プラハでのモーツァルトの活躍を取り上げてきましたので、いよいよ、プラハのために作ったオペラ『ドン・ジョヴァンニ』を聴いていきたいと思います。
モーツァルトの、いや、〝世界の三大オペラ〟『フィガロの結婚』『魔笛』のうちの1曲であり、時期的にはちょうど真ん中になります。
モーツァルト絶頂期の作であり、その音楽は魔性に満ちていて、一度この世界に引き込まれてしまうと逃れられない、麻薬的な魅力を持っています。
これまでも、あまたの人がこの魅惑の音楽に取り憑かれ、解釈に百万言を費やしてきました。
この音楽が生み出された裏の背景を、前々回ご紹介した映画『プラハのモーツァルト』では悲恋の結果とし、『アマデウス』では、作曲中に亡くなった父レオポルトに反抗してきた自らへの告発、としていました。
私も、高校生のときに出会って以来、魅入られ続けているのです。
元ネタは?
以前取り上げた『フィガロの結婚』は、ボーマルシェの本格的な戯曲と、前作の『セビリアの理髪師』という、しっかりした原作がありました。
『ドン・ジョヴァンニ』は、スペインに古くからある女たらしの冒険譚〝ドン・ファン伝説〟が元になっており、原作者のいない〝桃太郎〟のようなものなのですが、作品としては、17世紀前半にティルソ・デ・モリナという聖職者がまとめた『石の客』が最初でした。
聖職者が作ったということで、女たらしのような悪者は神罰が当たって地獄に落ちるぞ、という教訓話だったわけです。
その後、様々に喜劇的なアレンジを加えられ、人気の演目になっていきました。
文学的な価値が与えられたのは、フランスの喜劇作家モリエールの『ドン・ジュアン』(1665年)からです。
しかし、直接の元ネタとなったのは、モーツァルトが最初にプラハに行った頃、1787年2月5日にヴェネツィアで初演された、ベルターティの台本、ジュゼッペ・ガッツァニーガ(1743-1818)作曲の『ドン・ジョヴァンニ あるいは 石の客人』でした。
これが大ヒットしたのを聞きつけ、『フィガロ』の台本作家であるダ・ポンテがモーツァルトに持ちかけ、翻案することになったのです。
ガッツァニーガは、今は全く知られていませんが、当時はモーツァルトをしのぐヨーロッパ最高の人気作曲家でした。
その〝元祖〟の曲を初めて聴いたときには、あまりにモーツァルトの曲想に似ているので、ショックを受けました。
モーツァルトがここまでパクるとは・・・、と。笑
もちろん、モーツァルトの音楽に比べると深みも霊感もないのですが、雰囲気はよく似ていて、ダ・ポンテとモーツァルトが、ヴェネツィアでの大ヒットにあやかろうとしたのがよく分かります。
『フィガロ』によって、プラハ市民の期待は相当なレベルになっていますから、第2作は絶対外せないわけで、ふたりが〝安牌〟を選んだ気持ちがよく分かるのです。この時代の彼らは、芸術家である以前に、生活がかかった商売人であったことを忘れてはいけません。
しかし、ガッツァニーガのオペラは軽い一幕ものであったのに対し、モーツァルトのそれは二幕の、『フィガロ』に匹敵する本格的な歌劇に仕上がり、人間の本性をえぐりだすようなドラマとなったのです。
では、さっそく登場人物紹介です。『フィガロ』と違い、前編はありませんので、そんなに複雑な人間関係はありません。舞台は、スペインのある町、という設定です。
この上なく放蕩者の若い貴族。バリトン。
ドンナ・アンナ
騎士長の娘。ドン・オッターヴィオと婚約している。ソプラノ。
騎士長
騎士団管区長(司令官、コメンダトーレ)。ドンナ・アンナの父親。バス。
ドンナ・エルヴィラ
ドン・ジョヴァンニが修道院から誘惑し、結婚3日目に捨てたブルゴスの女。ソプラノ。
ドン・オッターヴィオ
若い貴族。ドンナ・アンナの婚約者。テノール。
レポレロ
ドン・ジョヴァンニの従者。バス。
ツェルリーナ
農民の娘。マゼットと婚約している。ソプラノ。
マゼット
若い農夫。ツェルリーナの婚約者。バス。
では、いよいよ、幕を開けたいと思います。
演奏は、『フィガロ』と同様に、クルレンツィス版を中心に、時々ドロットニングホルム宮廷劇場版を挟んでいきたいと思います。
正題:『罰を受けた放蕩者 あるいは ドン・ジョヴァンニ』
Mozart : Don Giovanni ossia Il dissoluto punito
Dramma giocoso
演奏: テオドール・クルレンツィス指揮ムジカエテルナ
Teodor Currentzis & Musicaeterna
モーツァルトが初演前夜まで間に合わず、妻コンスタンツェに『アラジンと魔法のランプ』の話をしてもらったり、ポンチを作ってもらったりして睡魔と闘うも寝落ちしてしまい、ハッと目覚めてから数時間で作ったという序曲です。
前半と後半に分かれており、冒頭は、恐ろしい終幕の地獄落ちの音楽です。
まさか、やっつけで作ったために終幕の音楽を使い回したわけではないでしょうが、結末を暗示する絶大な効果をもっています。
不気味なアンダンテは、このオペラの死の基調となるニ短調です。忍び寄る不気味な足音のような音型も、オペラ全体を支配していきます。
おもむろに音楽は、明るいニ長調のモルト・アレグロになり、陽気な騒ぎとなっていきます。この明暗の差には面食らいますが、これこそがこのオペラの性格を端的に示しているのです。
このオペラのジャンルは『ドラマ・ジョコーソ』すなわち〝喜劇的なドラマ〟とされています。『フィガロ』は『オペラ・ブッファ』つまり軽喜劇でしたが、同じ滑稽な場面を含んでいても、ドン・ジョヴァンニの方がドラマが重視されているということです。
オペラも、シリアスな場面とふざけた場面とが、目まぐるしく交互に入れ替わる形で、19世紀以降の劇では考えられません。これこそが、18世紀末そのものです。
この序曲は、コンサートでも独立して演奏されるため、演奏会用ヴァージョンの楽譜もありますが、オペラでは、物語の幕開けに導入する形になっています。
いよいよ、ドラマの幕開けです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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