孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

時空を超えたヒット曲たち。米津玄師『アイネクライネ』と、モーツァルト『セレナード 第13番 ト長調 K.525〝アイネ・クライネ・ナハトムジーク〟』

f:id:suganne:20200810114230j:plain

モーツァルトの〝おもて歌〟 

モーツァルトセレナードで一番有名な曲は、この『アイネ・クライネ・ナハトムジークですが、モーツァルトの全作品の中でも最もポピュラーなものといっていいでしょう。

誰もが聴いたことがあるでしょうし、クラシックに興味がない人でも、モーツァルトの作だと知っている人も多いと思います。でも、題名まで言える人は少ないかもしれません。

ベートーヴェンの『運命』みたいに、クラシックで、メロディ、作品名、作曲者の3拍子そろって、誰もが知ってる、言える、という曲はかなり限られますね。

とくに18世紀以前の作品では、ヴィヴァルディの『四季・春』、パッヘルベルの『カノン』くらいでしょうか。

バッハも、『G線上のアリア』『主よ、人の望みの喜びよ』ブランデンブルク協奏曲 第5番』は、曲はみんな聞いたことがあるでしょうけれど、作品名まで言える人はグッと少なくなるでしょう。クラシックの曲名は長く、複雑なのが多いので…。

ヘンデルの『見よ、勇者は帰る』は、表彰式の定番なので、知らぬ人とていないでしょうが、そもそもヘンデル作曲ということが知られていません。

モーツァルトでは、ポピュラーということでは、『トルコ行進曲』(ピアノ・ソナタ第11番 イ長調 K.331(300i) 第3楽章)の方が上かもしれませんが、モーツァルトの代表作、とするには抵抗を感じなくもないです。

古典和歌の世界では、歌人の代表作を、その人の〝おもて歌〟と呼んでいます。*1漢字で書くと〝面歌〟で、作者の〝顔〟ということですね。モーツァルトの〝おもて歌〟には、内容の円熟度、充実度からしても、〝アイネ・クライネ〟の方がふさわしいでしょう。

米津玄師『アイネクライネ』との関係

ところで以前、高校生の娘が〝アイネクライネ〟の話をしているのが耳に入り、モーツァルトの話をしているのかと思って、喜び勇んで会話に入っていったら、まるでかみあわない。

娘はヒット曲の話をしていたわけです。『〝アイネクライネ〟といったらモーツァルトに決まっとる!』といくら言っても相手にされず。

調べると、『アイネクライネ』は米津玄師さんの曲で、大変なヒット。

曲名はモーツァルトの曲からとられたのだろうと、歌詞を調べてみても、そんな感じはありません。

そもそもモーツァルトは、1787年に「自作品目録」にこの曲のことを『アレグロメヌエットとトリオ、ロマンツェ、メヌエットとトリオ、フィナーレより成るアイネ・クライネ・ナハトムジーク ヴァイオリン2、ヴィオラバッソ』と書きつけ、そのためこの名で呼ばれています。

ドイツ語で『アイネ eine』は冠詞で〝ひとつの〟、『クライネ kleine』は〝小さな〟、『ナハトムジーnachtmusik』は英語で〝ナイトミュージック〟ですから、〝夜の音楽〟という意味です。

邦訳すれば〝小夜曲〟で、セレナーデ、セレナードと同じ意味です。

モーツァルトもこのあたりの用語はごちゃまぜにして使っていますので、当時はそんなにこだわりなく、夜会での音楽を色々適当に呼んでいたわけです。

では、米津玄師さんの曲はどういう由来でしょうか。

『アイネ eine』は女性冠詞なので、『アイネクライネ』は〝(ただの)一人の少女〟という意味にもなるらしいです。

恋と人生に悩むひとりの少女の思いを綴った歌詞なので、なるほど。

 

あるブログで、その解釈が次のように考察されていました。もうそのブログは閉鎖されてしまったのですが、一部を引用させていただきます。

米津さんの楽曲タイトルは「アイネクライネ(=”小さな”という意味)」だけですが、ここに「ナハトムジーク」がつくと「小さな夜の歌」という意味になり日本語でいうところの「小夜曲(=セレナーデ)」という意味になります。曲の歌詞では主人公の女性が「夜を超えようと」必死に気持ちを強く持とうとして頑張っている様子が描かれていましたよね?

そこを考慮すると「夜を超えた=夜を抜け切った=”夜”という文字を曲タイトルから消した」というように解釈することができ、結果として「ナハトムジーク」という言葉が省略されて「アイネクライネ」だけになった、と考えることができます。 

さらに、そもそも”セレナーデ”という言葉は「女性や恋人を讃えるための曲」という意味合いを持っているので、米津さんのアイネクライネの歌詞と合わせて考えると「暗くて辛い夜を超えた1人のか弱い女性を讃える曲」という意味合いでも、あえて「ナハトムジーク」を省略したのだと解釈できるという二重の意味がこのタイトルの省略には込められています。

こう考えるとタイトルからしてめちゃめちゃ奥深いですよね…!

なるほど、なるほど!かなり説得力のある解釈です。

その通りなら、モーツァルトの曲を、時空を超えて、現代の若者へのメッセージにつなげているなんて、なんという素敵なことでしょう!

