孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

イケメン・ヴァイオリニストがアレンジした『G線上のアリア』。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第3番 ニ長調 BWV1068』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑩

G線上のアリアの原曲

バッハ管弦楽組曲組曲、今回は第3番二長調です。

第2楽章のエールが、後世の編曲でG線上のアリアとして独立して演奏され、バッハはもとより、クラシック音楽の代表曲のひとつとなっています。

しっとりと愛を語るかのごとく甘美を極めた歌ですが、この曲以外の組曲全体としては、バッハの曲の中でもド派手な部類です。

雰囲気だけでいえば、第1番や第2番の組曲の中にいたほうがしっくりしているような気がして、どうもこの組曲の楽章としてはバランスが悪い思いがするのは私だけでしょうか。

なにしろ、編成はトランペット3本にティンパニを伴う、すこぶる野外的で祝祭的な大規模な曲なのです。

ヘンデルの『王宮の花火の音楽』のように、何かのイベントのために作られたとしか思えません。

成立時期の謎

しかし、この曲の成り立ちも、他の序曲と同様諸説あって、確定していません。

ライプツィヒ時代の1731年頃に、コレギウム・ムジークムのために書き下ろされたというのが有力な説ですが、残っているのは一部バッハ自身も含む筆写のパート譜のみです。

前述のように、コレギウム・ムジクムは夏の間は広場でコンサートを開いていましたから、このような派手なフランス風序曲を市民のために作った可能性もありますが、曲の性格上、どうしても宮廷と無縁とは思えないのです。

やはり、ケーテン時代の終わり、1722年頃に宮廷のために作曲されたという説の方が私にはしっくりきます。

「エール」という曲をバッハが作ったのはこの時期からですし、同じ二長調で、似た性格を持つ第4番は、1725年のクリスマスにその序曲がカンタータに転用されているので、原曲はそれ以前に作曲されたとすると、ケーテン時代の可能性もあり、この曲も同じ時期に作曲されたのではないか、とも考えられます。

ただし、第4番にはオリジナルの初稿の一部が残されていて、こちらにはトランペットとティンパニが含まれていないのです。

となると、この第3番も初稿ではトランペットとティンパニは無かった可能性があり、これらの宮廷的なアレンジはライプツィヒで加えられた、ということになります。

何ともややこしいのですが、初稿を再現した演奏も最近は出てきて、いろいろ想像を膨らませながら、その違いを楽しむのも一興です。

イケメン・ヴァイオリニストによる編曲

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アウグスト・ヴィルヘルミ(1845-1907)

さて、第2楽章だけが『G線上のアリア』として有名になったのは、19世紀後半に活躍したヴァイオリニスト、アウグスト・ヴィルヘルミ(1845-1907)の編曲によります。

ヴィルヘルミは、9歳で天才少年としてデビューし、リストに認められて活躍しました。

リストもその美貌と超絶テクニック、そして、ベートーヴェンのシンフォニーをピアノ1台で、オーケストラ以上の迫力で演奏してみせるなど、派手な演出で貴婦人たちをメロメロにしましたが、ヴィルヘルミもそのヴァイオリン版だったようです。

当時、4本あるヴァイオリンの弦のうち、一番低いG線だけを使って演奏するテクニックがもてはやされており、ヴィルヘルミはそのコンセプトで古い名曲をアレンジしてコンサートで弾いていました。

そのうちの1曲が、このバッハの編曲というわけです。

イケメンですし、自らを売るプロモーションも上手だったようです。

ピアノ伴奏つきのヴァイオリン・ソロで、ニ長調からハ長調に移調し、さらに1オクターヴ下げていますので、かなり渋くなりますが、それがさらに甘美で現代的に聞こえます。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第3番 ニ長調 BWV1068』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.3 D-dur BWV1068

演奏:リチャード・エガー指揮 アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

Richard Egarr & Academy of Ancient Music

第1楽章 序曲

トランペットの華麗なファンファーレで始まる、このフランス風序曲は、まさに気宇壮大。3つのオーボエと弦がスケールの大きなテーマを奏でます。それは宇宙的な規模と言っても大げさではないでしょう。続く「急」の部分では、例によってイタリア風のコンチェルト・グロッソのスタイルを取り、ソロ楽器群(ソーリ)と合奏(コンチェルティーノ)がフーガを自由闊達に繰り広げていきます。それは、聴くほどに思わず体が動いてしまうような盛り上がりぶりです。緩ー急ー緩ー急と繰り返されます。

第2楽章 エール(G線上のアリア

エール(Air)とは、これまでの「ベルばら音楽」の稿で聴いてきたフランス・オペラの曲名です。形式は自由なもので、歌であったり、舞曲であったりします。イタリア語では「アリア」となり、オペラのメイン曲のことを指すのでそちらの方がポピュラーですが、明らかにフランス起源の曲ですので、これは「エール」と呼ぶ方が適切です。

第1ヴァイオリンが冒頭、通奏低音の対位旋律の足取りの上を、じっくりと引き延ばした一音が、ひるがえるようにして展開していく瞬間は、聴く人を魅了してやみません。バッハがどんな意図でこの曲を作ったか分かりませんが、ここにあふれ出る優しさと愛は、これまでどれだけの人の心を癒してくれたことでしょうか。

第3楽章 ガヴォット

バッハのガヴォットの中でも出色で、元気のいい人気曲ですが、前曲に浸った気分を一気に変えてしまうのは、唐突感が無きにしもあらずです。さりげない第2ガヴォット(トリオ)では、トランペットもソロを聴かせてくれます。

