孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

4000曲を作曲した、ギネス記録の作曲家。テレマン『水上の音楽〝ハンブルクの潮の満ち引き〟』~ドイツ人の作ったフランス風序曲④

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ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)

ギネス記録を持つ作曲家、テレマン

ドイツの作曲家が作ったフランス風序曲を聴いていますが、今回はヘンデルに続いて2人目、ゲオルク・フィリップ・テレマン(1681-1767)です。

このブログでは初登場となります。

バッハ、ヘンデルの4つ年上になりますが、両者ともに親交がありました。

ヘンデルとは大学時代(ライプツィヒ大学)の友人で、生涯を通じて手紙のやりとりをしていました。

バッハの次男、カール・フィリップエマヌエル・バッハの名づけ親にもなっています。

当時としては異例の、86歳まで長生きしたこともありますが、老いても創作意欲は衰えず、現存している曲だけでも3600曲、失われた曲も含めれば4000曲は下らないだろう、といわれています。

そのため、〝クラシック音楽の分野で、最も多くの曲を作った作曲家〟としてギネス世界記録に登録されています。

〝最上の〟テレマン、〝凡庸な〟バッハ

近年、古楽ブームで人気が上がっているものの、後世ではバッハやヘンデルより評価は低く、ポピュラーではありません。

しかし、当時はその人気と名声はヨーロッパ随一と言われていました。

ドイツ北部の町マクデブルクに生まれ、北ドイツを中心に活躍し、40歳以降は亡くなるまで、ハンブルク音楽監督を務めました。

ライプツィヒ音楽監督(カントル)が亡くなったとき、市の評議会が後任として白羽の矢を立てたのは、ハンブルクテレマンでした。

しかし、テレマンが引き抜きに応じなかったので、ライプツィヒ市は〝やむを得ず〟バッハを採用することになったのです。

就任後、頑固で偏屈なバッハは市当局と衝突を繰り返し、市の評議員プラッツは、『最上の人物が得られないので、凡庸な人物を採るしかなかったのだろう。』とため息をつきました。

テレマンは一流の人、バッハは二流か三流の人、というわけです。

プラッツ氏は、この一言をつぶやいたために、歴史に名を残すことになりました。

自由ハンザ都市ハンブルク

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ハンブルクの倉庫街

さて、一流のテレマンの代表作のひとつが、この『水上の音楽〝ハンブルクの潮の満ち引き〟』です。

ヘンデルの代表作と同じく『水上の音楽 Wassermusik』と呼ばれていますが、それはハンブルクで行われた海の祭典用に作曲されたからです。

ハンブルクは、北部ドイツを代表する港湾都市ですが、海に面しているわけではなく、エルベ川を河口から100Kmも遡り、その支流アルスター川の河口に位置しています。

もともとは河口にあったのですが、中世初期にヴァイキングの襲撃を受け、防衛のため海辺を避けて内陸に移ったようです。

運河が張り巡らされ、商売、交易の中心地として栄え、中世後期にはハンザ同盟の中核都市のひとつとなりました。

神聖ローマ皇帝から自治や免税、数々の経済的、商業的特権を与えられた帝国自由都市として認められ、現在のドイツ連邦の中でも、ベルリンとともに、自由ハンザ都市ハンブルクとして、都市でありながら州と同格の地位を与えられています。

ハンバーグとタルタルステーキ

少し話はそれますが、ハンブルクが、ハンバーグの語源であることはよく知られています。

アメリカに移ったドイツ系移民が故郷の味としてもたらし、アメリカ食文化の代名詞ハンバーガー〟になりました。

実は、その元となったハンブルクの料理は、火の通ったものではなく、生肉を刻んで香辛料を混ぜたタルタルステーキでした。

〝タルタル〟は、タタールからきており、日本語では〝韃靼〟で、北方騎馬民族、主にモンゴルを指しています。

13世紀、アジアを席捲したモンゴル帝国が、チンギスハンの孫バトゥに率いられてヨーロッパに攻め入ってきて、ワールシュタットの戦いポーランド・ドイツ連合軍が大敗、ヨーロッパ中が震え上がります。

