孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

放蕩男と魔性の女の歌合戦。ドン・ジョヴァンニ(6)『乾杯の歌』『ぶってよ、マゼット』

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乾杯の歌

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』第1幕 第15場

ドン・ジョヴァンニの獲物、新婦のツェルリーナを新郎マゼットから引き離す役目を仰せつかったレポレロ

ヘトヘトになって道を歩いていると、ドン・ジョヴァンニに出会います。

首尾はどうだ?と聞かれ、どうもこうも、万事最悪ですよ、とレポレロ。

彼は、マゼットと村人たちを言いつけ通りドン・ジョヴァンニ邸に連れていき、酒やご馳走をふるまい、不機嫌なマゼットの相手をしながら、なんとか場を盛り上げたのです。

『上出来じゃないか!』とほめるドン・ジョヴァンニ

『でも、そこに誰が来たと思います?』とレポレロ。

『ツェルリーナだろう!』

『ご名答!で・・・』

『ドンナ・エルヴィーラもだ!』

『ご名答!』

『で、いろいろわめいていただろう?』

『まさにご名答!』

レポレロは、騒ぐドンナ・エルヴィーラをなだめすかしながら、うまく外に出して門にカギをかけてしまった、と報告します。

これを聞いたドン・ジョヴァンニは、レポレロの神対応に満足し、上機嫌になって、よーし、大宴会を開くぞ!村娘もたくさんいることだしな!と、歌い始めます。

どこまでもポジティブな男です。

その、ドン・ジョヴァンニの性格を表す真骨頂が、この『乾杯の歌』です。『シャンパンの歌』とも呼ばれますが、歌詞では〝vino〟ですので、『ワインの歌』あるいは『酒の歌』と訳す方が正確でしょうね。

第11曲 ドン・ジョヴァンニのアリア『乾杯の歌』

ドン・ジョヴァンニ

酒で頭がおかしくなるような大宴会を準備せよ。

街の広場に女の子たちを見つけたら連れて来い。

何でもいいから踊らせろ。

メヌエットだろうと、ラ・フォリアだろうと、ドイツ・ダンスだろうと。

俺はその間、この女、あの女と恋をしたいのだ。

ああ、俺のリストには、明日の朝には10人の女が加わることになる。

(退場)

一晩で10人もの女性を相手にするぞ、とうそぶくドン・ジョヴァンニに、レポレロは、やれやれ、といった風でついていきます。

ドン・ジョヴァンニ』第1幕 第16場

場面は変わって、そのドン・ジョヴァンニ邸。

マゼットがツェルリーナに対し、プリプリ怒っています。

なぜって?

そりゃそうでしょう!

よりにもよって、結婚式当日に、他の男にフラフラついていく花嫁なんか、前代未聞です。

マゼットは新妻に『けがれた手で俺に触るな!』と当然な激怒。

ツェルリーナは『私だってだまされたのよ。でも信じて、あの人は私に指一本触ってないわ。』と一生懸命、言い訳します。

ツェルリーナが、一度はドン・ジョヴァンニにイエス、と言ってしまったことは、神のみぞ知る、観客のみぞ知る、です。

それで、ツェルリーナがマゼットと仲直りするために歌うのが、世にもコケットな色気に満ちたアリア『ぶってよ、マゼット』です。

第12曲 ツェルリーナのアリア『ぶってよ、マゼット』

ツェルリーナ

ぶってよ、ぶって、私のマゼット。

あなたの哀れなツェルリーナを。

私はここで子羊のように、おとなしくムチ打たれるわ。

髪の毛をむしってもいい、目玉をくり抜いてもいいの。

それでも、あなたのいとしい手にキスするわ。

ああ、どうしてそんなに頑固なの?

機嫌を直して、仲直りしてよ。

そして、夜も昼も仲良くしましょう。

そう、夜も昼も!

どこまでも甘く、可愛く、コケティッシュに歌います。ちょっとM的な官能も漂い、チェロのオブリガートが夢心地にさせてくれます。

これを歌われて、許さない男がいるでしょうか。

自分の魅力を十分に自覚しているツェルリーナは、計算づくでやっていますし、マゼットもそれは頭では分かっていて、歌が終わると客席に向かって『皆さん、ご覧になりましたよね?魔性の女が男を手玉にとるところを。』と照れくさそうに言います。

特に魔性の女でなくとも、この程度のことは普通の女性でもできるでしょうけど。笑

 

大好きな曲なので、ドロットニングホルム宮廷劇場版とジュリーニ版のふたつも掲げておきます。

歌(ソプラノ):バーバラ・ボニー

歌(ソプラノ):グラティエラ・シュッティ

さて、いったんは機嫌を直したマゼットですが、ここはまだ危険なドン・ジョヴァンニ邸。

さらなる波乱が待っています。

 

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あの夜、あの部屋で何があったのか。ドン・ジョヴァンニ(6)『ドンナ・アンナのアリア〝もうお分かりでしょう〟』

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ルーカス・クラナッハ(1472-1553)『正義のアレゴリー』(オペラとは関係ありません)

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』第1幕 第13場

昨夜、その部屋に忍び込み、騒がれたあげくにその父を殺したドンナ・アンナに、道端で出くわしたドン・ジョヴァンニ。ギクッとしますが、どうやらアンナは相手がドン・ジョヴァンニとは気づいていない様子。それを知った彼は、調子に乗って、仇討に私の力を全てを捧げます、と、またアンナの歓心を得るような甘い言葉を残して去っていきます。

その最後の言葉から、アンナは重大なことに気づいてしまいます。

ここから、婚約者のドン・オッターヴィオに対し、昨夜の出来事を、ドラマチックで緊張感に満ちたレチタティーヴォ・アコンパニャート(オーケストラ伴奏つきの叙唱)で語り、アリアを歌います。

第10曲 レチタティーヴォ・アコンパニャートとアリア

ドンナ・アンナ

ドン・オッターヴィオ、私死にそう・・・!

ドン・オッターヴィオ

どうしました!

ドンナ・アンナ

私を助けて!

ドン・オッターヴィオ

しっかりしてください!

ドンナ・アンナ

ああ神様! ああ神様!今のが私の父を殺した男です!

ドン・オッターヴィオ

なんですって!?

ドンナ・アンナ

疑う余地はないわ。今の最後の言い方と、あの声で、思い出したの。

あの夜、私の部屋に忍び込んできた悪人のことを・・・

ドン・オッターヴィオ

なんと!信じられない、そんなことが友情のマントの下に隠されているとは・・・

でも、どうだったのです? 話してください、その異常な事件のことを。

ドンナ・アンナ

もうすでに夜もいくらか更けていて、私は不幸にも部屋にひとりでいました。

すると、マントに身を包んだ男が入ってきました。最初は、私はそれはあなただと思ってしまったのです。でもすぐにそれは間違いだと分かりました。

ドン・オッターヴィオ

なんだって!? 続けて!

