おしゃれなフルートに彩られた人気曲
バッハの管弦楽組曲(組曲)、今回は第2番ロ短調です。
モーツァルトのト短調、ベートーヴェンのハ短調と並んで、バッハに宿命的な調、ロ短調ということもあり、バッハの序曲の中では一番ポピュラーで、人気があります。
ロ短調は、調性の中でも最も暗い、ということで、明るい曲の好まれた古典派の作曲家たちは敬遠しがちでしたが、バッハの手ににかかると、この曲のように、軽快さの中に底知れぬ深みを感じさせる、絶妙な音楽となるのです。
この序曲は、バッハの曲の中でも、当時流行したロココ趣味に彩られ、ギャラントな魅力にあふれています。
なんといっても最大の特徴は、独奏楽器をもつ、まるでコンチェルトのようなスタイルであること。
これは異色といっていいでしょう。
ソロ楽器はフルート(フラウト・トラヴェルソ)で、その切ない響きが、なんともいえない深い味わいを醸し出しています。
ふつう、リュリ様式のフランス風序曲で、組曲全体をひとつの楽器が通してソロを受け持つことはありません。
まるでイタリアのコンチェルトのようですが、〝フランス・フルート〟と呼ばれた横笛のフラウト・トラヴェルソは、フランスの最先端のモードを象徴する楽器でもありました。
プロイセンのフリードリヒ大王が、ヴェルサイユ宮殿を真似して築いたサン・スーシ宮殿の宮廷で、フランス語を話しながら、自らフルートを演奏し、作曲し、そのアシスタントをバッハの次男カール・フィリップ・エマニュエル・バッハが務めた史実も、当時のドイツで、フランス趣味がどれだけ〝おしゃれ〟だったかを今に伝えます。
まさにこの曲は、ドイツ人がフランス趣味に憧れて作った代表の作といっていいでしょう。
この曲がフリードリヒ大王に献呈されていたら、王はどれだけ喜んだだろうと思いますが、バッハが息子の紹介で王の知遇を得るのは最晩年のことで、バッハはそのとき『音楽の捧げもの』を献呈しています。
成立の謎
この曲の成り立ちもはっきりとはわかっていません。
今に残っている楽譜は、筆写パート譜で、1738年から39年のものと分析されています。一部はバッハ自身の手で筆写されているのですが、オリジナルが別にあったのは明白です。
そのため、バッハが同時期に、他の序曲と同じくライプツィヒのコレギウム・ムジクムで演奏したのはほぼ確実ですが、コレギウムのために新しく書き起こしたのか、旧作を持ってきたのかが分からないのです。
この曲の斬新なスタイルからは、新作とも思えますが、フルートの登場する作品はケーテン宮廷時代にたくさん作っていますので、フルートの活躍するブランデンブルク協奏曲第5番とセットで書かれたのではないか、という説もあります。
この説だと、1721年頃の作ということになるのです。
ともあれ、聴いていきましょう。
バッハ『管弦楽組曲(序曲) 第2番 ロ短調 BWV1067』
Johann Sebastian Bach:Ouverture no.2 B-molll BWV1067
演奏:アルフレド・ベルナルディーニ指揮 ゼフィーロ
Alfredo Bernardini & Zefiro
第1楽章 序曲
フルートのソロといっても、ずっと独立した動きをするわけではなく、ふだん(?)は第1ヴァイオリンと同じメロディをなぞり、メインの旋律に、ブレンドされた独特の色彩を与えます。そして、いざ、というときにソロとして離陸していくのです。
曲は、緩ー急ー緩'ー急'ー緩''の大きな五部構成となります。最初の「緩」では、フランス風序曲の定石である付点リズムで始まりますが、威圧的なものとは正反対に、哀愁が漂います。いいようもない孤独感が聴く人の胸に迫ることでしょう。暗いロ短調の悲劇に墜ちていくのを、フルートの温かい音色がかろうじて防いでいるかのようです。
続くフーガ形式の「急」では、いよいよフルートが独奏を花開かせます。実質的にコンチェルトですが、トゥッティの部分では、「緩」のところと同じように第1ヴァイオリンをなぞり、時々ソロに昇華する対照性がここの聴きどころです。その後も、緩急は単純な繰り返しではなく、それぞれに変化が加えられ、全組曲の半分を占める壮大な序曲となっています。
第2楽章 ロンドー
ロンド形式のガヴォットです。テーマは、おばあさんの昔話のはじまりのような、素朴で枯れた語り口です。反復されるロンドのテーマの間に、短いながらも含蓄深い楽句が挟まれています。
ゆっくりとした妖艶なダンス、サラバンドです。バッハのサラバンドはカノン風に展開することが多いですが、ここでも第1ヴァイオリン、フルートのメイン声部と、低声部がカノンを繰り広げていきます。中声部がそこにハーモニーを加え、さながら深い森にいるかのようです。
一転、元気なブーレーになっていきますが、はしゃぐどころか、抑制されたものを感じます。第1ブーレーはトゥッティで奏されますが、続く第2ブーレーではフルートが弦の伴奏で飛翔していきます。
バッハの全作品の中でもポピュラーなもののひとつです。ポロネーズは、ショパンの作品が有名ですが、この時期のものはポーランド宮廷で好まれた娯楽音楽でした。農民のダンス起源のものも多く、民俗音楽的な鄙びた味わいが特徴です。ルイ15世の王妃がポーランド出身だったので、フランス宮廷でも流行したのです。一度聴いたら忘れられない、颯爽と歩くかのような、舞曲というよりマーチに近いテーマは、フォルテとピアノの対比でさらに印象を強めます。中間部ではフルートの華麗なソロとなりますが、メロディは冒頭のメインテーマの変奏で、実は、その間、通奏低音がメインテーマを奏でているのです。
小粋な魅力のメヌエットです。短いがゆえに、かえって抒情が余韻として残ります。
〝バディネリ〟は舞曲名ではなく、〝冗談〟という意味の標題になります。快活で、諧謔的な雰囲気もありますが、その名のように羽目を外したようなものではありません。弦がいくぶん焦燥感をはらんだスタッカートの伴奏を奏でる上を、フルートが軽やかに飛翔していき、組曲を閉じます。
バッハの作品の中でも、斬新で、異色ともいえる作品ですが、当時の聴衆の反応がまるで伝わっていないのが歯がゆい限りです。
ただ、当時のライプツィヒ市民たちの耳が相当肥えていたことは、バッハがコレギウム・ムジクムに数々の作品を投入していたことからも、間違いないと思われます。
きっと、この曲は人々の感嘆の的となったことでしょう。
次回は第3番 ニ長調を聴きます。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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