音楽によるあてこすり!
フランス古典音楽の華というべき、大クープラン(1668-1733)のクラヴサン(チェンバロ)曲の3回目は『偉大なる古き吟遊詩人組合の年代記』と題された曲です。
クラヴサン曲集第2巻・第11オルドルの一部なのですが、「5幕」で構成された、さながらクラヴサンによる音楽小劇になってるのです。
なんとも重々しいタイトルですが、クープランはわざと、おおげさにこのように名付けました。
それというのもこの曲は、その「吟遊詩人組合」をあてこすり、からかい、あざけるために作られたのです。
吟遊詩人にもいろいろ
では、その「吟遊詩人組合」とは何でしょうか。
〝吟遊詩人〟というと、諸国をさすらい、弾き語りをしながら世を渡っていくロマンティックなイメージがありますが、ヨーロッパでは色々な種類の人たちがいました。
最も高貴なのは、中世の初めころ南フランスで生まれた「トルバドゥール」で、これは騎士、貴族階級出身。歌うテーマは主君の奥方に対する恋心などの宮廷愛です。
十字軍の英雄、イングランドのリチャード獅子心王(ライオンハート)などは、自身がトルバドゥールでした。
これが北フランスでは「トルヴェール」、ドイツでは「ミンネジンガー」として広がっていきます。
しかし、この曲で指している吟遊詩人はもっと下層の人々です。
楽器を演奏したり、歌を唄ったり、ジャグリングや手品などの芸を見せながら諸国を遍歴する〝流し〟たちでした。
もともとは農閑期に農民が食い扶持稼ぎに始めたという説もあり、だんだんと本業にする人もあったようで、「ジョングルール」と呼ばれました。
吟遊詩人というより、大道芸人やストリート・ミュージシャンと言った方が実態に近いでしょう。
ジョングルールのうち、宮廷に雇われて、主君の日々の食事や宴会のときに、BGMや余興をやって座を盛り上げる役を果たした者は、英語では「ミンストレル」、フランス語では「メネストレル」と呼ばれました。
初めての、雇用された職業音楽家、と言ってもいいかもしれません。
ここでの「吟遊詩人組合」とは、この「メネストレル」の組合なのです。
中世以来のギルドとの争い
中世では、職業別に職人が「ギルド」と呼ばれる組合を作り、厳しい徒弟制度で、職と製品の品質を守っていたのは有名です。
ギルドは都市と結びついており、中世後期の都市は力をつけた商人たちが自治を獲得して、封建領主の支配から脱していました。
メネストレルたちも、自分たちの組合を結成し、互いに職を融通し合ったり、腕に磨きをかけたりして、地位向上に取り組んできたと考えられます。
しかし、中世が終わり、絶対王政が確立してくると、状況が変わってきます。
メネストレルたちを雇っていた領主たちの力が衰え、王権に集約されてきます。
実力ある音楽家は、組合に頼らずとも、王に評価されれば職に就けます。
逆に、実力のない者は、組合の力で職を得るのは難しくなってきました。
焦ったパリの組合は、かつての力を取り戻し、組織力を強化すべく、クープランら、王室に仕える者も含め、すべての音楽家に組合に加入し、組合費を納めるよう強要してきたのです。
そして、それを拒否したクープランらと紛争になりました。
クープランに言わせれば、そんな組合など、元はといえば大道芸人ではないか、中世以来の歴史を振りかざしているが、もうそんな時代は終わったんだよ、と揶揄するために、この曲を書いたのです。
吟遊詩人組合を意味する「Ménestrandise」を、母音を全て伏字のxにして「Mxnxstrxndxsx」としているのも、いかにもフランス人らしい、実に知的な批判精神です。
そしてとことん意地悪なのも…
曲は第1幕から第5幕に分かれていて、それぞれに皮肉たっぷりの容赦ない題名が付されています。
チェンバロのコンサートでも取り上げられることの多い名曲ですが、実はこんな作曲の背景があるのです。
F. Couperin : Second livre de pièces de clavecin, 11e ordre, Les fastes de la grande et ancienne Mxnxstrxndxsx
クラヴサン:クリストフ・ルセ Christophe Rousset
第1幕 吟遊詩人組合のお偉方と組合員 Premier Acte. Les Notables, et Jurés - Mxnxstrxndxnrs.