ドンナ・アンナ

その男は黙って私に近づき、私を抱こうとしたので、私は逃げようとしました。

でも、彼はもっと強く抱きしめたので、私は叫びました。でも誰も来なくて、男は片手で私の声が出ないようにし、別の手で私を強く締め付けたので、もう私はダメだと思いました。

ドン・オッターヴィオ

なんて奴だ!! それで!?

ドンナ・アンナ

凌辱される怖さと苦痛を思って力を振り絞り、身をよじり、体をひねって、あの男から身を振りほどいたのです。

ドン・オッターヴィオ

ああ・・・よかった・・・!!

ドンナ・アンナ

それから、私は大声を上げて人を呼んだら、男は逃げたので、私は危険をかえりみず後を追って、道まで出たの。

追われた者が逆に追うことになって。

そこにお父様が駆けつけて、その男の正体を見破ろうとしたら、老いた父より男の方が強く、その男は悪行を殺人で仕上げたのです。

ドンナ・アンナのアリア『もうお分かりでしょう』

ドンナ・アンナ

もうお分かりでしょう、誰が私の操を奪おうとしたか。

誰が裏切者で、父を私から奪ったのか。

私はあなたに復讐を望み、あなたの心も復讐を誓っている。

思い出して、あの傷を。

哀れな老人のあの胸の傷に、あたりの地面が血に染まっていたことを。

もしあなたの中で怒りが弱まることがあるなら。

(アンナ退場)

あの夜、あの部屋で、何があったのか 

アンナはここで、昨夜自分を襲い、父騎士長を殺した犯人がドン・ジョヴァンニであることを確信します。

そしてこの場面でようやく、アンナ自身の口から、昨夜、アンナの部屋で起こったことが語られます。

我々は、婚約者オッターヴィオと同じタイミングでそれを聞くことになります。 

オッターヴィオもずっと気になっていたはずですが、父を殺されたショックが大きい中で、アンナに嫌なことを思い出させるわけにはいかないと、たずねるのを躊躇していたのです。

ここで、アンナが語ることは、嘘か真実か。

それが古来、解釈論争の尽きないところで、このオペラの核心にもなっています。

アンナの〝証言〟では、ドン・ジョヴァンニの行動はレイプ犯そのものです。暴力で強姦しようとし、抵抗され、騒がれて逃げた男。

19世紀以降に主流となった解釈は、アンナはドン・ジョヴァンニに凌辱されてしまったが、婚約者オッターヴィオには、うまく逃れたと言って隠している、というものでした。

そして、オッターヴィオはそれを単純に信じてしまっているのが、モーツァルトの音楽からも読み取れる、といわれています。

さらに、アンナが命の危険をかえりみず犯人を追いかけたのは、もはや喪うものはない、という思いゆえであり、その結果父を殺されてしまうが、オッターヴィオに求めた〝血の復讐〟は、父の流した血に加え、自分の流した血の意味も含まれている、とするものです。

しかし、疑問も残ります。

伝説の色事師ドン・ファンともあろう者が、そんな並みの犯罪者のような振る舞いをするだろうか?

貴族でありながら、農婦ツェルリーナにさえ、あれほど丁寧に口説いていたのに?

体を奪う前に心を奪うのが、ドン・ファンのポリシーではないのか?

少なくとも、台本のどこにも、アンナが犯されたことを示す文言は無いのです。

聴衆はさまざま想像をめぐらさざるを得ないのが、台本作者ダ・ポンテとモーツァルトの狙いなのかもしれません。

烈女アンナと、草食系男子オッターヴィオ

緊張に包まれたレチタティーヴォ・アコンパニャートのやりとりのあとに、アンナがオッターヴィオに復讐を求めるアリア。 モーツァルトの数あるソプラノアリアの中でも高名なもののひとつです。

まるで、美しい復讐の女神が、剣を振りかざしながら宙を舞うかのようです。

決然とした悲痛な叫びに、オッターヴィオはただ圧倒されるばかりです。

彼はまだ、紳士的な友人ドン・ジョヴァンニが、自分の婚約者にそんなことをしたということが信じられません。しかし、彼女が求めることを果たすのが自分の義務だ、と、やや消極的な姿勢で復讐を独り誓います。

アンナは、そんなオッターヴィオの性格を見越して、復讐の念が弱まらないよう、きつく釘を刺すアリアを歌ったのです。

アンナはどこまでオッターヴィオのことを愛しているのか?それも、このオペラを聴くうえで頭をよぎることです。

アンナは、犯人を取り押さえようと追いかけ、復讐の念に燃えた烈女です。淑女らしからぬ行動、という見方もできますが、中世やルネサンス期の西欧史には、歴史を動かした〝女傑〟が多く見いだせます。男の横暴や暴力に泣き寝入りしないのが現代的な女性、というイメージもありますが、歴史をひもとけば、決してさにあらず。アンナにはそんな女傑像をほうふつとさせるものがあります。

一方オッターヴィオは、育ちがよく、誠実な優等生ではありますが、どこか深みがなく、肝心なところで頼りない、今でいう〝草食系男子〟。

アンナはあの夜、最初部屋に入ってきたのは婚約者オッターヴィオだと勘違いした、と証言しています。厳格なカトリック国のスペイン、婚前交渉はご法度ですが、アンナは、それを生真面目に守っているオッターヴィオに物足りなさを感じ、男なら夜這いくらいかけてきなさいよ、と内心思っていたのかもしれません。

それで、やっと勇気を出して来たわね、と迎え入れたところ、違う男だった。

ドン・ジョヴァンニはそれを見越して、オッターヴィオのふりをして忍び込んだ、ということも十分考えられるのです。

ウィーン初演で追加されたアリア

さて、オッターヴィオは、ひとりアンナへの愛を歌います。

このアリアは、プラハ初演の時は存在せず、翌年、1788年に皇帝ヨーゼフ2世の肝いりで『ドン・ジョヴァンニ』がウィーンで再演されることになった際、オッターヴィオ役の歌手、フランチェスコ・モレッリが、第2幕にある唯一のオッターヴィオのアリアがコロラトゥーラが多く難しくて歌えない、と苦情を言ったために、彼のために新たに作曲してここに挿入したものです。

モーツァルトは、それぞれの歌手の持ち味が最大限発揮できるように曲を改変することを、むしろ喜んでやるのですが、登場人物のキャラクターが変わってしまうので、後世の我々からすると、どれがモーツァルトの意図を反映した真正な音楽なのか、大いにとまどわされます。

フィガロの結婚』では差し替えが多いため、初演版の方が用いられ、追加稿は現在では全く演奏されませんが、『ドン・ジョヴァンニ』では、ウィーン再演時の追加が素晴らしく、またストーリー上差し替えの必要はないため、良い歌はプラハ版に追加して演奏されます。モーツァルトの生前には演奏されなかった形ですが、モーツァルトも許してくれるのではないでしょうか。

