孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

往時のバッハ親子共演もかくや!鈴木雅明・優人父子のチェンバロ協奏曲(バッハ・コレギウム・ジャパン)。バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』

自慢の息子たちとの共演

ライプツィヒの大学生による音楽団体、コレギウム・ムジークムでの演奏のために、バッハが旧作や他社の作品を編曲した一連のチェンバロ・コンチェルトを聴いていますが、今回は『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』です。

この曲は、複数のチェンバロのためのコンチェルトの中でも異色の存在であり、また白眉といってもいいかもしれません。

私の中でも、特別な存在のコンチェルトです。

冒頭の、その輝かしくも華麗な開始を聴くだけでも、実にフレッシュかつエネルギッシュで、『マタイ受難曲』と同一の作曲家が書いた曲とはとても思えません。

2台、3台、4台といった一連のチェンバロ協奏曲の演奏では、第1チェンバロはバッハ自身が担当したとして、後は誰が弾いたのでしょうか?

コレギウム・ムジークムは学生団体ですから、学生の誰かが弾いた可能性もありますが、要求されたテクニックは相当の難易度です。

そこで想定されているのが、バッハの息子たち

長男フリーデマン・バッハと、次男カール・フィリップエマニュエル・バッハです。

ふたりはこの時期、まだ父と同居し、コレギウムに出演していました。

複数のチェンバロを使うというのは音楽的にも異色の実験ですが、音楽一家バッハ・ファミリーのプロモーション曲だった、という解釈もできるのです。

そう思ってこれらの曲を聴くと、自慢の息子たちと競演する得意満面のバッハの姿がほうふつとしてくるのです。

バッハの息子たちについての記事はこちらです。

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2台のチェンバロが火花を散らす!

この『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』について、バッハの最初の伝記作家ヨハン・ニコラウス・フォルケルは、19世紀になった1802年に次のように記しています。

この曲はきのう作曲されたかのように新しい。それは弦楽器の伴奏無しでも十分成り立ち、その場合にも十分立派にきこえる。

それもそのはず、この原曲は2台のチェンバロだけのものだったのです。

おそらくケーテン時代の終わりに、同じくオーケストラなしのチェンバロ独奏曲ながら〝コンチェルト〟と題された、『イタリア協奏曲 BWV971』の姉妹曲だった可能性が高いといわれています。

バッハは、ライプツィヒでの再演にあたり、オーケストラの伴奏を加え、コンチェルトに仕立て直したのです。

そのため、この曲でのオーケストラはほとんど独立した動きはなく、2台のチェンバロのサポート役に徹しています。

第3楽章に至っては、コンチェルトではあり得ない「フーガ」になっており、しばらくの間オーケストラが登場しません。

私は高校生の頃、FMラジオで初めてこの第3楽章を聴き、『協奏曲なのにオーケストラがない!おかしい!!』と騒ぎ、そのうち唐突にオーケストラが入ってきたのでさらに驚き、『これは何か演奏のミスではないか?』と友人に語った恥ずかしい思い出があります。

オーケストラがボーっとしていて、途中であわてて入ってきたとでも思ったのです。そんなバカな…笑

思い出といえばもうひとつ。

15年以上前に、ベルギーのとある古城を訪ねたとき、城のどこかからこの曲の第1楽章が聞こえてきました。

探し当てると、小さなチャペルに2台のチェンバロが置かれ、ふたりの奏者が練習をしていました。

何という幸運!!としばらく眺めていたのですが、師匠と弟子のコンビらしく、師匠がものすごい剣幕で弟子を怒鳴りつけながら弾いているのです。

今でいうパワハラとしかいいようがなく、弟子も師匠についていこうと一生懸命頑張っているのですが、あまりの罵倒ぶりに、見るにも聞くにも堪えずその場を離れました。

芸術を極めるというのは大変なことですね…。

確かに、2台のチェンバロが火花を散らすかのようなこの曲は、息の合ったふたりが対等の技量で向かい合わないと成り立ちません。

現代日本のバッハ父子

では、聴いていきましょう。

今回の演奏は、日本を代表する古楽演奏団体、バッハ・コレギウム・ジャパン鈴木雅明と、そのご子息、鈴木優人氏の演奏です。

雅明氏の弟さん、鈴木秀美も高名な指揮者にしてバロック・チェロ奏者ですから、鈴木一家は、まさに現代日本のバッハ家といえます。

先日、調布音楽祭でおふたりの演奏を聴いたのはブログに書きましたが、このコンチェルトは2015年に同音楽祭の演目となったそうです。

親子での息の合った演奏は実に素晴らしく、まさに往時のバッハ父子の〝コレギウム〟での演奏を彷彿とさせてくれます。

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バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ長調 BWV1061』

