
中世のオリーブ搾り
オリーブオイルを搾る音?
フランソワ・クープラン(1668-1733)の、標題のついた愛らしいクラヴサン(チェンバロ)曲を聴いていますが、2回目は第18オルドル(組曲)です。
このオルドルには、『修道女モニク』と『ティク=トク=ショク』の2曲の人気曲が含まれています。
『ティク=トク=ショク』は、これも考えさせる謎の標題です。
Tik Tokという動画SNSが流行っていますが、こちらはTic Tocです。
この標題にはわざわざ『またはマイヨタン』という別名がつけられています。
では〝マイヨタン maillotins〟とは何か?
いっぱんには〝オリーブ圧搾機〟と訳されています。
オリーブの実を器械で絞って、オリーブオイルが流れ出る様を描写した音楽、というのが一般的な解釈です。
確かに、この流れるような可愛い音符を聴いていると、まさにそんな感じなので、ティク=トク=ショクというのも、そのさまを言葉にしたと思えます。
しかし調べると、どうもオリーブ圧搾機ではなさそうな事実もあるのです。
フランスの歴史を紐解くと、中世の百年戦争まっただ中の1382年に、パリで『マイヨタンの反乱』というのが起こっています。
王の課税に対して起こった民衆の反乱で、鉛をつけた木槌を手にして抵抗したところから、『木槌党の乱』とも言われています。
結局鎮圧されてしまいますが、この〝木槌党〟が〝マイヨタン〟なのです。
この木槌は本来何に使ったのか分かりませんが、オリーブの実を砕くものだったかもしれません。
いずれにしても、民の使った道具であることは間違いないでしょう。
そうすると、ティク=トク=ショクは、木槌をトントン叩く音の描写、ということになるのです。
オリーブ・オイルの流れる様子か、木槌の音か。いったいどちらに聞こえるでしょうか?
F. Couperin : Troisième livre de pièces de clavecin, 18e ordre
クラヴサン:オリヴィエ・ボーモン Olivier Baumont
第1曲 アルマンド『ヴェルヌイユ』 Allemande La Verneüil
組曲の1曲目の定石舞曲、アルマンドですが、『ヴェルヌイユ』と題されています。
『ヴェルヌイユ』は、ヴェルヌイユ=シュル=アヴルという、ノルマンディー地方の町なのですが、なぜこの町が取り上げられているのかが、また謎です。
ここでも歴史を紐解くと、木槌党の乱が起こった約40年後、1424年にこの地で『ヴェルヌイユの戦い』という百年戦争の大きな戦闘が行われています。
ここで、フランスとスコットランドの連合軍は、イングランド軍に大敗を喫しています。
百年戦争の中でも特に激戦で、血で血を洗う惨劇となりました。
イングランド軍の戦死者約1700名に対し、フランス・スコットランド軍のそれは7000人を超えたのです。
フランスにとって屈辱の地というわけですが、この曲にもそのせいなのか、哀愁が漂っています。

ヴェルヌイユの戦い
第2曲 ヴェルヌイエット La Verneüilléte
ヴェルヌイエット、つまり〝ヴェルヌイユの女〟という意味です。
どうしてここまで古戦場であるこの地にこだわっているのか謎ですが、この曲も、いくぶん軽い調子ではあるものの、シリアスな雰囲気を醸し出しています。
第3曲 修道女モニク Sœur Monique
前2曲とうって変わって、どこまでも愛らしい人気曲です。モニクさんがどんな方か分かりませんが、清らかな少女を思わせます。
ピアノ発表会でも取り上げられることもあります。
第4曲 騒々しい男 Le turbulent
聖女の後は、これも真逆のガサツな男の登場です。しかし、音楽は騒がしいというより英雄的な風格を感じます。
第5曲 感動 L'atendrissante
再び、シリアスな雰囲気になります。〝感動〟というタイトルですが、激しいものではなく、感傷と言った方が良さそうな、静かで厳粛な曲です。
第6曲 ティク・トク・ショク、あるいはマイヨタン Le tic-toc-choc, ou Les maillotins
2段鍵盤のクラヴサンのための曲なので、右手と左手が同じ音域を動くため、ピアノで弾くのは大変ということです。流れるような、誰もが一度聴いたら気に入ってしまう魅力的な曲です。
第7曲 引きずり足の壮漢 Le gaillard-boiteux
これも意味深なタイトルです。勇ましい男が足を引きずりながら歩く様を描写しています。
この男は、先程の〝騒がしい男〟が傷を負った姿なのでしょうか。
戦争、反乱、そして祈り。
私の想像ですが、このオルドルには、はるか百年戦争への思いが馳せられているような気がしてならないのです。
こちらは、アレクサンドル・タローのピアノによる『ティク=トク=ショク』です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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