このオッターヴィオのアリアは、歌詞は平々凡々、まさに単純な彼の思いを叙べたものですが、音楽は、愛をストレートに表現した甘美で純粋、そのものです。

第10曲a ドン・オッターヴィオのアリア 『あの人の心の安らぎこそ』

ドン・オッターヴィオ

あの人の心の安らぎこそ、私の心の安らぎ。

あの人の喜びが、私に命を与え、

あの人の悲しみが、私を殺す。

あの人がため息をつけば、私も嘆く。

あの人の怒りは私のもの、涙も私のもの。

あの人が幸せでなければ、私も幸せでない。

(退場)

オッターヴィオの愛に嘘偽りはありません。やや頼りないが、誠実一路。結婚相手として申し分ありません。

しかし女性は、ドン・ジョヴァンニのような野性的な、肉食系ワルに、なぜか、どこか、心惹かれてしまうこともままあるようで・・・。

 

演奏は、クルレンツィス版を中心に掲げていますが、このアリアでは、私の原点であるジュリーニも掲げておきます。甘美な往年のテノールをご堪能ください。

歌(テノール):ルイジ・アルヴァ

 

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あなたの悪事を拡散してやる!ドン・ジョヴァンニ(5)『信用してはいけません、不幸な方々』

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ドンナ・エルヴィーラに扮した、往年の大歌手ヤルミラ・ノヴォトナ

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』 第1幕 第10場

ドン・ジョヴァンニに魅惑のメロディーで誘惑され、口説き落とされて別荘に向かう村の花嫁ツェルリーナ。その前に一人女が立ちはだかります。それは、ドン・ジョヴァンニにかつて捨てられ、追いかけているドンナ・エルヴィーラ

彼女は、ツェルリーナを口説いている様子を目撃し、救うために飛び出してきたのです。

ドン・ジョヴァンニはあわてて彼女に、これは気晴らしなんだ、と、言い訳のつもりでうっかり本当のことを言ってしまいます。

エルヴィーラは、気晴らしですって・・・?そうよ、気晴らしでしょうよ!酷い人!と叫びます。

ツェルリーナは、この方のおっしゃっていることは本当なのですか?とドン・ジョヴァンニに尋ね、彼は『彼女は私に惚れてるのだ。私はかわいそうに思って、愛しているふりをしているのさ』と取り繕いますが、エルヴィーラは怒りに満ちた歌を歌い、ツェルリーナを保護し、連れて去ってしまいます。

第8曲 ドンナ・エルヴィーラのアリア『消えてしまいなさい、裏切者は』

ドンナ・エルヴィーラ

消えてしまいなさい、裏切者は。

もう何も言わせないわ。

口は嘘だらけだし、目も当てになりません。

私の苦しみを見れば、信じられるでしょう。

私の不幸を見れば、不安を感じるでしょう。

消えて!消えて!裏切者は!

(ツェルリーナを連れて、退場)

ヘンデル風の、短くも鋭いアリアです。

まさに、ラブホテルに連れ込まれる寸前に危うく助け出された、というところです。

ドン・ジョヴァンニは、どうも、きょうは悪魔が私の楽しみを邪魔して喜んでいるようだ、何もかもうまくいかん・・・とひとり悪態をついて悔しがっています。

そこに、新たなるピンチが。

父騎士長を殺されたドンナ・アンナドン・オッターヴィオのふたりが通りかかり、ドン・ジョヴァンニを見つけたのです。

ドン・ジョヴァンニは、ふたりが、昨夜の犯人は自分だと知っているのでないか、と、ギクッとします。

しかし、ふたりは何も気づいていませんでした。それどころか、アンナはドン・ジョヴァンニに、力を貸してください、と頼みます。

ドン・ジョヴァンニはホッとして、『美しいドンナ・アンナ、全てをあなたに捧げます。あなたの平穏を乱した残酷な男は誰なのですか・・・?』とまた調子に乗り始めます。

そこに、ツェルリーナをマゼットのもとに送り届けたドンナ・エルヴィーラが戻ってきます。そしてふたりに、どなたか存じませんが、ご不幸な方々、この悪者は信用してはダメですよ!とヒステリックに騒ぎ立てるのです。

そして、これまでドン・ジョヴァンニを、友情あふれる紳士だと思って信用していたドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの中に、疑念が生まれていきます。その心理の移り変わりを、ちょっとコミカルな要素も入れて描写した、素晴らしい四重唱になります。

ドン・ジョヴァンニ 第1幕 第12場

第9曲 四重唱『信用してはいけません、不幸な方々』

ドンナ・エルヴィーラ

信用してはいけません、不幸な方々、この悪人の心を。

この野蛮人は私を裏切り、さらにあなた方をも裏切ろうというのです。

ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ

おお、なんという気高い顔立ち!

なんと優しくも威厳のある方だろう!

この方の真っ青なお顔、涙には同情を禁じ得ない 。

ドン・ジョヴァンニ

かわいそうなこの娘は、気がふれているのです。この女とふたりにしてください。きっと気も鎮まるでしょう。

ドンナ・エルヴィーラ

ああ、不実な男を信じてはいけません!

ドン・ジョヴァンニ

気がふれているのです、心配しないでください。

ドンナ・エルヴィーラ

行かないで、まだここにいてください。

ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ

いったい誰を信じたらよいのか。

この方の中で、何か分からない苦しみが暴れまわっているが、いったいこの方はどんな不幸に遭われたのか、理解できないことがたくさんある。

ドンナ・エルヴィーラ

軽蔑、激しい怒り、いらだち、苦しみが私の中で暴れまわっているけれど、あの裏切者には、理解できないことがたくさんある。

ドン・ジョヴァンニ

何か分からない恐れが、私の中で暴れまわっているけれど、彼女には理解できないことがたくさんある。

ドン・オッターヴィオ

私はここを動きません、この事件の真相を知るまでは。

ドンナ・アンナ

気がふれた様子はないわ、この方の顔つき、言葉には。

ドン・ジョヴァンニ(傍白)

私がここを去ったら、何か疑われるかもしれない。

ドンナ・エルヴィーラ

あの憎たらしい顔から、腹黒い心を見抜かなければいけません。

ドンナ・アンナ(エルヴィーラに)

すると、あの方は?

ドンナ・エルヴィーラ

裏切者ですわ!

ドン・ジョヴァンニ

かわいそうな女だ!

ドンナ・エルヴィーラ

嘘つき!

ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ

なんだか疑わしくなってきた・・・

ドン・ジョヴァンニ(エルヴィーラに小声で)

静かにするんだ、さもないと、みんなが周りに集まってくるぞ。恥ずかしくないのか、悪評が立つぞ。

ドンナ・エルヴィーラ(大声で)

そんなことどうでもいいわ、悪い人!

