孤独のクラシック ~私のおすすめ~

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【曲解説】恋するベートーヴェン。『ピアノ協奏曲 第4番 ト長調』

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ヨゼフィーネ・ブルンスヴィック(1779-1821)

ベートーヴェンのピアノ・コンチェルト

前回、交響曲 第5番 ハ短調〝運命〟第6番 ヘ長調 『田園』が初演された、1808年12月22日のコンサートを取り上げました。

〝全てベートーヴェン氏の新作〟という触れ込みで新聞広告が打たれた、盛りだくさんのプログラムでしたが、今回はそこで演奏された『ピアノ・コンチェルト 第4番 ト長調 作品58』を聴きます。

ピアノ・コンチェルトは、モーツァルトが自身をピアニストとしてスターダムにのし上げるべく力を入れたジャンルで、27曲を作曲しました。

その〝モーツァルトの再来〟との呼び声高く、天才ピアニストとしてウィーン音楽界に殴りこんだベートーヴェンも、1795年、25才のときに『ピアノ・コンチェルト 第2番 変ロ長調 作品19』で華々しくコンサート・デビューを飾っています。

しかし、シンフォニーと同じように作品数は少なく、全部で5曲、ヴァイオリン・コンチェルトを自分で編曲したものを含めても6曲です。

第2番 変ロ長調第1番ハ長調第3番 ハ短調までは、大きくはみ出してはいるものの、モーツァルトのスタイルを基礎として書かれていますが、この第4番 ト長調第5番 変ホ長調〝皇帝〟は完全に脱し、ベートーヴェンならではの世界を創りだしています。

(出版順で番号が振られていますが、作曲されたのは第1番より第2番の方が先です。)

貴婦人との恋愛中に書かれた曲

運命、田園とともに一般公開された第4番ですが、非公開では前年の1807年に、ロプコヴィッツ侯爵邸で演奏されています。

この曲は1805年から1806年にかけて作曲されましたが、この頃に作曲された作品は、ベートーヴェンには珍しく激情的な激しさが影をひそめ、優しく温かみのある、和やかなものが多くなっています。

このコンチェルトのほか、交響曲 第4番 変ロ長調ヴァイオリン・コンチェルト ニ長調ラズモフスキー弦楽四重奏曲などがその代表例です。

この理由については、古来議論が重ねられてきましたが、この頃、ダイム伯爵夫人ヨゼフィーネとの恋愛中であったから、というのが有力な説です。

一生を独身で過ごしたベートーヴェンでしたが、決して女嫌いというわけでなく、それどころか、女性に対する関心と憧れは人一倍だったといってよいでしょう。

それは彼が残した数々の手紙、ラブレターや、弟子たちの証言からうかがえます。

貴族社会の中で尊敬と名声を勝ち得ていたとはいえ、身分的には従僕の域を脱していなかったハイドンモーツァルトは、貴婦人との恋愛や結婚など思いの外でしたが、自分を貴族と対等、いや芸術家としてそれ以上の存在と自負していたベートーヴェンは、ピアノの弟子や自分の音楽の支持者、理解者であった貴婦人たちと数々の恋愛をしています。

ただ、やはり身分の壁があって結婚はできず、そのあたりのやるせなさを芸術にぶつけて昇華させていたのではないか、ということも十分考えられます。

ブルンスヴィック家の人々

このコンチェルトを作曲した頃に恋愛関係にあったダイム伯爵夫人ヨゼフィーネは、ベートーヴェンと深い関わりがあり、その創作活動に計り知れない影響を与えたハンガリー貴族ブルンスヴィック伯爵家の一員でした。

ブルンスヴィック家の当主、アナトール・フォン・ブルンスヴィック2世は、貴族でありながら進歩的な自由主義思想の持主で、アメリカ独立を果たしたジョージ・ワシントンや、ベンジャミン・フランクリンを深く尊敬し、自ら〝ワシントン=フランクリン党〟と称していたほどでした。

しかし、伯爵は1男3女を残して世を去ってしまい、未亡人の伯爵夫人は、未婚の令嬢、長女テレーゼ次女ヨゼフィーネ社交界デビューさせて良縁を得させるため、1799年にウィーンに出てきました。

そして、社交界に欠かせない音楽の素養を磨くため、ベートーヴェンのところにふたりを弟子入りさせたのです。

自由主義貴族であった父の影響で、娘たちも進歩的な考えをもっており、またストイックなまでに求道的な家風のブルンスヴィック家の人々とは、ベートーヴェンはとても気が合い、意気投合しました。

