フランスのバッハ、クープラン一族
太陽王ルイ14世に仕えた音楽家たち〝ヴェルサイユ楽派〟の音楽を聴いてきましたが、中でも際立つ巨匠がフランソワ・クープラン(1668-1733)です。
クープラン一族は、ドイツのバッハ一族と同様に、音楽を生業とする一族でした。
フランソワの父シャルルもサン・ジェルヴェ教会のオルガニストでしたが、彼が10歳のときに亡くなってしまいました。
しかし、父の後を継ぐことは約束されており、16歳のときに父の役に就きます。
職人技を世襲していくことは当時は珍しいことではなかったのです。
彼が成長するまでの間は、ドラランドが代役を務めています。
父シャルルの兄、フランソワの伯父にあたるルイ・クープラン(1626-1661)も高名な音楽家であり、現代でもその作品は演奏されています。
しかし、最も偉大なのはフランソワであり〝大クープラン〟と呼ばれているのです。
クープランは教会の仕事のかたわら、ブルゴーニュ公、トゥールーズ伯、オルレアン公夫人、ブルボン公やコンデ公の子女たちらの音楽教師を務め、作曲の出版も行い、上流階級の称賛と名声を手にしました。
そして、1693年にはルイ14世によって、国王のオルガニストに任命されました。
生まれ持った家のブランドと、天性の才能のふたつをもっていたのです。
クープランの音楽は、マラン・マレのような陰影はあまりなく、知的で安定した音楽ですが、時にはフランス人らしい辛辣な風刺もピリリと利いた素晴らしいものです。
異国が大好き、フランス人
クープランの作品で最も重要で、今も親しまれているのはクラヴサン(チェンバロ)作品ですが、まずは管絃楽曲から聴きましょう。
『諸国の人々』と題された、4つの組曲から成る通奏低音を伴った弦楽合奏曲(トリオ・ソナタ)です。
それぞれの組曲には『フランスの人』『スペインの人』『神聖ローマ帝国の人』『ピエモンテの人』という題が付されています。
マラン・マレの『異国趣味の組曲』と似た趣向ですが、フランス人はつくづくエキゾチックな異国趣味が好きなようです。
後年の中国趣味の〝シノワズリ〟や、日本の浮世絵に印象派の画家たちが大きな影響を受けた〝ジャポニスム〟のはしりは既にこの時期からあったのです。
〝フランス文化が一番〟という原則だけは揺るぎませんが。
『神聖ローマ帝国の人』はドイツ人を、『ピエモンテの人』はイタリア人を指すと考えてよいでしょう。
しかし、期待するほど〝お国柄〟を音楽から感じとることはできません。
それもそのはず、そもそも最初の作曲時には『フランスの人』は『少女』、『スペインの人』は『幻影』、『ピエモンテの人』は『アストレ(星の女神)』という名がつけられていました。
新しいのは『神聖ローマ帝国の人』だけで、それを4曲まとめて出版することになったときに、諸国の人、という趣向で売り出そう、ということになったようです。
きわめて商業的なネーミングなのですが、そのせいで、今でも聴いてみたい、という気にさせるのですから、その狙いは見事に当たっています。
クープランの思惑に乗り、フランス、スペイン、ドイツ、イタリアを旅する気分で聴いてみましょう。
組曲は全て1曲目に「ソナード」(イタリア語でいうところのソナタ)が置かれ、その後に例によってアルマンド、クーラントといった舞曲が続きます。
ここでは、それぞれ1曲目のソナードだけ掲げます。
François Couperin : Les Nations - Sonades et suites de simphonies en trio
ホルディ・サヴァル指揮 エスペリオンXX
Jordi Savall&Hesperion XX
第1組曲『フランスの人』~ソナード
切なくも繊細な序奏で始まります。メロドラマのようで、まさに原題の『少女』のようにいたいけな感じです。
続いて、当時フランスで流行していたコレッリなどのイタリア音楽風の速い部分と、荘重なフランス風のゆっくりした部分が代わりばんこに出てきます。
そして、曲が進むごとに鄙びた管楽器が呼び交わし、充実した音楽を繰り広げるのです。
第2組曲『スペインの人』~ソナード
荘重な開始は、原題の『幻影』を感じますが、ハプスブルク家のスペインは、フェリペ2世の時代に世界中に植民地を保有し〝太陽の沈まない帝国〟を現出した時代から100年が経過し、凋落の一途をたどっていました。当時の国王も病弱で、子供の望めないカルロス2世の後継ぎを、自身の孫、アンジュー公フィリップにしようとして、ルイ14世がスペイン継承戦争を起こすのは1701年のことです。
戦争終結は1714年で、この曲は、戦争の起こる8年前に『幻影』として作曲され、戦後の1726年に『スペインの人』と名付けられて出版されました。
戦争は痛み分けのような形で講和に持ち込まれ、ルイ14世は、フランスとスペインがずっと合邦しないことを約束させられた上で、孫をスペイン王とすることができました。
以後、スペイン王家はハプスブルク家からブルボン家に変わり、現在に至っています。
クープランは戦後に、王をすげかえられるまでに落ちぶれた斜陽の大国スペインに、かつての栄光の「幻影」を見たのかもしれません。
この曲では、明るい部分は少なく、厳しさと寂しさが支配しています。
曲集で唯一の〝書き下ろし〟で、最も新しい曲です。
序奏は、いっそう味わい深いものになっており、続く速い部分は対位法処理がされていて、まさにバッハ風。このあたりは、まさに標題通り、ドイツ音楽を意識しているのは間違いないと思われます。
その後も、リズムは自由に変幻自在、身を任せるほどに、心に沁み入ってきます。
そして最後はフーガ風となり、まさにドイツの巨匠バッハを思わせる仕上がりです。
「ピエモンテ」はトリノを中心としたイタリア北西部のことですが、当時は「イタリア」という国はありませんので、「Les Nations」というタイトル上、イタリアのどこかに絞らざるを得ないでしょう。
フランスに一番近いイタリア、ということで取り上げられたのかもしれません。
原題はギリシャ神話の星の女神ですから、この曲からイタリア風を見出そうとしても意味はありません。
しかし、4曲のソナードだけを比べても、最も明るく、輝かしいので、再編出版時に選ばれたのも分かります。
中ほどの管楽器の歌は、まさにカンタービレで、確かにイタリアのイメージにピッタリです。
ヨーロッパというのは、狭い地域にあれだけの小さい国がひしめいていて、しかも独特の文化を持っているのが魅力です。
現代の旅でも、国々を巡りながら、それらの違いを楽しみ、味わうのがヨーロッパ旅行の愉しみですから、それを音楽に置き換えて人々を楽しませようとしたクープランの趣向は見事です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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