孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

迷宮ラビリンス、怪物ミノタウロス、アリアドネの糸…英雄テセウスとその息子の物語。ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』②「プロローグ」~ベルばら音楽(23)

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ルーベンス『ヒッポリュトスの死』

人間くさい、ギリシャの神々たち

ジャン=フィリップ・ラモー(1682-1764)のオペラ、『イポリートとアリシー』

今回は序幕の『プロローグ』です。

リュリ以来のフランス・オペラでは、本編の物語の前に、プロローグが置かれるのが慣例でした。

後にラモーはそれにこだわらなくなりますが、ここでは伝統に従っています。

このオペラの題材はギリシャ神話から採られていますが、ギリシャ神話には人間くさい神様がたくさん出て来て、様々ないさかいを起こし、それが人間たちの人生を大きく左右します。

プロローグでは、そんな神々の〝前段〟のやりとりが紹介されるのです。

エウリピデスセネカ、そしてラシーヌ

では、このオペラの題材になっている神話からご紹介します。

それは『ヒッポリュトス』の物語です。

ギリシャ語のヒッポリュトスが、フランス語でイポリートです。

この神話は、長い歴史の中で、数々の大物作家が戯曲化しています。

まずは、古代ギリシャアテネ三大悲劇詩人アイスキュロスソフォクレスエウリピデス)のひとり、エウリピデスが『花冠を捧げるヒッポリュトス』という悲劇を作り、紀元前428年の大ディオニュシア祭で上演し、優勝しています。

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エウリピデス(紀元前480頃~406頃)

続いて古代ローマ時代。

暴君ネロの師として名高いセネカが、ローマ悲劇『パエドラ』を著しました。

さらに時代は下り、太陽王ルイ14世治下のフランス古典主義三大劇作家(ラシーヌコルネイユモリエールのひとり、ジャン・バティスト・ラシーヌ(1639-1699)が悲劇『フェードル』を上演しました。

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ラシーヌ(1639-1699)

これはラシーヌの悲劇の中でも〝最後の傑作〟といわれており、台本作家、ペルグランがこの戯曲をオペラ化したのが、この『イポリートとアリシー』にほかなりません。

つまり、ラモーが、長年オペラを作曲したいという夢を抱きつづけたものの、まだ準備不足、実力不足としてなかなか手をつけず、齢50歳にして満を持して、渾身の力で世に問うた処女作にふさわしい題材なのです。

