孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

サリエリが嫉妬した神の声。モーツァルト『13管楽器のためのセレナード 変ロ長調 K.361(370a)〝グラン・パルティータ〟』

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謎の大曲 

前回まで、皇帝ヨーゼフ2世の肝いりでウィーンで大流行した管楽器のバンド〝ハルモニームジーク〟の曲を2曲聴きましたが、モーツァルトにはさらに、標準的な8人の編成を拡大した大曲があります。全7楽章で、演奏時間は50分以上になります。

それが、13管楽器のためのセレナード 変ロ長調 K.361(370a)です。後世、フランス語で〝大組曲〟を意味する〝グラン・パルティータ〟と呼ばれました。

編成はなんと、オーボエ2、クラリネット2、バセット・ホルン2、ホルン4、ファゴット2、コントラバス計13人です。

8人のハルモニームジークは、低音を担当するファゴットが弱いのが弱点で、モーツァルトファゴットのパートをユニゾンにしたりして強めているのですが、これだけの編成となるともはや無理なので、弦楽器であるコントラバスの力を借りています。それでも〝13管楽器のセレナード〟と呼ばれています。

作曲時期は、自筆譜に1780年という書き込みがあるため、長年そうとされてきましたが、これはモーツァルトとは別人が書いたものであることが判明し、今では、様式的にも早くても1782年以降の作曲と考えられています。

作曲のきっかけですが、ヨーゼフ2世が結成した宮廷ハルモニームジーク団のクラリネット奏者で、モーツァルトに大きな影響を与えた、アントン・シュタードラーのコンサートのためというのが有力です。

1784年3月23日のウィーンの音楽新聞に、『本日シュタードラー氏が音楽アカデミーを開催します。ここでとりわけモーツァルト氏作曲による特別の種類の大管楽器作品が演奏されます』との広告記事が載っており、実際にこのセレナードのうち4楽章が演奏されたとのことです。

このコンサートを聴いたある評論家は、シュタードラー氏のクラリネットを、これまで聴いたことがない、とほめたたえ、モーツァルトの作品についても、すばらしく感動的だった、と書き残しています。

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バセット・ホルン

バセット・ホルンとは

この曲には、バセット・ホルンという聞きなれない楽器が含まれています。

これは18世紀後半にだけ存在した楽器で、19世紀以降は使われなくなってしまいました。

〝ホルン〟という名がついていますが、クラリネットの仲間です。

ただ、クラリネットはA管とB管ですが、バセット・ホルンはF管とG管で、クラリネットよりも低音が拡充されています。

モーツァルトはこの楽器を愛し、オペラで使ったり、いくつかの曲を作っており、特にフリーメイソンにまつわる曲で活躍させています。

シュタードラーは、のちにクラリネットもバセット・ホルンと同じ音域になるよう改造し、モーツァルトはその〝シュタードラーの楽器〟のために、クラリネット五重奏曲クラリネット・コンチェルトを書いています。この楽器は後に〝バセット・クラリネット〟と呼ばれました。

シュタードラーが演奏するクラリネットやバセット・ホルンは、まるで人間の声のようだったと言われています。

クラリネット属は高音と低音の音質が違うのが魅力で、低音は前進となる楽器の名から、特に〝シャリュモー〟と呼ばれており、モーツァルトもそれをこよなく愛したのです。

この大曲では、高音のメロディーと中低音が醸し出す深いハーモニーが、味わうポイントなのです。

サリエリの嫉妬

映画『アマデウスは、ピーター・シェーファーによる戯曲が元になっていますが、いずれもモーツァルトに対するアントニオ・サリエリの嫉妬がメインテーマになっています。

ウィーンの楽壇ですでに確固たる地位を占めているサリエリは、名声も身分も不安定なモーツァルトをライバル視する必要はないのですが、彼の音楽の素晴らしさを知ってしまい、自分の楽才が遠く及ばないことを思い知らされます。

その最初の出会いの曲が、このグラン・パルティータの第3楽章アダージョなのです。

映画では、ウィーンに滞在中のザルツブルク大司教の館の音楽会に招かれたサリエリが、モーツァルトとはどんな人物なのだろう、あれほどの才能は見た目に表れるのか…?と思いながら、数ある列席者を眺めています。

そんな中、サリエリが大好きなスイーツが別室に運ばれるのを見て、部屋にこっそり入り、つまみ食いをしていると、そこにふざけ合う男女が入ってきます。

それが、モーツァルトと恋人のコンスタンツェ。

とっさに身を隠したサリエリに気づかず、モーツァルトはコンスタンツェに下品で幼稚な冗談を言ってふざけています。

サリエリはむろん、それがモーツァルトとは思わずあきれていましたが、ふと音楽が遠くで鳴ると、モーツァルトは『俺の曲を勝手に始めやがった!』と真剣な顔になり、走って大広間にかけつけ、指揮を交代します。

それを苦々しく見る大司教。あとから入室したサリエリは、この素晴らしい音楽を書いたモーツァルトが、この下品な小男だと知り、あ然とするのです。

戯曲では、サリエリは回想として次のようなセリフを吐きます。

それから演奏がすぐに始まりました。厳粛な変ホ長調アダージョでした。導入部は単純でした。ファゴットとバセット・ホルンの低い調子はまるでオンボロのアコーディオンを思わせました。突然、オーボエの高い旋律が加わってきました。それは私の耳にしっかりとついて離れず。胸を刺し貫き、息が詰まるほどだった。アコーディオンはうめき声をあげ、それにかぶせて高音楽器がむせぶような調べを奏で、音が矢のように私に降り注いできた。そしてその音は苦痛となって私に襲いかかったのです。主よ、お教えください!あの音の中にあったもの、あれは何なのです?満足できるようなものでないにもかかわらず、聞く人を満足させずにはおかないあの音、あれは主よ、あなたの思し召しなのですか?あなたのものなのですか?

