
マゼットに胸を触らせるツェルリーナ
自分が捨てた女ドンナ・エルヴィーラの侍女を狙って、従者レポレロに自分の服を着せて邪魔なエルヴィーラをデートに誘い出させ、その隙に侍女のいる窓に向かって、甘いセレナーデを歌って求愛したドンジョヴァンニ。
その魅惑の歌声に、窓辺に人影が。もしもし、と声をかけると…。
そこへ、またも邪魔が入ります。ドン・ジョヴァンニにとって、騎士団長殺しをやってから、あと一歩、好事魔多し、という展開が続きます。
新妻を襲われたマゼットが〝ドン・ジョヴァンニ退治〟をするべく、村人に銃や棍棒を持たせて、後を追ってやってきたのです。
マゼットは暗闇で、レポレロの服を着ているドン・ジョヴァンニを、レポレロだと勘違いしたようです。
悪知恵がすぐ働くドン・ジョヴァンニは、その勘違いを利用し、レポレロの声色を使って、『俺もあの旦那には散々な目に遭わされたんだ。一緒にやっつけよう。こうしたらいい。』と言って、策略に満ちたアリアを歌います。
第17曲 ドン・ジョヴァンニのアリア『君たちの半分はこっちに行け』
ドン・ジョヴァンニ
君たちの半分はこっちに行け
あとの残りはそっちへ行け
静かに、静かに、探すんだ
この近所に奴はいるはずだ
もし男が若い娘を連れて広場を通ったら
もし窓の下で愛のささやきが聞こえたら
やっちまえ、やっちまえ
それが俺の主人だからな
頭に帽子をかぶり
立派な羽飾りをつけている
大きなマントを肩にかけ
腰には剣を吊っている
(村人たちに)
さあ、行くんだ、急いで!
(マゼットに)
君だけは俺と来い
別にやることがある
それはすぐ分かるさ
(村人たちは別な方向にそれぞれ去る)
ドン・ジョヴァンニは言葉巧みに村人を分散させます。そして、あろうことか、レポレロが着ている自分の服の特徴まで伝え、見つけたらやっつけろ、と教えています。
あれだけの忠臣に対し、重ね重ねひどい仕打ちです。
しかし音楽は、不思議な魅惑的な雰囲気に包まれていて、私の好きなアリアのひとつです。
そして、一人残したマゼットに、武器は大丈夫か?相手は強いぞ、見せてみろ、と、マゼットが持っている銃やピストルを出させます。
すっかり相手をレポレロだと思って信じ込んでいる単純なマゼットは、武器を全部出させられ、その隙にドン・ジョヴァンニに剣の柄で散々に殴られます。
ドン・ジョヴァンニは、このごろつきめ、思い知ったか、と捨て台詞を吐いて去っていきます。
マゼットが激痛で地面をのたうち回っていると、新妻のツェルリーナが駆け付けます。
あんた、どうしたの!?と抱きかかえると、マゼットは『レポレロにやられた・・・』とうなっています。
ツェルリーナは、あんまりやきもちを妬くからよ、と言いながら、どこが痛いの?と、まるで母親のように優しく介抱します。
マゼットは、子供のように、ここが痛い、こっちも痛い、と訴えますが、たいしたケガではないことを知ったツェルリーナは、『あなたがもう、やきもちを妬かないと約束するなら、私が薬で直してあげるわ。』と、言って、優しく歌いかけます。
第17曲 ツェルリーナのアリア『あなたがおとなしくしていたら』
ツェルリーナ
ねえ、あなたがおとなしくしていたら
とても良い薬をあなたにあげるわ
それは自然のお薬で
飲みやすいのよ
薬屋さんにも作れないの
それはバルサムのようなもので
私がもっているの
あなたが欲しければ
あげることができるわ
知りたい?
私のどこにあるか
それが、私のどこにあるか
私のここを触ってみてね
(マゼットの手を自分の胸に当てる)
ほら、どきどきいっているのを感じてね
(しばらくして、ふたり連れだって去る)
この歌は『薬屋のアリア』として有名です。
ツェルリーナは、自分の豊満な胸を、よく効く薬だと言って新郎に触らせるのです。
マゼットはもう、痛みを忘れて夢見心地になっています。女性の胸に手を触れて、こうならない男はいないでしょう。
第1幕の『ぶってよマゼット』と並んで、ツェルリーナの小悪魔的な魅力が匂い立つアリアです。特に、マゼットの手を胸に導いたところから、音楽が艶めかしくなり、弦が細かくツェルリーナの胸の鼓動を描写するところは、官能の極みです。
このアリアでは、歌が終わってからのオーケストラの後奏が異例に長くなっています。終わりそうで、なかなか終わらない。
それはモーツァルトの粋な計らいで、マゼットが少しでも長くツェルリーナの胸を触っていられるように、という配慮なのです。
自分が浮気しかけたことは棚に上げつつ、夫の心はしっかりキープするという、したたかな妻。夫に、今後は嫉妬しないこと、と約束させるのは、結婚後も何かと男遊びをするつもりなの?と疑わせます。男女の機微を描ける音楽家は、古今東西、モーツァルトの右に出る者はいません。
真面目なベートーヴェンは、モーツァルトがこうした音楽を作ったことを〝不道徳〟〝才能を浪費した〟と許しませんでしたが…。
ドロットニングホルム宮廷劇場&バーバラ・ボニーの歌も掲げておきます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。


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