《エロイカ》初演を描いた映画
ベートーヴェンの交響曲 第3番 変ホ長調 Op.55《エロイカ(英雄)》を聴いてきましたが、今回は、英国BBCが2003年に制作した映画『エロイカ』を観ます。
1804年の、ロプコヴィッツ侯爵邸における試演(リハーサル)の様子を、様々なベートーヴェンにまつわるエピソードを盛り込みながら、再現しています。
さすがBBC、エロイカが最初にこの世に鳴り響いたのは、まさにこんな光景だったのでは、と思わせるくらい、よくできています。
副題は、「音楽が永遠に変わった日」。
劇中の最後の方で登場する老ハイドンが、エロイカを聴いてつぶやく有名な言葉、『きょうから全てが変わってしまう』に基づいています。
演奏は、古楽器の雄、ジョン・エリオット・ガーディナー率いるオルケストル・レヴォリューショネール・エ・ロマンティーク。
ロプコヴィッツ侯爵家の楽長、アントニン・ヴラニツキー役は、同オーケストラのコンサートマスター、ピーター・ハンソンが好演しています。
配役は下記の通りです。
ベートーヴェン:イアン・ハート
ディートリヒシュタイン伯爵:ティム・ピゴット=スミス
ロプコヴィッツ侯爵:ジャック・ダヴェンポート
ロプコヴィッツ侯爵夫人:フェネラ・ジャスティン・テレーズ・ウールガー
デイム伯爵夫人ヨゼフィーネ:クレア・スキナー
ブルンスヴィック伯爵令嬢テレーゼ:ルーシー・アクハースト
ハイドン:フランク・フィンレイ
リース:レオ・ビル
従僕長ゲルハルト:ロバート・グレニスター
写譜家スコワティ:アントン・レッサー
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プロローグ
広い宮殿の一室。
本物のエロイカザールとは違いますが、ここでエロイカが初演されまます。
ロプコヴィッツ侯爵家の楽長にしてコンサートマスターのアントニン・ウラニツキーがひとり、ヴァイオリンを響かせて、音の具合を確かめています。
ウラニツキーは、モーツァルト、ハイドン、アルブレヒツベルガーに師事した、当時最高のヴァイオリニストのひとりです。
そこに、足音が響き、ロプコヴィッツ侯爵が現れます。
彼は、ボヘミア貴族の筆頭としてハプスブルク家に仕え、軍人としても活躍していましたので、戦傷のため松葉杖をついています。
侯爵はウラニツキーに、リハーサルには何人かの客人が来ることを伝え、開始前に楽団員にビールを支給するよう指示します。
一転、ベートーヴェンの家。
床下に楽譜が散乱した汚部屋で、弟子のフェルディナンド・リースが到着し、その荒れ方に当惑しています。
ベートーヴェンは上半身裸で、鼻歌を歌いながら髭を剃っています。
リースが遅くなってすみません、と挨拶すると、まだ髭剃りの時間もある、と上機嫌です。
でもリースが、階下の住人から、水が落ちてくるとクレームがあったことを伝えると、カッとなって、俺は身体を洗っているだけだ!と怒鳴り散らします。
ベートーヴェンは瞬間湯沸かし器のように突然怒りだすのですが、リースはもう慣れてあきらめた様子。
リースがピアノの上に置かれたスコアを見ると、表紙には『ボナパルト』の文字。
侯爵家に行くのに、馬車を手配しましょうか、と言うリースに、素敵な天気だから、歩いていこう、とベートーヴェン。
歩きながら、リースはナポレオンについて、ベートーヴェンの考えを聞きます。
彼はオーストリアを征服しにくるのではないか、と。
ベートーヴェンはそれを否定します。
彼は我々に自由を与え、独裁政治から解放してくれるのだ、今は和平条約を結んでいるし、征服の心配はない、と。
一転、侯爵家。
ロプコヴィッツ侯爵夫人カロリーネ・ツー・シュヴァルツェンベルクが身支度をしているところに、ふたりの子供が挨拶しにきます。
夫人が、きょうはベートーヴェンの音楽をやるのよ、と言うと、子供たちはつまらなさそうに下がっていきます。
場面は、楽団員の自宅に移ります。
