ヨーロッパ中が大騒ぎ
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
今年こそ、ウイルスに振り回されない年になってほしいものです。
さて、引き続き、ウィーンを音楽の都にしたハプスブルク家の皇帝たちの系譜をたどっていきます。
自ら教会音楽やオペラを作曲し、ウィーンの宮廷音楽を盛んにした〝バロック大帝〟レオポルト1世(1640-1705)は、スペイン継承戦争の決着がつかないまま、世を去りました。
この戦争では、親戚筋だったスペイン王家のハプスブルク家が断絶するため、オーストリア系の同家に王位を確保すべく、レオポルト1世が、次男のカール大公を後継のスペイン王にしようとしたことから始まりました。
これに、太陽王ルイ14世のフランスが猛反発。
孫のフィリップ公を対抗馬に立てて戦います。
ここに、フランスとしのぎを削っていた英国、オランダが参戦。
スペインに支配されていたポルトガルも英国に味方。
フランスはこれに対し、ドイツ内でハプスブルク家の帝位独占を悔しく思っていたヴィッテルスバッハ家のバイエルン選帝侯を味方につけ、オーストリアに迫ります。
戦闘は、ネーデルラント、ドイツ、イタリア、スペインと、ヨーロッパの主要部で繰り広げられますが、両陣営ともなかなか決定打を欠き、戦争はズルズルと長引きます。
英国の思惑としては、地中海の拠点が欲しかったので、カール大公の支援を名目にジブラルタルを占領。
カール大公はバルセロナでスペイン王即位を宣言します。
しかし、首都マドリードを確保できないまま、レオポルト1世の後を継いで神聖ローマ皇帝となっていたヨーゼフ1世(1678-1711)が、在位わずか6年で薨去してしまいます。
ヨーゼフ1世は唯一の男子が夭折してしまっていたので、神聖ローマ皇帝位は弟カール大公に回ってきました。
カールは、1711年にカール6世 (1685-1740)として皇帝に即位しますが、さすがに、スペイン王と兼務では、昔のカール5世の大帝国が再現してしまうということで、勢力均衡が崩れるため、英国が反対に回ります。
英国というのは、ヨーロッパ大陸が常に分裂状態であることが戦略的に望ましく、欧州に覇者が出そうになると、その敵を支援するのが伝統的な政策です。
先年の〝ブリグジット〟は衝撃的でしたが、歴史的に見れば、英国がヨーロッパと合同している方が不思議な状態ともいえます。
スペイン継承戦争の講和条約であるユトレヒト条約(1714年)では、英国はカールが領有するはずだったジブラルタルをちゃっかり自国の領土とし、現在でもスペインに返還することなく、英国の海外領土として確保しています。
さらに、戦争中、対外戦争のために一致団結する必要性もあり、イングランド王国とスコットランド王国が合同して、グレートブリテン連合王国を成立させています。
ハプスブルク家としては、兄ヨーゼフがオーストリアと神聖ローマ皇帝位を、弟カールがスペイン王位を確保する目論見でしたが、諸国の反対と、ヨーゼフの早逝によって、カールが予定外の神聖ローマ皇帝となり、カール6世としてウィーンに君臨することになったのです。
皇帝にはなれたものの、念願のスペイン王位はハプスブルク家から永遠に失われ、現在に至るまでフランスのブルボン家に移ってしまいました。
カール6世の悔しさは想像するにあまりあります。
皇帝はヴィヴァルディがお好き
さて彼も、歴代皇帝の人後に落ちぬ音楽好きでした。
特に大ファンだったのが、あのヴィヴァルディだったのです。
ヴィヴァルディも、皇帝のラブコールに応えて、1727年のアムステルダムの出版社から出版した、9番目の曲集、『ラ・チェトラ 作品9』をカール6世に献呈しました。
これまでも取り上げてきた人気の曲集、『調和の霊感 作品3』『ラ・ストラヴァガンツァ 作品4』、〝四季〟を含む『和声と創意の試み 作品8』に続く傑作です。
