主人である伯爵が、自分の花嫁を狙っている・・・?
スザンナ本人からその話を聞いたフィガロはもちろん、怒り心頭です。
(レチタティーヴォ)
フィガロ(独白)
上出来じゃないですか、ご主人様!
あなたのたくらみが、よ~く分かってきましたよ
ロンドンへですってね
あなたは大使、私はパシリ、スザンナは影の大使夫人・・・
でもそうはさせませんよ、フィガロがいますからね!
フィガロは、スペイン風の舞曲の調べにのせて、やんわりと伯爵への対抗心を歌います。
第3曲 フィガロのカヴァティーナ『踊りをなさりたければ』
フィガロ
踊りをなさりたければ、伯爵様、ギターを弾いて差し上げましょう
私に入門なさりたいなら、カプリオーラをお教えしましょう
私は何でも知ってますよ・・・おっと、黙っておこう
相手の計画は、見て見ぬふりをしているに限る
うまい手を考え、相手の裏をかき、ここでは意地悪をし、あそこではとぼけ、全てのたくらみをひっくり返してやる!
踊りをなさりたければ、伯爵様、ギターを弾いて差し上げましょう
私に入門なさりたいなら、カプリオーラをお教えしましょう
(退場)
モーツァルトのオペラでは、危険なセリフは削除されていて、伯爵に反抗心を示すのはこの場面くらいなのですが、ボーマルシェの原作では、もっと過激です。
この場面でも伯爵批判を繰り広げるのですが、最も有名なのは第5幕の、演劇史に残る長い独白です。一部を引用します。
そりゃいけませんよ、伯爵閣下、彼女(あいつ)ばかりは渡せません・・・渡してなるものか。貴方は豪勢な殿様というところから、御自分では偉い人物だと思っていらっしゃる!貴族、財産、勲章、位階、それやこれやで鼻高々と!だが、それほどの宝を獲られるにつけて、貴方はそもそも何をなされた?生まれるだけの手間をかけた、ただそれだけじゃありませんか。おまけに、人間としてもねっから平々凡々。それにひきかえ、この私のざまは、くそいまいましい!さもしい餓鬼道に埋もれて、ただ生きてゆくだけでも、百年このかた、エスパニヤを統治(おさ)めるぐらいの知恵才覚は絞りつくしたのです。ところで貴方はこの私と勝負をなさるおつもりですな。*1
身分制度が厳重だった時代に、『貴族なんて、その家にたまたま生まれただけのくせに、何を威張っているんだ?』などと公言するのは大変なことです。
上演前にこの朗読を聞かされたルイ16世が激高したのも無理はありません。
『これの上演を許すくらいなら、バスティーユ監獄を破壊する方が先だ!』
しかし、この劇にフランス貴族たちは余裕で大笑いしていました。毒のあるブラックジョークほど面白い、というわけです。これが平民の心の叫びとまでは思い至りませんでした。数年後には平民の怒りは爆発して、ギロチンにかけられたり、亡命を余儀なくされたりする運命が待っているというのに。
ルイ16世は凡庸な国王と思われていますが、ひとり危機感を持っていたのですから、さすがはトップ、と言わねばなりません。抜本的な対処はできませんでしたが。
次回は、伯爵に挑戦しようとするフィガロに、横から邪魔が入ります。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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