戦後、バトゥは大ハーンの後継者争いで帰国したため、かろうじて征服は免れますが、モンゴル人の恐ろしさはヨーロッパ人に強烈な印象を残しました。

モンゴル軍は、馬肉を食べていましたが、乗馬用の馬の肉は固いため、細かく刻んで生のまま鞍の下に置き、柔らかくしていました。

それを牛肉で作ってみたのがタルタルステーキで、これが反対側の東に伝わったのが、韓国料理のユッケというわけです。

タルタルソースで食べるステーキ、ではないのです。

私も生肉料理が大好きなのですが、食中毒事件のため外食で提供禁止となったのが残念でならず、どうしても食べたいときには自作をしています。

新鮮なかたまり肉を選び、表面を強火でしっかり焼いて、焼けたところをそぎ落とせば大丈夫のようです。もちろん自己責任ですが。

生肉を細かく刻み、塩コショウ、オリーブオイル、玉ねぎ、ピクルス、ケッパーを混ぜ、卵黄を乗せて出来上がりです。

今回、ハンブルクゆかりのこの曲について書くにあたり、作って堪能しました。

新鮮な肉が無かったのか、食べやすくするためだったのか、タルタルステーキを焼いたのがハンバーグというわけです。

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海軍鎮守府100周年記念〝海の組曲

港湾都市ハンブルクの交易を守るため、市は軍艦を保有しており、その司令部が海軍鎮守府です。

その任務は、船舶の護衛、港の管理、水先案内人の組織化、航路標識の制御、船舶保険の運用などで、ハンブルクの繁栄維持に無くてはならない組織でした。

1723年4月6日、ハンブルク海軍鎮守府設立100年記念祭が盛大に開催され、そこでテレマンが作曲、演奏したのが、この『水上の音楽』でした。

壮大なフランス風序曲から始まり、9曲の標題をもった舞曲が続く組曲です。

ハンブルクの潮の満ち引き』は、そのうちの1曲なのですが、とても印象的なため、全体の曲を表す題名にもなっています。

この催しについて、当時の報道を引用します。

一昨日、4月6日の火曜日に、本共和国の誇る海軍鎮守府が、設立100年記念式典を挙行した。閉幕にあたり、たいそう美しく飾られた低木館に豪華な祝宴の席が用意され、そこに市長閣下、および海軍鎮守府と警護隊に関与されている顧問官諸氏、ならびに市の各界の長老、議員、商人といった方々が市当局の船長諸氏とともに招かれ、総勢37名が豪勢なもてなしにあずかった。この祝宴では、ギムナジウム正教授リッヒャイ氏の意味深い当世風の詩による素晴らしいセレナードが、音楽隊監督テレマン氏の美しい調べに乗せて歌われた。館の前に集まった海軍鎮守府の狩猟隊は、乾杯の歌、その音楽を勇壮に演奏し、港に停泊していた船も祝砲を撃ち鳴らしたり、あるいはまた三角旗や船旗を掲げて、祝賀のよろこびを表していた。(ハンブルク航海通信)

この序曲は、ここでいう「セレナード」に先立って演奏されたものであり、別の新聞では、次のように報じられています。

さらに、この記念祭に関していっそうの興味を持たれる読者諸氏のために、祝宴の際、セレナード以外にもテレマン氏によってこの記念祭用に作曲され、演奏された、器楽作品についても報告しておこう。その音楽に盛り込まれたすばらしいアイデアは、優美で意味深いのみならず、抜群の効果を持ち、この祝宴にきわめてふさわしいもであった。セレナードへの序曲となったこの作品では、まず静けさが、次いで波、そして海の嵐が描写されていた。(ホルシュタイン中立通信員の国家・学術新聞)

前掲の記事では、続いて各楽章について紹介されています。

組曲には、ギリシャ神話に基づいた標題が付されており、登場するのは、テティス、ポセイドン、ネレウス、トリトン、アエロ、ゼフィロスといった、海にまつわる神々たちです。

これらの神々、すなわち自然がいざこざを起こすため、海軍鎮守府が設立されなければならなかった、という筋書きになっているのです。

この曲を聴いたハンブルクの市民は熱狂し、テレマンはその後も他の演奏会で繰り返し演奏しなければならなかった、ということです。

すべての曲が面白く、海の香りたっぷりで、今に至るまで古今の名曲として親しまれています。

テレマン:序曲『水上の音楽〝ハンブルクの潮の満ち引き〟』ハ長調

Georg Philipp Telemann:Ouverture C-dur Wassermusik Hamburger Ebb und Flut

演奏:ラインハルト・ゲーベル指揮 ムジカ・アンティクワ・ケルン

Reinhard Goebel & Musica Antiqua Köln

第1曲 序曲

『静けさ、波立ち、荒れる海』という表題の付された、ヘンデルの『王宮の花火の音楽』にも匹敵する、大規模で充実したフランス風序曲です。

冒頭、静かな海を表した「緩」のゆっくりした付点リズムは、他の作曲家の序曲に比べ、典雅というより、優しさで満ちていて、テレマンの親しみやすさがよく出ています。王侯のいない共和都市ハンブルクの自由な雰囲気も表しているように感じます。

続く「急」のアレグロは、『波立ち、荒れる海』を表し、まさに海の嵐のごとく、息つく間もなく弦と管楽器が掛け合いを続けます。その楽しさといったらバロック随一と言っても良く、当時の人がテレマンに熱狂したのがよく分かります。まさに〝一流の人〟の仕事といっていいでしょう。

そのあと、「緩」「急」「緩」と繰り返されます。

第2曲 サラバンド『眠るテティス

序曲の興奮を冷ます、優雅なサラバンドです。テレマンといえば、リコーダー(ブロックフレーテ)の使用が絶妙なことで有名ですが、この曲でもその愛らしい響きが活躍します。

テティスは海の女神で、神話の中のアイドルのひとりです。古い海の神ネレウスの娘で、その美しさからゼウス(ジュピター)、ポセイドン(ネプチューンたち大物の神々から求婚されますが、〝テティスから生まれた子供は父を凌駕するだろう〟という予言があったため、神々たちは結婚をあきらめ、人間の英雄ペレウスと結婚することになります。

しかし、人間との子は神のように不死ではないため、ペレウスとの間に生まれた子、アキレウスを、テティスは、地獄の川ステュクスの水に漬けます。しかし、そのとき赤ん坊のかかとを持っていた部分は水に触れず、そこだけ不死ではなくなりました。それが〝アキレス腱〟です。

そして、後に起こったトロイ戦争で、アキレウスは英雄として活躍しますが、ついにアキレス腱を矢で射られて命を落とすのです。

そんな悲劇は別として、ここでは美しいテティスが優雅に眠る場面を描写しています。

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アキレウスステュクス河に浸すテティス
第3曲 ブーレー『目を覚ますテティス

続くブーレーでは、テティスが目覚め、活動を始めるさまが描かれます。テティスは、多くの神々を助けたり、保護したりした快活で優しい女神であり、その目覚めは、海の穏やかな一日の始まりを表しているのです。ここでもリコーダーが活躍します。