以前の曲集と同じく、12曲のコンチェルトから成っています。
『チェトラ』というのは、古代ギリシャの竪琴リラのことを指します。
当時の古典主義にのっとり、古代の音楽を復興する意味合いで、バロック時代にはシターンやリュートのことを指す雅名となり、その神秘的な音色から「詩的な閃き、霊感」という意味も込められていました。
また、「王笏およびそれが象徴する王権」を表すスペイン語「セトロ」、特にカール6世が一時期君臨したバルセロナ一帯のカタルーニャ語の「セプトラ」にも語感が似ているので、あなたこそ正統なスペイン王です!というごますりの意味も隠されているとされています。
楽譜の表紙にも『カトリック教徒の神聖なる皇帝カール6世、スペイン王としては3世、兼ボヘミア王にしてハンガリー王に捧げる』と書かれています。
全ヨーロッパに名声の轟いていたヴィヴァルディから、スペイン王として支持され、その楽譜がアムステルダムから広く流布されたわけです。
一音楽家のたかが楽譜、と侮るなかれ。
この楽譜は全欧州の王侯が買い求めるわけですし、神聖ローマ皇帝としても絶対に抑えておきたいイタリアの巨匠からの支持ですから、その政治的意味には想像以上に大きなものがあったのです。
大臣たちよりもヴィヴァルディと意気投合!
大いに喜んだカール6世は、何とかヴェネツィア在住のヴィヴァルディと会いたい、と熱望するようになります。
そして、ついにその機会が実現します。
海のないオーストリアにとって、イタリアに港をもつことは悲願でした。
カール6世は、今のスロベニアにある、アドリア海に面したトリエステを、直轄自由港にすることに成功しました。
トリエステはヴィヴァルディのいるヴェネツィアとは貿易港としてはライバルでしたが、カール6世がトリエステを訪問した際に、ヴィヴァルディを呼び寄せることができたのです。
その会見の噂を、アントニオ・コンティという神父が、パリのとある伯爵夫人に手紙で次のように報告しています。
皇帝はヴィヴァルディと長い間音楽の話をなさいました。皇帝が彼ひとりと2週間に話したことのほうが、大臣たちと2年間に話したことよりも多かったろうと、人々は噂しています。皇帝の音楽に対する情熱は非常に大きいのです。(中略)皇帝はヴィヴァルディに多額のお金と、さらに金の鎖のついたメダルをお与えになり、彼を騎士に叙されました。忠実なる騎士にです。
この神父はやっかみを込めて報告しているのですが、これによってヴィヴァルディは貴族に叙されたわけではありません。
しかし、その名誉は相当なもので、どれだけカール6世がヴィヴァルディを評価し、感謝していたかが伝わってきます。
カール6世自身も、父のレオポルト1世と同じくチェンバロが堪能で、作曲もしていましたので、音楽談義に花が咲き、大臣たちより長話になったようです。
ヴィヴァルディはこの場で、皇帝に手書きの楽譜による12曲のコンチェルト集を捧げ、それにも『ラ・チェトラ』と題しました。
この言葉はカール6世にとって重要なものだったのです。
この曲集は出版されませんでしたので、今ではバラバラになっています。
作品9の第12番が含まれていて、ほか2曲が作品11に収録されています。
それでは、今回は最初の4曲を聴きましょう。
ヴィヴァルディ:『ラ・チェトラ 作品9』第1番 ヴァイオリン協奏曲 ハ長調 RV181a
Antonio Vivaldi:La Cetra op.9, no.1 Concerto C-Dur, RV181a
演奏:フェデリコ・グリエルモ指揮 ラルテ・デラルコ
Federico Guglielmo & L'Arte dell'Arco
この演奏では、序奏のように可愛いピチカートがリズムをとっていて、『ラ・チェトラ』の題となった竪琴をイメージさせます。4回のリトルネッロに挟まれ、3つのソロが華麗に歌います。トゥッティとソロが同じメロディを重ねて奏でることにより、リズムが強調されて、思わず身体が動いてしまいます。何度も聴きたくなる楽章です。