突然私は、恐ろしさにぞっとしました。私はたった今、〝神の声〟を聞いたのではないか。そしてそれを産み出したのは〝けだもの〟ではないか。その声を私は既に聞いている、猥褻な言葉を平気でわめく子供のようなあの声!*1

サリエリは、神は不公平だ、敬虔に神を信じる私には才能を与えず、よりにもよってあの下品な男に、あなたの声を現世に伝える役目を与えるなんて…!と神を呪い、悪魔の手先となって神の寵児モーツァルトを滅ぼしてやる、と誓うのです。

サリエリモーツァルト毒殺説をふくらませたフィクションですが、まさにこのアダージョは、この場面にぴったりの選曲で、素晴らしい演出です。

映画の場面はこちらです。


Amadeus 1984 (Mozart talking backwards)

モーツァルト:セレナード 第10番 変ロ長調 361(370a)〝グラン・パルティータ〟

W.A.Mozart : Serenade in B flat majior, K.361(370a) “Gran partita”

演奏:フィリップ・ヘレヴェッヘ指揮 シャンゼリゼ管弦楽団  

Philippe Herreweghe&Harmonie de l'Orchestre des Champs-Elysées 

第1楽章 ラルゴーモルトアレグロ

まずはゆったりとした序奏。12の管楽器による素晴らしい和音で始まり、クラリネットが抒情豊かに歌い始めます。まさに大曲の幕開けにふさわしい、気高くもあり、また優しくもある開始です。そしていよいよ主部。クラリネットオーボエの旋律楽器が元気よくリードして走り出し、分厚い中低音楽器たちがそれに深みを与えて追いかけ、めくるめく色彩豊かな世界を現出します。展開部では、陰影も醸し出しながら、各楽器たちの掛け合いが繰り広げられます。

第2楽章 メヌエット

ふたつのトリオを持つ、大規模なメヌエットです。落ち着いて気品あふれるメヌエットに続き、第1トリオでは、本日の主役、クラリネットとバセット・ホルン各2本が鳥のさえずりのようにさわやかに歌います。静寂の森に響くようなその音色は時に神秘的ですらあります。第2トリオでは、オーボエファゴットが主役。哀調を帯びたト短調ですが、決して悲しくはなく、皆がはしゃぐお祭りの中、ふと我に返ったようなシリアスな表情が絶妙です。 

第3楽章 アダージョ

いよいよ『アマデウス』の曲です。サリエリが評した〝オンボロのアコーディオン〟の伴奏で始まり、突如、オーボエが天から降りて来て〝神の声〟を歌います。単調でつまらない曲と思わせ、突如意表を突くような美しいメロディが響くという、まさに天才の技です。繊細な旋律はその後も変幻を極め、ひとつの物語を紡ぎだすかのようです。サリエリならずとも、ただただ、うっとりと聴き惚れてしまう音楽です。

第4楽章 メヌエット

再びふたつのトリオを持つメヌエットですが、より元気いっぱいです。トゥッティの和音の深みにはしびれるばかりです。第1トリオは、ヘ短調ですが、場末に流れる昭和歌謡のような哀愁があります。第2トリオは、一転、オーボエ、バセット・ホルン、ファゴットがこの上なく楽しい歌を奏でます。

第5楽章 ロマンス:アダージョ

ロマンスは、ピアノ・コンチェルト 第20番 ニ短調の第2楽章のように、その名の通りロマンティックな音楽に、途中激しい嵐のような中間部のある音楽です。この楽章も、始まりはまるで、きれいな夕焼けを遥かに眺めわたすかのような気分です。中間部は、ふと、心配ごとを思い出してしまったかのような胸騒ぎの音楽ですが、ほどなく、元の静謐な心境に戻ります。なんとかなる、うん、なんとかなる。

第6楽章 テーマと変奏:アンダンテ

この上なく素晴らしい、主題と5つの変奏曲です。変奏が進むごとに、各楽器たちが次々と交代で主役を務め、それぞれに特色ある音色の魅力を、思う存分ふりまいてくれます。ゆったりと散歩をするような親しみやすいテーマが、まさに変幻自在、時には楽しく、時にはシリアスに展開していきます。最終変奏はまるで遊園地にいるような楽しさで、メリーゴーランドに乗っているような気分になります。

第7楽章 フィナーレ:モルトアレグロ

能天気とさえ思える、屈託のない華やかなフィナーレです。映画『アマデウス』では、第3楽章の途中でいきなりこのフィナーレに結びつく編曲がなされています。これでもか!というようなダメ押しのコーダは、最初聴いたときには思わずのけぞってしまいました。どこまでも意表を突く天才です。モーツァルトのピアノ・コンチェルトは、フルーツのように瑞々しい管楽器とピアノの掛け合いが魅力ですが、この曲ではフルーツのみの盛り合わせで、管楽器の使い手、モーツァルトの技を思いっきり堪能できます。

 

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華やかな夜会に響く、悪魔的な音楽。アマデウスの光と影(14)モーツァルト『セレナード 第12番 ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟』

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異例の短調セレナード 

前回のセレナード 変ホ長調 K.375と対で親しまれているのが、このセレナード 第12番 ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟です。

この曲も、前回の明るく楽しい曲とは対照的に、悲劇的に始まります。

あまりに雰囲気が違ってシリアスなので、ここに作曲者の内面に起こった何か、を探りたくなりますが、聴衆の意表をつく効果を狙ったものと考えるです。

悲劇的な曲調は、ほどなく長調に転調しますし、その明るさが一層際立つのです。

ハイドンの後期のシンフォニーにも、稀に短調の曲がありますが、すぐに陽転しますし、当時のある種の〝常套手段〟なのでしょう。

しかし、モーツァルト短調には、単なる〝仕掛け〟では聴き流せない、デーモニッシュなものを、誰もが感じてしまうのです。

モーツァルト自身、最初は仕掛けのつもりで作っていたけれど、次第に、無意識に、どっぷりと自分の短調の世界にはまり込んでしまったのが、のちのハ短調コンチェルト K.491ト短調シンフォニー K.550なのではないか、と思えてなりません。

修羅場の作曲事情

さて、この曲には〝ナハトムジーク(夜曲)〟という名がわざわざついていますが、それはモーツァルト(在ウィーン)が父レオポルト(在ザルツブルクに宛てた下記の手紙に出てくるからです。

大好きなお父さん!最初のアレグロしかお目にかけないので、びっくりなさるでしょう。でも、仕方がなかったんです。急いでナハトムジークをひとつ、といってもただの吹奏楽用に(さもなければお父さんのためにも使えたでしょうが)、書かなければならなかったので。(1782年7月27日)

