孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

歌唱不可能!?恐ろしい運命の女神の三重唱とテセウスの地獄下り。ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』④「第2幕」~ベルばら音楽(25)

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運命の3女神

テセウスの地獄下り

ジャン=フィリップ・ラモー(1682-1764)のオペラ、『イポリートとアリシー』

今回は第2幕です。

第1幕の最後で、忠臣アルカスが絶望の体で王妃パイドラに『テセウス(テゼー)王が地獄に下りて行ってしまいましたぁ!!泣』と報告します。

それを聞いた王妃の乳母エノーヌは王妃に、『地獄に下ったら人間は二度とは戻れませんから、亡くなったも同然。これでヒッポリュトス(イポリート)様はあなたの義理の息子ではなくなりますから、あなたにもチャンスがありますよ。』とそそのかします。

パイドラは少し愁眉を開きますが、『それでもあの人が私を受け入れなければどうしようもない』と嘆いて第1幕は終わりました。

さて、第2幕は、地獄に下ったテセウスの顛末が描かれます。

前述のように、テセウスはかつて、盟友ペイリトオスと、それぞれ美女ヘレネと冥界の女王ペルセポネを奪って妻にしようとしますが、冥界の王ハデス(プリュトン)に捕まってしまいます。

ふたりは「忘却の椅子」に座らされ、これまでのことをすっかり忘れたまま、数年にわたって座らされ続けます。

椅子にお尻がくっつき、離れることはできません。

たまたま、十二功業の総仕上げで地獄の番犬ケルベロスを捕まえにきた英雄ヘラクレスが通りかかり、テセウスは怪力で椅子から引きはがしてもらいますが、ペイリトオスは助けられませんでした。

恐れ多くも閻魔大王のお妃を奪おうとした主犯ですから、ヘラクレスに免じてもやはり許してはもらえなかったのです。

ペイリトオスは死ぬこともできず、そのまま冥界で永遠に地獄の番犬ケルベロスによって食われ続けているのです。

ポセイドンの3つの願い

ひとり無事に現世に戻れたテセウスですが、親友ペイリトオスのことが心配で頭から離れません。

テセウス海神ポセイドン(ネプテューヌの息子とされており、父神より、3つの願いを叶えてやる、と言われていました。

義理と友情に厚いテセウスは、ポセイドンに一つ目の願いとして、地獄への入り口を開けてもらい、友人を何としても助けるべく、勇敢(無鉄砲?)にも冥界に下っていったのです。

和声で地獄を表現

幕は、地獄の場とは思えない華やかなリトルネッロで開きます。

血沸き肉躍るような、このオペラで最もエキサイティングな曲です。

地獄下りというと、オルフェウスの物語が有名で、ラモー以前にはバロック・オペラ最初の巨匠モンテヴェルディ『オルフェーオ』、ラモー以後にはグルックの『オルフェーオとエウリディーチェ』がありますが、いずれも地獄の場面は、それらしいおどろおどろしい音楽です。

それに比べると、ラモーのものは、一聴すると軽い感じですが、そこには、こだわりの和声で、地獄の不気味さが表現されているのです。

ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』「第2幕」

Jean-Philippe Rameau:Hippolyte et Aricie

演奏:マルク・ミンコフスキ指揮 レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

Marc Minkowski & Les Musiciens du Louvre

つきまとう復讐の女神

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親殺しのオレステスにつきまとう復讐の3女神
第1場 リトルネル

第1場 テセウスティーシポネーの二重唱

テセウス(テゼー)

一息つかせてくれ、執念深い復讐の女神よ!

ティーシポネー(ティジフォーヌ)

ならぬ、暗黒の国ではうめいても無駄だ。叫んでも無駄だ

不幸な者どもの嘆きは、我々の残忍さをかき立てるだけ

テセウス

ああなんということ!

私が受けた災いでも十分でないというのか?

私は、ペイリトオスがケルベロスに引き裂かれるのを見た

私は、この恐ろしい怪物が、私の血で怒りを収めようとせず

とても大切な命を奪うのを見た

私は恐れることなく死を待っていた

だが死は私から遠く離れていったのだ

ティーシポネー

おや!お前の苦しみは死ねば終わると思っていたのか?

