孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

殺した相手を晩餐に招待…。ホラーとコミカルの同時進行。モーツァルト:オペラ『ドン・ジョヴァンニ』(14)『墓地の場』『ドンナ・アンナのロンド』

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『墓地の場』初期の舞台装置

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』第1幕第11場

うなずき、しゃべる恐怖の石像

さて、みんなの大迷惑をよそに、ドン・ジョヴァンニは今夜もまた女遊びを続けていたようです。

時は深夜2時、場は墓場。たくさんの墓標や記念像が立っています。

ドン・ジョヴァンニは塀を乗り越えて墓地に入ってきて、あくまでも陽気です。

いい月夜だ!さっきのもいい女だったな!と。

そういえば、レポレロの奴はエルヴィーラとどうなったかな、あいつは経験不足だからな、などと独り言を言っていると、レポレロが歩いて来てそれを聞きつけ、『結局俺はどうなってもいいってことか』と傍白で悪態をつきます。

ドン・ジョヴァンニも彼に気づき、声をかけます。

レポレロ『どちらさんで?』

ドン・ジョヴァンニ『お前の主人が分からんのか!?』

レポレロ『分かりたくないんでさ』

ドン・ジョヴァンニ『何だと!?』

レポレロ『こりゃ失礼。旦那でしたか。』

ドン・ジョヴァンニ『で、どうだった?』

レポレロ『どうもこうも、殺されるとこでしたよ!』

ドン・ジョヴァンニ『そりゃ結構!こっちもいろいろあってな。』

といって、これまでの出来事を語り始めます。

それは何と、広場でレポレロの恋人と会い、向こうがレポレロと勘違いしてキスしてくるので、こちらも勘違いを利用させてもらった、というものでした。

さすがのレポレロも怒り心頭『それがあたしの女房だったらどうするんでさ!?』と詰め寄ると、ドン・ジョヴァンニは『なおさら結構だ!!』と高笑いします。

すると、墓場のどこかから、重々しい声が響きます。

その笑いも夜明け前には消えるだろう

ふたりは誰がしゃべったのだ?といぶかりますが、レポレロはもう震え出しています。

きっと旦那をよくご存じの亡霊ですよ、と。

ドン・ジョヴァンニは誰かが外からからかっているんだろう、誰だ、と、墓を剣で叩いて回ります。

するとまた声が。

かましい悪人め。死者の平安を乱すな

 声のする方を見ると、そこには、ドン・ジョヴァンニが殺した、ドンナ・アンナの父騎士長の石像がありました。

ドン・ジョヴァンニは、レポレロに、碑に書いてある文言を読ませます。

レポレロはもう恐ろしくて、月明かりで字を読むなんて教わってません、と拒みますが、ドン・ジョヴァンニに脅されて、恐る恐る読みます。

『われに死を与えし背徳者への復讐を、ここにて待つ』

レポレロは、それ、言わんこっちゃない、と腰を抜かします。

ドン・ジョヴァンニは、ふふん、不敵なジジイだ、と鼻で笑い、レポレロに『それならそいつに、今晩うちで晩餐を共にしようと言え』と命じます。

レポレロは『とんでもない、この石像をご覧なさい、生きてるみたいに、怖い目でにらんでいますよ…』と逃げようとしますが、ドン・ジョヴァンニは剣を抜いて『言わないとお前も殺してここに埋めてしまうぞ!』と脅します。

レポレロはやむなく、石像に向かって、晩餐への招待の口上を述べます。

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騎士長の石像とドン・ジョヴァンニ
第22番 ドン・ジョヴァンニとレポレロの二重唱『騎士長様の石像様』

レポレロ

ああ、お優しい大騎士長様のお石像様…

ドン・ジョヴァンニに)

旦那様、心臓が震えて

もうこれ以上言えません…

ドン・ジョヴァンニ

最後までちゃんと言え

さもないとこの剣をお前の胸にぶっ立てるぞ。

レポレロ(傍白)

なんてこった、なんでこんな目に…

ドン・ジョヴァンニ(傍白)

こいつは楽しいぞ。

レポレロ(傍白)

体が冷たくなってきた!

ドン・ジョヴァンニ(傍白)

こいつをもっと震えあがらせてやろう。

レポレロ

ああ、お優しい石像様

あなたは大理石で出来ておいでですが…

ドン・ジョヴァンニに)

ああ旦那様…

見てください…

じっとあたしを…見つめてますよ…

ドン・ジョヴァンニ

死んでしまえ!

レポレロ

いえいえ、どうかお待ちを…

(石像に)

旦那様、手前の主人が…

いいですね、あたしじゃありませんよ…

主人の方が、あなた様と食事をご一緒したいと…

(石像がうなずく)

うわあああ!

なんて光景だ!

大変だ…うなずいた!

ドン・ジョヴァンニ

つづけろ、バカ者!

レポレロ

よく見てくださいよ、旦那…

ドン・ジョヴァンニ

何を見ろというんだ?

