孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

地には平和あれ!穏やかで幸せな年になりますように。バッハ:ロ短調ミサ 第1部後半『グロリア』

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フラ・アンジェリコ『栄光のキリストと天使たち』

新年にふさわしい、栄光の賛歌

あけましておめでとうございます。

本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

相変わらずつたなく不完全な解説ではありますが、少しでもクラシックを楽しんでいただくご参考になれば幸いです。

今年2020年ベートーヴェン生誕250年にあたるベートーヴェンイヤー〟ですので、かの偉人についても取り上げていきたいですが、まずは、年末から続き、バッハのロ短調ミサを聴いていきます。

バッハが最初に新しく即位したザクセン選帝侯兼ポーランド国王に捧げた「ミサ曲」の後半、「グロリア」です。

〝栄光の賛歌〟と呼ばれるこの章は、どのミサ曲でも華やかな音楽ですが、バッハもどこまでも賑々しく、輝かしく、まぶしいばかりの曲に仕上げていますので、おめでたい新年に聴くのにふさわしいと思います。

まるで音楽でできた大聖堂

バッハは構成についても凝っていて、この章は下記の9曲から成るのですが、中心の『主なる神』を中心に、リズムや調性が左右対称のように配置され、さながら十字架のようです。

中世に建てられた大聖堂が上から見ると十字架の形をしているのに似ています。

また、合唱と、独奏楽器のオブリガートを伴った独唱曲が交互に配置されて、その音色は実に多彩。

1ページ、1ページをめくるのが楽しみな絵本のようです。

1.グロリア 5部合唱 ニ長調 3/8拍子

2.エト・イン・テラ・パクス 5部合唱 ニ長調 4/4拍子

3.ラウダムス・テ ソプラノⅡ独唱&独奏ヴァイオリン イ長調 4/4拍子

4.グラツィアス 4部合唱 ニ長調 4/2拍子

5.ドミネ・デウス 二重唱(ソプラノⅠ、テノール)&独奏フラウト・トラヴェルソ(フルート)ト長調 4/4拍子

6.クイ・トリス 4部合唱 ロ短調 3/4拍子

7.クイ・セデス アルト独唱&独奏オーボエ・ダモーレ(愛のオーボエ) ロ短調 6/8拍子

8.クォニアム バス独唱&独奏コルノ・ダ・カッチャ(狩りのホルン) ニ長調 3/4拍子

9.クム・サンクト・スピリトゥ 5部合唱 ニ長調 3/4拍子  

オーケストラと合唱団に対しての、バッハ先生のお悩み

さて、このようなバッハの教会音楽の合唱は、何人で歌われたのか、または何人で歌うのをバッハは想定していたのか、ということが、長い論争になっています。

バッハは、前回取り上げた、市当局との対立の中で、1730年に、このままでは教会音楽が立ち行かない、という危機感をもって、『整備された教会音楽のための短い、だがきわめて緊急なる草案、ならびに教会音楽の衰退に関する若干の意見』と題した、長文の上申書をライプツィヒ市参事会に提出しました。

その中で、最低限必要な編成として、オーケストラは、第1&第2ヴァイオリン各2~3、ヴィオラ4、チェロ2、コントラバス1、オーボエ2~3、ファゴット1~2、トランペット3、ティンパニ、としています。

これに対し合唱は、各声部3~4人、計12~16人と記されています。そして、独唱者(コンチェルティーノ)はその中からひとりが選ばれます。

当時は『第九』のように、合唱とソリストが厳然と分かれていたわけではなく、コレッリやヴィヴァルディのコンチェルト・グロッソ(合奏協奏曲)のように、全体演奏(トゥッティ)の部分は全員で演奏(合唱)し、ソロ部分(コンチェルティーノ)には、そのうちひとりが独奏(独唱)する、という形でした。

古楽器による古典派のピアノ・コンチェルトの演奏で、ピアノ奏者がオーケストラ部分でも一緒に通奏低音を弾くのもその名残といえます。

しかし、これはバッハの理想であって、実際この上申書を書いた時点でのバッハのオーケストラの手兵は、3人の正規ヴァイオリニストのほか、4人の流しの町楽師、ひとりの見習いのたった8人でした。

しかもその実力についてバッハは『彼らの資質や音楽知識について本当のことを語るのは、私の謙譲の美徳が許さない』と嘆いています。

ただ、この中の〝流しの町楽師〟のひとりは、何でも屋で生計を立てていますので、ひとりでヴァイオリン、オーボエ、フルート、トランペット、ホルンその他を極めて上手に演奏できたといいます。