第4楽章 ブーレー

独特なシンコペーション・リズムが楽しいブーレーです。第2ブーレーは存在しない、短く快活な曲です。

第5楽章 ジー

ジーグは組曲を締めくくる定番曲ですが、バッハの管弦楽組曲では唯一の例です。また、フーガ形式を採るフランス式ジーグではなく、イタリア・ジーグというのも特徴的です。まさにフランス、イタリアの折衷様式なのです。軽いリズムなのですが、トランペットを伴い、響きが重々しいのも面白いです。真面目で怖い顔をしたバッハが、ひょうきんに踊っているかのような、アンマッチの妙です。

 

さて、ムード音楽のようになってしまった『G線上のアリア』ですが、さらに様々なアレンジが加えられ、オリジナルの編曲版(ヴァイオリンとピアノ)は、意外と演奏は少ないです。

この動画もオーケストラ伴奏ですが、ぜひ原曲と聴き比べてみてください。名曲はアレンジしても名曲です。


Air On The G String, J. S. Bach - Anastasiya Petryshak, Violin

 

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次回は第4番 ニ長調を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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フルートに彩られた、魅惑のポロネーズ。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第2番 ロ短調 BWV1067』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑨

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おしゃれなフルートに彩られた人気曲

バッハ管弦楽組曲組曲)、今回は第2番ロ短調です。

モーツァルトト短調ベートーヴェンハ短調と並んで、バッハに宿命的な調、ロ短調ということもあり、バッハの序曲の中では一番ポピュラーで、人気があります。

ロ短調は、調性の中でも最も暗い、ということで、明るい曲の好まれた古典派の作曲家たちは敬遠しがちでしたが、バッハの手ににかかると、この曲のように、軽快さの中に底知れぬ深みを感じさせる、絶妙な音楽となるのです。

この序曲は、バッハの曲の中でも、当時流行したロココ趣味に彩られ、ギャラントな魅力にあふれています。

なんといっても最大の特徴は、独奏楽器をもつ、まるでコンチェルトのようなスタイルであること。

これは異色といっていいでしょう。

ソロ楽器はフルート(フラウト・トラヴェルソで、その切ない響きが、なんともいえない深い味わいを醸し出しています。

ふつう、リュリ様式のフランス風序曲で、組曲全体をひとつの楽器が通してソロを受け持つことはありません。

まるでイタリアのコンチェルトのようですが、〝フランス・フルート〟と呼ばれた横笛のフラウト・トラヴェルソは、フランスの最先端のモードを象徴する楽器でもありました。

プロイセンのフリードリヒ大王が、ヴェルサイユ宮殿を真似して築いたサン・スーシ宮殿の宮廷で、フランス語を話しながら、自らフルートを演奏し、作曲し、そのアシスタントをバッハの次男カール・フィリップエマニュエル・バッハが務めた史実も、当時のドイツで、フランス趣味がどれだけ〝おしゃれ〟だったかを今に伝えます。

まさにこの曲は、ドイツ人がフランス趣味に憧れて作った代表の作といっていいでしょう。

この曲がフリードリヒ大王に献呈されていたら、王はどれだけ喜んだだろうと思いますが、バッハが息子の紹介で王の知遇を得るのは最晩年のことで、バッハはそのとき『音楽の捧げもの』を献呈しています。

成立の謎

この曲の成り立ちもはっきりとはわかっていません。

今に残っている楽譜は、筆写パート譜で、1738年から39年のものと分析されています。一部はバッハ自身の手で筆写されているのですが、オリジナルが別にあったのは明白です。

そのため、バッハが同時期に、他の序曲と同じくライプツィヒコレギウム・ムジクムで演奏したのはほぼ確実ですが、コレギウムのために新しく書き起こしたのか、旧作を持ってきたのかが分からないのです。

この曲の斬新なスタイルからは、新作とも思えますが、フルートの登場する作品はケーテン宮廷時代にたくさん作っていますので、フルートの活躍するブランデンブルク協奏曲第5番とセットで書かれたのではないか、という説もあります。

この説だと、1721年頃の作ということになるのです。

ともあれ、聴いていきましょう。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第2番 ロ短調 BWV1067』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.2 B-molll BWV1067

演奏:アルフレド・ベルナルディーニ指揮 ゼフィーロ

Alfredo Bernardini & Zefiro

第1楽章 序曲

フルートのソロといっても、ずっと独立した動きをするわけではなく、ふだん(?)は第1ヴァイオリンと同じメロディをなぞり、メインの旋律に、ブレンドされた独特の色彩を与えます。そして、いざ、というときにソロとして離陸していくのです。

曲は、緩ー急ー緩'ー急'ー緩''の大きな五部構成となります。最初の「緩」では、フランス風序曲の定石である付点リズムで始まりますが、威圧的なものとは正反対に、哀愁が漂います。いいようもない孤独感が聴く人の胸に迫ることでしょう。暗いロ短調の悲劇に墜ちていくのを、フルートの温かい音色がかろうじて防いでいるかのようです。

続くフーガ形式の「急」では、いよいよフルートが独奏を花開かせます。実質的にコンチェルトですが、トゥッティの部分では、「緩」のところと同じように第1ヴァイオリンをなぞり、時々ソロに昇華する対照性がここの聴きどころです。その後も、緩急は単純な繰り返しではなく、それぞれに変化が加えられ、全組曲の半分を占める壮大な序曲となっています。

第2楽章 ロンドー

ロンド形式のガヴォットです。テーマは、おばあさんの昔話のはじまりのような、素朴で枯れた語り口です。反復されるロンドのテーマの間に、短いながらも含蓄深い楽句が挟まれています。

第3楽章 サラバンド

ゆっくりとした妖艶なダンス、サラバンドです。バッハのサラバンドはカノン風に展開することが多いですが、ここでも第1ヴァイオリン、フルートのメイン声部と、低声部がカノンを繰り広げていきます。中声部がそこにハーモニーを加え、さながら深い森にいるかのようです。

