孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

迷宮ラビリンス、怪物ミノタウロス、アリアドネの糸…英雄テセウスとその息子の物語。ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』②(プロローグ)~ベルばら音楽(23)

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ルーベンス『ヒッポリュトスの死』

人間くさい、ギリシャの神々たち

ジャン=フィリップ・ラモー(1682-1764)のオペラ、『イポリートとアリシー』

今回は序幕の『プロローグ』です。

リュリ以来のフランス・オペラでは、本編の物語の前に、プロローグが置かれるのが慣例でした。

後にラモーはそれにこだわらなくなりますが、ここでは伝統に従っています。

このオペラの題材はギリシャ神話から採られていますが、ギリシャ神話には人間くさい神様がたくさん出て来て、様々ないさかいを起こし、それが人間たちの人生を大きく左右します。

プロローグでは、そんな神々の〝前段〟のやりとりが紹介されるのです。

エウリピデスセネカ、そしてラシーヌ

では、このオペラの題材になっている神話からご紹介します。

それは『ヒッポリュトス』の物語です。

ギリシャ語のヒッポリュトスが、フランス語でイポリートです。

この神話は、長い歴史の中で、数々の大物作家が戯曲化しています。

まずは、古代ギリシャアテネ三大悲劇詩人アイスキュロスソフォクレスエウリピデス)のひとり、エウリピデスが『花冠を捧げるヒッポリュトス』という悲劇を作り、紀元前428年の大ディオニュシア祭で上演し、優勝しています。

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エウリピデス(紀元前480頃~406頃)

続いて古代ローマ時代。

暴君ネロの師として名高いセネカが、ローマ悲劇『パエドラ』を著しました。

さらに時代は下り、太陽王ルイ14世治下のフランス古典主義三大劇作家(ラシーヌコルネイユモリエールのひとり、ジャン・バティスト・ラシーヌ(1639-1699)が悲劇『フェードル』を上演しました。

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ラシーヌ(1639-1699)

これはラシーヌの悲劇の中でも〝最後の傑作〟といわれており、台本作家、ペルグランがこの戯曲をオペラ化したのが、この『イポリートとアリシー』にほかなりません。

つまり、ラモーが、長年オペラを作曲したいという夢を抱きつづけたものの、まだ準備不足、実力不足としてなかなか手をつけず、齢50歳にして満を持して、渾身の力で世に問うた処女作にふさわしい題材なのです。

このオペラは音楽と物語、詩の最高のコラボレーションといえます。

ヒッポリュトスの生い立ち

このように、古代から近世まで様々に劇化されてきた神話ですが、その時代の事情、好みに合わせて物語の展開は変更されています。

その筋の違いを追ってみるのもなかなか興味深いのです。

まずは神話からたどってみましょう。

ギリシャ神話はヨーロッパ文化の源泉であり、ヨーロッパの芸術を味わうためには、その知識があるとないとでは、その感動が違います。

オペラは、その神話を音楽つきで楽しめるというわけです。

ヒッポリュトスは、アテネの王テセウスと、女戦士の国アマゾンの女王ヒッポリュテの妹、アンティオペとの間の子とされています。

テセウスは、ギリシャ神話の英雄のひとりで、アテネの王アイゲウスと、トロイゼンの王女アイトラとの間の子ですが、実は海神ポセイドンの子、ともされています。

テセウスミノタウロス退治

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ミノタウロスを退治するテセウス

テセウスには数々の冒険譚がありますが、最も有名なものはミノタウロス退治』です。

テセウスは幼い頃は母の実家で育てられましたが、成人してアテネを訪ね、父アイゲウスに息子と認知されて、後継ぎとされました。

その頃アテネクレタ島のミノス王との戦いに敗れ、賠償として、怪物ミノタウロスへの生け贄として、9年ごとに少年少女7人ずつを捧げることを約束させられていました。

テセウスは、怪物退治を自らかって出て、心配する父の反対を押し切り、生け贄のひとりとしてクレタ島に渡ります。

ミノタウロスは、半人半牛の怪物で、ミノス王がポセイドンへの誓いを破った罰を受け、狂わされた王女が牛と交わって生んだ子供でした。

ミノス王はこの怪物を、名工ダイダロスに造らせた迷宮(ラビリンス)に閉じ込めたのです。

生け贄はこのラビリンスに入れられ、迷ううちにミノタウロスに出くわして食われることになります。

もしミノタウルスをやっつけても、迷宮から外に出ることはできません。

人々を救うため、率先して迷宮に入ろうとする勇敢なテセウスに好意をもったミノスの王女アリアドネは、テセウスに密かに糸玉を渡します。

テセウスはこの糸玉を入口にくくりつけて、迷宮に入っていきます。

そしてミノタウロスに遭遇すると見事にこれを倒し、糸をたどって見事に生還を果たします。

この迷宮は伝説とされていましたが、近代になってクノッソス宮殿が発掘され、1200もの部屋が見つかり、あながち架空でもなさそうだ、ということになっています。

テセウスアリアドネを伴ってクレタ島を脱出、アテネに戻りますが、その途中で2つのチョンボをしでかします。

まず、立ち寄ったナクソスで、アリアドネ酒神ディオニュソスバッカスに惚れられてしまいます。

テセウスは神の意向に逆らえず、アリアドネを島に置き去りにします。

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カウフマン『テセウスに捨てられたアリアドネ』(1774)