このオペラは音楽と物語、詩の最高のコラボレーションといえます。

ヒッポリュトスの生い立ち

このように、古代から近世まで様々に劇化されてきた神話ですが、その時代の事情、好みに合わせて物語の展開は変更されています。

その筋の違いを追ってみるのもなかなか興味深いのです。

まずは神話からたどってみましょう。

ギリシャ神話はヨーロッパ文化の源泉であり、ヨーロッパの芸術を味わうためには、その知識があるとないとでは、その感動が違います。

オペラは、その神話を音楽つきで楽しめるというわけです。

ヒッポリュトスは、アテネの王テセウスと、女戦士の国アマゾンの女王ヒッポリュテの妹、アンティオペとの間の子とされています。

テセウスは、ギリシャ神話の英雄のひとりで、アテネの王アイゲウスと、トロイゼンの王女アイトラとの間の子ですが、実は海神ポセイドンの子、ともされています。

テセウスミノタウロス退治

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ミノタウロスを退治するテセウス

テセウスには数々の冒険譚がありますが、最も有名なものはミノタウロス退治』です。

テセウスは幼い頃は母の実家で育てられましたが、成人してアテネを訪ね、父アイゲウスに息子と認知されて、後継ぎとされました。

その頃アテネクレタ島のミノス王との戦いに敗れ、賠償として、怪物ミノタウロスへの生け贄として、9年ごとに少年少女7人ずつを捧げることを約束させられていました。

テセウスは、怪物退治を自らかって出て、心配する父の反対を押し切り、生け贄のひとりとしてクレタ島に渡ります。

ミノタウロスは、半人半牛の怪物で、ミノス王がポセイドンへの誓いを破った罰を受け、狂わされた王女が牛と交わって生んだ子供でした。

ミノス王はこの怪物を、名工ダイダロスに造らせた迷宮(ラビリンス)に閉じ込めたのです。

生け贄はこのラビリンスに入れられ、迷ううちにミノタウロスに出くわして食われることになります。

もしミノタウルスをやっつけても、迷宮から外に出ることはできません。

人々を救うため、率先して迷宮に入ろうとする勇敢なテセウスに好意をもったミノスの王女アリアドネは、テセウスに密かに糸玉を渡します。

テセウスはこの糸玉を入口にくくりつけて、迷宮に入っていきます。

そしてミノタウロスに遭遇すると見事にこれを倒し、糸をたどって見事に生還を果たします。

この迷宮は伝説とされていましたが、近代になってクノッソス宮殿が発掘され、1200もの部屋が見つかり、あながち架空でもなさそうだ、ということになっています。

テセウスアリアドネを伴ってクレタ島を脱出、アテネに戻りますが、その途中で2つのチョンボをしでかします。

まず、立ち寄ったナクソスで、アリアドネ酒神ディオニュソスバッカスに惚れられてしまいます。

テセウスは神の意向に逆らえず、アリアドネを島に置き去りにします。

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カウフマン『テセウスに捨てられたアリアドネ』(1774)

そして、アテネに近づきますが、出発前、心配する父王アイゲウスに、帰る舟に自分が無事乗っていれば白い帆、失敗して死んでいたら黒い帆を掲げる、と約束していました。

テセウスの無事を祈り、一日千秋の思いで毎日水平線を見つめていたアイゲウス王。

しかし、テセウスはうっかり帆を白に変えるのを忘れていました。

アイゲウス王は、黒い帆を見て、すっかり絶望し、断崖から海に身を投げてしまいます。

アイゲウスが飛び込んだ海は、後に王の名にちなんで〝エーゲ海〟と呼ばれました。

ヘラクレスとアマゾネス

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テセウス

テセウスは、自分のせいで亡くなった父にそ代わってアテネの王に即位し、善政を敷きます。

しかし、冒険魂は収まらず、さらに数々の冒険を行います。

そのひとつが、アマゾンの女王ヒッポリュテの妹、アンティオペとの結婚です。

アマゾンは黒海沿岸にいたとされる部族で、女性のみの荒々しい狩猟民族で、子を産むときだけ他部族の男と交わり、男が生まれれば殺すか父のもとに返し、女だけを戦士として育てたということです。

弓を射るのに邪魔だというので右の乳房を切り落とすなど、その勇猛さは〝アマゾネス〟として恐れられました。

英雄ヘラクレスは、神に与えられた12の課題(十二功業)のひとつとして、アマゾンの女王ヒッポリュテの持つ帯を取りに行くことになります。

テセウスヘラクレスを助けて一緒にアマゾンの国に攻め込み、アンティオペを略奪、結婚して子を産ませます。

この子がヒッポリュトスです。

母のアンティオペは、怒ったアマゾンがアテネに反撃して攻めてきたときに、矢に当たって死んでしまいます。

テセウスの冥界下り

また別の冒険として〝冥界下り〟があります。

盟友ペイリトオスと、お互い新しい妻を探そう、と意気投合したテセウスは、せっかくなら大物を、ということで、世界一の美女と名高いスパルタの王女ヘレネと、冥界の女王ペルセポネを略奪しよう、ということになります。