第4楽章 ブーレー

一転、元気なブーレーになっていきますが、はしゃぐどころか、抑制されたものを感じます。第1ブーレーはトゥッティで奏されますが、続く第2ブーレーではフルートが弦の伴奏で飛翔していきます。

第5楽章 ポロネーズ

バッハの全作品の中でもポピュラーなもののひとつです。ポロネーズは、ショパンの作品が有名ですが、この時期のものはポーランド宮廷で好まれた娯楽音楽でした。農民のダンス起源のものも多く、民俗音楽的な鄙びた味わいが特徴です。ルイ15世の王妃がポーランド出身だったので、フランス宮廷でも流行したのです。一度聴いたら忘れられない、颯爽と歩くかのような、舞曲というよりマーチに近いテーマは、フォルテとピアノの対比でさらに印象を強めます。中間部ではフルートの華麗なソロとなりますが、メロディは冒頭のメインテーマの変奏で、実は、その間、通奏低音がメインテーマを奏でているのです。

第6楽章 メヌエット

小粋な魅力のメヌエットです。短いがゆえに、かえって抒情が余韻として残ります。

第7楽章 バディネリ 

バディネリ〟は舞曲名ではなく、〝冗談〟という意味の標題になります。快活で、諧謔的な雰囲気もありますが、その名のように羽目を外したようなものではありません。弦がいくぶん焦燥感をはらんだスタッカートの伴奏を奏でる上を、フルートが軽やかに飛翔していき、組曲を閉じます。

 

バッハの作品の中でも、斬新で、異色ともいえる作品ですが、当時の聴衆の反応がまるで伝わっていないのが歯がゆい限りです。

ただ、当時のライプツィヒ市民たちの耳が相当肥えていたことは、バッハがコレギウム・ムジクムに数々の作品を投入していたことからも、間違いないと思われます。

きっと、この曲は人々の感嘆の的となったことでしょう。

 

次回は第3番 ニ長調を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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ドイツの市民たちが楽しんだ、フランスの宮廷音楽。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第1番 ハ長調 BWV1066』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑧

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バッハが『コレギウム・ムジクム』のコンサートを開いた、ライプツィヒのツィンマーマン・コーヒーハウス

バッハという大海に注いだフランス音楽

ドイツ人の作ったフランス風序曲を、ヘンデルテレマンと聴いてきましたが、最後は大バッハ、すなわちヨハン・セバスティアン・バッハ(1685-1750)の作品です。

ベートーヴェンは『バッハは、バッハでなくて、メーアという名であるべきだった。』という有名な言葉(というより洒落)を残していますが、それは〝バッハ〟がドイツ語で〝小川〟を、〝メーア〟は〝大海〟を表わしているからです。

これまで、フランス・ヴェルサイユ宮殿で花開いた〝フレンチ・バロック〟をベルばら音楽として時代順に聴いてきましたが、太陽王ルイ14世のお気に入りだったリュリを源流としたフランス風序曲が、ついにバッハという大海に注いだのです。

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バッハの管弦楽組曲フランス風序曲は、全部で次の4曲が残されています。

最もフランス様式に忠実な第1番 ハ短調、フルートの物悲しい響きで全曲中最も人気のある第2番 ロ短調、有名な〝G線上のアリア〟が含まれた第3番 ニ長調ゲーテのお気に入りで野外的なスケールの第4番 ニ長調です。

昔は第5番まであったのですが、 後代の研究で長男フリーデマンの作ではないか、とされて外されています。

これらの管弦楽組曲は、イタリア風のブランデンブルク協奏曲と、バッハのオーケストラ音楽の双璧とされています。

まさにこの両者は、音楽の両大国の集大成といえます。

バッハのフランス体験はいつ?

では、ドイツから出たことのないバッハは、いつフランス音楽に触れたのでしょうか。

それは、いわば〝高校生時代〟ではないかといわれています。

バッハは15歳のとき、北ドイツのハンザ同盟都市リューネブルクの、聖ミカエル教会付属学校に、給付学生として入学します。

リューネブルクより南に80Km離れたところにツェレという町があり、そこの宮廷にはフランス人オーケストラが雇われていて、ヴェルサイユ直輸入のフランス音楽が鳴り響いていました。

バッハはおそらくそこに聴きに行ったのではないか、というわけです。

リューネブルク侯国の首都(宮廷)はツェレに置かれていましたので、十分ありうることです。

もちろん、フランス風序曲はヨーロッパ中の宮廷でスタンダードな曲目でしたから、バッハが演奏や楽譜で触れる機会はこれに留まらなかったことでしょう。

コーヒー・ハウスで響いた曲

しかし、これらの曲の初稿の自筆譜はひとつも残っていないのです。

バッハは、その最後のキャリアはライプツィヒ音楽監督聖トーマス教会のカントルでしたが、教会の仕事とは別に、大学生による有志の音楽団体『コレギウム・ムジクム』の指揮者も務めていました。

『コレギウム・ムジクム』は、あのテレマンが創設した団体で、夏はグリンマ門の前のコーヒー・ガーデンで水曜の午後に、冬はツィンマーマンのコーヒー・ハウスで金曜の晩に、定期演奏会が開かれていました。

学生といっても、玄人はだしの腕前だったということです。

また、コーヒー・ハウスは18世紀にあっては、情報の集積地と発信地であり、〝文化のるつぼ〟といわれました。

コーヒーは、リュリの時代に、オスマン・トルコの尊大な使者がパリの街にもたらし、また、第2回ウィーン包囲に失敗したオスマン・トルゴ軍が敗走したあとに残されたコーヒー豆を使って、ウィーンにコーヒー店ができたことも、以前取り上げました。

ライプツィヒでも、コーヒーは大いにもてはやされていたのです。

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ドイツ市民たちが楽しんだ宮廷音楽

ここに集まる市民たちが、バッハの音楽を楽しみにしていました。

ライプツィヒでの公職は教会音楽家ですから、この時代のバッハの作品は宗教音楽が中心になりますが、この『コレギウム・ムジクム』では、肩の凝らない世俗音楽が演奏されます。