そして、アテネに近づきますが、出発前、心配する父王アイゲウスに、帰る舟に自分が無事乗っていれば白い帆、失敗して死んでいたら黒い帆を掲げる、と約束していました。

テセウスの無事を祈り、一日千秋の思いで毎日水平線を見つめていたアイゲウス王。

しかし、テセウスはうっかり帆を白に変えるのを忘れていました。

アイゲウス王は、黒い帆を見て、すっかり絶望し、断崖から海に身を投げてしまいます。

アイゲウスが飛び込んだ海は、後に王の名にちなんで〝エーゲ海〟と呼ばれました。

ヘラクレスとアマゾネス

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テセウス

テセウスは、自分のせいで亡くなった父にそ代わってアテネの王に即位し、善政を敷きます。

しかし、冒険魂は収まらず、さらに数々の冒険を行います。

そのひとつが、アマゾンの女王ヒッポリュテの妹、アンティオペとの結婚です。

アマゾンは黒海沿岸にいたとされる部族で、女性のみの荒々しい狩猟民族で、子を産むときだけ他部族の男と交わり、男が生まれれば殺すか父のもとに返し、女だけを戦士として育てたということです。

弓を射るのに邪魔だというので右の乳房を切り落とすなど、その勇猛さは〝アマゾネス〟として恐れられました。

英雄ヘラクレスは、神に与えられた12の課題(十二功業)のひとつとして、アマゾンの女王ヒッポリュテの持つ帯を取りに行くことになります。

テセウスヘラクレスを助けて一緒にアマゾンの国に攻め込み、アンティオペを略奪、結婚して子を産ませます。

この子がヒッポリュトスです。

母のアンティオペは、怒ったアマゾンがアテネに反撃して攻めてきたときに、矢に当たって死んでしまいます。

テセウスの冥界下り

また別の冒険として〝冥界下り〟があります。

盟友ペイリトオスと、お互い新しい妻を探そう、と意気投合したテセウスは、せっかくなら大物を、ということで、世界一の美女と名高いスパルタの王女ヘレネと、冥界の女王ペルセポネを略奪しよう、ということになります。

くじを引いた結果、テセウスヘレネ、ペイリトオスはペルセポネをターゲットにすることになりました。

まずはテセウスヘレネを略奪しますが、ヘレネの兄弟に奪い返され、またアテネ市民の理解を得られない、ということで諦めます。

ヘレネは後にトロイア戦争の原因になります。

次にふたりは、ペルセポネを狙って冥界に下りていきます。

ペルセポネは、恐れ多くも冥界の王ハデス(プルート)のお妃。

大神ゼウス(ジュピター)と、農耕の女神デメテルとの娘で、もともとはハデスに無理矢理冥界に拉致され、妃にされました。

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ハデスによるペルセポネの略奪

愛娘を奪われて怒ったデメテルは、自分の仕事、農耕の保護をボイコットし、作物が不作となって人間たちが困りました。

ゼウスのとりなしで、1年の4分の3は母の元に返すことになり、その間、春・夏・秋は作物が実るようになりました。

しかし、ペルセポネが冥界に戻る冬は、デメテルは悲しみに沈み、作物は枯れてしまうのです。

そんなペルセポネを、英雄とはいえ人間ごときが狙うのは不遜の極み。

当然、ふたりはハデスの怒りを買い、地獄の椅子に縛り付けられ、何年も冥界から出してもらえなくなりました。

何年か経ったのち、十二功業の最後として、地獄の番犬ケルベロスを連れてくる課題に取り組んでいたヘラクレスが通りかかり、テセウスは何とか助けてもらえましたが、ペイリトオスは無理で、そのまま冥界に留まることを余儀なくされました。

アテネに戻ったテセウスですが、冒険で国を留守ばかりにした王は人望を失っており、晩年には国を追われ、身を寄せた他国の王に国を奪られるのではないかと疑われ、崖から突き落とされて死にます。

どうもテセウスは、英雄たちの中では、人としてどうなの?と思うことが多いですが、それだけ、人間の弱さを背負っているということかもしれません。

ヒッポリュトス伝説

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ヴェルサイユ宮殿のアルテミス像

さて、話は息子のヒッポリュトスに戻ります。

彼は、英雄とアマゾンの女王の子ですから、大変なイケメン青年に育ちます。

しかし、自分が生まれるに至ったドロドロした事情を知ってか、恋愛をおぞましいものとして嫌い、年頃になっても女性を近づけませんでした。

そして、月と狩の女神アルテミス(ダイアナ)を慕い、この処女神に、一生純潔でいることを誓います。

アルテミスはこの青年の志を誉め、可愛がります。

しかし、恋愛を汚らわしいものと決めつけたことに、美と性愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)は怒ります。

テセウスは、クレタ島と和解し、ナクソス島に置き去りにしたアリアドネの妹、パイドラと再婚し、王妃に迎えていました。

アフロディーテは、王妃パイドラに、義理の息子にあたるヒッポリュトスを恋するよう魔法をかけます。

パイドラはヒッポリュトスへの想いが募り、夫テセウスの留守中に、ついに勇気を出して告白します。

ヒッポリュトスから見れば義母ですから、ただでさえ恋愛嫌いなのに、人の道に外れた近親相姦のおぞましさに、取り付く島もなく拒絶します。

パイドラは絶望と屈辱のあまり、首を吊って自殺しますが、自分の真剣な愛を蔑まれたことを恨み、ヒッポリュトスに仕返しするため、夫テセウスに対し『留守中にヒッポリュトスに犯されたので、自ら命を絶ちます』という遺書を残します。