くじを引いた結果、テセウスヘレネ、ペイリトオスはペルセポネをターゲットにすることになりました。

まずはテセウスヘレネを略奪しますが、ヘレネの兄弟に奪い返され、またアテネ市民の理解を得られない、ということで諦めます。

ヘレネは後にトロイア戦争の原因になります。

次にふたりは、ペルセポネを狙って冥界に下りていきます。

ペルセポネは、恐れ多くも冥界の王ハデス(プルート)のお妃。

大神ゼウス(ジュピター)と、農耕の女神デメテルとの娘で、もともとはハデスに無理矢理冥界に拉致され、妃にされました。

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ハデスによるペルセポネの略奪

愛娘を奪われて怒ったデメテルは、自分の仕事、農耕の保護をボイコットし、作物が不作となって人間たちが困りました。

ゼウスのとりなしで、1年の4分の3は母の元に返すことになり、その間、春・夏・秋は作物が実るようになりました。

しかし、ペルセポネが冥界に戻る冬は、デメテルは悲しみに沈み、作物は枯れてしまうのです。

そんなペルセポネを、英雄とはいえ人間ごときが狙うのは不遜の極み。

当然、ふたりはハデスの怒りを買い、地獄の椅子に縛り付けられ、何年も冥界から出してもらえなくなりました。

何年か経ったのち、十二功業の最後として、地獄の番犬ケルベロスを連れてくる課題に取り組んでいたヘラクレスが通りかかり、テセウスは何とか助けてもらえましたが、ペイリトオスは無理で、そのまま冥界に留まることを余儀なくされました。

アテネに戻ったテセウスですが、冒険で国を留守ばかりにした王は人望を失っており、晩年には国を追われ、身を寄せた他国の王に国を奪られるのではないかと疑われ、崖から突き落とされて死にます。

どうもテセウスは、英雄たちの中では、人としてどうなの?と思うことが多いですが、それだけ、人間の弱さを背負っているということかもしれません。

ヒッポリュトス伝説

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ヴェルサイユ宮殿のアルテミス像

さて、話は息子のヒッポリュトスに戻ります。

彼は、英雄とアマゾンの女王の子ですから、大変なイケメン青年に育ちます。

しかし、自分が生まれるに至ったドロドロした事情を知ってか、恋愛をおぞましいものとして嫌い、年頃になっても女性を近づけませんでした。

そして、月と狩の女神アルテミス(ダイアナ)を慕い、この処女神に、一生純潔でいることを誓います。

アルテミスはこの青年の志を誉め、可愛がります。

しかし、恋愛を汚らわしいものと決めつけたことに、美と性愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)は怒ります。

テセウスは、クレタ島と和解し、ナクソス島に置き去りにしたアリアドネの妹、パイドラと再婚し、王妃に迎えていました。

アフロディーテは、王妃パイドラに、義理の息子にあたるヒッポリュトスを恋するよう魔法をかけます。

パイドラはヒッポリュトスへの想いが募り、夫テセウスの留守中に、ついに勇気を出して告白します。

ヒッポリュトスから見れば義母ですから、ただでさえ恋愛嫌いなのに、人の道に外れた近親相姦のおぞましさに、取り付く島もなく拒絶します。

パイドラは絶望と屈辱のあまり、首を吊って自殺しますが、自分の真剣な愛を蔑まれたことを恨み、ヒッポリュトスに仕返しするため、夫テセウスに対し『留守中にヒッポリュトスに犯されたので、自ら命を絶ちます』という遺書を残します。