ペイリトオスは永遠に縛られてうめいている

震えろ、おののけ、同じ運命がお前を待っている

テセウス

ああ!彼と運命を分かち合うのは望むところ

それはお前がたった今言ったことだ

ペイリトオスを私に返してくれ

この身はお前の怒りにくれてやる

だから彼には、もう怒りを浴びせないでくれ

テセウス

一人のいけにえで満足してくれ

なんと!何者もお前の怒りを鎮められぬ

この私が一人で罪を負うと言っているのに

災いと恐怖をもっと広げなくてはならぬのか?

ティーシポネー

一人のいけにえでは足りぬ

いいや、何者も私の怒りを鎮められぬ

いたるところに罪が見えるときには

災いと恐怖をいたるところに広げなくてはならぬ

冥界の王ハデス(プリュトン)の登場

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ハデス(プルート)と地獄の番犬ケルベロス

ティーシポネー(ティジフォーヌ)は、復讐の三女神エリニュスのひとりです。

復讐の女神は松明を持ち、親殺しや誓いを破った者たちに付きまとい、追い詰めていくのです。

テセウスと復讐の女神がせめぎあっているうちに、冥界の王ハデスが、玉座に座り、臣下たちを従えて現れます。

玉座の下には、人の運命をつかさどる恐ろしい運命の三女神がいます。

この世界は、天界と地上をゼウス(ジュピテル)が、海をポセイドン(ネプテューヌが、冥界をハデス(プリュトン)が、3人で分担して統治しており、神々の中でもとくに高貴な存在です。

テセウスはハデスに、なぜ自分をこんなに苦しめるのか、と問いますが、ハデスはお前は罪深い共犯者だ、と突き放します。

そして、ペイリトオスと同じ苦しみを与えるぞ、と脅すと、それは望むことだ、とテセウスは叫びます。

ハデスは、それなら、お前を地獄の最終裁判官に引き渡す、と宣告し、命令を下します。

ハデスの恐ろしい命令

第3場 エールと合唱

ハデス

冥界に住む全ての者たち、わが怒りに備える支度をせよ!

アウェルヌスよ、テナルスよ、コキュートスよ、プレゲトン

できるだけ残虐な復讐を

ペルセポネとハデスのために行え

合唱

アウェルヌスよ、テナルスよ、コキュートスよ、プレゲトン

できるだけ残虐な復讐を

ペルセポネとハデスのために行え

続いて、復讐の女神たちの合唱とダンスが繰り広げられます。 

第3場 復讐の3女神の第1のエール

第3場 復讐の3女神の第2のエール

第3場 合唱

合唱

ハデスの命令だ

我らが王のために復讐しよう

ハデスの命令だ

王の命令に従おう

ここに混乱と恐怖をまきちらそう!

ぐずぐすするな、時は金なりだ

あまたの地獄よ、現れよ

黄泉の国では、みな震えおののけ!

黄泉の国に炎と剣を集めるのだ!

運命の三女神の最初の託宣 

テセウスは、せめてペイリトオスに一目会わせてくれ、と懇願しますが、ティーシポネーに拒絶されます。

さらに、これまで口を開かなかった運命の三女神が託宣を始めます。

運命の三女神とは、モイラ(フランス語でパルカ)と呼ばれ、人間の寿命を決めるとされている3人の女神です。

3人が紡ぐ糸の長さで人の運命が決まります。

役割分担が決まっていて、糸巻き棒から紡ぐのがクロートー(「紡ぐ者」の意)、その長さを計るのがラケシス(「長さを計る者」の意)、最後に糸を切るのがアトロポス(「不可避のもの」の意)です。

このオペラでは、この運命の女神の決定には神々も、大神ゼウスでさえも従うしかない、とされているのです。

確かに、全能であるはずの神たちも、神話の中でひどい目に遭ったりしていますので、このような存在がなければ説明がつきません。

この3人の女神を、ラモーは男声歌手であるテノールバリトン、バスに割り当てて、いっそう不気味さを増しているのです。

3人の女神は、テセウスの運命は自分たちの決定にゆだねられている、と託宣します。

静かで、清澄なハーモニーが、よりいっそう、運命の厳しさを表わしています。

第4場 運命の3女神の第1のエール

運命の3女神

運命の神の最高意思によって

お前の日々の命は我らの手にゆだねられている

だが、運命のはさみが命脈を断ち切ることができるのは

運命の神自らが定められた恐ろしい瞬間が来た時のみ

テセウス、父神に助けを求める

テセウスは、もはや盟友を救うことは、自分の命を犠牲にしても不可能であることを思い知ります。

そして、父ポセイドンに、2番目の願いとして、自分を冥界から救い出してくれるよう祈ります。

地獄の神々たちはそれを嘲笑い、歌います。

冥界の支配権はハデスにあり、海の支配者ポセイドンは管轄外で何の権限もないのです。

第4場 合唱

合唱

いや、ポセイドンがお前の言うことを聞いても無駄だ

ポセイドンがどうしようと、冥界はお前を留めることができる

冥界には簡単に下れるが、そこから戻ることはできない

ヘルメスの助け舟

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ヘルメス(マーキュリー)