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悶々とする王妃パイドラ

戻ってきたテセウスは驚き、ヒッポリュトスを責めます。

ヒッポリュトスは真実を父に伝えるに忍びず、言い訳をせずに国を去ります。

テセウスは、さすがに息子を自ら殺すことはできませんでしたが、憤懣やるかたなく、父の海神ポセイドンに、息子に罰を下すよう祈ります。

ポセイドンは、ヒッポリュトスが海辺を馬車で旅しているときに、いきなり怪物を海から出現させます。

驚いた馬は暴走し、馬車から振り落とされたヒッポリュトスは、そのまま引きずられ、ズタボロになって悲惨な最期を遂げるのです。

女神アルテミスはこれを憐れみ、名医アスクレピオスに頼み、ヒッポリュトスを生き返らせ、自分の保護下に置きました。

これがヒッポリュトスの物語ですが、一生童貞を誓っただけで悲惨な罰を受けるとは、ひどい話です。

しかし、ドロドロの男女関係であふれているギリシャ神話には珍しい、清廉なキャラクターですから、古来芸術作品や文学作品に数多く取り上げられてきたのです。

作品によって異なる結末

エウリピデスの作品では、最後の場面でアルテミスがテセウスの前に現れ、ヒッポリュトスは無実であり、全てはアフロディーテの企みであることを告げます。

息子の冤罪を知って後悔するテセウスの前に、瀕死のヒッポリュトスが馬車で引きずられてきて、テセウスの腕の中で息を引き取るのです。

テセウスとヒッポリュトスの父子関係にスポットを当てた展開です。

これに対してラシーヌの『フェードル』では、パイドラ(フランス語でフェードル)の恋敵としてアリシーが登場します。

アリシーは、父王テセウスの敵で、滅ぼされたパラス族の生き残りの王女、という設定です。

ヒッポリュトスは女嫌いというわけではなく、アリシーと恋仲であり、義母パイドラはそれに横恋慕する展開となります。

ラシーヌによるキャラ変更は、当時のフランスの文化文芸を担っていたのは貴婦人のサロンだったので、主人公に女性蔑視をさせるわけにはいかなかったから、とも言われています。

純愛 VS 道ならぬ邪恋、という構図に差し替えられているのです。

そして、高貴な存在であるべき王妃であるパイドラに、讒言という醜い行為をさせるというのも、王家の前での上演でははばかられるため、王妃をそそのかす乳母エノーヌ、という新しい役も登場します。

オペラならではのスペクタクル

ラシーヌを原作としたこのオペラでも、その設定が引き継がれています。

オペラ化によって変わったのは、古典主義演劇で護られていた〝三一致の法則〟つまり「時の単一=1日の出来事で終始する」「場の単一=同じ場所で終始する」「筋の単一=エピソードはひとつの出来事で終始する」、に束縛されず、場面の転換が行われます。

また、観客を驚かす芝居ががった舞台上の仕掛けも、古典演劇では禁じ手とされていますが、オペラでは逆に目玉となっています。

その代表がデウス・エクス・マーキナ』、すなわち機械仕掛けの神〟で、舞台の上から吊り下げられた神が降臨してくる仕掛けで、このオペラでも多用されています。

そのときの音楽も、ウィンチや滑車の音を隠すために大音量で演奏されたのです。

それでは、聴いていきましょう。(取り上げる曲は抜粋です)

オペラ『イポリートとアリシー』登場人物

登場人物は、オペラで使われるフランス語読みではなく、一般的なギリシャ読みで書きます。ギリシャ神話の神々はローマ神話にも移行されていて、ラテン語読みや、英語読みもあります。〔 〕内はフランス語読みです。

アルテミス〔ディアーヌ〕(月と狩、純潔の女神):ソプラノ

愛の神アモール〔アムール〕(キューピッド):ソプラノ

ゼウス〔ジュピテル〕(全能の最高神):バス

アルテミスのお付きのニンフたち

エリマントの森の住人たち

アモールの従者たち

アリシー(パラス一族の王女、テセウスの捕虜):ソプラノ

ヒッポリュトス〔イッポリート〕テセウスとアンティオペの息子):オート・コントル

パイドラ〔フェードル〕テセウスの二度目の妃):ソプラノ

テセウス〔テゼー〕(ポセイドンの息子):バス

エノーヌ(パイドラの乳母):メゾ・ソプラノ

アルテミス神殿の祭司長:ソプラノ

アルカステセウスの寵臣):テノール

ハデス〔プリュトン〕(冥界の王):バス

エリニュス〔ティジフォーヌ〕(復讐の女神):テノール

運命の三女神〔パルク〕:オート・コントル、テノール、バス

ヘルメス〔メルキュール〕(旅、商売などの神で、神の伝令使):テノール

ポセイドン〔ネプチューヌ〕(海の神):バス

水夫たち

狩人たち

羊飼いたち

ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』「プロローグ」

Jean-Philippe Rameau:Hippolyte et Aricie

演奏:ウィリアム・クリスティ指揮 レザール・フロリサン William Christie & Les Arts Florissants

プロローグ:エリマントの森

第1場 ニンフの合唱

序曲が終わり、幕が開くと、序幕であるプロローグが始まります。

そこは、女神アルテミスが治めるエリマントの森。

アルテミスのお付きのニンフたちが、主人である女神を讃えて歌います。

輝かしくも喜ばしい合唱です。

ニンフたち

走っておいで、森の住人たち

あなたがたの女王様にごあいさつを

やさしい女王様に統治されるのは

なって幸せなことでしょう

第1場 森の住人たちのアントレ 

〝アントレ〟は、料理でいえばオードブル、前菜、ということで、導入のバレエです。

処女神アルテミスの森には女性しか住めないはずですが、ここでは森の住人として男子たちがいる設定になっています。

神話では、アルテミスに仕えるニンフのひとりカリストが、大神ゼウスに見染められ、アルテミスに変身して近づいたゼウスによって妊娠させられたため、処女の誓いを破ったということでアルテミスの怒りを買って熊に変えられ、後に狩人になった息子によって殺されそうになったのを、ゼウスに憐れまれて親子の熊として天に上げられ、おおぐま座こぐま座になった、という話があります。

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アルテミスに化けてカリストに近づくゼウス

また、狩人アクタイオンは、狩りの最中に森の中でアルテミスの沐浴に出くわしてしまい、女神の裸を見たということで鹿に変えられ、自分の飼っている猟犬に食い殺される、という目に遭います。

どちらも被害者には災難としか言いようのない気の毒な話ですが、アルテミスは、とにかくお堅くて怖い処女神なのです。

 