それにしても人数的には貧弱と言わざるを得ません。

合唱は学生たちが担当していましたが、それはさらにひどく、バッハは54人のうち、『17人は使えない、20人は見込みはあるがまだ使えない、17人は歌唱の適性なし』と断じ、名指しでダメ出しをしています。

まあ、ただでさえ高難度の曲を〝音楽の父〟が満足するようなレベルで歌うなんて、現代のプロだって容易ではないでしょうが…

5人の〝合唱〟!? リフキンの衝撃学説とは

というわけで、バッハの作品の多くの実際の演奏は、その理想に反して、驚くほど少人数でされていた、という可能性が高いのです。

それに基づき、演奏家音楽学者のジョシュア・リフキンが1980年初頭に、バッハの合唱は、各声部1名で歌われた、という新説を提唱し、大論争を巻き起こしました。

これは、「OVPP(One Voice Per Part)」と呼ばれています。

論拠はたくさんあるのですが、大きな証拠としては、このようなバッハが置かれていた演奏環境とともに、残されたパート譜が各声部1部ずつしかない、ということが挙げられています。

いやいや、たまたま残っていないだけだ、または1部の楽譜を何人かで見たのだろう、と反論されましたし、このロ短調ミサでも6声や8声部の曲もある、また楽譜にはっきりと「ソロ」と書き込まれているので、その他大勢もいたはずだ、という説得力のある主張もあります。

ただ、バッハが〝やむを得ず〟少人数で演奏した、ということを否定する材料もありません。

バッハ当時の響きを再現した演奏とは?という命題にはまだ決着がついていないのです。

しかし、論争は置いといたとして、OVPPでの演奏の、なんと素晴らしいことか!

合唱ではぼやけがちな声の輪郭がはっきりと聴こえてきて、実に感動的なのです。

実際のコンサートでは、音量そのものは物足りなく感じることもあるかもしれませんが、自分で自在に音量を調節できる今のオーディオ環境で聴けば、全く問題ありません。

教会の音響環境を考えると十分迫力もありそうです。

私が古楽器演奏が好きなのは、奏者の息遣いが聞こえてきそうな、少人数での演奏に魅了されているのも大きな理由のひとつなのですが、OVPPにはそんな魅力があるのです。

今回取り上げた、ダニーデン・コンソートの演奏が使っている楽譜は、リフキンがバッハの手稿譜に後世加えられた他人の加筆や修正などを省き、バッハが意図した本来の姿に限りなく近い形として、2006年にブライトコップ社から出版されたものです。

従来の合唱版も素晴らしいですが、こちらもぜひ味わってみていただければと思います。

バッハ:ロ短調ミサ BWV232 『グロリア』

Johann Sebastian Bach:Mass in B Minor, BWV232,  Mass(Gloria)

演奏:ジョン・バット(指揮)ダニーデン・コンソート&プレーヤーズ、スーザン・ハミルトン(ソプラノ)、セシリア・オズモンド(ソプラノ)、マルゴット・オイツィンガー(アルト)、トーマス・ホッブステノール)、マシュー・ブルック(バス)

John Butt & Dunedin Consort & Players

使用楽譜:ジョシュア・リフキン校訂ブライトコップ版/2006年

第4曲 グロリア

5部合唱

いと高きところに栄光、神にあれ

ティンパニを伴った3本のトランペットが賑々しく、3拍子で3和音を奏で、神の栄光を讃えます。この〝3づくし〟は、三位一体を象徴していると考えられています。思わず体が動いてしまうような強烈なリズム感です。グロリアの各章句にそれぞれ多彩な曲をつけていくのは、18世紀によくみられた「ミサ・コンチェルティーナ(協奏スタイルのミサ曲)」の手法で、以前取り上げた、モーツァルトの『ハ短調ミサ』や、ハイドンのミサにも受け継がれています。バッハは後年、1743~46年頃に、この曲も含めた4曲をこのミサ曲から抜粋してカンタータBWV191)に転用しています。

www.classic-suganne.com

第5曲 エト・イン・テラ・パクス

5部合唱

しかして地には平和、善き心の人々にあれ

天の栄光を讃えたすぐ後に、切れ目なく合唱はテンポを落とし、安らかに地上の平和を祈ります。金管は沈黙し、ため息のような合唱はそのまま穏やかに終わると思いきや、やがてフーガが始まり、弦、木管金管が順次加わって、地上の祈りは香煙となって立ち昇り、再び天上の栄光に戻っていきます。今年こそ、紛争や災害のない、平穏な年になりますように!