このとき、モーツァルトは父から、ザルツブルクの貴族、ジークムント・ハフナーの息子が爵位を受けることになったので、その祝典のためのセレナードを書くよう頼まれていました。

しかし、当時のモーツァルトは、オペラ『後宮からの誘拐の上演、その音楽のハルモニームジークへの編曲、さらに恋人コンスタンツェ・ウェーバーとの結婚準備と、それに対する、ほかならぬ父の頑強な反対、さらに結婚の遅れに対する相手の実家ウェーバー家とのゴタゴタの真っ最中で、それどころではありませんでした。手紙の日付の数日前には引っ越しもしています。

しかし、何とか結婚に対する父の了解をもらいたいモーツァルトとしても、父の依頼をむげにすることもできず、とりあえず第1楽章だけ作って送ったわけです。

この『ナハトムジーク』がオーケストラ用であれば、それで間に合わせもできたでしょうが、あいにく管楽用でした。

父のための新作は、後に楽章ができるはじから楽譜を送り、最終的にはシンフォニー 第35番 ニ長調 K.385〝ハフナー〟になります。

このナハトムジークは、そのような修羅場で作られたのですが、やっつけ感はどこにもなく、充実した内容なのはさすがプロの仕事です。

ハフナー・シンフォニー〟の方も、本人は切羽詰まった状態で、どんな曲を作ったのか覚えておらず、あとで父から送り返された楽譜を見て、その出来栄えの素晴らしさに自分で驚いているのですが、そのエピソードはまたの機会にします。

夜会の音楽

ナハトムジークとは、そのまんま〝夜の音〟という意味で、単に夜会用にリクエストされたので、そう呼んでいるわけですが、セレナードに分類されています。

有名な『アイネ・クライネ・ナハトムジーク K.525』も〝ひとつの小さな夜の曲〟という意味で、こちらもモーツァルトがそのように楽譜に書き込んだのでで、そう呼ばれてます。

このナハトムジークは、その作りはオーケストラ用というより、室内楽に近い緻密さで作られており、楽章も通常の5楽章ではなく、4楽章です。

実際、モーツァルトは後にこの曲を弦楽五重奏曲 K.406 (516b) に編曲し、先にご紹介した2曲(ハ長調 K.515、ト短調 K.516)と3曲セットで出版しています。

www.classic-suganne.com

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ヴァン・スヴィーテン男爵邸で触れたバッハ、ヘンデルの音楽の影響もみられ、娯楽作品の域を超えた、何度聴いても飽きない深い音楽となっています。

編成は、変ホ長調と同じオーボエ2、クラリネット2、ホルン2、ファゴット2です。

モーツァルト:セレナード 第12番 ハ短調 K.388〝ナハトムジーク〟

W.A.Mozart : Serenade in C minor, K.388

演奏:アンフィオン管楽八重奏団    Amphion Wind Octet 

第1楽章 アレグロ

ただならぬ悲痛な和音で始まります。華やかな夜会でいきなりこんな音楽が始まったら、列席者はギョッとしたことでしょう。〝夜の音楽〟とは、肝試しのことなのか、と思うくらいです。モーツァルトのセレナードでは短調はこの曲だけですが、それくらい場違いな気がします。しかし、ほどなく変ホ長調に移行し、クールな音楽になります。この楽章だけで、目が離せないようなドラマのようになっており、この曲は単なるBGMではない、パーティーのメイン・イベントとしての役割を期待されていたと思われます。ちょうどモーツァルトの名声がウィーンでうなぎのぼりだった頃ですから、主催者は〝モーツァルト氏の新作をやるよ〟と触れまわったのではないでしょうか。モーツァルトは、多忙な中でも、絶対引き受けたい仕事だったはずです。

第2楽章 アンダンテ

ハルモニームジークの真骨頂ともいえる、各管楽器の芳醇な香りがたっぷりと楽しめるアンダンテです。変ホ長調 K375のアダージョが後に『フィガロの結婚』で使われたように、この曲はオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』の中で、求婚者たちが美人姉妹に捧げたセレナーデに使われています。

第3楽章 メヌエット・イン・カノーネ

わざわざ〝カノンのメヌエット〟と題される珍しいメヌエットです。パッヘルベルのカノンのように、バロック音楽風に作ってあり、バッハ、ヘンデルを模して作ったと考えられています。オーボエがテーマを吹くと、ファゴットが1小節あとから2オクターブずらして模倣します。トリオは、何種類かあるカノンのパターンの中で「逆行カノン」の手法を使っています。

第4楽章 アレグロ

哀感を帯びたテーマが7つのヴァリエーションで展開する変奏曲形式です。第1変奏から第4変奏まではオーボエクラリネットがリードしますが、やわらかい第5変奏はホルンが活躍し、まるでピアノ・コンチェルト 第22番 変ホ長調 K.482 のアンダンテの、あの優しく素敵な中間部を思わせます。最後まで耳を引き付けてやまない、悪魔的な魅力の曲です。

 

弦楽クインテットへの編曲

最後に、弦楽五重奏への編曲版も掲げますので、ぜひ聴き比べてください。最初から編曲も考えていたかのようです。

モーツァルト弦楽五重奏曲第2番 ハ短調 K.406 (516b)

W.A.Mozart : String Quintet no.2 in C minor, K.406 (516b)

演奏:ストラディヴァリ弦楽四重奏団&カリーネ・レティエク(ヴィオラ

Quartet Stradivari & Karine Lethiec

第1楽章 アレグロ

第2楽章 アンダンテ

第3楽章 メヌエット・イン・カノーネ

第4楽章 アレグロ

アマデウスの光と影〟シリーズはいったんこちらでおしまいですが、次回から引き続きモーツァルトのセレナードを聴いていきます。

 

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ブラスバンドのサプライズ!アマデウスの光と影(13)モーツァルト『セレナード 第11番 変ホ長調 K.375』