この映像はエマニュエル・ダストレ指揮ル・コンセール・ダストレによる2012年パリ・オペラ座公演のこの場面です。

古楽器を使い、当時の装置や衣装、バレエを可能な限り再現した、贅沢な舞台です。


Rameau - Hippolyte et Aricie: Accourez, habitants des bois

第1場 アルテミスのエールと合唱

アルテミス

私は、この豊かな海辺を、平和の女神に統治させます

女神はあなたたちの上に永久の楽しみをまき散らすでしょう

ああ、あなたたちがいつも私に忠実であるかぎり、ここには平和が続くでしょう

あなたたちがいるところは、狂暴な怪物にゼウスの息子が打ち勝ったところ

だが、もっと高慢な怪物が、今度は彼を征服した

あなたたちは、愛の神に打ち勝てば

この最大の英雄の手柄をも消し去ることができるのです

(楽の音がする)

この心地よい楽の音は?

合唱

なんとうっとりとする楽の音!

アルテミス

あそこに見えるのは?

愛の神ではないか!

行きましょう、私についてきなさい

愛の神を避けてこそ、身を守ることができるのです

合唱

できるだけあなたについて行こうとしているのです

でも、心動かされずにはいられません

こんなに魅力的な神様を目にしては

アルテミス

ああ!なんと逃げ足の遅いこと!

合唱

ああ!心動かされずにはいられません

こんなに魅力的な神様を目にしては

エールは、イタリアオペラのアリアに当たります。

アルテミスは、ニンフと森の住人たちに、愛欲を避け、私に従って清い生活を送れば、英雄の手柄さえしのぐ、と、ありがたい託宣を下します。

でもそこに、フルートとヴァイオリンが魅惑的な音色を奏で、愛の神アモール、すなわちキューピッドがひょっこり顔を出します。

神話ではヴィーナスでしたが、オペラではアモール(エロス)になっています。

愛の神は全ての神が生まれる前、原始から存在したとされ、神々でさえ、その恋のいたずらに翻弄されています。

アルテミスにとっては敵なので、避けようとしますが、手下たちは愛の神の魅力にすでに惹かれてしまっています。

愛の神はアルテミスに対し、この世界を支配するのは私ですよ、と喧嘩をふっかけます。

アルテミスは、私の森だけはそれは許さない、と言い争いになりますが、埒があきません。

この森の支配権は大神ゼウスから認められたのだから、ゼウス様よ、お護りください、とアルテミスが叫ぶと、遠くから雷鳴が聞こえます。

ゼウスはアルテミスの父でもあります。

そして、全宇宙の支配者ゼウスが天から降臨します。

第3場 ゼウスの降臨

ゼウス

アルテミスよ、神々を束にしたよりも強い神から

わしはお前の権利を守る覚悟だった

ところが、誰をも震えおののかす運命の神が

たった今運命の定めを我らに命じたのだ

彼は人々の恋情に逆らう陰謀を企てることを望んでおらぬ

そしてお前が支配する森の奥に至るまで

愛の神が矢を放ち征服することを求めているのだ

アルテミス

なんという恥辱!

愛の神

なんという勝利!

ゼウス

愛の神よ、お前が栄光を享受するために

運命の神は毎年一日だけ、お前に同意する

だが、その一日とは、結婚の神が明るく照らし出す日だ

我が娘よ、彼の定めを妨げてはならぬ

結婚の神のために愛の神を赦してやるのだ

(ゼウス、天に戻っていく)

機械仕掛けの神「デウス・エクス・マキナ」によって、仰々しく、大神ゼウスが天から降下します。

音楽は、王が来場するときの奏楽と同じ、高貴さを示す付点リズムの堂々たるものです。 

ゼウスは、アルテミスに、お前の望みをかなえようと思ったが、わしより力のある神がそれを許さなかった、と言い訳します。

全知全能の最高神、ゼウスより上位の神とは?

それは〝運命の神〟だというのです。

確かにギリシャ神話の中では、神であっても望みはかなうとはかぎらず、運命に翻弄されています。

また、そもそもが、好色きわまりないプレイボーイのゼウスに、愛の神をやっつけてくれと頼む方が無理筋です。

男女が全員、アルテミスの教えに従って一生恋をせず、純潔を貫いたなら人類は滅びてしまいますから、運命の神がそれを許さないのもうなずけます。

しかし、恋が全て、ということでは男女関係は乱脈になりかねないので、「結婚」という形でのみ認める、という、アルテミスの顔も一応立てた裁定となっています。

ゼウスが天に戻っていくと、アルテミスはしぶしぶ、運命の神には従わなければならないので、あなたたちを自由にする、しかし、死に直面しているヒッポリュトスとアリシーだけは救ってやらなければならない、と告げて、飛び去ります。

第5場 愛の神とその従者のためのロンド形式のエール

愛の神の従者

悦楽の神々、優しい征服者

すべての者が降伏する征服者よ

人々の心を支配したまえ

悦楽の神々、優しい征服者

あなたがたの魅力を集め

すべての心を魅了したまえ

私にあなたがたの魅力を貸したまえ

君臨したまえ、私のあとについて飛びつづけたまえ

今度は悦楽の神と遊びの神が

私の帝国を飾る番だ

そこではため息をつくや否や、幸せになれる

アルテミスの去った森は、愛の神の独壇場となります。

愛の神の従者たちが現れ、愛を讃えるロンドを踊り、ニンフと森の住人たちを魅了します。

第5場 第1ガヴォット&第2ガヴォット

(第1ガヴォット)

愛の神

愛の神に降伏したまえ

愛の神にお前たちのすべての時をゆだねるのだ

合唱

愛の神に降伏しよう

愛の神に私たちの時をすべてゆだねよう

愛の神

私の涙まで深く愛せ

私の武器は魔力をもっている

恋する者たちにはすべてが心地よい

合唱

愛の神の涙まで深く愛せ

愛の神の武器は魔力をもっている

恋する者たちにはすべてが心地よい

(第2ガヴォット)

愛の神

無関心はおだやかでも

その喜びは退屈なもの

合唱

無関心はおだやかでも

その喜びは退屈なもの

愛の神と合唱

だが愛の神は何という降伏を

最初のため息のほうびとして惜しみなく与えることか!

