孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

コントにバッハが音楽をつけた!バッハ:農民カンタータ(狂言風カンタータ)『わしらの新しいご領主に』BWV212(前半)

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ピーテル・ブリューゲル『農民の踊り』

バッハが村祭の出し物につけた音楽

バッハ世俗カンタータ、今回は「農民」を主人公にした実に楽しい作品です。

狂言カンタータと題されているように、愉快な小芝居に曲をつけた、真面目なバッハのイメージを覆すような作品です。

いわば、男女ふたりのコントにバッハが音楽がつけたのです。

この曲の成り立ちは、他の世俗カンタータにみられるように〝上司へのごますり〟でした。

1742年、ライプツィヒ近郊のクライン・チョッハー村の新しい荘園領主に、ザクセン選帝侯に仕える侍従、カール・ハインリヒ・フォン・ディースカウが就任しました。

母の死によって領地を相続したのです。

それを祝う式典が、8月30日に催されました。

この領主の徴税官を務めていたのが、マタイ受難曲をはじめとした多くのバッハの作品に台本を提供した詩人ピカンダー(本名ヘンリーチ)でした。

彼は、この上司を祝う式典に際し、余興としてカンタータを作り、長年のパートナーであったバッハに作曲を依頼したのです。

内容は、農民のカップルが、新しい領主様が来たぞ、と、領主を持ち上げたり、からかったり、愚痴を言ったりと、なかなか際どいネタを繰り広げるものです。

台本は、ザクセンの田舎なまり丸出しで、バッハも、それに合わせて民間の流行りの旋律を盛り込み、当世風に作曲しています。

この曲はバッハの最後の世俗カンタータとなりました。

バッハの晩年の曲は、音楽の神秘を追求するあまりに深遠になりすぎて、軽薄な音楽が流行しはじめた時代に取り残され、人々から敬遠された、といわれていますが、この曲を聴くとそんなことはない、と断言できます。

バッハは、どんなタイプの曲でも、必要に応じて書けたのです。

オペラ・ブッファのはしりで、当時最先端の音楽だったペルゴレージの『奥様女中』と同じスタイルを実現しているといっても過言ではないでしょう。

式典では、花火とともに目玉のイベントとしてこのカンタータが上演され、大好評を得ました。

新領主夫妻は時には爆笑、時には苦笑いしながら、領民と一緒に楽しんだことでしょう。

バッハ:カンタータ 第212番 農民カンタータ狂言カンタータ)『わしらの新しいご領主に』BWV212

Johann Sebastian Bach:“Peasant Cantata, BWV212 “Mer hahn en neue Oberkeet” (Cantate Burlesque)

演奏:クリストファー・ホグウッド指揮(チェンバロ)&アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック、エマ・カークビー(ソプラノ)、デイヴィッド・トーマス(バス)

Christopher Hogwood & Academy of Ancient Music, Emma Kirkby, David Thomas

第1曲 シンフォニア イ長調

このカンタータには、祝典にふさわしく序曲がついています。プレストに始まり、アレグロ→アンダンテ→アレグロアダージョアレグロ→プレストとめまぐるしくリズムが変わりますが、それぞれが短い舞曲で、民謡に基づいたものもあり、これから始まる曲は堅苦しくなく、親しみやすいよ、ということを予告し、祝祭ムードを盛り上げます。このように、民謡や俗謡を組み合わせるのは「クォドリベット」と呼ばれ、バッハの『ゴールドベルク変奏曲』の最終変奏で有名です。このカンタータには、こうした俗謡が散りばめられています。

第2曲 二重唱アリア(バス、ソプラノ)

男・女

わしらの新しいご領主に

侍従長さまがなられたぞ

祝いにビールのお振舞い

頭にキュッとくる生ビール

牧師はすっかり渋い顔

知ったことかよ楽士の衆

用意はいいかい、早いとこ頼むぜ!