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テティスペレウスの結婚披露宴。ゼウスがこの席に争いの女神を招かなかったことからトロイ戦争が勃発した。
第4曲 ルール『恋するポセイドン』

そんな、優しくて美しいテティスに恋する、海の支配者ポセイドンの切ない気持ちを表した舞曲です。ティティスとの間に生まれた子は『長じてゼウスの雷撃やポセイドンの三叉戟(トライデント)を越える武器を振るうだろう』と予言されたたため、口説くのを躊躇せざるを得ないのです。

第5曲 ガヴォット『踊るネレウスたち』

海の神と言われる神は何人もいるのですが、それぞれ性格が違っています。権力を握って海を支配しているのはポセイドンですが、ネレウスはそれよりも一世代前の古い神で、穏やかな内海を神格化したと言われ、荒ぶる神ポセイドンとは対照的です。女神テティスの父であり、〝海の老人〟とも称されます。時には優しく、時には恐ろしい海のさまざまな姿を表しているといえます。このガヴォットは短調で落ち着いており、老人が娘たちと踊っているような、家庭的な響きがします。

第6曲 アルレッキーノ『戯れ遊ぶトリトン

トリトンも海の神で、ポセイドンの息子です。ポセイドンと同じトライデントを持っていますが、人魚の姿で表され、深海からの使者とされています。ほら貝を吹いて波を荒立てたり鎮めたりし、若いイメージなので、この曲も子供が遊んでいるような風情に作られています。アルレッキーノとは道化という意味で、弦のピチカートがさざめく波を表わしています。ディズニー映画『リトルマーメイド』のトリトン王は、ポセイドンとキャラを重ねているようです。

第7曲 テンペスト『吹きすさぶアエロ』

アエロは神ではなく、ハルピュイアという女面鳥身の伝説上の生物です。疾風を意味し、穏やかな西風のゼフィロスとは異なり、厄介なつむじ風のようなイメージです。この曲はテンペスト(嵐)と題され、ラモーのオラージュと同様、吹きすさぶ海の嵐を描写しています。最初は弱く始まり、だんだんと風が強くなっていく様子がまさにリアルです。繰り返し部分は転調し、その展開は古典派を予告しています。

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ハルピュイア
第8曲 メヌエット『快いゼフィロス』

ヨーロッパ人に心地良く、優しく吹く西風を神格化したゼフィロスは、多くの音楽に取り上げられてきました。トリオで響くリコーダーに癒されます。穏やかな春の海です。

第9曲 ジーグ『潮の満ち引き』

神話の世界は前の曲で終わり、現実の世界が表現されます。ジーグはアップテンポなダンスですが、それを使ってテレマンは潮の干満を見事に音楽化しているのです。最初は満ち潮で、沖からだんだんと潮が満ちていくさまがリアルに描かれます。2回繰り返したあと、今度は引き潮です。満ち潮の鏡のように逆さまになり、サーっと潮が引いていきます。川に面したハンブルクよりも、北海の遠浅のビーチをイメージしていると思われます。そのリアルさに、当時の聴衆は大爆笑し、拍手喝采したことでしょう。テレマンは知る由もありませんが、干満を撮ったビデオを早回しにしたら、この曲にぴったりなはずです。バロックの数ある曲の中でも、5本の指に入る珍曲だと思います。

第10曲 カナリー『愉快な船人たち』 

カナリーは ジーグの一種です。船乗りたちの愉快な踊りでこの組曲は大団円となります。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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【感想つき】調布国際音楽祭2019、バッハ・コレギウム・ジャパン〝協奏曲の夕べ〟に行ってきました。ヘンデル『水上の音楽 第2・第3組曲』~ドイツ人の作ったフランス風序曲③

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ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(1685-1759)

調布国際音楽祭2019、バッハ・コレギウム・ジャパン〝協奏曲の夕べ〟の感想

前回に続き、ヘンデルの有名な『水上の音楽 Water Music』の、第2組曲、第3組曲を聴きますが、その前に、きょう行ってきたコンサートの感想をちょっとつづらせていただきます。

鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンBCJは、間違いなく日本の古楽器オーケストラの最高峰ですが、これまで生演奏を聴く機会を逃していました。

今回、地元近隣で開かれた『調布国際音楽祭』でコンサートがあるということで、ようやく行くことができました。

鈴木正明氏のご子息、鈴木優人氏が、この音楽祭のエグゼクティブプロデューサーをされているのです。

プログラムは、バッハの宗教音楽を得意とするBCJには珍しく、コンチェルト特集。それも、ヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハそれぞれ2曲ずつで、いずれも個性的な曲ばかりを集めた、なるほどと思わずうなってしまう、素晴らしい組み合わせでした。

私は最前列に陣取りました。コンサートホールのいい席は、音響がバランスよく聴ける中程といわれていますが、バロックに関していえば、私は前であるほどいいと思っています。オケの近くでなければチェンバロの音など聴き取れませんし、当時の王様は一番前で聴いていましたから。まさに〝王侯の席〟です。

1曲目はヘンデルのコンチェルト・グロッソ作品6の6、ト短調

第1楽章の深淵な響きは、さすが、宗教音楽のプロ、BCJバロック短調は、CDで聴いていると退屈なときもありますが、生で聴くと本当にその世界に引き込まれていきます。

第2楽章はフーガになっていますが、主題の受け渡しが見事というほかありません。

第3楽章はこの曲のメイン、牧歌的なミュゼット。初めてBCJが見せる、温かい音楽です。チェロの懸田貴嗣氏の繫留音が心に沁み、中間部では、日本最高のバロック・ヴァイオリニスト、寺神戸亮と、山口幸恵氏のヴァイオリンが抒情的に歌い、思わず目頭が熱くなりました。