ホルン奏者、オットーの家は子だくさんで大変な騒ぎ。
このシンフォニーはホルンが主役ですから、大事な役回りです。
子供たちが、いたずらに変ホ調の管を隠して、父を困らせます。
コントラバス奏者の親子は、父が老齢で大変そう。
息子がふたつのコントラバスを抱え、父を気遣いながら侯爵邸に急ぎます。
侯爵邸では、いよいよ楽団員が集まり、準備をしながらビールがふるまわれています。
やがて、侯爵邸に、大仰な軍服に身をかためた貴族がやってきます。
彼は、侯爵のいとこにあたる、ディートリヒシュタイン伯爵。
音楽通を自認しており、今回のリハーサルに招かれました。
きょうはハイドン?と聞きますが、侯爵夫人が、いいえ、ベートーヴェンよ、と答えると、伯爵はよく知らないらしく、怪訝な顔をします。
ふたたび、侯爵邸に向かうベートーヴェンとリース。
今度の新曲シンフォニーで、なんで3つもホルンを使うのか、師匠に聞きます。
ベートーヴェンは、バカ、分からんのか、第3楽章のスケルツォで壮大な効果を上げるためだ、と応じます。
そして、私以上に自然を愛する者はいない、木々が私の心に話しかける、以前自殺を考えたこともあったが、自然が救ってくれた、と、ハイリゲンシュタットの遺書の中身をほのめかします。
侯爵邸の従僕長ゲルハルトに、部下の若い従僕マシューが、仕事をしながら、私も音楽を聴いていいんですかね?と尋ねます。
侯爵は我々もいい音楽を聴くべきだ、というお考えだから、かまわないぞ、と答えます。
調弦をしている間に、ようやくコントラバスの親子が遅れて到着します。
謝る父子を侯爵はねぎらい、馬車代も出してやるから、といたわります。
ホルン奏者のオットーも遅れてきて、ベートーヴェンとリースと同時に到着します。
賓客用の正面階段を登ろうとするベートーヴェンに、オットーは自分は裏階段から行きます、と言いますが、ベートーヴェンは、かまうものか、我々は芸術家なのだから、堂々と表から入ろう、と応じます。
階段を途中まで登ると、楽団が指慣らしに奏でている音楽が聞こえてきます。
モーツァルトのアイネ・クライネ・ナハトムジークのメヌエット。
ベートーヴェンはこれを聴いて、不敵に笑います。
会場では、ディートリヒシュタイン伯爵が、ウラニツキーの奏でる甘い旋律に酔いしれています。
彼はモーツァルトをこよなく愛した街、プラハの出身なのです。
従僕マシューも、思わずノリノリになってしまいますが、上司のゲルハルトに目で怒られてしまいます。
曲が終わるところで、ちょうどベートーヴェンとリースが入室します。
侯爵は、天才が来た、と出迎えます。
そしてディートリヒシュタイン伯爵に彼を紹介します
伯爵は、君は才能あるピアニストと聞いていたが、作曲もやるのかね?と怪訝な顔。
そしてヴァン、という名前なのは、オランダ人かね?と。
ベートーヴェンは、いや、ボン出身です、と答えます。
さらに伯爵は、君の階級は?土地所有者(地主)かね?と聞きます。
ベートーヴェンは笑って、私が地主に見えますか?土地所有者ではなく、頭脳所有者です、と答えます。
これも実際にベートーヴェンがしゃべった有名なエピソードの引用です。
さて、いよいよリハーサルが始まろうという段になり、ベートーヴェンはあたりを見回し、誰かを探します。
侯爵夫人が、どうしたの?ときくと、彼女がいない、と答えます。
ベートーヴェンの愛するダイム伯爵夫人ヨゼフィーネの姿が見えなかったからです。
この大作の記念すべき初演を彼女にどうしても聞いてもらいたかったベートーヴェンは、一気に不機嫌になります。
侯爵夫人は、すぐ来るわよ、と慰めます。
会場には、若いメイドも、待機するふりをして、音楽を聴きに入室してきます。
彼女は音楽が大好きなようです。
従僕マシューは彼女に好意をもっているらしく、目でコンタクトを取りますが、無視されます。
侯爵夫人はリースに、この新しい第3シンフォニーは誰に献呈されるの?と聞きますが、リースは『分かりません。でも表紙にボナパルト、と書いてありました。』と答えます。
