孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

彼女と結婚できますように。幸せ願う祈りのうた。モーツァルト『大ミサ曲 ハ短調 K.427「第1章 キリエ」』

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最後の晩餐

結婚成就のための、誓いのミサ曲

このところ、モーツァルトの結婚にまつわる曲を聴いてきています。

コンスタンツェとの結婚に対して、父レオポルトは頑強に反対し、なかなか許可をくれませんでした。

そんな父の心を和らげるため、モーツァルトは、「結婚が成就するのを願って、ミサ曲を作曲し、故郷ザルツブルクの教会に捧げるという誓いを立てた」と父に書き送っています。

ぼくの心の誓いについては全く嘘はありません。それが真実である証明はすでに半分仕上がり、完成を待っているミサ曲の総譜がしてくれましょう。1783年1月4日付)』

モーツァルトは、ウィーンに出奔する前は、宗教都市ザルツブルク大司教宮廷に仕えていたのですから、教会音楽を作曲、演奏するのは職務でした。

でも、ウィーンでフリーの音楽家としてデビューしてからは、当然教会音楽の仕事はありません。

それなのに、モーツァルトは自発的に、自分の誓いとしてミサ曲を書いたのです。

モーツァルトだけでなく、当時の作曲家が、収入のあてもなく、注文なしで作曲するのは全く珍しいことでした。

モーツァルトザルツブルク時代にはたくさんの宗教音楽を書いていますが、ウィーン時代にはたったの3曲を数えるのみです。

それは、この『ハ短調ミサ』と、短い神品『アヴェ・ヴェルム・コルプス』、そして死の間際に書いた『レクイエム』です。

しかも、そのうち『ハ短調ミサ』と『レクイエム』は未完に終わりました。

『レクイエム』は死のために中断されたのでやむを得ませんが、『ハ短調ミサ』は結婚の誓いを立て、気合を入れて書いたのに、なぜ未完成のままになったのかは、古来謎とされています。

新妻を連れての里帰り

結婚して1年になろうという頃、1783年6月にモーツァルト夫妻に第1子の男の子が産まれ、ライムント・レオポルトと名付けられました。

そして、同年7月末、赤ん坊を乳母に預けて、モーツァルト夫妻はザルツブルクに旅立ちます。

今なら子供を連れて帰郷するところでしょうが、当時の過酷な馬車旅はとても赤ん坊には耐えられるものではなかったのです。

モーツァルトにとっては3年ぶりの故郷です。

夫妻はザルツブルクに3ヵ月強も滞在することになります。

モーツァルトには、帰郷したら、勝手に離職した罪で大司教に逮捕される恐れもなくはなかったのですが、ウィーンで皇帝にも厚遇されているモーツァルトには手出しはできなかったようで、大司教モーツァルトを無視し通したのです。

モーツァルトは、誓願のミサ曲の楽譜を携えて行ったのですが、それはまだ未完成でした。

そして、実際の演奏は、帰京の前日、10月26日になってようやく、聖ペテロ教会で行われました。

さすがに、メインのザルツブルク大聖堂(ドーム)では演奏できなかったのですが、宮廷楽団員が全員集まった、と姉ナンネルの日記に記されています。

モーツァルトザルツブルク時代に作ったミサ曲は、短く簡潔なものが多いのですが、これは大司教コロレードの要求によるものでした。

大司教猊下はどうもトイレが近かったようで、ミサは出来る限り短くするように、と命じたのです。

モーツァルトはさすがプロ、ミサの異なる歌詞を同時進行で歌わせるなど、職人技を振るって短いミサ曲を作っていますが、本意ではなく、いつかは自分の芸術的な欲求を満たす、本格的なミサ曲を作りたい、という希望があったと思われます。

それを、結婚成就の願いを込めて、実現させた、ということでしょう。

しかし、書き始められた曲は、あまりに長大なものでした。

この調子で完成していたとすれば、おそらく1時間半はかかったものになったでしょう。

長いミサが嫌いな大司教不在とはいえ、実際に演奏するにあたっては現実的ではなく、モーツァルトは完成をあきらめた、と私は考えます。

バッハにも『ロ短調ミサ』、ベートーヴェンにも『ミサ・ソレムニス』という長大な大作があり、この『ハ短調ミサ』は、完成すればそれらに匹敵するものだったのに、と惜しまれます。

