
ジャン=レオン・ジェローム『ピグマリオンとガラテア』
8日間で作られ、200回以上上演されたオペラ
50歳にしてオペラ・デビューを果たしたラモーは、その後も次々と作品を世に送ります。
当初は、あまりの斬新さゆえ、リュリの完成した伝統的なフランスオペラを破壊した、として大変なバッシングを受けましたが、その素晴らしい楽想と大胆な和音に、時間が経つにつれパリの聴衆も魅了されていきました。
ラモーのオペラはいくつかのジャンルに分けられ、これまで「トラジェディ・リリック(抒情悲劇)」の『イポリートとアリシー』、「オペラ=バレ」の『優雅なインドの国々 』を取り上げましたが、今回は「アクト・ド・バレ」の『ピグマリオン』です。
「アクト・ド・バレ」は〝1幕のバレエ付きオペラ〟ということで、その名の通り1幕しかない、短い作品です。
そして、筋書きもさることながら、バレエも同じくらい重要な要素となっていて、比較的気軽なものとして楽しまれました。
『ピグマリオン』は、1748年に、オペラ座監督の急な頼みで8日で作曲したとされています。
大作曲家のこの手のエピソードに漏れず、〝やっつけ〟で作られたとは思えない出来栄えで、上演は成功。
3年後に再演されたときにはさらに大人気を博して、パリじゅうの話題となり、ラモーの喜びぶりが次のように伝わっています。
ラモーは有頂天になり、喜びに涙した。彼は観客に熱狂的に迎えられたことに狂喜し、以後の彼の人生を彼らのために捧げると誓った。*1
『イポリートとアリシー』初演時の酷評に絶望したのとは大違いです。
この作品はフランス革命までに200回以上も上演され、1778年の『メルキュール・ド・フランス』誌には次のような記事が掲載されました。
このふたつのオペラ(『ピグマリオン』と『カストールとポリュックス』)は絶えず上演されてきた。私の年上の人たちで、これを100回聴いていないという者は誰もいない。そして誰ひとりとして、2つのオペラに飽きている者はいない。
今でもラモーの作品の中では上演の機会の多い人気作となっています。
自分で作った彫刻に恋した男
このオペラのテーマも、ギリシャ神話から採られています。
キプロス島の王ピュグマリオンは、彫刻の腕前が神業レベルで、自分で彫った象牙の女性像に恋してしまいます。
しかし、どんなに愛してもしょせんは彫刻、もちろん応えてはくれません。
成就するはずもない恋に憔悴していくピュグマリオンを、美と愛の女神アフロディーテ(ヴィーナス)が憐れんで、息子キューピッドの力で彫像に命を吹き込み、人間にしてあげる、という物語です。
古代ギリシャの彫刻は、作者不明の『ミロのヴィーナス』や『ラオコーン』など、わずかなものを除いてほとんど失われてしまい、今残っているのはローマ時代のレプリカ(ローマン・コピー)なのですが、本物の素晴らしさは比較にならない、とされています。
古代世界に名の轟いた名匠、とくにアテネのパルテノン神殿のアテナ像を造ったというフェイディアスの作品などは、本当に生きているかのようだったと伝えられています。
このような神話ができるほど、そのレベルは高かったのです。
お気に入りのフィギュアが人間化して、しかも自分を愛してくれるなんて、こんな幸せな話はないでしょう。
バーナード・ショウはこの神話を戯曲にし、女性を自分好みに改造していく物語に翻案して、ミュージカル『マイ・フェア・レディ』の元ネタとなりました。
テーマからして、人気の題材だったわけです。
では、聴いていきましょう。
ラモー:アクト・ド・バレ『ピグマリオン』
Jean-Philippe Rameau:Pygmalion
演奏:クリストフ・ルセ指揮 レ・タレン・リリック
Christophe Rousset & Les Talens Lyriques
序曲
ラモーの序曲の中でも特に親しまれ、独立して演奏される機会の多い曲です。
「緩」の前半部は単純明快にしてこの上ない気品をたたえています。まさにシンプルの美といえます。重々しい弦の合間に響く、愛らしい管楽器の合いの手が絶妙です。
続く後半の「急」は、一転、めくるめくような速いパッセージが連続しますが、これは彫刻のノミの音を表わすといわれています。
この気高さと颯爽としたカッコよさは、イタリア、ドイツの作曲家にはない、フランスの作曲家ならではのものといえます。
ケネス・ワイスの素敵なクラヴサン(チェンバロ)版も合わせて掲げておきます。
ピグマリオン
運命の愛の神よ、むごい勝利者よ
わたしの心を突き刺すために
あなたは何という矢を選んだことか
わたしはあなたに支配されるのを恐れていた
わたしは恋に落ちることを恐れ
そうなる自分を罰するつもりだった
しかし、愛することのできない彫像のために
そういう定めになっていたのだろうか
(彫像に)
私の苦しみの非情な証人よ
おまえがわが手の仕業でありえようか
わが技がおまえの素晴らしい姿を創り上げたのも
空しく嘆くためなのか?