ミュゼットの音を模したこの曲は以前も取り上げました。オリジナルのミュゼットの音色はラモーのところで掲げています。

www.classic-suganne.com

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さて、第2曲目はヴィヴァルディのコンチェルト集『レストロ・アルモニコ(調和の霊感)』から第11番ニ短調

この曲は、この曲集の中でも特に好きな曲で、2台のヴァイオリンのソロから入ります。〝ヴィヴァルディは600曲のコンチェルトを書いたのではなく、同じコンチェルトを600回書いたに過ぎない〟という有名な酷評がありますが、これだけ斬新な工夫があるのに、どうにも納得できません。

ソロの導入のあと、トゥッティが入る箇所は実にかっこよく、しびれます。フーガ風の展開は、バッハを得意とするBCJの真骨頂です。

しっとりと抒情的な第2楽章をはさみ、激しい第3楽章。ヴァイオリンの山口幸恵氏、木村理恵氏の息はぴったりで、そこにチェロの懸田貴嗣氏の名人芸がからみ、聴く方も息つく暇もありません。

3曲目は、同じくヴィヴァルディの『四季』から夏。季節柄の選曲かもしれませんが、前曲に続き、ヴィヴァルディのかっこいい短調曲でたたみかけてくる感じです。

聴きなれた曲ですが、やはり生で聴くと迫力が違います。カッコウの鳴き声を模した寺神戸氏のヴァイオリンはまさに神業。最後の嵐の楽章も、実に充実した響きでした。

休憩を挟んで4曲目は、バッハの2つのチェンバロのためのコンチェルト、ハ短調BWV1060を、失われた編成、すなわち2つのヴァイオリンとオーボエのためのコンチェルトに復元した曲。

ソロ・オーボエの三宮正満氏の歌は完璧。切れ切れになりやすいバッハの音符を、実に伸びやかに演奏していて、曲が終わってもずっと耳に残ります。

寺神戸亮氏のヴァイオリンはさすがですが、それを支えるトゥッティの奥深さは、バッハゆえか、BCJゆえか。

5曲目は、なんと珍しいヘンデルのオルガン・コンチェルト作品4の5番、へ長調です。奥にあったポジティブ・オルガンが引き出され、鈴木優人氏が初めて登場して弾きます。

ヘンデルのオルガン・コンチェルトはなかなか演奏されませんが、オラトリオの幕間にヘンデル自身が妙技を披露した名作。パイプオルガンでやってはいけません。

オルガンの目の前に陣取った私は、その素敵な可愛い音色を思う存分堪能できました。

どこまでも優しい、神のごときヘンデル。まさに天上の音楽です。

鈴木優人氏はヘンデルの意図を完全に理解した演奏でした。チェンバロから指揮する父雅明氏との親子共演はまさに貴重です。

この場でこの曲を初めて聴いた観客も多かったと思います。その素晴らしさに驚いたことでしょう。これで、日本では完全にバッハの後塵を拝しているヘンデルの人気が上がることを願ってやみません。

このオルガン・コンチェルト作品4はまだこのブログでは触れていませんが、作品7は以前取り上げました。

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最後は、この音楽祭のフィナーレにふさわしい、バッハの管弦楽組曲第4番ニ長調

このブログでも、このフランス風序曲シリーズの最後に取り上げようと思っています。

ポピュラーな演奏は、トランペットとティンパニが加わった、派手で野外的な編成のものですが、これはライプツィヒ時代に後から両楽器が加えられたもので、ケーテン時代に作られたオリジナルにはこれらは含まれていなかった、とされています。

今回の演奏は、その初期稿を使った珍しいもので、私も初めて生で聴きました。

物足りないかと思いきや、オーボエファゴットがあれば十分に華やかだということが分かりました。ケーテンの宮廷で行われた、室内楽的な響きがまさに目の前に現出したのです。

トランペットとティンパニがいないと、こんなに安心して聴けるのか、と感じました(笑)

古楽器ならともかく、現代楽器でバッハをやると、金管が突出してしまい、やかましくて聴くに堪えないことが多いです。もちろんバッハが想定した響きではありません。

BCJ管弦楽組曲は、鈴木優人氏もオルガンで加わり、総勢で実ににぎにぎしく、リズムもハーモニーもぴったりで、バッハが活躍したケーテン宮廷はかくや、と思わせるものでした。

ここが現代の調布であることを忘れてしまう思いでした。

BCJの皆様、実に楽しい初夏の夕べをありがとうございました。

コンサート後のサイン会で、ミーハーにもBDに皆様のサインをいただき、言葉を交わせたのも感激でした。

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鈴木雅明氏のサインはディスク本体に。寺神戸亮氏は別にいただけばよかった…

ヘンデルは音楽の〝母〟?