第2楽章 ラルゴ
通奏低音(チェンバロとチェロ)のみの伴奏の上に、ヴァイオリンが切ない歌を奏でます。サラバンド風の哀愁が漂います。ため息のように自然な旋律が心に沁みます。
ハ長調なのですが、決して明るいだけではなく、むしろある種の緊張感をはらんだ最終楽章です。3連符の多用、付点音符の連続、そしてヴァイオリンの火花を散らすかのような音型など、技巧の限りが尽くされています。
ヴィヴァルディ:『ラ・チェトラ 作品9』第2番 ヴァイオリン協奏曲 イ長調 RV345
Antonio Vivaldi:La Cetra op.9, no.2 Concerto A-Dur, RV345
リトルネッロのテーマは、あえて単旋律を強調したユーモラスなものです。これに対置されるヴァイオリンのソロ4つありますが、落ち着いたものから、情熱的なトリルの連続など、実に多彩です。
第2楽章 ラルゴ
チェロの前奏が実に粋で、それに導かれたヴァイオリンのソロが優雅に歌います。ここでも3連符とトリルの技巧にうっとりとしてしまいます。最後もチェロが締めくくるのが美しくて痺れます。
楽しく駆けてゆくような、スピード感のある最終楽章です。トゥッティでは、長調と短調、つまり明暗の対比がスパイスのように効いています。独奏ヴァイオリンも華麗ですが、他の曲に比べると、技巧はやや抑え気味になっています。
ヴィヴァルディ:『ラ・チェトラ 作品9』第3番 ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV344
Antonio Vivaldi:La Cetra op.9, no.3 Concerto G-Moll, RV344
この曲は曲集作品11にも第6番として所収されていますが、オーボエ・コンチェルトとしても演奏されます。ト短調の激しさを秘めた哀切な調べです。ソロはトゥッティより浮き上がるものではなく、全体の中に溶け込んだ感があります。切々と何かを訴えてくるように感じます。
第2楽章 ラルゴ
バッソ・オスティナート(持続低音)が半音階下行する中、ヴァイオリンが装飾をしていくシャコンヌです。オペラの悲劇的な主人公がやるせない思いを歌っているかのようです。
不安な感じが醸し出される、ドラマチックな楽章です。4つのトゥッティと3つのソロから成りますが、最後のソロでは、ヴァイオリンの相方をチェロが務めます。
ヴィヴァルディ:『ラ・チェトラ 作品9』第4番 ヴァイオリン協奏曲 ホ長調 RV263a
Antonio Vivaldi:La Cetra op.9, no.4 Concerto E-Dur, RV263a
冒頭、主和音が3回ずつ、フォルテで鳴らされますが、ちょっと乱暴な感じがして軽くショックを受けます。しかし、続くピアノの細かいトレモロとの対比が見事な効果を生んでいます。ヴァイオリンのソロは実に美しく、3連打の連続はわざと粗削りにして、繊細の美を際立たせる演出だということが理解できます。
第2楽章 ラルゴ
ヴァイオリンの独奏をヴィオラが支え、ヴィオラ、チェロとオルガンが間奏を受け持ちます。旋律は懐かしさに満ち、どこか『四季・冬』のラルゴを思い起こさせます。
宮廷的な華やかさと気品に満ちた、のびやかで軽快な楽章です。ヴァイオリンはフィナーレにふさわしく、技巧に満ちていて、特に32音符の連続は素晴らしいです。当時のヴァイオリニストたちのレベルの高さには圧倒されます。
次回は、ヴィヴァルディとカール6世のさらなるご縁についてお伝えします。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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