孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

一人の女だけ愛したら、他の女に悪いじゃないか。モーツァルト:オペラ『ドン・ジョヴァンニ』(10)『ドン・ジョヴァンニのセレナーデ』

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セレナーデを歌うドン・ジョヴァンニ 

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』第2幕 第1場

第1幕の最後で、新婦ツェルリーナを強引に手込めにしようとしたところ、騒がれてしまい、悪事の現行犯として群衆に追い詰められたドン・ジョヴァンニ

もう逃げられないはずが、第2幕が開くと、ピンピンして従者レポレロと路上にいます。

やはり、ドン・オッターヴィオは優柔不断でピストルを撃てなかったのでしょうか。

危うく命拾いはしたものの、散々な目に遭ったレポレロは、もう旦那にはついていけない、辞めさせてもらいます!!とドン・ジョヴァンニに辞表を叩きつけています。

それはそうでしょう!さんざん主人の悪事の片棒を担がされたあげく、あろうことかその主人に自分の罪を押し付けられ、犯人扱いされて殺されそうになったんですから・・・。

第14曲 ドン・ジョヴァンニとレポレロの二重唱

ドン・ジョヴァンニ

おいおい、道化師よ

俺を困らせるなよ

レポレロ

いえいえ、旦那様

もうお供したくありません

ドン・ジョヴァンニ

俺の言うことを聞け

友達じゃないか

レポレロ

わたしゃ、行ってしまいたい、と申し上げてるんで

ドン・ジョヴァンニ

俺がいったい何をしたというんだ?

お前が俺を置いて行くようなことを!

レポレロ

ええ、何もなさってませんよ!

すんでのところで殺されそうになっただけですよ!

ドン・ジョヴァンニ

気でも狂ったか、冗談だろう?

レポレロ

いえいえ、冗談じゃありません

行かせていただきます!

(去ろうとする)

去るレポレロを、ドン・ジョヴァンニが呼び止めます。レポレロは、長年の条件反射で、はい旦那様、と振り向いてしまいます。

ドン・ジョヴァンニは、これで仲直りしよう、とダブロン金貨4枚をレポレロに渡します。

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ダブロン金貨

ダブロン金貨とは、フェリペ2世以降鋳造されたスペインの金貨です。中南米やアフリカ、アジアと、世界中に植民地をもち〝太陽の沈まない帝国〟といわれたスペイン・ハプスブルク帝国を象徴する貿易用貨幣で、TDLのアトラクション『カリブの海賊』や、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊たちが狙った金貨です。

今でいうとどのくらいの価値なのかは難しいですが、モーツァルトプラハの興行主から受け取った『ドン・ジョヴァンニ』の作曲料は、ドゥカーテン金貨100枚で、今の日本円にザクッと換算すると約135万円といわれています。ダブロン金貨は、ドゥカート金貨2枚分の価値ということでダブロン(英語でダブル)と呼ばれましたが、実際は8枚の価値があったという説もあり、それでいくと、1枚13,500円の8枚分で、1ダブロンが108,000円、それを4枚もらったので、432,000円ということになります。サラリーマンだったらボーナス1回分くらいのイメージでしょうか。

殺されそうになった慰謝料としてはどうなのかですが、大金ではあるので、レポレロは、ウホッとなって買収されてしまいます。

でも一言、『旦那、私のような身分の者を、女のようにいつでも金でだませると思っちゃいけませんよ。それに、もうこれに懲りて、女のことはおやめなさいまし。』と苦言を呈します。

ドン・ジョヴァンニは、カッとなります。

『女をやめろだって? バカモン!! 俺にとって女は、毎日食べるパンよりも、吸っている空気よりも必要なものなのだ!!』

レポレロ『じゃあ、次々に捨てなくたっていいじゃないですか。』

ここで、ドン・ジョヴァンニの哲学が語られます。

すべては愛なのだ。たったひとりの女しか愛していない男は、他の女には冷たいということだ。私は心が広いので、全ての女を愛しているのだ。それを女は理解できずに、この善良な行為を裏切りなどとぬかすのだ。』

この〝すべては愛〟(トゥット・アモーレ tutto amore)という言葉は、ドン・ジョヴァンニの口癖で、彼の行動原理となっています。生物学的には理にかなった行為なのかもですが…。不倫がバレて記者会見に追い込まれた著名人も、くどくど言い訳せず、この一言でいいかもしれませんね。これ以上の理由なんかないでしょうから。

さて、レポレロはあきれて反論する気にもならず、で、次の計画は何ですか?といつもの調子に戻ります。

次のターゲットは、なんと、ドンナ・エルヴィーラの侍女だというのです。

ドン・ジョヴァンニの計画は、レポレロと自分の服を取り換え、レポレロが夜陰に乗じてドン・ジョヴァンニのふりをしてエルヴィーラを誘い出し、そのすきにレポレロの格好をしたドン・ジョヴァンニが侍女を口説く、というものでした。