もう私、恥も外聞もないの。

あなたの犯した罪と私の境遇を、みんなにバラしてやるわ!

ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ

あの声をひそめた話しぶり、あの顔色の変わりようは、あまりにもはっきりした証拠なので、私には確信がついた。

(ドンナ・エルヴィーラ退場)

エルヴィーラは、たくさんの女性を落としてきたドン・ジョヴァンニの中でも、結婚の約束までし、めずらしく3日も一緒にいたのですから、彼にとっても〝上玉〟で、その気高さはアンナやオッターヴィオにも感銘を与えています。

ドン・ジョヴァンニを社会的に抹殺してやろうとしたエルヴィーラの行動は、今で言えば〝SNSで拡散してやる〟といったところでしょうか。

ドン・ジョヴァンニの悪行にあきれているはずの観客も、この四重唱ではなぜか、ドン・ジョヴァンニの身になって、バレやしないかハラハラしている自分にも気づくのです。

ドン・ジョヴァンニはアンナに次のように告げて、エルヴィーラを追って去っていきます。

『あわれで不幸な女です!彼女に早まったことをしてほしくないので、後を追い、そばにいてやります。どうかお許しを、ほんとうに美しいドンナ・アンナ。もしお役に立つなら、私の家でお待ちしています。お友達よ、さようなら。』

ドン・ジョヴァンニが、あまり信用できない人物だと知ったアンナとオッターヴィオでしたが、自分には関わりはないと思っていました。

しかし、このドン・ジョヴァンニの甘い最後の言葉を聞いたアンナは、あることに気づいてしまいます。

それは次回に。

 

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ドン・ファンの本領発揮、甘い誘惑のデュエット。ドン・ジョヴァンニ(4)『あそこで手を取り合おう』

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モーツァルトドン・ジョヴァンニ』 第1幕 第7場

舞台は一転、さわやかな朝になります。

若い村人の男女がたくさん集まり、騒いでいます。そう、きょうは村で結婚式が行われるのです。若い新郎、新婦を囲んで、村人たちが祝福しています。

第5曲 二重唱と合唱『若い娘さんたち、恋をするなら』

ツェルリーナ

若い娘さんたち、恋をするなら時期を逃してはダメよ。

胸の中で心がときめいたら、直す薬はこれだけよ。

ああ、なんて楽しいんでしょう!

合唱

ああ、なんて楽しいんでしょう!

ラララ、ラララ・・・

マゼット

移り気な若者たちよ、あっちこっちとフラフラするなよ。

その場限りのお祭りは長続きしないぞ。

でも、俺のほんとのお祭りはこれからだ。

ああ、なんて楽しいんだろう!

合唱

ああ、なんて楽しいんだろう!

ラララ、ラララ・・・

ツェルリーナ、マゼット

さあみんな、楽しくやろう。

歌おう、踊ろう、飛び跳ねよう!

なんて楽しいんだろう!

合唱

ああ、なんて楽しいんだろう!

ラララ、ラララ・・・

ドン・ジョヴァンニ 第1幕 第7場

そこに、ドンナ・エルヴィーラをうまくまいて合流した、ドン・ジョヴァンニとレポレロがやってきます。

ドン・ジョヴァンニは、たくさんの若い男女(特に女性)を見て、うれしくなってしまいます。レポレロもちゃっかり『これだけいれば、俺にも何とかなるコがいるかも』とつぶやいています。

ドン・ジョヴァンニは、貴族らしく『皆さん、こんにちは!どうぞ続けてください。婚礼ですかな?』 と挨拶します。

はい、私が花嫁です、とおずおず挨拶したのは、ツェルリーナという可愛い娘。ドン・ジョヴァンニは一瞬でロックオンします。

で、花婿は?と尋ねると、私です、と名乗り出たのがマゼットという若い農夫。

ドン・ジョヴァンニが『うむ、立派な若者だ。親愛なるマゼット君に、親愛なるツェルリーナ!気に入った、ひいきにしてやろう』と告げていると、村娘の中で悲鳴が。

見ると、レポレロが娘にちょっかいを出して、つねられています。

ドン・ジョヴァンニが咎めると、『私もひいきにしてやろうとしてたんで・・・』と言い訳。

ドン・ジョヴァンニはレポレロに命じます。『皆さんを私の屋敷にお連れしろ、チョコレートにコーヒー、ワインにハムをふるまうのだ!皆さんを楽しませてあげるのだ!』

そして小声で『マゼットを楽しませておくんだ、分かったな』。

レポレロは合点承知、ドン・ジョヴァンニはツェルリーナを別途エスコート。

マゼットはレポレロに連れていかれようとしますが、ツェルリーナと引き離される展開に、おずおずと意を唱えます。

マゼット『旦那様、ツェルリーナは僕なしではいられないんです・・・』

レポレロ『あんたの代わりに、旦那様がいらっしゃるんだ、あんたの役目は果たしてくださるから、大丈夫だよ』

ドン・ジョヴァンニ『そうだ。ツェルリーナは騎士が守るから安心したまえ。彼女は私があとで送り届けるから、先に行っていなさい。』

マゼットは不安で、でも・・・とツェルリーナを見ますが、なんと当人も、これまで味わったことのないドン・ジョヴァンニの紳士的なエスコートに、ポーッとしてしまっています。彼の強烈なフェロモンに抗える女性は少ないのです。

ツェルリーナ『心配しないで、私は騎士様が守ってくださるから・・・』

マゼット『なんだって?こん畜生め!』

ドン・ジョヴァンニ『まあまあ、ふたりとも、ケンカはやめて。マゼット君、よく考えなさい。早く行かないと、後悔することになるよ・・・』

剣をちらつかせて脅されたマゼットは、完全にブチ切れて、アリアを歌います。

第6番 マゼットのアリア『分かりました、旦那様』

マゼット

分かりました、旦那様、分かりましたよ。

頭を下げて、去ればいいんでしょう。それであなた様がご満足なら。

逆らうことなんかできません、あなた様は騎士なんだから。

疑うことなんかできません、あなた様はご親切だから。

(ツェルリーナに、傍白で)

悪い女!ひどい女だ!いつも俺を苦しませて!

(レポレロに)

行くよ、行きますとも!

(ツェルリーナに)

ここに残れ、残るがいい!ほんとに貞淑な女だな!

