です。

アントニオ・ストラディバリが18世紀最初の年、1701年に製作したものです。日本は元禄時代、犬公方こと五代将軍徳川綱吉の治下、水戸黄門こと徳川光圀が亡くなり、浅野内匠頭江戸城松の廊下で吉良上野介に刃傷に及び、切腹させられた年です。

かなり大型のチェロで、細かいところまで念入りに装飾され、見た目の素晴らしさもさることながら、その音も、これまでこの楽器に触れたあまたのチェリストが『えっ?チェロって本当はこんな音がするのか!?』と叫んだという代物です。

また、この楽器の価値は、後世の改造をほとんど受けていなかった、ということにもあります。

17世紀にはこのような大型チェロがさかんに作られましたが、18世紀になると、だんだんと大きさが縮められてきました。

それは、弦の改良に原因があります。

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ストラディヴァリの工房(想像図)

羊の腸で作ったガット弦

この時代の弦は、羊の腸を使ったガット弦でした。ソーセージの皮で作ったようなものです。(製法には秘法があり、そんな簡単にはできませんが)

とても柔らかく甘い音が出ますが、音量が小さいため、音を大きくするためには楽器を大きくする必要がありました。そのため大型のチェロが主流だったのです。

しかし、17世紀末から、ガット弦に金属線を巻き付けて補強する方法が発明されました。

これによって、低音が明瞭に出るようになり、音量も大きくなって、楽器の小型化が進んだのです

ストラディバリも18世紀になってからは、もう少し小型の楽器を作るようになってきました。

現在使われているスチール弦(金属弦)は20世紀になってから主流となりました。スチール弦は耐久性、音量、表現力ともに、大ホールでのコンサートに向いていたのです。

しかし、近年ガット弦の魅力が見直されるようになって、古楽器ブームが起こりました。私は作曲者が想定したであろう古楽器の響きを好み、このブログではガット弦の演奏を中心に取り上げていますが、スチール弦の表現の幅の広さにも感銘を受けます。それぞれに違った魅力があるわけです。

〝セルヴェ〟は、そんな大型チェロの最後の作品でした。

 

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アドリアン=フランソワ・セルヴェ像

〝セルヴェ〟の物語

その名は、19世紀のベルギーのチェロ奏者、アドリアン=フランソワ・セルヴェ(1807-1866) が20年以上所有し、愛奏していたことから名付けられました。

ベルリオーズから〝チェロのパガニーニ〟と絶賛されたヴィルトゥオーゾ(名人)です。

彼がこの楽器を厳重に管理したおかげで、この楽器は改造の憂き目をみることなく、製作当時の姿を今に保っているのです。

ただ、18世紀以前のように膝に挟むのではなく、地面に固定して演奏するために、エンドピンを取り付けました。

エンドピンは、セルヴェが自分のお腹が出ていて、膝で挟むのが困難なために発明しました。

現代楽器では安定した姿勢で演奏を行うために不可欠になっています。

しかし、当時は木製だったために、木の床だと悪影響を受け、特にストラディヴァリウスのような繊細な楽器は音質が台無しなった、という証言も残っています。

さて、セルヴェは若い頃にロシアに演奏旅行に行き、ロシア皇帝ニコライ1世の前で御前演奏を行い、大喝采を浴びました。セルヴェにはユスポヴァ皇女が所有するストラディヴァリウスのチェロを貸して演奏させたのですが、皇帝の絶賛を聞いて皇女は、『これは貸与ではありません、贈与です!』と叫び、皇帝を喜ばせました。

外国の高名なチェリストに銘器を気前よく与えた、ということは、ロシア帝国の威光を諸国に知らしめることになるからです。

しかし一方で、セルヴェはこの楽器欲しさに皇女に近づき、篭絡して自分のためにこの楽器を買わせた、という一説もあります。皇女の周囲が反対すると、皇女から自分に来たラブレターを公表する、と脅して、スキャンダルになることを恐れた皇室が彼の望みを叶えさせた、というのです。

本当だとすれば何とも卑怯な話ですが、そんな話がささやかれるのも名器の魔力でしょう。

彼はその後、危うくこの楽器を失いかけます。ロシアの雪上を橇で移動中、どこかで荷台から落ちてしまったのです。

それを知った彼の落胆ぶりは激しく、誰も話しかけられないそうでしたが、翌日、ケースに入ったまま、雪の中から見つかったそうです。ケースの皮ひもは狼にかじり取られていましたが、本体に損傷はありませんでした。

その後、彼はこの名器をずっと大切にし、何人かの手を経て、最後の所有者が博物館に寄贈して現在に至ります。

その音は、特に低音に深みがあり、かつ明瞭であって、他の楽器では得られないとされています。

演奏者のアンナー・ビルスマは、この楽器について次のように述べています。

『この楽器を弾くとき、私は自分の技術不足より、想像力の乏しさを痛感する。』

それでは、その名器の音を存分に味わえる曲、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番です。

チェロのみの演奏ですが、その理由、バッハの無伴奏曲とは何か、については次回以降ご紹介したいと思います。

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007

J.S.Bach : Suite for Violoncello Solo, no.1, in G major, BWV1007

演奏:アンナー・ビルスマ(チェロ:使用楽器ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟)

Anner Bylsma (Violoncell Stradivarius “Servais”)

第1楽章 プレリュード

CMでよく聞く有名な曲です。ハウスメーカーなどが、豊かで落ち着いた生活を演出するのに使われます。この曲を流すと、部屋に不思議と高級感が生まれる、高級家具のような音楽です。それがストラディヴァリウスの音ですから、無料で最高級インテリアを手に入れたようなものです(笑)。曲の構成はフランス組曲などでご紹介した、舞曲に由来する楽章を集めたバロック組曲ですが、曲名の通り、伴奏はなく、チェロのみで演奏されます。それがまた、深く落ち着いたたたずまいを見せています。一見地味ではありますが、豊かな響きとなって聞えてくるのはバッハの高等テクのなせる業です。16分音符の音型の繰り返しになりますが、平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番のプレリュードと同じく、陽の光にゆらめいて様々な色合いに移ろう木の葉のような、変幻的なハーモニーを旋律で表しているのです。不協和音とその解決が、不安な緊張感とホッとしたような安心感を交互に与え、引き込まれていきます。

第2楽章 アルマンド

のびやかで安らぎに満ちたアルマンドです。チェロならではの温かさに満たされます。

第3楽章 クーラント

クーラントの中でもイタリア風の速いテンポで進みます。アルマンドののびやかさとは一転、軽快な中に緊張感もはらんだ音楽です。

第4楽章 サラバンド

サラバンド特有の優雅で高貴な感情を宿した、ゆっくりした舞曲です。

第5楽章 メヌエット

ふたつのメヌエットが、それぞれ違った味わいで続きます。宮廷舞曲らしい気取った感じです。

第6楽章 ジー

快調なテンポの終曲です。チェロの渋い音色と、リズミカルな軽いメロディの組み合わせの妙が楽しめます。

 

ビルスマはこの演奏にあたって、a線はガット弦を使用しながらも、他の弦にはガット弦に金属線を巻いた、〝セルヴェ〟では想定されていない弦を張り、弓も現代のスタイルのものを使っています。ですので、楽器は歴史的なストラディヴァリウスですが、厳密には古楽器演奏とは言い難いものです。

しかし、時代のスタイルにはこだわらず、この楽器の魅力を最大限引き出すことを目的にしたわけですので、皇帝や皇女が魅了された音はかくや、と思わせる演奏になっているのです。 

 

www.classic-suganne.com

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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