孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ベートーヴェンが師を超えようとした場面。ハイドン:オラトリオ『四季』より第2部『夏』第16~18曲〝嵐の襲来〟

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クロード・ジョセフ・ヴェルネ『嵐』

嵐の前の静けさ、そして襲来

ハイドンのオラトリオ『四季』の6回目、第2部『夏』の最終回です。

蒸し暑い夏の午後、山に湧いた霧が、みるみる黒雲となり、気づかないうちに空いっぱいに広がってきます。

さっきまで暑さにあえいでいましたが、涼しさにうれしくなるのもつかの間、遠くから不吉な轟きが聞こえてきます。

黒雲は、いまや覆いかぶさるように低く垂れてきています。

こ、これは…

不気味な静けさがあたりを包み込み、人も、動物も、草木も、不安な気持ちで息をひそめています。

そして、ついに嵐が襲来します。

篠突く雨!

吹き荒れる風!

目をくらませる稲妻!

耳をつん裂く雷鳴!

そして、雷が近くの木々に落ち始めます。

野で仕事をしていた農夫や羊飼いは、身を隠す場所もなく逃げまどうばかり。

命の危険にさらされ、ただ神様に祈るしかありません。

雷の正体が電気とは知らない当時の人々にとっては、神の怒りとしか思えない恐ろしい自然現象です。

(電気と分かっても恐ろしさは変わりませんが…)

嵐が過ぎ去ったあと

しかし、去らない嵐はありません。

やがて、何事もなかったかのように嵐は過ぎ去り、平穏な日常が戻ってきます。

台風一過、マイナスイオンいっぱいの爽やかな気候となります。

日はまだ高く、万物は露に濡れて輝いています。

やがて教会の晩鐘が響き、人々は作業をやめて、お互いにねぎらいあいながら、いそいそと家路をたどり、夕べの憩いと眠りに急ぎます。

ヴィヴァルディ『夏』は、猛暑と嵐といった夏の厳しさのみに焦点を当てましたが、ハイドンは、嵐のあとの自然や人々の喜びを、素晴らしい音楽で描いています。

ベートーヴェンは、この師ハイドンの工夫を自分のシンフォニーに取り入れ、あのシンフォニー第6番『田園』の第4、第5楽章を創り上げるのです。

ハイドン:オラトリオ『四季』第2部『夏』

Joseph Haydn:Die Jahreszaiten Hob.XXI:3

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & The English Baroque Soloists, The Monteverdi Choir

ソプラノ(ハンネ):バーバラ・ボニー Barbara Bonney

テノール(ルーカス):アントニー・ロルフ=ジョンソン Anthony Rolfe Johnson

バス(シモン):アンドレアス・シュミット Andreas schmidt

第16曲 レツィタティー

シモン(バス)

おお、見よ!

蒸し暑い空気の中で

もやにつつまれた高い山の頂に

灰色の霧が湧き出している

霧は高く立ちのぼり

一面に広がってゆき

やがて広い空を暗い闇に包みこんでゆく

ルーカス(テノール

聴け、山あいから鈍い轟きが

荒々しい嵐の接近を知らせている!

見よ、災いの黒雲が長くたなびき

脅かすように野原に低く垂れかかっている!

ハンネ(ソプラノ)

不安な予感に

自然界の生き物は息をひそめています

動く獣や木の葉はひとつもなく

死のような静けさが

あたりを支配しています

ティンパニによる轟きが遠雷を表現する中、まずシモンとルーカスが、黒雲の発生と嵐の接近を不吉に予言します。最後にハンネが歌うのは、嵐の前の静けさ。弦のピチカートが、不吉な予感に固まってしまう万物を表現します。

第13曲 合唱

合唱

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ピエール・オーギュスト・コット『嵐』

ああ、嵐がやってきた!

天よ、お助けください!

おお、なんという雷の轟き!

おお、なんという風雨の激しさ!

どこに逃げたらいいのだろう?

稲妻は空を貫いて閃き

鋭いくさびの形に雲を引き裂いて

篠突く雨を降らせる

隠れ家はどこ?

荒れ狂う嵐も一時止み

大空は燃え上がっているようだ

おお、哀れな我ら!

次から次へと雷を落としながら

恐ろしげに雷鳴が轟く

ああ神様、ああ神様!