Johann Sebastian Bach:Konzert für Cembali und Streicher C-dur BWV1061

演奏:鈴木雅明(指揮、チェンバロ)、鈴木優人(チェンバロ)、バッハ・コレギウム・ジャパン

Masaaki Suzuki, Masato Suzuki & Bach Collegium Japan

第1楽章 テンポ指示なし

華麗な舞台の幕がいきなり開くかのような輝かしいスタートです。チェンバロだけでも大変なインパクトですが、弦がそれを補強してくれます。オーケストラによるリトルネッロはありませんが、チェンバロ・パートの中にそれは含まれています。2台のチェンバロが、魅力的な旋律を追っかけ合い、ぶつけ合い、緊張感をもって対峙していきますが、それは喧嘩でも争いでもなく、〝協奏〟としか言いようがありません。『のだめカンタービレ』で演奏されたモーツァルトの『2台のピアノのためのソナタ K.448』を先取りした曲といっていいでしょう。全体のテンポの指示はありませんが、最後はアダージョで劇的に終わります。

第2楽章 アダージョ・オヴェッロ・ラルゴ

この楽章にはオーケストラの伴奏は入らず、原曲通りチェンバロだけで奏されます。テンポは〝アダージョまたはラルゴ〟とされていますが、シチリアーノのリズムです。エキサイティングな前後の楽章に挟まれた、イ短調のしっとりとした情感あふれる緩徐楽章ですが、4声の厳格なポリフォニー書法が追求されており、各声部の流れが、奏者の指使いの難しさなどおかまいなしに複雑に絡み合いながら、音のタペストリーを織りあげていきます。

第3楽章 フーガ

コンチェルトの終楽章がフーガというのは異例で、この曲が元はソナタであったことを示します。まず第1チェンバロが2声のフーガを語り始め、続いて第2チェンバロも2声のフーガをスタートさせます。しばらくチェンバロだけでフーガは進行しますが、ほどなく弦と通奏低音が相次いで加わります。しかし、独立した声部ではなく、最初に入る第1ヴァイオリンは第1チェンバロの右手を、続く第2ヴァイオリンは左手をなぞります。最後に加わる通奏低音は第2チェンバロの左手とユニゾンです。つまり、弦と通奏低音がなくでもフーガは成り立っているわけです。テーマは何度聴いても聞き飽きることのない、爽快な魅力に富み、聴き終わった後の充実感は言葉では言い表せません。

J.S. Bach: Concertos for 2 Harpsichords

J.S. Bach: Concertos for 2 Harpsichords

 

 

また、この曲の演奏では、バスク出身の姉妹ピアニスト、ラベック姉妹のフォルテピアノによる演奏も忘れられません。

音色の違いの大きいフォルテピアノでのデュオは、チェンバロにはない効果があります。


J S BACH CONCERTO BWV 1061 LABECQUE SISTERS & IL GIARDINO ARMONICO G ANTONINI dir LIVE IN WIEN 2000

バッハ自身が責任を取れ!?

これまで2曲の『2台のチェンバロのための協奏曲』を取り上げましたが、実はもう1曲あります。

それは『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1062』です。

この曲の原曲は、人気が高く、ヴァイオリン教室の発表会でも必ずといっていいほど取り上げられる『2台のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043』なのですが、原曲がポピュラーすぎて、その陰に隠れてしまっているのです。

それどころか、せっかくヴァイオリンならではの魅力を生かしたこの曲を、バッハはムリにチェンバロに編曲してしまって、自ら台無しにした、とまで、しばしば酷評されています。