さて、前回の続きにもどり、ヘンデル水上の音楽 、第2組曲、第3組曲です。

前回も触れたように、新全集での第2組曲はトランペット、第3組曲はピッコロやフルートが活躍する特徴があります。ただ、第2組曲は派手で華やか、第3組曲室内楽的でしっとりした傾向があるので、コンサートでは、旧全集のように両組曲を織り交ぜて演奏した方が効果的です。

実際の演奏もそのようなものだったことがうかがえるのですが、第2組曲ニ長調、第3組曲ト長調なので、バルヴのない当時の管楽器では両方は演奏できません。ふたつ楽器を持ち込んでいれば可能かもしれませんが、狭い舟の上で…?と謎は尽きません。

ちなみに、ヘンデルは、〝音楽の父〟ヨハン・セバスチャン・バッハに対して、〝音楽の母〟と呼ばれることがありますが、これは日本だけのようです。バロックの巨匠として、バッハ&ヘンデルと並び称らせるのに、バッハだけが父と呼ばれるのはバランスが悪い、と思った日本ならではの忖度なのでしょうか(笑)ヘンデルは男性なのですが…

先も触れたように、日本ではヘンデルの評価がバッハに比べてまだまだだと感じます。

ただ、この水上の音楽のような、艶っぽく色っぽい音楽を聴くと、 女性的な印象を受ける人がいたとしても分かる気もするのです。

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テムズ川上のジョージ1世とヘンデル(19世紀の想像画)

ヘンデル『水上の音楽』第2組曲 HMV349

George Frideric Handel: Music for the Royal Fireworks

演奏:ホルディ・サヴァール指揮 ル・コンセール・ナシオン

Jordi Savall & Le Consert des Nations 

第1曲 序曲

序曲ですが、フランス風序曲の形式ではないため、プレリュードと呼ばれることもあります。響きは明らかに第1組曲よりも充実していて、後年の作を思わせます。第2組曲はトランペットを主体としていますので、とても華やかですが、肩の力の抜けた、のびのびとした音楽です。この演奏ではティンパニがとてもよくマッチしていて、うきうきしてきます。ナチュラル・トランペットの名人芸に圧倒されます。

最後に、次の曲への導入があります。

第2曲 アラ・ホーンパイプ

序曲からの導入で始まるのは、やはりこの曲がふさわしいように思います。結婚式、卒業式など、華やかな式典の定番です。〝ホーンパイプ〟は前回も触れたように、英国のカントリーダンスです。しかし、鄙びた感じはみじんもない、都会的で粋な音楽です。リズムだけを援用したので〝アラ〟(~風)とわざわざつけたのかもしれません。

第3曲 ラントマン

ゆっくり、ゆったりとした典雅な音楽です。こうした抒情的なトランペットも魅力的です。中間部ではオーボエが哀愁のこもった旋律を奏でます。

第4曲 ブーレー

いつもながら、ヘンデルの闊達なブーレーです。この演奏では、まずオーボエが主旋律を奏で、弦がそれに続き、最後にトランペットが加わって、大いに盛り上げていきます。

第5曲 メヌエット

とても愛らしい、素敵なメヌエットで、思わず口ずさんでしまうようなご機嫌なフレーズです。すました貴婦人ではなく、お茶目でコケットな美女が踊っている姿が目に浮かぶのです。

ヘンデル『水上の音楽』第3組曲 HMV350

第1曲 メヌエット

第3組曲は序曲はなく、メヌエットではじまります。全集ではそうなっていますが、オリジナルは、おそらくこの曲でスタートしたわけではないでしょう。第3組曲はフルート、リコーダーといった木管が活躍する、室内楽的な音楽です。この曲はまさにその性格を表している、切ないくらいに優しい響きです。

第2曲 リゴドンⅠ

一転、元気なリゴドンです。子供ははしゃいでいるような無邪気な音楽です。

リゴドンⅡ

前曲に続き、さらにテーマを展開していきます。颯爽とした、カッコいい大人の世界を見せているようですが、ほどなく、前曲の子供の世界に戻っていきます。

第3曲 メヌエット

しっとりとした、抒情的なメヌエットです。舞曲とは思えないほど落ち着いています。

メヌエット

続いて木管が歌います。その切ない響きにはすっかり魅了されてしまいます。女性が少しすねたような、愛らしさも感じます。

第4曲 ジーグⅠ

リコーダーがリードし、スキップするような軽やかな音楽です。

ジーグⅡ

続いて、全楽器が加わります。この盛り上がりは素晴らしく、王族たちも大いに興奮したことでしょう。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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王家のドロドロから生まれた、この上なくキラキラした音楽。ヘンデル『水上の音楽 第1組曲』~ドイツ人の作ったフランス風序曲②

英国王の舟遊びのBGM

前回の『王宮の花火の音楽』と並んで、ヘンデル管弦楽組曲として有名な『水上の音楽 Water Music』を聴きます。

この2曲はCDではよくカップリングされ、ヘンデルの代表作として親しまれています。

結婚式や卒業式などでよく使われる曲『アラ・ホーンパイプ』が含まれているので、このブログを始めた頃に取り上げましたが、ここで改めて、曲ができた背景をご紹介し、全曲を聴いてみます。

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『王宮の花火の音楽』は、ジョージ2世(1683-1760)のために作られましたが、『水上の音楽』はその父ジョージ1世(1660-1727)がテムズ川で舟遊びをしたときのための音楽ですので、時代を少しさかのぼります。

ジョージ1世は、ドイツから来た今の英国王室、ウィンザー朝(第1次世界大戦時に、敵国ドイツの王家名では都合が悪いということで、ハノーヴァー朝から改称)の初代に当たりますが、それを取り巻く人間模様はかなりドロドロしたものでした。

女王、女系が多かった近世英国の王位継承

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アン女王(1665-1714)

ここで、ドイツ人が英国王に迎えられることになるまでの、英国王位継承の流れを振り返っておきます。

スペインの無敵艦隊アルマダ〟を破り、英国絶対王政を確立し、英国を一流国にした英主エリザベス1世(1533-1603)が逝去すると、この〝ヴァージン・クイーン〟には子がいなかったため、血縁から、スコットランド王ジェームズ6世が、イングランドジェームズ1世(1566-1625)として即位します。