侯爵夫人は喜んで、私はフランスが大好き、と言います。
リースは、ギロチンや恐怖政治がですか?と皮肉を言いますが、夫人は、それは全部終わったわ、私たちはパリの友人からたくさんのことを学んだの、彼らの社会は進んでいる、一方我々の社会は停滞している、と論じます。
一方、伯爵は侯爵に、世間の情勢を尋ねます。
『平和はこれからも保たれると思うか?ロシアと英国は我々を戦争に引き込むつもりじゃないのか、どう思う?』と。
侯爵は、それは分からない、と応じます。
伯爵はベートーヴェンに、今から何を見せてくれるのか?オリジナル作品なのか?と聞きます。
ベートーヴェンが『最初から最後までオリジナルです』と答えると、伯爵はそりゃ不可能だ、とあざ笑います。
ベートーヴェンが侯爵に『新しい方向性です、殿下。私は森の中に新しい道を必要としているのです。』と伝えると、伯爵は『古い道の何が悪いのか?』と突っかかります。
このあたりから、旧弊な貴族代表のディートリヒシュタイン伯爵とベートーヴェンとの確執が始まります。
そこに写譜師のスコワティがやってきて、従僕の手も借りてできたばかりのパート譜を奏者たちに配ります。
そして侯爵に挨拶し、『この曲はモンスターですよ』とささやきます。
楽譜を見た奏者たちは、ざわめき、顔を見合わせて当惑します。
ホルン奏者のオットーは、これは血を見る地獄だ、とつぶやきます。
伯爵夫人を待ち、外を眺めるベートーヴェンに、準備ができましたよ、とリースが促します。
ベートーヴェンはしぶしぶ指揮者の席につき、ウラニツキーに、楽譜を叩いてテンポの指示をだします。
そして、第1楽章が鳴り始めます。
第1楽章
始まった音楽は、気の抜けたような感じで、だんだんとずれていき、ついには不協和音になってしまいます。
ベートーヴェンは、いら立ってストップ!と叫びます。
これはリースの証言した初演の光景の再現です。
侯爵が楽団に、『諸君、これは初めての試みなのだから、我慢してやってくれたまえ』と呼びかけます。
『私の耳には悪魔のように響いた。演奏は難しすぎるのではないか』と。
伯爵は、『暴力的だ、不必要に暴力的だ』と感想を述べます。
侯爵夫人だけはリースに、『ボナパルトだわ』とうれしそうにささやきます。
ベートーヴェンは、指示はスフォルツァンドだ、と叫びます。
侯爵夫人は、スフォルツァンドって何?とリースに尋ねます。
リースが『それぞれの音符に鋭いアクセントをつけることです。』と答えると、侯爵夫人は『なんでモダンなの!』と感歎します。
ベートーヴェンは、楽団に語りかけます。
『皆は美しい音を出すよう訓練されている。しかし、私は美しい音は求めていない。ほかの場所であって、ここではない。私は要求する、命令する。最初の2つの和音をやってみてくれ。』
和音を出すと、ベートーヴェンは、納得しません。
『もっと強く、勇気を込めて、もう一度!』
『ためらうな、もっと大きく!』
奏者が『変えるのは難しい』とぼやくと、ベートーヴェンは、『そうだ、これは変化だ。時代を変えるのだ。演奏は無理か?』
するとオットーが、『全くそんなことはない!』と叫びます。
ベートーヴェンは、『それなら演奏するのだ、キリストへの愛のために!』。
すると、オーケストラは見違えたように、ベートーヴェンの意図通りに演奏できるようになります。
侯爵夫人は、『神様、まるでダムが決壊したみたい』と感激します。
そこにようやく、ブルンスヴィック家の姉妹、ヨゼフィーネと姉テレーゼが到着します。
ベートーヴェンはそれを見て、ホッとします。
しかし、まったく聞いたことのなり音楽に、貴族たちは当惑しますが、従僕ゲルハルトは、これはすごいぞ、とうなづきます。
ところが、事件が起こります。
再現部のホルンの導入で、リースが、『バカ!間違いだ!』と叫んで演奏を中断させてしまいます。
ベートーヴェンは邪魔するな、と叱り飛ばします。