バッハが世俗音楽を盛んに作曲していたのは、音楽好きの主君、ケーテン侯に仕えていた頃でしたので、ライプツィヒ時代にここで演奏した曲は、ケーテン時代に作った旧作を多く取り上げました。

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バッハにしてみれば、田舎の宮廷で埋もれてしまう運命のかつての自信作を、大都会で再び広く世に問うことができるのですから、どれだけうれしかったことでしょう。

管弦楽組曲の楽譜はすべてこのライプツィヒ時代のものなのですが、どれが旧作で、どれが新作なのか、判別が難しくなっています。

おそらく、第1番と第4番が、オリジナルがケーテン時代で、第2番と第3番がライプツィヒ時代の新作なのではないか…?とされていますが、確たる証拠はまだ見つかっていません。

それでは、さっそく第1番から順番に聴いていきましょう!

演奏は、名曲だけに数々の名演があって、取り上げるのに迷いますが、それぞれ私の好みで選ばせていただきます。

第1番はパウル・ドンブレヒト指揮イル・フォンダメントの演奏ですが、こちらは4曲ともケーテン時代に作曲されたとして、初期稿を再現しています。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第1番 ハ長調 BWV1066』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.1 C-dur BWV1066

演奏:パウル・ドンブレヒト指揮 イル・フォンダメント

Paul Dombrecht & Il Fondamento

第1楽章 序曲

この曲の編成はオーボエ2、ファゴット、弦楽と通奏低音ですので、トランペットやティンパニの入らない、室内的な編成です。4曲のうち最も古いのは確かなのですが、作曲年代の推測は、1718年から1725年と幅広くなっています。

スタイルとしては、伝統的なフランス風序曲に最も近く、典雅な中にも、しっとりとした落ち着きがあります。

始めの「緩(グラーヴェ)」は、ゆっくりと深呼吸をするように伸びやかで、魅了されない人はいないでしょう。リュリやラモーの序曲の形式に則っていますが、彼らの、王の権威を示すような気高さはなく、心の深奥に染み入るような音楽なのは、さすがバッハと言うほかありません。

続く「急(ヴィヴァーチェ)」は2分の2拍子の軽妙なフーガですが、オーボエとファゴトが、トゥッティに加わりつつ、時にはソロで活躍するのは、まさにイタリアのリトルネッロ形式にほかなりません。テレマンターフェルムジークの序曲で同じ手法を多用していますので、ドイツ人が作ると、このように国際的になるというわけです。

第2楽章 クーラント

フランス起源の、2拍子と3拍子が混じり合った舞曲です。序曲の興奮を冷ますようにゆったりと、拍子をゆらがせながら優雅に奏でます。管楽器は弦をなぞっています。メロディは、まるで何かを語りかけてくるかようです。

第3楽章 ガヴォット

管楽器が弦と重複する第1ガヴォットと、管楽器がソロとして活躍する中間部の第2ガヴォットから成ります。この中間部が、まさにトリオの原型となります。トリオの背後で弦が鳴らすファンファーレが印象的です。きびきびとしたリズムがまさにバッハらしい佳曲です。

第4楽章 フォルラーヌ

あまり聞き慣れない曲名ですが、北イタリアのヴェネツィアの踊りが起源とされます。颯爽としていて、天空を駆けるかのようです。2つのオーボエと第1ヴァイオリンがユニゾンで歌う背後で、さざ波のように寄せては返す低弦の動きが聴きどころです。

第5楽章 メヌエット

背筋の伸びるような、凛とした第1メヌエットと、管楽器が沈黙して弦のみで、スラー的な動きで渋く語る第2メヌエットが、第3楽章のガヴォットと対照的です。

第6楽章 ブーレー

ヘンデルの序曲でも出てきた、軽快で楽しい舞曲です。ここでも、第2ブーレー木管のトリオが活躍します。

第7楽章 パスピエ

ブルターニュ地方が起源の舞曲で、メヌエットよりもやや速いテンポで元気よく展開していきますが、どこか哀調も帯びています。聴きどころはここでも第2パスピエで、メロディは第1パスピエの変奏になっており、その上にオーボエが乗るという凝った作りです。再び第1パスピエが回帰して全曲を締めくくります。

 

次回は第2番 ロ短調を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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音楽の最高のフルコース。テレマン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)第3集』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑦

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ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)

ヨーロッパ諸国の料理が並んだ、豪華な食卓

テレマンの代表作『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』を聴いてきましたが、今回が最後の第3集です。

3つの曲集それぞれに、フランス風序曲管弦楽組曲)、四重奏曲(カルテット)、協奏曲(コンチェルト)、トリオ・ソナタ、ソロ・ソナタが整然とセットされ、それでいて、ふたつとして同じ編成、趣向の曲はなく、まさに色とりどりです。

当時の音楽の様々な技法を陳列した、まさに〝バロック音楽の百科事典〟でした。

そして、当時の音楽の二大潮流、フランス風イタリア風をうまく組み合わせ、ドイツ風の味付けも加えています。また、テレマンが若いころ過ごした、ポーランド音楽の影響も見逃せません。

〝食卓の音楽〟というよりも、メニューそのもの。

音楽のフルコース〟と言った方がふさわしい内容です。

ただ、テレマン個人としては、楽曲のジャンルに対する思い入れは均等ではなかったようです。

ある書簡では、テレマンはコンチェルト(協奏曲)については、『自分の心にまったく訴えかけてこない』と述べており、別な資料では〝テレマンはトリオ・ソナタに全精力を傾けた〟との記述があります。