騎士様が、お前を貴婦人にしてくれるってさ。

(マゼット、レポレロ、村人たち退場)

こうして、マゼットは花嫁から引き離され、ドン・ジョヴァンニはツェルリーナとふたりきりになります。予定通り、ドン・ジョヴァンニはツェルリーナを口説きにかかります。

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ドン・ジョヴァンニ 第1幕 第7場

レチタティーヴォ・セッコ

ドン・ジョヴァンニ

やっとふたりになれたね、可愛いツェルリーナ。

あのバカ者を追い払えてよかったね。

ツェルリーナ

旦那様、あの人は私の夫です・・・

ドン・ジョヴァンニ

誰が?あいつが?私のような貴族、高貴な騎士が、黙って見過ごすことができようか。こんな美しい顔、甘く優しい顔を、あんな農夫が汚すなんてことを。

ツェルリーナ

でも、私あの人と結婚するって約束したの。

ドン・ジョヴァンニ

そんな約束には一文の価値もない。君は農婦になるような女ではない。別の運命が待っているよ。このいたずらっぽい眼、こんなにきれいで小さな唇、この穢れなくかぐわしい指に・・・。まるでクリームチーズのような肌触り、バラのような香りだ・・・

ツェルリーナ

あぁ・・・でもイヤ・・・

ドン・ジョヴァンニ

なんでだい?

ツェルリーナ

結局はだまされるわ。私知ってるの。貴族の方々って、女に対して誠実じゃないって。

ドン・ジョヴァンニ

それは平民たちのやっかみだ。貴族は眼を見れば、誠実かどうかわかる。さあ、時間がもったいない。今すぐ君と結婚しよう。

ツェルリーナ

あなた様が?

ドン・ジョヴァンニ

そうだ、この私がだ。あのちょっとした別荘は私のものだ。ふたりきりになろう。そこで結婚するのだ、いとしい人よ。

第7曲 小二重唱『あそこで手を取り合おう』

ドン・ジョヴァンニ

あそこで手に手を取り合おう。

あそこで君は、はい、と言うだろう。

ご覧、遠くはないよ。行こう、いとしい人よ。

ツェルリーナ

行こうかしら、いいえ、行っちゃだめだわ。胸がドキドキする。

本当に幸せになれるかしら。でもからかわれているのかも。

ドン・ジョヴァンニ

さあ、おいで、可愛い人。

ツェルリーナ

マゼットがかわいそう・・・

ドン・ジョヴァンニ

君の運命を変えてやろう!

ツェルリーナ

もうダメ・・・負けそう!

ドン・ジョヴァンニ

行こう、行こうよ!あそこでふたりは許し合おう。

ツェルリーナ

行こうかしら、やめようかしら。

ドン・ジョヴァンニ

あそこで君は、はい、と言う。

ツェルリーナ

だまされているのかも・・・

ドン・ジョヴァンニ

さあおいで、可愛い人。

ツェルリーナ

マゼットがかわいそう!

ドン・ジョヴァンニ

君の運命は変わるのだ!

ツェルリーナ

もうダメ・・・負けそう!

ドン・ジョヴァンニ

さあ、行こう!

ツェルリーナ

行きましょう・・・

二人

行こう、行きましょう、いとしい人よ。

この汚れない恋の苦しみを和らげるために。

(腕を組んで、別荘の方に歩き出す)

この有名なデュエットで、観客はドン・ジョヴァンニの実力を目の当たりにするのです。ツェルリーナがついに〝行きましょう〟(Andiam !) と言ってしまったとき、観客はあーあ、とため息をつくことになります。

この曲はもうひとつ、ドロットニングホルム宮廷劇場版を掲げておきます。ドン・ジョヴァンニホーカン・ハーゲゴート、ツェルリーナは私の大好きなソプラノ、バーバラ・ボニーです。

男が女性を口説き落とすシーンにモーツァルトが曲をつけたのは、もう1曲あって、次作のオペラ『コシ・ファン・トゥッテ(女はみんなこうしたもの)』第2幕の『フィオルデリージ陥落の二重唱』です。ここでも、口説き落とされた女性は、だまされているのです。いずれも女性の揺れ動く心が絶妙に音楽化されているのですが、両方だまされる場面であることは皮肉と言わざるを得ません。

さて、ツェルリーナはこのままドン・ジョヴァンニの毒牙にかかってしまうのか、それは次回に。

 

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スペインでは1003人‼︎ ドン・ジョヴァンニ(3)『カタログの歌』

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カタログの歌

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』 第1幕 第4場

闇夜に〝騎士団長殺し〟をしでかしたドン・ジョヴァンニドンナ・アンナの家から離れた路上に、レポレロとともに逃れてきます。

ちょっと落ち着いたところでレポレロが『旦那様、お話があります』と、あらたまって言上し、ドン・ジョヴァンニは『何でも言え』と許します。

レポレロは『何を言っても怒らないって誓ってくださいますか?』と念を押し、ドン・ジョヴァンニは受け合ったので、謹んで申し上げます。『旦那様、あなたの生活は、ならず者のそれですよ。』と。

ドン・ジョヴァンニは案の定怒り出したので、レポレロは、『もう何もしゃべりません、息もしません!』。ダメだこりゃ。

機嫌を直したドン・ジョヴァンニは『これからさる貴婦人と逢う約束をしているのだ』と〝次の計画〟をレポレロに伝えます。

レポレロも『はい、新しい女はリストに加えるため、私も知っておく必要がありますからね』などと応じていると、ドン・ジョヴァンニは『シーッ。ちょっと待て、女の匂いがする』と、鼻をくんくんさせ、遠くから近づく人影を見つけて、美人のようだぞ!と、サバンナで獲物を見つけた豹モードになります。

レポレロは、旦那の嗅覚と眼力はいつもながら大したもんだ・・・とあきれながら、ふたりで陰に隠れて様子を見ます。

ドン・ジョヴァンニ』 第1幕 第5場

第3曲 ドンナ・エルヴィーラのアリアと三重唱『ああ、誰か教えて』

ドンナ・エルヴィーラ

ああ、誰か教えて、あのひどい人がどこにいるかを。

あの人を、恥ずかしいけれど、私は愛してしまったの。

でも、あの人は私に誠実ではなかった。

ああ、あの不実な男を見つけたら、そして私のところに戻らないのなら、ひどい目にあわせてやりたい!その心臓を引き裂いてやるわ。

ドン・ジョヴァンニ

聞いたか! 惚れた男に捨てられた女だな。

ドンナ・エルヴィーラ

あの男をひどい目にあわせてやりたい!その心臓を引き裂いてやるわ。

ドン・ジョヴァンニ

かわいそうに、かわいそうに。慰めてやろう。

レポレロ(傍白)

