孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

のだめカンタービレに出てくるハイドン。ハイドン『交響曲 第104番 ニ長調〝ロンドン〟』

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18世紀半ばのロンドン・ブリッジ

〝シンフォニーの父〟の最後のシンフォニー

きょうの東京は夏日でした。もう風は初夏で、鳥たちの歌がいちだんと高らかに響いています。

ハイドン第2期ザロモン・セット、最後の6曲目は、シンフォニー第104番〝ロンドン〟です。

第1期、第2期通算で12曲の〝ロンドン・セット〟の最終曲でもあり、〝シンフォニーの父ハイドンにとって、最後の作品ともなりました。

最後の12曲はすべてロンドンに関わっているので、この曲だけ〝ロンドン〟という愛称がつくのはおかしいのですが、自筆譜にハイドンが『イギリスで作曲した12番目』と書き込んでいることによります。

ハイドン自身も、この曲に感慨をもっていたことがうかがえます。

愛称があることもあり、ハイドンのシンフォニーの中でも演奏される機会が多い曲です。

のだめカンタービレでのハイドン

この曲は、のだめカンタービレでも印象深いシーンで使われています。

のだめの催眠術?によって飛行機恐怖症を克服した千秋。ついに、クラシックの聖地ヨーロッパ、パリで腕試しをする機会を得ます。

さっそくに臨んだのは、若手指揮者の登竜門といわれるプラティニ国際指揮者コンクール。まずは課題曲のくじ引きから。

千秋より先に引いたエントリー者が、『げ~~~!ハイドン!?』と悲鳴を上げます。

ハイドンだけはイヤだったのに~』との嘆きに、周囲は『出たーハイドン、指揮者泣かせ』と笑います。

続いて千秋が引いたのもハイドンで、このシンフォニー第104番〝ロンドン〟でした。

千秋の反応は、先のエントリー者とは真逆でした。ドラマでは玉木宏の渋い独白です。『「交響曲の父」ハイドン交響曲メヌエットを含む4つの楽章の形式を作り、ソナタ形式弦楽四重奏曲のスタイルを整え、古典派音楽の礎を築いた偉大なる作曲家。ハイドンで試されるなんて―――光栄だ。』

いざ、コンクールが始まり、1曲目をそつなく指揮した千秋に、オーケストラの団員たちが感心します。でも、次のハイドンはどうかな?

『でも次は、曲自体が明快なハイドンだ。ただ軽快にやるだけじゃ退屈な演奏に…』

しかし、千秋は見事にハイドンを指揮してみせるのです。

他には『ハイドンはハッタリもごまかしも通じないからな~』と愚痴る指揮者に、『お前にはハッタリとごまかししかないわけ?』となじる場面もあります。

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小林秀雄(1902-1983)

小林秀雄ハイドン

このあたりの、プレイヤーたちのハイドン評は、何も楽器ができない私にもよく分かる気がします。

ハイドンの音楽はストレートで明快なため、もったいぶって演奏すると、かえって陳腐に聞えてしまうのです。

特に、19世紀以降のロマンティックな、何か深淵なものを表現するような演奏法でやった場合に、そんな演奏になります。

近代日本の文芸批評の確立者、小林秀雄(1902-1983)の有名な音楽評論『モオツァルト』は、クラシック愛好家のバイブルのような書でしたが、ここでハイドンモーツァルトと比較した次のようなくだりがあります。

僕はハイドンの音楽もなかなか好きだ。形式の完備整頓、表現の清らかさという点では無類である。併し、モオツァルトを聞いた後で、ハイドンを聞くと、個性の相違というものを感ずるより、何かしら大切なものが欠けた人間を感ずる。外的な虚飾を平気で楽しんでいる空虚な人の好さと言ったものを感ずる。この感じは恐らく正当ではあるまい。だが、モオツァルトがそういう感じを僕に目覚ますという事は、間違いない事で、彼の音楽にはハイドンの繊細ささえ外的に聞こえる程の驚くべき繊細さが確かにある。心が耳と化して聞き入られねば、ついて行けぬようなニュアンスの細やかさがある。一と度この内的な感覚を呼び覚まされ、魂のゆらぐのを覚えた者は、もうモオツァルトを離れられぬ。

ハイドンは素晴らしいが、モーツァルトを聴いた後には空虚に聞こえてしまう、という告白で、本人もおそらくそれは個人の感覚であって、正当なものではない、ということです。

さすがに言い得て妙ではありますが、ハイドンが空虚に聞こえてしまうのは、のだめカンタービレのこの場面にあるように、演奏ぶりによる、というのが私の思いです。

小林秀雄が聴くことができた演奏は、ロマン主義時代の流れをくんでいた演奏だったはずで、研究が進み、ハイドン当時の響きが再現できつつある今の古楽器演奏を聴いたら、違う印象も得たのではなかろうか、と思います。

