孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

みんな大好き!ベートーヴェン『ピアノソナタ 第8番 ハ短調 作品13《悲愴》』

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比較的弾きやすい?傑作

ベートーヴェンの生い立ちから、一般的には馴染みの薄い若い頃の作品を聴いてきましたが、ようやくポピュラーな作品に出会うことになります。

『悲愴ソナタです。

〝月光〟〝熱情(アパッショナータ)〟とともに、ベートーヴェンの3大ソナタと称えられる名作です。

激しい情熱と深い抒情をはらんだこの曲は、聴く人を誰でも魅了してしまいます。

友人のピアノ教室の発表会で、小学生がこれを見事に弾いたのを聴いて、妻は椅子から転げ落ちんばかりに驚いていました。

妻はこの曲を聴いたことがなかったらしく、目の前で神童が奇跡を起こしたように感じたようです。

ピアノの弾けない私には分かりませんが、この曲にはそれほど難しい演奏技術は求められていないようです。

大学時代に友人がこの楽譜を貸し借りしているのを見て、こんな曲が弾けるのか!?と問いただしたところ、けっこういけるよ、という答えに驚いた記憶もあります。

しかし、演奏の難易がそのまま曲の価値になるわけではありませんし、ベートーヴェンがこの曲に込めたものを表現するのはもちろん簡単なことではないでしょう。

若き日の記念碑的作品 

1799年に出版されたこの曲は、自筆譜が失われていることもあって、その内容から出版直前の作品と考えられていました。

しかし、最新の研究では、作曲時期は1797年から翌98年にかけて、ということになっており、前回のピアノソナタ 第7番とほぼ同時並行で作曲されたことになります。

そして、この曲をもってベートーヴェン初期は終わり、傑作が目白押しの中期に入る、とされています。

ハイドンモーツァルトの影響を脱して、いよいよベートーヴェン独自の世界を確立した記念碑的作品ともされます。

でも、この曲にもモーツァルトピアノソナタ 第14番の影響は濃く、第2楽章の有名なテーマも、同作品の第2楽章に出てきます。

また、同時代のライバルというべきムツィオ・クレメンティの影響を指摘する向きもあります。

もちろん、この曲はベートーヴェンの独創が遺憾なく発揮されたものですが、同時代との音楽から完全に断絶したものではないわけです。

しかし、それでもこの曲の革新性は強烈でした。

先生に禁じられた曲

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イグナーツ・モシェレス

チェコのピアニストで作曲家のイグナーツ・モシェレス(1794~1870)の逸話は有名です。

彼は幼い頃から、親に音楽家にするべくチェコ音楽院に入学させられましたが、教師のベドルジフ・ディヴィシュ・ヴェベルは、プラハの人だけに、モーツァルトを最上の模範としていました。

与えられた教材は、モーツァルトクレメンティ大バッハという王道。

しかし、1804年のある日、彼は図書館で、禁断の楽譜を見つけてしまいます。

それがベートーヴェンの『悲愴』でした。

シェレスはこんな音楽があるのか!?と衝撃を受け、夢中で書き写して弾いたのです。

ところが、師匠がそれを見つけ、『もっと立派な手本を元にしてスタイルが出来上がる前に、そんな奇矯な作品を弾いたり勉強したりしてはならない!』と厳重注意されたということです。

ベートーヴェンの作品は、人気を博す一方で、保守層からの、規則を無視しためちゃくちゃで前衛的な作品、という評価も根強いものがあったのです。

シェレスは後にウィーンに出て、ヴィルトゥオーゾとして活躍しますが、憧れのベートーヴェンにも出会うことができ、彼からも評価されて、その付き合いはベートーヴェンの死まで続きました。

この曲に込められたものとは

この曲のタイトル『悲愴』は、ベートーヴェン自身のアイデアなのかは定かではありませんが、初版譜『Grande sonate pathétique(悲愴的な大ソナタ)』と書かれているので、少なくとも作曲者が認めていたことは確かです。

ベートーヴェンが自作に題を付すことはきわめて珍しく、ピアノソナタでは、後の『告別』があるのみです。

では、ベートーヴェンはパトスが溢れ出るような曲想と、『悲愴』というタイトルで、何を訴えようとしたのでしょうか。

それには全く手掛かりはありませんので、これまで多くの推測がなされてきました。

耳の異常が出てきた頃ですので、その絶望感が反映している、という説や、貴婦人との恋愛が破れた失恋説などがありますが、どれもピンときません。

特定の動機や出来事に紐づいていると考えるのは面白いのですが、短調の悲劇的な調子の作品はどの作曲家にもあります。

私がこの曲に感じるのは〝若さ〟です。

『ロメオとジュリエット』に例えた人もいますが、ゲーテやシラーが主導し、ハイドンモーツァルトも影響を受けた、ドイツの芸術思潮〝シュトゥルム・ウント・ドランク(疾風怒濤)〟の流れと考えるのが妥当のように思います。