アルベルト・シュヴァイツァーの評言です。

この作品のラルゴにあらわれるふたつの歌うようなヴァイオリン声部を、音のとぎれとぎれのチェンバロの手にまかせてしまうような冒険をどうしてバッハがする気になったのか、それは彼が自分自身に対して責任を取るがよい。

バッハとしては、チェンバロ・コンチェルトの可能性を追求する一環で編曲したのですから、この曲はヴァイオリンよりもチェンバロの方がふさわしい、などという考えでやったことではありません。

ですからこのような批判は当たらないのですが、やはり、恋人が愛し合うような第2楽章アンダンテ(ラルゴ)の艶っぽさは、ヴァイオリンにはかないません。

しかし、チェンバロの演奏にも、また違った魅力があるのも事実です。

バッハのチェンバロでは、ヴァイオリンでの3点ホの音が出せないため、ニ短調からハ短調に下げて編曲されています。

鈴木父子の演奏では、つぶやくようなチェンバロの一音一音が愛おしいばかりで、見事にヴァイオリンとは違った魅力を現出しています。

ヴァイオリン・コンチェルトの記事はこちら。

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2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1062

演奏:鈴木雅明(指揮、チェンバロ)、鈴木優人(チェンバロ)、バッハ・コレギウム・ジャパン

第1楽章 速度指定なし

第2楽章 アンダンテ・エ・ピアノ

第3楽章 アレグロ・アッサイ

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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コーヒーハウスでの偉大なる実験。バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060』

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新しい響きを求めて

前回までバッハ管弦楽組曲組曲を聴いてきましたが、それはいずれもライプツィヒの大学生による音楽団体、コレギウム・ムジークムでの演奏のために作曲されたものでした。

新しく書き下ろされたという説もありますが、音楽好きの主君に仕えていたケーテン宮廷時代の旧作を編曲したものであるという説が有力です。

コレギウム・ムジークムのコンサートは、主にツィンマーマンのコーヒーハウスの店内で開催されたのですが、組曲のほか、メインの楽曲はチェンバロ・コンチェルトでした。

これまで、チェンバロ通奏低音(コンティヌオ)を受け持つ伴奏楽器でしたが、バッハはこれを独奏楽器として昇格させました。

その第一号がブランデンブルク協奏曲 第5番』です。

バッハは、ライプツィヒのコレギウム・ムジークムで、その試みを発展させ、後世、モーツァルトベートーヴェンと続いていくピアノ・コンチェルトの世界を創始したのです。

なぜチェンバロなのか?それは、バッハ自身が、オルガン、チェンバロといった鍵盤楽器の名手だったからです。

モーツァルトはピアノ・コンチェルトを自ら〝弾き振り〟してウィーンのスターになりましたが、まさにその先輩というわけです。

バッハがコレギウム・ムジークムで演奏したチェンバロ協奏曲は、復元されたものを含め、ソロ(1台のチェンバロ)のコンチェルトが8曲、2台、3台のチェンバロのためのものがそれぞれ3曲、4台のためのものが1曲、という膨大なものです。

偉大なる実験

ただ、ここで謎なのが、これらのほとんどが、ケーテン時代以前に作られた器楽ソロ用コンチェルトの、チェンバロ版への編曲、ということです。

なぜ新作を書かなかったのか?ということですが、ライプツィヒでのバッハの本業は、教会音楽の作曲と演奏で、アマチュア団体であるコレギウム・ムジークムの音楽監督はあくまでも片手間であり、忙しくて新作を書く時間を割けなかった、という説もあります。

しかし、どんなに忙しくても膨大な作品を生み出しているバッハが、そんな手間を惜しんだとは到底思えません。

管弦楽組曲と同様、ケーテンの田舎宮廷で埋もれてしまうはずだった名曲を、大都会ライプツィヒでもう一度日の目を見させたかったのと、何よりも、鍵盤楽器の新しい可能性を追求したかった、ということだったのでしょう。