聡明な娘たちも、表面的な華美に走ることなく、本質を探求するベートーヴェンの音楽にすっかりのめり込んでいったのです。

彼女らとベートーヴェンの絆は、単なる師匠と弟子という域を超えて、互いの尊敬と信頼に基づく、固く深いものとなりました。

令嬢の不幸な結婚生活

美貌と高い教養、知性を備えたふたりはさっそく社交界の華となりましたが、22才の次女ヨゼフィーネは、ウィーンで評判の蝋人形館を訪ねた際、そこの経営者で、35才も年上のダイム伯爵と知り合い、あっという間に結婚することになりました。

ダイム伯爵は、決闘事件を起こして追放になり、蝋人形館で一山当てた、ちょっと胡散臭い人物でしたが、金持ちだったので、当主を失ったブルンスヴィック家としては、この話に乗らざるを得なかったと思われます。

ちなみにこの蝋人形館には時計仕掛けの自動オルガンがあり、評判を集めていました。

ダイム伯爵は、さらに集客を図るため、この自動オルガン用に、当時最高の音楽家といわれたモーツァルトに作曲を依頼しました。

モーツァルトには耐えがたい音色の楽器で、どうにも気が乗らず、なかなか手を付けられませんでしたが、死の前年、経済的に困窮の極みにあった彼は、お金のため、しぶしぶ作曲します。

それが、モーツァルトの晩年の心境を伝える『自動オルガンのためのアダージョアレグロ ヘ短調 K.594』です。

モーツァルトは、ダイム伯爵からせがまれて、その死の年にも同様の曲をさらに2曲作るのです。

そんな音楽的に不思議な縁のある伯爵と結婚したヨゼフィーネでしたが、案の定不幸な結婚となりました。

伯爵は芸術にも教養にも関心がなく、ヨゼフィーネに音楽も許さず、書籍も与えませんでした。

また、投機に失敗し、ブルンスヴィック家を経済的に助けるどころか、逆に頼ってくる始末。

ヨゼフィーネはたて続けに伯爵の子を4人も産みますが、4人目を妊娠中、1804年に伯爵はあっけなく肺炎で世を去ります。

ヨゼフィーネは、4人の子を抱えた未亡人として、身も心もボロボロになって、再びベートーヴェンの前に戻ってきたのです。

未亡人との、燃え上がる恋

ベートーヴェンはそんな伯爵未亡人をいたわり、その力になるべく、誠心誠意尽くします。

ヨゼフィーネも、ベートーヴェンの音楽だけが自分の支えでした。

日に日に親密になるふたりの様子に、近くにいた末の妹のシャルロッテは、兄や母に、危険な状態、と報告しています。

ふたりの思いは、当時の往復書簡に残されています。

ベートーヴェンのこの時期の恋人は誰か、というのは長い間謎で、長女のテレーゼが有力候補だったのですが、ヨゼフィーネとの書簡が戦後になって14通も見つかり、結論が出たのです。

この頃書かれた『ピアノ協奏曲 第4番 ト長調は、まるでこれらの手紙に込められた思いを音楽にしたように感じますので、その手紙の一部を引用します。

ベートーヴェンからヨゼフィーネ宛(1804年12月24日)

愛する唯一人のーー尊敬というも愚かなるこの心を表す如何なる言葉も何故ないのかーーあらゆるものにはるかに優るものーーまだ誰も言い表し得ていないものーーおお、あなたを何と名付けることができるのかーーまた、あなたについてどんなに多くの言葉を費やしたとしても、この感じを表すことはできないーー全てを尽くしてもそれはあなたではないーー音楽でならーーできるーー音楽は言語より自分には自由になりそうに思う。それにしても、それでできると思うほどわたしは驕慢ではないーーあなたはわたしの全て、わたしの幸せーーああ、わたしの音楽をもってしても、それはできない。汝天は惜しみなくその才能をわたしに与えてくださったが。あなたを前にしてはそれはあまりにも小さい。--夜のしじまのなかにわが哀れなる心臓は波打つーーそれはお前にできるすべてであり、それ以上は無であるーーあなたのためにーー常にあなたのためにーーあなただけの永遠にあなたのーーわたしが墓に入るまであなただけのーーわたしを元気づけるーーわたしのすべて。おお、創造者よ、彼女を見守りたまえーー彼女の日々に祝福をーーすべての禍いはむしろわが上にーー

