孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

音楽のトルソー。モーツァルト『大ミサ曲 ハ短調 K.427「第3章 クレド・第4章 サンクトゥス」』

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ムリリョ『無原罪の御宿り』

音楽のトルソー

今回はモーツァルトハ短調ミサ』第3章「クレドと、第4章「サンクトゥス」です。

未完のミサはここで終わり、第5章「アニュス・デイ」は存在しません。

クレドは信者として、神とキリストを信じる、という「信仰宣言」です。

ミサ通常文では最も長い章ですが、モーツァルトは2曲のみしか書いておらず、しかもその楽譜も欠落したパートがあり、未完に終わっています。

しかし、音楽的には充実しており、この曲がこのミサの中核を成しているのです。

クリスチャンではない私の心にも、人類共通の思いとして沁みわたります。

とくに2曲目の『第11曲 聖霊によりて』の美しさには、百万言が費やされてきました。

続く「サンクトゥス」は、「サンクトゥス」「ベネディクトゥス」の2曲から成る「感謝の賛歌」ですが、こちらは完成しているため、音楽的には大ミサは堂々と締めくくられているのです。

彫刻でいえば、トルソー(胴体のみの作品)の美しさといえます。

 モーツァルト『ミサ曲 ハ短調 K.427〝グレート〟』 

Mozart:Great Mass in C minor , K.427

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

合唱:モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & English Baroque Soloists , Monteverdi Choir 

独唱:

シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)

ダイアナ・モンタギュー(ソプラノ)

アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール

コルネリウス・ハウプトマン(バス)

第10曲 クレド Credo

我は唯一の神を信ず

すなわち全能の父、天地とすべて見ゆる物と

見えざる物との造り主

また唯一の主イエス・キリストを信ず

神のひとり子にして

すべての世の前に父より生まれ

神よりの神、光よりの光

まことの主よりのまことの主にてましまし

造られずして生まれ、父と一体にして

万物これにより造られ

人たる我らの救いのために天より降り

Credo in unum deum, patrem omnipotentem.

Factorem caeli et terrae, visibilium omnium et invisibilium,

Et in unum dominum. Jesum Christum filium dei unigenitum.

Et ex patre natum ante omnia saecula.

Deum de deo, lumen de lumine, deum verum de deo vero.

Genitum, non factum, consubstantialem patri: per quem omnia facta sunt.

Qui propter nos homines, et propter nostram salutem descendit de caelis. 

宣言にふさわしく、バッハも多用した喜びのリズムで歌われる五部合唱です。

まるで馬に乗って進軍していくかのような力強い楽章で、模倣表現も極力抑え、ストレートな合唱で進んでいきます。

人間の信じる力の堅さを示し、誇るかのようです。

この曲では内声が一部楽譜から欠落していますので、演奏者は補わなければなりません。

ここで取り上げている演奏は、1901年にアロイス・シュミットが復元を行った版を使っています。

第11曲 聖霊によりて Et incarnatus est

聖霊によりて

処女マリアより

身体を受けて人となりたまえり

Et incarnatus est de spiritu sancto ex Maria virgine: et homo factus est.

 「クレド」の章では、ここからイエスの誕生、受難、復活が語られるのですが、この、聖母マリアからイエスが生まれたという生い立ちを語る一行しか曲をつけられていません。

新妻コンスタンツェが再びソプラノで独唱するのですが、伴奏はフルート、オーボエファゴットの管楽器が務めるのです。

8分の6拍子は、クリスマスの曲でも使われるゆりかごのリズム、シチリアーノ。

聖夜に誕生したばかりのイエスを、聖母が優しく見守る情景を表しています。

管楽器たちは、そのまわりで奏楽を鳴らしながら祝福するエンジェルのようです。

ソプラノはオペラさながらにコロラトゥーラの技巧を要求される高度なものですが、世俗の香りはせず、教会にふさわしい聖なる響き。

最後には管楽器たちとのカデンツァがおかれていますが、その美しさは言語に絶します。

まさに天上の至福、というべき音楽で、モーツァルトが新妻に捧げた最高の贈り物といえるでしょう。

結婚に反対していた父、姉も、これを聴いては承服せざるを得なかったのではないでしょうか。

この曲は弦の伴奏がほとんど欠落していますが、管楽器が主役を果たしていますので、指揮者のジョン・エリオット・ガーディナーが控えめに補っています。

 

以前もご紹介しましたが、サビーネ・ドゥヴィエルが歌い、終わりにジュピター・シンフォニーのサービストラックのあるこちらの演奏もぜひお聴きください。

第12曲 サンクトゥス 

聖なるかな 聖なるかな 聖なるかな

万軍の主なる神

主の栄光は天地に満ち満てり

いと高きところにホザンナ

Sanctus, sanctus, sanctus, dominus deus sabaoth.