この手で1800人も慰めてきたんだからな・・・

ドン・ジョヴァンニが、慇懃に『お嬢様、お嬢様・・・』と声をかけ、顔を合わせたとたん、さすがの彼も思わず『ヤバい!』と声を上げます。

暗闇で分かりませんでしたが、彼女は、ドン・ジョヴァンニが過去に捨てた女、ドンナ・エルヴィーラだったのです。

彼女が追いかけていたのは、ほかでもない、ドン・ジョヴァンニでした。

彼女はまくしたてます。『ここにいたのね!!悪者、裏切者、嘘つき!!』

レポレロは、うんうん、旦那の的確な肩書だ、とうなずいています。

ドン・ジョヴァンニは『話を聞いてくれ・・・』と言い訳を試みますが、彼女はさえぎり、『あなたに何が言えるの!あんな悪事をしておいて?あなたは私の部屋に人目をしのんで入ってきて、まことしやかな誓いの言葉や口説き文句で私の心をとりこにしてしまった。私に愛の心を呼び起こさせてしまった、ひどい人!私を妻と呼んでくれたのに、天と地の聖なる掟にそむき、恐ろしく大きな罪を犯して、3日後にはブルゴスから去っていったの。私を捨て、私から逃げ、私を後悔と涙にひたらせた。それもあなたを愛してしまった罰・・・』とさんざんに嘆き、責めたてます。

ちなみに、騎士長殺しのとき、ドンナ・アンナの部屋に忍び込んだドン・ジョヴァンニが何をしたか、ふたりの間に何があったか、は、このオペラの大いなる謎なのですが、このドンナ・エルヴィーラのセリフには、ひとつのヒントがあります。

それは、ドン・ジョヴァンニは、決して強姦魔、レイプ犯ではなく、まず女性の心を落とし、合意のもとに征服する、ということです。

そして、征服後は容赦なく捨ててしまうのですが、現在の法律でも強姦は犯罪ですけど、合意があるとなると難しいところです。ドンナ・エルヴィーラのように、結婚がからめば慰謝料はとられるでしょうが、それでも逮捕されるわけじゃありませんから、余計にタチが悪いかもしれません。

さて、ドン・ジョヴァンニは、きまり悪そうに『俺にもわけがあってね、それはこの男に聞いてくれ』と、レポレロに押し付けます。

ドンナ・エルヴィーラがレポレロを『わけって何!?』と問い詰めている隙に、ドン・ジョヴァンニは姿を消してしまいます。

逃げられた・・・!と悔しがるエルヴィーラに、レポレロは『ほっておかれた方がいいですよ、愛するに値しない人です。』とさとします。

そして、1冊の帳面を取り出し、『あなたは、最初の女でもないし、最後の女でもない。この手帳をご覧なさい、あの方が口説いた女性のリストです。どの町、どの村、どの国も、あの方の恋の冒険の舞台なのです。』と言って歌うのが、有名な『カタログの歌』です。

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ドンナ・エルヴィーラにカタログの歌を歌うレポレロ(後ろに逃げるドン・ジョヴァンニ
第4曲 レポレロのアリア『奥様、これがうちの旦那の』(カタログの歌)

レポレロ

可愛い奥様、この目録をご覧なさい、あの方が口説き落とした女性のリストです。

作者はこの私。一緒に読んでみましょう。

イタリアでは640人、ドイツじゃ231人、フランスで100人、トルコで91人。

そして、このスペインでは・・・1003人!

その中には、田舎娘もいれば、都会の女も、メイドもいる。

伯爵夫人、男爵夫人もいれば、侯爵令嬢、王女様もいる。

あらゆる身分、あらゆる容姿、あらゆる年齢、おかまいなしです。

金髪の女には優しさを、栗色の髪の女には変わらぬ貞操を、亜麻色の髪の女には親切さをほめそやす。

冬には太った女が、夏にはやせた女がお好み。

大柄な女は堂々として立派だし、小柄な女も可愛いもんですなぁ。

年配の女性を手掛けるのは、リストに載せる楽しみのため。

でもあの方が一番熱中するのは、若い処女。

お金持ちだろうが、醜かろうが、美人だろうが、スカートさえはいていれば、あの方が何をするかは、あなたもご経験済みでしょう。

(退場)

歌の後半には、レポレロはすっかり調子に乗って自分に酔い、鼻歌交じりで、プレイボーイ気分で歌うのが、まったく凡夫の浅ましさです。

女性蔑視も甚だしいですが、人数はともかく、ドン・ジョヴァンニに近い男は現代にもたくさんいることでしょう。さる有名な脚本家が、同じようなリストを作っていたことを奥さんに暴露され、大変なスキャンダルになったこともありました。ホストに入れ込んで破産する女性も数知れません。現実世界にも通じるものがあるのが、このオペラの怖いところであり、魅力でもあるのです。

一人残された、かわいそうなエルヴィーラ。よりによって、こんな男に引っかかるなんて・・・という悔恨に暮れつつ、より一層の復讐の念を誓って、退場します。

次回、ドン・ジョヴァンニは新たな獲物をロックオンします。

 

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運命の夜、闇夜の騎士団長殺し。ドン・ジョヴァンニ(2)『イントロダクション』

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剣を抜くドン・ジョヴァンニ。後ろにレポレロ。

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』 第1幕 第1場

幕が開くと、真っ暗な闇夜。

とある邸宅の前を、マントをつけた一人の男がぶつぶつボヤキながら、行ったり来たりしています。

彼は、ドン・ジョヴァンニの従者のレポレロ。主人の今夜の獲物は、このあたりの有力者である騎士長(騎士団管区長、コメンダトーレ)の令嬢、ドンナ・アンナ

彼女は、ドン・ジョヴァンニとも顔見知りの貴族、ドン・オッターヴィオと婚約中ですが、結婚前にモノにしてしまおうと、彼女の部屋にこっそりと夜這いをかけたところなのです。

レポレロは、門の前で見張り番。ボヤキの歌は、実にそれらしく、はまっています。フィガロのように、貴族の横暴を批判していますが、フィガロと違うところは、ただのグチのレベルにとどまっている、ということです。

第1曲 導入曲

レポレロ

夜も昼も苦労するのは、喜んでもくれぬご主人様のため。

雨にも風にも耐え忍び、食うにも寝るにもままならない。

俺も貴族になりたいもんだ!

召使いなんかもうまっぴらだ!

まったく、なんて立派な旦那様。あなたは美女と家の中。

俺は表で見張り番。

おや? 誰か来たぞ・・・

見つかっちゃまずい。(隠れて様子をうかがう)

ドン・ジョヴァンニが邸宅から飛び出してきますが、その腕はドンナ・アンナに強くつかまれています。

さすが騎士長の娘、気丈にも、自分を襲った犯人を逃がすまいとしているのです。音楽も、ふたりが引っ張り合いをしているさまをリアルに描写します。

ふたりが激しくもみ合っているうち、騒ぎを聞いた父親、騎士長が剣を取って助けにきます。

ドンナ・アンナ(ドン・ジョヴァンニの腕を離さず)

殺されたって、あなたを逃がさないわ!

ドン・ジョヴァンニ(顔を隠しながら)

バカな女だ!いくら騒いでも無駄だ、どうせ私が誰か分かるまい。

レポレロ(姿を現して)

えらい騒ぎだ!うちの旦那、またやらかしたな。

ドンナ・アンナ

誰か来て!召使いたち!悪者よ!