侍女のような身分の者は、貴族を警戒するので、庶民を装った方がいい、というのです。

セビリアの理髪師』でも、アルマヴィーヴァ伯爵は、自分の地位や財産目当てに寄ってくる女性たちにうんざりして、貧乏学士に身をやつし、自分の内面を真に愛してくれる女性を探し求め、ついにロジーナと出会いました。

レポレロは嫌がりますが、無駄な抵抗。無理やり身ぐるみはがされて、ドン・ジョヴァンニの服を着させられます。

ドン・ジョヴァンニ』第2幕 第2場

夕闇迫る宿屋。2階の窓辺で、ドンナ・エルヴィーラが物思いにふけっています。

彼女は、自分を捨てたドン・ジョヴァンニを憎みながら、彼への思いを捨てきれない自分を責めているのです。ドン・ジョヴァンニを執拗に追いかけているのも、復讐のためと言っていますが、本心では戻ってきてもらいたいのです。

ドン・ジョヴァンニはそんな彼女の心を見抜いた上で、それを利用してその侍女に手を出そうというのですから、まさにゲスの極み、鬼畜の所業と言わざるを得ません…。

第15曲 ドンナ・エルヴィーラ、ドン・ジョヴァンニとレポレロの三重唱

エルヴィーラ(宿の窓から)

ああ!

しずまりなさい、私の中の悪い心よ

胸の中で高鳴るのはやめて

あの人は悪者、裏切者よ

あんな人を想うなんて罪だわ

レポレロ(小声で

シーッ、旦那

ドンナ・エルヴィーラの声が聞こえますよ

ドン・ジョヴァンニ(小声で)

絶好のチャンスだ

お前はここに立っていろ

(レポレロの背後から大声で)

私のエルヴィーラ!

いとしい人よ

エルヴィーラ

まさか、あの裏切者?

ドン・ジョヴァンニ

そうだ、私だ

許しておくれ

エルヴィーラ

ああ、なんて不思議な気持ちが私の胸に・・・

レポレロ

この人はまだ旦那を信じるつもりなんだろうか・・・

ドン・ジョヴァンニ

さあ、下りて来ておくれ、素敵な人よ

分かるだろう

私が心から愛しているのは君だということを

私は本当に後悔しているのだ

エルヴィーラ

いいえ、もう信じられないわ!

ああ、ひどい人!

ドン・ジョヴァンニ(泣きそうな声で)

ああ、どうか信じておくれ

さもないと私は死ぬしかない

レポレロ(小声)

これ以上続けたら、わたしゃ笑っちまいますぜ

ドン・ジョヴァンニ

いとしい人、ここに来て!

エルヴィーラ(傍白)

なんという試練なの

行くべきか、とどまるべきか、分からない

ああ神様、お守りください、信じやすい私の心を!

(窓から離れる)

ドン・ジョヴァンニ(傍白)

もうすぐ下りてくるぞ

してやったり!

俺以上の才能の持ち主はこの世にいないだろう!

レポレロ(傍白)

この嘘つきの舌先三寸に

あの女はまた引っかかってしまった

ああ神様、助けてやってください

あのだまされやすい女のことを!

ドン・ジョヴァンニはレポレロに、あくまでも自分のふりをして、彼女をどこかに連れて行け、と命じます。

ついに、二度だまされたエルヴィーラが下りてきます。

エルヴィーラはもうすっかりドン・ジョヴァンニが戻ってきたと信じ、舞い上がっています。暗闇の中でレポレロと気づかずに、ほんとなのね?もうどこにも行かない?ずっと一緒なのね?と夢中で抱きしめ、レポレロはこんな美人に愛撫されたことなどないので、まんざらでもない気持ちで応じています。

ドン・ジョヴァンニは、闇の中から人殺しのような大声を出して、夢心地になっているふたりを追い払ってしまいます。

そして、侍女がひとり残ったはずの、エルヴィーラがいた窓辺に向かって、マンドリンを手に愛のセレナーデを歌います。

これが有名な『ドン・ジョヴァンニのセレナーデ』で、金持ち貴族というアドバンテージを捨てて、ドン・ジョヴァンニが男の魅力で勝負する場面です。

第16曲 ドン・ジョヴァンニのカンツォネッタ『窓辺においで』

ドン・ジョヴァンニ

窓辺に姿を見せておくれ、いとしい人よ

私の悩みを慰めておくれ

もし君が慰めてくれないのなら

私は目の前で死んでしまいたい

君の口は蜜よりも甘く

心の中は優しさでいっぱいだ

どうか私に冷たくしないでおくれ

せめて姿だけでも見せておくれ

短いこの曲は、南欧風のエキゾチック、かつロマンチックな香りに包まれていて、後世の音楽家たちからインスピレーションの宝庫と言われています。

ロミオとジュリエット』のように、小夜更けて、憧れの人の窓辺で愛を語る、欧風恋愛の典型のような素敵な場面です。

心は邪ですが、音楽は純粋なのです。

この魅惑の曲で、ドン・ジョヴァンニの犠牲者がまた増えるのでしょうか?

どれは次回に。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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