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夜の愉しみ、セレナード

アマデウスの光と影シリーズ、最後のペアは管楽セレナードです。

セレナード〟はフランス語読みで、日本語訳では〝小夜曲〟と訳しますが、、ドイツ語ではセレナーデ、イタリア語ではセレナータ、と呼ばれます。

もともとは夜、恋人の窓辺で、熱い思いを弾き語る曲で、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニのセレナーデ』がその典型です。

www.classic-suganne.com

その後、夜に行われるパーティー、祝典、野外イベントで、催し物やBGMとして奏される音楽も、セレナードといわれるようになりました。

同じようなジャンルにディヴェルティメント(喜遊曲)というものもありますが、これは〝気晴らし〟という意味で、より軽い感じではありますが、両者の区別は厳密なものではありません。

楽器の編成や音楽の形式も様々ですので、純然たる芸術作品というより、初めから用途の決まった「機会音楽」でした。セレナードは「夜会音楽」といってもいいかもしれません。

もっとも、18世紀までは、用途のない音楽などめったに生み出されませんでしたが。

大流行したハルモニームジー

今回取り上げる変ホ長調の管楽セレナードは、はじめクラリネット、ホルン、オーボエ各2本で書かれましたが、のちにファゴット2本が加わりました。

もともと、18世紀後半に、ホルン、オーボエファゴット各2本、計6人による楽団が貴族の間で流行し、裕福な貴族は競って召し抱え、客を呼んでの晩餐会のBGMや、祝祭を盛り上げるために便利に使われました。

これは〝ハルモニームジー〟と呼ばれました。

モーツァルトの主君だったザルツブルク大司教のためにも書かされています。

1782年4月、皇帝ヨーゼフ2世は、これにクラリネットの名手、アントン・シュタードラー兄弟を加え、8人編成の宮廷ハルモニームジーク団を結成させました。

芳醇な音色をもつクラリネットが加わったことで、ハルモニームジークはさらに豊かな魅力を持つことになり、ヨーロッパ中で大流行したため、モーツァルトのそのために編成を変えたと思われます。

シュタードラーは、モーツァルトの盟友となり、クラリネット五重奏曲 K.581や、クラリネット・コンチェルト K.622といった不朽の名曲は彼のために作られ、モーツァルトの晩年を語るのに欠かせない人物ですが、これはいつか別項で触れたいと思います。

ハルモニームジークの一番の演目は、オペラのヒット曲のメドレーでした。

上演の機会の少ないオペラの名曲を、日常で楽しむ絶好の方法だったのです。

モーツァルトも、自作のオペラ後宮からの誘拐』が大好評のうちに上演されている最中、超多忙の中でヒイヒイ言いながら、自分でこれをハルモニームジークに編曲しています。

『早くやらないと、誰かがやって大儲けされてしまう!』とあせりながら。

モーツァルトへのサプライズ・プレゼント

この曲の初稿は1781年にウィーンで書かれましたが、そのいきさつをモーツァルトは父レオポルトに次のように書き送っています。

ぼくは宮廷画家ヒッケル夫人のためにこれを作曲しました。それは聖テレジアの日にはじめて演奏されました。それは大変うまくいきました。特に第1クラリネットと2本のホルンは。だけどぼくがこれを書いた本当の目的は、毎日僕のところに来ているシュトラック氏に、ぼくの作品を何か聴かせるためです。だからとても念入りに書いたのです。これはとても好評で、聖テレジアの日だけでも3ヵ所で演奏されました。つまり、彼らはひとつのところで演奏し終わると別の場所に移動する、というふうにしたのです。

ここに出てくるシュトラック氏というのは、宮廷侍従でした。モーツァルトはこの人に取り入ろうとして、気合を入れてこの曲を書いたわけです。

皇帝のお側近くにいる侍従に気に入ってもらって、ぜひハルモニームジーク好きの皇帝に薦めてもらいたい、という思惑でした。

実際、前述のようにヨーゼフ2世が楽団を結成した3ヵ月後、7月にモーツァルトはかなり急いでこの曲にファゴットを追加し、編成を宮廷楽団に合わせたのです。

その急ぎっぷりは自筆譜からもうかがえるということです。

おそらく、シュレック氏の口コミが皇帝にとどいて、御前演奏が実現することになったのでしょう。

またこの曲には心温まるエピソードがあります。

モーツァルトが自分の命名祝日の夜、部屋で上着を脱いだ時、突然中庭で、楽団がこの曲を奏でたのです。

ヨーロッパでは誕生日以上に祝う命名祝日にあたっての、楽団員たちによるサプライズ・プレゼントだったのです。

モーツァルトは『最初の変ホ音の和音がなんともいえず、心地良くぼくを驚かせたのです』とうれしそうに手紙に書いています。

セレナードの中のセレナード

この曲はその思惑もあって、特に入念、丁寧に書かれていて、魅力たっぷりです。

私は以前、アマチュアの管楽団のコンサートを聴きに行ったとき、最後がこの曲でした。オジサンたちが『この曲はセレナードの中のセレナードです!』と紹介し、本当にうれしそうに演奏していたのが印象的でした。

自分の息から生まれるモーツァルトのハーモニーを心から楽しんでいて、それは本当にうらやましくも最高の時間でした。

モーツァルト:セレナード 第11番 変ホ長調 K.375

W.A.Mozart : Serenade in E flat major, K.375

演奏:アンフィオン管楽八重奏団    Amphion Wind Octet 

第1楽章 アレグロ・マエストーソ

モーツァルト自身が癒された、変ホ長調の主和音から始まります。モーツァルト変ホ長調の曲は、このような和音で始まることが多いです。続いてクラリネットから流れるメインテーマには誰もが魅了されることでしょう。このテーマは次々と他の楽器に渡され、さらに出てくる第2テーマは元気な部分と、短調のシリアスな影を絶妙に織り交ぜて進んでいきます。まさに、入念に仕上げられた織物を見ているかのようです。ホルンの響きは遠い山から響いてくるような広がりを感じさせてくれます。たった8人で演奏しているとは思えない充実した曲です。

第2楽章 メヌエット

アダージョを挟んで、2曲のメヌエットがセットされています。最初のメヌエットは快活そのもの。トリオはシリアスな響きで、心に沁みます。談笑しつつ聴いていた人も、この部分ではハッと話を止めて聴き入ったかもしれません。