これらの編曲は、決して〝手抜き〟ではなく、〝新たなる挑戦〟〝偉大なる実験〟だったのです。

そのお陰で、我々には幸せももたらされています。

失われた原曲が、チェンバロ・コンチェルトとして残っているものが、いくつもあるのです。

そして、チェンバロ・コンチェルトから原曲を復元する試みもできるのです。

今回の2台のチェンバロのためのコンチェルト ハ短調 BWV1060も、そんな1曲です。

バッハ『2台のチェンバロのための協奏曲 ハ短調 BWV1060』

Johann Sebastian Bach:Konzert für Cembali und Streicher C-moll BWV1060

演奏:トレヴァー・ピノック指揮&チェンバロ、ケネス・ギルバート(チェンバロ) イングリッシュ・コンサート

Trevor Pinnock, Kenneth Gilbert & The English Concert 

第1楽章 アレグロ

この曲は、原曲も含めて自筆譜は残っていないのですが、筆者譜が多く残っていることから、当時から人気曲だったことが伺えます。原曲は2つの旋律楽器によるコンチェルトだったことは確実ですが、復元は、2台のヴァイオリン版と、ヴァイオリンとオーボエ版のふたつがなされています。メロディラインからすると、後者の方が説得力があり、現在でも復元版はこちらがポピュラーです。原曲がバッハのものという証拠はないのですが、その充実度からバッハ以外には考えられません。

このアレグロは、リトルネッロ形式をとっており、決然とした厳しい調子で始まりますが、受け継ぐ2台の楽器が、時には一緒に、時には掛け合い、時には片方がリズム、片方がメロディを受け持って進行してくさまは素晴らしいのひとことです。

原曲復元版の、オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルトを、ぜひ比較してみてください。オーボエの動きに納得です。

【原曲復元版】オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルト 第1楽章

第2楽章 アダージョ

弦のピチカートに乗って2台のチェンバロが語り合うさまは、この世のものとも思えない美しさです。2つのメロディはフーガ的に絡み合い、優美な織物を織りあげていきます。チェンバロだと、音色の違いが目立たないため、原曲復元版の方が印象的ではありますが、チェンバロ版では左手が追加されているため、ポリフォニーがより充実しています。最後は、不完全終止でフィナーレにつなぐところも実に粋でかっこいいです。

【原曲復元版】オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルト 第2楽章

第3楽章 アレグロ

リトルネッロ形式の活気あふれるフィナーレです。軽い焦燥感を秘めた、颯爽としたソロがオーケストラと緊張感ある掛け合いを繰り広げていきます。本来か細い音色のチェンバロが、2台の力でオーケストラと対峙する響きは、まさに当時の聴衆が聞いたことのない世界だったはずです。

【原曲復元版】オーボエ、ヴァイオリンのためのコンチェルト 第3楽章

 

ソロのためのチェンバロ・コンチェルトは、2年前に記事にしました。

 

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次回から、コーヒーハウスでのさらなる実験の数々を聴いていきます。

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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文豪ゲーテがみた、古き良き時代の輝き。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第4番 ニ長調 BWV1069』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑪

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ゲーテ(1749-1832)

ゲーテの脳裏に浮かんだもの

バッハ管弦楽組曲組曲、今回は最後の曲、第4番二長調です。

冒頭の序曲は、19世紀のバッハ復活に尽くしていたメンデルスゾーンが、老文豪ゲーテにピアノで聴かせたところ、『この威風堂々たる華やかな曲をきくと、美しく着飾った人々の行列が広い階段を下りてくる姿が目に浮かぶようだ』と言ったというエピソードが有名です。(第3番だったという説もあります)

ゲーテはバッハの亡くなる前年に生まれていますから、ベートーヴェンと同じ世代であり、華麗なるバロックの宮廷文化は過去のものとなっていた時代でした。

ゲーテは、ここに古き良き時代、華麗なバロック芸術の最後の残照をみたのでしょう。

楽器編成は、第3番のトランペット3本にティンパニファゴットを加え、さらに第3番では2本だったオーボエが3本という、大編成です。

他の曲同様、この曲の成り立ちも確定していません。

序曲は1725年のクリスマス用に、合唱を加えられて礼拝用カンタータ『われらの口は笑みに満ち』BWV110の冒頭曲として転用されていますので、作曲はそれ以前であったことが確実です。