あとは音楽そのものとの関連性ですが、この切なくも深い歌詞の世界に対し、モーツァルトの底抜けに明るいこの曲には、なかなかその要素は見つけられません。あえて言えば、第2楽章ロマンスの、哀愁を秘めた中間部でしょうか。

何のために作曲されたのか? 

さて、モーツァルトのこの曲には、3つの謎があります。

ひとつ目は、何のために作曲されたのかが、分かっていないのです。 

作曲時期は、オペラ『ドン・ジョヴァンニの第2幕に取りかかっている頃になるので、まさに脂の乗りきった円熟期です。

もちろん、誰かからの注文のはずなのですが、手掛かりは何も残されていないのです。

ただ、わざわざ〝小さな〟と名付けているので、そんなに大きなイベントで演奏されたわけではなさそうです。

出版も遅く、モーツァルトがこの世を去って30年以上たった1827年頃。広く知られるようになったのは19世紀後半だと思われます。

これほどの名曲が、それだけ長く眠っていたのも不思議です。

何人で演奏するのか?

2つ目の謎は、この曲は、オーケストラで演奏するのか、数人の室内楽で演奏するのかが分かっていないということです。

前述のように「自作品目録」には、「ヴァイオリン2、ヴィオラバッソ」とあるだけです。

バッソ〟は〝バス〟の複数形なので、何かしらの低音楽器ということですが、それはコントラバスなのか、チェロなのか分かりません。チェンバロやオルガンのような通奏低音楽器や、ファゴットまで含まれます。

また、複数形だからといって複数楽器とも限らないのでややこしいですが、通常、このようなセレナードは、弦楽四重奏のチェロの代わりに、コントラバスが使われることが

おく、ヴァイオリン2.ヴィオラ1、コントラバス1の編成が〝セレナード・カルテット〟と呼ばれていました。

室内楽として演奏される場合には、これにチェロを加えて弦楽五重奏にされることが多いです。

また新全集では、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ各2、チェロ1、コントラバス1の8人で演奏することも勧められています。

しかし、バスの音域から見て、弦楽オーケストラでの演奏を想定している、というのが主流の見解です。大編成のオーケストラには不向きですが。

失われたメヌエットのゆくえ

最後の謎は、この曲は本来5楽章だった、ということです。

モーツァルトの「自作品目録」にも、もうひとつメヌエットがあったと書いてありますし、自筆譜でも、ページ数から、第2楽章にあったはずのメヌエットが引きちぎられているのが明白です。

その結果、シンフォニーや弦楽四重奏のような、すっきりした4楽章にまとまっているので、何の違和感もないどころか、逆にもう1つメヌエットがあったら、何か均衡が壊てしまうような気もしますが、5楽章の方がセレナードという性格にふさわしい形です。

失われたメヌエットは、おそらく他の4つの楽章の完成度から考えれば、さぞ素晴らしいものだったでしょうから、いつの日か、発見されることを願ってやみません。

 

こちらは弦楽合奏版です。

モーツァルト:セレナード 第13番 ト長調 K.525〝アイネ・クライネ・ナハトムジーク

W.A.Mozart : Serenade in G majior, K.525 “Eine Kleine Nachtmusik

演奏:ドロットニングホルム・バロック・アンサンブル

Drottningholm Baroque Ensemble

第1楽章 アレグロ

おなじみのフレーズでスタートします。有名すぎて、茶化されることも多いでしょう。しかし、そのあとの意表を突くような疾走感、優しい第2主題との対比の素晴らしさは、人を魅了してやみません。軽い感じの曲ですが、経過部では対位法的な処理もなされていて、さすがに絶頂期の作です。開始は単純なフレーズでつかみ、そして展開の深さに引き込んでいく、まさに、モーツァルトらしいモーツァルト、赤いビロードのコートを着た、いたずらっぽい笑みが浮かぶ曲です。

第2楽章 ロマンス:アンダンテ

第1楽章に劣らず有名な曲です。同じセレナードでも、前回の〝グラン・パルティータ〟の壮大なロマンスに比べれば、〝アイネクライネ〟という名にふさわしい、こじんまりとした愛らしい楽章です。焦燥感のある切ない中間部が印象的ですが、嵐というほど激しくはなく、サラっと終わって、また穏やかな日常に戻っていくのが、逆に強い印象を遺します。

第3楽章 メヌエット:アレグレット

親しみやすく、かつ格調高い、モーツァルトの数あるメヌエットの中でも代表作にふさわしい曲です。トリオで第1ヴァイオリンが奏でる、この上なく滑らかな旋律には、ただただうっとりとしてしまいます。

第4楽章 ロンド:アレグロ

元気いっぱいのフィナーレは、軽快そのもの。ロンドといいながら、メインテーマが原型のまま再登場することはなく、変幻を重ねながらはしゃいでいきます。チェロとコントラバスは同じ音を連打するわけですが、それが縁の下の力持ちのように素晴らしい効果を上げています。はちきれんばかりの生命力に満ちたこの楽章は、聴く人に生きる悦びを再確認させてくれるのです。

 

Serenade No. 13 in G Major, K. 525,

Serenade No. 13 in G Major, K. 525, "Eine Kleine Nachtmusik": I. Allegro

 
アイネクライネ

アイネクライネ

 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

Apple Musicで聴く


にほんブログ村


クラシックランキング

*1:鴨長明『無名抄』