孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

天才作曲家の天才商法。テレマン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)第1集』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑤

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ルイ15世ヴェルサイユ宮殿ダイニングルームに飾るために描かせた絵(ド・トロワ『牡蠣の食卓』1735年)

宴に欠かせないBGM、食卓の音楽

生涯で4000曲を作曲したといわれているゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)ですが、その代表作といえる曲集が『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』です。

1733年にテレマン自身によって出版されますが、初版のタイトルはフランス語で『Musique de Table partageé en Trois Productions(3つの曲集からなる食卓の音楽)』でした。〝ターフェルムジーク〟はドイツ語での呼び名です。

今も昔も、祝宴にはBGMは欠かせません。音楽はムードを盛り上げ、場を和ませ、会話も弾み、宴をいっそう愉しいものにしてくれます。

これまで、テレマン以前の作曲家も、こうした目的の曲集をたくさん出版していました。

1621年 シンプソン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』

1668年 ドゥルッケンミューラー『ターフェル・コンフェクト(食卓のお菓子)』

1674年 フォルケハイム『ターフェル・ベディーヌンク(食卓への奉仕)』

1682年 ビーバー『メンサ・ソノーラ(食卓の音楽)』

1702年 フィッシャー『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』

王侯たちは祝宴を開くたびに、客をもてなすため〝なにか音楽を流さなきゃ〟ということで、これらの曲集を買い求めてはお抱えの合奏団に演奏させたことでしょう。

まさに実用のための音楽で、需要がかなりあったことがうかがえます。

モーツァルトも、ザルツブルク大司教に仕えていた青年時代、その食卓用に6曲の管楽器によるディヴェルティメントと書いています。オーボエ2、ホルン2、ファゴット2の小編成で、とても軽く、会話を妨げないよう、BGMに徹したかのような音楽です。

〝なんで俺様が大司教が飯を食うための音楽なんか作らなきゃいけないんだよ…〟と舌打ちしながら作曲しているのが目に浮かびますが、そこはプロ。消化に優しい天国的な曲に仕上がっています。

後世に残すBGM?

さて、テレマンの『ターフェルムジークはというと、そんな軽い内容ではないのです。

3つの曲集(Production プロデュクシオン)から成っているのですが、3つとも全く同じ構成をとっています。

そこには、ジャンルの異なった曲が、コンサートのプログラムのごとく、次のように整然と並んでいるのです、

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲

第2曲 四重奏曲(カルテット)

第3曲 協奏曲(コンチェルト)

第4曲 トリオ・ソナタ

第5曲 ソロ・ソナタ

第6曲 終曲

まさに、バロック音楽の代表的なジャンルのサンプル集のような感じです。

登場する楽器も多彩で、3つの曲集で揃えてあるのはジャンルだけであり、曲の性格や音楽性はふたつとして同じ曲がありません。

まさにバロック音楽の見本市であり、テレマン自身は、音楽の「百科全書」を意図していたのです。

出版にあたり、友人に次のように書き送っています。

この作品は、いつの日か私の名声を高めてくれることになるでしょう。

盛期バロックの頂点というべき音楽を、記念碑的に後世に残すためにまとめたわけです。

それは、コレッリコンチェルト・グロッソ集作品6』や、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』『フーガの技法のように、作曲家自身が、後の世の模範になることを意識して残した作品なのです。

それなのに、テレマンは、なぜもっと重々しい題名にせず、〝食卓の音楽〟などという軽いタイトルをつけたのでしょうか。

やり手のビジネスマン、テレマン

確かにこの作品には、トランペットのような野外的な楽器も登場しますが、あくまでも室内楽の範囲で書かれています。

しかし、少なくともフランス風序曲やコンチェルトは、食事しながら聴けるような軽いジャンルではありません。

そこには、テレマンしたたかなマーケティング戦略が潜んでいるのです。

テレマンは1721年に40歳でハンブルク音楽監督に就任し、そこから生涯この町で働くのですが、その職務は多岐にわたり、多忙を極めていました。

市内の5つの教会のために典礼音楽を作曲・演奏、劇場ではオペラの作曲・上演、ドイツでもエリート校といわれたヨハネウム学院の教授としての授業、さらに、非常勤ではあったものの、近隣の宮廷、バイロイトアイゼナハの「教会付属聖歌隊長」という役職もあったので、そちらへの作品提供。