楽譜の写し間違いか?と言うオットーに対し、写譜師が飛んでいきますが、間違いではありません、と確認します。
侯爵は、では続けよう、と提案します。
ベートーヴェンは、大変申し訳ない、と謝り、リースに『お前は難破させたいのか!』と責めると、リースは『規則に従っていません』と食い下がります。
ベートーヴェンは、あえて規則を破っているのでいら立ち、リースに『出ていけ!うんざりだ!』と怒鳴ります。
従僕長ゲルハルトは、落ち込むリースに『ハイドンはもう終わったのではないか。彼は悩んでいるのでないか。』と話しかけますが、リースはそれどころではありません。
異例に長い再現部、コーダに、伯爵は時計を見て当惑します。
そして、ついに第1楽章が終わります。
皆拍手し、侯爵夫人は『私は戦いを思い出した、将軍を思い出した。馬がいななき、サーベルが輝く。兵士の戦列が山を越えていくようだ!』と感想を述べます。
侯爵は、もしこれが戦いの音楽なら、小太鼓や横笛の軍楽器が必要ではないか。いやむしろ、私は古代の英雄、アキレスをイメージした、と言います。
侯爵は、ブルンスヴィック姉妹をディートリヒシュタイン伯爵に紹介すると、テレーゼは遅れてしまって、曲の最初を逃してしまってごめんなさい、と謝ります。
伯爵は『全音階と半音階の無意味な結婚だ。あなたは何も逃していない。急いでくる価値はほとんどないです。』と答えると、ベートーヴェンは、カチンときます。
しかし、ヨゼフィーネが『私たちは素晴らしいものを聴けました。』と述べると、ベートーヴェンは、してやったり、という表情。
第2楽章
そして、第2楽章に入ります。
ベートーヴェンはウラニツキーに、『ソット・ヴォーチェ、あなたの息の下で』と指示を出します。
これを聞いた伯爵はまた『ばかげている。それは声楽の指示じゃないか。どこに歌手がいるんだ。』とあざ笑います。
ベートーヴェンは『これは葬送行進曲だ。クレッシェンドに気を付けて。それはずっとは続かない』とさらに指示を出します。
しめやかな音楽が流れると、侯爵夫人はテレーゼに『大通りを進む霊柩車が見えるわ。黒い馬飾りに、金の肩章。』と話しかけて、侯爵に『シーッ』と注意されます。
夫人はかまわず『誰が死んだのかしら?英雄?』と話を続けます。
立ち会っている若いメイドも、あまりに悲し気な音楽に涙を浮かべ、ゲルハルトも感極まった様子。
リースは、木管の温かい響きに救われたような思いをしますが、すぐにベートーヴェンが立ちはだかります。
ヨゼフィーネは、その場にいたたまれなくなったように柱の陰に隠れ、思いつめた様子。
4人の子を残して世を去った前夫、ダイム伯爵の死を思い出しているかのようで、ベートーヴェンはその姿を見透かしたように見やります。
ベートーヴェンに批判的な伯爵も、思わず目をしばたたかせ、鼻をすすります。
場所は、昼食の準備をする厨房に移り、女中たちが、手を止めたり、肉を切りながら、響いてくる荘重な音楽に耳を傾けています。
ティンパニが遠雷のように響きます。
侯爵も物思いに沈み、夫人が優しく寄り添います。
ベートーヴェンは、自分の音楽が人々に与えた反応を見て、小気味よく、不敵な笑みを浮かべます。
これは、ベートーヴェンがピアノの即興演奏をして、感激で泣き出す聴衆をあざ笑ったエピソードに基づいています。
曲が終わると、伯爵がベートーヴェンに近づいて感想を述べます。
曰く、『悪くなかった。けれどこれはシンフォニーではない。』
ベートーヴェン『あんたに芸術が何か決められるのか?』
伯爵『落ち着け、落ち着け、若者よ。私は芸術ではない、と言っているわけではない。シンフォニーは構造をもつ。これは形のないミサ曲だ。単なるノイズを並べただけだ。巨大なアイデアの大きな積み重ねだ。これはとても感動的で、部分的には崇高な要素を持っている。しかし、不協和にも満ちている。仕上げを欠いている。これはシンフォニーとは呼べない。』
侯爵は、まだ最後まで聴いていないので、結論は出せないのではないか、と割って入ります。
