財政破綻しても、免税の人々
いよいよ、世界史上の一大画期、「フランス大革命」の足音が迫ってきます。
世界史の教科書と同じ話になってしまいますが、当時のフランス絶対王政は、のちに旧制度(アンシャンレジーム)と呼ばれます。
中世以来のフランスは、第一身分(聖職者)、第ニ身分(貴族)、第三身分(平民)にはっきり分かれた「身分制社会」でした。
そして、第一、第二身分は免税特権を持っています。
18世紀後半、フランス王国は財政破綻に瀕していました。
革命直前の1788年には、国の負債は利子の返済だけで歳出の半分に達していたのです。
負債の原因は、度重なる戦争による軍事費でした。
覇権を英国と争い、百年にわたって戦いと講和を繰り返す「第二次百年戦争」は、結果的には総じて敗けでした。
海外植民地を失いこそすれ、領土や賠償金など獲得したものは何もありません。
一方英国は、国内で産業革命が起こり、作った製品を海外で獲得した植民地に売りつけ、どんどん力をつけていきます。
アメリカ独立戦争だけはフランスは英国に勝ち、留飲を下げましたが、英国に嫌がらせをできた、というだけで、何も得るものはほとんどありません。
それどころか、大西洋を越えた参戦で財政破綻に止めをさされ、また国王支配に反抗した市民を支援するという、国王として致命的な自己矛盾を犯し、自国内の自由主義を盛り上げてしまいました。
そのしわ寄せは、非課税者である平民に重税としてのしかかってきます。
三部会とは
平民の疲弊は極みに達し、この危機を乗り越える方策は唯一、第一、第二身分への課税しかありません。
財政総監(財務大臣)カロンヌは、土地に対する課税を決めましたが、これは第一、第二身分にも課税されるため、猛反発に遭って罷免に追い込まれました。
しかし、もう他に手はありません。
国王ルイ16世は高等法院に課税承認を求めましたが、貴族の代弁機関である法院が認めるはずはなく、どうしても、ということであれば、決議機関として「全国三部会」の招集を求めたのです。
三部会は中世、14世紀のはじめに、国王フィリップ4世が、教皇ボニファティウス8世と対立し、国内の支持を得るために開いたのが始まりでした。
当時、カトリック教会、教皇は国を越えて影響力を奮っていたため、国王がこれに対抗して自国内に権力を行使するためには、国内の支持が不可欠。
教皇が伝家の宝刀、「破門」を宣告すると、国民は国王に対する忠誠義務がなくなるので、フィリップ4世はこれに対抗するため、全国民の支持を得る必要があったのです。
これが成功し、フランス国王は自分に反対する教皇を追放し、さらには自国内のアヴィニョンに教皇庁を移して意のままにするという、「教皇のバビロン捕囚」に成功。
そしてフランスは統一感ある強国となりました。
その結果、フランスは絶対王政を実現させるのですが、そうなるともう三部会は必要ありません。
全国三部会は摂政マリー・ド・メディシスが1614年に開いて以来、175年にわたって開かれることはなかったのです。
無視された〝赤字夫人〟
ルイ16世は、任命する財政総監(財務大臣)が次々に失敗して失脚したため、かつて一度任命したものの、貴族たちの反対に遭って罷免、その際に無礼な辞表を出したことで嫌っていたネッケルの再登用に踏み切りました。
ネッケルはスイスの銀行家で、改革派でした。
平民出身であることから、その人気があり、平民の支持を背景に第一、第二身分を抑えて課税を実現してくれることを期待されていたのです。
ネッケルは再登板にあたって、三部会開催を条件とし、ルイ16世は約束しました。
そして、1789年5月1日。
歴史的な三部会招集の日です。
議場に集まる議員たちに市民は熱狂しました。
第二身分の貴族議員は華やかに盛装して行進します。
議場に向かう国王の馬車には「国王ばんざい!」の歓呼の声がかけられましたが、続く王妃マリー・アントワネットの馬車には、みな無言。
王妃の敵である「オルレアン公ばんざい」の声だけでした。
「首飾り事件」や、それに続く誹謗中傷で、王妃は〝赤字夫人〟と呼ばれ、この財政破綻をもたらした元凶とされてしまっていたのです。
