孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

作曲当時から大人気だった、クラシックの代表作。ヴィヴァルディ:協奏曲集『四季』より第1番『春』

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ボッティチェリプリマヴェーラ(春)』

クラシック音楽の代表選手

ヴィヴァルディの協奏曲集『和声と創意への試み 作品8』を聴いてきました。順番は逆になりましたが、今回から冒頭の4曲を取り上げます。

この4曲は独立して協奏曲集『四季』として親しまれています。

言うまでもなく、クラシック音楽、ことにバロック音楽の代表選手です。

クラシック音楽と言えば?とアンケートをしたら、『運命』と『四季』の1位争いとなることでしょう。

そのきっかけは、これも言うまでもなく、1952年に結成されたイ・ムジチ合奏団によるレコード録音の大ヒットです。

特に、四季の移り変わりを愛でる国民性の日本人のハートを鷲づかみにし、クラシックのレコードとしてはミリオンセラーの金字塔を打ち立てています。

私も40数年前にもなろうという幼少の頃、父の友人からたくさんもらったレコードの中に『四季』があり、楽しく聴いていましたが、どういうわけかしばらくの間、第1番『春』の第1楽章を〝春〟、第2楽章を〝夏〟、第3楽章を〝秋〟と思い込んでいて、〝冬〟が無いなあ?などと思っていたのを記憶しています。その謎は、小学校に上がって音楽の授業で解決しましたが。

ヴィヴァルディの大いなる実験とは

『四季』はいくつかの点で、ヴィヴァルディによる実に大胆な実験作品といえます。

まずはなんといっても、テーマをもったコンチェルト、標題音楽だということです。

1曲ずつ、それぞれの季節を題に持つばかりでなく、各曲にソネット、つまり14行の定型詩がつけられており、まるで台本に曲をつけるがごとく、その内容に沿った音楽になっています。

歌詞に曲をつけるのではなく、詩の情景を、抽象的な音楽で現出した作品は、ほかにほとんど例を見ません。

ソネットは韻を踏んでいますので、日本の和歌や俳句よりも、漢詩に近い形式です。

この曲につけられたソネットは作者不明ですが、ヴィヴァルディ本人という説も有力です。

神ではなく、自然が主人公

次の特徴は、テーマが純然とした〝自然〟であることです。

中世以来、芸術のテーマはほとんど宗教がらみですが、『四季』の内容には、お決まりの、神への讃美などが全く含まれていません。

これは、啓蒙思想が広まった18世紀の風潮によるものです。

絵画の世界でも、これまでの宗教画の枠を脱し、自然の情景をメインに描いた風景画が登場していました。

ヴェネツィアはその発信地のひとつでしたので、ヴィヴァルディは、風景画を音楽にしてみよう、と試みたのです。

それは、宗教の呪縛から人を解き放ち、人間らしさを取り戻す革命でした。

ヴィヴァルディは〝在俗の司祭〟とはいえ、身分はれっきとした聖職者のくせに、神を讃える曲は『グロリア』ほか数曲しか作らず、ドロドロの恋愛模様を描いたオペラや、考えようによっては教会への反抗といえる、このような曲ばかり作り続けた、というわけです。

不良聖職者とされたヴィヴァルディ

実際、ヴィヴァルディは教会のお偉方から睨まれて、追放の憂き目に遭ったこともありました。

1736年、彼は北イタリアの都市フェラーラで、その地の有力貴族イード・ベンティヴォーリオ・ダラゴナ侯爵の保護のもと、オペラ興行をするのですが、翌年、教皇特使トマゾ・ルッフォ枢機卿によって、〝ミサを執り行わず、歌手ジロー嬢との友情にうつつを抜かすけしからん聖職者〟と糾弾され、同地から追い出されてしまうのです。