あなただけがーー強く、祝福され、慰められるーー憐れなるもの、だが時として幸せなる存在、われら死すべき者ーー

たとえ、あなたがこの世で再びわたしに結びつけられぬとしても、あなたはわたしにはすべてである。*1

これに対するヨゼフィーネの返信はベートーヴェンの手元には残っていませんでしたが、彼女が書いた下書きが残っています。

愛するベートーヴェン様、この冬じゅうずっとあなた様にこれまで以上にお近づきになれたことは、どんなに時が経ってもーーどんなことがあっても、消えることのない感銘をわたしの心に残しました。ーーあなたはお幸せですか、それともお悲しみでしょうか?--あなたの心にお答えください。--またーーこのことであなたのお気持ちを抑制なさるのかーーおもむくままに任せられるのかーーそれによって、和らげられるのか、掻き立てられるのでしょうかーーあなたはどうなのでしょうかーーどちらでしょうかーー

親しくお目にかかる前からーーそれでなくても、私の心は掻き立てられましたーーあなたのご好意がそれを募らせました。私の心の奥深くにあって、何とも言い表せない感情があなたを愛させてしまいました。お目にかかる前から、あなたの音楽は私を感激させてしまいました。--あなたの親切な人柄とご好情がそれを一層強めたのです。わたしに与えてくださった優れたもの、あなたとお付き合いする喜びは、もしわたしをもう少し感覚的でなく愛してくださったのでしたら、それはわたしの生涯に最も美しい輝きを添えることになったでしょうに。ーーわたしがこの感覚的な愛に満足できないのがーーあなたの怒りを招いていますーーあなたのお望みに従えば、わたしは貴い絆を断ってしまうことになります。ーー信じてくださいーー自分の義務を守ることで、最も苦しんでいるのは他ならぬこのわたしです。そして貴い動機がわたしの行為を導いていることは確かなのです。 *2

ふたりの交情は、周囲の心配をよそに続きますが、1807年秋頃に、この恋は実らぬまま終わったとみられます。

伯爵夫人が平民ベートーヴェンと再婚すれば、伯爵との4人の子供たちは法律上平民になってしまうので、もともと結婚は無理な話でした。

ヨゼフィーネはその後、1810年にとある男爵と再婚しますが、その結婚はさらに不幸なものとなりました。

ヨゼフィーネはベートーヴェンより先に、1821年3月31日にウィーンで42才で世を去ります。

ベートーヴェンの死後、遺品の中から有名な『不滅の恋人への手紙』が見つかります。

これは長年、時期的にもヨゼフィーネに宛てたものではないとされてきましたが、最新の研究では、その可能性も高いとされています。

いずれにしても、ベートーヴェンとその女性関係は、彼の芸術を理解する上では不可欠のテーマです。

ブルンスヴィック家との関わりや、他の女性とのエピソードも、まだまだ触れなければならないことがたくさんありますが、まずはヨゼフィーネとの恋愛を投影したと思われる、このコンチェルトを聴きたいと思います。

ロプコヴィッツ侯爵邸での試演を再現した演奏

今回取り上げるのは、ベルギーのフォルテピアノ演奏家、 アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルヴルト)の演奏です。

コンサートではなく、ロプコヴィッツ侯爵邸での試演を再現したもので、特に弦楽器を最少人数、第1ヴァイオリン1名、第2ヴァイオリン1名、ヴィオラとチェロが各2名、コントラバスが1名という、室内楽的編成です。

これに、フルート1、オーボエクラリネットファゴット、ホルン、トランペットが各2、そしてティンパニです。

バランスが悪いと思いきや、これがとても素晴らしい響きなのです。

実際、シンフォニアエロイカ交響曲第3番『英雄』)の試演も行われたロプコヴィッツ侯爵邸の大ホールには、舞台はなく、バンケットルームにオーケストラがいて、周りを立ち合いの聴衆が囲むという、親密な空間で演奏されました。

当時の貴族が聴いた贅沢な音色、というわけです。

ベートーヴェンの心の襞までが聞こえるような、お気に入りの演奏ですので、ぜひ味わってみてください。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第4番 ト長調 Op.58