彼は恋だけでなく

希望をも生まれさせる

一同は、踊りながら愛の神たちと唱和し、愛の喜びと甘い希望にひたります。

フランス・オペラならではの典雅なディヴェルティスマンがくり広げられます。

第5場 メヌエットと行進曲

メヌエット

愛の神

新たな喜びでこの大切な日を締めくくろう

私はお前たちを結婚の神の神殿へ連れていかねばならない

結婚の神が私とともに祝祭を司るのだ

結婚の神の松明よ、愛の神の炎に燃え立て

(行進曲)

(幕)

ガヴォットに続いて、優雅なメヌエットが踊られ、愛の神の勝利宣言で幕となり、いよいよ第1幕から物語が始まります。 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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オペラで音楽の数学的法則を解き明かす!50歳からの挑戦。ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』①(序曲)~ベルばら音楽(22)

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ルネ・デカルト(1596-1650)

哲学から始まった科学

フランスを代表するオペラ作曲家、ジャン=フィリップ・ラモー(1682-1764)ですが、最初のオペラを書いたのはなんと50歳のときでした。

それまでの作曲といえば、これまで取り上げたクラヴサンと、いくつかの小品だけです。

でも、それは単に本業であるオルガニストに専念していたから、というわけではなく、それまでのラモーの人生は作曲ではなく、音楽理論の研究に費やされてきたのです。

ルネサンス以降、ヨーロッパでは、自然や宇宙の中に法則を見つけ、理論化する〝科学〟が発展してきました。

自然現象を〝神の奇蹟〟〝神秘〟でかたづけるのではなく、理性の光で、むしろ神の御業を解明しよう、というわけです。

ガリレオ・ガリレイニュートンらがそのリーダーで、その理念は哲学者のデカルトが指し示したのです。

我思う、ゆえに我あり、という言葉で。

音楽の神秘を数学で解き明かす試み

そして、啓蒙思想が隆盛となり、世界でヨーロッパだけが新しい時代、近代へと舵を切ったのが、ちょうどラモーの生涯と重なります。

ラモーは、音と音が混じり合うと、快い響きと、不快な響きに分かれる、この不思議な現象に自然の法則を感じ、この謎を解明し、理論として示すことに生涯をかけたのです。

その考えの根底には、デカルトの懐疑的批判精神が流れていました。

そして1722年に著した有名な『和声論』をはじめとした数々の著作でそれを論じました。

和声のことを〝ハーモニー〟と呼ぶように定義づけられたのは、ラモーによります。

ラモーは、音楽の数学的なしくみに、偉大なる自然の法則を見出しました。

最後には〝全ての自然界の法則は音楽に基づく〟とまで飛躍してしまい、多くの反論を巻き起こし、果てしない論争に身を委ねつつ生涯を終えるのです。

そして、ラモーの音楽は、自らの音楽理論の正しさを証明するために作られたのです。

その音楽が人々に感動を与えるほど、自分の考えが正しい、ということになるわけです。

失敗したら違約金⁉︎

ラモーが作曲に慎重だった理由が、またオペラにこだわった理由が、ここにあります。

50歳に至るまでは、狭い部屋で、数人を相手にしか聴かせられない、か細いクラヴサンで実験を繰り返してきて、満を持し、大劇場で大観衆に訴えることができるオペラに挑戦した、ということです。

その記念すべき第1作が、今回から取り上げる、この『イポリートとアリシー』なのです。

もちろん、オペラを制作できたのは、徴税請負人ラ・ププリニエールの後援と、満足できる台本作家と出会うことができた幸運のおかげ。

台本作者は、当時70歳の老練なる詩人ペルグランでした。

当時、既に著名であったペルグランは、この遅咲きの作曲家の腕を疑い、なかなか仕事を引き受けませんでした。

しぶしぶ受けるにあたり、もしオペラが当たらなかったら、500フランの違約金を払うようラモーに誓約書を書かせた上で、台本を作りました。

紀里谷監督が映画の〝完成保証〟をしたようなものです。

しかし、リハーサルを聴いていたペルグランは、途中で立ち上がり、『これほどの美しい音楽を作曲されたのですから、もう心配は要りません』と叫んで、皆の前で誓約書を破り捨てた、ということです。

オペラ10曲分の音楽が詰まっている

でも、ププリニエール邸での試演を経て、1733年10月1日に王立音楽アカデミーオペラ座で初演された本作は、大変な賛否両論を巻き起こしました。

リュリが確立した、古典的均整がとれて、抑制の効いたフランス・オペラに慣れた聴衆は、ラモーの音楽の、聴き慣れないハーモニーや大胆な転調に面食らいました。

耳をふさいだ、というのが近いでしょう。

たちまち〝繊細な耳を破壊する〟〝フランスらしくない〟〝暴力的な音楽〟といった批判が巻き起こり、ラモーを失望させました。

そもそもが、オーケストラも歌手たちも、ラモーの複雑な音楽の演奏を拒否しまくり、たくさんのカットを余儀なくされての上演でした。

しかし、新しい芸術は、必ずこのような批判を食らうものです。

このオペラは、新しいフランス・オペラの誕生を告げる、金字塔となりました。

オペラ10曲分の音楽が詰まっているといわれ、ラモーは、初作でいきなり頂点を極めたと言えます。

この後のオペラも、様々な大胆な試みに満ち、魅力にあふれていますが、これほどドラマチックではありません。

ではまず、序曲から聴きましょう。

ラモー:オペラ『イポリートとアリシー』

Jean-Philippe Rameau:Hippolyte et Aricie

演奏:ウィリアム・クリスティ指揮 レザール・フロリサン William Christie & Les Arts Florissants

序曲

リュリ以来のフランス風序曲の伝統に従って作られています。

悲劇のはじまりにふさわしい、荘重な付点リズムの厳しいパッセージです。

2部形式の後半は、たたみかけるような激しい八分音符の嵐となります。

 