ハイドンモーツァルトも、19世紀以降の作曲家と違って、自分の内面を表現しようとした芸術家ではなく、人を楽しませることを追求したエンターテイナーでした。ただ、モーツァルトは無意識に音楽に内面が出てしまい、それが結果として、後世ハイドンより人の心を打つことになったと思うのです。

演奏するにあたって、ハイドンにはそのようなプレミアがなく、演奏者の力量がストレートに出てしまうため、演奏者たちに嫌われるということでしょう。

のだめカンタービレのこの場面は、コミカルでいて、音楽のひとつの真理を表しているわけで、感嘆しきりです。

コミックでは第10巻、TVドラマでは『新春特番・のだめカンタービレ in ヨーロッパ』になります。

バッハとヘンデル、そしてモーツァルトハイドンのいずれが優れているか(たいがいは前者が後者より優れている、という話になりますが)、という議論は、ワインとビール、コーヒーと紅茶のどちらが優れているか、を論じるようなもので、結局は個人の好みに行きつくわけですが、それはそれで楽しくもあります。

のだめカンタービレ in ヨーロッパ [DVD]

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ハイドン交響曲 第104番 ニ長調 Hob.Ⅰ:104〝ロンドン〟  

F.J.Haydn : Symphony no.104 in D major, Hob.Ⅰ:104 “London”

クリストファー・ホグウッド指揮アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

Christopher Hogwood & Academy of Ancient Music

第1楽章 アダージョアレグロ

序奏はのっけから、どおん、どおん、と重々しいトゥッティが響きます。〝のだめ〟での千秋の指揮に、審査員たちやオーケストラ団員に〝重…〟〝しかも遅いし…〟と、違和感を抱かせます。軽快なハイドンを、なぜこんなに重く、ゆっくりしたテンポで演奏するのか!?と。でも主部に入ると、対照的に活き活きと生気に満ちた演奏になり、皆を圧倒します。しかし、これは千秋の手腕ではなく、もともとハイドンが狙った効果なのです。重々しい序奏は、主部の輝かしさを引き立てるためで、まさにハイドンの真骨頂です。主部はアレグロですから、それこそ元気いっぱいに早めなテンポで演奏しないと、それこそ小林秀雄のいう〝空虚〟になってしまいます。かなり以前ですが、NHKニュースで、皇太子殿下がオーケストラでヴィオラを演奏され、その後、両陛下ともどもオーケストラを鑑賞された、というニュースをやっていて、それが〝ロンドン〟だったのですが、ちょっと聞いただけでもゆっくりしたテンポで、これじゃあハイドンの魅力は出ないなぁ、と思いました。この曲のゴキゲンな調子を表現するのは、簡単なようで非常に難しいのだな…とあらためて感じたものです。

第2楽章 アンダンテ

さりげない感じで始まるアンダンテで、変奏曲風に展開していきます。途中、オーボエと新入りのクラリネットで導入され、悲劇的でかっこいい中間部が入ります。後半も管楽器の豊かで切ない響きに、ティンパニが呼応して、静かな中にも、味わい深い空間が広がります。コーダ(終結部)では、優しさで胸がいっぱいになります。

第3楽章 メヌエットアレグロ

ロンドンの街のにぎわいや華やかさが伝わってくるようなメヌエットです。ティンパニの効果も絶大です。トリオはドイツ舞曲風で、オーボエ、フルートが活躍します。

第4楽章 フィナーレ:スピリトーソ

チェロとホルンがボーーーと持続低音を鳴らし、その上に活発でうきうきするようなテーマが展開していきます。楽しいテーマですが、展開部では同じテーマとは思えないほど緊張感をはらみます。最後はオーケストラが擦り切れてしまうのではないか、というほど、これでもか、と盛り上げて幕となります。ソナタ形式の完成、ここに極まれり、といった曲で、シンフォニーの父のフィナーレにふさわしい楽章です。

ハイドンがロンドンで得たもの

興行主ザロモンによってプロデュースされたハイドンのロンドン訪問は、2度、3年にわたりましたが、音楽史上に残した意義は最高のものでした。

また、30年にわたり、主君の絶大な信頼を得て、思うようにさせてくれたとはいえ、何かと窮屈な宮仕えだったハイドンが、60にして初めて籠の中から飛び出し、そして世界から大喝采を浴びたのです。

ハイドン個人としても、音楽上の収穫もさることながら、多大の収入を得ました。ハイドンエステルハージ侯爵家を辞してウィーンに出たとき、30年間の宮仕えによる貯金は2千グルデンでしたが、3年間のロンドン滞在で得た利益は2万グルデンだったのです。

10分の1の時間で、10倍の収入を得たわけです。もちろん、ロンドンで作ったハイドンの曲は、30年間の努力研鑽の結晶でありましたが。

ハイドンと対照的に不幸な晩年だったのがモーツァルトです。彼は借金地獄の中で36歳の若さで世を去りました。

モーツァルトハイドンのように、もしロンドンに行っていたら…と思わずにはいられません。

次回は、ハイドンから影響を受け、そしてハイドンにも多大な影響を与えた、モーツァルト3大シンフォニーを聴きたいと思います。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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