これ以外にも、前回取り上げたハンブルク海軍鎮守府100周年のような、市内の各種記念行事、式典、冠婚葬祭でも作曲・演奏しなければなりませんでした。

その多忙さといったら、想像を絶します。そんな勤務を84歳までやっていたら、そりゃぁ、作曲数のギネス記録も出るわ…といった感じです。

しかし、これらの「公務」がどれだけの収入になったのかは分かりません。

しょせん雇われ人ですから、もしかすると、定額給与での〝働かせ放題〟だったかもしれません。

そのためか、テレマン副業にも精を出していました。

それは、自作品の出版です。彼は自ら印刷・出版業を営み、自身が音符植字工でさえあったのです。

彼は、音楽教育関係の出版を相次いで行い、『忠実なる音楽の師』や『演奏技法ソナタ』など、教本や練習曲集をどしどし発行し、これらはヨーロッパ中に普及していきました。

自分の楽譜出版業がもたらす利益について、次のように友人に書いています。

『私の楽譜販売業は、多くの子供たちの教育によって、私に多額のターラー金貨をもたらしています。そのため多くの心配事が解決しました。楽譜の販売は、私が生きるための畑であり、鋤であるのです。いまは満ち足りています。』

そして、満を持して出版した楽譜集が、この『ターフェルムジーク』です。

見事なテレマン商法

テレマンは、音楽の才のみならず、商才にも恵まれていました。

売れない在庫リスクを回避するため、販売するにあたって事前に予約を募ったのです。

1732年12月9日、ハンブルクの新聞に次のような広告を掲載します。

音楽愛好家へのお知らせ。来る1733年『ターフェルムジーク』と名付けられる、テレマン作の大きな器楽曲が出版されます。そこには7つの楽器の組み合わせという大編成の作品が9曲、1、2、3から4までの小編成の楽器による器楽曲がやはり同数含まれます。作品は昇天祭、ミカエル祭、クリスマスと3ヵ月ごとに刊行されますのでご予約ください。予約者一覧表は、楽譜と共に印刷されます。

予約者特典として、8ターラーという予約者限定特別価格のほか、予約者の名前が楽譜に印刷されるというのです。そして、楽譜も3回に分けて発売されるという、まさに〝月刊ターフェルムジーク〟、デア〇スティーニ商法を思わせます。 

様々なジャンルを網羅し、数名で演奏できる曲から、オーケストラ曲まで揃え、いろんな楽器を入れたのも、購入者の様々な演奏事情に合わせ、〝買ったはいいが演奏できない〟ということのないようにした商品戦略でもあったのです。

その結果、非常に使い勝手のいい曲集に仕上がりました。

タイトルも、〝そんな高尚な音楽はムリ〟とアマチュアを引かせないように、お堅いタイトルでなく、誰でも気軽に演奏できそうで、かつ実用的で便利そうで親しみやすい〝食卓の音楽〟としたわけです。

テレマン自身、ヨーロッパ中の友人知己に手紙を書き送り『あなたにこの作品の値段については、一時たりとも後悔させることはありません。』と値頃感を売り込んでいます。

実際、ターフェルムジークは、186名の予約者を取り、初版は206部売れました。特別価格といっても金貨8枚ですし、間に出版業者を挟んでいないので、利益はテレマンが総取りでした。