Pleni sunt caeli et terra gloria tua.

Hosanna in excelsis.

神への感謝を捧げる「第3章 サンクトゥス」です。

カトリックのミサでは、この時間にパンとワインがイエスの体と血に変わる「聖変化」の奇跡が起きるとされています。

この曲は自筆譜が一部損なわれてしまっているため、 ソプラノを2部に分けた5部合唱か、8部二重合唱に復元されていますが、ここでは後者です。

壮大に『サンクトゥス』が3回唱えられ、続く合唱は小さく始められ、だんだんとクレッシェンドして盛り上がっていくさまは、まるで天に昇っていくかのようです。

そのまぶしいばかりの輝かしさには圧倒されます。

続いて、神を讃える文言『ホザンナ』が二重フーガで展開し、荘厳、壮大に締めくくられます。

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ミサを司式する前教皇ベネディクトゥス16世
第13曲 ベネディクトゥス Benedictus

祝福あれ、主の御名によりて来たれる者に

いと高きところにホザンナ

Benedictus qui venit in nomine domini.

Hosanna in excelsis.

4重唱で、はじめてバスが加わりますが、バスの出番はここだけです。

曲調はこれまでの荘厳な感じから一転、親しみやすいものになり、ミサに参集した人々への挨拶になっています。

4人の声のからみあいが素晴らしいです。

退位して今は「名誉教皇」になっている前教皇の称号も、この祝福から取られています。

最後は、前の曲サンクトゥスの「ホザンナ・イン・エクセスシス」が回帰してきて、この壮大な未完のミサ曲を締めくくるのです。

 

この「ハ短調ミサ」はモーツァルトの曲の中でも、自分と家族のために自主的に創った特別な作品であり、私の人生もずっと支えてくれたかけがえのない音楽です。

 

次回は、帰郷中モーツァルトの心温まるエピソードをご紹介します。

 


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新妻がたたえる、神の栄光。モーツァルト『大ミサ曲 ハ短調 K.427「第2章 グロリア」』

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新妻がたたえる、神の栄光

今回はモーツァルトハ短調ミサ』第2章「グロリア」です。

神の栄光を讃える章「栄光の賛歌」で、どんなミサ曲でもいちばん派手に華やかに書かれます。

ミサ通常文においては第3章クレドに次ぐ長文です。

短いミサではスラスラと逐語的に歌われますが、この曲では細かく区切って8曲にも分かれています。

この曲が〝大ミサ〟と呼ばれるゆえんです。

モーツァルトの作曲は実に手の込んだ、丁寧な作りで、オラトリオのように、物語を1ページずつめくるような思いがします。

モーツァルト『ミサ曲 ハ短調 K.427〝グレート〟』 

Mozart:Great Mass in C minor , K.427

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

合唱:モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & English Baroque Soloists , Monteverdi Choir 

独唱:

シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)

ダイアナ・モンタギュー(ソプラノ)

アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール

コルネリウス・ハウプトマン(バス)

第2曲 グロリア Gloria

天には栄光、神にあれ

地には平安、善意の人にあれ

Gloria in excelsis Deo.

Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.

グレゴリオ聖歌の先唱で導入され、壮大な4部合唱で神の栄光を讃えます。

有名な『グロリア・イン・エクセスシス・デオ』の言葉です。

深沈とした前曲「キリエ」が、人類の誕生と混沌とした原始の時代とすれば、この「グロリア」は、ピラミッドが築かれ古代文明が花開いた、というイメージを受けます。

〝地には平安〟の部分はしっとりと落ち着いた合唱で、天の華やかさとの対照が見事です。

第3曲 ラウダムス・テ Laudamus te

我ら主をたたえ

主をあがめ

主を拝礼し

主を讃美する

Laudamus te.

Benedicimus te.

Adoramus te.

Glorificamus te.

コロラトゥーラ・ソプラノのための独唱で、まさにコンスタンツェのための曲です。

ほとんどオペラのアリアで、ワクワクするような伴奏は、まさに夫の愛そのものです。

優しい夫に支えられながら、神を讃える歌を聖堂の高い天井に届けとばかりに響かせる。

それはキリスト教徒にとってこの上ない幸せでしょう。

バロック以来、教会音楽はどんどん華美になってゆき、18世紀にはこの曲のように、ほとんど世俗のオペラか?と思われるような曲調になっていました。

モーツァルトが生まれる7年前、1749年にローマ教皇ベネディクトゥス14世(在位1740-1758)が、典礼に伴う音楽がオペラ風な華美にはしることを厳に戒める回勅を発していましたが、あまり効果はなかったのです。

