孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

究極の〝3大シンフォニー〟モーツァルト『交響曲 第39番 変ホ長調』

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究極の〝3大シンフォニー〟

ハイドンがロンドンで1791年から1795年にかけて演奏した12曲のシンフォニーを聴いてきましたが、それに先立ち、1788年夏にモーツァルトは3つのシンフォニーを完成させます。

これが、名曲中の名曲として名高い、モーツァルトの〝3大シンフォニー〟で、第39番変ホ長調 K.543、第40番ト短調 K.550、第41番ハ長調 K.551〝ジュピター〟の3曲です。

この頃、モーツァルトプラハでの大成功からウィーンに凱旋したのですが、ウィーンでのモーツァルトの人気は下降の一途をたどっていました。

経済状況も悪化し、安い家賃の家を求めて2度も引っ越し、フリーメイソンの盟友である裕福な商人、ミヒャエル・プフベルクに借金の申し込みを始めます。プフベルク宛の借金の申し込みは度重なり、死ぬまでの4年間に、借り入れを懇願する手紙が20通も残されています。

この不滅の3曲はそんな状況の中、誰からの依頼でもなく、自主的に書かれたのです。

そして、生前に演奏されたという明確な記録も残っていません。

シンフォニーの時代がくる

ただ、時代は大シンフォニーを求めていました。

ハイドンは大都会パリのオーケストラ『コンセール・ド・ラ・ロージュ・オランピック』から、6曲のシンフォニーの作曲を依頼されました。

これがハイドンの『パリ・セット』です。シンフォニー第82番から第87番がこれにあたります。

ハイドンの新作はたちまち大人気となり、1787年にはウィーンの出版社アルタリアから6曲まとめて出版されました。

シンフォニーの時代がやってくる。モーツァルトはそう感じたでしょう。

それはまさに、貴族社会から市民社会への移行の足音でもありました。実際、ハイドンからベートーヴェンに引き継がれたシンフォニーは、19世紀、20世紀とクラシックの花形になっていきます。

モーツァルトはこれまでのように王侯貴族の依頼など待たず、自分で大シンフォニーを作曲し、世に問おうとしたのです。

個性の違いと統一感と 

当時の慣習では、曲は3曲、6曲、12曲のいずれかでセットにして出版されました。

モーツァルトのこの3曲は、その個性の際立った違いに驚かされますが、主題の動機、構成、和声法など、その作りは見事に一致し、形式では統一感が際立っています。

モーツァルトが3曲をセットで作曲したのは明らかです。しかも、作曲もほぼ同時進行でした。

最初の第39番変長調は、3曲の中で唯一序奏がついています。

序奏はハイドンのシンフォニーの定番で、これに先立つ第36番〝リンツ〟、第38番〝プラハにも見事な序奏がついていますが、 この曲のものは特に圧巻です。

ハイドンに追いつけ、追い越せ、という気迫が伝わってくるかのようです。

www.classic-suganne.com

夜明けの雲に見たシンフォニイ

前回取り上げた小林秀雄の評論『モオツァルト』には、この曲の第4楽章について、冒頭テーマの譜例を掲げながら次のように述べています。

今、これを書いている部屋の窓から、明け方の空に、赤く染まった小さな雲のきれぎれが、動いているのが見える。まるで《譜例》の様な形をしている、とふと思った。三十九番シンフォニイの最後の前楽章が、このささやかな十六分音符の不安定な集まりを支点とした梃子の上で、奇蹟の様に揺らめく様は、モオツァルトが好きな人なら誰でも知っている。主題的器楽形式の完成者としてのハイドンにとっては、形式の必然の規約が主題の明確性を要求したのであるが、モオツァルトにあっては事情は寧ろ逆になっている。捕らえたばかりの小鳥の、野性のままの言い様もなく不安定な美しい命を、籠のなかでとういう具合に見事に生かすか、というところに、彼の全努力は集中されている様に見える。生まれたばかりの不安定な主題は、不安に堪え切れず動こうとする、まるで己れを明らかにしたいと希う心の動きに似ている。だが、出来ない。それは本能的に転調する。若し、主題が明確になったら死んで了う。或る特定の観念なり感情なりと馴れ合って了うから、これが、モオツァルトの守り通した作曲上の信条であるらしい。

第4楽章フィナーレの、短いテーマが転調を繰り返して、無窮動的に様々な色彩に移ろうのを、夜明けの切れ切れの雲、または生まれたばかりの小鳥にたとえたのはまさに絶妙で、音楽を聴くとき、この文章がどうしても頭に浮かんでしまうのです。

モーツァルト交響曲 第39番 変ホ長調 K.543  

W.A.Mozart : Symphony no.39 in E flat major, K.543

演奏:ルネ・ヤーコプス(指揮)フライブルクバロックオーケストラ

Freiburger Barockorchester & Rene Jacobs

第1楽章 アダージョアレグロ

序奏の迫力は圧倒的と言うほかありません。ヴァイオリン群の下降音型は、天上から何かが舞い降りてくるかのようで、その音型は主部を予告しているという凝った作りです。轟くティンパニと合わせて、これから始まるのは、天地の創造か、はたまた世界の終わりか。と、思うところで、主部は意外にさりげなく始まりますが、やがてヴァイオリンが颯爽と登場し、天空を飛翔し始めるところは、骨髄がジーンとするほどの感動です。まるで歌うかのように優雅でいて、その立体的な迫力はまるで3D映画を見ているかのよう。本気になったモーツァルトが全力疾走しているような曲です。

第2楽章 アンダンテ・コン・モート

静かに始まり、やがて激しい中間部を見せるところは、ハイドンの定番と同じですが、実はこの曲には管楽器の首座であるオーボエがおらず、その代わりにモーツァルトの愛したクラリネットが入っているのです。音色の新鮮さもこの曲の目玉のひとつなのです。どこまでも透き通った、川底まで見通せる清流に触れるかのようです。

第3楽章 メヌエット:アレグレット

やや激しさをはらんだ、楽しいメヌエットです。この曲全体を貫く、ややふざけたような諧謔さがここでも発揮されています。トリオでは、お待ちかねクラリネットの活躍です。その独特の柔らかい低音が田舎風のレントラーを奏します。取り上げたヤーコプスの演奏はアレグレットにしては速すぎますが、これはこれで面白いものです。

第4楽章 フィナーレ:アレグロ

エッサッサ、ホイサッサ、と江戸時代の駕籠かきが歌いながら東海道を下っていくかのような、愉快なテーマです。この短いテーマは、展開部では変幻自在に転調を繰り返し、小林秀雄はそこに人為的なものではなく、自然の力で変化していく夜明けの雲を見たのです。無窮動的に、またしつこいばかりに同じテーマを繰り返していくこの楽章は、ハイドンにも、またモーツァルト自身にも類例のない音楽なのです。亡き祖父にこの曲を聴かせたとき、このリズムに合わせて、組んだ足を楽し気に動かしていたのを懐かしく思い出します。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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