第6曲 ラウダムス・テ

ソプラノⅡ

われら汝を頌めまつる

われら汝を讃えまつる

われら汝を拝しまつる

われら汝を崇めまつる

独奏ヴァイオリンが陽気に歩くようなフレーズを奏で、ソプラノⅡが喜びに満ち溢れた賛歌を歌います。トリルを交えた華やかな技巧の装飾は、まさにオペラの一幕を見るようです。

第7曲 グラツィアス

4部合唱

われら汝に感謝を捧げまつる

大いなる汝の栄光のゆえに

一転、古い教会音楽の様式に戻り、中世のような4声の声楽ポリフォニーになります。暗い大聖堂の中で、まばゆいステンドグラスを仰ぎ見るかのようです。そのうち、曲が進むにつれて、トランペットとティンパニがだんだんと加わり、再び天上に誘われ、神の栄光に満たされるのです。どこまでも崇高な音楽ですが、実は、参事会議員の交替セレモニーのために作られた旧作カンタータ(BWV29)の冒頭合唱の流用なのです。見事な職人芸といえます。 

第8曲 ドミネ・デウス

二重唱(ソプラノⅠ、テノール

主なる神、天の王、全能の父なる神よ

主なるひとり子、いと高きイエス・キリスト

主なる神、神の子羊、父の御子

フラウト・トラヴェルソ(フルート)が愛らしい調べを奏でる中、ソプラノⅠとテノールが美しいデュエットを繰り広げます。オペラの中の愛の場面を見るかのようです。ヴァイオリンのフルートを支えるような響きや、チェロのピチカートが彩りを添えています。ふたりの声は模倣と合体を繰り返しますが、それは歌詞にある「父」と「子」が一体であることを表わしています。

第9曲 クイ・トリス

4部合唱

汝、世の罪を除く者よ、われらを憐みたまえ

汝、世の罪を除く者よ、われらの願いを受け入れたまえ

一転、ロ短調の不思議な世界に入ります。2本のフルートが控えめに、カノン風のオブリガートで、憐みを乞う心情を表わします。カンタータ『思い見よ、かかる苦しみのあるやを』(BWV46)の冒頭合唱からの流用ですが、より神秘さが際立っています。

第10曲 クイ・セデス

アルト

汝、父の右に座したもう者よ、われらを憐みたまえ

アルトの独唱に、オーボエ・ダモーレがオブリガートをつとめます。〝愛のオーボエ〟と呼ばれるだけあって、表情が実に豊かです。前曲に続いて、ロ短調で、神の右に座す者、すなわちイエス・キリストに直接憐みを訴える歌です。バッハがアルトに歌わせると、独特の哀切極まりない情感が広がります。 

第11曲 クォニアム

バス

聖なるはひとり汝のみ

主なるはひとり汝のみ

至高なるはひとり汝のみなれば、イエス・キリスト

コルノ・ダ・カッチャのオブリガートを伴ったバスのアリアですが、〝狩りのホルン〟だけあって、野外的なおおらかさを感じます。ホルンのオクターブの上昇は憧れを表わしているとされ、救世主イエスを慕う気持ちを歌い上げます。

第12曲 クム・サンクト・スピリトゥ

5部合唱

聖霊とともに父なる神の栄光のうちにおわす

アーメン

前の曲から切れ目なく、いきなり壮麗な合唱が始まり、聴く人を驚かせます。そして、全楽器、全歌い手が参加して、めくるめく技巧で神の栄光を讃えていくさまには、ただただ圧倒されるばかりです。バッハの合唱の中でも最高傑作といっていいでしょう。中間部では、通奏低音のみのア・カペラ合唱も取り入れられています。前半はホモフォニックな響きですが、後半はポリフォニックなフーガとなり、トランペットがすさまじいばかりの超絶技巧を繰り広げ、大変な盛り上がりのうちに曲を閉じます。最初にザクセン選帝侯に捧げられた「ミサ曲」では、この曲がフィナーレを飾るので、バッハがこの曲に込めた気合が伝わってきます。何度も聴きたくなる音楽です。 

5人ではなく、通常の合唱編成で歌われた演奏も掲げておきます。ガーディナーの新録音です。

 

次回は、バッハ晩年に書かれた第2部「ニケーア信条(クレド)」です。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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