教皇が苦々しく思ったように、音楽を聴くことは人々にとってすでに教会に来る楽しみとして定着してしまっていたこともありますが、何より、美しい音楽で神の栄光を讃えることは、誰にも不信心なこととは思えなかったからでしょう。

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教皇ベネディクトゥス14世

ちなみに、2013年に高齢を理由に生前退位して世界を驚かせたのは、同じ名前のベネディクトゥス16世です。生前退位は719年ぶりでした。退位を表明した2013年2月11日、バチカンサン・ピエトロ寺院に雷が落ちて、これも話題になりました。

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2013年2月11日、サン・ピエトロ寺院に落雷
第4曲 グラティアス Gratias

主の栄光の大いなるがために

つつしみて感謝する

Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam.

前曲の華々しさに水をかけるような、強烈な不協和音が連続する、緊迫感に満ちた5部合唱です。

あまりに思い切った大胆かつ斬新な演出に、当時の人はびっくりしたのではないでしょうか。 

前曲のコンスタンツェの歌の輝かしさを引き立てるためかもしれません。

第5曲 ドミネ Domine

主なる神、天の王

全能の父なる神

おんひとり子なる主イエス・キリスト

主なる神、神の子羊、父の御子

Domine deus, rex caelestis, deus pater omnipotens.

Domine fili unigenite, Jesu Christe.

Domine deus, agnus dei, filius patris.

弦のみの伴奏によるソプラノ2重唱で、美しい女声がからみあう、切ないばかりの美しさです。バッハやヘンデルを思わせる古風な趣きで、斬新な楽章と古典的な楽章を組み合わせる、モーツァルトの創意工夫といえます。

第6曲 クイ・トリス Qui tollis 

主は世の罪を除きたまうにより

我らをあわれみたまえ

主は世の罪を除きたまうにより

我らの願いを聴き入れたまえ

主は父の右に座したまうにより

我らをあわれみたまえ

Qui tollis peccata mundi, miserere nobis.

Qui tollis peccata mundi, suscipe deprecationem nostram.

Qui sedes ad dexteram patris, miserere nobis.

ト短調の悲壮な8声の二重合唱です。執拗な低音の付点リズムはイエスの十字架の重みを象徴し、その上に壮大で感動的なコーラスが展開します。

世の罪を除くための、ゴルゴダの丘への苦しい歩みを思わずにいられません。

時折みせる、合唱のみの消え入るような部分が胸に迫ります。

第7曲 クオニアム Quoniam

そは唯一の聖

唯一の主

唯一の至高者にまします、

Quoniam tu solus sanctus, Tu solus dominus.
Tu solus altissimus,

文中にある「聖」「主」「至高者」という3つの要素を示すため、ソプラノふたりとテノールの3人で歌う三重唱になります。

ホ短調の哀調を帯びていますが、オーケストラのリトルネッロに囲まれ、3人の歌がからみあう歌は、不思議とリズミカルです。 

第8曲 ジェズ・クリステ

イエス・キリスト

Jesu Christe.

前曲の歌詞を受け継ぎ、唯一の「聖」「主」「至高者」である存在、イエスの御名のみに音楽をつけた楽章ですが、音楽的には、次の最終曲の序奏になっています。

ティンパニも重々しく、全合唱により歌われます。

第9曲 クム・サンクト・スピリトゥ Cum Sancto spiritu

主は聖霊とともに

神なる父の光栄にましましたまうなり

アーメン

Cum Sancto spiritu, in gloria dei patris, Amen.

 「グロリア」章の最終曲で、ここは多声曲にして締めくくるのが伝統ですが、モーツァルトもその古式に則り、厳格な対位法を使って、バッハ、ヘンデルに劣らないフーガに仕上げています。

二重フーガ、ストレッタ、転回フーガなどの技法を駆使し、音の大伽藍を築き上げているのです。

 

次回は、信仰宣言『クレド』と感謝の賛歌『サンクトゥス』で、このミサの締めくくりとなります。

 


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彼女と結婚できますように。幸せ願う祈りのうた。モーツァルト『大ミサ曲 ハ短調 K.427「第1章 キリエ」』

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最後の晩餐

結婚成就のための、誓いのミサ曲

このところ、モーツァルトの結婚にまつわる曲を聴いてきています。

コンスタンツェとの結婚に対して、父レオポルトは頑強に反対し、なかなか許可をくれませんでした。

そんな父の心を和らげるため、モーツァルトは、「結婚が成就するのを願って、ミサ曲を作曲し、故郷ザルツブルクの教会に捧げるという誓いを立てた」と父に書き送っています。