ミーケのやつはもううずうず

おてんば丸出しのはしゃぎよう

このカンタータの登場人物はふたり、農民のカップルです。女性はミーケという名前が歌詞の中に出てきますが、男性役はついに最後まで名前は分かりません。男は粗野で俗っぽく、女は快活なしっかり者に描かれていますが、これが典型的な農民男女のキャラクターだったのでしょう。オープニングの1曲目は、ふたりで声を合わせて、振舞いのビールに酔い、お祭り騒ぎで大はしゃぎです。舞台から楽士に、これから始まる音楽、しっかり頼むぜ、と呼びかけて笑わせます。

第3曲 レチタティーヴォ(バス、ソプラノ)

さあさあミーケちゃん、俺にキスしてくれよ

それで済めば上出来だけど

あんたの下心はお見通し

女ったらしの遊び人

ずるずる深入り、グダグダさ

あたいはまっぴらごめんだよ

今度のご領主さまは

そりゃあ厳しい方だもの

どっこい!

ご領主さまに叱られるもんか

わしらに負けずご存じさ

そうさね、きっと、もっとよく

ちょっとしたいちゃつきが

どんなに甘いもんだって

酒が入るとすぐ男はいやらしくなるもの、彼女にチューを迫ります。ミーケはそれを軽くいなして、新しい領主様はそんな風紀の乱れはお許しにならないわよ、とたしなめます。でも女の言葉が終わると、楽器は俗謡の『一緒にベッドに行こう』の旋律を奏でます。すると男は、領主様こそ、奥様とイチャイチャされておられるぞ、と、いきなり飛ばして領主いじりをはじめます。今度も俗謡『お前とはすいぶんご無沙汰だ』が流れますが、農民たちが飲み会で歌っていた、ちょっと卑猥な歌を入れて盛り上げているのです。老バッハには、こんなお茶目な一面もあったのです。 

第4曲 アリア(ソプラノ)

あらあら、それはおいしいこと

おふたりの睦言は聞いちゃいられないわ

ほんとに背中がムズムズしてきた

まるでノミやら南京虫

おまけにぶんぶんスズメバチ

みんなで喧嘩を始めたみたい

女は、領主夫妻の仲睦まじさを、ご馳走様、見ちゃいられないわ、とからかいます。最初から領主をいじれるとは、ピカンダーが上司からの信頼に自信を持っていたことがうかがえます。領主夫妻は顔を赤らめ、領民たちは囃し立てたことでしょう。リズムはポロネーズで、女性の歌らしく、ヴァイオリンが優雅に伴奏します。

第5曲 レチタティーヴォ(バス)

ご領主さまは、良い方だ

悪いのは税金取りのやつ

あいつは地獄の役人だ

稲妻みたいに狙い撃ち

こっちがちょいと指先を

水に突っ込んだとかで

もう60グロッシェンの罰金とくる

次いで、男が、領主様はいい方で、悪いのは税金取りだ!と罵りはじめます。これは徴税官だったピカンダーの、領主様への恨みは私めが一切引き受けますよ、というアピールにほかなりません。 

第6曲 アリア(バス)

おお、税金取りのお役人

あんまりあこぎに

わしら貧乏百姓をいじめなさるな!

わしらの皮までひん剥かんでくれや

毛虫みたいに葉っぱを食って

茎だけ残して丸坊主

そこらでやめておきなされ

徴税役人ピカンダーに対する当てこすりのアリアです。実際の農民の気持ちを代弁していたことでしょう。いわば税務署長が自らこんな歌詞を作ったわけですから、すごいブラックジョークです。バッハの音楽も、葉っぱを食い尽くす毛虫のようなフレーズです。これもポロネーズで、カノンの形式をとっています。哀れっぽいヴァイオリンの伴奏が優雅でもあり、滑稽でもあります。

第7曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

何があろうと

あたしたちのご領主さまは最高さ

絵に描こうたって描けやせぬ

袋いっぱいの銀貨でも

とてもとても買えやしない

税金取りをけなしたあとは、女が領主をめいっぱい持ち上げます。 

第8曲 アリア(ソプラノ)

あたしらの素敵な

大事な侍従長さまは

殊勝で立派なお方ゆえ

だれも文句はつけませぬ

コレッリソナタで有名な、スペインの舞曲『ラ・フォリア』の旋律、サラバンドのリズムに乗って、女は優雅に領主を褒めたたえます。伴奏は次第に躍動的に変奏していきます。

第9曲 レチタティーヴォ(ソプラノ、バス)

ご領主さまはわしらみな

老いも若きも救ってくださる

こりゃここだけの話だが

ついこないだの徴兵を

うちの村じゃまんまと逃れたとよ

あたしはもっといいこと知ってる

ご領主さまの一言で

税金の額はぐんと違うってさ

男女の噂話で、領主様のお力で、徴兵が免除されたり、減税されたりしたらしいぞ、とささやきあいます。領民はやったーっと叫び、領主は苦笑いしたことでしょう。

第10曲 アリア(ソプラノ)