イングランド王家はこの時点からテューダー朝からステュアート朝に変わりますが、イングランドスコットランドは、王様が同じ人、というだけでまだ別の国です。

しかし、新教(英国国教会)のイングランドと、旧教(カトリック)のスコットランドは、宗教的に相容れませんので、基本カトリック教徒だった王家と国民の間ではごたごたが続きます。

ジェームズ1世の子、チャールズ1世(1600-1649)の時代に清教徒革命(ピューリタン革命)が起こり、王は断頭台の露と消えます。

ほどなく、チャールズ1世の子、チャールズ2世(1630-1685)が王政復古を果たしますが、その子ジェームズ2世(1633-1701)のときに名誉革命が起こり、王は逃亡。

名誉革命は、ジェームズ2世の娘、メアリ(1662-1694)の夫であるオランダ総督オランニエ公ウィレム3世(オレンジ公ウィリアム3世(1650-1702)がオランダ軍を率いて上陸してきたことで果たされ、逃げた父王の代わりにメアリが女王メアリ2世として即位します。

夫のウィリアムは、単に王配(女王の配偶者)というだけでしたが、王になりたいと言ってごね、ウィリアム3世として、妻と共同統治者となります。

ふたりの間には子が生まれなかったため、そのあとはメアリの妹のアンが即位して、アン女王(1665-1714)となります。

ちなみに、この時代にイングランドスコットランドが統合してグレートブリテン王国が成立し、今のUKの基礎になりました。

統合したのはそんなに大昔ではないわけで、スコットランドは伝統的にフランスと同盟していましたから、これから英国が強引にEUから離脱すれば、スコットランドが独立しても不思議はありません。

アン女王は、デンマークの王子と結婚しましたが、17回妊娠したものの、6回流産、6回死産を経験し、生まれた5人も全員夭折という不幸な結果となり、王家はまた継承問題に悩まされることになります。

血統よりも宗教が大事

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今の英王室の直接の祖、ゾフィー・フォン・デア・プファルツ(1630-1714)

そのため、後継ぎが望めないと分かった段階で、議会は1701年に「王位継承法」を定め、後継王の条件を「ステュアート家の血を引き、カトリック教徒でない者」としました。

それは、名誉革命で父とともに大陸に亡命していた、アン女王の異母弟ジェームズを排除する目的でした。ジェームズはカトリックだったのです。

英国民にとって、血縁が遠くとも、王が新教徒であることが最優先条件だったわけです。

想定されたのは、清教徒革命でクロムウェルに処刑されたチャールズ1世の姉で、ドイツのプファルツ選帝侯に嫁いでいたエリザベスの5女、ゾフィー(1630-1714)でした。

ゾフィーは同じくドイツのハノーヴァー選帝侯エルンスト・アウグストに嫁いでいました。

しかし、ゾフィーはアン女王より先に亡くなってしまったため、ハノーヴァー選帝侯を継いでいた長男、ゲオルク・ルートヴィヒが、英国王ジョージ1世として即位したのです。

なんとも遠い、しかも女系を何代もたどっての王位継承でした。

以前、フランスのブルボン王朝の王たちを紹介しました。あちらはあちらで色々ありますが、どこか楽天的で明るい王たちです。一方、英国王室は、継承の事情も複雑で、どこか薄ら暗いものを感じてしまいます。

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完全に家庭崩壊していたジョージ1世

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ジョージ1世(1660-1727)

そのジョージ1世ですが、お世辞にも王としてふさわしいとはいえない人物だったのです。

ハノーヴァー選帝侯になる前、彼は従妹のゾフィー・ドロテア(1666-1726)と結婚します。

この女性は絶世の美女だったといわれますが、これは持参金と領地目当ての結婚でした。

ふたりの間には、長男として後のジョージ2世と娘が生まれますが、その後は疎遠となります。

ゲオルク(ジョージ)は選帝侯世子時代から、母ゾフィーの侍女であったエーレンガルト・メルジーネ(シューレンブルク夫人)を寵愛しており、結婚後も、美人のお妃はほったらかしにして、愛人だけを相手にしていました。

このシューレンブルク夫人が不美人だったことも、妃のプライドを傷つけました。

ゾフィー・ドロテアは淋しさ、悔しさのあまりか、スウェーデン貴族のケーニヒスマルク伯爵と不倫関係となりました。

ふたりの仲は公然のものとなり、駆け落ちの噂が広がると、宮廷は危機感を持ち、伯爵を暗殺。

遺体はおもりをつけてライネ川に沈められます。バラバラにされて宮殿の床下に埋められた、という噂も立ちましたが、表向きは〝失踪〟ということにされました。

夫ゲオルクが関与した証拠はありませんが、下手人とおぼしき廷臣数名は賞与をもらったとされています。

愛する人を殺されたゾフィー・ドロテアは、ゲオルクに離婚を求めますが、手続きが済むまでの間として、アールデン城に幽閉されました。

結局、正式な離婚は成立しないまま、死去するまでの32年もの間幽閉され続け、再婚どころか、実母以外との面会は許されず、行動にはずっと監視がつけられたのです。

息子ジョージ2世は、美しい母をそんな目に遭わせた父王とずっと不和のままでした。

一方、愛妾のシューレンブルク夫人は、そのまま英国王の公妾におさまりました。

強欲な彼女は、王に謁見したいという者から、面会紹介料をたんまり巻き上げた、ということです。国民からは、その背の高さから〝メイポール〟(5月に広場に立てるお祭りの柱)とあだ名をつけられました。

