孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

華やかな夜会に響く、悪魔的な音楽。アマデウスの光と影(14)モーツァルト『セレナード 第12番 ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟』

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異例の短調セレナード 

前回のセレナード 変ホ長調 K.375と対で親しまれているのが、このセレナード 第12番 ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟です。

この曲も、前回の明るく楽しい曲とは対照的に、悲劇的に始まります。

あまりに雰囲気が違ってシリアスなので、ここに作曲者の内面に起こった何か、を探りたくなりますが、聴衆の意表をつく効果を狙ったものと考えるです。

悲劇的な曲調は、ほどなく長調に転調しますし、その明るさが一層際立つのです。

ハイドンの後期のシンフォニーにも、稀に短調の曲がありますが、すぐに陽転しますし、当時のある種の〝常套手段〟なのでしょう。

しかし、モーツァルト短調には、単なる〝仕掛け〟では聴き流せない、デーモニッシュなものを、誰もが感じてしまうのです。

モーツァルト自身、最初は仕掛けのつもりで作っていたけれど、次第に、無意識に、どっぷりと自分の短調の世界にはまり込んでしまったのが、のちのハ短調コンチェルト K.491ト短調シンフォニー K.550なのではないか、と思えてなりません。

修羅場の作曲事情

さて、この曲には〝ナハトムジーク(夜曲)〟という名がわざわざついていますが、それはモーツァルト(在ウィーン)が父レオポルト(在ザルツブルクに宛てた下記の手紙に出てくるからです。

大好きなお父さん!最初のアレグロしかお目にかけないので、びっくりなさるでしょう。でも、仕方がなかったんです。急いでナハトムジークをひとつ、といってもただの吹奏楽用に(さもなければお父さんのためにも使えたでしょうが)、書かなければならなかったので。(1782年7月27日)

このとき、モーツァルトは父から、ザルツブルクの貴族、ジークムント・ハフナーの息子が爵位を受けることになったので、その祝典のためのセレナードを書くよう頼まれていました。

しかし、当時のモーツァルトは、オペラ『後宮からの誘拐の上演、その音楽のハルモニームジークへの編曲、さらに恋人コンスタンツェ・ウェーバーとの結婚準備と、それに対する、ほかならぬ父の頑強な反対、さらに結婚の遅れに対する相手の実家ウェーバー家とのゴタゴタの真っ最中で、それどころではありませんでした。手紙の日付の数日前には引っ越しもしています。

しかし、何とか結婚に対する父の了解をもらいたいモーツァルトとしても、父の依頼をむげにすることもできず、とりあえず第1楽章だけ作って送ったわけです。

この『ナハトムジー』がオーケストラ用であれば、それで間に合わせもできたでしょうが、あいにく管楽用でした。

父のための新作は、後に楽章ができるはじから楽譜を送り、最終的にはシンフォニー 第35番 ニ長調 K.385〝ハフナー〟になります。

このナハトムジークは、そのような修羅場で作られたのですが、やっつけ感はどこにもなく、充実した内容なのはさすがプロの仕事です。

ハフナー・シンフォニー〟の方も、本人は切羽詰まった状態で、どんな曲を作ったのか覚えておらず、あとで父から送り返された楽譜を見て、その出来栄えの素晴らしさに自分で驚いているのですが、そのエピソードはまたの機会にします。

夜会の音楽

ナハトムジーとは、そのまんま〝夜の音〟という意味で、単に夜会用にリクエストされたので、そう呼んでいるわけですが、セレナードに分類されています。

有名な『アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525』も〝ひとつの小さな夜の曲〟という意味で、こちらもモーツァルトがそのように楽譜に書き込んだのでで、そう呼ばれてます。

このナハトムジークは、その作りはオーケストラ用というより、室内楽に近い緻密さで作られており、楽章も通常の5楽章ではなく、4楽章です。

実際、モーツァルトは後にこの曲を弦楽五重奏曲 K.406 (516b) に編曲し、先にご紹介した2曲(ハ長調 K.515、ト短調 K.516)と3曲セットで出版しています。

www.classic-suganne.com

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ヴァン・スヴィーテン男爵邸で触れたバッハ、ヘンデルの音楽の影響もみられ、娯楽作品の域を超えた、何度聴いても飽きない深い音楽となっています。

編成は、変ホ長調と同じオーボエ2、クラリネット2、ホルン2、ファゴット2です。

モーツァルト:セレナード 第12番 ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟

W.A.Mozart : Serenade in C minor, K.388

演奏:アンフィオン管楽八重奏団    Amphion Wind Octet 

第1楽章 アレグロ

ただならぬ悲痛な和音で始まります。華やかな夜会でいきなりこんな音楽が始まったら、列席者はギョッとしたことでしょう。〝夜の音楽〟とは、肝試しのことなのか、と思うくらいです。モーツァルトのセレナードでは短調はこの曲だけですが、それくらい場違いな気がします。しかし、ほどなく変ホ長調に移行し、クールな音楽になります。この楽章だけで、目が離せないようなドラマのようになっており、この曲は単なるBGMではない、パーティーのメイン・イベントとしての役割を期待されていたと思われます。ちょうどモーツァルトの名声がウィーンでうなぎのぼりだった頃ですから、主催者は〝モーツァルト氏の新作をやるよ〟と触れまわったのではないでしょうか。モーツァルトは、多忙な中でも、絶対引き受けたい仕事だったはずです。

第2楽章 アンダンテ

ハルモニームジークの真骨頂ともいえる、各管楽器の芳醇な香りがたっぷりと楽しめるアンダンテです。変ホ長調 K375のアダージョが後に『フィガロの結婚』で使われたように、この曲はオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』の中で、求婚者たちが美人姉妹に捧げたセレナーデに使われています。

第3楽章 メヌエット・イン・カノーネ

わざわざ〝カノンのメヌエット〟と題される珍しいメヌエットです。パッヘルベルのカノンのように、バロック音楽風に作ってあり、バッハ、ヘンデルを模して作ったと考えられています。オーボエがテーマを吹くと、ファゴットが1小節あとから2オクターブずらして模倣します。トリオは、何種類かあるカノンのパターンの中で「逆行カノン」の手法を使っています。

第4楽章 アレグロ

哀感を帯びたテーマが7つのヴァリエーションで展開する変奏曲形式です。第1変奏から第4変奏まではオーボエクラリネットがリードしますが、やわらかい第5変奏はホルンが活躍し、まるでピアノ・コンチェルト 第22番 変ホ長調 K.482 のアンダンテの、あの優しく素敵な中間部を思わせます。最後まで耳を引き付けてやまない、悪魔的な魅力の曲です。

 

弦楽クインテットへの編曲

最後に、弦楽五重奏への編曲版も掲げますので、ぜひ聴き比べてください。最初から編曲も考えていたかのようです。

モーツァルト弦楽五重奏曲第2番 ハ短調 K.406 (516b)

W.A.Mozart : String Quintet no.2 in C minor, K.406 (516b)

演奏:ストラディヴァリ弦楽四重奏団&カリーネ・レティエク(ヴィオラ

Quartet Stradivari & Karine Lethiec

第1楽章 アレグロ

第2楽章 アンダンテ

第3楽章 メヌエット・イン・カノーネ

第4楽章 アレグロ

アマデウスの光と影〟シリーズはいったんこちらでおしまいですが、次回から引き続きモーツァルトのセレナードを聴いていきます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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