そこに、ヘルメス(メルキュール)が光に包まれ、機械仕掛けのデウス・エクス・マキナで下りてきます。

ヘルメスは神々の伝令役で、天界、地上、そして冥界を自由に行き来できる、羽のついたサンダルをはいているのです。

そのため、旅の守り神とされています。

彼は、ポセイドンに頼まれて、困った息子を助けに来てくれたのです。

さっそく、ハデスにとりなします。

第5場 プレリュード

ヘルメス(ハデスに)

ポセイドンは、あまりにも大胆な息子に

あなたが温情をかけてくださるよう望んでいます

ハデス

彼は、罪と大胆さを息子と分かち合ったのではないのか?

彼がこの場所への道を開いてやったのだからな

ヘルメス

神をも恐れさせる聖なる川に

彼の息子は帰還への期待を託しました

ああ!

たとえポセイドンが勇み足でやり過ぎたとしても

裏切ったとか、無能だとか

そしられなければならないのでしょうか?

ハデス

だめだ、私は侮った者を罰しなければならないのだ

第5場 ヘルメスのエール

ヘルメス

ゼウスは天を支配し、ポセイドンは海を支配する

ハデスは暗黒の黄泉の国で

好きなように復讐の合図をすることができる

だが世界の幸せは、あなたの叡智にかかっているのです

ハデス

わかった、降参だ

私の怒りより世界の幸せの方が勝る

この罪人は冥界の暗闇から立ち去るがよい

かといって、彼の運命がもっとよくなるとは思えないが

史上有名な難曲、運命の女神の三重唱

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ステュクス

ポセイドンは、息子テセウスの3つの願いをかなえてやると、地獄を流れる川、いわば三途の川のステュクスに誓いました。

ステュクスに誓ったことは、たとえ神でも破ることはできないのです。

でもポセイドンが取った行動は、ヘルメスに頼んでハデスに許しを乞う、という単純なものでした。

無鉄砲な息子のために、偉大な父は、ずいぶんみっともない目に遭わされたわけです。

ヘルメスはそんな〝大人の事情〟を飲み込み、偉い人たちの間を、それぞれの顔が立つよううまく調整してまわる、根回し役でした。

口がうまいので商売の神ともされていますが、〝サラリーマンの守護神〟とも言えそうです。笑

ハデスは、ヘルメスに免じてテセウスの解放を決定しますが、神をあなどったテセウスには地上に戻っても何らかの罰が与えられる、と予見しています。

そして、それを告げるよう運命の女神に命じ、去っていきます。

そこで、運命の3人の女神は、恐ろしい3重唱を歌います。

ラモーは、この曲でヴァイオリンを3人の女神に合わせて3分割し、エンハーモニックを使った複雑な3重唱を作曲します。

エンハーモニック」は、以前クラヴサン組曲で取り上げましたが、〝異名同音〟すなわち、音の名前が違っていても、実質同じ音を指すものをいいます。

しかし、当時の調律では、全くの同音ではなく、微妙に異なっていました。

そのため、実際には不協和音として響き、和声の大家ラモーは、それを駆使して、運命の神の不気味な託宣とその恐怖を表現したのです。

これは当時ではありえない技法であり、初演の歌手やオーケストラは、とても歌えない!演奏できない!と断固拒否したため、初演ではこの三重唱はカットされました。

今でも完璧に歌うのはほぼ不可能とされているくらい難しい曲なのですが、このオペラで最も有名な曲となっています。

第5場 運命の3女神の第2のエール

運命の3女神

何という突然の恐怖をお前の運命は私たちに吹き込むことか!

どこへ行く、不幸な者よ!

震えよ!恐怖に身震いせよ!

お前は地獄をあとにするが

お前の家で地獄を見ることになろう

〝地獄を出ても、自分の家で地獄を見るだろう〟という不吉な予言を背負い、テセウスは地上に帰っていきます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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