ドン・ジョヴァンニに魅惑のメロディーで誘惑され、口説き落とされて別荘に向かう村の花嫁ツェルリーナ。その前に一人女が立ちはだかります。それは、ドン・ジョヴァンニにかつて捨てられ、追いかけているドンナ・エルヴィーラ。
彼女は、ツェルリーナを口説いている様子を目撃し、救うために飛び出してきたのです。
ドン・ジョヴァンニはあわてて彼女に、これは気晴らしなんだ、と、言い訳のつもりでうっかり本当のことを言ってしまいます。
エルヴィーラは、気晴らしですって・・・?そうよ、気晴らしでしょうよ!酷い人!と叫びます。
ツェルリーナは、この方のおっしゃっていることは本当なのですか?とドン・ジョヴァンニに尋ね、彼は『彼女は私に惚れてるのだ。私はかわいそうに思って、愛しているふりをしているのさ』と取り繕いますが、エルヴィーラは怒りに満ちた歌を歌い、ツェルリーナを保護し、連れて去ってしまいます。
第8曲 ドンナ・エルヴィーラのアリア『消えてしまいなさい、裏切者は』
ドンナ・エルヴィーラ
消えてしまいなさい、裏切者は
もう何も言わせないわ
口は嘘だらけだし
目も当てになりません
私の苦しみを見れば、信じられるでしょう
私の不幸を見れば、不安を感じるでしょう
消えて!
消えて!
裏切者は!
(ツェルリーナを連れて、退場)
ヘンデル風の、短くも鋭いアリアです。
まさに、ラブホテルに連れ込まれる寸前に危うく助け出された、というところです。
ドン・ジョヴァンニは、どうも、きょうは悪魔が私の楽しみを邪魔して喜んでいるようだ、何もかもうまくいかん・・・とひとり悪態をついて悔しがっています。
そこに、新たなるピンチが。
父騎士長を殺されたドンナ・アンナとドン・オッターヴィオのふたりが通りかかり、ドン・ジョヴァンニを見つけたのです。
ドン・ジョヴァンニは、ふたりが、昨夜の犯人は自分だと知っているのでないか、と、ギクッとします。
しかし、ふたりは何も気づいていませんでした。それどころか、アンナはドン・ジョヴァンニに、力を貸してください、と頼みます。
ドン・ジョヴァンニはホッとして、『美しいドンナ・アンナ、全てをあなたに捧げます。あなたの平穏を乱した残酷な男は誰なのですか・・・?』とまた調子に乗り始めます。
そこに、ツェルリーナをマゼットのもとに送り届けたドンナ・エルヴィーラが戻ってきます。そしてふたりに、どなたか存じませんが、ご不幸な方々、この悪者は信用してはダメですよ!とヒステリックに騒ぎ立てるのです。
そして、これまでドン・ジョヴァンニを、友情あふれる紳士だと思って信用していたドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの中に、疑念が生まれていきます。その心理の移り変わりを、ちょっとコミカルな要素も入れて描写した、素晴らしい四重唱になります。
第9曲 四重唱『信用してはいけません、不幸な方々』
ドンナ・エルヴィーラ
信用してはいけません、不幸な方々
この悪人の心を
この野蛮人は私を裏切り
さらにあなた方をも裏切ろうというのです
ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ
おお、なんという気高い顔立ち!
なんと優しくも威厳のある方だろう!
この方の真っ青なお顔、涙には同情を禁じ得ない
ドン・ジョヴァンニ
かわいそうなこの娘は、気がふれているのです
この女とふたりにしてください
きっと気も鎮まるでしょう
ドンナ・エルヴィーラ
ああ、不実な男を信じてはいけません!
ドン・ジョヴァンニ
気がふれているのです、心配しないでください
ドンナ・エルヴィーラ
行かないで、まだここにいてください
ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ
いったい誰を信じたらよいのか
この方の中で、何か分からない苦しみが暴れまわっているが
いったいこの方はどんな不幸に遭われたのか
理解できないことがたくさんある
ドンナ・エルヴィーラ
軽蔑、激しい怒り、いらだち、苦しみが私の中で暴れまわっているけれど
あの裏切者には、理解できないことがたくさんある
ドン・ジョヴァンニ
何か分からない恐れが
私の中で暴れまわっているが
彼女には理解できないことがたくさんある
ドン・オッターヴィオ
私はここを動きません
この事件の真相を知るまでは
ドンナ・アンナ
気がふれた様子はないわ
この方の顔つき、言葉には
ドン・ジョヴァンニ(傍白)
私がここを去ったら
何か疑われるかもしれない
ドンナ・エルヴィーラ
あの憎たらしい顔から
腹黒い心を見抜かなければいけません
ドンナ・アンナ(エルヴィーラに)
すると、あの方は?
ドンナ・エルヴィーラ
裏切者ですわ!
ドン・ジョヴァンニ
かわいそうな女だ!
ドンナ・エルヴィーラ
嘘つき!
ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ
なんだか疑わしくなってきた・・・
ドン・ジョヴァンニ(エルヴィーラに小声で)
静かにするんだ
さもないと、みんなが周りに集まってくるぞ
恥ずかしくないのか、悪評が立つぞ
ドンナ・エルヴィーラ(大声で)
そんなことどうでもいいわ、悪い人!
もう私、恥も外聞もないの
あなたの犯した罪と私の境遇を
世界中ににバラしてやるわ!
ドンナ・アンナとドン・オッターヴィオ
あの声をひそめた話しぶり、あの顔色の変わりようは
あまりにもはっきりした証拠なので、私には確信がついた
(ドンナ・エルヴィーラ退場)
エルヴィーラは、たくさんの女性を落としてきたドン・ジョヴァンニの中でも、結婚の約束までし、めずらしく3日も一緒にいたのですから、彼にとっても〝上玉〟で、その気高さはアンナやオッターヴィオにも感銘を与えています。
ドン・ジョヴァンニを社会的に抹殺してやろうとしたエルヴィーラの行動は、今で言えば〝SNSで拡散してやる〟といったところでしょうか。
ドン・ジョヴァンニの悪行にあきれているはずの観客も、この四重唱ではなぜか、ドン・ジョヴァンニの身になって、バレやしないかハラハラしている自分にも気づくのです。
ドン・ジョヴァンニはアンナに次のように告げて、エルヴィーラを追って去っていきます。
『あわれで不幸な女です!彼女に早まったことをしてほしくないので、後を追い、そばにいてやります。どうかお許しを、ほんとうに美しいドンナ・アンナ。もしお役に立つなら、私の家でお待ちしています。お友達よ、さようなら。』
ドン・ジョヴァンニが、あまり信用できない人物だと知ったアンナとオッターヴィオでしたが、自分には関わりはないと思っていました。
しかし、このドン・ジョヴァンニの甘い最後の言葉を聞いたアンナは、あることに気づいてしまいます。
それは次回に。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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