レポレロ

大理石の首が、動くんです…

こんな風に…

こんな風に…

(うなずく真似をする。石像ももう一度うなずく)

ドン・ジョヴァンニ、レポレロ

大理石の首が動いた…

こんな風に…

こんな風に…

ドン・ジョヴァンニ(石像に)

口がきけるのなら

返事をしてくれ

晩餐においでくださるのか?

騎士長

行く

レポレロ

もう動けませんや…

体中の力が抜けました!

お願いです、帰りましょう

ここからずらかりましょう!

ドン・ジョヴァンニ

おかしなことがあるものだ

このジジイが晩餐に来るという

帰って支度をしなければ

ここを出て行くとしよう

(ふたり退場)

有名な〝墓地の場〟です。ドン・ジョヴァンニは自分が殺した騎士長の、墓の石像までからかって、〝我が家に飯を食いにこないか〟と不敵な招待をします。

ドン・ジョヴァンニは、ただの女たらしではなく、無神論者でもあり、あらゆる道徳や倫理も笑い飛ばす実利主義者でもあるのです。見方によっては、迷信、怪力乱神にとらわれない合理的な近代人、という側面もあるかもしれません。

この二重唱は、レポレロが脅されてビクビク、オタオタする滑稽さと、墓場の石像がしゃべるというホラーなシーンが合わさり、面白さと怖さが一緒くたになった、世にも稀有な音楽と言えます。

石像がうなずく描写は管楽器の滑稽な感じである一方、石像の『Si !(Yes !)』というセリフには重々しいトロンボーンの伴奏がつき、背筋が寒くなります。

ドン・ジョヴァンニはまさかと思いながらも、石像がうなずいたり返事をしたりするのを自分の目と耳で確かめていますから、晩餐の支度に帰宅を急ぎます。

モーツァルトドン・ジョヴァンニ』第1幕第12場

場所は変わって、ドンナ・アンナ邸の暗い一室。

ドン・オッターヴィオが、婚約者ドンナ・アンナに話しかけています。

アンナを慰めつつ、あなたの父上の代わりを私に務めさせてください、明日、結婚しましょう、と。

アンナは『何をおっしゃるの? こんな悲しい時に…』と拒絶します。

すると、これまでひたすらアンナを気遣っていたオッターヴィオが、ついにブチ切れます。

『なんですって? あなたは新しい悲しみで今度は私の苦痛を増そうというのですか? ひどい人だ!

鉄板のように見えたカップルに、初めて入った亀裂でした。

アンナは驚き、オッターヴィオに弁解のアリアを歌います。

さすがに、これまでずっと自分の復讐のことばかりで、オッターヴィオの顔さえまともに見ていないことに気付いたのかもしれません。

第23番 ドンナ・アンナのレチタティーヴォとアリア『ひどい人ですって~言わないでください』

レチタティーヴォ・アコンパニャート

オッターヴィオ

ひどい人だ!

アンナ

ひどい人ですって?

いいえ、愛しい人!

私だって嫌なのです

私たちが長い間待ち望んでいた幸せを

あなたから遠ざけるのは

でも世間は何て言うでしょう?

神様!

動きやすい私の心が

ようやく決めたことを惑わさないでください

あなたの気持ちはよく分かっています

アリア(ロンド)

アンナ

言わないでください

あなた、私がひどいなんて

私がどれほどあなたを愛しているかご存知でしょう

私の操も知っているでしょう

しずめてください

我慢してください

あなたの苦しみをしずめてください

私に悲しみで死んでほしくないのなら!

きっといつか、天は私たちを再び憐んでくださることでしょう!

(退場)

これまで復讐の鬼の姿しか見せていなかったアンナが、終幕近くになって初めてみせる女らしい愛の歌です。

婚約者オッターヴィオに、初めて思いやりのある心を示し、父を喪った悲しみと、婚約者への愛のふたつの感情が交錯する、印象的で、神秘的でさえあるアリアです。

夜明け近いしじまに静かに響くような、抒情に満ちた、心に染み入る旋律です。

しかし、婚約者への答えがNoであることは変わりません。

父の喪も明けないうちに結婚を迫るオッターヴィオが非常識なのか、父の自分のことばかりで、オッターヴィオのことをまるで考えていないアンナがひどいのか、それも観衆に解釈を任されています。

ただ、いつになるか分からない天の憐れみを待ちましょう、と、希望的観測でアリアを締めくくるアンナに、婚約者への誠意がどうしても感じ取れないのは私だけでしょうか。 

そもそも、オッターヴィオは父が決めた婚約者であり、真の恋人ではないのではないか、との疑念が、第1幕からずっと通奏低音のように響いている気がしてならないのです。

残されたオッターヴィオはひとり『あの人の言う通りにしよう、あの人の悲しみを分かち合おう』と、元の物わかりのよい優等生に戻って立ち去ります。

しかし、ふたりの間には静かに亀裂が入り、同時に、ドン・ジョヴァンニを迎えるべく地獄の裂け目もまた、開き始めるのです。

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

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