なんて粋なおはからい

農地の地代払えなど

どこのどなたも言いません

火の無いところに煙は立たぬ

あそこのクナイトナインやコースプデンの村なんて

地代取られるのは身から出た錆

ここが農民にとって領主様への一番大事な願い。たっぷりと前奏が取られていて、女はおおげさな身振りで領主にご挨拶してから歌い始めます。模範的なうちの村からは地代なんてお取りにならないでしょう、と。そして、同じ領主をいただくライバルの村々の名前を挙げ、あいつらが税金取られるのは自業自得、とけなします。取るならあっちから取ってください、という生々しい歌詞です。 

第11曲 レチタティーヴォ(バス)

それからわしらの奥方さま

これまたちっともお高くない

確かにわしらは貧乏で

世にもしがない木偶の坊なのに

それでもお声をかけてくださる

打ち解けた仲間みたいな物腰で

神を敬い、財布のヒモはキュッと締めて

ご主人さまを大切に

ビタ一文も無駄にせず

ターレルにも増やしなさる

まさに内助の功のお手本よ

今度は男が奥方様を持ち上げはじめます。高貴な方なのに、気さくにわしらにお声かけくださる、またしっかり財布のヒモを締めて、しかも確実に殖やしなさる、と、褒めまくります。奥方は領地の財政も切り盛りしていたようです。ここでも領主は苦笑い…。 

第12曲 アリア(バス)

50ターレルの現ナマを

平気な顔して呑み尽くしゃ

あとはしんどい一大事

女房どもから毛をむしられる

でも遣っちまったものは戻りゃせん

めぐりめぐっていつの日か

倍にもして返してやるから

50ターレルは見逃せや

いつの時代も、旦那は金遣いで女房に怒られるのが常のようです。大金を飲んでしまい、女房から大目玉。いつか倍にしてやるから、なんて言い訳が通用したことは有史以来ございません。バッハの音楽は威厳たっぷりですが、それがかえって、あっという間に砕かれるもろい亭主の権威を滑稽に表現しています。リズムはマズルカです。 

 

ゆかいなコントはまだ続きます。次回、後半です。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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月と狩りの女神に祝福された誕生日。バッハ:狩りのカンタータ『楽しき狩りこそ、わが悦び』BWV208

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ペンニ『女狩人アルテミス』(1550年)

狩り好き領主へのプレゼント

バッハ世俗カンタータを聴いていますが、今回は「狩り」をテーマにしたカンタータです。

古今東西狩猟は上流階級の最高のアウトドアレジャーです。

日本の武士たちも、武芸の鍛錬も兼ねて鷹狩りを楽しみ、源頼朝がたくさんの御家人を集めて行った「富士の巻狩り」は軍事演習の意味合いもありました。

ヨーロッパの王侯貴族たちも狩りが大好きでした。

このカンタータは、そんな狩り好きの領主のために作曲された曲です。

残っているバッハの世俗カンタータの中では最も古く、作曲は1713年、ワイマール時代にさかのぼります。

当時、バッハは28歳、ザクセン=ワイマール公ヴィルヘルム・エルンスト(1662-1728)の「宮廷音楽家兼宮廷オルガニストとして仕えていました。

年俸は就職当初は150グルデンでしたが、1714年には250グルデンにまで昇給しています。公爵がどれほどバッハの仕事ぶりを評価していたかが分かります。

1713年2月、バッハは公爵のお供をして、ザクセン=ワイマール公の親戚筋にあたる、ザクセン=ヴァイセンフェルス公クリスティアンの宮廷を訪れます。

そして、クリスティアン公の誕生日を祝うカンタータを作曲、演奏しますが、それがこの『狩りのカンタータです。

隣国の君主に対するお誕生日プレゼント、というわけです。主君のメンツがかかっていますから、相当に張り切って作ったさまがうかがえます。

バッハでははじめて、オペラ風のレチタティーヴォや、ダ・カーポ・アリアが登場し、形式が実に多彩なのです。

狩りの女神が祝う誕生日

クリスティアン公は、無類の狩り好きで有名でしたから、狩猟をテーマに、例によってギリシャ神話の神々を登場人物とした物語に仕立てました。歌詞はワイマールの宮廷詩人ザロモン・フランク作です。