また、初稿にはトランペットとティンパニが無く、カンタータへの転用後に書き加えられたことも分かっています。

そのため、ケーテン時代に書かれ、ライプツィヒコレギウム・ムジークムでの演奏用に拡大版にされた、という推定が妥当かと思います。

いずれにしてもこの曲は、リュリに始まったフレンチ・バロックの、最後の到達点、頂上といえます。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第4番 ニ長調 BWV1069』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.4 D-dur BWV1069

演奏:ホルディ・サヴァール指揮 ル・コンセール・ナシオン

Jordi Savall & Le Consert des Nations 

第1楽章 序曲

緩ー急ー緩ー急の四部形式の、187小節に達する長大なフランス式序曲です。冒頭のトランペットのファンファーレ、そしてティンパニの打撃が、祝祭ムードをいやが上にも盛り上げます。曲想のスケールは雄大で、ゲーテは、貴族たちの行列が階段を下りてくる、と描写しましたが、私には天から神が降臨してくるかのように神々しく聞こえます。「急」の部分は、8分の9拍子のジーグ風の軽快なリズムで、フーガが展開していきます。木管と弦が自由闊達に掛け合うさまは、めくるめくような愉悦の極みです。

第2楽章 ブーレー

中間部の第2ブーレーを挟んだ、実に楽しい舞曲です。第1ブーレーはトランペットが元気いっぱいに先導し、弦とオーボエが茶目っ気たっぷりに掛け合いをしていくさまは、まるで絶妙な〝ボケ〟と〝ツッコミ〟のようです。(へんなたとえですが)

第2ブーレーは弦の同一音型にオーボエ群とファゴット短調の陰影を帯びつつ、様々な形で応答していきます。素晴らしいの一言です。

第3楽章 ガヴォット

これもお茶目できびきびとしたフレーズを全楽器で奏でますが、ここでもオーボエの応答が出色です。トランペットも上昇していく持続音で、華々しさを添えます。

第4楽章 メヌエット

にぎにぎしく進んできた組曲ですが、ここではじめて、落ち着いたひとときとなります。第1メヌエットは弦と木管のユニゾンで奏でられ、トリオは弦楽器だけのしっとりとした響きに癒されます。

第5楽章 レジュイサンス(歓喜

ヘンデルの『王宮の花火の音楽』にも含まれていた、「歓喜」という標題の曲で、特定の舞曲ではありません。ヘンデルのものと同様、喜びに満ちた華やかな終曲です。フレーズは機知に満ち、変幻自在、聴く人をめくるめく歓喜の世界に引き込んでいくのです。

 

参考曲として、序曲が編曲されたカンタータの合唱曲を掲げておきます。

バッハ:カンタータ『われらの口は笑みに満ち』BWV110 第1曲

 

また、組曲第1番で取り上げたパウル・ドンブレヒト指揮イル・フォンダメントの演奏は、初稿版を再現していて、第2番では独奏のフルートが無く、また第3番と第4番ではトランペットとティンパニが含まれていません。最初は、トランペットが無いなんて、と思いましたが、聴いてみると、これはこれで違った味わいがあり、素晴らしい演奏です。ぜひ、聴き比べていただければと思います。

 

ドイツ人の作ったフランス風序曲はいったんこれでおしまいです。リュリから始まったヴェルサイユ宮殿の宮廷音楽が、諸国に広がり、バッハという大海に注いだのです。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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イケメン・ヴァイオリニストがアレンジした『G線上のアリア』。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第3番 ニ長調 BWV1068』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑩

G線上のアリアの原曲

バッハ管弦楽組曲組曲、今回は第3番二長調です。

第2楽章のエールが、後世の編曲でG線上のアリアとして独立して演奏され、バッハはもとより、クラシック音楽の代表曲のひとつとなっています。

しっとりと愛を語るかのごとく甘美を極めた歌ですが、この曲以外の組曲全体としては、バッハの曲の中でもド派手な部類です。

雰囲気だけでいえば、第1番や第2番の組曲の中にいたほうがしっくりしているような気がして、どうもこの組曲の楽章としてはバランスが悪い思いがするのは私だけでしょうか。

なにしろ、編成はトランペット3本にティンパニを伴う、すこぶる野外的で祝祭的な大規模な曲なのです。

ヘンデルの『王宮の花火の音楽』のように、何かのイベントのために作られたとしか思えません。

成立時期の謎

しかし、この曲の成り立ちも、他の序曲と同様諸説あって、確定していません。

ライプツィヒ時代の1731年頃に、コレギウム・ムジークムのために書き下ろされたというのが有力な説ですが、残っているのは一部バッハ自身も含む筆写のパート譜のみです。

