バッハ×グレン・グールドの最強タッグ、次はバッハの平均律クラヴィーア曲集です。
第1巻と第2巻のふたつがあり、いずれも鍵盤楽器音楽の最高峰といえます。
19世紀の偉大な指揮者、ハンス・フォン・ビューローが、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ集を〝新約聖書〟、バッハの平均律を〝旧約聖書〟と呼んだのは有名です。
私にとっても、何度聴いても飽きない、人生、生活とともにあった、かけがえのない曲です。
バッハはこの曲集で、〝平均律の良さ〟を証明することを意図しました。
『平均律』とは、ピアノなど鍵盤楽器の調律方法の一種です。
音律は自然のものですが、純粋なハーモニーが生まれるようにすると、1オクターブがなぜかうまく割り切れないために、音がズレて、濁る和音が生まれてしまいます。
純正に響く和音だけで曲を作ることもできるので、そのような調律法が古来あったのですが、バッハは、全ての調性を使えた方が表現の幅が広がるため、ズレを全ての音に平均的にまぶす調律法を支持しました。それが平均律です。
いわば、全部微妙に濁って響くわけですが、気になるような範囲ではなく、それよりも、転調が自由自在にできる方を採った方がよい、という考え方です。
バッハはこの考えの正しさを示すため、全ての調性で見本の曲を作りました。
それが、平均律クラヴィーア曲集です。
第1巻も第2巻も、プレリュード(前奏曲)とフーガでワンセットとし、24曲ずつあります。
なぜ24曲なのか。
それは、ピアノの鍵盤は1オクターブに白鍵が7つ、黒鍵が5つ、計12ありますが、そのひとつひとつに長調(メジャー)と短調(マイナー)があるので、計24ある、と考えると簡単です。
プレリュードで自由自在な和音の多彩さを示すし、フーガでポリフォニーの素晴らしさを示す。
この曲集は、バッハが音楽で宇宙の秩序を示したともいえるのです。
その楽譜を、グールドがこの世に現出させた演奏です。
バッハ『平均律クラヴィーア曲巻 第1集 第1番~第8番』
The Well-Tempered Clavier, Book 1 no.1-8 BWV846-853
演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould
第1番 ハ長調(BWV846)
【プレリュード】最も有名で平明な曲。アルペッジョ(分散和音)として繰り返される音型は、単純ながら色合いを変幻自在に変えてゆきます。まるで、木漏れ日に照らされた葉が、風に揺れながら光と影の間を揺らめいているようです。後年、フランスの作曲家グノー(1818-1893)が、この曲を伴奏としてアヴェ・マリアを作曲したことも、あまりにも有名です。
グノーの「アヴェ・マリア」はこちらです。
【フーガ】4声。一歩一歩、階段を昇っていくようなフーガです。だんだん離れていく下界の景色を眺めながら、雲の上、天上の世界へ。最後の高音は、到達した天国の至高の高みのように高貴です。
第2番 ハ短調(BWV847)
【プレリュード】悲劇的な調であるハ短調らしく、前曲とは打って変わって、テンポも変わる激しさを見せる曲です
【フーガ】3声。決然としたような、きっぱりした音楽です。最後は見事なまでにドラマチックです。
第3番 嬰ハ長調(BWV848)
【プレリュード】このような、全部の調を使うという企画でなければ、ほとんど使われない調性ですが、そんな特別なことなど感じさせない、ころころと玉を転がすように展開していく軽快な曲です。
【フーガ】3声。話口調のようなテーマで、息もつかせずたたみかけるようなフーガです。その充実感は言葉では表せません。
第4番 嬰ハ短調(BWV849)
【プレリュード】この上なく高貴で、哀愁を漂わせた音楽です。低音部と高音部が互いに対話するかのように響き合い、切なく物語を紡いでいくのです。
【フーガ】5声部の三重フーガ。雨の降り始めのように、音がポツン、ポツンと流れ始め、それを見つめていると、それが次々に重なり、積みあがっていき、ついには壮大な大聖堂が目の前に現れる思いがします。
第5番 ニ長調(BWV850)
【プレリュード】流麗な、川の流れのような音楽です。メロディは最初は単純な練習曲のようですが、みるみる変幻して、めくるめく世界を作ります。終わり方もクールで、しびれます。
【フーガ】4声。風格たっぷりの、フランス風序曲のように堂々としたフレーズとリズムは、思わず一緒に口ずさみたくなります。王者のフーガ、とでも呼びたくなる曲です。
第6番 ニ短調(BWV851)
【プレリュード】即興演奏を聴いているような、自由な曲想です。これからどうなるんだろう、と展開が読めず、聴いていて、ドキドキするような曲です。
【フーガ】3声。切り込んでいくような、ナイフのように鋭いテーマが複雑に絡み合うフーガです。ニ短調らしい、激しい色彩です。
第7番 変ホ長調(BWV852)
【プレリュード】変ホ長調は雄大でおおらかな感じの調ですが、この曲もゆったりと落ち着いた、大人の音楽です。実は、プレリュードといいながら、中身は序奏のついたフーガです。後半、まったく新しいフレーズが入ってきて驚かされます。いつまでも心に残る、印象的な音楽です。
【フーガ】3声。プレリュードの雄大、壮大な感じから一転、軽く、おどけたような楽しい曲です。それでいて、後半は緊張感も漂わせる、油断のできない曲です。
第8番 変ホ短調(BWV853)
【プレリュード】悲劇の語り部のような、厳粛かつ崇高な音楽です。そのドラマチックさは、ほとんど現代的といってよいでしょう。
【フーガ】3声。バッハの中でも有名な、哀しく印象的な旋律が、語りかけるように流れ出し、重なっていきます。だんだんと、胸が締め付けられていくような思いさえします。このような曲は 、あえて悲しい気分の時に聴くと、慰めてくれるような気がします。
次回、第9番から第16番です。
チェンバロでの演奏は次です。
平均律クラヴィーア曲集 第1巻全曲です。
演奏:ケネス・ギルバート(チェンバロ)Kenneth Gilbert
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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