実に優雅で、品格を感じさせる音楽ですが、クープランとしては、型にはまった、自尊心の高い人たちを皮肉っているわけです。
第2幕 ヴィエル弾きと乞食 Second Acte. Les Viéleux, et les Gueux.
一転、同じメロディが短調になって哀調を帯びています。
今偉そうにしている組合幹部も、ルーツはヴィエル弾きと、哀れな乞食だったじゃないか、と言っているのです。
「ヴィエル」は、英語で「ハーディ・ガーディ」と呼ばれる古い楽器ですが、楽器というより器械といった方がよさそうな形状です。
ヴァイオリンのような形状ですが、弓で弾くのではなく、ハンドルを回して演奏します。
ストリート・オルガンのように流しの楽師が使っていました。
どんな楽器かは後で取り上げます。
第3幕 熊と猿を連れた旅楽師と軽業師と大道芸人 Troisième Acte. Les Jongleurs, Sauteurset Saltimbanques: avec les Ours, et les Singes.
さらに、吟遊詩人組合のルーツが年代記として紐解かれます。
熊と猿を連れた旅楽師は、日本でいう猿回し、あるいはミニ・サーカスと言っていいでしょう。ジャグリングやバク転バク宙などを見せる軽業師、大道芸人たちの、エンターテインメント性を音楽で表現しています。
あえて芸術性は感じさせないような音楽になっているのです。
第4幕 傷痍軍人、または偉大な吟遊詩人組合に属する不具者 Quatrième Acte. Les Invalides: ou gens Estropiés au service de la grande Mxnxstrxndxsx.
再び、哀調を帯びたシリアスな音楽になります。
戦争で傷を負った軍人、また生まれつき障がいを持った人たちも、この組合に属していたようです。
先に出てきたヴィエル弾きも、日本の琵琶法師のように、盲目の人の職業でした。
この吟遊詩人組合は、社会福祉的な役割も担っていたのです。
この哀れな調子の音楽にだけは、皮肉は感じられません。
第5幕 酔っ払いと猿と熊の引き起こした無秩序と潰走 Cinquième Acte. Désordre, et déroute de toute la troupe: causés par les Yvrognes, les Singes, et les Ours.
最終幕は強烈な風刺です。
町の広場で演じていた猿回しの芸に酔っ払いが乱入し、動物たちが暴れだして、もはや手の付けられない大混乱に。
観衆たちも巻き込んで、逃げまどう人々、泣き叫ぶ子供、広場は大騒ぎです。
そんな中、旅芸人たちは、もうこの町にはいられない、と、とるものもとりあえずトンズラしていく…そんな有様の描写です。
めくるめくような鍵盤の妙技に目もくらむばかり。まさにロックなバロック‼︎
この偉大な組合のなさってきたこと、かくの如くでござい、とニンマリしているクープラン先生の顔が目に浮かびます。
ハーディ・ガーディ(ヴィエル)とは
フランスでヴィエルと呼ばれるハーディ・ガーディは、ヴァイオリンの形をしていますが、張られた弦を回転板でこすって音を出します。
弦は複数あって、メロディを奏でる旋律弦は、鍵盤を押したときにタンジェントというキーが弦に触れて音を変えます。
そのほか、ドローン弦という、常に同じ音を出し続け、ハーモニーを作るための弦も複数張られていました。
中世のものですが、独りで、かつ目の見えない人にも豊かな音を奏でることができるよう工夫された、なかなかのハイテク楽器といえます。
ルイ13世の頃の画家、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)には、ヴィエル弾きを描いた有名な絵が複数あります。
この絵を見るとき、絢爛たるヴェルサイユ宮殿でクラヴサンを弾いているクープランと、パリの街角で寒風にさらされているヴィエル弾きの対比を思って、複雑な気持ちになってしまいます。
ハーディ・ガーディ(ヴィエル)の音色を再現した演奏はこちらです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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