前述のように、コレギウム・ムジクムは夏の間は広場でコンサートを開いていましたから、このような派手なフランス風序曲を市民のために作った可能性もありますが、曲の性格上、どうしても宮廷と無縁とは思えないのです。

やはり、ケーテン時代の終わり、1722年頃に宮廷のために作曲されたという説の方が私にはしっくりきます。

「エール」という曲をバッハが作ったのはこの時期からですし、同じ二長調で、似た性格を持つ第4番は、1725年のクリスマスにその序曲がカンタータに転用されているので、原曲はそれ以前に作曲されたとすると、ケーテン時代の可能性もあり、この曲も同じ時期に作曲されたのではないか、とも考えられます。

ただし、第4番にはオリジナルの初稿の一部が残されていて、こちらにはトランペットとティンパニが含まれていないのです。

となると、この第3番も初稿ではトランペットとティンパニは無かった可能性があり、これらの宮廷的なアレンジはライプツィヒで加えられた、ということになります。

何ともややこしいのですが、初稿を再現した演奏も最近は出てきて、いろいろ想像を膨らませながら、その違いを楽しむのも一興です。

イケメン・ヴァイオリニストによる編曲

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アウグスト・ヴィルヘルミ(1845-1907)

さて、第2楽章だけが『G線上のアリア』として有名になったのは、19世紀後半に活躍したヴァイオリニスト、アウグスト・ヴィルヘルミ(1845-1907)の編曲によります。

ヴィルヘルミは、9歳で天才少年としてデビューし、リストに認められて活躍しました。

リストもその美貌と超絶テクニック、そして、ベートーヴェンのシンフォニーをピアノ1台で、オーケストラ以上の迫力で演奏してみせるなど、派手な演出で貴婦人たちをメロメロにしましたが、ヴィルヘルミもそのヴァイオリン版だったようです。

当時、4本あるヴァイオリンの弦のうち、一番低いG線だけを使って演奏するテクニックがもてはやされており、ヴィルヘルミはそのコンセプトで古い名曲をアレンジしてコンサートで弾いていました。

そのうちの1曲が、このバッハの編曲というわけです。

イケメンですし、自らを売るプロモーションも上手だったようです。

ピアノ伴奏つきのヴァイオリン・ソロで、ニ長調からハ長調に移調し、さらに1オクターヴ下げていますので、かなり渋くなりますが、それがさらに甘美で現代的に聞こえます。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第3番 ニ長調 BWV1068』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.3 D-dur BWV1068

演奏:リチャード・エガー指揮 アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

Richard Egarr & Academy of Ancient Music

第1楽章 序曲

トランペットの華麗なファンファーレで始まる、このフランス風序曲は、まさに気宇壮大。3つのオーボエと弦がスケールの大きなテーマを奏でます。それは宇宙的な規模と言っても大げさではないでしょう。続く「急」の部分では、例によってイタリア風のコンチェルト・グロッソのスタイルを取り、ソロ楽器群(ソーリ)と合奏(コンチェルティーノ)がフーガを自由闊達に繰り広げていきます。それは、聴くほどに思わず体が動いてしまうような盛り上がりぶりです。緩ー急ー緩ー急と繰り返されます。

第2楽章 エール(G線上のアリア

エール(Air)とは、これまでの「ベルばら音楽」の稿で聴いてきたフランス・オペラの曲名です。形式は自由なもので、歌であったり、舞曲であったりします。イタリア語では「アリア」となり、オペラのメイン曲のことを指すのでそちらの方がポピュラーですが、明らかにフランス起源の曲ですので、これは「エール」と呼ぶ方が適切です。

第1ヴァイオリンが冒頭、通奏低音の対位旋律の足取りの上を、じっくりと引き延ばした一音が、ひるがえるようにして展開していく瞬間は、聴く人を魅了してやみません。バッハがどんな意図でこの曲を作ったか分かりませんが、ここにあふれ出る優しさと愛は、これまでどれだけの人の心を癒してくれたことでしょうか。