確かに王妃は激しい浪費をしましたが、長年の軍事予算に比べたら微々たるものなのに。
事件のあと、マリー・アントワネットは、自分に対する非難があまりにひどいので、ようやく倹約に務め、ベルタン嬢やポリニャック夫人など、〝お気に入り〟たちを遠ざけたのですが、「時すでに遅し」でした。
開会式でも、国王が入城すると拍手とばんざいの声が上がりましたが、王妃には無言。
ネッケルの長い演説が始まり、開会式の間の3時間は、王妃にとってさらし者のような時間でした。
そして、王とともに退場するとき、さすがに王妃に同情した数人の議員が、ためらいがちに「王妃ばんざい!」と声をかけ、驚いた王妃が振り返って、声の主に微笑みかけると、その優雅なしぐさに全会場の拍手が沸きました。
しかし、それはかつて、王太子妃としてフランス国民に浴びた歓呼とは似ても似つかぬものだったのです。
王妃はこのとき、さらにつらい状態におかれていました。
7歳の長男、王太子ルイ=ジョセフが、もともと患っていた脊椎カリエスを悪化させ、瀕死の状態だったのです。
太子は三部会の行列を見たがり、かろうじてバルコニーに出て眺めることができましたが、1ヵ月後、世を去りました。
王太子は次男のルイ・シャルル(シャルル17世)になります。
立ち上がる第三身分
マリー・アントワネットが悲しみに暮れるなか、三部会は紛糾していきます。
平民を使って特権階級を牽制し、漁夫の利を得ようとしたルイ16世の目論見は、完全に裏目に出ます。
第三身分の議員は第一、第ニ身分の倍いたのですが、特権身分の議員たちは、決議は身分ごとにするべき、と主張します。
そうなれば、2対1で平民の主張は通らなくなります。
第三身分は全体の人数での議決を主張します。
特権身分の中にも自由主義者はいましたから、そうなれば勝ち目は十分あります。
第三身分のシェイエスが、「第三身分とはなにか」というパンフレットを発行し、そこで、第三身分こそが国民の代表である、と主張すると、第三身分たちは勝手に「国民議会」を称し、自分たちだけが議会である、としました。
兵士によって議場から締め出されると、球戯場に集まり、憲法制定まで解散しないことを誓います。
これが有名な「テニスコートの誓い」です。
第一、第二身分からも彼らに合流する者が出始めると、ついに国王もこれを「立憲国民議会」として正式に承認せざるを得なくなりました。
もともと自由主義にも理解があったルイ16世が、絶対王政を止め、このまま率先して「君臨すれども統治せず」と、立憲君主の道を歩めば、フランスは今でも英国のような王国だったかもしれません。
間違いなく、彼にはその素質はありました。
しかし、パリの市民たちには、憲法制定や立憲国家の成立を悠長に待っている余裕はありませんでした。
前年は記録的な凶作に見舞われ、小麦が高騰し、明日のパンも食べられなくなっていたのです。
保守派に同調した王妃
そんな中、いったん平民に理解を示し、国民議会を認めたルイ16世ですが、保守派は王妃マリー・アントワネットや王弟アルトワ伯を動かします。
軍隊を集めれば、平民たちの議会など簡単に解散できる、と。
そして、スイス人連隊、ドイツ人騎兵連隊、フランス衛兵隊からなる2万の兵をパリに集結。
これを背景に、7月11日、王妃とアルトワ伯は、平民に人気があった財務長官ネッケルを解任してしまいます。
これは、不満爆発寸前だったパリ市民に対する宣戦布告に等しい行為でした。
おそらく、王位を狙っていたオルレアン公の差し金で、その居城パレ・ロワイヤルのカフェで、オルレアン派の市民カミーユ・デムーランが机の上に飛び乗り、『国王は第二のサン・バルテルミーの夜を準備している。さあ、武器を取れ!』と扇動。
すぐに、なぜか用意されていた、自由主義のシンボル三色旗が振られます。
運命の7月14日。
2万に膨れ上がった市民が、パレ・ロワイヤルから行進を始め、国王軍に対抗するための武器を得るため、廃兵院(アンヴァリッド)に向かい、約3万2000丁の小銃と20門の大砲を奪います。