ぼくの心の誓いについては全く嘘はありません。それが真実である証明はすでに半分仕上がり、完成を待っているミサ曲の総譜がしてくれましょう。1783年1月4日付)』

モーツァルトは、ウィーンに出奔する前は、宗教都市ザルツブルク大司教宮廷に仕えていたのですから、教会音楽を作曲、演奏するのは職務でした。

でも、ウィーンでフリーの音楽家としてデビューしてからは、当然教会音楽の仕事はありません。

それなのに、モーツァルトは自発的に、自分の誓いとしてミサ曲を書いたのです。

モーツァルトだけでなく、当時の作曲家が、収入のあてもなく、注文なしで作曲するのは全く珍しいことでした。

モーツァルトザルツブルク時代にはたくさんの宗教音楽を書いていますが、ウィーン時代にはたったの3曲を数えるのみです。

それは、この『ハ短調ミサ』と、短い神品『アヴェ・ヴェルム・コルプス』、そして死の間際に書いた『レクイエム』です。

しかも、そのうち『ハ短調ミサ』と『レクイエム』は未完に終わりました。

『レクイエム』は死のために中断されたのでやむを得ませんが、『ハ短調ミサ』は結婚の誓いを立て、気合を入れて書いたのに、なぜ未完成のままになったのかは、古来謎とされています。

新妻を連れての里帰り

結婚して1年になろうという頃、1783年6月にモーツァルト夫妻に第1子の男の子が産まれ、ライムント・レオポルトと名付けられました。

そして、同年7月末、赤ん坊を乳母に預けて、モーツァルト夫妻はザルツブルクに旅立ちます。

今なら子供を連れて帰郷するところでしょうが、当時の過酷な馬車旅はとても赤ん坊には耐えられるものではなかったのです。

モーツァルトにとっては3年ぶりの故郷です。

夫妻はザルツブルクに3ヵ月強も滞在することになります。

モーツァルトには、帰郷したら、勝手に離職した罪で大司教に逮捕される恐れもなくはなかったのですが、ウィーンで皇帝にも厚遇されているモーツァルトには手出しはできなかったようで、大司教モーツァルトを無視し通したのです。

モーツァルトは、誓願のミサ曲の楽譜を携えて行ったのですが、それはまだ未完成でした。

そして、実際の演奏は、帰京の前日、10月26日になってようやく、聖ペテロ教会で行われました。

さすがに、メインのザルツブルク大聖堂(ドーム)では演奏できなかったのですが、宮廷楽団員が全員集まった、と姉ナンネルの日記に記されています。

モーツァルトザルツブルク時代に作ったミサ曲は、短く簡潔なものが多いのですが、これは大司教コロレードの要求によるものでした。

大司教猊下はどうもトイレが近かったようで、ミサは出来る限り短くするように、と命じたのです。

モーツァルトはさすがプロ、ミサの異なる歌詞を同時進行で歌わせるなど、職人技を振るって短いミサ曲を作っていますが、本意ではなく、いつかは自分の芸術的な欲求を満たす、本格的なミサ曲を作りたい、という希望があったと思われます。

それを、結婚成就の願いを込めて、実現させた、ということでしょう。

しかし、書き始められた曲は、あまりに長大なものでした。

この調子で完成していたとすれば、おそらく1時間半はかかったものになったでしょう。

長いミサが嫌いな大司教不在とはいえ、実際に演奏するにあたっては現実的ではなく、モーツァルトは完成をあきらめた、と私は考えます。

バッハにも『ロ短調ミサ』、ベートーヴェンにも『ミサ・ソレムニス』という長大な大作があり、この『ハ短調ミサ』は、完成すればそれらに匹敵するものだったのに、と惜しまれます。

未完の部分は、おそらく旧作で補って演奏されたといわれています。

フランスの友人の思い出

このミサ曲は未完とは言え、モーツァルトの全作品の中でも最高傑作のひとつにあたります。

私も愛してやまない曲です。

ふだんから気軽に聴ける曲ではありませんが、年末とか、節目のときなどにじっくり聴くと、来し方行く末がしみじみと感慨深く胸に迫ります。

大学の時、フランスから来た留学生と友だちになりました。

彼の家に遊びに行くと、棚に並べられたCDの中に、この『ハ短調ミサ』が混じっているのを見つけました。

数あるCDの中で、クラシックはこの曲くらいだったと思います。

私が、この曲大好きなんだよ、と言うと、彼も、これはとってもいいんだ、気に入っている、と応じました。

彼は特にクラシック好きというわけではなかったのですが、さすがヨーロッパ人、良い音楽はジャンルにこだわらず親しんでいるんだなぁ、と思いました。

クラシック発祥の地ヨーロッパでは、クラシック音楽は決して特別なものではなく、人々は身近に、気軽に味わっているのを実感したのです。

ミサとは何か

ミサ曲は、カトリック典礼で用いられるものです。

ミサとは、イエスが処刑される前夜、弟子たちととった最後の晩餐を再現した秘儀です。

死を覚悟したイエスは、パンを取り、使徒たちに与えて『これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。』と言い、食事を終えてから杯を同じようにして『この杯は、あなたがたのために流される、私の血による新しい契約である。』と述べました。(ルカによる福音書