窮地に立たされたヴィヴァルディは侯爵に宛てて、必死の自己弁護の手紙を書いています。

私にできる最良のことは、私は家で、机に向かって行っています。このために私は9人の王侯と文通するという栄誉を得ており、私の手紙は全ヨーロッパを回っています。この命令は私の破滅を意味します。30年というもの私は女子孤児院ピエタの教師でした。そして何の醜聞も起こさなかったのです。(1738年の手紙)

私の名前と私の名声をもって、私は全ヨーロッパを相手にしているのです。ともあれ、94曲のオペラを作曲したあげくにこのような目に遭うのは耐えられません。閣下、私は絶望しています。お願いですから私をお見放しにならないでください。私から名誉を取り上げることは、私から命を取り上げることです。目に涙を浮かべて御手に口づけをしつつ。(1739年の手紙)

ヴィヴァルディのオペラは多くが失われていますが、いくらなんでも94曲というのは〝盛りすぎ〟といわれています。

しかし、ヴィヴァルディの人気が全ヨーロッパに広がっていたのは事実で、彼を追放した枢機卿の方も、そのあまりの堅物ぶりで街中の人々から嫌われ、ほどなく辞任に追い込まれています。

聴衆はヴィヴァルディの味方だったのです。

ルイ15世、『今すぐ「春」が聴きたい!』と言い出す

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ルイ15世(1710-1774)

ヴィヴァルディを保護した王侯は、これまで取り上げたメディチ家トスカーナ大公らイタリアの君主たちのほか、最後に彼をウィーンにまで招いたハプスブルク家神聖ローマ皇帝カール6世が有名ですが、フランスでも絶大な人気を博していました。

フランス王ルイ15世の結婚式や、王女の誕生などの機会に、ヴィヴァルディは大使の依頼で壮大な音楽を提供しています。

ルイ15世自身も『四季』が大のお気に入りで、1730年11月25日、突然『ヴィヴァルディの「春」が聴きたい!』と言い出し、廷臣たちに『今すぐお前らで演奏しろ!』と命じたことを、当時の新聞『メルキュール・ド・フランス』紙が報じています。

我々は、ある曲が急に聴きたくなる、ということがあったら、ほとんどすぐ聴くことができますが(ただ、そんなに昔のことではなく、ネット、スマホが普及してからのことですが)、もちろん当時は王侯にしかできないことでした。

ただ、楽器演奏が嗜みのひとつである貴族たちにとっても、これはムチャぶりだったのでしょう。新聞が報道するほどですから。

ともあれ、『四季』は、クープランやラモーが標題をもったクラヴサン作品を書いたように、具象的な標題音楽が好まれたフランスで、特に人気を博したのです。

www.classic-suganne.com

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 『四季』は戦後にイ・ムジチ合奏団によって〝発掘〟され、ポピュラーになったのは間違いありませんが、作曲当時も大変な人気だったわけです。

それでは、いつものビオンディによる古楽器演奏で、第1番『春』から聴いていきましょう。

聴き慣れた曲ではありますが、ソネットも掲げますので、音楽と一緒に味わっていただければと思います。訳は私の意訳ですので正確性はご容赦ください。

また、中世の豪華写本『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』に描かれた、12の月の絵をそれぞれの楽章に掲げますので、あわせてお楽しみください。

ヴィヴァルディより300年ほど前の15世紀に作られたものですが、中世ヨーロッパ人の四季折々の生活風景を彷彿とさせてくれます。

ヴィヴァルディ:『和声と創意への試み 作品8』〝四季〟第1番 ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 RV242『春』

Antonio Vivaldi:Il cimento dell'armonia e dell'inventione op.8, "La quattro stagioni" no.1 Concerto E-dur, RV269 “La primavera”

演奏:ファビオ・ビオンディ(指揮とヴァイオリン)、エウローパ・ガランテ

Fabio Biondi & Europa galante

第1楽章 アレグロ

Giunt' è la Primavera e festosetti

春が来た、はしゃぐかのように

La Salutan gl' Augei con lieto canto,

小鳥たちは陽気に歌い、喜び迎え

E i fonti allo Spirar de' Zeffiretti

泉は西風のいぶきに誘われ

Con dolce mormorio Scorrono intanto:

優しくささやきながら湧き流れる

Vengon' coprendo l'aer di nero amanto

やがて黒いマントが空を覆い

E Lampi, e tuoni ad annuntiarla eletti

春雷がとどろき、稲妻が光る

Indi tacendo questi, gl' Augelletti

嵐が通り過ぎると、小鳥たちはふたたび

Tornan di nuovo al lor canoro incanto:

魅惑的な声で歌いはじめる

5回のトゥッティ(合奏)、4回のソロ(独奏)からなる、おなじみリトルネッロ形式です。独奏はヴァイオリン1台、合奏はヴァイオリン2部、ヴィオラ、チェロ、コントラバス通奏低音ですが、通奏低音以外は複数楽器が要求されています。それは、トゥッティ部分でも、合奏者の中からソロ演奏が要求されることがあるからです。とても凝った作りの曲なのです。

第1トゥッティが ソネット『春が来た』を表します。とてもリズミカルで、ワクワクするようなこの有名な始まり部分は、2つのモチーフから成っています。

続く第1ソロが『小鳥たちの歌』ですが、トゥッティの第1、第2ヴァイオリンもソロで演奏するよう指示がありますので、3人のソロ・ヴァイオリンが呼び交わしながら、トリルで小鳥の楽し気なさえずりを模倣します。

第2トゥッティは『泉の流れ』を表します。雪解け水が森の中からこんこんと湧き出て、清澄に流れるさまが彷彿とします。

第2ソロは『雷鳴』で、合奏が轟く春雷を、ソロ・ヴァイオリンが閃く稲妻を見事に描きます。まさに季節の変わり目の不安定な天候を示します。

第3ソロは再び『小鳥たちの歌』になりますが、今度は春の嵐に怯えたように、弱々しく短調の影が差します。

第4ソロは短いですが、伸びやかな春の日差しのように歌い、最後のトゥッティが春の訪れを祝うかのように曲を閉じます。

ルイ15世ヴェルサイユ宮殿で突然廷臣たちに演奏を命じたのは、これから冬に向かう11月も末のことでした。どんどん日が短くなり、陰鬱な冬が近づいてきますが、神から王権を授けられたとされるフランス王の力をもってしても、季節のめぐりを変えることは叶いません。せめて、音楽による春の〝バーチャル体験〟をしようとしたのかもしれません。

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ベリー公のいとも豪華なる時祷書『3月:牛に鋤を引かせる農夫』

『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』は、フランス・ヴァロア朝第2代の王、ジャン2世の三男で、第3代シャルル5世の弟、ベリー公ジャン1世(1340-1416)がランブール兄弟に作らせた装飾本です。

「時祷書」は、自分専用に祈祷文、賛歌、暦などをまとめた、いわば〝マイ・ダイアリー〟です。

この時祷書は、王族が作らせただけあって、その中でも傑作とされており、中世の装飾写本の中でも白眉といわれています。

あまりに凝っているため、ランブール兄弟もベリー公も、その存命中には完成せず、制作は他の職人たちに受け継がれ、完成には100年近くかかったとされています。

数々の王侯の手に渡り、現在はシャンティイ城のコンデ美術館に非公開で所蔵されています。

羊皮紙206葉から成り、特にここに掲げる暦には、中世の人々の季節の暮らしが細かく表現されていて、史料的にも美術的にも最重要な作品であり、ヴィヴァルディの音楽にぴったりだと思うのです。

この『3月・牛に鋤を引かせる農夫』は、ベリー公の居城を背景に、春になって雪が消えた畑を、農夫たちが牛に有輪鋤を引かせて耕し、また葡萄の木々の手入れや種まきをしている情景が描かれています。来るべき豊穣の大地を期待させる、早春の風景です。

第2楽章 ラルゴ

E quindi sul fiorito ameno prato

ここ、花盛りの美しい牧場では

Al caro mormorio di fronde e piante

木々の葉が優しくささやき

Dorme 'l Caprar col fido can' à lato.