そして、ランチの準備をゲルハルトに命じます。
侯爵が、ベートーヴェンに『難しい曲であることは認めなければならない』と伝えると、彼はわが意を得たとばかりに『難しいことは良いことだ、難しいことは美しい。真実に近づく』と反論します。
ヨゼフィーネは賞賛し、侯爵夫人も、なんて言ったらいいのかしら、フランス?と言います。
フランス?と聞き返す侯爵に、夫人は『新しさと大胆さ、それはフランスよ』と答えます。
伯爵は『フランス人は凶悪な略奪者だ、横暴な冒険家だ』と批判。
ベートーヴェンは『彼は貧しい者のチャンピオンだ』と反論。
ここから、昼食に入り、ベートーヴェンは楽団員と革命談義に花を咲かせます。
革命を擁護する者、戦争よりは抑圧の方がましだ、と言う者。
ベートーヴェンは『ウィーンでも革命が起こると思うか』と尋ねられると、『ウィーンっ子はビールとソーセージがある間は革命は起こさないだろう』と、実際に彼が述べた言葉を言います。
そして侯爵に、彼らに食べ物を与えれば騒ぎは収まります、と冗談を言います。
侯爵はそれを受けて、私もそう思っていた、と言って、ビールと肉を楽団員のために運ばせます。
第3楽章
ベートーヴェンは、ちょっと話がある、として伯爵夫人未亡人のヨゼフィーネを呼び出します。
そして、結婚しよう、とプロポーズします。
ヨゼフィーネは、あなたを愛しているけど、結婚はできない。あなたは4人の子の父親にはなれない、と答えます。
ベートーヴェンは、自分には収入のあてがあるから、十分に生活できる、と力説しますが、ヨゼフィーネは首を横に振ります。
そこに、間が悪く、リースが『早く来てください、スケルツォが始まります!」』と飛び込んできて、またベートーヴェンに怒鳴られます。
ウラニツキーに先に始めとけと言え!と追い返し、さらに話を続けますが、ヨゼフィーネは、お金の問題じゃないのよ、オーストリアの法律では、平民と結婚すると、子供たちは貴族ではなくなってしまうのよ、と本当の理由を伝えます。
ベートーヴェンはこれ以上は言えず、傷心のうちに会場に戻り、スケルツォの指揮に戻ります。
そして、トリオでは『ホルン!』と叫びます。
スケルツォの後半で、ひとりの老人が、息をつきながら、ゆっくり階段を登ってきます。
ベートーヴェンの旧師、ハイドンです。
このとき72歳、死の5年前です。
ハイドンの登場に、まずゲルハルトが気つき、リースも気づきます。
曲が終わり、よし、続けよう、と言うベートーヴェンに、リースが近づき、『先生、先生』と話しかけます。
ベートーヴェンはまたか、といら立ち、お前は邪魔な虫か!と怒鳴りますが、『ハイドン先生がいらっしゃってます』との言葉に、ベートーヴェンはもとより、一同立ち上がって、挨拶します。
名声は王侯レベルの、大ハイドンです。
侯爵はウェルカム・シャンパンを持ってくるよう、ゲルハルトに命じます。
マシューはゲルハルトに、偉いハイドンの出自を尋ねます。
ハイドンの父親は車大工だよ、と言うと、平民の自分にもチャンスがあるかも、と息巻きますが、ゲルハルトはさあね、無理じゃないのか、とあしらいます。
一同はハイドンを囲み、ベートーヴェンの音楽について語ります。
例によって、伯爵はベートーヴェンの音楽をディスり、彼は反発。
ハイドンはさすがに中立を保っていますが、次第に愚痴になっていき、侯爵に『先年妻を亡くしてからいろいろ終わりについて考えます。きょうがその日かもしれない、と。私の力は失われました。ひどい頭痛とめまいに苦しみ、もうピアノは弾けなくなってしまいました。』とかこちます。
侯爵が『あの輝かしい「四季」を作曲されたじゃないですか』と言うと、ハイドンは『「四季」が私を終わらせたのです。私はあれを書くべきではなかった。』と、これも有名な言葉を述べます。
ハイドンはベートーヴェンに、『君は英国に行くべきだ。かなりお金を稼ぐことができるぞ。』と勧めます。