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悶々とする王妃パイドラ

戻ってきたテセウスは驚き、ヒッポリュトスを責めます。

ヒッポリュトスは真実を父に伝えるに忍びず、言い訳をせずに国を去ります。

テセウスは、さすがに息子を自ら殺すことはできませんでしたが、憤懣やるかたなく、父の海神ポセイドンに、息子に罰を下すよう祈ります。

ポセイドンは、ヒッポリュトスが海辺を馬車で旅しているときに、いきなり怪物を海から出現させます。

驚いた馬は暴走し、馬車から振り落とされたヒッポリュトスは、そのまま引きずられ、ズタボロになって悲惨な最期を遂げるのです。

女神アルテミスはこれを憐れみ、名医アスクレピオスに頼み、ヒッポリュトスを生き返らせ、自分の保護下に置きました。

これがヒッポリュトスの物語ですが、一生童貞を誓っただけで悲惨な罰を受けるとは、ひどい話です。

しかし、ドロドロの男女関係であふれているギリシャ神話には珍しい、清廉なキャラクターですから、古来芸術作品や文学作品に数多く取り上げられてきたのです。

作品によって異なる結末

エウリピデスの作品では、最後の場面でアルテミスがテセウスの前に現れ、ヒッポリュトスは無実であり、全てはアフロディーテの企みであることを告げます。

息子の冤罪を知って後悔するテセウスの前に、瀕死のヒッポリュトスが馬車で引きずられてきて、テセウスの腕の中で息を引き取るのです。

テセウスとヒッポリュトスの父子関係にスポットを当てた展開です。

これに対してラシーヌの『フェードル』では、パイドラ(フランス語でフェードル)の恋敵としてアリシーが登場します。

アリシーは、父王テセウスの敵で、滅ぼされたパラス族の生き残りの王女、という設定です。

ヒッポリュトスは女嫌いというわけではなく、アリシーと恋仲であり、義母パイドラはそれに横恋慕する展開となります。

ラシーヌによるキャラ変更は、当時のフランスの文化文芸を担っていたのは貴婦人のサロンだったので、主人公に女性蔑視をさせるわけにはいかなかったから、とも言われています。

純愛 VS 道ならぬ邪恋、という構図に差し替えられているのです。

そして、高貴な存在であるべき王妃であるパイドラに、讒言という醜い行為をさせるというのも、王家の前での上演でははばかられるため、王妃をそそのかす乳母エノーヌ、という新しい役も登場します。

オペラならではのスペクタクル

ラシーヌを原作としたこのオペラでも、その設定が引き継がれています。

オペラ化によって変わったのは、古典主義演劇で護られていた〝三一致の法則〟つまり「時の単一=1日の出来事で終始する」「場の単一=同じ場所で終始する」「筋の単一=エピソードはひとつの出来事で終始する」、に束縛されず、場面の転換が行われます。

また、観客を驚かす芝居ががった舞台上の仕掛けも、古典演劇では禁じ手とされていますが、オペラでは逆に目玉となっています。

その代表がデウス・エクス・マーキナ』、すなわち機械仕掛けの神〟で、舞台の上から吊り下げられた神が降臨してくる仕掛けで、このオペラでも多用されています。

そのときの音楽も、ウィンチや滑車の音を隠すために大音量で演奏されたのです。

それでは、聴いていきましょう。(取り上げる曲は抜粋です)

オペラ『イポリートとアリシー』登場人物

登場人物は、オペラで使われるフランス語読みではなく、一般的なギリシャ読みで書きます。ギリシャ神話の神々はローマ神話にも移行されていて、ラテン語読みや、英語読みもあります。〔 〕内はフランス語読みです。