こちらは、エマニュエル・ダストレ指揮ル・コンセール・ダストレによる2012年パリ・オペラ座での公演の序曲です。


Hippolyte et Aricie - Ouverture

 

次回は、幕が開き、プロローグです。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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題名の意味はあなた自身が自由にお考えください。ラモー『新クラヴサン組曲集 第2番(第5組曲)』〝めんどり〟〝未開人〟~ベルばら音楽(21)

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ジャン=フィリップ・ラモー

リアルであって、リアルでない曲たち

ラモーの『クラヴサン組曲クラヴサン組曲の最後、今回は第2番(第5組曲を聴きます。

第1組曲より、さらに標題のついた曲が増え、舞曲はついにメヌエット1曲だけになってしまいました。

これらのタイトルについて、ラモーは友人あての手紙で次のように述べています。

『私がどうしてこれらの題名をつけたか、あなた自身自由にお考えください。』

つまり、聞いてもラモーは教えてくれませんが、自由に想像してよい、ということなのです。

また、ラモーは標題の裏で、これまでの様式にとらわれない、新しい自由なスタイルを模索してもいるのです。

ラモー:新クラヴサン組曲集 第2番(第5組曲 ト短調ト長調

Jean-Philippe Rameau:Nouvelles suites de pièces de clavecin : Suite in G Minor - major

演奏:フェルナンド・デ・ルカ(クラヴサン)Fernando de Luca

第1曲 トリコテ

〝トリコテ〟とは編み物のことで、英語で言えばニットです。

編み物をせっせとしている女性の描写である、という説と、音で作った編み物を意味している、という説があります。どちらに聞こえるでしょうか。

愛らしく親しみやすいメロディがロンドー形式で紡がれていきます。

第2曲 無関心

この演奏ではバフ・ストップを使用して、ピツィカートのような音色にしています。

タイトルの意味は分かりませんが、こんな標題を見てから聴くと、どうしてもよそよそしさを感じてしまいます。

第3曲 メヌエット

この組曲で唯一の舞曲です。ト長調の第1メヌエットト短調の第2メヌエットの2部構成です。

ラモーが後にオペラを作曲するようになると、抒情悲劇(トラジェディ・リリック)の『カストールとポリュックス』の中の1曲に転用されました。

第4曲 めんどり

これは、あまりにそのまんまの描写で有名です。この曲のタイトルは?と知らない人に聞いても当たるでしょう。

ラモーといえばこの曲を連想する人もいて、それではラモーが気の毒ですが、とても魅力的な曲ではあります。

コッコッコッ、コケッ!

単純なモチーフですが、その後の展開は凝っていて、実にクール!

演奏の難しい難曲としても知られています。

ちなみにハイドンのシンフォニー第83番 ト短調にも〝めんどり〟という愛称があり、確かにコッコッコッというフレーズがでてきます。

鳥の声は作曲家たちにたくさんのインスピレーションを与えたようです。

ご参考にハイドンの〝めんどり〟を掲げておきます。

演奏:ブルーノ・ヴァイル指揮 ターフェルムジーク

第5曲 三連音

装飾音の美しさを追求した、雅な曲です。

第6曲 未開人

この曲もラモーの人気曲で、後に傑作オペラ・バレ『優雅なインドの国々』に転用され、まさに新大陸を舞台にした幕で、ネイティブ・アメリカンカップルが歌う愛のデュエットになりました。

フランス語では〝ソヴァージュ〟で、未開人風の髪型、という意味でも使われました。

エキゾチックな異国情緒が印象的な、一度聴いたら忘れられない曲です。

『優雅なインドの国々』の中の曲はこちらです。

演奏:テオドール・クルレンツィス指揮 ムジカ・エテルナ

こちらは、マルク・ミンコフスキの演奏会形式での素晴らしい演奏です。


Rameau, Rondeau des Indes Galantes

こちらは、若きチェンバロの鬼才、ジャン・ロンドーの演奏です。


Jean Rondeau records Rameau's Les Sauvages on harpsichord: album 'Vertigo'

第7曲 エンハーモニック

エンハーモニック〟とは〝異名同音〟のことで、音楽理論上、名前が違っていても実際には同じ音であることを指します。

例えば、平均律ではG♯と A♭になります。

作曲家である以前に音楽理論家だったラモーの真骨頂といえる作品で、これまでにない大胆な音の組み合わせを、実験的に行った野心作です。

第8曲 エジプトの女

ラモーの〝女シリーズ〟の最後を飾る作品です。

なぜエジプトなのか分かりませんが、確かにここにも異国情緒が漂っています。

ナポレオンがたくさんの学者を連れてエジプトに遠征し、ロゼッタストーンを持ち帰るなどしてヨーロッパに『エジプト学』を流行らせたのは、この曲が出版されてちょうど70年後の、1798年もことです。

それまでヨーロッパの人々はエジプトにどんなイメージを持っていたのか、この曲から少しでも探りたいものです。

 

次回は、いよいよラモー50歳の挑戦です。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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フランス音楽の最も美しい1ページ。ラモー『新クラヴサン組曲集 第1番(第4組曲)』〝サラバンド〟〝ガヴォットと変奏〟~ベルばら音楽(20)

