孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

都会の恋より村の恋。ハイドン:オラトリオ『四季』より第3部『秋』〝愛のデュエット〟

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ピーテル・ブリューゲル穀物の収穫』

幸せいっぱいの秋の村

ハイドンのオラトリオ『四季』の8回目、第3部『秋』の続きです。

豊作の喜びにわく村。忙しく働く大人たちだけでなく、子供たちにもやることがあります。

第21曲のレツィタティーフでは、まず村娘ハンネが、少年たちが次々にワーッとハシバミの木に飛びつき、木々を揺さぶって実を落とすさまを歌います。

「ハシバミ」は、セイヨウハシバミという低い木のことで、その実はいわゆる「ヘーゼルナッツ」で、クッキーなどお菓子によく使われます。

香り高く、風味豊かなヨーロッパの秋の味覚でした。栄養バランスも満点の食材です。

農夫のシモンは、仕事をサボって若者がいたずらをしているのを、やれやれ、といった感じで眺めています。

若者は、遠くから恋人がやってくるのをみて、急いで道の木の上によじ登って隠れ、彼女の前にクルミを落とすイタズラをしているのです。

キャッと叫ぶ彼女。頭上に彼氏を見つけて、コラ~ッ!

シモンは、自分にもあんな頃があったなあ、と、微笑みながら仕事を続けます。

果樹園では、若い娘たちが果物の収穫にいそしんでいます。

若者ルーカスは、彼女たちの顔は、みずみずしい、とれたてのフルーツと同じくらいにフレッシュだなあ、と見とれています。

私が昔訪れた10月のドイツは、木々もブドウの葉も黄金色に輝き、こんな村の情景が今も変わらず残っているように感じました。

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都会の恋 vs 農村の恋

続いて、ハンネとルーカスのデュエットが始まります。

まずルーカスが、町から来た、美しく着飾った女性に呼びかけます。

村の娘たち、とくに私の彼女、ハンネを見てごらん!

お化粧もしてないし、何の装飾品も身に着けていないけど、健康で素朴な魅力にあふれている。

都会的な洗練よりも、大切なものを彼女はもっているんだよ!

ここで、これまで一緒に四季を歌ってきたルーカスとハンネが、恋人同士であることが始めて分かります。

そんな気はしていたけど、やっぱり君たち付き合ってたんだね、という感じです。

続いてハンネが、同じく都会から来た伊達男に呼びかけます。

カッコいい見た目も、女性を口説くテクニックも、お金も、ここでは通用しないわよ!

欲しいのは誠実な真心だけ。

そして、ルーカスとハンネはお互いに村の中心で愛を叫びます。(古い…)

ルーカスが、『木の葉が落ち、果物がしぼんでも、私の愛は変わらない』と歌うと、ハンネは『あなたさえいれば、葉は緑になり、果物は美味しくなる』と答えます。

二人は声を合わせて、『私たちの愛は、死だけしか切り離すことはできない』と歌います。

そう、これから季節は、だんだんと厳しい冬に向かっていきます。

どんなにつらくなっても、愛さえあれば乗り越えられる、とふたりは声を合わせるのです。

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ドッソ・ドッシ『人間の3つの時代、または素朴な田園生活』

聖愛と俗愛

「死の恐怖に打ち勝った者こそ、真実にたどりつける」というのは、この当時、知識人たちがこぞって入会したフリーメイソンの教義であり、モーツァルトのオペラ『魔笛のメインテーマでもあります。

モーツァルトは、『フィガロの結婚』では、メイドがセクハラ上司を騙して罠にはめる場面を、『ドン・ジョヴァンニ』では、プレイボーイが他人の花嫁を口説き落とす場面を、オペラ『コジ・ファン・トゥッテ』では、恋人の貞操を試すために嘘のプロポーズをする場面を作曲しました。

その音楽には〝偽りの恋〟ならでの妖しい艶っぽさにあふれており、人間の裏面をよく表現できたモーツァルトの才能の真骨頂でもあるのですが、最後のオペラ『魔笛』には、真実の愛があふれています。

