孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ハーレムからの誘拐。モーツァルト:オペラ『後宮からの誘拐』あらすじと対訳(9)『オスミンのアリア〝ははは、勝ったぞ〟』

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アングル『トルコ風呂』(1862年, ルーブル美術館

後宮? 大奥? ハーレム?

モーツァルトオペラ『後宮よりの誘拐』、あらすじと対訳の9回目です。

ここから最終幕の全3幕です。

いよいよ、ベルモンテペドリロが、命を懸けて、太守セリム後宮から、それぞれの恋人コンスタンツェブロンデを密かに連れ出し、逃走を図ります。

このオペラのドイツ語の原題『Die Entführung aus dem Serail』はなかなかに訳が難しいのです。

ここでは、一番ポピュラーな邦題『後宮からの誘拐』をとっていますが、「後宮」も「誘拐」も訳としては異論のあるところです。

まず「後宮」ですが、これも古臭い言葉です。

クラシックの曲は明治、大正期に日本に入ってきたので、その時の文語的な日本語訳がそのまま定着してしまい、クラシックを堅苦しい印象にしているのも否めません。

シンフォニー」は「交響曲」、「コンチェルト」は「協奏曲」ですが、これはもう無理に訳さなくてもいいと思います。

しかし、なかなかの名訳もあり、フーガは「遁走曲」とされましたが、テーマが次々に受け継がれて、まるで逃げていくような有様をよく表して妙です。でも定着はせず〝バッハの小遁走曲〟などとはふつう呼ばれません。

オーケストラを「管弦楽団」と呼ぶのも実はかなり古風で、起源は源氏物語に出てくる「管絃の遊び」あたりにまで遡ります。

さて、まず「後宮」ですが、これは中国皇帝に由来します。〝後宮三千人の美女〟などと呼ばれ、皇帝以外は男子禁制の皇帝の妃、側室の住む宮殿でした。ここに入れる例外的な男性は去勢された宦官のみです。

西晋武帝司馬炎は、夜に相手をする女を選ぶのが面倒になり、牛に牽かせた車に乗って、牛が停まった部屋の女のところに行くことにしたということです。

そのため女たちは牛を止めるために、部屋の前に塩を盛ったということで、これが客商売の店先に盛り塩を置く由来だとか。

日本では、古代では源氏物語に出てくる平安京の「七殿五舎」と、なんといっても江戸城の「大奥」です。

いずれも女たちの陰謀が渦巻き、表の華やかさと裏の陰惨さが、今も興味と想像をかき立てます。

今回のトルコの「Serail」は、無理に日本語にせず「ハーレム(ハレム)」と訳した方が本来はいいでしょう。

「大奥」よりは「後宮」でしょうけれど。

「ハーレム」は、男が美女たちをはべらかす状態をそう言ったりしますが、イスラム圏での女性家族の居室をいいます。

よく知られているように、イスラム教の教えでは、風紀の乱れを防ぐため、夫婦以外の男女は厳しく隔離されなければならず、そのための居室でした。

なので特に王族に限ったものではなく、一般家庭にも普通に存在するものでした。

もちろん、王族のものが大規模だったことは言うまでもなく、イスタンブールトプカプ宮殿にあるスルタンのハーレムは壮麗で、ここで繰り広げられた愛憎劇が偲ばれる、人気の観光スポットです。

本来は倫理を厳しく守るための施設ですが、当時のヨーロッパ人からも、ハーレムといえば東洋の怪しく淫靡なイメージがもたれました。

冒頭に掲げたドミニク・アングル(1780-1867)の名画『トルコ風呂』は、そんなイメージを表した最たるものですが、実態からはかけはなれたものです。

ちなみに新古典主義絵画の巨匠アングルは、ちょうどモーツァルトがこのオペラを書いた頃の生まれですが、最高の画家でありながら、ヴァイオリンもプロ並みの腕前だったため、人々は感嘆して、本業以外にも玄人はだしの得意技を持っていることを〝アングルのヴァイオリン〟と呼んだそうです。

このオペラの邦題も、今さら変えることはできませんが、『ハーレムからの誘拐』の方が、意味としては分かりやすいかもしれません。

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トプカプ宮殿のハーレム

誘拐? 逃走? 連れ出し?