第3楽章 アダージョ

この曲の核心ともいうべき内容の曲です。おそらくモーツァルト自身も高く評価していて、この曲想を後に『フィガロの結婚』第2幕冒頭の伯爵夫人のあのカヴァティーナに使っています。クラリネットがまさに歌手のように優美に美しく歌い上げ、その抒情の豊かさは無類です。まるできれいな海の底を散歩しているかのような部分もあります。

第4楽章 メヌエット

闊達な1曲目のメヌエットに比べ、繊細で深みを感じさせてくれます。トリオも明るい長調で、癒されます。

第5楽章 フィナーレ:アレグロ

フィナーレにふさわしく、ロンド形式で楽しく書かれています。楽想は、まるで天翔けるかのように伸びやかに進んだかと思うと、一転短調に転じ、さらにそれもつかのま、明るい世界に戻るという、変幻自在ぶりです。まさにモーツァルトならでは、たくさんの魅力的なメロディを惜しげもなくふんだんに使った、贅沢この上ない音楽のご馳走といえます。 

Serenade.11, 12, Etc: Amphion Wind Octet

Serenade.11, 12, Etc: Amphion Wind Octet

 

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死への想念か、切ない恋の情念か。アマデウスの光と影(12)モーツァルト『ロンド イ短調 K.511』

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モーツァルトが考える死とは

モーツァルトピアノ作品をしばらく聴いてきましたが、影ということでは、最後に挙げたい曲があります。

ロンド イ短調 K.511。短い小品ですが、私の愛してやまない曲です。

夏の太陽がまぶしく輝くこれからの季節にはちょっと合わないかもしれない、切なさでいっぱいの曲です。

モーツァルトがこの曲を作曲したのは、ちょうどプラハで『フィガロの結婚』が大当たりをし、次のオペラ『ドン・ジョヴァンニの作曲を頼まれて、意気揚々とウィーンに凱旋した頃です。

しかしちょうど、モーツァルトと確執が続いていた父レオポルトが、故郷ザルツブルクで病床に伏したという知らせが入っていました。

モーツァルトがその頃父に送った手紙には、彼の死生観が述べられていることで有名です。

死は(厳密に考えて)われわれの一生の真の最終目標なのですから、私は数年この方、人間のこの真の最善の友ととても親しくなって、その姿が私にとってもう何の恐ろしいものでもなくなり、むしろ多くの安らぎと慰めを与えるものとなっています!そして、神さまが私に、死がわれわれの真の幸福の鍵だと知る機会を(私の申すことがお分かりになりますね)幸いにも恵んでくださったことを、ありがたいと思っています。私は、(まだこんなに若いのですが)もしかしたら明日はもうこの世にいないのではないかと、考えずに床につくことは一度もありません。それでいて、私を知っている人はだれ一人として、私が人との交際で、不機嫌だったり憂鬱だったりするなどと、言える人はいないでしょう。*1

私も、死ぬにはまだ早い歳ではありますが、明日の朝にはそのまま死んでいたとしても悔いはなく、モーツァルトの言い分にはほぼ同感です。しかし、病気の父に対して、死を恐れるな、自分は怖くない、とは、よく書けたものと思いますが、これは、モーツァルトも父レオポルトも加入していたフリーメイソンの思想も影響しているといわれています。

モーツァルトがこの曲を作ったのはちょうどこの手紙を書いていた頃なので、この曲の哀調を、死への思いに結び付ける人は多いです。

実際、父レオポルトは、この手紙を受け取って2ヵ月後に世を去ります。

しかし、私がこの曲に感じるのは、死の影ではなく、逆に生きる糧である、恋の切なさです。苦しい片思いの心情がぴったりくる気がしてなりません。

もちろん、モーツァルトの意図は分かりませんし、受け取り方は人それぞれですが。

ぜひ、この美しい小品を聴いて、それぞれに感じていただきたいです。

モーツァルト:ロンド イ短調 K.511

W.A.Mozart : Rondo in A minor, K.511

演奏:クリスティアン・ベズイデンホウト(フォルテピアノ

Kristian Bezuidenhout (Fortepiano)

半音階の哀感をたたえた、心に沁みるテーマが切々と奏でられます。リズムもシチリアーノ風で、ゆったりと、たゆたいます。イ短調のロンドをはさんで、ヘ長調、そしてイ長調に転ずるあたり、かなわない恋の、不安とやるせなさ、あきらめと希望が、交錯している気がしてなりません。聴いていて胸が苦しくなります。そして、コーダはメインテーマがうめくように揺らぎ、線香花火の最期の光のように消えていくのです。

やはり、夏の終わりに聴くのがふさわしい曲かも知れません。

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*1:柴田治三郎訳

ケッヘル番号の秘密。アマデウスの光と影(11)モーツァルト『ピアノ・ソナタ 第16番(旧第15番) ハ長調 K.545〝ソナチネ〟』

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ルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(1800-1877)

ややこしい通し番号・・・

前回の第14番 ハ短調 K.457が、モーツァルトのピアノ・ソナタの最高峰であり、内容の濃さ、深さ、ここに極まれり、といった感じですが、それと対照的なソナタが、4年後に創られます。

それがこの第16番(旧15番)ハ長調 K.545です。

長らく15番として親しまれてきましたが、モーツァルト全集では16番とされました。新全集は、新発見の自筆譜や、第2次世界大戦で失われた楽譜を再発見したり、近年の研究成果を反映して、ザルツブルク国際モーツァルテウム財団が戦後新たに編んだモーツァルトの全楽譜集です。

その結果、一部の曲で通番の振りなおしが行われたのですが、結局、長年親しまれた番号も併記せざるを得ず、大変わずらわしくなってしまいました。

ケッヘル番号とは

ケッヘル番号でも同じようなことが生じています、

もともと、ケッヘル番号は、音楽学者のルートヴィヒ・フォン・ケッヘル(1800-1877)が、モーツァルトの作品が散逸してしまうのを防ぐため、全作品の目録を作る、という強い意志のもとで、大変な苦労をして1862年に出版した、『モーツァルト全音楽作品の年代別主題別目録』の通し番号でした。

作曲年代順に振られ、『クラヴィーアのためのメヌエット ト長調』が1番で、未完の絶筆、『レクイエム』が626番です。

そして、ケッヘルのイニシャルをとって〝K626〟〝K.626〟〝KV626〟のように表示されます。

しかし、ケッヘルが作ったのは19世紀ですから、その後、新発見の楽譜が出てきたり、他の人の作品(偽作)と判明したり、また五線紙の紙質やインクなどの科学的分析が発達したりして、修正が重ねられました。