第3楽章 ガヴォット

バッハのガヴォットの中でも出色で、元気のいい人気曲ですが、前曲に浸った気分を一気に変えてしまうのは、唐突感が無きにしもあらずです。さりげない第2ガヴォット(トリオ)では、トランペットもソロを聴かせてくれます。

第4楽章 ブーレー

独特なシンコペーション・リズムが楽しいブーレーです。第2ブーレーは存在しない、短く快活な曲です。

第5楽章 ジー

ジーグは組曲を締めくくる定番曲ですが、バッハの管弦楽組曲では唯一の例です。また、フーガ形式を採るフランス式ジーグではなく、イタリア・ジーグというのも特徴的です。まさにフランス、イタリアの折衷様式なのです。軽いリズムなのですが、トランペットを伴い、響きが重々しいのも面白いです。真面目で怖い顔をしたバッハが、ひょうきんに踊っているかのような、アンマッチの妙です。

 

さて、ムード音楽のようになってしまった『G線上のアリア』ですが、さらに様々なアレンジが加えられ、オリジナルの編曲版(ヴァイオリンとピアノ)は、意外と演奏は少ないです。

この動画もオーケストラ伴奏ですが、ぜひ原曲と聴き比べてみてください。名曲はアレンジしても名曲です。


Air On The G String, J. S. Bach - Anastasiya Petryshak, Violin

 

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次回は第4番 ニ長調を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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フルートに彩られた、魅惑のポロネーズ。バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第2番 ロ短調 BWV1067』~ドイツ人の作ったフランス風序曲⑨

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おしゃれなフルートに彩られた人気曲

バッハ管弦楽組曲組曲)、今回は第2番ロ短調です。

モーツァルトト短調ベートーヴェンハ短調と並んで、バッハに宿命的な調、ロ短調ということもあり、バッハの序曲の中では一番ポピュラーで、人気があります。

ロ短調は、調性の中でも最も暗い、ということで、明るい曲の好まれた古典派の作曲家たちは敬遠しがちでしたが、バッハの手ににかかると、この曲のように、軽快さの中に底知れぬ深みを感じさせる、絶妙な音楽となるのです。

この序曲は、バッハの曲の中でも、当時流行したロココ趣味に彩られ、ギャラントな魅力にあふれています。

なんといっても最大の特徴は、独奏楽器をもつ、まるでコンチェルトのようなスタイルであること。

これは異色といっていいでしょう。

ソロ楽器はフルート(フラウト・トラヴェルソで、その切ない響きが、なんともいえない深い味わいを醸し出しています。

ふつう、リュリ様式のフランス風序曲で、組曲全体をひとつの楽器が通してソロを受け持つことはありません。

まるでイタリアのコンチェルトのようですが、〝フランス・フルート〟と呼ばれた横笛のフラウト・トラヴェルソは、フランスの最先端のモードを象徴する楽器でもありました。

プロイセンのフリードリヒ大王が、ヴェルサイユ宮殿を真似して築いたサン・スーシ宮殿の宮廷で、フランス語を話しながら、自らフルートを演奏し、作曲し、そのアシスタントをバッハの次男カール・フィリップエマニュエル・バッハが務めた史実も、当時のドイツで、フランス趣味がどれだけ〝おしゃれ〟だったかを今に伝えます。

まさにこの曲は、ドイツ人がフランス趣味に憧れて作った代表の作といっていいでしょう。

この曲がフリードリヒ大王に献呈されていたら、王はどれだけ喜んだだろうと思いますが、バッハが息子の紹介で王の知遇を得るのは最晩年のことで、バッハはそのとき『音楽の捧げもの』を献呈しています。

成立の謎

この曲の成り立ちもはっきりとはわかっていません。

今に残っている楽譜は、筆写パート譜で、1738年から39年のものと分析されています。一部はバッハ自身の手で筆写されているのですが、オリジナルが別にあったのは明白です。

そのため、バッハが同時期に、他の序曲と同じくライプツィヒコレギウム・ムジクムで演奏したのはほぼ確実ですが、コレギウムのために新しく書き起こしたのか、旧作を持ってきたのかが分からないのです。