ハイドンモーツァルトが出版業者のピンハネ海賊版に悩まされたのとは大違いです。

まさに音楽の天才でありながらビジネスの天才でもあったのです。

186人の予約者は、ドイツはもとより、フランス、スイス、オランダ、デンマークノルウェー、スペインにまで広がっていました。

そこにはそうそうたる王侯貴族に交じり、高名な音楽家の名前も見出せます。ヘーベンストライト、ビゼンデル、クヴァンツ…。

ただ、英国からはただひとり。「ヘンデル氏、音楽博士、ロンドン在住

ヘンデルは、この曲集からモチーフを16曲も流用しているのです。

そんなヘンデルのアレンジもチェックしながら聴いていきたいと思います。

なにぶんCDにして4枚の大曲集ですから、主要曲を抜粋していきます。

テレマン:『ターフェルムジーク 第1集』

Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 1

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲ホ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、弦楽と通奏低音

第1楽章 序曲

リュリ様式のフランス風序曲で、例によって付点リズムの荘重でゆっくりした「緩」の部分と、フーガ風の活発な「急」の部分に分かれ、緩ー急ー緩(最初の部分のダカーポ)ですが、「急」の部分は、テーマの間にフルートやヴァイオリンのソロが挟まり、テーマの部分が、イタリア・コンチェルトのリトルネッロのように扱われています。つまり、フランス風序曲の中にイタリア音楽を巧みに入れ込んでいるのです。まさにドイツ人テレマンの〝両国いいとこどり〟の例です。

最初の「緩」の部分は、ヘンデルがオラトリオ『アレクサンダーの饗宴』の序曲に借用していますので聴き比べてください。

【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『アレクサンダーの饗宴』HWV75 序曲

第2楽章 歓喜

序曲のあと、6曲の組曲が続きます。この「歓喜」は特定の舞曲、形式ではありませんが、ヘンデルの『王宮の花火の音楽』でも登場したように、祝祭には欠かせない楽章でした。生き生きとした活力あふれる音楽です。

第3楽章 ロンドー

フランス語の題名のついたフランス起源の曲が続いていきます。

第4楽章 ルール

フランスから来た、重いテンポの舞曲です。

第5楽章 パスピエ

同じくフランスから来た舞曲ですが、一転、軽いダンスです。シンコペーションのリズムが粋に響きます。

第6楽章 エール

フルートがまるでフランス・オペラの歌手のように叙情豊かに歌い、ソロ・ヴァイオリンがこれに和します。フランスの香りたっぷりですが、ヴァイオリンのソロは、ヴィヴァルディのコンチェルトを思わせるような動きも見せます。

第7楽章 ジー

短長のリズムが特徴的なジーグで、この曲は締めくくられます。

第2曲 四重奏曲 ト長調

編成:フルート、オーボエ、ヴァイオリン、チェロと通奏低音

第1楽章 ラルゴーアレグローラルゴ

この曲集の四重奏曲は、ハイドンの古典派のものとは違い、5つの楽器で演奏されます。この第1楽章も、さりげない室内楽的な趣ですが、実質的には「緩」「急」「緩」の、フランス風序曲の形式をとっています。最初の「緩」はシチリアーノの牧歌的なリズムで、フラウト・トラヴェルソオーボエの柔らかい絡み合いに癒されます。この屈託のない、安心して聴いていられるの寛いだ感じがテレマンの最大の魅力といっていいでしょう。

第2楽章 ヴィヴァーチェモデラートーヴィヴァーチェ

この曲の中核を成す楽章で、前楽章とは逆の「急」「緩」「急」の構成をとっており、対位法的な「急」に挟まれたモデラートは、ホモフォニックな響きを持ち、バロックから次の時代を予感させる未来志向の音楽です。

第3楽章 グラーヴェ

次の曲へのつなぎの短い楽章です。バッハのブランデンブルク協奏曲第3番の第2楽章を思わせます。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

第2楽章のテーマを英国風ジーグにアレンジした、軽快でご機嫌な楽章です。

第3曲 コンチェルト(協奏曲) イ長調

編成:フルート、ヴァイオリン、弦楽と通奏低音

第1楽章 ラルゴ

イタリアのコンチェルトですが、ヴィヴァルディのような「急」「緩」「急」の形式ではなく、コレッリ風の4楽章から成る教会ソナタの形式をとっています。

ゆっくりとした第1楽章は、フルートとヴァイオリンのソロと、オーケストラのトゥッティが抒情的に掛け合うところは、まさにイタリア風です。

第2楽章 アレグロ

颯爽とした、イタリアらしいリトルネッロ形式の楽章です。ソロとトゥッティの交替が実に鮮やかで、その跳ね上がるように生き生きとした上行進行を、ヘンデルはこれをオペラ『アタランタ』の序曲の「急」の部分に転用しています。