まさにティツィアーノの描く〝聖愛と俗愛〟を思わせます。

〝俗愛〟は退廃的な貴族社会では当たり前でしたが、新しい世紀、19世紀は市民社会での道徳が尊ばれた時代でした。

モーツァルトはその間を揺れ動きましたが、新世紀を切り開いたハイドン、それに続くベートーヴェンが追求したのは、〝聖愛〟一筋だったのです。

ハイドンは、前作天地創造の第3部で、人類最初の夫婦、アダムとイブ(エヴァ)が愛を交わす素晴らしい二重唱を作り、大喝采を得ました。

それは神が結んだ神聖な絆でした。

『四季』では、どこにでもある村のカップルに同じような二重唱を歌わせて、人類は楽園を追放されても、聖なる愛を忘れていないことを示したのです。

それは、世俗の欲望にまみれた都会ではなく、質朴な農村にこそあるとして。

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ティツィアーノ『聖愛と俗愛』

ハイドン:オラトリオ『四季』第3部『秋』

Joseph Haydn:Die Jahreszaiten Hob.XXI:3

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & The English Baroque Soloists, The Monteverdi Choir

ソプラノ(ハンネ):バーバラ・ボニー Barbara Bonney

テノール(ルーカス):アントニー・ロルフ=ジョンソン Anthony Rolfe Johnson

バス(シモン):アンドレアス・シュミット Andreas schmidt

第21曲 レツィタティー

ハンネ

ご覧なさい

あそこのハシバミの茂みのほうへ

すばしこい少年たちが走っていきます!

わんぱくな子供たちは

木の枝を揺さぶっています

揺り動かされた灌木からは

まるで雹が降るように

柔らかい実が落ちてきます

シモン

こちらでは若い農夫が

高い木にハシゴをかけて

すばやくよじ登ってゆく

彼は、恋人がやってくるのを見て

梢に身を隠して

彼女の足元に向かって

親しみのこもったいたずらで

丸いクルミの実を落とす

ルーカス

果樹園では木の周りに

娘たちや小さな女の子が立っている

彼女たちは摘み取る果物そっくりに

みずみずしい顔色をしている 

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第22曲 二重唱

ルーカス

町から来た美しい人

こちらにおいで!

自然の娘を見てごらん

化粧や紅で飾り立ててはいないよ

それから、私のハンネを見てごらん!

彼女の頬はみずみずしい健康に輝き

瞳は満足そうに微笑んでいる

そして彼女が私に愛を誓うとき

口からは真心が洩れるのだ

ハンネ

素敵な殿方

離れていてください!

ここではあなたがたの手練手管もまったくご無用

お世辞の言葉も効きません

誰もあなたがたに耳を傾ける人はいません

黄金も飾りも

私たちの目をくらますことはできません

私たちを動かすのは誠実な心だけ

そして、ルーカスが私に対して忠実なら

私の望みはかなえられるのです

ルーカス

木の葉が落ち

果物がしぼみ

年月が経っても

私の愛だけは変わらない

ハンネ

木の葉はもっと緑を増し

果物はもっと美味しくなり

毎日がもっと明るく輝くことでしょう!

ただあなたの愛の言葉さえ聞けるなら

ルーカス、ハンネ

忠実な愛は、なんという幸せ!

私たちの心は結び合わされ

切り離すことができるのは死だけ

ルーカス

最愛のハンネ!

ハンネ

いとしいルーカス!

ハンネ、ルーカス

愛し、愛されることは

この上ない喜び

人生の無上の幸せ

まずルーカスが、街の女性に呼びかけて歌は始まります。その語り口は、民謡のように素朴です。ひとしきりルーカスが歌ったあと、ハンネは、同じフレーズを微妙に変化させながら、街の男性に向かって歌います。スタイルは田園舞曲「コントルダンス」の形をとっており、農村の若者たちの踊りをイメージしています。

お互い、恋人に呼びかけるくだりになると、素朴な感じからややシリアスな雰囲気となり、愛の真剣さが 表現されます。

ドイツ語の音楽付きお芝居、ジングシュピールの1曲のような単純な形式をとりながら、だんだんと技巧的になっていきますが、聴く方にはそうとは感じさせず、かつ引き込ませていきます。まさにハイドン円熟期の技が遺憾なく発揮された曲なのです。

 

動画は、ベルギーのバート・ヴァイ・レイン指揮ル・コンセール・アンヴェルス、オクトパス・シンフォニー合唱団の演奏です。(第22、23曲)


Haydn The Seasons [HD] - Autumn part 2: love duet

 

次回は、いったん村を離れ、秋の風物詩、狩りにでかけます。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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