孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

偉大なるチェリストによる、偉大なる再発見。バッハ『無伴奏チェロ組曲 第2番~第6番』

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アンナ・マグダレーナ・バッハの写譜による『無伴奏チェロ組曲

無伴奏〟の意味するものとは

前回、バッハ無伴奏チェロ組曲第1番をご紹介しましたが、文字通り伴奏を伴わない、純粋なソロの曲が、バッハにはチェロ、ヴァイオリン、フルートの3種あります。

楽器には、鍵盤楽器(ピアノ、オルガンなど)や撥弦楽器(ギターなど)に代表される、1台でも複数の音、つまりハーモニーを奏でられる『和音楽器』と、基本的には同時には一つの音しか出せないヴァイオリンやチェロなどの擦弦楽器や、フルート、オーボエ、ホルン、トランペット、トロンボーンクラリネット管楽器などの『旋律楽器』のふたつがあります。

旋律楽器は、人間の声と同じようにのびやかにメロディを歌うことができますが、ハーモニーは出せないため、独奏する場合は、ピアノなどが伴奏し、和音を補充することによって、音色を豊かにし、より旋律の美しさを際立たせています。

通奏低音の時代

バロック時代の伴奏とは、『通奏低音』でした。

通奏低音は、イタリア語では『バッソ・コンティヌオ Basso Continuo』といい、ずっと伴奏を途切れることなく続けることから名付けられました。

主にチェンバロのような鍵盤楽器と、チェロのような低弦楽器が担当します。

チェンバロも楽譜は基本的に左手の低音部分だけで、右手は演奏者が即興的に和音を加えます。

通奏低音の時代はモーツァルトの頃まで続き、オペラのレチタティーボ・セッコの伴奏は通奏低音のみです。

バッハはこれに飽き足らず、チェンバロの右手部分もしっかり作曲し、旋律楽器と対等な扱いにする試みもしています。

その代表的なものがオブリガートチェンバロつきのヴァイオリン・ソナタです。ヴァイオリン独奏曲の扱いですが、バッハにしてみれば、チェンバロの右手、左手、そしてヴァイオリンの三声によるソナタなのです。

究極のエコな音楽

一方、無伴奏は、それがない、ということになります。この、チェロ組曲に至っては、通奏低音を担当するいわば脇役を、いきなり主役に抜擢したようなものです。

しかも、一人芝居で。

バッハの試みは、単旋律で、いかにハーモニーを出すか、ということでした。

弦は複数ありますので、一度に2音を出す重音奏法というのもありますが、多用するのは困難です。

複数の声部がさもあるように見えるようにするか、という工夫なのです。それは画家が、平面に過ぎない絵に、奥行きがあるように見せるため、遠近法を発明したようなものでした。

その結果、これらの曲には、まるで一つの楽器で弾いているとは思えないような奇蹟の効果が生まれているのです。

しかし、そんなストイックなことをするくらいなら、別に複数の人を集めてやればいいのに、とも思いますが、自分あてのワインが運送中に少しこぼれたといって、地団太踏んで悔しがるようなバッハ先生であり、また節制に努め、世界一環境保全に気を遣っているドイツ人ですから、とことん〝エコ〟を究めた、ということでしょうか。

無伴奏チェロ組曲は6曲あります。

作曲時期は不明なのですが、おそらく、器楽曲が花開いたケーテン時代と言われています。そうなると、ケーテン宮廷のチェロ奏者、アーベルのために作曲されたということになりますが、果たして彼がこんな難曲を弾けたのか?ということもバッハ研究者の疑問になっています。

自筆譜は惜しくも失われ、後妻アンナ・マグダレーナの美しくも、バッハと見分けがつかないような写譜で伝えられています。

一連の無伴奏シリーズは、フルート→チェロ→ヴァイオリンの順で作曲されたといわれ、後になるほど、深く思索的になっていきます。

第1番は前回聴きましたから、残りの5曲のハイライトをご紹介します。

いずれも、アンナー・ビルスマの演奏で、第2番から第5番までが、ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟による演奏です。

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第2番 ニ短調 BWV1008

J.S.Bach : Suite for Violoncello Solo, no.2, in D minor, BWV1008

演奏:アンナー・ビルスマ(チェロ:使用楽器 ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟)

Anner Bylsma (Violoncell Stradivarius “Servais”)

6曲中2曲が短調で、これはそのうちの1曲ですが、特に情感にあふれ、瞑想的な雰囲気の曲です。自分を深く見つめなおしたいときなどに、頭を空っぽにして聴くとよいかもしれません。

第1楽章 プレリュード

豊かなハーモニーを生み出そうとした第1番のプレリュードに比べ、これはメロディーラインが重視され、複声部があるかのように作られています。深い物思いにふけるような音楽です。

第2楽章 アルマンド

プレリュードの内省的な雰囲気を引き継いでいます。演奏技法の上でも、重音奏法など、高度な技術が要求されている難曲です。

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第3番 ハ長調 BWV1009

J.S.Bach : Suite for Violoncello Solo, no.3, in C major, BWV1009

演奏:アンナー・ビルスマ(チェロ:使用楽器 ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟)

Anner Bylsma (Violoncell Stradivarius “Servais”)