未完の部分は、おそらく旧作で補って演奏されたといわれています。

フランスの友人の思い出

このミサ曲は未完とは言え、モーツァルトの全作品の中でも最高傑作のひとつにあたります。

私も愛してやまない曲です。

ふだんから気軽に聴ける曲ではありませんが、年末とか、節目のときなどにじっくり聴くと、来し方行く末がしみじみと感慨深く胸に迫ります。

大学の時、フランスから来た留学生と友だちになりました。

彼の家に遊びに行くと、棚に並べられたCDの中に、この『ハ短調ミサ』が混じっているのを見つけました。

数あるCDの中で、クラシックはこの曲くらいだったと思います。

私が、この曲大好きなんだよ、と言うと、彼も、これはとってもいいんだ、気に入っている、と応じました。

彼は特にクラシック好きというわけではなかったのですが、さすがヨーロッパ人、良い音楽はジャンルにこだわらず親しんでいるんだなぁ、と思いました。

クラシック発祥の地ヨーロッパでは、クラシック音楽は決して特別なものではなく、人々は身近に、気軽に味わっているのを実感したのです。

ミサとは何か

ミサ曲は、カトリック典礼で用いられるものです。

ミサとは、イエスが処刑される前夜、弟子たちととった最後の晩餐を再現した秘儀です。

死を覚悟したイエスは、パンを取り、使徒たちに与えて『これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。』と言い、食事を終えてから杯を同じようにして『この杯は、あなたがたのために流される、私の血による新しい契約である。』と述べました。(ルカによる福音書

ミサは、カトリック教徒がこのエピソードにちなんで、人間の罪を背負って犠牲となったイエスを偲び、毎週日曜日に行うものです。

そこでは、パンとワインが、イエスの肉と血に変わる『聖変化』が起こる、とされています。

そして、そのパンとワインをいただくのが『聖体拝領』の儀式です。

ミサの祈りの言葉は、公会議で決められており、どんなミサでも同じ「通常文」と、特別なテーマをもったミサで加えられる「固有文」に分かれています。

このミサは「通常文」によっており、次の5章で構成されています。

第1章 キリエ Kyrie (あわれみの賛歌)

第2章 グロリア Gloria(栄光の賛歌)

第3章 クレド Credo (信仰宣言)

第4章 サンクトゥス Sanctus (感謝の賛歌)

第5章 アニュス・デイ Agnus Dei (平和の賛歌)

ハ短調ミサ』は、クレドの大部分が未完で、アニュス・デイは全く存在していません。

しかし、典礼ではなく、音楽として味わう分には、未完成でも十分ともいえます。

ミサ曲というとなんだか敷居が高く感じられますが、「祈り」は宗教を違いを超えた、人間の基本的な感情のはずですので、クリスチャンでなくとも心の深奥に響いてくるのです。

モーツァルト『ミサ曲 ハ短調 K.427〝グレート〟』 

Mozart:Great Mass in C minor , K.427

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

合唱:モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & English Baroque Soloists , Monteverdi Choir 

独唱:

シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)

ダイアナ・モンタギュー(ソプラノ)

アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール

コルネリウス・ハウプトマン(バス)

 

第1曲 キリエ Kyrie

主よ、あわれみたまえ

キリストよ、あわれみたまえ

主よ、あわれみたまえ

Kyrie eleison.

Christe eleison.

Kyrie eleison.

ミサ通常文はラテン語ですが、この章だけはギリシアです。

そして、上記の3行そのままに3部構成で歌われます。

深沈とした半音下降の低音に支えられ、これがモーツァルト?と思うような厳粛なコーラスで、『キリエ・エレイソン』が歌われます。弱い存在の人間に対し、神への憐れみを乞う、胸に迫る音楽です。

ほどなく、暗い天から光明が差すように、ソプラノが『クリステ・エレイソン』と歌い始めます。この感動的なパートを、モーツァルトは新妻コンスタンツェに歌わせ、自分がいかに素晴らしい妻を得たのか、ということを、結婚に反対していた父や姉に示し、故郷の人々にお披露目したのです。かなり高度な技巧が要求されているため、モーツァルトはその練習曲(ソルフェッジョ)を作って妻に与えたことは前述しました。

www.classic-suganne.com

 『キリエ・エレイソン』は、神への畏れが全面を支配していますが、『クリステ・エレイソン』は、神にとりなしてくださる優しいイエスへの甘えが感じられる、甘美な歌です。ソプラノの独唱に導かれ、コーラスが続いていく様は、コンスタンツェのまさに独断場として、夫の用意したこの上ないステージといえます。

そして、繰り返される『キリエ・エレイソン』は、再び厳しい調子に戻り、神に許しを乞う必死の祈りになります。それは、自分の弱さをさらけ出した心の叫びなのです。

 

次回は、神の栄光を讃える『グロリア』です。

 


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