ミサは、カトリック教徒がこのエピソードにちなんで、人間の罪を背負って犠牲となったイエスを偲び、毎週日曜日に行うものです。

そこでは、パンとワインが、イエスの肉と血に変わる『聖変化』が起こる、とされています。

そして、そのパンとワインをいただくのが『聖体拝領』の儀式です。

ミサの祈りの言葉は、公会議で決められており、どんなミサでも同じ「通常文」と、特別なテーマをもったミサで加えられる「固有文」に分かれています。

このミサは「通常文」によっており、次の5章で構成されています。

第1章 キリエ Kyrie (あわれみの賛歌)

第2章 グロリア Gloria(栄光の賛歌)

第3章 クレド Credo (信仰宣言)

第4章 サンクトゥス Sanctus (感謝の賛歌)

第5章 アニュス・デイ Agnus Dei (平和の賛歌)

ハ短調ミサ』は、クレドの大部分が未完で、アニュス・デイは全く存在していません。

しかし、典礼ではなく、音楽として味わう分には、未完成でも十分ともいえます。

ミサ曲というとなんだか敷居が高く感じられますが、「祈り」は宗教を違いを超えた、人間の基本的な感情のはずですので、クリスチャンでなくとも心の深奥に響いてくるのです。

モーツァルト『ミサ曲 ハ短調 K.427〝グレート〟』 

Mozart:Great Mass in C minor , K.427

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

合唱:モンテヴェルディ合唱団

John Eliot Gardiner & English Baroque Soloists , Monteverdi Choir 

独唱:

シルヴィア・マクネアー(ソプラノ)

ダイアナ・モンタギュー(ソプラノ)

アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール

コルネリウス・ハウプトマン(バス)

 

第1曲 キリエ Kyrie

主よ、あわれみたまえ

キリストよ、あわれみたまえ

主よ、あわれみたまえ

Kyrie eleison.

Christe eleison.

Kyrie eleison.

ミサ通常文はラテン語ですが、この章だけはギリシアです。

そして、上記の3行そのままに3部構成で歌われます。

深沈とした半音下降の低音に支えられ、これがモーツァルト?と思うような厳粛なコーラスで、『キリエ・エレイソン』が歌われます。弱い存在の人間に対し、神への憐れみを乞う、胸に迫る音楽です。

ほどなく、暗い天から光明が差すように、ソプラノが『クリステ・エレイソン』と歌い始めます。この感動的なパートを、モーツァルトは新妻コンスタンツェに歌わせ、自分がいかに素晴らしい妻を得たのか、ということを、結婚に反対していた父や姉に示し、故郷の人々にお披露目したのです。かなり高度な技巧が要求されているため、モーツァルトはその練習曲(ソルフェッジョ)を作って妻に与えたことは前述しました。

www.classic-suganne.com

 『キリエ・エレイソン』は、神への畏れが全面を支配していますが、『クリステ・エレイソン』は、神にとりなしてくださる優しいイエスへの甘えが感じられる、甘美な歌です。ソプラノの独唱に導かれ、コーラスが続いていく様は、コンスタンツェのまさに独断場として、夫の用意したこの上ないステージといえます。

そして、繰り返される『キリエ・エレイソン』は、再び厳しい調子に戻り、神に許しを乞う必死の祈りになります。それは、自分の弱さをさらけ出した心の叫びなのです。

 

次回は、神の栄光を讃える『グロリア』です。

 


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賑やかなウィーンの街角。モーツァルト『ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450』

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ウィーン・ベルヴェデーレ宮殿

続・コンチェルト3曲セット

モーツァルトはウィーン・デビューのあと、自分が主役で、演奏と作曲の腕前を両方アピールできるピアノ・コンチェルトをメイン・ツールとするべく、第11番 へ長調 K.413第12番 イ長調 K.414、第13番 ハ長調 K.415の3曲セットを披露して大喝采を浴びたのは前述しました。