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ジャン=シメオン・シャルダン『音楽のアトリビュート

新しく斬新な試み

ジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764)のクラヴサンのシリーズ、今回は第4組曲です。

パリ生活が軌道に乗りつつあった1728年に出版された『クラヴサン組曲』のふたつの組曲のうち、第1番になります。

わざわざ題名に〝新〟をつけているだけあって、これまでの作品とは一線も二線も画した意欲作です。

組曲の形式にこだわらず、標題をもった曲も混ぜ込むなどは、クープランの方が先にやっていたことではありますが、その響きの斬新さは、さすがハーモニーの研究に一生をかけたラモーならではです。

当時としては聴き慣れないコード進行だったわけですが、今の耳には実に現代的に聞こえてくるのです。

全7曲で構成されており、冒頭は、アルマンドクーラントサラバンド、という定石通りの配列ですが、そのあといくつかの標題曲が続き、最後はかなり激しい変奏曲で締めくくられる、という異色の組曲です。

1曲、1曲、まるで物語のページをめくるような思いがします。

特に3曲目の『サラバンド』は、フランス音楽の最も美しい1ページだと思っています。

それでは聴いていきましょう。

ラモー:新クラヴサン組曲集 第1番(第4組曲 イ短調イ長調

Jean-Philippe Rameau:Nouvelles suites de pièces de clavecin : Suite in A Minor - major

演奏:ジョエル・ポンテ(クラヴサン)Joël Pontet

第1曲 アルマンド

組曲の冒頭によく置かれる舞曲、アルマンドですが、この曲は前座のような軽いものではなく、長大な序曲のように充実したものです。

3声の荘重なリズムをもったメロディが、右手と左手で呼び交わされて、時にはふと切ないほど甘美な表情をみせます。

第2曲 クーラント

ルイ14世も好んで踊ったというクーラントは、舞曲の中でも格式が高いとされていますが、ラモーのこの曲はフランスのものとしては倍くらいの速さになっています。

イタリアではコッレンテと呼ばれ、フランスのクーラントより速いのですが、この曲は別にイタリア風に書かれたというわけではなく、装飾のアルペッジョなどはフランスの香りたっぷりです。

第3曲 サラバンド

いよいよ、私の思うフランス最高の曲、サラバンドです。

前2曲の厳しいイ短調から一転、やわらかな日差しの差すようなイ長調です。

美しいアルペッジョが両手で呼び交わされながら、溢れる思いを静かに語るかのようです。

中間部で、真剣にたたみかけるようなパッセージを見せつつ、再び愛情のこもったまなざしになっていきます。

音楽による愛の告白、と言ったらいいでしょうか。

コーダは胸がいっぱいになりますが、この演奏のように、もう一度繰り返すのが私はとても好きです。

しかし、繰り返さない演奏の方がはるかに多いので、元の楽譜にはない、演奏者の即興なのかもしれませんが。

 

ロベール=ヴェイロン・ラクロワの往年の名演奏も掲げておきます。

こちらは新進気鋭のチェンバロ奏者、ジャン・ロンド―の演奏です。


Jean Rondeau - Jean-Philippe Rameau - Nouvelles Suites de Pièces de clavecin (1727)

第4曲 3つの手

音楽学者ラモーらしい、実験的な趣きの曲です。

低音を担当する左手が、右手を追い越して高音を弾いたり、逆に右手がバスを弾いたりして、手が3つあるのでは!?と思わせる効果を狙っています。

高い音と低い音がめまぐるしく変わるのが聴きどころです。

第5曲 小さなファンファーレ

冒頭の音型はトランペットのパンパカパーン、というファンファーレを模していますが、すぐに優しいフレーズに移っていきます。

実は、小さなファンファーレとは、おしゃべりな女の子を指しているのです。

第6曲 凱旋

前の曲に導入され、勝利を収めた将軍が、大衆の歓呼を受けながら帰還してくるイメージですが、これも〝勝ち誇った女〟を指す、という解釈もあります。

後半の展開部では、びっくりするような転調と変わった和音が出てきて度肝を抜かれますが、これは戦いの回想なのでしょうか。

第7曲 ガヴォットと6つの変奏(ガヴォット)

シンプルなガヴォットに、6つのドゥーブル(変奏)が続きます。

その単純さゆえに、ストレートに心に響く魅力的な音楽で、ラモーの中でも特に好きな曲です。

同じバロックの変奏曲といっても、バスの定型メロディを維持するものの、元の旋律とはかけ離れて展開していくバッハの『ゴルトベルグ変奏曲』とは違い、主たるメロディが様々に展開していくスタンダードなタイプで、ヘンデルの『調子の良い鍛冶屋』に近い形です。

特に第5変奏、第6変奏は現代的で、激しく情熱的です。

第1変奏

第2変奏

第3変奏

第4変奏

第5変奏

第6変奏

ピノックの素晴らしい演奏も掲げておきます。

 

次回は、新クラヴサン組曲第2番です。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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鍵盤の上に描かれたひとつ目巨人とは。ラモー『クラヴサン曲集第2巻』〝タンブラン〟〝ソローニュの愚か者〟〝キュクロプス〟~ベルばら音楽(19)

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オディロン・ルドンキュクロプス』(1914年)