一方、次の時代を切り拓いた、ということで、後世の評価が最も高いのは四重奏曲ともいえます。

いずれにしても、テレマンの好き嫌いは曲のレベルには関係はなく、それぞれの曲の価値は最高峰のものです。

テレマンヘンデルの篤い友情

さて、テレマンの曲をたくさん〝流用〟したヘンデルですが、ふたりの親交は晩年まで続きました。

直接会うことは、若い時分以来50年以上、お互い亡くなるまでなかったのですが、書簡のやりとりは生涯続きました。

微笑ましいエピソードが残っています。

植物マニアとして有名だったテレマンに、ヘンデルがロンドンから珍奇な花々を贈ったのです。

テレマンは、珍しいチューリップ、ヒヤシンス、アネモネなどをコレクションしていました。

そのプレゼントに添えられた手紙です。ドイツ人同士なのに、フランス語で書かれています。あらたまった手紙はフランス語を使うのが礼儀だったようです。

これを読むと、ヘンデルがいかにテレマンを尊敬し、慕っていたかが伝わってきます。ヘンデルテレマンの作品からたくさんの流用をしたのは、彼へのオマージュだといえるのではないでしょうか。

音程の機構に関するあなたの素晴らしい研究を、ご親切にもお送りいただき、ありがとうございます。時間と労力をかけただけの価値があり、また、あなたの学識にも見合った著作だと思います。

いくぶんお年を召されましたが、大変お健やかでいらっしゃることをお慶び申し上げます。いつまでもますますご清栄でありますよう、心からお祈り申し上げます。

当然のことでありますが、もし、珍しい植物などへの情熱があなたの人生を長くし、人生の楽しみを支えるのであれば、喜んでいくらかでもそのお役に立ちたいと思います。そのようなわけで、プレゼントに花かごをお送りします。専門家たちは、その花が選り抜きの見事な珍品であることを保証しています。もし彼らの言葉が真実でないとしても、あなたはイギリス中で最高の植物を手に入れることになりましょうし、この季節はまだ花をつけるのにも適しています。こんなことはあなたが一番よくご存じとは思いますが…。(ヘンデルよりテレマン宛 1750年12月25日付)*1

ロンドンに集められた、珍しい植物

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ジェームス・クック(1728-1779)

ヘンデルが住んでいた英国が、大英帝国として七つの海を支配するのは次世紀のことですが、当時すでに世界中に植民地を拡大し、未知の世界を開拓していました。

ハワイを発見し、タヒチニュージーランド、オーストラリアを探検した海軍軍人、キャプテン・クック(ジェームス・クック)も同時代の人です。

ロンドンには、そうした冒険を通じ、世界の珍しい植物がもたらされていたのです。

それを収集、研究するために1759年に設けられたのが、キューガーデン(キュー王立植物園)です。今でも世界で最も有名な植物園として、世界遺産にも登録されています。

ヘンデルは、英国に集められた珍しい花々をテレマンに贈ったのです。

しかし、このときヘンデルが花かごを託した輸送船の船長は、テレマンは亡くなっていた、という誤報ヘンデルにもたらしました。

ヘンデルは大変ショックを受けたわけですが、なんとそれが間違いだったことがわかったのは4年も後のことだったのです。

その船長が、テレマンからヘンデル宛てに、さらに手に入れてほしい植物のリストを預かり、ヘンデルはそれを受け取って、テレマンがまだ存命でいることを知ったのです。

ヘンデルはほっと胸をなでおろし、大変苦心してテレマンのオーダーに応えたということです。

結局、世を去ったのはヘンデルの方が先でしたが…。

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キューガーデン

 

それでは、ターフェルムジーク最後の第3集を堪能しましょう。

テレマン:『ターフェルムジーク 第3集』

Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 3

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲変ロ長調

編成:オーボエ2、弦楽と通奏低音

第1楽章 序曲

管楽器はオーボエのみという室内楽的な編成で、これなら食卓で演奏されても安心して聴くことができます。序曲は第1集、第2集と同じようにリュリ式のフランス風序曲の形式をとっていますが、「急」の部分でイタリアのコンチェルトのスタイルと取り入れているのも同様です。華麗なヴィヴァルディ風のヴァイオリンのソロに、オーボエの豊かなソロが呼応します。「緩」の部分は、単なる付点リズムで終わるのではなく、様々な変化をつけており、ヘンデルがオラトリオ『ヘラクレス』の序曲に借用しました。

【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『ヘラクレス』序曲 

第2楽章 牧歌(ベルジェリ)

第3集の組曲は、各曲にフランス風の標題がつけられており、以前取り上げたクープランやラモーのクラヴサン曲を思わせますが、それらのタイトルのように不可解なものでありません。しかし、テレマンが、一生懸命フランス風な趣向を凝らしているのが、微笑ましくさえ感じます。

「ベルジェリ」は羊飼いの歌ということですが、田園や狩など、野外的な興趣の演出がこの第3集の目玉でもあります。

オーボエとヴァイオリンが、鄙びたメロディを呼び交わし、のんびりと草笛をくわえた羊飼いと、草を食む羊たちが目に浮かびます。

第3楽章 歓呼(アレグレス)

一転、都会的な洒脱な音楽となります。群衆の歓喜を表すかのような、沸き立つような曲です。 

第4楽章 御者(ポスティヨン)

タイトル通り、郵便馬車のラッパの音を表した音楽です。18世紀、すでにヨーロッパには郵便制度がくまなく張り巡らされ、情報が素早く伝わっていたのには驚かされます。音楽家やそのパトロンたちが多く残した手紙から、曲のできた背景を知ることができるのはとてもありがたいことです。

この曲もヘンデルはオラトリオ『ベルシャザール』で使っています。古代バビロニアの王ベルシャザールが、神の示した不可思議な奇蹟の謎を解かせようと、全国の賢者を急ぎ召集し、学者たちが馬車であわてて宮殿に集まってくる場面で使われます。もちろん、古代には郵便馬車などありませんが、この曲は当時の聴衆にとっても、御者や馬車をイメージさせる音楽だったのでしょう。