そして前回取り上げた、特別な存在の第14番 変ホ長調 K.449をはさんで、モーツァルトは新しい3曲セットを作曲しました。

それが、第15番 変ロ長調 K.450、第16番 ニ長調 K.451、第17番 ト長調 K.453の3曲です。

このブログの最初の頃、モーツァルトのピアノ・コンチェルトは第16番から始め、最後の第27番まで順番に取り上げました。

今回の第15番で、ようやく第11番から最後までつながったことになります。

第16番の記事はこちらです。ぜひ、お時間のあるときに第27番まで聴いていただければと思います。

www.classic-suganne.com

ひと汗かかせる協奏曲

さて、この新・3曲セットについて、モーツァルトは父に楽譜とともに、次のように語っています。

リヒター氏がそんなに誉めていた協奏曲は変ロ長調のものです。[注:第15番のこと] これは私が作ったものの中でも一番いいもので、その当時もあの人はそう言って誉めました。私はこの二つ [注:もう一つは第16番] のうち、どっちを選んでいいか分かりません。二つとも、ひと汗かかせる協奏曲だと思います。でも、むずかしいという点では変ロ長調の方がニ長調以上です。ともかく、変ロ長調ニ長調ト短調 [注:実はト長調で第17番のこと] の三つの協奏曲のうち、どれがいちばんお父さんのお気に召すか、是非知りたいものです。変ホ長調 [注:第14番] のは、この種類には属しません。これはまったく特別な種類の協奏曲で、大編成よりは小編成のオーケストラのために書いたものです。だから、三つの大きな協奏曲のことだけを言うのですが、お父さんの判断が、当地の一般の、そして私自身の判断と一致するかどうか、知りたくてたまらないのです。もちろん、三つとも、全部のパートを揃えて、上手に演奏したのを聴かなければなりませんが。私へお返し下さるまでは、我慢してお待ちしますが、ただ他のだれにもお渡しにならないように。今ならどうには1曲について24ドゥカーテンで売れたでしょうが、もう2、3年手もとにおいて、それから印刷して公表する方が、もっと利益が得られると思います。(1784年5月26日 父宛)*1

モーツァルトが自分の作品について『3つとも良くって、どれが一番か決められないなぁ~、パパはどう思う~?』と得意げになっている、なんとも微笑ましい手紙です。

一番好評なのは第15番 変ロ長調で、 自分としては第16番 ニ長調とどっちがいいか迷うけど、変ロ長調の方が難しい。いずれにしてもピアニストにはひと汗かかせる曲だ、というのです。