さらに、圧政のシンボル、バスティーユ監獄(要塞)にも武器があるという噂が飛び、群衆は監獄に向かいます。
市民代表は、要塞司令官ベルナール=ルネ・ド・ローネー侯爵に武器を渡すよう交渉しますが、侯爵はパリに向けた大砲の撤去を約束したものの、武器弾薬を引き渡すのは拒否。
そうこうするうちに、いらだった群衆が塀を乗り越えて要塞に侵入、跳ね橋を降ろします。
なだれ込む群衆に恐怖した守備兵が発砲し、戦闘となりますが、民衆に同情したフランス衛兵隊の一部が味方し、ついにド・ローネー侯爵は降伏。
侯爵は市庁舎に連行されますが、興奮した群衆によって殺害され、首は槍先に掲げられます。
初動を誤った国王
パリで騒乱が起き、武器が民衆に奪われた知らせは、昼間に国王に急報されていましたが、王はそんなに大事とは思わず、国民議会が対処するだろう、と考えて、何の対応もしませんでした。
そのため、シャン・ド・マルスで待機していた国王軍は動くことができません。
バスティーユが陥落した知らせを持って、リアンクール公爵が馬を飛ばしてヴェルサイユに着いた頃、ルイ16世は就寝していました。
側近は、王はお休みなので明日にしてください、と公爵の面会を断ります。
それどころではない、お起こしいたせ、と詰め寄り、しぶしぶ側近は王を起こします。
寝室に通された公爵は、眠い目をこすっている王に告げます。
『バスティーユが襲撃され、司令官が殺害されました。彼の首は槍先に刺されてさらされております。』
王は驚いて『それは反乱ではないか』と言いますが、公爵が『いいえ、陛下、革命でございます。』と答えたのは有名な話です。
もともと歴史に興味を持ち、英国の清教徒革命も勉強し、革命で処刑されたチャールズ1世のこともよく知っていたルイ16世は、人民に対し強気に出るつもりはありませんでした。
翌日以降、国王は事態収拾に動きますが、それは完全な譲歩でした。
軍隊を引き揚げさせ、バスティーユを守らんと死んだ衛兵たちは、何のために命を落としたのか意味がなくなりました。
司令官殺害も不問に付し、ネッケルを復職させます。
ルイ16世はパリ市庁舎に赴き、新たにパリ市長となったバイイから「フランスの自由の回復者」と讃えられます。
風向きが悪くなったアルトワ伯は国外に逃げますが、王妃マリー・アントワネットはそうはいきません。
彼女は、母帝マリア・テレジアの影響で、人民は善だと思っていましたが、今回のようなことは、一部の謀反人が扇動している、と考え、最後までその思いを変えず、ことあるごとに強硬策を取ります。
その信念の強さは、さすが女帝の娘でしたが、母帝と決定的に違うのは、物事を深く考えず、情勢を表面的にしか見られず、軽率な判断をしてしまうことでした。
夫ルイ16世は、そんな妻に抵抗できず、自分の考えを通すことができなかったため、「優柔不断」の烙印を歴史において押されてしまうのです。
さて、それではモーツァルトのオペラ『クレタの王イドメネオ』の続きを聴きましょう。
王族たちの苦悩が革命とオーバーラップします。
※イタリア語表記、()内はギリシャ語
イドメネオ(イドメネウス):クレタの王
イダマンテ:イドメネオの息子
イリア:トロイア王プリアモスの娘
エレットラ(エレクトラ):ミケーネ王アガメムノンの娘、イピゲネイア、オレステスの妹
アルバーチェ:イドメネオの家来
Wolfgang Amadeus Mozart:Idomeneo, Re di Creta, K.366 Act.3
演奏:ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)イングリッシュ・バロック・ソロイスツ、モンテヴェルディ合唱団、アンソニー・ロルフ・ジョンソン(テノール:イドメネオ)、アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(メゾ・ソプラノ:イダマンテ)、シルヴィア・マクネアー(ソプラノ:イリア)、ヒラヴィ・マルティンペルト(ソプラノ:エレットラ)、ナイジェル・ロブスン(テノール:アルバーチェ)、グレン・ウィンスレイド(バス:祭司長)【1990年録音】