Ludwig Van Beethoven:Konzert für Klavier und Orchester Nr.4 G dur Op.58

演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルヴルト)(フォルテピアノ)、クリストフォリ

Arthur Schoonderwoerd (fortepiano)& Cristofori

第1楽章 アレグロモデラート 

コンチェルトの通例を破り、オーケストラの前奏がなく、最初からピアノから始まります。前例として、モーツァルトのピアノ・コンチェルト 第9番 『ジュノーム』がよく挙げられますが、それでもオーケストラの短い前奏はあります。まったく最初からピアノ独奏、というのはこの曲が初めてです。

含蓄深い最初の和音は、演奏者によって異なりますが、分散和音気味に鳴らされます。続くメインテーマは同音連打で、同時期に作曲が進められていた「運命動機」に共通点が見いだせます。しかし、その抒情性豊かなたたずまいは、全く似て非なるものです。

ピアノに呼応し、弦が、静かに語り始め、だんだんと盛り上がっていきますが、さながら、深山に落ちた一粒の水滴が、川となって流れはじめていくよう、あるいは、ポッと心の奥に灯った恋のしずくが、だんだんと胸いっぱいに広がっていくかのようです。

あらためて登場したピアノが、管弦と呼び交わしながら紡いでいく音の流れは、好きな人を思い浮かべたときに胸の中を流れる蜜のように、憧れで満ちています。

思いは募り、時にやるせなく、不安な影も差します。これが、音で綴った恋文でなければ何でしょうか。

メインテーマは、縦横無尽に展開されていき、目立ちませんが対位法的処理も施されていて、異例の長さの楽章にもかかわらず、最後までどっぷりと恍惚の世界にはまってしまいます。

カデンツァは51小節の短いものと、100小節に及ぶ長いものの2種類をベートーヴェンは作曲しています。この演奏では短い方が採用されています。

第2楽章 アンダンテ・コン・モート

短いですが、実に印象的な楽章です。弦が、紋切り型のフレーズを、何かを問いかけるような厳しい調子で語ります。まったく前例のない書法です。これに対し、ピアノはあくまでも優しく、時には弱々しく繊細に答えます。ピアノには、ずっと弱音ペダルを踏み続けるよう指示があります。

弦とピアノは、いったい何を対話しているのでしょうか。それは、自分の心の中での葛藤なのでしょうか。

ここでのピアノは、初演でも強烈な印象を与えたようで、前回紹介した聴衆のひとりライヒャルトは『美しくくりひろげられる歌をもつアダージョベートーヴェンは、彼の楽器で深いメランコリックな感情で本当に歌わせた。』と書き記しています。

このロマンティックな楽章は、続くロマン派の作曲家たちにも大きな影響を与え、リストは『復讐の女神たちをやわらげるオルフェウスをあらわす』としています。確かに、グルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』の、地獄での場面を想起させますが、この抒情性は、やはり恋の葛藤と思えてなりません。

終わり近くには不安げなトリルが現れ、短いカデンツァ的なパッセージを奏したあと、消え入るように楽章を閉じます。

第3楽章 ロンド:ヴィヴァーチェ

第1楽章と同じく、同音連打のテーマを弦が奏でて始まります。さすがにフィナーレだけあって、華やかなロンドですが、明るいだけではなく、どこか落ち着いた大人のたたずまいを感じます。ピアノがつまびく第2主題は、どこまでも気高く、それを管楽器が受け継ぐさまは天に昇るかのようで、恋愛の高揚感そのままに思えます。ピアノとオーケストラは、時には対比し、時には一緒になって、盛り上げていきます。

カデンツァは短く、もう演奏家には委ねる余地はありません。カデンツァは即興ではなく、最初から作曲者が書き込むようになり、それは次作、第5番『皇帝』で確定的なものになります。

 

この曲は、1808年に出版され、ベートーヴェンの唯一の作曲の弟子で、皇帝の弟、ルドルフ大公に献呈されます。初版では、ピアノの最高音は4点ハ音でしたが、その後、ピアノの性能が改良され、4点ヘ音まで出せるピアノが製造されると、それに合わせて楽譜が改訂されます。

ベートーヴェンの活躍した時期は、ちょうどピアノの発展期だったため、このようなタイムリーな改訂はよくありました。

この演奏のように、ベートーヴェンの当時の楽器を使って再現することには重要な意義がありますが、ベートーヴェンが今のグランドピアノを知ったら、もっとすごい曲を作曲したのは間違いないでしょうし、既存の曲も、新しいピアノで演ってくれ、と言うかもしれません。

 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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*1:『新編ベートーヴェンの手紙』小松雄一郎編訳・岩波文庫

*2:『新編ベートーヴェンの手紙』小松雄一郎編訳・岩波文庫