次々と仕留められる鳥獣たち
ハイドンのオラトリオ『四季』の9回目、第3部『秋』の続きです。
今回の場面は、狩りです。
秋の風物詩であり、貴族たちの恒例行事ですから、数々の作曲家が音楽にしています。
ホルンはもともと、狩りで合図に使われる角笛がオーケストラに入ってきたものですから、狩りと音楽は切っても切れない関係です。
これまで取り上げた狩りの音楽には、ラモーのオペラ『イポリートとアリシー』、バッハの『狩りのカンタータ』があります。
www.classic-suganne.com
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ただし、これらはいずれも、ギリシャ神話の月と狩りの女神、アルテミス(ダイアナ)との関係で歌われていましたが、ハイドンの狩りは、神話とは無関係で、あくまでも現実世界を描いています。
まずは農夫のシモンが、収穫が終わり、畑に積み上げられた麦わらに鳥たちの大群が押し寄せているさまを歌います。
農夫は、それを見て見ぬふりをしています。
少しは鳥たちにも施してやらないと、という気持ちがあるのです。
昔、毛沢東が大躍進政策をとったとき、収穫物を食べてしまうスズメを害鳥として徹底的な駆除を命じましたが、その結果、スズメがいなくなると、スズメが食べてくれていた害虫が大繁殖して、かえって生産は大打撃を受けた、という話があります。
自然界にはある程度の共生が必要であることを、農夫は経験的にわかっていたのでしょう。
とはいえ、鳥が増えすぎても困りますので、第24曲は鳥撃ちのアリアです。
犬を連れ、銃を担いでのハンティングの場面を、ハイドンは生き生きとリアルに描写します。
ここでもヴァン・スヴィーテン男爵は、盛んにたくさんの銃声を響かせる派手な演出を望みましたが、ハイドンはそれをしりぞけ、1発としています。
確かにそのほうが、緊迫感が集中し、効果的です。1発の銃声に至るまでの盛り上がりは、実に見事です。
第25曲では、野ウサギが逃げ回り、罠にはまってしまう有様を描き、第26曲では、村を挙げての壮大な鹿狩りの光景が、森を揺るがすような迫力で展開していきます。
命が命を奪う場面ですが、その音楽は生命の躍動に満ちているのです。
ハイドン:オラトリオ『四季』第3部『秋』
Joseph Haydn:Die Jahreszaiten Hob.XXI:3
演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団
John Eliot Gardiner & The English Baroque Soloists, The Monteverdi Choir
ソプラノ(ハンネ):バーバラ・ボニー Barbara Bonney
テノール(ルーカス):アントニー・ロルフ=ジョンソン Anthony Rolfe Johnson
バス(シモン):アンドレアス・シュミット Andreas schmidt
第23曲 レツィタティーフ
シモン
いま、丸裸になった畑に
招かれざる客の大群が押し寄せ
麦わらの中に餌を求め
さらにどこまでも探し回っている
農夫は見て見ぬふりをして
この小さな泥棒たちに目くじらを立ててはいない
とはいえ、これ以上のひどい略奪は
なすがままにしておきたくもない、と彼は思う
畑の略奪者たちに対する守りの緩さは
農夫は施しのようなものと考えつつ
彼のご主人が楽しみとする
狩りの準備にいそしんでいる
シモンはレツィタティーフで、小さな略奪者である、群がる小鳥たちに対する農夫の思いを語ります。彼は彼で、領主の狩りの準備に忙しく、いちいち追い払ってはいられないのです。
第24曲 アリア
シモン
広い草原を見渡してごらん!
犬たちが草の間を嗅ぎまわっているよ!