イリア
慣れ親しんだ孤独、
愛情深いそよ風、
花咲く木々、
きれいな花々、
みんな聞いて、
不幸な恋をしている者が、
お前たちに打ち明ける嘆きを
恋に落ちた方のそばにいて、
黙って愛を偽ることは、
苦悩する心にとって、
なんと辛いことでしょう
いよいよ、最終幕である第3幕です。
幕が開くと、第1幕冒頭と同様に、イリアがひとり佇んでいます。
彼女は、港での阿鼻叫喚を知らず、恋する王子イダマンテは出発してしまったと思っています。
静かな伴奏に乗り、自分の辛い恋の秘めた思いを、風や木々、花々に語りかけます。
第19曲 アリア
イリア
心なごませる西風よ、
どうか、
愛するひとのところに行ってください
そして伝えてください
お慕いしていると
わたしのために、
変わらぬ心を持ち続けてくださるようにと
わたしの苦い涙の降りかかる、
真心ある木々よ、花々よ、
あのひとに伝えてください
これほどの愛は、
この天のもとにかつて見たことはないと
(レチタティーヴォ)
あの方がおいでになる…
ああ神様、言うべきでしょうか、
それとも言わないほうが…
ここにいるべきか…
去るべきか…
それとも隠れて…
ああ、どうしたらいいか分からない
ああ、混乱してしまって
続くアリアは、オーボエが加わらず、透明で繊細なオーケスレーションで伴奏されます。
弦が優しく吹き寄せる西風を表現し、イリアはその風に心を寄せて、遠く離れた恋しいひとにこの思いを届けてほしい、と歌います。
このオペラ、いや、モーツァルトの作ったアリアの中でも特に美しいもののひとつです。
わたしは個人的にこの歌と、『フィガロの結婚』第3幕の伯爵夫人のアリア、『ドン・ジョヴァンニ』第2幕に追加されたドンナ・エルヴィラのアリアを、〝3大女心のアリア〟と呼んでいます。
いずれも、報われぬ恋の、片思いの切ない気持ちを託した歌で、女心を表現させたらモーツァルトの右に出る人はいない、と思っています。
アリアは、また拍手でドラマが中断しないよう、グルック先輩の手法を使って、終わるか終わらないうちにレチタティーヴォになります。
行ってしまったと思っていたイダマンテが現れたのです。
イリアは、嬉しいのか、身の置き場がないのか、自分でも分からない様子で混乱してしまいます。
イダマンテ
王女よ、
あえて今一度あなたの前に来たのは、
無分別な感情に導かれてではありません
わたしはもう、
他のことは求めていません
あなたに喜んでいただき、
そして死ぬ以外には
イリア
死ぬ?
あなたが、王子様が?
イダマンテ
このあたり一帯で、
獰猛な怪物がすさまじい殺戮を行っています
これから、これと戦い、
退治するのです
それができなければ、
死によって、
わたしの苦悩を終わらせるのです
イリア
おやめください、王子様、
そんな不吉なお考えは
思い出してください、
あなた様は偉大な国の、
ただひとつの希望であることを
イダマンテ
あなたの愛なしには、
あなたなしには、
イリア、
わたしには何も無意味です
イリア
そんな…
どうかお命を長らえてください
イダマンテ
わたしは自分の酷い運命に従わなければなりません
イリア
死なないで!
イリアのお願いです
イダマンテ
ああ神よ、何と?
愛する王女よ!
イリア
わたしの弱さゆえ、
あなた様に自分の思いを隠すことができません
不幸にも、
愛と怖れを、
同時にこの胸に抱いてしまいました
イダマンテ
本当に聞いたのか?
あまりに願い過ぎたことを聞いた気がしたのか?
それとも熱い思いに気持ちがおかしくなって、
苦悩した心が甘い夢にだまされたのか?
イリア
ああ、わたしの中の炎を見つけていただけるように、
なぜもっと前に燃え上がらなかったのでしょう?
山ほど後悔しています
わたしに課された神聖な義務、名誉、祖国、
まだ温かいと思えるほどに、
記憶に生々しい肉親の流した血、
これらがどれほど非難することでしょう、
わたしの反逆の恋を?