さて「誘拐」の方はさらに異論があります。

これからベルモンテとペドリロは、セリムのハレムに奴隷として囚われの身になっている恋人たちを救い出すのですが、これは、捕まっている人を取り戻すのだから〝誘拐〟ではあるまい、ということで、『後宮からの逃走』と訳されることも多いです。

しかし、原題のドイツ語「Entführung」には〝逃げる〟という意味はなく、あくまでも〝誘拐〟や〝連れ出し〟なのです。

確かによく考えてみれば、太守セリムはコンスタンツェをお金を出して〝買った〟のであり、むりやり捕まえたわけではありません。

悪いのは海賊であって、太守には正当に購入した所有権があるのです。元は〝盗品〟ではあるものの。

もちろん今は人身売買は違法ですが、日本でも昭和になっても〝娘の身売り〟があったわけで、なおのこと当時は適法なのが前提です。

つまり、ベルモンテたちがこれからやろうとしていることは〝悪者から恋人を取り戻す〟という正当なものではなく、逆に〝他人の所有物をこっそり盗み出す〟という違法行為なのです。

そのため、これからの場面は、太守のハーレムから愛妾を連れ出す、スリル満点の場面ということになり、〝誘拐〟と呼ぶにふさわしいのです。

また、太守は悪者ではない、ということも、このオペラの結末につながっていきます。

誘拐作戦開始

いよいよ、第3幕の幕が開きます。

場面は真夜中。宮殿の庭で、遠くに月明かりに照らされた海が見えます。

時々通る哨戒の番兵の目を盗んで、ペドリロが逃走経路の確認と手筈を整えています。

そこにベルモンテが現れたので、ペドリロは、自分はあたりの様子を見に行ってくるので、ちょっと待っていてください、と去っていきます。

残ったベルモンテは、4曲目となる最後のアリアを歌います。

これは、死を賭して愛するコンスタンツェを救い出すにあたっての不安と決意を示すもので、危険も愛の力で乗り越えられる、という静かな確信に満ちた素晴らしい歌です。

後年の『魔笛』で、ザラストロの宮殿に王女を救いに到着した王子タミーノの歌につながっていくものです。

テノールの伸びやかなコロラトゥーラに、クラリネットの豊かな響きがからみあう様は、何度も聴きたくなる癖になるアリアです。

オペラ『後宮からの誘拐』第3幕第3場

W.A.Mozart : Die Entführung aus dem Serail K.384

演奏: ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & The English Baroque Soloists , The Monteverdi Choir

第17曲 ベルモンテのアリア『おお愛よ、お前の強さと力が頼りだ』 

テノールスタンフォードオルセン

ベルモンテ

おお愛よ、お前の強さと力が頼りだ

お前の力で成し遂げられなかったものはない

不可能と思われることも

愛の力で成し遂げられるのだ

ドロットニングホルム宮廷劇場の舞台はこちらです。ベルモンテはリチャード・クロフトです。


W.A. Mozart - R. Croft "Die Entführung aus dem Serail" Ich baue ganz auf deine Stärke