大地はぐらぐらと揺れ動き

海の底まで沈んでしまうかのようだ

閃く稲妻を表したフルートを導入に、『嵐の合唱』が始まります。オーケストラと合唱は爆発し、人智の及ばない大自然の脅威を強烈に現出します。嵐を表した音楽はこれまでも多くあったわけですが、これは古典派の枠を超え、もはやロマン派といってもよい表現です。

ベートーヴェンも『田園』作曲にあたり、師をどう超えるか、工夫を重ねたことでしょう。

しかしハイドンの方は合唱の力も加わります。後半は逃げまどう人々の思いが半音階下降のテーマによるフーガとなります。テーマはモーツァルトのオペラ『クレタの王イドメネオの、海の嵐と怪物の出現の場面にも似ていて、三大巨匠がお互い影響し合った形跡もうかがえます。

嵐はだんだん遠ざかり、フルートが雲間に時折閃く稲妻を表しつつ、音楽は明るい長調に転じて静かに終わります。

第14曲 三重唱と合唱

ルーカス(テノール

黒い雲は切れ

恐ろしい嵐は静まった

ハンネ(ソプラノ)

日が沈むには間があって

太陽はまだ高く輝いています

その最後の光を浴びて

田畑は真珠で飾られているように輝いています

シモン(バス)

腹いっぱい食べて元気を取り戻し

肥えた牛は

住み慣れた牛舎へ戻ってゆく

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ピーテル・ブリューゲル『牛群の帰り』

ルーカス

つがいのうずら

もう呼び交わしている

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ポルト『犬とうずら

ハンネ

草むらの中では

コオロギがうれしそうに鳴いています

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シモン

そして沼では

カエルも鳴いている

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ルーカス、ハンネ、シモン

夕べの鐘が鳴っている

空には美しい星がきらめき

私たちを憩いへと誘っている

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ミレー『晩鐘』

農夫たち

娘さんも、若い衆も、おかみさんたちもおいで!

気持ちのよい眠りが私たちを待っている

心をさわやかにし、体を元気にして

明日の仕事を約束する眠りが待っている

農婦たち

さあ行きましょう

一緒に行きましょう

合唱(一同)

夕べの鐘が聞こえている

空には美しい星がきらめきはじめ

私たちを憩いへと誘っている

前曲の緊張が嘘のように、明るい調子の三重唱になります。『夏』冒頭の羊飼いのアリア(第10曲)と同じ、田園の牧歌的な雰囲気を醸し出すヘ長調とすることで、日常への回帰を示します。

ルーカスとハンネが、嵐の去った情景を爽やかに歌うと、シモンが低い金管を伴って唐突に重苦しく歌いますが、それは牛舎に帰るでっぷりと太った牛を表しています。

ここから、『春』と同様、直接的な自然の描写が続きますが、これも例によってスヴィーテン男爵の案で、ハイドンがその俗っぽさに大いに難色を示した部分です。

しかし結局押し切られ、ハイドンはしぶしぶ、うずら、コオロギ、晩鐘を楽器で表現しますが、今となっては、聴く私たちを大いに楽しませてくれます。

ベートーヴェンは芸術的観点を最優先し、こうした娯楽的な小技を極力排除しましたが、それでも『田園』第2楽章でカッコウを登場させるなど、ハイドンの手法を取り入れているのです。

ちなみに『田園』の歴史的な初演は、『運命』とともに1808年12月22日、ウィーンのアン・デア・ウィーン劇場で行われましたが、これはコンサート史上に残る大失敗に終わりました。最後の曲でオーケストラは途中で行きづまり、ベートーヴェン自身も間違えて、曲を最初からやり直す、という失態を演じました。

失敗の原因をベートーヴェンは、同じ夜に格上のブルク劇場でハイドンのオラトリオが上演され、優秀な演奏者をそちらに取られてしまったためだ、とボヤいています。

そのハイドンのオラトリオが『天地創造』なのか『四季』なのか分かりませんが、『四季』だとすれば、それを超えようとした作品の初演としては皮肉な話です。

一方、この曲の最後の場面は、モーツァルトのオペラ『魔笛からインスピレーションを受けています。

晩鐘を聞いて、村人たちは一日の仕事を終え、互いにねぎらいながら家路につきます。

このなんとも微笑ましい、日常的な幸せに満ちた音楽は、『魔笛』第2幕冒頭のザラストロの合唱付きアリア『イシスとオシリスの神よ』からインスパイアされ、調性も同じ変ホ長調です。歌詞も〝ふたりを汝の住まうところに迎えよ〟と、似ています。おうちに帰ろう、ですね。さらに、人々が去っていき、村が夕闇に包まれていく様子は、第1幕でタミーノとパパゲーノが侍女たちに別れを告げ、冒険に出発する場面を彷彿とさせるのです。

 

この場面を聴くと、私は昔、教科書に載っていた詩を思い出します。

『6月』茨木のり子

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
高い鼻に胸でも病んでいるらしい
鋭い力となって たちあらわれる

(第二詩集)『見えない配達夫』飯塚書店刊 1958年11月

この戦後詩には、戦争で荒廃した人々の心の復興を願う思いがあふれています。

嵐の後の平和を表現したハイドンの音楽、そしてそれに共通するモーツァルトベートーヴェンの音楽にも、この時代に広がった「博愛」の精神がその根底に流れているのです。

そんな巨匠たちの思いをいま、時代を超えて音楽から受け取りたいものです。

 

動画は、ベルギーのバート・ヴァイ・レイン指揮ル・コンセール・アンヴェルス、オクトパス・シンフォニー合唱団の演奏です。(第17、18曲)


Haydn The Seasons [HD] - Summer part 4: the storm

 

次回は秋の訪れです。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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