アルテミス〔ディアーヌ〕(月と狩、純潔の女神):ソプラノ

愛の神アモール〔アムール〕(キューピッド):ソプラノ

ゼウス〔ジュピテル〕(全能の最高神):バス

アルテミスのお付きのニンフたち

エリマントの森の住人たち

アモールの従者たち

アリシー(パラス一族の王女、テセウスの捕虜):ソプラノ

ヒッポリュトス〔イッポリート〕テセウスとアンティオペの息子):オート・コントル

パイドラ〔フェードル〕テセウスの二度目の妃):ソプラノ

テセウス〔テゼー〕(ポセイドンの息子):バス

エノーヌ(パイドラの乳母):メゾ・ソプラノ

アルテミス神殿の祭司長:ソプラノ

アルカステセウスの寵臣):テノール

ハデス〔プリュトン〕(冥界の王):バス

エリニュス〔ティジフォーヌ〕(復讐の女神):テノール

運命の三女神〔パルク〕:オート・コントル、テノール、バス

ヘルメス〔メルキュール〕(旅、商売などの神で、神の伝令使):テノール

ポセイドン〔ネプチューヌ〕(海の神):バス

水夫たち

狩人たち

羊飼いたち

ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』「プロローグ」

Jean-Philippe Rameau:Hippolyte et Aricie

演奏:マルク・ミンコフスキ指揮 レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

Marc Minkowski & Les Musiciens du Louvre

プロローグ:エリマントの森

第1場 ニンフの合唱

序曲が終わり、幕が開くと、序幕であるプロローグが始まります。

そこは、女神アルテミスが治めるエリマントの森。

アルテミスのお付きのニンフたちが、主人である女神を讃えて歌います。

輝かしくも喜ばしい合唱です。

ニンフたち

走っておいで、森の住人たち

あなたがたの女王様にごあいさつを

やさしい女王様に統治されるのは

なって幸せなことでしょう

第1場 森の住人たちのアントレ 

〝アントレ〟は、料理でいえばオードブル、前菜、ということで、導入のバレエです。

処女神アルテミスの森には女性しか住めないはずですが、ここでは森の住人として男子たちがいる設定になっています。

神話では、アルテミスに仕えるニンフのひとりカリストが、大神ゼウスに見染められ、アルテミスに変身して近づいたゼウスによって妊娠させられたため、処女の誓いを破ったということでアルテミスの怒りを買って熊に変えられ、後に狩人になった息子によって殺されそうになったのを、ゼウスに憐れまれて親子の熊として天に上げられ、おおぐま座こぐま座になった、という話があります。

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アルテミスに化けてカリストに近づくゼウス

また、狩人アクタイオンは、狩りの最中に森の中でアルテミスの沐浴に出くわしてしまい、女神の裸を見たということで鹿に変えられ、自分の飼っている猟犬に食い殺される、という目に遭います。

どちらも被害者には災難としか言いようのない気の毒な話ですが、アルテミスは、とにかくお堅くて怖い処女神なのです。

 

この映像はエマニュエル・ダストレ指揮ル・コンセール・ダストレによる2012年パリ・オペラ座公演のこの場面です。

古楽器を使い、当時の装置や衣装、バレエを可能な限り再現した、贅沢な舞台です。


Rameau - Hippolyte et Aricie: Accourez, habitants des bois

第1場 アルテミスのエールと合唱

アルテミス

私は、この豊かな海辺を、平和の女神に統治させます

女神はあなたたちの上に永久の楽しみをまき散らすでしょう

ああ、あなたたちがいつも私に忠実であるかぎり、ここには平和が続くでしょう

あなたたちがいるところは、狂暴な怪物にゼウスの息子が打ち勝ったところ

だが、もっと高慢な怪物が、今度は彼を征服した

あなたたちは、愛の神に打ち勝てば

この最大の英雄の手柄をも消し去ることができるのです

(楽の音がする)

この心地よい楽の音は?

合唱

なんとうっとりとする楽の音!

アルテミス

あそこに見えるのは?

愛の神ではないか!

行きましょう、私についてきなさい

愛の神を避けてこそ、身を守ることができるのです

合唱

できるだけあなたについて行こうとしているのです

でも、心動かされずにはいられません

こんなに魅力的な神様を目にしては

アルテミス

ああ!なんと逃げ足の遅いこと!

合唱

ああ!心動かされずにはいられません

こんなに魅力的な神様を目にしては

エールは、イタリアオペラのアリアに当たります。

アルテミスは、ニンフと森の住人たちに、愛欲を避け、私に従って清い生活を送れば、英雄の手柄さえしのぐ、と、ありがたい託宣を下します。

でもそこに、フルートとヴァイオリンが魅惑的な音色を奏で、愛の神アモール、すなわちキューピッドがひょっこり顔を出します。

神話ではヴィーナスでしたが、オペラではアモール(エロス)になっています。

愛の神は全ての神が生まれる前、原始から存在したとされ、神々でさえ、その恋のいたずらに翻弄されています。

アルテミスにとっては敵なので、避けようとしますが、手下たちは愛の神の魅力にすでに惹かれてしまっています。

愛の神はアルテミスに対し、この世界を支配するのは私ですよ、と喧嘩をふっかけます。

アルテミスは、私の森だけはそれは許さない、と言い争いになりますが、埒があきません。

この森の支配権は大神ゼウスから認められたのだから、ゼウス様よ、お護りください、とアルテミスが叫ぶと、遠くから雷鳴が聞こえます。

ゼウスはアルテミスの父でもあります。

そして、全宇宙の支配者ゼウスが天から降臨します。

第3場 ゼウスの降臨

ゼウス

アルテミスよ、神々を束にしたよりも強い神から

わしはお前の権利を守る覚悟だった

ところが、誰をも震えおののかす運命の神が

たった今運命の定めを我らに命じたのだ

彼は人々の恋情に逆らう陰謀を企てることを望んでおらぬ

そしてお前が支配する森の奥に至るまで

愛の神が矢を放ち征服することを求めているのだ

アルテミス

なんという恥辱!