【参考曲】ヘンデル:オラトリオ『ベルシャザール』 第2幕 シンフォニー

第5楽章 おべっか(フラテリ)

〝お世辞〟というような意味ですが、フランス宮廷での、気取った、おおげさなあいさつの仕草を思わせる曲です。閣下におかれましては、本日もご機嫌うるわしく…とお追従をしているような、ちょっと風刺の効いた曲です。

第6楽章 冗談(パディナージュ)

タイトル通り、軽妙なおしゃべりのような音楽です。これも、フランス宮廷での一こまを描写したものなのでしょうか。オーボエが忙しく、かしましいおしゃべりを演じています。

第7楽章 メヌエット

最後は端正なメヌエットでしめます。最後までオーボエが活躍する、さながらオーボエ・コンチェルトのような組曲です。

第2曲 四重奏曲 ホ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)、ヴァイオリン、チェロと通奏低音

第1楽章 アダージョ

フルート(フラウト・トラヴェルソ)を中心とした、しっとりと落ち着いた室内楽です。フルートの哀感を帯びた音色がしみじみと心に響きます。他の曲集の四重奏曲と違い、チェロが通奏低音の一員ではなく、独立した旋律楽器としての役割を与えられています。モーツァルトら、古典派のフルート四重奏曲への道を開いた曲といえます。緩徐楽章から始まる教会ソナタ形式をとっているのは同じです。

第2楽章 アレグロ

フーガ風の書法で書かれています。フルート、ヴァイオリンという高音楽器に、チェロが相対しており、通奏低音の役割は少なく、実質的にはトリオに近くなっています。

第3楽章 ドルチェ

 各楽器はかなり自由な動きをしており、変幻自在な音楽になっています。

第4楽章 アレグロ

3つの楽器が、1対2になったり、3声バラバラになったりと、組み合わせを変えながらポリフォニックに展開していきます。間違いなく〝新しい〟音楽です。

第3曲 コンチェルト(協奏曲) 変ホ長調

編成:ホルン(コルノ・ダ・カッチャ)2、弦楽と通奏低音

第1楽章 マエストーソ

 狩をテーマにしたコンチェルトで、管楽器は楽譜上「トロンバ・セルヴァティカ(狩のトランペット)」と示されていますが、どの楽器を指すのか明確でないので、通常の古楽器演奏では、「コルノ・ダ・カッチャ(狩のホルン)」と呼ばれるEs管のナチュラルホルンで奏されます。コルノ・ダ・カッチャは、実際に狩で合図をするときに使われ、馬上で肩にかけて吹けるように、ベルが後ろ向きになりました。もともとが信号用ですから、右手は使わず、大音量でした。音程を変えるのは口でしかできませんから、出せるのは倍音だけです。オーケストラに取り入れられるようになったのは18世紀になってからで、その後、自然倍音以外の音を出すために、ベルの中に手を入れる「ゲシュトップ奏法」が編み出されていきます。別の初期ホルン「ヴァルトホルン(森のホルン)」が使われる場合もあります。

ホルンのゆったりした響きが実にのびやかで、おおらかな気分にさせてくれる音楽です。

第2楽章 アレグロ

舞曲的な、実に楽しい音楽です。野山を馬で駆け巡るかのような愉悦感に満ちています。ヴァイオリンが旋律を担当し、ホルンが野趣を添えます。 

第3楽章 グラーヴェ

一転、悲歌風になり、2本のヴァイオリンがオペラ・アリアのように歌い上げ、ホルンは脇役に徹しています。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

再び舞曲のリズムが戻ってきて、今度はホルンが縦横無尽の活躍をみせます。音程をとるのが至難のナチュラルホルンでここまでの旋律を奏でるのは、まさに名人芸です。実に野心的なコンチェルトといえます。

第4曲 トリオ・ソナタ ニ長調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、通奏低音

第1楽章 アンダンテ

横笛フルートが2本に通奏低音という、異色の組み合わせのトリオ・ソナタです。可愛らしい音色とメロディに魅了されます。

第2楽章 アレグロ

前の曲に続き、明るい調子ですが、短調へのゆらぎが絶妙な効果を出しています。 

第3楽章 グラーヴェーラルゴーグラーヴェ

2本のフルートが並行進行で奏され、神秘的な雰囲気を醸し出します。幻想的な、一度聴いたら忘れられない楽章です。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

フーガ風のフルートの掛け合いが、まるで小鳥のさえずりのようにコケティッシュです。実に斬新で、現代的とさえいえるトリオ・ソナタです。

第5曲 ソロ・ソナタ ト短調

編成:オーボエ通奏低音

第1楽章 ラルゴ

第3集のソロ・ソナタの独奏楽器はオーボエです。通奏低音の前奏で始まり、シチリアーノのリズムの上に、オーボエが、芯の強い旋律を決然と歌います。 

第2楽章 プレスト

ソロのオーボエが、旋律を提示し、それを自分で模倣するなど、ひとりで縦横無尽の活躍を見せます。とてもBGMとしては聴いていられない充実ぶりです。 

第3楽章 テンポ・ジュスト

 伸びやかに、それでいて含蓄深い、印象的な楽章です。かっこいい!の一言です。

第4楽章 アンダンテ

何かを語りかけ、静かに訴えるかのようにオーボエが歌うアンダンテです。 

第5楽章 アレグロ

情熱を秘めたト短調にふさわしい、激しい楽章です。舞曲のリズムで、ソロのオーボエ通奏低音が火花を散らしながら、フィナーレを飾ります。

第6曲 終曲 変ロ長調

編成:オーボエ2、弦楽と通奏低音

フリオーソ

 〝荒れ狂うように〟と指示された終曲です。その通り、奔馬の群れが駆けるかのような迫力です。単純な同音反復を、強弱をつけてたたみかけていくため、嵐のような効果に圧倒されます。実に颯爽とした、全曲のフィナーレです。

 

これで、18世紀最大の人気作曲家、テレマンの金字塔、ターフェルムジーク全曲を聴きました。

この曲は、ヨーロッパ中でもてはやされ、後世の記念碑となったのでした。

次回は、テレマンに比べて〝二流の人〟と当時言われてしまった、大バッハフランス風序曲を聴きたいと思います。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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他人の作品を流用する正当性とは。テレマン『ターフェルムジーク(食卓の音楽)第2集』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑥

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ヘンデルはパクリの常習犯?

ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)の代表作、『ターフェルムジーク(食卓の音楽)』の第2集(Production プロデュクシオン Ⅱ)です。

この曲集の出版にあたり、購入予約者をテレマンが募ったところ、ヨーロッパ各地から186人もの予約があったことは前回触れました。

一番の音楽の消費地、英国からはヘンデルのみでしたが。

そしてヘンデルは、このターフェルムジークからモチーフを16曲も流用しました。

ヘンデルはその生涯を通じた創作活動にあたって、自分の作品、他人の作品を問わず、たくさんの流用を行ったことでも有名です。

偉大なるヘンデルが、盗作、剽窃、パクリの常習犯なのか?という事実に、長年、ヘンデルの研究者、崇拝者たちはきまりの悪い思いをし続け、自分がやったことのように様々な言い訳を試み、そしてあきらめていました。

私も、ここでヘンデルの流用の正当性を考えてみたいと思います。

折しも、京都アニメーションで痛ましい大惨事が起きましたが、容疑者は〝パクりやがって〟などと言っていたとの報道です。勘違いか妄想なのでしょうが、そんなことでたくさんの人の命を奪っていいわけがありません。

自作の流用について

まずは、自作の流用。

当時はレコードもCDもありませんから、宮廷や教会に雇われた作曲家は、創った作品は、一度演奏されたらそれっきりです。

次の機会には原則、新作を作らなければなりませんでした。

楽譜が出版されるのもほんの一部であり、よほどのヒット曲でない限り、作曲者自身であっても二度とお目にかかることは滅多にありません。

せっかく傑作が生まれても、これではもったいない限りです。

別な機会に、かつて作った作品をリメイクして世に出すのは、作曲者本人にとっても、聴衆にとってもメリットのあることなのです。

これはバッハも頻繁に行っていました。有名な『クリスマス・オラトリオ』も、曲のほとんどが旧作からのリメイクです。

聴衆も、前作を聴いたことがなければ新曲も同然ですし、聴いたことがあるメロディだとすれば、余計に喜んだはずです。

ただ、作曲者の方は、新しく作るより手間がかからなくて済む、というものでもなさそうです。新しい歌詞に合わせたり、調性や編成、構成を変えたりしなければならず、新しく作った方が早い、ということもあったかもしれません。

他人の作品の流用について

さて問題は、他人の作品の流用です。

当時は著作権という概念がありませんから、犯罪ではありません。

じゃあ何でもありかというと、倫理上の問題はありました。

でも非難されるのは、他人の作品を勝手に出版して濡れ手に粟で儲ける、という〝海賊版〟です。

ヘンデルがやったのは、主にフレーズの引用でした。これは簡単なようで、実は非常に難しく、自曲に組み込むには様々な工夫をしなければなりません。

そして出来た曲は素晴らしく、そのフレーズはむしろ原曲よりも、ヘンデルのアレンジで世に広まったのです。

これは、せっかくこの世に生まれたフレーズを埋もれさせず、最大限に活用した、といえるでしょう。

また、聴衆受けのため、当時の流行曲を取り入れたというケースもあります。

古典和歌でも、古歌を引用してその心を受け継ぎ、新しい歌に仕上げるという「本歌取り」という技法がありました。ヘンデルの手法はそれに近いのではないでしょうか。

オリジナルのフレーズが泉のように湧き出て、たった24日間でメサイアを書いたヘンデルが、単にラクをするために流用したとは思えないのです。

もちろん現代では、作者の権利、生活を守るためにも、著作権は尊重されなければなりませんが、あまりにも厳格な適用は、芸術表現の幅を狭くしてしまう恐れもあります。

さて、ヘンデルが高く評価したテレマンターフェルムジーク、今回は第2集を聴いていきます。

第1集と同じく、序曲、四重奏曲、協奏曲、トリオ・ソナタ、ソロ・ソナタ、終曲という組み合わせですが、中身の味わいはまた違った工夫が多分にされているのです。

テレマン:『ターフェルムジーク 第2集』

Georg Philipp Telemann:Musique de Table Production 2

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 フランス風序曲管弦楽組曲)二長調

編成:オーボエ、トランペット、弦楽と通奏低音

第1楽章 序曲

第2集の序曲は、トランペットが加わり、祝祭感が特徴です。「緩」の部分は、〝ハンブルクの潮の満ち引き〟の序曲と同じ、明るくてゆったりした曲想です。続く「急」は、第1集と同じく、イタリアのコンチェルト様式が取り入れられており、トランペットはトゥッティには加わらず、完全にソロとして参加します。実質的にトランペット協奏曲といっていいでしょう。緩急は、AABA´BA´として繰り返されます。バロック・トランペットだからこそ音量の調和がとれますが、現代のトランペットで演ったら突出しすぎます。本当にこの曲を食卓で演奏したら、会話など聞こえなくなってしまうでしょう。〝ターフェルムジーク〟というのは名前だけ、というのがこの曲でも分かります。

第2楽章 エール(テンポ・ジュスト)