ギリシャ神話で狩りの神様といえば、月の女神アルテミスです。ローマ神話ではディアナ(ダイアナ)にあたります。

以前取り上げたラモーのオペラ『イポリートとアリシー』でも登場しました。

www.classic-suganne.com

大神ゼウスの娘で、太陽神アポロンとは兄妹です。

古い月の女神としてセレネがいますが、彼女は月そのものとみなされ、アルテミスは月の持つ抽象的な力、性格を具現化していると言われます。

太陽神ヘリオスアポロンも同じ関係です。

でもしばし、両者はごっちゃにされており、このカンタータでもそれが見られます。

また、ヴァイセンフェルスの街はバッハとゆかりが深く、二度目の妻アンナ・マグダレーナの出身地でもあり、また、以前ご紹介したトランペットの名手ライヒもここの生まれです。

狩り好きの領主の宮廷楽団ですから、野外演奏に適した管楽器が重視され、数々の名手を生み出したのです。

バッハがこのカンタータを演奏した〝狩りの館〟は今も残っていて、ホテルになっています。

ではさっそく聴いていきましょう。

www.classic-suganne.com

 

バッハ:カンタータ 第208番 狩のカンタータ『楽しき狩こそ、わが悦び』BWV208

Johann Sebastian Bach:“Jagdkantata, BWV208 “Was mir behagt, ist nur muntre Jagd!”

演奏:鈴木雅明指揮 バッハ・コレギウム・ジャパン

Masaaki Suzuki & Bach Collegium Japan

シンフォニア ヘ長調 BWV1046a

このカンタータには序曲のようなものはありませんが、このシンフォニアが演奏されたとする説が有力です。この曲は後にブランデンブルク協奏曲第1番の第1楽章となります。第1番はブランデンブルク協奏曲6曲の中でも最も編成が大きく、田園的、牧歌的な響きが特徴的です。〝狩りの楽器〟ホルンが活躍することからも、この祝祭カンタータの幕開けにふさわしい雰囲気をもっています。 

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ルフェーブル『アルテミス』(1879年)
第1曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

ディアナ(アルテミス)

楽しい狩こそ、わたしの悦び!

オーロラの輝きが

まだ天を染める前に

わたしの手を離れた矢は

早くもうれしい獲物を捕らえた!

女神ディアナの前口上です。女神は、狩り大好き!と叫びながら、うきうきと登場します。オーロラはディアナの妹で、曙の女神です。夜明けの美しい光の神ですが、今では〝オーロラ〟は、極地で夜空を彩る神秘的な光のことを指すようになりました。レチタティーヴォは後半アリオーソになり、うなる矢が獲物を捉えた興奮を表します。

第2曲 アリア(ソプラノ)

ディアナ(アルテミス)

狩り、それは神々の悦楽

狩り、それは勇者の会心の技!

退け、わがニンフたちを嘲る者ども

退け、女神ディアナの行く手を空けよ!

ディアナは、狩りのホルンの前奏に続き、狩りの楽しみを歌い上げます。誕生日を祝われているクリスティアン公の趣味は、神の趣味でもある、というわけです。 

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ウォード『アルテミスの水浴』(1830年
第3曲 レチタティーヴォテノール

エンデュミオン

なんと?

うるわしの女神よ、これはどうしたことですか?

かつてあなたと一心同体だった者を、もうお忘れになったのですか?

あなたこそ、このエンデュミオンが

安らかに静まっていたときに

甘い蜜の口づけをたくさんくださったのではないですか?

うるわしの方よ、あなたは今や

恋の絆を逃れて

ただ狩の戯れにだけいそしまれるというのですか?