ドン・ジョヴァンニ

黙れ、私を怒らせると怖いぞ!

ドンナ・アンナ

悪党!

ドン・ジョヴァンニ

このアマ!

レポレロ

旦那の女遊びのせいで、とんだとばっちりを喰らいそうだ・・・

ドンナ・アンナ

私は絶対にあなたを許さない!

ドン・ジョヴァンニ

この女は危ない、執念深く俺を破滅させるつもりだ。

レポレロ

旦那の騒ぎに、俺まで巻き込まれるぞ。

(騎士長が剣を抜いて登場する。ドンナ・アンナは父の姿を見て、ドン・ジョヴァンニの腕を離し、助けを呼びに家の中に入る)

騎士長

娘を離せ、悪党め!決闘だ、剣を抜け!

ドン・ジョヴァンニ

失せろ、俺の相手にはならん。

騎士長

そう言って逃げる気だな!

レポレロ(陰で)

この場から逃げ出したいよ!

騎士長

勝負しろ!

ドン・ジョヴァンニ(剣を抜く)

哀れなやつだ、そんなに死にたいのか!

ふたりは戦いますが、年老いた騎士長は、ドン・ジョヴァンニの相手ではありません。

ドン・ジョヴァンニの剣が、ついに騎士長の体を貫きます。

致命傷を負った瀕死の騎士長、それを冷然と見つめるドン・ジョヴァンニ

モーツァルトの音楽は、死にゆく騎士長の姿を冷徹に描写します。

演出によっては、この場面で騎士長は悪者の正体を知り、驚愕しつつ死んでいきます。

村上春樹の新作『騎士団長殺し』の題材になった場面です。

騎士長(致命傷を負って)

ああ、助けてくれ!人殺しにやられた・・・!

息が苦しい、胸から魂が抜けていくのが分かる・・・

ドン・ジョヴァンニ

ああ、不運なやつだ・・・息苦しくて、胸から魂が抜けていくのが分かる・・・

レポレロ(陰で)

なんて悪行を!こいつはやり過ぎだ!

胸がどきどきして、こっちが気絶しそうだ・・・

(騎士長は息絶える)

ドン・ジョヴァンニ 第1幕 第2場

レチタティーヴォ・セッコ

ドン・ジョヴァンニ(低い声で)

レポレロ、どこにいる?

レポレロ

あいにくと、ここに。旦那は?

ドン・ジョヴァンニ

ここだ。

レポレロ

死んだのは旦那ですか?ご老人ですか?

ドン・ジョヴァンニ

バカ言うな!老いぼれだ。

レポレロ

お見事!いい仕事をふたつもなさって。娘を犯し、父親を殺し。

ドン・ジョヴァンニ

あいつが望んだから、かなえてやったまでだ。

レポレロ

じゃあ、アンナ様も犯されたがってたんですかい?

ドン・ジョヴァンニ

黙れ、俺を困らせるんじゃない。ついて来い、さもないとお前も同じ目にあわすぞ!

レポレロ

はいはい、もうしゃべりません。

(地面からマントと灯りを拾ってふたり退場)

ドン・ジョヴァンニ 第1幕 第3場

家に入ったドンナ・アンナが、婚約者のドン・オッターヴィオと、灯りをもった召使いたちとともに、駆け付けます。しかし、そこは凄惨な殺人現場と化していました。

レチタティーヴォ・セッコ

ドンナ・アンナ(決然として)

ああ、お父様が危ないの。早くお助けしなくては。

ドン・オッターヴィオ(剣を手にして)

お役に立つなら、私の全ての血を流しましょう。でも、悪者はどこに?

ドンナ・アンナ

このあたりだわ・・・

(遺体を見つける)

第2曲 レチタティーヴォ・アコンパニャート

ドンナ・アンナ

神様!なんてひどい光景が私の目の前に!

お父様、お父様、ああいとしい私のお父様!

ドン・オッターヴィオ

お父上・・・

ドンナ・アンナ

あの男が殺したんだわ! この血・・・この傷・・・このお顔・・・

もう死の色におおわれて・・・息もしていない・・・手足も冷たくなって!

私のお父様・・・いとしいお父様・・・大好きなお父様・・・

気が遠くなる・・・死にそう・・・

(気を失う)

ドン・オッターヴィオ(召使いたちに)

ああ!この人を助けるんだ。探してくれ、持ってきてくれ、嗅ぎ薬か気付け薬を。

さあ、ぐずぐずしないで。

(召使いが出ていく)

ドンナ・アンナ!私のいいなずけ!いとしい人!

悲しみのあまりに、かわいそうなこの人まで死んでしまいそうだ!

ドンナ・アンナ

ああ・・・

(召使いが戻ってくる)

気がついた!でも、その薬もたのむ。

ドンナ・アンナ

私のお父様!

ドン・オッターヴィオ

(召使いたちに)

その恐ろしいものを隠してくれ、この人の目から遠ざけてくれ。

(召使いたちが遺体を運び去る)

いとしい人よ・・・しっかりして・・・元気を出して・・・

ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの二重唱

ドンナ・アンナ(激しく絶望して)

消えて、ひどい人、消えて!

私も一緒に殺して。ああ、神様!私に命をくださった方が死んでしまったのだから。

ドン・オッターヴィオ

聞いてください、いとしい人よ、聞いて。

私を見てください。ここにいるのはあなたの恋人ですよ。

あなたのためだけに生きている男です。

ドンナ・アンナ

あなたなのね・・・ごめんなさい・・・いとしい方・・・

私、苦しくて、つらくて・・・

ああ、お父様はどこ?

ドン・オッターヴィオ

お父上は・・・つらい思い出は忘れるのです。

これからは、私があなたの夫とも父ともなりましょう。

ドンナ・アンナ

ああ、もしできるなら、この血の復讐をすると誓って!

ドン・オッターヴィオ

誓いますとも!あなたの目にかけて。

誓いますとも!私たちの愛にかけて。

アンナ、オッターヴィオ

ああ、なんという誓い!なんという酷い瞬間!

複雑な胸のうちを、心は波立ち、揺れ動く。

ドンナ・アンナ

この血の復讐をすると誓って!

ドン・オッターヴィオ

誓います、あなたの目と、私たちの愛にかけて!

