全員退場したあと、アントニオの娘バルバリーナが、ケルビーノを連れて現れます。
窓から飛び降りて逃げたケルビーノは、バルバリーナにつかまっていたのです。
バルバリーナはケルビーノが好きで、奥様のものに娘たちでお花を捧げに行くから、自分の部屋で娘の恰好をして一緒に行こう、と引っ張っています。
ケルビーノは、今度こそ伯爵に見つかったら…と渋っていますが、バルバリーナの強引さに逆らえず、そのまま引かれていってしまいます。
バルバリーナにまかせなさい、と、ナゾの自信ですが、その根拠は後にわかります。
裁判の結果、事態が変転しているのを知らない伯爵夫人。
スザンナからまだ何の知らせがないのを不安がり、独りで物思いにふけっています。
そしてアリアを歌います。
これは、先に歌われたアルマヴィーヴァ伯爵のアリアと対になっており、夫の愛が冷めたことを歌う第2幕の冒頭のカヴァティーナを、さらに本格的にした、感動的なアリアです。
第19曲 伯爵夫人のレチタティーヴォとアリア『スザンナはまだかしら~あの喜びはどこに』
伯爵夫人
(レチタティーヴォ・アコンパニャート)
スザンナはまだかしら
スザンナの申し出に、伯爵はどう答えたのかしら
あの嫉妬深い夫にはこの計画は大胆すぎたかもしれないけど…
でも、悪いことじゃないわ
私がスザンナの服を着て、闇の中で…
ああ、でもなんでこんなことまでしなければならないの…
あのひどい夫のせいで・・・!
あの人は、不義と、嫉妬と、侮辱を織り交ぜて、
初めは私を愛し、次には軽んじて、ついには裏切ったのよ…
そしてついには、召使いの力まで借りなければならないなんて…
(アリア)
どこに行ったのかしら
あの甘く楽しい日々は
どこに消えたのかしら
あの嘘つきの口が誓った言葉は
すべてが涙と悲しみに変わってしまっても
あの幸せな思い出が胸から消えないのはなぜ?
ああ、でも、一途にひたすら愛し続ければ
あの人が心を変えてくれる望みもあるかもしれない
夫の愛が冷めたのを嘆く妻の気持ち。
幸せが永遠に続くと思っていたのに、いつの間にか涙にくれる日々になってしまった。
それでも、あの頃の幸せな思い出は胸から消えることはない。
モーツァルトの音楽は、この孤独な女性の心の声を、劇場に満ちた聴衆たちに伝えていきます。
切々と、心に沁み入る旋律です。
そして歌の最後、自分の誠意があの人の心を変えてくれるかも、という、一縷の望みを歌う時、明るい希望の光が差します。
人は、希望がなくては生きていけません。
それがたとえ、叶う見込みの薄いものであっても。
その希望にすがる伯爵夫人の歌は、実際の舞台で聴くと、全劇場が震えるような感動に包まれます。
私もこの部分では涙を抑えることができません。
伯爵の男の理屈のアリアに共感しつつも、女性のこの深い気持ちには勝てないのです。
テノールやバスも魅力的なのですが、女性が思いを込めて歌うソプラノには、電撃に打たれたような抗いがたい力があります。
伯爵夫人のアリア、クルレンツィス版はこちら。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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