女神の楽しみに水を差すように、ひとりの男が現れます。名はエンデュミオン。ディアナの〝元カレ〟という設定です。あれ?処女神に恋人?と思いますが、これは本来は同じ月の女神セレネのエピソードなのです。セレネはあるとき、人間界のイケメン、エンデュミオンを見初め、恋に落ちます。しかし、エンデュミオンは神と違って不老不死ではないので、だんだん老いて容色が衰えていきます。これを惜しんだセレネは、ゼウスになんとかしてもらえないかと頼みますが、ゼウスはその願いを叶え、エンデュミオンに永遠の命を与えたものの、条件として永遠に眠らせます。セレネは毎夜、エンデュミオンのところに降りてきて、その寝顔にキスをする、という切ない物語です。

ギリシャ神話のディアナ(アルテミス)はとことん男嫌いで、自分に仕えるニンフたちにも純潔を要求し、ニンフのひとりカリストがゼウスに妊娠させられると、怒って追放したばかりか、熊に姿を変えてしまいます。そして、後に何も知らない息子に山で出会い、射殺されそうになったところ、ゼウスによって母子ともに天に召され、おおぐま座こぐま座になった、という有名な神話があります。

もっとひどい話は、うっかり自分の水浴中に出会った狩人アクタイオンに、裸を見られたといって怒り、鹿に変えてしまいます。アクタイオンは自分の猟犬たちに食い殺されるのです。

ここではエンデュミオンは、狩りに夢中になるディアナに、もう私のことはお忘れですか、と愚痴りにきたのです。

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ジェンナーリ『ディアナとエンデュミオン』(1674年)
第4曲 アリア(テノール

エンデュミオン

あなたはもう楽しみを求めないのですか

アモール(愛の神)の仕掛けた網の目に

その絆に捕らわれた者は

望みのままに

恋の喜びを味わえるというのに

エンデュミオンは、通奏低音のオスティナートで、獲物を捉えるよりも、愛の神のわなにかかって、その虜になる方が恋の悦びを味わえますよ、と誘惑します。地味な伴奏が、テノールの艶っぽさを引き立てます。狩りの楽しみと恋愛の楽しみ、どちらが捨てがたいか、という投げかけです。 

第5曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

ディアナ(アルテミス)

私はあなたを今でも好きよ!

でも、きょう一筋の光明が現れたからには

わたしはもう何をおいても

愛の口づけでそれを迎え

これに浸らざるを得ないのです!

高貴なクリスティアン公、エルンスト・アウグストの君

森を治め

悦ばせたもうパンのあるじが

いまご機嫌もうるわしく

お誕生日をむかえられたのですから!

エンデュミオン

では、わたしにお許しください

ディアナよ、いまはあなたと手をたずさえ

喜びの捧げものに火を灯すことを

ふたり

めでたい!めでたい!

わたしたちはこの熱い炎を

祈りと喜びをこめて

いま一緒に運びましょう

ふたりの対話のレチタティーヴォです。ディアナは、エンデュミオンの話をそらすように、狩り好きのクリスティアン公が光明のように現れた、その誕生日を一緒にお祝いしよう、と呼びかけます。エンデュミオンはこれに応え、ふたりで公の誕生日を祝福します。この場では、狩りの楽しみは恋愛に勝る、という結論になりました。 

第6曲 レチタティーヴォ(バス)

パーン

このあたりの野山の主であるわたし

神々のはしくれではあるものの

わたしが握る牧杖を

いまクリスティアン公、エルンスト・アウグストの君の

王笏の前になげうつ!

この尊いパーンの君こそ

国に幸いをもたらし

森も、野原も

いや、よろずのものがみんな生き、

かつ歌うことになるのだから!

ここで、新たな登場人物として、牧神パーンが登場します。パーンは半身が羊の、羊飼いの神です。神の中の序列は低いですが、人々を導く羊飼いの杖を、クリスティアン公の王笏として与えようと、宣言します。

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牧神パーン
第7曲 アリア(バス)

パーン

君主こそ、その国を牧するパーンである!

魂の抜けた体

命なく、動かぬ屍と化するように

頭である君主のいない国は

死者の満ちた墓穴

命のないぬけがらとなるだろう

オーボエ・ダカッチャのオスティナートに伴奏され、パーンが、羊飼いのごとく迷える人々と国家を導くクリスティアン公のリーダーシップを讃えます。 バッハは後に、この曲をカンタータ第68番に転用しました。

第8曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

パレス

では、遅くなってしまいましたが

このパレスからも贈り物を差し上げてよろしいでしょうか?

