芸術の表すものとは?
クリスマスも終わり、ふたたびフランソワ・クープラン(1668-1733)の珠玉のクラヴサン(チェンバロ)曲に戻ります。
250曲あまりを全て取り上げるわけにはいかないので、人気曲、あるいは私の気に入った曲を挙げていきます。
いずれも、ときには分かりやすい、ときには意味深で不可解な標題がついていますが、それは当時の思潮を反映したものといえます。
18世紀のフランスは〝美学論争〟の盛んな時代でしたが、その大きなテーマのひとつは「文学(言葉)」「絵画(色)」「音楽(音)」の対比でした。
当時主流だった考え方は、ルネサンスが始まって以来、西洋の芸術評論家たちが大きな影響を受けた、古代の哲学者アリストテレスの「模倣論」で、芸術の本質は〝模倣〟にある、というものでした。
それは、「物理的に自然界に存在するものの模倣」と、「人間の心のうちや感情の模倣」のふたつ。
素晴らしい景色や鳥のさえずりや小川のせせらぎなどの自然や、人間の悲しみや喜びなどの気持ちを真似て表現するのが、芸術の役割だということです。
芸術はマネごと?
そうなると、芸術家というのは、創造者ではなくて、あくまでも模倣者である、ということになってしまうので、今では否定されている理論です。
しかし、この時代の絵や音楽を鑑賞するときには、そういう考え方があったことを頭に入れておくと、理解が進みます。
そして、音楽において近代という次の時代を模索した、ベートーヴェンの血の出るような試行錯誤と努力の意味が分かってくるのです。
彼は音楽の世界で初めて、意識的に創造者になろうとしました。
その取り組みの中で、あえて標題をつけて自然を表現した〝田園シンフォニー〟と、自らの葛藤を表現した(と思われる)〝第5シンフォニー(運命)〟の組み合わせには、実に挑戦的な意味合いが感じられるのです。
これは〝模倣〟ではなく〝創造〟だ!と。
さて、そんなことを考えながら、標題のついたクープランのクラヴサン曲を聴いていきましょう。
恋人たちの巡礼の地、キュテーラ島
今回最初に取り上げる『シテール島の鐘』は、まさに絵画と音楽が同じ時代にコラボレーションした曲です。
〝シテール島〟は、エーゲ海に実在するギリシャの島、キティラ島のことで、古代ギリシャ語による〝キュテーラ島〟という呼び方の方がポピュラーです。
ギリシャ神話では、美と愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)の誕生にかかわる、ゆかりの島で、〝愛の巡礼地〟とされていました。
クープランと同じ時代、初期ロココ絵画を代表する画家、アントワーヌ・ヴァトー(ワトー)(1684-1721)の出世作『シテール島の巡礼』で有名です。
この絵は、『シテール島への船出』とも呼ばれることがありますが、カップルたちが愛の巡礼地キュテーラ島に向けて船出をするところなのか、島にめでたく到着したところなのか、謎とされています。
また、ヴァトーは後にこの絵の題を『雅びな宴』(フェート・ギャラント fêtes galantes)と改称していて、ロココ時代の絵の代名詞〝雅宴画〟のもととなりました。
まさに、クープランの音楽はこの絵と時代的雰囲気を同じくしているのですが、この曲はテーマまで一緒というわけです。
クラヴサンはオリヴィエ・ボーモン、ピアノはアレクサンドル・タローです。味わいの違いをぜひ。
シテール島の鐘 Le carillon de Cithére
第14オルドル(組曲)の第6曲です。
キンコンカンとキュテーラ島で鳴る、カップルの幸せを告げる鐘の音を模倣した愛らしい曲です。
伊豆とグァムの〝恋人岬〟には、いずれにも愛が成就するという鐘がありますが、この曲と関係があるのかどうか?
でもその鐘にご利益があるのなら、この曲をふたりで聴いても同じご利益があることでしょう!
第14オルドルには恋を思わせる標題の曲がいくつかあって、これは第1曲です。
ロシニョールは、英語でナイチンゲール、日本では小夜鳴き鳥(サヨナキドリ)、夜鳴き鶯などと呼ばれていて、恋に関係した鳥とされています。
日が暮れて、恋人たちの時間が訪れたことを告げるかのような、美しい鳴き声の描写です。
この曲と鳥の話は以前記事にしました。
www.classic-suganne.com
情感、サラバンド Les sentimens, sarabande
第1オルドルの第11曲です。
ゆっくり、しっとりしたリズムのサラバンドは、特に私の好きな舞曲です。
サラバンドは、もともとは新大陸起源のダンスで、スペインに逆輸入されたときには卑猥だという理由で禁止されたこともあったらしいですが、この時代には気品あふれるものになっています。
次の時代のラモーに素晴らしいサラバンドがあるのですが、これはそれを先取りしたといえる曲です。
まさにタイトル通り、情感豊かな曲です。
第8オルドルの第9曲です。パッサカリアは、スペイン起源の曲ですが、各国で様々に発展しました。
ドイツでは、バッハの有名な曲に代表されるように、バッソ・オスティナート(固執して繰り返される低音)の上に展開する変奏曲になりましたが、フランスでは、パッサカーユと呼ばれ、荘重な3拍子のロンド風な曲になりました。
重々しい雰囲気はバッハのものに共通しますが、フランスらしい典雅さが魅力の深い曲です。
目覚まし時計 Le réveil-matin
第4オルドル第4曲です。絵画は物理的描写が、音楽は心理的描写が得意ですが、これは物理的描写そのものの曲です。
最初はさりげなく始まりますが、やがて、けたたましく鳴るベルの音。
まったくそのまんまな描写に、思わず笑ってしまいます。
ちなみに、私はこんな急に鳴る目覚ましは心臓に悪いので、新入社員になったときに、優しく鳥のさえずりで始まり、やがて段階を経て大音量になっていくタイプの、当時最先端の電波時計を買いました。なるたけ朝の心理的負担を少なくするためでしたが、25年経った今でもまだ壊れずに現役です。私の会社人生伴侶の時計です。
双子 Les juméles
第12オルドルの第1曲です。
どこまでも優しく、心にしみじみと沁みとおる曲です。
双子が、お互いを慈しみあっているさまでしょうか。
葦 Les rozeaux
第13オルドルの第2曲です。
パスカルの有名な言葉『人間は考える葦である』を思い起こさせるタイトルです。
パスカルは、葦を自然界の中での弱い存在としてたとえているのですが、この曲も繊細さ、か弱さを感じさせます。
クープランがパスカルの言葉を意識したかは分かりませんが、フランス人にとってか弱いイメージであるのでしょう。
人間は、考えはするけれども、かくも弱き存在なり、といいたげです。
葦は日本の水辺でも古くから身近な植物ですが、「あし」は「悪し」に通じるので、「よし」と呼ばれることもあります。水を浄化する力があるので、葦が増えると湖や沼がきれいになるそうです。
次回もクープランの絵画のような小品を聴いていきます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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