羊飼いは忠実な犬をかたわらに眠る

場面は一転、のどかな牧場に変わります。嬰ハ短調の響きは、決して陰鬱ではなく、駘蕩とした春の昼下がりの情景を現出しています。ソロ・ヴァイオリンは伸びやかな旋律で、木陰で眠りこける羊飼いを、第1、第2ヴァイオリンは、そよそよとした春風に揺らぐ木々の葉を、ヴィオラは、眠る主人に代わって警戒を怠らない忠実な牧羊犬が、ワンワンと吠える声を表現しています。音楽の調子、各楽器の役割はずっと変わることなく、時間が止まったかのようで、まさに一幅の風景画といえます。

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ベリー公のいとも豪華なる時祷書『4月:王子の結婚』

春爛漫、木々が萌え出ずる中で、王子が結婚式を行っています。左端には式を終えたばかりの司祭が見守る中、二人の仲人が取り持ちながら、新郎新婦が指輪を交換しています。当時の王族は政略結婚でしたから、新郎新婦も結婚式が初対面となるのが普通でしたが、王子の表情は実にうれしそうで、花嫁に一目惚れしたようです。かたわらでは侍女たちが春の草花を摘み、花嫁を飾るブーケを作ろうとしています。空や服の群青色が目に鮮やかですが、これには、遠くアフガニスタンでしか採れない高価なラピスラズリがふんだんに使用されています。〝いとも豪華なる〟と呼ばれるゆえんです。幸せな〝人生の春〟の場面です。

第3楽章 アレグロ(田園舞曲)

Di pastoral Zampogna al suon festante

牧人の陽気な笛の調べに合わせ

Danzan Ninfe e Pastor nel tetto amato

ニンフと羊飼いは踊る

Di primavera all'apparir brillante.

輝くばかりの春の装いの中で

4回のトゥッティ、3回のソロによるリトルネッロ形式です。第1トゥッティの持続低音は、ラモーのオペラ・バレエに出てきたミュゼットバグパイプのような牧歌的な楽器)を模しています。その上に、幸せな気分に満ちた軽やかな旋律が歌われます。春爛漫の田園風景が目の前に広がります。

ソロ・ヴァイオリンは、チェロと通奏低音に支えられて、春のニンフ(妖精)たちと羊飼いのダンスを表現していきます。

第2トゥッティは嬰ハ短調の影を差し、明暗の見事な対比が、春の女神たちの高貴で優雅なたたずまいを彷彿とさせます。

第2ソロはソロ・ヴァイオリンが小刻みな動きで、変化に富んだ踊りを見せます。まさに冒頭に掲げたボッティチェリの名画『春(プリマヴェーラ)』のバックに流れているかのような音楽です。

最後のトゥッティは、春霞がたなびく遠い山々に消えていくように曲を閉じます。

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ベリー公のいとも豪華なる時祷書『5月:若葉狩り』

ヨーロッパには、5月1日に豊穣の女神マイアを祭り、夏の豊穣を祈って供物を捧げる『五月祭』を行う習慣があります。キリスト教以前の古代ローマに起源をもつ行事で、村にはメイポールが立てられ、春の訪れを祝います。この絵は、貴族たちによる伝統行事『若葉狩り』の場面です。左手奥では高らかにトランペットが吹き鳴らされ、貴族たちが騎馬行進しています。左の馬上、青い豪華な服を着た人物がベリー公で、令嬢の嫁入り行列、という説もあります。輝くばかりの木々の若葉が目に沁みるようです。

 

さて、現実世界も日々春めいてきましたが、新型コロナウイルスのせいで、とても喜ぶ気分にはなれません。しかし、人間に恵みも災いももたらすのが大自然。本格的な春の訪れとともに、早くこの災厄が去ってくれるのをひたすら待ち望むほかありません。

 


Vivaldi Four Seasons: Spring (La Primavera) complete, Alana Youssefian & Voices of Music RV 269 4K

 

次回は『夏』です。 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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