いえ、いえ

私もまた務めを果たしたいのです

国を挙げて響くばんざいの歓呼に合わせて

このうるわしい野原にも唱和させましょう

わたしたちザクセンの勇者の栄誉をたたえ

君主の喜びと生き甲斐が増していきますように

第4の登場人物として、パレスが現れます。聞き慣れない名前ですが、ローマ神話で、牧草地を司り、家畜を疫病や野獣から守る神です。

第9曲 アリア(ソプラノ)

パレス

羊たちは安らかに草を食む

よい羊飼いが見守るなか

統べる人がよく治めるところでは

安息と平和が広がり

国々をうるおす幸せの光はさやか

パレスの歌うこの曲は、このカンタータで最も有名な、またバッハの曲でも名高いもののひとつです。2本のリコーダー(ブロックフレーテ)が可愛らしく、牧歌的なリトルネッロを奏でる上に、ソプラノが、まるで子守唄のように癒しに満ちた旋律を歌い上げます。安らかに羊たちが草を食んでいる平和な光景を、善政がしかれた国を表し、クリスティアン公の統治をたたえています。文脈は忘れましたが、高校の英語の教科書に載っていたのを覚えています。羊がテーマなので、教会カンタータの1曲だと長く思っていましたが、世俗の君主の賛歌なのです。

第10曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

ディアナ(アルテミス)

では、一緒に声を合わせて

この佳き日の悦びに花を添えましょう

ディアナが唱導し、喜びの声を上げよう、と呼びかけます。

第11曲 合唱

合唱

ばんざい、地上の太陽の君よ

ディアナが夜ごとに

天の城の見張りにいそしむときに

また森が緑の春を迎えようとするときに

ばんざい、地上の太陽の君よ

4部合唱ですが、独唱者4人の四重唱で歌われることもあります。地上の太陽である君主ばんざい、というフーガと、夜を守るディアナを表わすホモフォニックな中間部で構成されたダ・カーポ形式です。昼は君主の力で、夜は神の加護で、この世は平和、とたたえます。オーケストラの活躍も目覚ましく、まさにブランデンブルク協奏曲第1番をほうふつとさせます。 

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メングス『夜空にあるアルテミス』(1765年)
第12曲 二重唱

ディアナとエンデュミオン

わたしたちふたりの心を狂喜させてください

天地四方に広がる悦びの光よ

そうして天空いっぱいにダイヤの飾りを散りばめてください!

クリスティアン公、エルンスト・アウグストの君

病より解き放たれて

心地よいバラの花園に憩い楽しまれますように!

独奏ヴァイオリンのオブリガートに乗って、ディアナとエンデュミオンがデュエットで、クリスティアン公を祝福します。バラの香りが広がるような、素敵な二重唱です。

第13曲 アリア(ソプラノ)

パレス

毛もふさふさとした獣たちの群れが

この誉れ高い野山のここかしこに

楽し気に放たれたとき

ザクセンの勇者よ、永遠なれ!

パレスが再びアリアを歌いますが、伴奏の通奏低音は生き生きとして、伴奏の域を超えています。獲物となる獣たちが野に満ち満ちていく光景が、目の前にありありと浮かぶようなアリアです。

第14曲 アリア(バス)

パーン

野原よ、牧場よ

緑なす姿を見せよ

いましもばんざいの歓呼を轟かせよ!

願わくば公、祝福と安息に包まれてお幸せに!と

パーンが、これも通奏低音だけの伴奏で公爵を祝福しますが、舞曲ジーグのリズムが、カンタータが終わり近いことを告げています。飛び跳ねる野ウサギのようなアリアです。

第15曲 合唱

なんという心地良い光景

喜ばしい時間

幸せよ、とこしなえに

あなたたちと共にあれ!

天よ、甘い悦楽であなたがたを満たされますように!

クリスティアン公、エルンスト・アウグストの君ばんざい!

心を満ち足らせ

悲しみに打ち勝つ道が

公のお心から離れませんように

いよいよ終曲、狩りのホルンが嚠喨と響くなか、クリスティアン公をたたえるにぎにぎしい合唱がはじまります。ホルンのリトルネッロにホモフォニックな中間部がはさまれたダ・カーポ形式です。この曲も、バッハ自身によって何度も転用されています。

君主が君主をもてなす、外交上の重要な儀典を担ったこのカンタータは、バッハの出世作といってよいでしょう。自身も気に入っていた、若き日の会心の作なのです。

今ではハンティングは資格や許可が要りますから限られた人しかできませんが、その代わりをゴルフが担っているのかもしれません。

バッハの時代にゴルフが流行っていたら、きっとどこかの殿様のために『ゴルフ・カンタータ』〝楽しきゴルフこそ、わが悦び〟を作曲していたに違いありません。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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バッハが結婚披露宴でスピーチしたら。バッハ:結婚カンタータ『消えよ、悲しみの影』BWV202