でも、もうどうにもなりません
この上ない危険にさらされているあなたを、
わたしだけが引き戻されるのなら、
いとしい方、
お聞きください
もう一度申します
あなた様をお慕いしていると
崇拝していると
死にたいと望まれましても、
悲しみのために、
わたしが先に死んでからでないと、
あなた様は死ねないと
(第20曲 二重唱)
イダマンテ
この言葉を聞いて、
もしわたしが死なぬとしたら、
真実ではない、
愛はひとを殺し、
喜びは心臓を止めるというのは
イリア
もう苦しみはありません
悲しみもありません
わたしはあなたに変わらぬ心と、
信頼を持っております
あなたはわたしのただ一つの宝です
イダマンテ
あなたは、なられる…
イリア
あなたのお望みのものに
イダマンテ
わたしの花嫁に…
イリア
あなたがわたしの花婿に…
イリア、イダマンテ
愛がそのように言っています
ああ、わたしたちの喜びは遥かに超えています、
これまで味わった逆境の苦しみを
ふたりの熱い思いはすべてに勝ります
(イドメネオ、エレクトラ登場)
(レチタティーヴォ)
イドメネオ
(傍白)
天よ!
なんたること!
イリア
(イダマンテに)
ああ、わたしたち、見られてしまいました、
いとしい方
イダマンテ
(イリアに)
恐れることはない、
最愛の人よ
エレクトラ
(傍白)
ああ、裏切ったわね
イドメネオ
(傍白)
思ったとおりだったか
酷い運命よ!
イダマンテ
王よ、わたしはもうあなた様を父と呼ぶことはしません
せめて、ひとりの哀れな臣下と思し召し、
せめてひとつお情けをいただけますように
イドメネオ
言うがよい
エレクトラ
(傍白)
何を言うのかしら
イダマンテ
わたしは何をしてあなたのご機嫌を損ねたのでしょう?
なぜわたしを避け、憎み、敵視なさるのでしょうか?
イリア
(傍白)
恐ろしいこと
イドメネオ
息子よ、
わたしに怒りを抱くポセイドンが、
わたしの心を凍らせたのだ
そなたの優しさひとつひとつがわたしの苦悩を倍加し、
そなたの苦しみのすべてがわたしの心に襲いかかり、
わたしは苦悩に身震いせずには、
そなたを見ることができぬのだ
イリア
(傍白)
ああ、なんと!
イダマンテ
もしや、ポセイドンはわたしに怒っておられるのでは?
でもそれはなんの咎なのでしょう?
イドメネオ
ああ、そなたを使わずポセイドンを宥められるものなら!
エレクトラ
(傍白)
ああ、すぐにでも私が受けた不当な仕打ちの仇を討ちたい…
イドメネオ
ここを出て行け、命令だ!
故郷の地を逃れ、探すのだ、
他の地に安全な隠れ家を
イリア
(エレクトラに)
そんな!
情け深い王女様、ああ、
わたしを力づけてくださいませ!
エレクトラ
あなたを力づけるですって?
いったいどのように?
(傍白)
さらにわたしを辱めるつもりだわ、
この人でなしは
イリアの前に現れたイダマンテは、もはや愛を語ることはせず、思いつめた表情です。
彼は、民を殺戮している怪物を退治しにゆくが、生還は望めないとして、彼女に別れを告げにきたのです。
民を守る、という王子の使命ではありますが、自分の愛に一向に応えてくれないイリアに対して、自暴自棄になった面もあります。
自分は死にます、というイダマンテに対し、ついにイリアは、自分の父や一族を殺した敵の王子を愛するという許されない恋、押し殺してきた思いのタガがついに崩れてしまいます。
そして、死なないでください、と愛に満ちた言葉を吐きます。
はじめて、自分を思いやる言葉を聞き、呆然としているイダマンテに対し、イリアは堰を切ったように思いを告げます。
許されない恋と諦めていましたが、わたしの力であなたが危地に赴くのを阻止できるのなら、と愛を告白。
イダマンテは恋の成就に恍惚となり、ふたりの愛の二重唱となります。
ふたりは結婚を誓いあい、音楽はウン・ポコ・ピウ・アンダンテからアレグレットに移り、幸せいっぱいのデュエットを繰り広げます。
興奮が絶頂に達したところで、イドメネオ王とエレクトラが入って、抱き合うふたりを目撃してしまいます。
エレクトラは怒り、イドメネオは、やはりふたりは恋仲だったか、と天を仰ぎます。
イダマンテはイドメネオに対し、どうして自分を避けるのですか?自分はなぜご不興を買ったのですか?と問いかけます。
イドメネオは、お前を生けにえにしないためだ、とは明かせず、問答無用で、この地を去れ、命令だ!と言い渡します。
せっかく両想いになったイリアは、すぐに恋人が追放されてしまうことになり、動揺のあまり、あろうことか恋敵のエレクトラに、わたしを助けてください、と頼ります。
エレクトラはあまりの屈辱に、怒り心頭。
第21曲 四重唱
(レチタティーヴォ)
イダマンテ
では、わたしはこの地を出てゆきます
だが、どこへ?