愛の神

なんという勝利!

ゼウス

愛の神よ、お前が栄光を享受するために

運命の神は毎年一日だけ、お前に同意する

だが、その一日とは、結婚の神が明るく照らし出す日だ

我が娘よ、彼の定めを妨げてはならぬ

結婚の神のために愛の神を赦してやるのだ

(ゼウス、天に戻っていく)

機械仕掛けの神「デウス・エクス・マキナ」によって、仰々しく、大神ゼウスが天から降下します。

音楽は、王が来場するときの奏楽と同じ、高貴さを示す付点リズムの堂々たるものです。 

ゼウスは、アルテミスに、お前の望みをかなえようと思ったが、わしより力のある神がそれを許さなかった、と言い訳します。

全知全能の最高神、ゼウスより上位の神とは?

それは〝運命の神〟だというのです。

確かにギリシャ神話の中では、神であっても望みはかなうとはかぎらず、運命に翻弄されています。

また、そもそもが、好色きわまりないプレイボーイのゼウスに、愛の神をやっつけてくれと頼む方が無理筋です。

男女が全員、アルテミスの教えに従って一生恋をせず、純潔を貫いたなら人類は滅びてしまいますから、運命の神がそれを許さないのもうなずけます。

しかし、恋が全て、ということでは男女関係は乱脈になりかねないので、「結婚」という形でのみ認める、という、アルテミスの顔も一応立てた裁定となっています。

ゼウスが天に戻っていくと、アルテミスはしぶしぶ、運命の神には従わなければならないので、あなたたちを自由にする、しかし、死に直面しているヒッポリュトスとアリシーだけは救ってやらなければならない、と告げて、飛び去ります。

第5場 愛の神とその従者のためのロンド形式のエール

愛の神の従者

悦楽の神々、優しい征服者

すべての者が降伏する征服者よ

人々の心を支配したまえ

悦楽の神々、優しい征服者

あなたがたの魅力を集め

すべての心を魅了したまえ

私にあなたがたの魅力を貸したまえ

君臨したまえ、私のあとについて飛びつづけたまえ

今度は悦楽の神と遊びの神が

私の帝国を飾る番だ

そこではため息をつくや否や、幸せになれる

アルテミスの去った森は、愛の神の独壇場となります。

愛の神の従者たちが現れ、愛を讃えるロンドを踊り、ニンフと森の住人たちを魅了します。

第5場 第1ガヴォット

愛の神

愛の神に降伏したまえ

愛の神にお前たちのすべての時をゆだねるのだ

合唱

愛の神に降伏しよう

愛の神に私たちの時をすべてゆだねよう

愛の神

私の涙まで深く愛せ

私の武器は魔力をもっている

恋する者たちにはすべてが心地よい

合唱

愛の神の涙まで深く愛せ

愛の神の武器は魔力をもっている

恋する者たちにはすべてが心地よい

第5場 第2ガヴォット

愛の神

無関心はおだやかでも

その喜びは退屈なもの

合唱

無関心はおだやかでも

その喜びは退屈なもの

愛の神と合唱

だが愛の神は何という降伏を

最初のため息のほうびとして惜しみなく与えることか!

彼は恋だけでなく

希望をも生まれさせる

一同は、踊りながら愛の神たちと唱和し、愛の喜びと甘い希望にひたります。

フランス・オペラならではの典雅なディヴェルティスマンがくり広げられます。

第5場 メヌエット

第5場 愛の神のエール

愛の神

新たな喜びでこの大切な日を締めくくろう

私はお前たちを結婚の神の神殿へ連れていかねばならない

結婚の神が私とともに祝祭を司るのだ

結婚の神の松明よ、愛の神の炎に燃え立て

第5場 行進曲

ガヴォットに続いて、優雅なメヌエットが踊られ、愛の神の勝利宣言、そして力強いマーチで幕となり、いよいよ第1幕から物語が始まります。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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