この組曲では、序曲のあと、4曲の、速度の違う「エール」が続きます。通常のフランス風組曲では舞曲が通例なので、これは新しい工夫です。標題だけはフランス風に「エール」としていますが、速度表記はそれぞれイタリア語になっており、形式的には舞曲を離れた器楽曲として、後年のシンフォニーの楽章を指向しているのです。

親しみやすく、楽しいテーマが協奏曲風に展開していきます。中間部のある3部構成になっています。

第3楽章 エール(ヴィヴァーチェ

これまで主役だったオーボエとトランペットがやや脇役に回り、ソロはヴァイオリンが担います。メヌエット風の高雅な曲想です。

第4楽章 エール(プレスト)

実に楽しい、元気いっぱいの運動会風の曲です。トランペットとオーボエが鳥たちの声のように呼び交わすさまには、思わず体が動いてしまいます。シンコペーションロンバルディア・リズムなどの技法を駆使しています。

第5楽章 エール(アレグロ

形式はこれまでのエールと同じですが、明るい中にも、組曲の終曲としての深みと余韻をもたせた印象深い楽章です。

第2曲 四重奏曲 ニ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)2、リコーダー(ブロックフレーテ)と通奏低音

第1楽章 アンダンテ

全曲でも最も有名な曲で、「ターフェルムジーク」と聞いたら、まずこの曲を思い浮かべる人も多いでしょう。2本のフルートと、1本のリコーダーが織りなす、横笛と縦笛の競演は、その音色だけでも愛らしく、魅了されてしまいます。〝ドイツ・フルート〟とも呼ばれたリコーダー(ブロックフレーテ)は、より表現の幅が広い〝フランス・フルート〟(フラウト・トラヴェルソ)に押され、まもなく、いったん消える運命にあります。バロック最後の共演ともいえる曲で、あたかも蒸気機関車電気機関車重連運転を見るかのようです。この楽章では両者が、3声で、ときには2声対1声になって、切なさを秘めた音型を模倣し合います。

第2楽章 ヴィヴァーチェ

今度は2本のフルートが呼び交わす中に、リコーダーが独立したメロディを展開させていきます。実に凝った作りの曲です。

第3楽章 ラルゴ

3本の笛がソロを交替で担当し、やすらぐシチリアーノを奏でるなか、残りの2本が和すという、これも凝った趣向の曲です。

第4楽章 アレグロ

全曲の中でもっとも好きな曲です。何度聴いても飽きることがありません。3本の笛が一斉にはしゃぐようなテーマを奏でたかと思えば、一転、独立した動きを見せるという、ホモフォニーとポリフォニーの対比が見事です。そして、並行進行で奏でられる中間部は、まるで初夏のさわやかな風が吹き渡るかのようで、心奪われます。モーツァルトの「フルートとハープのためのコンチェルト」を思い起こします。

第3曲 コンチェルト(協奏曲) ヘ長調

編成:ヴァイオリン3、3声の弦楽合奏通奏低音

第1楽章 アレグロ

吹奏楽器は登場せず、弦楽のみのコンチェルトで、曲想も構成もヴィヴァルディ風の3楽章です。トゥッティの間に3台のヴァイオリンが、独立した、技巧的なソロを展開するリトルネッロ形式です。リトルネッロのテーマは、ヘンデルがオラトリオ『ソロモン』の中のシンフォニアシバの女王の入城』に転用しました。

参考曲:ヘンデルシバの女王の入城』

第2楽章 ラルゴ

3台のヴァイオリンが静かに対話する、深い抒情をたたえた音楽です。ソロ部分では、通奏低音が沈黙し、バッハの無伴奏曲を思わせる宇宙的な空間が現出します。

第3楽章 ヴィヴァーチェ

ここでも、フーガ風のトゥッティと、ホモフォニックなソロが対比され、イタリアの香りたっぷりに締めくくられます。

第4曲 トリオ・ソナタ ホ短調

編成:フルート(フラウト・トラヴェルソ)、オーボエ通奏低音

第1楽章 アフェトゥオーソ

今度は、フルートとオーボエという組み合わせで、同じ曲集の中でも多彩な音色が楽しめるように工夫されています。第1集と同じ教会ソナタ形式です。フルートとオーボエは時には同じ音型を、時には違った音型を交互に奏します。

第2楽章 アレグロ

颯爽としたアレグロです。フルートとオーボエの一体感を強めた楽章です。

第3楽章 ドルチェ

しっとりと落ち着いた〝甘い〟楽章です。フルートとオーボエは、恋人同士のように、ふたりでひとつのメロディを織りなしていきます。

第4楽章 ヴィヴァーチェ

メロディを両者で分担するのは前曲と同じですが、打って変わって緊張感に満ち溢れています。

第5曲 ソロ・ソナタ イ長調

編成:ヴァイオリンと通奏低音

第1楽章 アンダンテ

第2集のソロ・ソナタはヴァイオリンが担当します。まさにテクテク歩くかのようなアンダンテから始まります。

第2楽章 ヴィヴァーチェ

舞曲風な闊達な楽章です。同音反復や重音奏法を取り入れた華麗なパッセージをヴァイオリンが繰り広げます。当時のヴァイオリンの技法には舌を巻きます。

第3楽章 カンタービレ

ヴァイオリンと通奏低音との対話が印象的な、しっとりと落ち着いた楽章です。

第4楽章 アレグロアダージョアレグロ

第2楽章と同じような舞曲風の趣が戻ってきます。華麗なパッセージのあと、アダージョがつなぎのように挿入されるのが、実にかっこよく、粋です。

第6曲 終曲 ニ長調

編成:オーボエ、トランペット、弦楽と通奏低音

アレグロアダージョアレグロ

序曲と同じ編成の、華やかなフィナーレです。リトルネッロ形式の間に、ホモフォニックな中間部が挿入され、トランペットとオーボエが哀愁漂う素敵なソロを披露してくれます。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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