ベートーヴェンの頃には古くなっていたものの、彼がゲーテやシラーから受けた影響を考えると、決して当てはまらないことではありません。

文学でいえば、シェイクスピアよりも、『若きウェルテルの悩み』にあるような若さゆえの情念が、音楽芸術として結晶されたもの、と感じるのです。

またこの曲は、これまで若きベートーヴェンピアノソナタで取り組んできた、凝った作りや深い音楽表現、技巧の追求から離れて、いっさいの無駄を省いたシンプルでストレートな構成となっています。

それがこの曲を不朽の名作たらしめているといえます。

ベートーヴェンピアノソナタ 第8番 ハ短調 Op.13

Ludwig Van Beethoven:Piano Sonata no.8 in C minor, Op.13 “Grande sonate pathétique”

演奏:ロナルド・ブラウティハム(フォルテピアノ

Ronald Brautigam (Fortepiano) 

第1楽章 グラーヴェーアレグロ・ディ・モルト・エ・コン・ブリオ

グラーヴェの序奏が、分厚いハ短調の和音から始まります。付点リズムがフランス風序曲のように重々しく、減七和音の多用が〝悲愴感〟を高め、異常な緊張感が聴く人を固めてしまいます。コンサート会場は水を打ったように静かになります。途切れ途切れの序奏は、最後は半音階を一気に流れ下って主部に入ります。

アレグロの主部は、轟く太鼓のような低音のトレモロに支えられ、まるでオーケストラのようなスケールです。走り出した音符は誰にも止められない、と訴えるかのようです。スタッカートで上昇する第1主題に対し、第2主題は定石の変ホ長調ではなく、変ホ短調で現れ、めくるめくように流れていきます。すると、その後に長調に転じ、本来の第2主題であるべき変ホ長調のテーマが出現します。これのどちらが第2主題か、というのは古来論争がありますが、このような〝偽第2主題〟の手法はこれまでもベートーヴェンは試していますので、それをここでも発展させたということでしょう。音階を駆け上がり、駆け下る様は、まさに疾風怒濤のごとく聴く人を圧倒します。

展開部とコーダの前で、グラーヴェの序奏が再び出てくるのが異例で、この曲の大きな特徴となっていますが、この手法は既に少年期の『選帝侯ソナタ 第2番』で実験済です。この序奏のテーマこそが『悲愴』であり、それが序奏にとどまらず、曲中に何度も挿入されるからこそ、特別に曲のタイトルとしてネーミングされたのかもしれません。コーダは第1主題で完結に結ばれています。

第2楽章 アダージョカンタービレ

ベートーヴェンの旋律の中でも特に美しく、心に響くといわれている楽章です。懐かしさと切なさが込み上げてきます。第1楽章の嵐のあとの静けさ、といった趣きですが、第2小節には第1楽章の第2主題が隠されているのです。中間部は変イ短調の物憂い音楽で、3連音の伴奏が印象的です。ほどなく温かい第1部が再現されますが、中間部の3連音は続いて、単なる繰り返しではなく、思いがあふれるかのようです。

第3楽章 ロンド:アレグロ

激情を抑えたかのようなロンドのテーマですが、こちらにも第1楽章のグラーヴェや主部第2主題のモティーフが使われています。各楽章に同じテーマを忍び込ませて統一感を持たせるのは、〝運命〟でも徹底されたベートーヴェンの生涯の取り組みのひとつです。しかし、この楽章は最初からピアノソナタ用に作曲されたのではなく、当初の構想ではピアノとヴァイオリンのソナタのために書き始められたことが、スケッチ帳の研究から分かっています。ロンド主題の最初の提示の次には、変ホ長調の第2のテーマが挿入され、さらに第3のコラールのようなテーマが現れます。このテーマはフーガのような対位法的に展開し、曲に深みを与えています。回帰してきたロンドのテーマは落ち着きなく展開され、幾分の緊張感もはらみながら進んでいき、絶頂に達したあとに脱力したかと思うと、一気に音階を流れ下ってフォルテッシモでこの大ソナタを閉じます。

 

オランダのピアニスト、ぺトラ・ソムライによるフォルテピアノの演奏です。


www.youtube.com

 

第2楽章はカンタービレ(歌うように)と示されているように、歌詞があるかのような旋律です。

CMで〝あなたに出会えてうれしかった〟といった歌詞で歌われているのも聞きましたし、平原綾香もカバーしています。

時空を超えて共感される、若きベートーヴェンの歌です。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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