ベートーヴェンが『はい、私は生涯を保障してくれる出版社を探しているのです。経済的安定のもとで作曲に打ち込みたい。ゲーテやヘンデルもそういう立場のはず。』と答えると、伯爵が『君はゲーテでもなければヘンデルでもない。そして絶対にそうなれない。』とバカにします。
ベートーヴェンはついにブチ切れて『どういう意味だ!』と怒鳴り、去ろうとします。
侯爵と侯爵夫人があわてて後を追い、どうにかなだめ、この曲の独占権を半年で2000フローリンで買う、と提案します。
それでようやくベートーヴェンは、席に戻り、第4楽章を始めます。
第4楽章
開始にあたり、ハイドンがベートーヴェンに『主題は何かね?』と尋ねます。
彼が『ヒロイズム』と答えると、ハイドンは『素晴らしい』と、ややそっけなく答えます。
曲が始まると、その素晴らしい変奏に皆引き込まれていきます。
途中、侯爵とヨゼフィーネの子供たちが歓声を上げて会場に乱入してきます。
ベートーヴェンは、この子供たちが障害となって結婚できなかったわけですから、複雑な思いで見つめつつ、演奏を続けます。
ハイドンは、もはや弟子の域を超えた、迫りくるベートーヴェンの音楽に、瞑目します。
曲の後半、場面はベートーヴェンとリースの帰路の様子になります。
ベートーヴェンは、侯爵の夕食の招待を断り、リースと食べたいのだ、と言います。
耳が悪くなっており、会話が聞き取れないのだ、と。
そしてリースに、伯爵夫人は美人だろう、と言うと、リースは、私はお姉さんの方がきれいだと思います、と答えて、また怒られます。
お前は人生の何もわかっていない、と。
また場面は一転、曲が終わってハイドンが退出するところです。
見送る侯爵が、どうでした?と曲の感想を聞きます。
『とても長く、とても疲れた』とハイドン。
夫人が『でも、並みの作品ではないでしょう?』と言うと、ハイドンは次のように述べます。
『彼は、自分の仕事を中心にしている。彼は、我々に自分の魂を垣間見させてくれる。私は、それが彼の音楽が騒々しい理由と思う。しかしそれは、実に、実に、新しい。英雄としての芸術家、とても新しい。すべてが今日から変わってしまうだろう。』
再び場面は、ベートーヴェンとリース。
夕食を取るべく、混雑したレストランに入ります。
友人のメンツィルを見つけたリースは、すみません、ちょっと挨拶してきます、と席を外します。
戻ったリースはベートーヴェンに、『メンツィルがクラブから戻ってきて、パリからのニュースを持ってきました。』と伝えます。
何のニュースだ、というベートーヴェンに『ボナパルトが皇帝になりました。自分で戴冠も行い、もう彼は第一執政ではありません。皇帝なのです。』と。
ベートーヴェンは、カッとなって、ボナパルト、と書いてある楽譜の表紙をくしゃくしゃに丸め、投げ捨てます。
そして、『他のやつと同じだった』とつぶやき、あっけにとられるリースに『さっさと魚を食え』と怒鳴ります。
場面は第4楽章のコーダへ。
各楽器が火のついたように燃え、これまで聴いたことのない音楽が盛り上がります。
伯爵はうろたえ、何が起こっているのか分からない様子。
貴族の当惑に対し、メイドや従僕、つまり平民たちは、自分たちの音楽、というように満面の笑みで感激します。
そして、曲が終わる。
呆然とするディートリヒシュタイン伯爵。
これで時代は貴族の時代から市民の時代に突入したのです。
さて、2020年にベートーヴェン生誕250周年を迎えてから、2年間、ベートーヴェンの生涯を追ってきました。
いったん《エロイカ》で一区切りとし、次回から時代を戻して、18世紀の英雄たちと音楽とのかかわりをたどりたいと思います。
そして再び、ベートーヴェンの時代に戻ってくることにします。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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