あふれるエスプリ

さらに、ジャン=フィリップ・ラモー(1683-1764)のクラヴサンを聴いていきます。

今回は、パリに出てきて翌年、1724年に満を持して出版したクラヴサン曲集第2巻から、名曲を抜粋します。

この曲集には、これまで書き溜めた曲が収められ、ホ短調の第2組曲と、ニ長調ニ短調の第3組曲から成っています。

1731年の再版から、タイトルを『クラヴサン曲集と装飾音法』と改めています。

いよいよ、謎めいた標題を含んだ、フランスのエスプリあふれる音楽になっていきます。

第2組曲は抜粋、第3組曲は全曲取り上げます。

ラモー:クラヴサン曲集第2巻(第2組曲 ホ短調

Jean-Philippe Rameau:Pièce de clavecin avec une table pour les agéments

演奏:トレヴァー・ピノック(クラヴサン)Trevor Pinnock

第5曲 鳥のさえずり

第2組曲は、アルマンドに始まり、クーラントジーグと続き、この曲に至ります。

タイトル通り、小鳥がさえずるピーチクパーチク、という音が実に巧みに描写されています。

癒される、というより、やかましい感じです。

前半のさえずりはいわば主題で、後半の展開部に入ってくると、半音階的な劇的な世界に入っていきます。

これこそ、ラモーが和音の可能性を追求しはじめたもので、後年、オペラでこのような、当時の人には耳慣れない音を駆使し、猛烈な批判を浴びることになりました。

最初はとっつきやすい描写音から入り、斬新な新しい世界に引き込んでいくという作戦です。

まだクラヴサンのか細い音ですから、それほど物議は醸しませんでしたが、後にはこれを大劇場でやらかしたのですから、大変です。

第6曲 第1リゴドン・第2リゴドン

リゴドンは、プロヴァンス地方で生まれた、南仏らしいおおらかで快活なダンスです。

短調の厳しい調子の第1リゴドンで、明るく輝かしい第2リゴドンを挟む3部形式です。

第2リゴドンはまったくご機嫌な音楽です。

第7曲 ロンドー形式のミュゼット

ミュゼットは、これまでも出てきた、バグパイプのような牧歌的な響きのする楽器を模した曲です。

低音が、ミュゼットの繋留音を模写し、ゆっくりと抒情的なフレーズを奏で、特徴的な中間を挟むロンド―形式になっています。

第8曲 タンブラン

ラモーのクラヴサン曲の中でも有名なもののひとつで、ピアノで弾かれることも多い曲です。

この曲も南仏プロヴァンス起源で、タンブランという胴の長い太鼓と、小さい縦笛ガルーベで演奏される民族舞踊曲です。

低音が太鼓のリズムを模倣しますが、その激しい感じはまるでスラヴ系の舞曲のようです。

第9曲 村娘

この組曲の後半は鄙びたダンスが多くなっていますが、締めくくりの曲はまさに〝村娘〟と名付けられ、この組曲が田舎をテーマにしているのが分かります。

曲の前半はしっとりとした雰囲気ですが、後半は荒々しくなり、村娘などというのどかな感じではなくなります。

ラモー:クラヴサン曲集第2巻(第3組曲 ニ長調ニ短調

Jean-Philippe Rameau:Pièce de clavecin avec une table pour les agéments

演奏:ジョリー・ヴニクール(クラヴサン)Jory Vinikour

第1曲 やさしい嘆き

この組曲ではついに舞曲名は消え、すべて意味深な標題つきとなります。

やさしい、というのは曲の雰囲気から伝わってきますが、〝ラブ・ミー・テンダー〟ならともかく、嘆きとはいったい…?訴え、という訳もあります。

 ロンドー形式です。

第2曲 ソローニュの愚か者

この曲集でいちばんの人気曲です。〝愚か者〟は『Les niais』の訳ですが、直訳ではひな鳥のことです。

そのまま『ソローニュのひな鳥』と訳したアルバムもありますが、〝未熟者〟〝愚か者〟〝痴れ者〟という意味もあり、このような訳の方を多く見かけます。

ソローニュとは、オルレアン近郊の地方で、氾濫原のため狩場として有名でした。

そのため、ひな鳥もなんとなく関係がありそうですが、意味は謎です。

テーマはまるで童謡のように親しみやすく、愛らしいですが、さらに2つの変奏がついている堂々たる傑作です。

ついつい、鼻歌で口ずさんでしまいたくなる、大好きな曲です。

第3曲 ため息

タイトル通り、切なくも優美な曲です。

同じフレーズが繰り返され、貴婦人が窓を眺めながら物思いにふけっているような、アンニュイな曲です。

第4曲 歓喜

空から天使が舞い降りてくるような輝かしい曲です。

幸運が身に訪れるような素敵な気分にしてくれます。

第5曲 いたずら好き

舞い降りた天使はいたずら好きだったのでしょうか。

これもロンド―形式ですが、何を表わしているのかは分かりません。

第6曲 ミューズたちの会話

クープランの『コレッリ賛』『リュリ賛』で登場した、パルナッソス山に住む芸術の女神、ミューズたちの対話を描写しています。

ただのおしゃべりではなく、もちろん芸術について語り合っているのでしょう。

第7曲 つむじ風

一陣の風が吹き、渦を巻いている様子が鮮やかに描写されています。

まるで目の前で見ているようにリアルなのは、さすが視覚にも優れたフランス人作曲家ならではです。

ロンドー形式の中間部では風はさらに強さを増しています。

第8曲 キュクロプス

ギリシャ神話に出てくるひとつ目の巨人のことです。

複数いて、古い神なのですが、父に嫌われ、地底に閉じ込められてしまうかわいそうな存在です。

ゼウスによって救われ、御礼にゼウスには雷を、ポセイドンには三又鉾を、ハデスには隠れ兜を贈る、いい神とされています。

しかし、別な神話、オデュッセウスの物語では、人食いの怪物として出てきます。

壮大な神話にふさわしく、とても充実したドラマチックな曲ですが、見た目は怖くても気は優しい巨人と、そのままに怖い怪物と、どちらを描いているのでしょうか。

第9曲 あざけり

短い優美なメヌエットなのですが、穏やかでないタイトルがつけられています。

確かに軽侮しているようなメロディですが、何をあざけっているのか不明です。

第10曲 足の不自由な女

この組曲は、フィナーレにはふさわしくないと思われるような、この哀れな雰囲気の曲で締めくくられます。

ふたつの組曲とも最後は女性をテーマにしているのも、何か意味が込められているのでしょうか。

ラモーもクープラン同様、それは自分で考えてみて、と言っているのです。

フランス人は相変わらず意地悪ですね。笑

 

次回は、さらに充実の新クラヴサン組曲です。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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