最新のものは第8版なのですが、元の番号は尊重しつつ、特に大きな並べ替えのあった第6版の番号を()内に付記するようになっています。

また、番号の間に曲を追加する場合には、小文字のアルファベットをa、b、cと入れていき、さらに追加する場合には、その後にさらに大文字のアルファベットを加えていきます。

紛失した作品や断片には、K.Anh.56、のように表示し、ケッヘル・アンハング何番、と呼びます。

ちなみに、モーツァルトは生涯を通じて作曲し続けたので、ケッヘル番号を25で割って10を足すと、だいたい作曲した年齢に近くなります。

このK.545は、この計算だと31.8になりますが、32歳の作曲ですから、ほぼほぼ合っていますね。

ソナチネアルバムの定番

さて、曲に戻りますが、このソナタはピアノ初心者が必ず通る『ソナチネアルバム』に収められており、この曲にたどりつくのはピアノ学習の一里塚のようなものでしょう。

モーツァルト自身が作っていた自作品目録にも『初心者のための小さなクラヴィーア・ソナタ』と記されているので、ピアノ学習者のために作ったわけです。

しかし、誰のためにこの魅力的な作品を作ったのかは分かっていません。

ソナチネ〟とは〝ミニ・ソナタ〟のような意味合いで、多くの作曲者が書いていますが、やはりモーツァルトのものが最も有名です。

自作品目録には、この曲と同じ日付で、シンフォニー 第39番 変ホ長調が書かれていますので、あの偉大な3大シンフォニーと同時期に書かれたわけです。

巨人たちの足元に咲いた可憐な一輪の花のようですが、絶頂期の作品だからこそ、退屈な練習曲ではなく、珠玉の名曲として広く親しまれるものに仕上がったと言えます。

一流のクラシック曲を自分で弾けた、ということが、どれだけの初心者に自信とモチベーションを与えてきたことでしょう。

トレーニングと芸術性は相反するものではなく、むしろ両立すべきものだ、という、バッハインヴェンションで示した哲学をしっかり受け継いだ作品です。

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モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第16番(旧第15番) ハ長調 K.545

W.A.Mozart : Piano Sonata no.16(15) in C major, K.545〝Sonata facile〟

演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルフルト)(クラヴィコード:北ドイツにて1780年頃に製作されたものの複製)

Arthur Schoonderwoerd(Clavichord

第1楽章 アレグロ

これは、クラヴィコードによる演奏です。まだこの時代でもピアノは高価ですので、一般家庭で楽しめるのはクラヴィコードでした。家庭で初心者が弾いていたと思われる音を再現した演奏というわけです。簡素な分散和音の上に、この上なく優美で、いたずらっぽい少女の微笑みのような第1テーマが乗っていきます。そして続く音階の輝かしさ。モーツァルトを好まない人は、こういった音階を単純すぎるといいますが、私には子供の純真無垢な笑顔のように思えます。そして16分音符の上に奏でられる第2テーマ。第1テーマと対照的な、クールな大人っぽさを感じます。発表会でこの部分を見事に弾いた我が子に、親はその成長ぶりに涙を禁じ得ないでしょう。

第2楽章 アンダンテ

第1楽章と同じ分散和音(アルベルティ・バス)の上に、美しいメロディが変奏的に流れていきます。この変幻するテーマをいかに表情豊かに弾くかが、腕の見せ所というわけです。モーツァルトの他のソナタをたくさん聴くと、ここでどんな風に弾いたらよいかが分かると思います。

第3楽章 アレグレット

跳ねるようなロンドです。ここでもモーツァルト定番の、右手と左手の呼び交わしが出てきます。短いけれど、粋で充実したフィナーレです。拍手! 

 

この曲も、グレン・グールドの演奏も掲げておきます。この曲の真骨頂は、初心者向けであっても、大家が弾いても感動的なところなのです。

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第16番(旧第15番) ハ長調 K.545

W.A.Mozart : Piano Sonata no.16(15) in C major, K.545〝Sonata facile〟

演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould

第1楽章 アレグロ

第2楽章 アンダンテ

第3楽章 アレグレット

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ピアノによる哀しくも美しいドラマ。アマデウスの光と影(10)モーツァルト『ファンタジー ハ短調 & ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調』

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ウィーン・ブルク庭園のモーツァルト

モーツァルトの記念碑的ピアノ・ソナタ

モーツァルトには珍しい、短調の暗い曲と、バランスをとるかのような明るい曲を聴いていますが、ピアノ・ソナタ短調曲は、シンフォニーと同様、2曲だけです。

1曲は先に取り上げた第8番 イ短調 K.310ですが、もう1曲がこの第14番 ハ短調 K.457です。

前曲は1778年、マンハイム・パリ求職旅行の最中、22歳の時にパリで作曲され、その悲劇的な曲調はパリにおける同行の母の死に結び付けられてきました。

第14番 ハ短調 K.457は、後年の1784年28歳の時にウィーンで作曲されました。

こちらも悲劇的な性格をもっていますが、円熟期といっていい時代の作品であり、さらに深遠な内容で、これまでのソナタには見られない構想と表現を持ち、モーツァルトのピアノ・ソナタの中でも最高傑作といわれています。

この曲を超える内容のソナタは、後年のモーツァルトにも見当たりません。

モーツァルトの宿命的な調性はト短調といわれていますが、残念ながらピアノ・ソナタにはト短調の曲は書かれていません。モーツァルトト短調は疾走する悲しみと言われて、軽快な調子の中に秘められた哀愁の魅力がたまらなく、そのソナタがないのは残念でなりません。

しかし、ハ短調ベートーヴェンに宿命的な〝運命〟の調であり、ストレートな悲劇性と深みを感じますが、モーツァルトハ短調も素晴らしく、私が愛してやまないピアノ・コンチェルト 第24番 K.491ハ短調です。このソナタも、ハ短調コンチェルトに通ずる運命的な曲調をもっています。