【参考曲】ヘンデル:オペラ『アタランタ』HWV35 序曲

第3楽章 グラツィオーソ

シチリアーノのリズムで、フルートが田園の中の小鳥のように歌います。チェンバロとともに通奏低音を担当していたチェロが、脇役から脱してソロ楽器として歌い始めるのも、実に微笑ましく感じます。

第4楽章 アレグロ

単なるリトルネッロ形式ではなく、力強い進行とソロの活躍が変幻自在で、飽きさせない展開のこの曲も、ヘンデルが気に入って、オラトリオの幕間で演奏したコンチェルト・グロッソ『アレクサンダーの饗宴』ハ長調に流用しました。ヘンデルの人気曲となったのは、テレマンの元ネタがよかったのか、ヘンデルのアレンジがよかったのか。いや、両者の奇跡の合作というべきかもしれません。

【参考曲】ヘンデル:コンチェルト・グロッソ『アレクサンダーの饗宴』ハ長調 HWV318 第1楽章

第4曲 トリオ・ソナタ 変ホ長調

編成:ヴァイオリン2、通奏低音

第1楽章 アフェトゥオーソ

弦のみの渋い編成にもかかわらず、充実した内容の曲です。アフェトゥオーソは〝情感豊かに〟という指示です。形式はこちらも教会ソナタを採っています。ゆったりと落ち着いた響きに癒される。2つのヴァイオリンが模倣し合い、掛け合いながら、装飾やオクターヴ跳躍などの妙技を見せます。

第2楽章 ヴィヴァーチェ

舞曲調の軽快な曲です。

第3楽章 グラーヴェ

2分音符を3連符に分割した独特のリズムで進行します。演奏者がアドリブで装飾できる余地を多分に用意した楽章です。

第4楽章 アレグロ

いくぶん焦燥感をはらんだ軽快な終楽章です。音域は広く、たった4人で演奏しているとは思えない充実した響きが楽しめます。

第5曲 ソロ・ソナタ ロ短調

編成:フルート、通奏低音

第1楽章 カンタービレ

フルート・ソナタロ短調といえば、バッハを思い出してしまいますが、もっとも暗いといわれるこの調では、テレマンも負けずに深い哀歌を奏でています。通奏低音は単に伴奏にとどまらず、フラウト・トラヴェルソとデュエットのように呼び交わしています。

第2楽章 アレグロ

フルートの技巧が光る、鮮やかな楽章です。

第3楽章 ドルチェ

〝甘く〟の指示通り、フラウト・トラヴェルソの柔らかい音色が、人のささやきのように、通奏低音の織りなす下地の上に響いていきます。

第4楽章 アレグロ

イタリア風ジーガの3拍子の舞曲で、哀調を帯びた踊りのテーマは、一度聴いたら心に残る印象的なメロディです。

ヘンデルはこの曲もオルガン・コンチェルトにアレンジしています。

【参考曲】ヘンデル:オルガン・コンチェルト 第15番 ニ短調 HWV304 第3楽章

第6曲 終曲 ホ短調

編成:フルート2、弦楽と通奏低音

第1集から、第3集まで、曲集の最後は1楽章の終曲(コンクルシオン)で締められます。このような形式の曲集はほとんどありません。楽器編成は、第1曲のフランス風序曲と同じですから、実質的にはその組曲の最後の曲が切り離され、全曲集の終わりに置かれた、ということです。

1楽章でありますが、「急」「緩」「急」の3部に分かれ、小さなシンフォニーのような充実ぶりです。最後までフルートの活躍が目立ち、第1集は壮大なフルート・コンチェルトと言っても過言ではありません。

 

次回は、トランペットの活躍する第2集です。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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