地面にけものの気配を求めて
絶え間なく跡を追っている
いまや、獲物に対する欲望にとりつかれ
呼び声には耳もかさず
えものを捕らえようと走ったり
立ち止まって石のように動かなくなったりする
近づいてきた敵から身を守ろうと
かよわい小鳥は舞い上がるが
もっと速く飛んでも無駄なことだ
銃声が鳴り響いて
鉛の弾が当たり
死んで空から舞い落ちる
古風なバロックアリアのスタイルを持つ〝鳥撃ちのアリア〟です。ファゴットが時々、協奏的に顔を出します。犬たちが鼻を鳴らしながら野を駆け回り、鳥を追いかけます。すると、音楽のテンポが2倍の速さになり、犬が鳥を見つけ、藪をかき分けて追いかけているさまがリアルに目に浮かびます。そのうち突然音楽は休止しますが、それは鳥が逃げるのをやめて飛び立った描写です。ちくちょう、という犬の顔。しかし、舞い上がった鳥に、ライフルの弾が放たれ、正確に命中、鳥はくるくると墜落し、犬にくわえられてしまいます。銃声はティンパニの打撃で、シンプルに表現されています。
第25曲 レツィタティーフ
ルーカス
ここで、野ウサギをねぐらから
目のつんだ罠に駆り立てる
四方八方から攻め立てて
逃れられないようにする
野ウサギはもう捕まって
すぐさま一列に並べられ
うれしそうに数え上げられる
ルーカスが語るのは、追い立てられた野ウサギがあちこち逃げ回ったあとに、仕掛けられた罠に飛び込んでしまうさまです。弦がピョンピョンとすばしこく走り回る野ウサギの動きをリアルに描写します。
第26曲 村人と狩人たちの合唱
農夫たち
聞け、聞け、この大きなどよめきを
あの森の中にとどろきわたっている!
農婦たち
なんという大きなどよめきが
森いっぱいに響き渡っていることでしょう!
一同
あれはけたたましい角笛の音
血に飢えた犬たちの吠える声だ
農夫たちと狩人たち
追われた鹿は
一目散に逃げていき
猟犬と騎乗の人たちがあとを追ってゆく
一同
鹿は逃げてゆく
おお、せいいっぱいに脚を伸ばして!
猟犬と騎乗の人たちがあとを追ってゆく
おお、あんなに飛び跳ね
脚を伸ばして駆けてゆく
突然林のなかから現れ
畑を越え、茂みの中に駆け込んでゆく
農夫たち
いま、鹿は猟犬たちの裏をかき
群れをあちこちに散らしてしまった
一同
犬たちは散り散り
バラバラになってしまった
狩人たち
オーイ、オーイ、オーイ!
農夫たち
狩人の叫びと角笛の響きが
一緒になって轟きわたる
狩人たち
ホウ、ホウ、ホウ!オーイ!ホウ、ホウ!
農夫たちと農婦たち
みんないっせいに勇み立ち
獲物の足跡に向かって突進する
狩人たち
オーイ、オーイ、オーイ!
農婦たち
敵に追いつかれて
精も根も尽き果てて
ついに敏捷な鹿も倒れてしまった
農夫たち
鹿の最後が近いことを告げて
金属のラッパが歓びの歌を吹き鳴らせば
狩人たちは沸きかえり
かちどきを上げる
狩人たち
エイ!エイ!オー!
前の曲が終わるか終わらないうちに、4本のホルンが勇壮に吹き鳴らされ、狩りの始まりを告げます。たくさんの狩人が駆り出された大掛かりな鹿狩りの光景で、これは村の行事というより、貴族の気晴らしに領民が動員された場面と考えた方がよいでしょう。猟犬の吠え声はファゴットとヴィオラで表され、縦横に流れる弦は牡鹿が逃げる様を描写します。鹿は賢く、犬たちの裏をかいて巧妙に、また素早く逃げ回ります。しかし、熟達した狩人たちも、鹿の行動パターンは熟知。獲物を見失った犬たちに掛け声で合図し、さらに鹿を追い詰めていきます。合唱は、森全体を揺るがせて響いてくる喧噪を見守る村人たちと、勇壮な掛け声をかける狩人たちに分かれて場面を盛り上げます。音楽は華やかで元気なニ長調で始まり、途中で英雄的で雄大な変ホ長調に転調し、そのまま曲を閉じますが、それは赫赫たる戦果と狩りの成功を示しています。人間、犬、獣のそれぞれの動きがこんなに立体的に表現された音楽が、ほかにあるでしょうか?
貴族たちは、戦果である鹿のはく製を自室の壁に自慢げに掛けました。いかにも残酷な感じもしますが、北海道の知床など、地域によっては、他の場所から持ち込まれた鹿が増えすぎて、かえって生態系を壊しているといいます。しかし、趣味としてのハンティングをする人は減っており、駆除してくれる猟友会の人も少なくなっているようです。 捕りすぎても、保護しすぎてもよくないということで、人間が自然界のバランスに関わるのは、とても難しいことですね。
動画は、ベルギーのバート・ヴァイ・レイン指揮ル・コンセール・アンヴェルス、オクトパス・シンフォニー合唱団の演奏です。(第24曲)
Haydn The Seasons [HD] - Autumn part 3: the dog chases a scent
次回は、『秋』のフィナーレ、ワインの新酒祭りです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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