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ベートーヴェンのお手本

ベートーヴェンはこのコンチェルトに惚れ込み、自分でもモーツァルトのテーマを使ってピアノ・コンチェルト 第3番 ハ短調を試作していますが、このソナタにも当然のように喰いつき、研究し、その工夫を自作に取り入れています。まさにベートーヴェンは、モーツァルトがたまーに示すダークサイドに、これこそ自分が進む道、と言わんばかりに飛び込んでいくのです。

このソナタは、モーツァルトザルツブルク大司教のもとを飛び出し、ウィーンでフリーの音楽家として活動を初めて3年目、弟子のテレーゼ・トラットナー夫人のために書かれました。

夫人は、モーツァルトの楽譜の写譜を請け負っており、一時期モーツァルトの家主でもあったフォン・トラットナー氏の妻でした。

これだけの曲を捧げられただけあって、相当な名手であったと言われています。

ファンタジー(幻想曲)とは

さて、このソナタが演奏される際には、その前に、ファンタジー ハ短調 K.475

が奏されるのが通例です。

ファンタジー(ファンタジア)」は「幻想曲」と訳されますが、特定の形式にとらわれない自由な攻勢をもった曲です。

もともとは、本番の曲の前に、指ならしや音合わせとして演奏者が即興で演奏したものが由来とされています。

バッハの曲で、フーガの前によく置かれている「トッカータ」や「プレリュード」も同じ性格といえます。

実はこのファンタジーは、ソナタより後に書かれたのですが、1785年にはセットで出版されているので、モーツァルトの意図も一体であったことは間違いないです。

実際、ファンタジーの冒頭はソナタのテーマに呼応しており、素晴らしく有機的に結合されています。

しかし、4年後にモーツァルトライプツィヒのゲヴァントハウスで、このファンタジーだけを演奏した記録が残っているので、単なる前座ではなく、独立した芸術性をもった曲としても捉えていたようです。

ショパンの有名な『幻想即興曲』もこの延長上にあるといえます。

ともあれ、このファンタジーからソナタを続けてじっくり聴くと、ひとつの完結したドラマを観るかのような充実感にひたることができるのです。 

モーツァルト: ファンタジー ハ短調 K.475

W.A.Mozart : Fantasia in C minor, K.475

演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルフルト)(フォルテピアノモーツァルトがウィーンで愛用していた、アントン・ヴァルターが1790年に製作したものの複製。革張りハンマー。)

Arthur Schoonderwoerd(Fortepiano)

全体は5つの部分に分かれています。冒頭は、ゆっくりとした重々しいユニゾンで始まります、いったい、どんなドラマが始まるのか、ガヤガヤしていた聴衆も引き込まれてしまったことでしょう。3回繰り返されるうちに、1音ずつ下がるという不安感を増すかのような転調が行われます。やがて、ニ長調のやわらかく優しい旋律が、これまでの重苦しさから救ってくれます。癒しで胸がいっぱいになる部分です。

しかし、この平安もつかのま、嵐のようなアレグロになります。まるでショパンのように情熱的で現代的ですが、ショパンの方が学んだことでしょう。ここでも転調がドラマティックです。

やがて、また嵐の間の平穏が訪れますが、宮廷舞踊のように気品にあふれています。

それもつかのま、再び風雨が吹きすさびますが、今度は悲劇というより、しびれるようなカッコよさを感じます。

そして、冒頭のテーマが戻ってきて、ハ短調の重苦しさの中で、幻想の世界から現実に引き戻されるかのように終わるのです。

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457

W.A.Mozart : Piano Sonata no.14 in C minor, K.457

演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルフルト)(フォルテピアノ

第1楽章 モルト・アレグロ

ファンタジーの冒頭テーマが、ここでは軽快なテンポで奏されます。どこか、ピアノ・クァルテットト短調を思わせるような決然としたテーマです。第2テーマは、モーツァルトお得意の、右手と左手の呼応です。悲劇的な短調ではありますが、先のファンタジーを聴いた耳では、どこか明るさを感じるのが不思議です。切迫感と情熱が入り混じった、素晴らしい楽章です。ベートーヴェンはこの曲を真似て、同じハ短調ソナタ(第5番 作品10の1)を作曲しているのです。

第2楽章 アダージョ

前後の嵐の楽章に挟まれた、天国的なアダージョです。高音で優しく愛撫されているかのようにうっとりとしていると、突然の低音でいなされたりします。中間部も、ベートーヴェンは、ピアノ・ソナタ〝悲愴〟の有名な第2楽章で〝まるパクリ〟しているのです。こちらを初めて聴いた人は『悲愴を真似している』と思うでしょうが、逆なのです。

第3楽章 アレグロ・アッサイ

一転、モーツァルトとは思えないような、厳しい音楽になります。第1テーマには、何かを訴えているかのような切迫感があります。さらに曲が進み、後半になると、休止符で途切れ途切れになり、まるで何かにいらだっているかのようです。モーツァルトがこんなに感情を露わにしたかのような音楽を書くのは極めて異例と言えます。モーツァルトから曲を捧げられるなんて、最高の名誉ですが、それがこんな異色の曲だったトラットナー夫人は、いったいどんな感想を持ったのでしょうか。

 

この曲も、グレン・グールドの演奏も掲げておきます。彼の機械的なタッチと、自由な歌が絶妙にからみあった名演です。

モーツァルト: ファンタジー ハ短調 K.475、ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K.457

W.A.Mozart : Fantasia in C minor, K.475 & Piano Sonata Sonata no.14 in C minor, K.457

演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould

ファンタジー

第1楽章 モルト・アレグロ

第2楽章 アダージョ

第3楽章 アレグロ・アッサイ

また、グールドの演奏で、ベートーヴェンモーツァルトのこのソナタをお手本に創ったソナタも掲げておきます。

1795年から98年にかけて作曲され、3曲セットでブラウン伯爵夫人アンナ・マルガレーテに献呈されたうちの1曲です。20代後半の若きベートーヴェンの情熱にあふれたソナタです。

ぜひ比較してお楽しみください!

ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ 第5番 ハ短調 作品10の1

L.V. Beethoven : Piano Sonata no.5 in C minor, op.10, no.1

演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould

第1楽章 アレグロ・モルト・エ・コン・ブリオ

上行する冒頭の激しい音型が、モーツァルトソナタからとられています。続く激しさも、ベートーヴェンならでは、というところもありますが、モーツァルトソナタのあとに聴くと、その影響の大きさを感じます。

第2楽章 アダージョモルト

モーツァルトの第2楽章同様、深い詩情をたたえた美しい楽章です。

第3楽章 プレスティッシモ

これはベートーヴェンならではの新しい構想、独創性に満ちた楽章です。あえて短く、盛り上がるように構想されています。サクッと終わるあっけなさが逆に印象的です。

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下ネタ好きの天才。アマデウスの光と影(9)モーツァルト『ピアノ・ソナタ 第9番 ニ長調 K.311』

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ベーズレ(マリア・アンナ・テークラ・モーツァルト)(1758-1841)

モーツァルトのスカトロジー

マンハイム・パリ旅行の途中で作られた3曲のピアノ・ソナタの最後の曲は、第9番 ニ長調 K.311と3曲セットで出版されています。

とても楽しく、充実した素敵な曲なのですが、作曲の経緯はほとんど伝わっていません。

唯一の手掛かりは、マンハイム滞在時に、アウクスブルクにいた、従妹(いとこ)のアンナ・テークラ・モーツァルト宛ての手紙に言及のあるソナタが、この曲ではないか、ということです。

このいとこは、愛称はベーズレといって、モーツァルトの有名な〝ベーズレ書簡〟の相手です。

何が有名かというと、モーツァルトの曲の優美で上品なイメージとは真逆の、下品で幼稚なスカトロジー、すなわち下ネタに満ちているからです。

引用するのもはばかられるくらいです。

もうおやすみを言いたい。メリメリっと音を立てるほど、花壇にうんこをしなさい。ぐっすりおやすみなさい。お尻を口まで伸ばして。ぼくはもうベッドへ行って、少し眠ります。あすはまともなことを話し・放し・ましょう。ぼくはあなたに話したいことが山ほどある。とてもそうは思われないでしょう。でもあすはきっとお聞かせします。それまで、さようなら。あっ、お尻が痛い、燃えてるようだ!どうしたというのだろう!もしかしたら、うんこが出そうなのかな?——そうだ、そうだ、うんこよ!お前だな、見えるぞ、においがするぞ——そして――何だ、これは?——そうだったのか!——やれやれ——ぼくの耳め、ぼくをだましちゃいないね?——いや、たしかにそうだ。なんという長い、悲し気な音だろう!*1

モーツァルト21歳、ベーズレは2歳年下でした。

ベーズレ書簡は数多く残されており、いずれも鼻をつまみたくなるような内容に満ちています。

モーツァルトのイメージダウンになるということで、19世紀の研究家が焼き捨てようとしたという逸話も残っていますが、これが人間モーツァルトの真実なのです。

これは、神童のまま、つまり幼児の精神性のまま大人になってしまったからだとか、いや、この時代は道徳観念が薄かったから別に普通だったとか、色々言われていますが、受け取るベーズレの方も別に嫌がった形跡はないので、ふたりの関係がどの程度の深さだったかも諸説ありますが、時々芸能人の秘めたメールやLINEが暴露されるようなものでしょう。

とはいえ、モーツァルトはさらに後にも、『おれの尻をなめろ』などという歌を作って仲間うちで興じていましたから、仲良しグループにたいがい一人くらいいる〝下ネタ担当〟だったと思われます。

映画『アマデウスでも、モーツァルト皇帝ヨーゼフ2世の前で〝大理石のうんこでもしそうな奴ら〟などと失言して廷臣たちを凍らせる場面があり、ライバルのサリエリは〝神はなんでこんな下品な男にあんな崇高な曲を書ける才能を与えたのだ〟と殺意を抱きます。

さて、ベーズレ書簡は、下ネタとダジャレに満ちていて、読むのも大変ですが、このピアノ・ソナタは、そんなダジャレにまみれて、(とある人に)約束したソナタだけど、まだ送れていない、と触れられています。

曲はどこまでも上機嫌で、そんな手紙を書いたときの気分が伝わってくる気がします。

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第9番 ニ長調 K.311 (284c)

W.A.Mozart : Piano Sonata no.9 in D major, K.311 (284c)

演奏:アーサー・スクーンダーエルド(アルテュール・スホーンデルフルト)(フォルテピアノ:ヨハン・アンドレアス・シュタインが1780年に製作したものの複製。白木のハンマー。)

Arthur Schoonderwoerd(Fortepiano)

第1楽章 アレグロ・コン・スピーリト 

軽いタッチで、玉を転がすような素敵な曲です。現代の大きなグランドピアノより、当時のフォルテピアノで弾く方がふさわしいといえるでしょう。もっとも、グレン・グールドは見事に軽やかに弾いてみせていますが。独り芝居の掛け合いのような部分が、まるで〝ノリ・ツッコミ〟のように楽しませてくれます。

第2楽章 アンダンテ・コン・エスプレッショーネ

第7番についてローザ嬢に〝表情豊かに〟弾くことを求めていたのと同様、まさしく、モナリザの微笑みのような曲です。強弱の細かい指示通りに弾くのは大変でしょうが、モーツァルトの新しい境地を示しています。

第3楽章 ロンド:アレグロ

装飾音にきらびやかに彩られた、実に凝ったロンドです。軽い響きで始まりますが、時折シリアスな影も見せつつ、次から次へと新しい曲想が出てくる充実ぶりです。まじめな部分とふざけた部分が唐突なまでに意表を突く、モーツァルトの書簡そのままの音楽です。最後には、まるでコンチェルトのようにカデンツァを思わせる部分さえあるのです。音楽的な成長と、猥雑な笑いにつつまれた日常とが交錯した、青春まっさかりのモーツァルトの若さがたっぷりと味わえる曲です。

この曲も、グレン・グールドの演奏も掲げておきます。

モーツァルト:ピアノ・ソナタ 第9番 ニ長調 K.311 (284c)

W.A.Mozart : Piano Sonata no.9 in D major, K.311 (284c)

演奏:グレン・グールド(ピアノ) Glenn Gould

第1楽章 アレグロ・コン・スピーリト 

第2楽章 アンダンテ・コン・エスプレッショーネ

第3楽章 ロンド:アレグロ

 

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*1:柴田治三郎編訳