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フランソワ・ジェラール『アモールとプシュケ』1798年

結婚という春の訪れ

バッハが公務のかたわら、いわば小遣い稼ぎで、貴族や裕福な市民の冠婚葬祭のために作った世俗カンタータを聴いていますが、今回は「婚」です。

『消えよ、悲しみの影』という言葉から始まるこのカンタータは、『バッハの結婚カンタータとして親しまれています。

歌は全てソプラノ独唱で、オーボエを伴う弦楽合奏通奏低音のために作られています。

教会での正式な結婚式のあと、披露宴のような機会に演奏されたものと考えられていますが、いつ、誰の結婚のために作られたのかは分かっていません。

こうした機会音楽の楽譜は、演奏が終わったあとは依頼者に渡され、そのまましまい込まれるか散逸してしまうのがオチで、バッハの作品も多くが失われてしまっています。

たまたま、バッハが他の作品に転用したお陰で残っているものもあります。

この作品は、ヨハネス・リンクというオルガニストが1730年に筆写した総譜が残っていたために、世に伝わりました。

しかし、作曲されたのはそれ以前ですから、ケーテン時代という説が有力ですが、決め手はなく、ワイマール時代までさかのぼる、いやライプツィヒに来てからだ、など、定まっていません。

いずれにしても、奇跡のように残った曲で、今ではソプラノの重要なレパートリーとなっています。

結婚を、寒い冬から、陽光差す春の訪れにたとえ、その幸せをギリシャの神々になぞらえて歌い上げ、新郎新婦を祝福しています。 

いざ、その幸せのおすそ分けをいただきましょう!

バッハ:カンタータ 第202番 結婚カンタータ『消えよ、悲しみの影』BWV202

Johann Sebastian Bach:“Wedding”Cantata, BWV202 “Weichet nur, betrübte Schatten”

演奏:ペトラ・ミュレヤンス指揮 フライブルクバロック・オーケストラ

ソプラノ:キャロリン・サンプソン Carolyn Sampson, Soprano

Petra Müllejans & Freiburger Barockorchester

第1曲 アリア(ソプラノ)

消えよ、悲しみの影

霜よ、北風よ、休みに入れ!

喜びにはずむフローラ(花の女神)は

今まさに人の胸に

うれしいばかりの幸せをもたらそうとしている

その手には麗しい花束がたずさえられている

弦がゆったりとした、寄せては返す波のような序奏をはじめ、続いてオーボエがそれに和して歌い、ソプラノを導きます。悲しみに満ちた冬が終わり、冷たい霜や北風はもうお休み、と呼びかけます。そして、歌はアダージョからアンダンテの中間部に移り、花の女神フローラの訪れが、足取りも軽く歌われ、春の喜びが満ち溢れます。フローラは、ボッティチェリの名画プリマヴェーラ(春)で有名です。結婚カンタータのはじまりにふさわしく、うっとり、陶然としてしまう音楽です。

第2曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

ふたたび新しい世界がおとずれ

山も谷も、その優美な装いを

倍の美しさで競っている

太陽も、もはや寒さから解き放たれている

冬が去り、春が来て、世界がリニューアルしたことを高らかに宣するレチタティーヴォです。 

第3曲 アリア(ソプラノ)

太陽神フォイボスは足の速い馬で

新たに生まれた世界を天翔ける

そう、若返った大地は太陽神の御心に叶ったので

神自らが妻として娶ろうと望まれたのだ

フォイボスは、ギリシャの太陽神ヘリオスと同一で、馬車を駆って天空をわたる太陽そのものです。バスのオスティナートは、軽やかな馬のステップを表わしています。春になり、若返った大地を太陽神が娶るということで、結婚を春の訪れと結び付けています。聴くだけで楽しくなってしまうアリアです。

