孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

愛しい木陰。『オンブラ・マイ・フ』(ヘンデルのラルゴ)~古楽器で聴く結婚式の定番曲(2)

結婚式の定番曲、2曲目はヘンデルの『オンブラ・マイ・フ』です。

速度表記をとって『ラルゴ』とも呼ばれます。

結婚式や披露宴では、オルガンやオーケストラだけで奏でられますが、原曲はオペラの歌です。

オペラ『セルセ』の冒頭、ペルシア大王のクセルクセス(オペラで使われるイタリア語でセルセ)が、感慨を込めてプラタナスの木陰で歌います。 

Ombra mai fù

di vegetabile,

cara ed amabile,

soave più

かつて、これほどに愛しく、優しく、

心地よい木陰はなかった

南仏の思い出

この曲をイメージする一人旅の思い出があります。

10年以上前ですが、パリに未明に着き、リヨン駅からTGVに乗って南仏に向かいました。

白々と夜が明けて、フランスののどかな田園風景が朝日に輝きます。

降りた町はアヴィニョン。中世の一時期にはローマ教皇庁が置かれていた古都です。

まずホテルにチェックインしたのですが、それが『クロワトル・サン・ルイ』という、16世紀の修道院を改築したホテルで、たいへん雰囲気のある、素晴らしいところでした。

白い回廊に囲まれた中庭には何本ものプラタナスの老大木があり、南仏の強い日差しが木漏れ日となって揺らいでいます。

そのプラタナスに手を置くと、頭の中には『オンブラ・マイ・フ』が流れました。まさに、歌詞の通りの情景でしたから。

都内の街路樹にもプラタナスは使われていますが、車が激しく通る横では、こんな感慨に浸ることはできませんね。

地元の銘醸ワイン『シャトーヌフ・ドュ・パプ』とともに、アヴィニョンは私にとってかけがえのない町になりました。  

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南仏アヴィニョンのホテル『クロワトル・サン・ルイ』

カストラートの光と影

さてこの歌は、実は結婚式にはふさわしくないエピソードなのですが、カストラート、すなわち去勢歌手のために書かれました。

カストラートは、少年のうちに去勢手術を行うことによって、男性ホルモンの分泌を抑えて変声期が来ないようにした男性歌手です。

そうすると、美しい天使のようなボーイソプラノのまま、大人の体格と肺活量で歌えるようになるので、劇場全体を圧倒する、それはそれは魅惑的で官能的な声になったそうです。

まことに非人道的なことですが、起源については、聖書にあるパウロの言葉に〝婦人は教会では黙っていなければならない〟とあるので、カトリック教会で賛美歌を歌う際に、女性歌手の代わりに導入された、という説があります。しかしこれが本当なら、おそらくパウロは教会でおしゃべりに夢中になっている女性たちに業を煮やして書いたのでしょうから、拡大解釈もいいところです。大人たちのエゴでそうした歌手が生み出させていったのでしょう。

いずれにしてもトップクラスのカストラートは、今のスーパーアイドルのように全ヨーロッパに名声がとどろき、もてはやされたのです。

ヘンデルはロンドンでのオペラ興行のため、時々イタリアに渡っては有望なカストラート雇用契約を結んでいました。

最も有名なカストラートファリネッリで、その栄光と悲劇、またヘンデルとの確執を描いた映画があります。原題はそのまま『ファリネッリ』ですが、邦題は『カストラート』で、1994制作です。

課題はカストラートの声ですが、今はもちろん存在しないので、どう再現するかでした。

当時の記録ではカストラートの音域は広く、ファリネッリは3オクターブ半あったということですので、女声ソプラノでも、ファルセット(裏声)で歌う男声カウンターテナーとも違います。

この映画では、電子音楽技術を駆使して、男声と女声を巧みに合成し、カストラートの声の再現を試みています。

当時のバロックオペラの様子もよく分かり、素晴らしい映画になっています。

ヘンデルがやや“やな奴”に描かれているのが、ヘンデリアンでもある私としてはいささか・・・ですが 笑   

※この映画ではオンブラ・マイ・フは出てきません。 その代わり、同じくヘンデルの素晴らしいアリア『涙流るる』がクライマックスを作っています。

 

さて、そんなわけで現代にはカストラートはいないので、オリジナルといっても無理です。そこで、代役としては女声のソプラノか、男声のカウンターテナーになりますが、私としてはカウンターテナーの方がイメージが近いように思います。

そこで、カウンターテナーのものをご紹介します。

ヘンデル『セルセ』より第1幕第1場『オンブラ・マイ・フ』

Handel Xerxes-Ombra mai Fu : Largget

歌:デイヴィッド・ダニエルズ(カウンターテナー) David Daniels

演奏:サー・ロジャー・ノリントン指揮ジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメント管弦楽団

Sir Roger Norrington & The Orchestra of the Age of Enlightenment 

 

この曲が日本で一躍有名になったのは、1986年のニッカウヰスキーのCMで、ソプラノ歌手キャスリーン・バトルが歌ったことによります。私も、このCMを見てこの曲を知ったのですが、本当に、こんな美しい曲があるものか、と驚いたものです。ただ、当時は〝アメイジンググレイス〟の仲間のようなイメージで、そんなに古い曲とは思っていませんでした。


キャスリーン・バトル(Kathleen Battle) - オンブラ・マイ・フ(Ombra mai fù)

このCMの反響は大きく、スーパーニッカの売上は2割増となったそうです。

やはり、クラシックと酒は相性がいいようですね。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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