(退場)

父が殺されるというアンナの悲劇を、モーツァルトの音楽は迫力たっぷりのドラマチックな音楽で描いています。

この音楽の中で、悲嘆の淵から、アンナは突然、一気に復讐の鬼へと変貌します。

優しい婚約者、オッターヴィオは、ただただアンナとの穏やかな結婚生活を望んでいるのですが、愛する人に迫られては、その仇討ちに協力しないわけにはいきません。

この温度差は、最終幕で表面化することになりますが、ここを注意深く聞くと、オッターヴィオが微妙にアンナにひきずられている音楽の伏線も感じられるのです。

ふたりの悲壮な誓いの歌でオペラの導入のドラマは終わり、次の場面へと移っていきます。

 

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人間の本性がみえる、死とエロスの歌劇。モーツァルト:ドン・ジョヴァンニ あらすじと対訳(1)『序曲』

モーツァルトの最高傑作

プラハでのモーツァルトの活躍を取り上げてきましたので、いよいよ、プラハのために作ったオペラ『ドン・ジョヴァンニを聴いていきたいと思います。

モーツァルトの、いや、〝世界の三大オペラ〟『フィガロの結婚』『魔笛』のうちの1曲であり、時期的にはちょうど真ん中になります。

モーツァルト絶頂期の作であり、その音楽は魔性に満ちていて、一度この世界に引き込まれてしまうと逃れられない、麻薬的な魅力を持っています。

これまでも、あまたの人がこの魅惑の音楽に取り憑かれ、解釈に百万言を費やしてきました。

この音楽が生み出された裏の背景を、前々回ご紹介した映画『プラハモーツァルトでは悲恋の結果とし、『アマデウス』では、作曲中に亡くなった父レオポルトに反抗してきた自らへの告発、としていました。

私も、高校生のときに出会って以来、魅入られ続けているのです。

元ネタは?

以前取り上げた『フィガロの結婚は、ボーマルシェの本格的な戯曲と、前作の『セビリアの理髪師という、しっかりした原作がありました。

ドン・ジョヴァンニ』は、スペインに古くからある女たらしの冒険譚〝ドン・ファン伝説〟が元になっており、原作者のいない〝桃太郎〟のようなものなのですが、作品としては、17世紀前半にティルソ・デ・モリナという聖職者がまとめた『石の客』が最初でした。

聖職者が作ったということで、女たらしのような悪者は神罰が当たって地獄に落ちるぞ、という教訓話だったわけです。

その後、様々に喜劇的なアレンジを加えられ、人気の演目になっていきました。

文学的な価値が与えられたのは、フランスの喜劇作家モリエールの『ドン・ジュアン』(1665年)からです。

しかし、直接の元ネタとなったのは、モーツァルトが最初にプラハに行った頃、1787年2月5日にヴェネツィアで初演された、ベルターティの台本、ジュゼッペ・ガッツァニーガ(1743-1818)作曲の『ドン・ジョヴァンニ あるいは 石の客人』でした。

これが大ヒットしたのを聞きつけ、『フィガロ』の台本作家であるダ・ポンテモーツァルトに持ちかけ、翻案することになったのです。

ガッツァニーガは、今は全く知られていませんが、当時はモーツァルトをしのぐヨーロッパ最高の人気作曲家でした。

その〝元祖〟の曲を初めて聴いたときには、あまりにモーツァルトの曲想に似ているので、ショックを受けました。

モーツァルトがここまでパクるとは・・・、と。笑

もちろん、モーツァルトの音楽に比べると深みも霊感もないのですが、雰囲気はよく似ていて、ダ・ポンテとモーツァルトが、ヴェネツィアでの大ヒットにあやかろうとしたのがよく分かります。

フィガロ』によって、プラハ市民の期待は相当なレベルになっていますから、第2作は絶対外せないわけで、ふたりが〝安牌〟を選んだ気持ちがよく分かるのです。この時代の彼らは、芸術家である以前に、生活がかかった商売人であったことを忘れてはいけません。

しかし、ガッツァニーガのオペラは軽い一幕ものであったのに対し、モーツァルトのそれは二幕の、『フィガロ』に匹敵する本格的な歌劇に仕上がり、人間の本性をえぐりだすようなドラマとなったのです。

では、さっそく登場人物紹介です。『フィガロ』と違い、前編はありませんので、そんなに複雑な人間関係はありません。舞台は、スペインのある町、という設定です。

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』登場人物

ドン・ジョヴァンニ

この上なく放蕩者の若い貴族。バリトン

ドンナ・アンナ

騎士長の娘。ドン・オッターヴィオと婚約している。ソプラノ。

騎士長

騎士団管区長(司令官、コメンダトーレ)。ドンナ・アンナの父親。バス。

ドンナ・エルヴィラ

ドン・ジョヴァンニ修道院から誘惑し、結婚3日目に捨てたブルゴスの女。ソプラノ。

ドン・オッターヴィオ

若い貴族。ドンナ・アンナの婚約者。テノール

レポレロ

ドン・ジョヴァンニの従者。バス。

ツェルリーナ

農民の娘。マゼットと婚約している。ソプラノ。

マゼット

若い農夫。ツェルリーナの婚約者。バス。

 

では、いよいよ、幕を開けたいと思います。

演奏は、『フィガロ』と同様に、クルレンツィス版を中心に、時々ドロットニングホルム宮廷劇場版を挟んでいきたいと思います。 

モーツァルト:オペラ『ドン・ジョヴァンニ

正題:『罰を受けた放蕩者 あるいは ドン・ジョヴァンニ

Mozart : Don Giovanni ossia Il dissoluto punito

Dramma giocoso

演奏: テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ

Teodor Currentzis & Musicaeterna

 『ドン・ジョヴァンニ』序曲

モーツァルトが初演前夜まで間に合わず、妻コンスタンツェに『アラジンと魔法のランプ』の話をしてもらったり、ポンチを作ってもらったりして睡魔と闘うも寝落ちしてしまい、ハッと目覚めてから数時間で作ったという序曲です。

前半と後半に分かれており、冒頭は、恐ろしい終幕の地獄落ちの音楽です。

まさか、やっつけで作ったために終幕の音楽を使い回したわけではないでしょうが、結末を暗示する絶大な効果をもっています。

不気味なアンダンテは、このオペラの死の基調となるニ短調です。忍び寄る不気味な足音のような音型も、オペラ全体を支配していきます。

おもむろに音楽は、明るいニ長調モルト・アレグロになり、陽気な騒ぎとなっていきます。この明暗の差には面食らいますが、これこそがこのオペラの性格を端的に示しているのです。 

このオペラのジャンルは『ドラマ・ジョコーソ』すなわち〝喜劇的なドラマ〟とされています。『フィガロ』は『オペラ・ブッファ』つまり軽喜劇でしたが、同じ滑稽な場面を含んでいても、ドン・ジョヴァンニの方がドラマが重視されているということです。

オペラも、シリアスな場面とふざけた場面とが、目まぐるしく交互に入れ替わる形で、19世紀以降の劇では考えられません。これこそが、18世紀末そのものです。

この序曲は、コンサートでも独立して演奏されるため、演奏会用ヴァージョンの楽譜もありますが、オペラでは、物語の幕開けに導入する形になっています。

いよいよ、ドラマの幕開けです。

モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527 (全曲)

モーツァルト:歌劇「ドン・ジョヴァンニ」 K.527 (全曲)

 

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