この曲の斬新なスタイルからは、新作とも思えますが、フルートの登場する作品はケーテン宮廷時代にたくさん作っていますので、フルートの活躍するブランデンブルク協奏曲第5番とセットで書かれたのではないか、という説もあります。

この説だと、1721年頃の作ということになるのです。

ともあれ、聴いていきましょう。

バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第2番 ロ短調 BWV1067』

Johann Sebastian Bach:Ouverture no.2 B-molll BWV1067

演奏:アルフレド・ベルナルディーニ指揮 ゼフィーロ

Alfredo Bernardini & Zefiro

第1楽章 序曲

フルートのソロといっても、ずっと独立した動きをするわけではなく、ふだん(?)は第1ヴァイオリンと同じメロディをなぞり、メインの旋律に、ブレンドされた独特の色彩を与えます。そして、いざ、というときにソロとして離陸していくのです。

曲は、緩ー急ー緩'ー急'ー緩''の大きな五部構成となります。最初の「緩」では、フランス風序曲の定石である付点リズムで始まりますが、威圧的なものとは正反対に、哀愁が漂います。いいようもない孤独感が聴く人の胸に迫ることでしょう。暗いロ短調の悲劇に墜ちていくのを、フルートの温かい音色がかろうじて防いでいるかのようです。

続くフーガ形式の「急」では、いよいよフルートが独奏を花開かせます。実質的にコンチェルトですが、トゥッティの部分では、「緩」のところと同じように第1ヴァイオリンをなぞり、時々ソロに昇華する対照性がここの聴きどころです。その後も、緩急は単純な繰り返しではなく、それぞれに変化が加えられ、全組曲の半分を占める壮大な序曲となっています。

第2楽章 ロンドー

ロンド形式のガヴォットです。テーマは、おばあさんの昔話のはじまりのような、素朴で枯れた語り口です。反復されるロンドのテーマの間に、短いながらも含蓄深い楽句が挟まれています。

第3楽章 サラバンド

ゆっくりとした妖艶なダンス、サラバンドです。バッハのサラバンドはカノン風に展開することが多いですが、ここでも第1ヴァイオリン、フルートのメイン声部と、低声部がカノンを繰り広げていきます。中声部がそこにハーモニーを加え、さながら深い森にいるかのようです。

第4楽章 ブーレー

一転、元気なブーレーになっていきますが、はしゃぐどころか、抑制されたものを感じます。第1ブーレーはトゥッティで奏されますが、続く第2ブーレーではフルートが弦の伴奏で飛翔していきます。

第5楽章 ポロネーズ

バッハの全作品の中でもポピュラーなもののひとつです。ポロネーズは、ショパンの作品が有名ですが、この時期のものはポーランド宮廷で好まれた娯楽音楽でした。農民のダンス起源のものも多く、民俗音楽的な鄙びた味わいが特徴です。ルイ15世の王妃がポーランド出身だったので、フランス宮廷でも流行したのです。一度聴いたら忘れられない、颯爽と歩くかのような、舞曲というよりマーチに近いテーマは、フォルテとピアノの対比でさらに印象を強めます。中間部ではフルートの華麗なソロとなりますが、メロディは冒頭のメインテーマの変奏で、実は、その間、通奏低音がメインテーマを奏でているのです。

第6楽章 メヌエット

小粋な魅力のメヌエットです。短いがゆえに、かえって抒情が余韻として残ります。

第7楽章 バディネリ 

バディネリ〟は舞曲名ではなく、〝冗談〟という意味の標題になります。快活で、諧謔的な雰囲気もありますが、その名のように羽目を外したようなものではありません。弦がいくぶん焦燥感をはらんだスタッカートの伴奏を奏でる上を、フルートが軽やかに飛翔していき、組曲を閉じます。

 

バッハの作品の中でも、斬新で、異色ともいえる作品ですが、当時の聴衆の反応がまるで伝わっていないのが歯がゆい限りです。

ただ、当時のライプツィヒ市民たちの耳が相当肥えていたことは、バッハがコレギウム・ムジクムに数々の作品を投入していたことからも、間違いないと思われます。

きっと、この曲は人々の感嘆の的となったことでしょう。

 

次回は第3番 ニ長調を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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