第4曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

アモール(愛の神)もまたその愉しみを求めた

緋色は牧場に笑い輝き

フローラが壮麗に大地を覆うとき

アモールの国もまた

うるわしい花々のように

心の想いが萌え出て

愛の勝利を讃えて歌う

いよいよ、愛の神アモール(エロス)の登場です。英語でキューピッド、羽の生えた子供や青年として表されます。中世以来、春はヨーロッパの人々にとって愛の季節でした。農民たちは冬の間は一間しかない家の中で、家族みんなで身を寄せ合って生活しなければなりません。夫婦や恋人たちは、春になってようやく、野山に出て愛を育むことができたのです。春の訪れは、まさに愛の神の訪れでした。レチタティーヴォですが、後半はアリオーソになってアリアに続きます。

第5曲 アリア(ソプラノ)

春のそよ風がほほを撫で

色とりどりの野を吹きわたるとき

アモールもまた忍び出て

自分にふさわしい飾りを見出そうとする

アモールを装う飾りとは

それはきっと

 心と心が通じ合って

くちづけを交わす光景

ホ短調の落ち着いた曲想で、ヴァイオリンが雅なオブリガートを奏でます。アモールはこっそりと、さまざまな色に彩られた春の野に出て、カップルを探します。ソプラノは、愛こそが、愛の神にふさわしい装飾、と歌います。

アモールは、その矢で人だけでなく、神をも恋に陥らせてしまいますが、あるとき調子に乗り過ぎて、うっかり矢で自分の手を傷つけてしまい、 プシュケという人間の女性に恋してしまいます。しかし、神と人間という身分違いの恋は、ふたりにつらい試練を与えます。紆余曲折の末に、ふたりはめでたく結ばれ、ハッピーエンドになりますが、恋を自在に操るアモールでさえ、自分の恋はままならないという興味深い神話です。

第6曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

そして、本当の幸せとは

天の恵みの配剤によって

ふたつのたましいがひとつの飾りを得て

豊かな安らぎと

祝福の輝きを放つところにある

ふたつの魂がひとつになるこそ、結婚なのだ、と新郎新婦を祝福します。そしてそれは偶然ではなく、天の恵みの配剤なのです。 

第7曲 アリア(ソプラノ)

愛の修練にいそしみ

悦び、愉しみ、睦みあうのは

フローラの過ぎゆく楽しみにまさる

ここに湧き出る波は

尽きることのない生命の証

ここに笑み栄える棕櫚の葉は

唇と胸に勝利を記す

オーボエオブリガートが実に都会的で、オペラの中にあってもおかしくないオシャレなアリアです。でも歌詞は、できたばかりのカップルには、「愛の修練」が必要であり、それにいそしんでこそ、結婚生活は過ぎ去ってしまう春とは違い、永遠の命を得るのだ、と、まるで披露宴で親戚のおじさんが語るスピーチのようです。バッハがマイクの前でしゃべったらこんなことを言ったかもしれません。しかし、愛の修練は決してつらいものではなく、幸せで愉しいものだ、ということを音楽は示しています。お互いを尊重し、仲良くすること、結婚にそれ以上大切なことはありません。棕櫚の葉は勝利の象徴です。

第8曲 レチタティーヴォ(ソプラノ)

清い愛の契りに結ばれた両人よ

無常の世の移ろいを超えて進め!

突然の事故も

雷の急襲も

愛にひたる心を怯えさせてはいけない!

人生いろいろ辛いこともあるが、そんなときこそ、ふたりで力を合わせて乗り越えるのだ、と、これも披露宴のスピーチのような歌詞ですが、今も昔も新郎新婦へのメッセージは変わらないということでしょう。夫婦の絆の大切さを讃えるレチタティーヴォです。 

第9曲 ガヴォット:アリア(ソプラノ)

満ち足りた平安のうちに

光さやかな幸福の日々が

末永く続くように

そしてほどなく時がきて

あなた方の愛が実りの花々を咲かせるように!

いよいよ中締めの曲です。ダンス曲であるカヴォットの親しみやすいリズムで、この幸せがいついつまでも、幾久しく続きますように、と願う、おめでたいアリアです。合唱団がいれば合唱となったはずの曲ですが、そこまでの動員はなかった披露宴だったのでしょう。 でも、招待客は手拍子をしたり、一緒に歌ったりしたりして、座は盛り上がったはずです。

バッハのオリジナル曲で祝ってもらえるなんて、どれだけ幸せな新郎新婦だったことでしょう。

おめでとうございます!お幸せに!!

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ブリューゲル『野外の農民の婚礼の踊り』

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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