美人の妃を捨てて、国民に不人気の愛人を取る。今の英王室にも同じようなことがあったような…。王家に生まれたばかりに自由に恋愛できないのでは気の毒ですが。

そんなことから、ジョージ1世は英国民から人気がありませんでした。

当人もなりたくてなった国王ではなかったので、英国を嫌い、故郷ハノーヴァーに滞在しがちでした。

英語も分からないため、政治はウォルポール首相にまかせっきりにした結果、責任内閣制が確立し、〝王は君臨すれども統治せず〟の原則が生まれたのです。まさに結果オーライです。

英国でのジョージ1世の評判が垣間見える当時のジョークがあります。

『国王は疑いもなく情愛の深いお方である。なぜなら、この世のすべての人々の中で、国王が憎んでいる人物はたったの3人しかいないのだから。それはご自分の母と、妻と、息子である。』

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ジョージ1世の悲劇の妻ゾフィー・ドロテア・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルク

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ジョージ1世の愛人エーレンガルト・メルジーネ・フォン・デア・シューレンブルク

否定された、国王とヘンデルの不仲・和解説

さてヘンデルは、若き日のイタリア修行で国際的名声を得たあと、ハノーヴァー選帝侯宮廷楽長の座に迎えられます。

主君ゲオルク侯は、音楽への造詣は薄く、高名な芸術家を召し抱えている、という見栄でヘンデルを雇用した面が強かったと考えられます。

そのため、ヘンデルがハノーヴァー宮廷ではあまり仕事をせず、ロンドンに行って私的に活動することも、ある程度容認していたと思われます。

『不義理をした主君が英国王になってしまったため、王の舟遊びの際に、妙なる音楽を奏でてご機嫌を取り、和解した』というのが『水上の音楽』成立の伝説ですが、これは後世のフィクションであることはほぼ間違いない、とされています。

ゲオルク選帝侯が英王ジョージ1世として即位後、ロンドンでヘンデルを責めたり冷遇したりした記録は全くないどころか、英国に渡って、初めて王室礼拝堂での典礼に出席した際、演奏されたのはヘンデルの『テ・デウム』だったということです。

演奏旅行ばかりして宮廷での仕事をなおざりにしたモーツァルトに激怒した、ザルツブルク大司教コロレードのようなことは起こらなかったのです。

ジョージ1世は、英国に入ると愛妾シューレンブルク夫人をあちこちに同伴して見せびらかしていたといいますから、むしろ、ロンドンで人気のヘンデルについても『もともと余の部下であるぞ』と自慢していた節すらあります。

側近のごますりで実現した水上コンサート

さて、1717年、ジョージ1世は、自分の楽しみのためか、大衆の人気取りのためか分かりませんが、テムズ川での水上コンサートをやりたい、と言い出します。

そして、こうしたイベントのプロデューサーだったスイス人、ハイデッガーに依頼しますが、他に儲け仕事が入っていたために断られてしまいます。

そこで、側近のキルマンゼック男爵が、代わりに自腹で開催することにしました。

その詳しいいきさつが書かれた文書が1922年にベルリンで発見されました。ロンドン駐在のプロイセン外交官、フリードリヒ・ボネットによって書かれたものです。

数週間前、国王はキルマンゼック男爵に、この冬の仮面舞踏会ーー国王は欠かさず必ずご出席されたーーと同様の、予約制による川の上のコンサートを開きたいとの意向を明らかにした。男爵はその旨、ハイデッガーに依頼した。スイス生まれのこの男は、最も知恵のある貴族娯楽の請負人であった。ハイデッガーは、陛下のご要望にできる限り応じたいが、目下、大きな行事、つまりいくつかの仮面舞踏会のための予約を確保しなければならない、と答えた。これらの仮面舞踏会はそれぞれ300から400ギニーの純益が得られるのである。陛下が残念そうにしているのを見て、キルマンゼック男爵は、自分の負担で水上の音楽を実施することを請け合った。必要な指示がなされて、この音楽会は一昨日(7月17日)に行われた。夕刻8時頃、国王は御座船に赴いた。そこに乗船を許されたのは、ボルトン公爵夫人、ゴドルフォン伯爵夫人、キルマンゼック男爵夫人、ウェア夫人、オークニー伯爵、それに寝室付侍従であった。その御座船の近くには数にして50名ほどの音楽家達を乗せた船が続き、彼らはあらゆる楽器、すなわちトランペット、ホルン、オーボエファゴット、ドイツ・フルート(横笛のフルート)、フランス・フルート(リコーダー)、ヴァイオリン、バスによる演奏をした。歌手はひとりもいなかった。その音楽は、ハレ出身で、陛下の首席宮廷作曲家、高名なるヘンデルにより特別に作曲されたものである。陛下はそれをことのほかお気に入られ、演奏するには1時間もかかるその音楽を3回、つまり、夕食前に2回、夕食後に1回繰り返させた。その夜の天候は祝祭にふさわしいもので、御座船や、音楽を聴きに集まった人々を乗せたボートは数えきれないほどであった。この催しをさらに凝ったものにするために、キルマンゼック男爵夫人は河畔のチェルシーにある、故ラネラ卿の別邸に腕によりをかけた夕食を用意した。国王は午前1時にそこにお着きになられ、3時にそこを発ち、4時半頃、セント・ジェームス宮殿に戻られた。キルマンゼック男爵はこの音楽会のために、音楽家だけでも150ポンドを費やした。王子や王女はこの祝祭には全く関与しなかった。*1