明るくのびのびとしており、組曲の中でも最も演奏される機会の多い、広く愛されている曲です。

第1楽章 プレリュード

流れるような音符が積み重なっていきます。ハ長調はチェロでも弾きやすく、それだけ4声和音も多く使いやすいため、広がりを見せています。

第5楽章 ブレー

この曲の中で一番知られている曲です。早いテンポの中にも落ち着いた風情があります。

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第4番 変ホ長調 BWV1010

J.S.Bach : Suite for Violoncello Solo, no.4, in E flat major, BWV1010

演奏:アンナー・ビルスマ(チェロ:使用楽器 ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟)

Anner Bylsma (Violoncell Stradivarius “Servais”)

渋く落ち着いた、大人の音楽です。

第1楽章 プレリュード

前半と後半に分かれ、前半ではアルペジオ(分散和音)が続き、色調が豊かに変化します。後半には緊張が高まり、音階が上下する激しい面も現れます。

第4楽章 サラバンド

旋律の美しさで知られた楽章です。歌うようなメロディを、自ら奏でる和音が伴奏していきます。和音の解決を遅らせる、繋留という技法で情感を高めています。

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調 BWV1011

J.S.Bach : Suite for Violoncello Solo, no.3, in C minor, BWV1011

演奏:アンナー・ビルスマ(チェロ:使用楽器 ストラディヴァリウス〝セルヴェ〟)

Anner Bylsma (Violoncell Stradivarius “Servais”)

 a線だけをgに調弦する『スコルダトゥーラ(変則調弦』の指示がある曲です。通常の調弦ではできない重音を出すための措置ですが、現代の演奏では、音色が悪くなるというデメリットが生じるため、楽譜の方を書き換えるのが一般的です。でも、この演奏ではバッハの指示に従い、スコルダトゥーラを行っています。この曲集で最も大きい規模をもつ大作です。

第1楽章 プレリュード

緩ー急のフランス風序曲です。「急」部分のフーガは、1台のチェロで弾いているとは思えません。無伴奏ヴァイオリン・ソナタでもこの脅威のフーガが炸裂しています。雄大な楽章です。

第3楽章 クーラント

ここでも、本来複数の楽器でしかなしえない曲が、1台のチェロで実現しています。スコルダトゥーラの効果といえます。クーラントには、速いイタリア風と、ゆっくりしたフランス風がありますが、ここでは後者で、この曲がフランス風を意識して作られたことを示しています。

バッハ:無伴奏チェロ組曲 第6番 ニ長調 BWV1012

J.S.Bach : Suite for Violoncello Solo, no.6, in D major, BWV1012

演奏:アンナー・ビルスマ(5弦のチェロ・ピッコロ:使用楽器 1700年頃チロルで製作、作者不明)

Anner Bylsma (Violoncell Stradivarius “Servais”)

この曲は、実は5弦のチェロのために作られました。一説によると、ここで想定された5弦のチェロは、足で挟む形ではなく、ヴァイオリンのように顎に当てて弾くもので、バッハ自身が考案したと言われています。しかしはっきりした証拠はなく、楽器も現存していないので、今では5弦の小型のチェロ(チェロ・ピッコロ)で演奏され、この演奏でもそれが使われています。

第1楽章 プレリュード

5弦を活かし、高音域を駆使した軽快かつ長大な曲です。やまびこのように、強弱をつけて奥行を出す効果も見られます。

第5楽章 ガヴォット

有名な曲ですが、演奏は至難で、聴いていても苦しそうでさえありますが、親しみやすく楽しい楽想です。

パブロ・カザルスによる再発見

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バブロ・カザルス(1876-1973)

これらの深い精神性を表現した名曲は、その地味さからか、長い間、チェリストにさえ知られていませんでした。これを〝発掘〟したのが、20世紀を代表するスペインの大チェリストバブロ・カザルス(1876-1973)であることはよく知られています。

その発見について、カザルスは次のように述べています。

ある日――その時私は13歳だったが――偶然に一軒の店でバッハの『6つの無伴奏組曲』を見つけた。なんという魅惑的な神秘が、この6つの『無伴奏組曲』という譜のなかにひそんでいたことだろう!私はそのときまで、だれからもこの曲の話をきかなかったし、私も、私の先生も、それがあることすら知らなかった。この発見は生涯での大きな天啓ともいうべきものだった。私はすぐにその特別な重要さをさとり、夢中になってこの組曲を勉強しはじめた…*1

カザルスの歴史的演奏は下記です。

 

アンナー・ビルスマも、ライナーノートで次のように述べています。

それにしても、バッハのチェロ組曲は何とすばらしい作品であろうか。この作品に対する考えは年ごとに変わる。音と音の間には常に新たな関係が発見されるし、個々のモティーフは、それまでとはまったく違ったやり方で、しかも意味深く演奏され得る。むろん、やり方によって演奏が生き生きしてくることもあれば、台無しになることもあるが。いずれにせよ、チェロ組曲を弾く人で自分の演奏に完全に満足できる人はいないはずである。どんなに立派な演奏をしたところで、語り尽くすことのできなかった部分が常に残るのだから。

この曲は、チェリストたちにとってのエベレストのような存在です。ヨー・ヨー・マも、全曲コンサートを行うに当たり、聴衆を飽きさせずにこの曲のすばらしさを伝える困難さを語っていました。

ビルスマの全曲 はこちらです。

 

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*1:コレドール『カザルスとの対話』佐藤良雄訳