ペドリロのロマンツェ

歌い終わると、ペドリロが戻ってきて、いよいよ作戦決行です。

約束の深夜12時、女たちのいる2階の窓下で、ペドリロが目立たないよう小声で、愛の歌を歌います。 

それが合図なのです。

シチュエーションとしては、『ドン・ジョヴァンニのセレナーデ』と似ていますが、歌詞は物語風で、「ロマンツェ」とされています。

内容はこの救出劇を童話風に歌ったものですが、グリム童話塔の上のラプンツェル〟を思わせます。

弦のピチカートがギターの調べを模倣します。

2節歌っても女たちは姿を現さず、焦ったベルモンテはペドリロにやめろ、と止めますが、ペドリロはもう少しやってみないと、と続けます。

第18曲 ペドリロのロマンツェ『ムーア人に囚われた』 

テノール:ウヴェ・ペッパー

ペドリロ

ムーア人に囚われた

可愛い娘があったとさ

唇は真っ赤、肌は真っ白

長い髪は真っ黒で、毎日毎日泣くばかり

早く自由になりたいと

 

見知らぬ国からはるばると

若い騎士がやってきて

乙女の嘆きを聞いたとさ

命をかけてあの人を救う、と

男は勇み立ったとさ

ベルモンテ(セリフ)

もうやめろ、ペドリロ!

ペドリロ(セリフ)

そうしたいんですがね、女たちが現れないんで。

いつもよりぐっすり寝ているのか、それとも太守が近くにいるのか。

もう少しやってみないと

ペドリロ

闇夜に乗じてこっそり行くから

可愛い子よ、私を入れてくれ!

城壁も見張りも何のその

草木も眠る真夜中に

私はあなたを連れ出そう

 

鐘が12時を打つ時に

勇敢な騎士は現れて

娘は腕を差し伸べた

朝には部屋はもぬけの殻

娘はホイサッサと遠くに逃げたとさ

オスミンの勝どき

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ようやく窓が開いて、コンスタンツェが姿を見せました。

ペドリロがかけた梯子をベルモンテが昇っていき、ついにコンスタンツェを連れ出します。

ふたりが抱き合って喜び合うのを、ペドリロはそれは後にしてください!と海岸へ急がせます。

そして次にペドリロが梯子を昇ってブロンテを連れ出そうとするとき、寝ぼけまなこをこすりながら、オスミンが現れます。

そして梯子を見つけ、何だこれは?と騒ぎ始め、大声で番兵を呼びます。

出合え!出合え!曲者じゃ‼︎

ペドリロはあわてて窓に入りますが、出口から出てきたところをオスミンと番兵に捕まります。

ほどなく、海岸に逃げたベルモンテとコンスタンツェも、番兵にとらえられて、引き立てられてきます。

一同はオスミンに見逃してくれ、と哀願しますが、もちろんオスミンに聞く耳はありません。

ベルモンテは金貨のたっぷり入った財布を差し出して買収しようとしますが、オスミンは、どうせお前らが縛り首になれば、それは俺のもんだ、と取り合いません。

どうだ、こいつらは怪しいと、俺がにらんだ通りだったじゃないか、こいつらまとめて死刑だ!と、オスミンは勝利のアリアを歌います。

第19曲 オスミンのアリア『ははは、勝どきをあげるぞ!』 

バス:コーネリアス・ハウプトマン

オスミン

ははは、勝どきをあげるぞ!

こいつらが刑場に引かれていくとき

そして縛り首になるとき

笑って、踊って、飛び跳ねて

喜びの歌を歌ってやるぞ!

これでもう厄介者はいなくなったからな

こっそり隠れて抜け出そうとは

ハーレムのネズミども、そうはいかんぞ

俺の耳は早耳だ

獲物を持って逃げようったって

その時はすでに罠の中

報いをじゅうぶん受けるのだ

ははは、勝どきをあげるぞ!

こいつらが刑場に引かれていくとき

そして縛り首になるとき

オスミンのこのアリアは、歌詞は恐ろしいですが、同時期につくられたシンフォニー 第35番 ニ長調 K.385 〝ハフナー〟の第4楽章フィナーレにも使われた、この上なく楽しい音楽です。

終盤で主人公がピンチに陥るのはドラマの定番ですが、次回、囚われの恋人たちは太守の前に引き出され、最終場となります。

 

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