父レオポルトが3曲のうちどれを選んだのかは分かりませんが、実際の演奏を聴いてもらえないと、とも言っているので、結論は出なかったかもしれません。

後にレオポルトがウィーンに来て、実際に演奏を聴いて感動したのは、第18番 変ロ長調と第20番 ニ短調でした。

私がモーツァルトに訊かれたら、個人の好みとしては第17番 ト長調を選びます。

指揮者はいない、当時の演奏法

このようにピアノ・コンチェルトはモーツァルトが自作自演した特別なジャンルの曲ですので、指揮者は存在せず、ピアニストがいわゆる〝弾き振り〟をします。

モーツァルトの時代には指揮棒はありませんし、専任の指揮者というのは存在しませんでした。

現代のような指揮法を確立したのはメンデルスゾーンと言われていますが、諸説あります。

いずれにしても、18世紀までは、指揮者はチェンバロやピアノ、ヴァイオリンを弾きながらアンサンブルをリードしていました。

ピアノ・コンチェルトにおける、指揮者とピアニストの巨匠対決、のようなシーンは20世紀のものです。

そんなシーンでは、ピアノ独奏が登場する前、オーケストラの前奏の間は、ピアニストは鍵盤に触れず、沈思黙考しています。

指揮者のいない〝弾き振り〟の場合も、立ち上がったりして前奏を指揮しています。

モーツァルトの時代にはそんな光景はありませんでした。

では、前奏の間、何をしていたか。

ピアノで通奏低音を弾き、オーケストラの和音を補強していたのです。

そして出番が来ると、ソリストとして〝離陸〟し、前面に出て行くわけです。

古楽器による演奏では、当時の慣習に従い、ほとんどそのように演奏されています。

私も最初に聴いたときには、ほんとに?と違和感を感じましたが、今では当たり前で、オーケストラの合間に聞こえる低音が無いと、なんだか締まらない感じさえします。

前回の第14番 変ホ長調は小編成であり、マルコム・ビルソンの演奏ではよりピアノの音が聞えやすいので、ぜひ聴いてみてください。

あ、もちろん、現代スタイルによるモーツァルト演奏を否定するものではありません。モーツァルトの曲はどんな演奏でも、たとえ電子演奏でも素晴らしいのですから。

いよいよ管楽器の出番

室内楽での演奏を可としていた第14番までとは一線を画し、この第15番からはオーケストラの規模が拡大していきます。

特に目覚ましいのが、管楽器の働きです。

これ以降のピアノ・コンチェルトでは、管楽器の役割が重要になり、さながら、ピアノと管楽器の協奏交響曲シンフォニア・コンチェルタンテ)の様相を示します。

この曲は、その先駆けといえます。

なにしろ、冒頭が管楽器から始まるのですから。こんな開始は後のコンチェルトにもありません。

第14番で管楽器は任意、とされていたのとは大違いです。

第15番の管楽器はオーボエ2、ファゴット2、ホルン2で、第3楽章ではフルートまで加わります。

管楽器たちはこれから、様々な風味のフルーツがミックスされるように、曲に複雑で多様な味わいを与えていきます。

1曲、また1曲と、モーツァルトが進化していく様には、ため息が出るばかりです。

モーツァルト『ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K.450』 

Mozart:Concerto for Piano and Orchestra no.15 in B flat major , K.450

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

マルコム・ビルソン(フォルテピアノ

John Eliot Gardiner , Malcolm Bilson & English Baroque Soloists

第1楽章 アレグロ

木管のみで始まるのは極めて異例ですが、その愛らしさといったらありません。これまでオーケストラの中での管楽器の役割は、和音の補強や、弦と重複して、あるいは応答し合ってメロディを受け持つ、というものですが、独立したテーマを担う、という新しい使い方が始まったのです。とはいえ、即興的なフレーズで独奏ピアノが始まると、あとはピアノの名人芸が際立ちます。モーツァルトが〝ひと汗かかせる〟と言ったとおり、必要とされるピアノの技巧は超高度です。縦横無尽のピアノの動きに、聴衆はただただ圧倒されたに違いありません。最後にはモーツァルト自身による技巧的なカデンツァが残されています。

第2楽章 アンダンテ

変奏曲形式のアンダンテです。モーツァルトのコンサートでも、ヒット曲のテーマを使った変奏曲が大人気でしたから、変奏曲は当時の聴衆に親しみやすかったのでしょう。この曲での変奏は甘美の極致です。前曲第14番のアンダンティーノが夕暮れの浜辺のイメージだとすれば、この曲は美しい海の底を逍遥しているかのような思いがします。わずかに陽の光が届く、どこまでも静かで深い海底。世間の煩わしさとは無縁の、静寂の世界にいるかのようです。

第3楽章 アレグロ

一転、これは喧噪に包まれた街の音楽です。粋で陽気なテーマには瞬殺で魅了されてしまいます。8分の6拍子は狩りの曲でもあります。映画『アマデウス』でも、モーツァルトがワインの瓶を片手に、商人や大道芸人たちで賑わうウィーンの街角を、スキップするかのように上機嫌に歩いていくシーンでこの曲が使われています。前楽章の静かな世界とのコントラストが、実に素晴らしく、効果的です。 曲の終わり方も意表をつきます。終わりそうで終わらないように焦らして焦らし、はい、終わり。ここでもモーツァルトのいたずらっぽい笑みと、ウケた聴衆の拍手喝采が目に見えるようです。

 

次回は、モーツァルトの嫁を連れての初里帰りエピソードです。


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*1:柴田治三郎訳

几帳面なモーツァルトの「自作品目録」。モーツァルト『ピアノ協奏曲 第14番 変ホ長調 K.449』

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モーツァルト自筆の『自作品目録』表紙

おさえられない進化と深化

モーツァルトがウィーンに来てピアニスト兼作曲家としてデビューし、最初にリリースしたピアノ・コンチェルト第11番 へ長調 K.413第12番 イ長調 K.414、第13番 ハ長調 K.415、の3曲セットは、ウィーンの聴衆の好みに合わせ、さらにコンサートだけでなく、ご家庭でも楽しめるよう、室内楽での演奏も可能にしてありました。