催しは、次代の『王宮の花火の音楽』のときと違って、大成功に終わったようです。

ちなみに、催しを主催したキルマンゼック男爵の夫人は、ジョージ1世と愛人関係にあったといわれています。さらにこの夫人は、ジョージ1世の父の庶子、つまり王の異母妹だったという説も。

果たしてキルマンゼック男爵は、妻を王に差し出して取り入ったのか、王の密かな近親相姦の相手を引き受けて出世したのか、いずれにしても相当なごますり男です。

そのごますりの一環で成立したのが、この美しい音楽だというのは皮肉の限りです。

組曲構成の謎

今伝わっている『水上の音楽』は、すべてがこの機会のために作られたものではありません。

こうしたテムズ川における王室の水上音楽の催しは計3回、1715年8月22日、ここに記録された1717年7月17日、そして1736年4月26日に行われ、どの曲がいつ演奏されたのかは定かではないのです。

1736年のものは、ジョージ2世の長男、プリンス・オブ・ウェールズフレデリックの結婚を祝賀するためで、ヘンデルはこのためにも新曲を作曲したと考えられています。

現在残っている、組曲を構成する曲は、自筆譜はなく、無断で出版された楽譜、バラバラの筆者譜、鍵盤楽器への編曲譜からの復元などの寄せ集めで、どの曲がいつ演奏されたのかは不明です。まして、順番などは全く分かりません。

今演奏される楽譜は大きく分けて2種類あり、ヘンデル全集版(クリュザンダー版)ヘンデル全集版(ハレ版、レートリヒ版)があります。いずれも曲数は22曲ですが、配列が違います。

新全集版は、調性と編成から、組曲第1組曲ヘ長調HMV348、第2組曲ニ長調HMV349、第3組曲ト長調HMV350の3つに分けています。

すると、第1組曲はホルンとオーボエ、第2組曲はトランペット、第3組曲はピッコロやフルートが目立って活躍する、という特徴が見えてきます。

いっぽう旧全集は第2組曲と第3組曲を混ぜて、ひとつの組曲として演奏するもので、全体のバランスはよく、一番ポピュラーなスタイルです。

しかし、いずれも〝正解〟の証拠はありません。

こうしたわけなので、演奏者によって独自の配列をしているものもあり、『水上の音楽』は様々なヴァリエーションがあります。

聴きなれない順番だと落ち着かないこともありますが、それも一興です。

とはいえ、当時の管楽器の構造上、異なった調性の曲を演奏するのには大きな制限があったので、新全集の並べ方は理にかなっています。

ここで取り上げるサヴァールの演奏は、独自の解釈で並べていて、それはそれで相応の理由があるのですが、これを新全集順に並べ替えて聴いてみたいと思います。

まずは、第1組曲からです。 

ヘンデル『水上の音楽』第1組曲 HMV348

George Frideric Handel: Music for the Royal Fireworks

演奏:ホルディ・サヴァール指揮 ル・コンセール・ナシオン

Jordi Savall & Le Consert des Nations 

第1曲 序曲

典型的なフランス風序曲で始まります。その典雅さは、まさに本場フランス顔負けという風格です。ティンパニが無いのが、さらにこの音楽を知的な印象にしています。続く「急」の部分はヴァイオリンのソロで導入され、 オーボエに応援されながら、オーケストラのトゥッティが呼応していくさまは、まさにコレッリのコンチェルト・グロッソのフーガを彷彿とさせます。フランス形式をとりながら、中身はイタリア様式を取り入れていて、聴く人は、まさにドイツ職人の技に圧倒されたことでしょう。

第2曲 アダージョ・スタッカート

今度はオーボエがソロで情感たっぷりに歌います。このしっとりとした美しい調べが、テムズの両岸に流れていく様が目に浮かびます。

第3曲 アレグロ

典雅なオケのトゥッティを、ホルンとオーボエが華やかに彩ります。その掛け合いも楽しく、心地良い船の揺れに身を任せている気分になります。

第3曲 アンダンテーアレグロ

3部構成になっている第3曲の後半ですが、再びオーボエが哀歌を奏で、弦が優しく和していきます。その後、先のアレグロが元気に回帰してきます。

第4曲 メヌエット

ホルンが導入する華やかなメヌエットです。野外音楽にふさわしい、アクティブな音楽です。サヴァールの演奏では組曲の締めくくりに置かれています。

第5曲 エール

たゆたう水面のようなリズムに乗って流れる、この旋律には誰もが癒されてしまうことでしょう。さりげないようで、深みもある素晴らしい曲です。

第6曲 メヌエット

これもホルンがリードする、狩を思わせるメヌエットです。まさに王者の音楽です。

第7曲 ブーレー

『王宮の花火の音楽』でも登場した活発なフランス舞曲です。弦が楽し気に生き生きと走り回り、オーボエがそれに続きます。 

第8曲 ホーンパイプ

 「ホーンパイプ」は英国のフォークダンスです。有名な「アラ・ホーンパイプ」は〝ホーンパイプ風〟ということで、別の曲であり、第2組曲に登場します。フランス舞曲が多い中で、わずかな英国風の曲、というわけです。

第9曲 アンダンテ

第1組曲は、後の組曲に比べて、ややバロック的な影がありますが、締めくくりとなるこの曲にもそこはかとない哀愁が漂っています。しみじみと心に沁みる曲ですが、次の曲につなげるような終わり方をしていることもあり、確かにこの曲が最後だと、どうも座りが悪いのは否めません。やはり、実際のコンサートでは明るいメヌエットで締める方がすっきりするとは思います。 


Handel Water Music Suite Jordi Savall I II & III HWV 348 HWV 349 HWV 350

 

次回、第2、第3組曲を聴きます。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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