ああ、イリアよ、父上よ!
イリア
あなたのお供をするか、
死ぬか、
愛するお方、
わたしはどちらかにいたします
イダマンテ
愛しいひとよ、
どうかここに留まり、
静かに暮らしてください
さようなら!
(四重唱)
イダマンテ
ひとり、彷徨いゆこう
どこかへ、死を探し求めて
死に行き会うまで
イリア
悲しみのお供にわたしがおります、
あなたがどこへゆかれようと、
そしてあなたが死なれるところで、
わたしも死ぬことにいたします
イダマンテ
ああ、いけない!
イドメネオ
非情なポセイドンめ!
後生だ、誰かわたしを殺してくれ!
エレクトラ
いつ復讐できるかしら?
イリア、イダマンテ
(イドメネオに)
怒りをお鎮めください
イリア、イダマンテ、イドメネオ
ああ、胸が張り裂ける!
イリア、エレクトラ、イダマンテ、イドメネオ
もうこれ以上、耐えられない
死よりも辛い、
これほどひどい苦しみには
これより過酷な運命、
これより激しい心痛は、
かつて誰も知らなかった
イダマンテ
わたしはひとり、彷徨いゆこう
(悲しみに打ちひしがれて退場)
父に拒まれ、追放を言い渡されたイダマンテは、せっかくの恋の成就の喜びも消し飛び、呆然とした状態で、ひとり放浪の旅に出よう…と呟きます。
イリアは、あなたにどこまでもついていきます、とすがりますが、イダマンテは、危険な死の旅に道連れはできない、と拒みます。
続く四重唱は、オペラ史の画期とされるほど、優れたものです。
慕う父に訳も分からず拒まれ、ひとり死を求めて彷徨うイダマンテ。
せっかく両思いになったのに、愛する人とまた別れなければならなくなったイリア。
息子を愛するがゆえに、残酷な仕打ちをしなければならなくなった、神の理不尽に憤るイドメネオ。
恋に破れ、目の前で愛する人が他の女と抱擁する姿を見せつけられ、やり場のない怒りと復讐の念に燃えるエレクトラ。
全員が、思いは違えど辛い苦悩を抱えています。
それぞれに異なる感情を吐き出しながら、ひとつの音楽となるこの四重唱は、まさに人間たちの苦悩の群像といえます。
オペラの音楽表現は、ここで新しい時代を迎えたのです。
モーツァルトの後援者で、彼のパリ滞在を支援したメルヒオール・フォン・グリム男爵は、このオペラ『イドメネオ』制作に際し、次のようにモーツァルトに求めています。
『わたしがイドメネオの悲劇に表現してほしいものは、疑念、動揺、疑心暗鬼、焦燥、不安といった、人間を苦しめ、聖職者には益になるような、あの暗い感情なのです。』
まさに、この「暗い感情」を芸術に昇華したのが、この名高い四重唱といえるのです。
イダマンテは絶望に包まれながら去ってゆき、オーケストラが消えゆくカデンツでそれを見送ります。
動画は、アルノルト・エストマン指揮、スウェーデンのドロットニングホルム宮廷劇場の上演です。18世紀の上演スタイルを忠実に再現しています。
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