次の新曲、第14番 変ホ長調 K.449も同じコンセプトで作られ、小オーケストラ用で、管楽器(オーボエとホルン)は省略可、というものでした。

モーツァルトは手紙でこのコンチェルトを『これはまったく特別な種類の協奏曲で、大編成よりは小編成のオーケストラのために書いたものです。』と言及しています。

しかし、内容は前作に比べて一段と深化し、聴衆への配慮よりも芸術的追求が強まってくる気配が感じられるのです。

それは、芸術性が高まるほど聴衆が離れていくという、皮肉な20番台のピアノ・コンチェルト群への第1歩となりました。

「わが全作品の目録」

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「自作品目録」のページ

モーツァルト自身も、このコンチェルトを画期的なものととらえていたようで、この曲から「自作品目録」をつけはじめるのです。

そのノートの表紙には『わが全作品の目録。1784年2月より1... 年..月に至る。ヴォルフガング・アマデウスモーツァルト』と書かれていました。

モーツァルトは1791年に亡くなってしまいますが、もちろん本人は19世紀まで生きるつもりで1...年、と記しているわけです。

このノートの左ページには日付、タイトル、楽器編成などが、右ページには大譜表がきれいに書き込まれています。

漏れている作品や誤記もありますが、モーツァルト研究には欠かせない超一級史料です。

映画『アマデウス』に描かれたモーツァルトは、酒瓶の転がった〝汚部屋〟でだらしない生活を送っていますが、実際のモーツァルトは大変な筆まめですし、こんなノートをしっかりつけ続けるような几帳面な人だったのです。

演奏に、作曲に、日々身を削って刻苦精励。

そうして、これまでどれだけの人の人生を豊かにしてくれたことか!

さて、その目録の筆頭がこのコンチェルトです。最初がピアノ・コンチェルトというのも、モーツァルトがどれだけピアノを重視していたかが分かります。

このコンチェルトは、モーツァルトの愛弟子のひとり、バルバラ・フォン・プロイヤー嬢のために作曲されました。

彼女は、ザルツブルクの宮廷連絡官の令嬢で、ウィーンでピアニストとして活躍していました。

彼女のために、後にあの素晴らしいピアノ・コンチェルト 第17番 ト長調 K.453 も作曲していますから、その技量のほどが偲ばれます。

www.classic-suganne.com

モーツァルトはこれらのコンチェルトの楽譜をザルツブルクの父に送った際、くれぐれも写譜屋に写し盗まれないよう、念押ししています。

これは私とプロイヤー嬢の曲なのでぜったい外には出しません、彼女はこの曲にたっぷり払ってくれたし、と。

初演は1784年3月17日に、自宅を間借りしていたトラットナー邸の広間で、モーツァルトの私的な最初の予約演奏会で行われました。

予約会員には、ウィーンの錚々たる貴族、裕福な市民、各国の外交官たちが174名も名を連ね、会場はあふれんばかりだったとのことです。

そして、このコンチェルトは大変な評判となりました。

プロイヤー嬢も、3月23日に自邸の音楽会でこの曲を弾いています。

モーツァルト『ピアノ協奏曲 第14番 変ホ長調 K.449』 

Mozart:Concerto for Piano and Orchestra no.14 in E flat major , K.449

演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイスツ

マルコム・ビルソン(フォルテピアノ

John Eliot Gardiner , Malcolm Bilson & English Baroque Soloists

第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ

出だしは、これまでの優雅な感じから一変。とても力強い3拍子のモティーフから始まります。モーツァルト変ホ長調によくみられるパターンです。曲が進むにつれ、ピアノが次々と繰り出すテーマとその展開は斬新で、これまでの社交的な雰囲気とは明らかに一線を画すものです。それでも、大変な評判となったということですから、当時のウィーンの人々の新しもの好きな面に訴えたのが成功したのでしょう。変ホ長調ですが、ハ短調に流れることも多く、後の大コンチェルト、第24番 ハ短調 K.491を予告しているといわれています。

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第2楽章 アンダンティーノ

モーツァルトのピアノ・コンチェルトの心打つ緩徐楽章の中でも、特に素晴らしいもののひとつです。その切なくも美しい情感を、評論家の井上太郎氏は名著『モーツァルトのいる部屋』の中で、北原白秋の詩集『邪宗門』の一節になぞらえています。

あたたかに海は笑ひぬ

ふと思ふ、かかる夕日に

白銀( しろがね)の絹衣(すずし)ゆるがせ、

いまあてに花摘みながら

かく愁ひ、かくや聴くらむ、

紅(くれなゐ)の南極星

われを思ふ人のひとりも。

北原白秋『夕』より)

井上氏の感じた通り、人妻との恋に落ちた白秋の詩の感傷に通じる、心に沁みる楽章です。ことに、日本人の繊細な感性に響いてくる思いがします。

夕暮れの浜辺で、憧れの人を想うとき、胸の内に流れる蜜のような…

第3楽章 アレグロ・マ・ノン・トロッポ

一転、軽快なロンドになりますが、ただ軽いというものではなく、濃密な内容を秘めています。とくに、テーマには常に対位法処理がなされており、それが音楽に深みを与えているのです。展開部では短調のシリアスな表情も見せつつ、ピアノとオーケストラの掛け合いがため息をつくほど見事です。何度聴いても飽きることのない、素晴らしいコンチェルトです。

決定版 モーツァルトのいる部屋

決定版 モーツァルトのいる部屋

 


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