幕が開くと、ピグマリオンがひとり、美しい彫像の前で嘆いています。
自分の理想の女性像を求めるあまりに、出来上がった彫刻の魅力にとりつかれてしまったのです。
どんなに愛の言葉をかけても、当然のことながら、彫像は応えてくれません。
そして、そのような境遇に追い込んだ愛の神に恨み言を述べますが、それも詮無いこと。
そこに、ピグマリオンの恋人セフィーズが現れます。
彼女はギリシャ神話には 登場せず、このオペラで創作されたキャラです。
セフィーズが、自分をほっかたらかしにして彫像に夢中になっているピグマリオンを責めますが、ピグマリオンは聞く耳を持ちません。
彼女は、あきれるやら悲しむやらで、最後は怒って退場していきます。
ピグマリオン
この妙なる楽の音はどこから生まれたのだろう?
調和した響きはどこからくるのだろう?
まばゆい光がこのあたりを満たしている
ピグマリオンが、セフィーズが去った後も空しく嘆いていると、どこからか優しい音楽が聞こえてきて、あたりが明るくなります。
ピグマリオンがとまどっていると、愛の神キューピッド(アムール)が現れて、彫像の上で松明の灯りを振ります。
ピグマリオンはそれに気づきませんが、しばらくすると彫像が動き出し、台座からゆっくりと下りてきます。
あまりのことにピグマリオンが呆然とする一方、彫像も『ここはどこ?私は誰?』ととまどっています。
そのうち、ピグマリオンを目にして『何て素敵な人、私はあなたのために命を与えられたんだわ』と告げます。
ピグマリオンはこれは夢か?ととまどううちに、愛の神が現れ『私はかねて愛らしいものを造りたいと思っていたが、果たせず、今、お前の技で実現した。そのため、この奇跡を起こした。』を告げます。
そして、人間になったばかりの彫像のために、3人の美の女神を呼び寄せ、『笑いの神』と『遊びの神』も呼んで、教育するよう命じます。
愛の神に呼ばれた神々は、様々なダンスを彫像に教えていきます。
彫像は伝説では「ガラテア」という名前ですが、このオペラでは単に〝彫像〟とされています。
エール
この舞曲は、きわめて遅いダンスに始まり、優美なガヴォット、メヌエット、快活なガヴォット、速いシャコンヌ、きわめて重々しいルール、と続きます。
これらの曲を彫像はマスターしていき、やがて自らのダンス、サラバンドを踊ります。
人間になったばかりの彫像がややぎこちなく、しかしこの上なく優雅に美しく踊る、有名なダンスです。
サラバンドが終わると、楽しいタンブランとなり、人々も歌います。
ピグマリオンと合唱
愛の神の勝利だ、その栄光を讃えなさい!
この神はわれらの望みを叶えることだけを考えてくださる
その栄光を歌って歌いすぎることはない
愛の神はわれらの喜び
奇跡が現実のものと知ったピグマリオンは狂喜、愛の神を讃え、集まってきた国の人々もそれに和します。
パントマイム
人々は彫像を取り囲んで楽しいジーガを踊ります。幸せな気分が舞台いっぱいに広がる音楽です。
ピグマリオン
愛の神よ、支配せよ
あなたの炎を輝かせよ
われらの心にあなたの矢を射よ
あなたの掟に従う人々のため
あなたのえびらを空にせよ
魅力あふれる神よ
あなたは我らに最高に幸せな運命をもたらす
わたしのこの上なく大切なこの物体は息をしている
あなたの神聖な松明の火によって生きている
感極まったピグマリオンは、愛の神の支配を讃える長大なアリエットを歌います。メリスマ唱法と装飾をふんだんに駆使した、テノールのきかせどころです。
コントルダンス
一同が喜びの極みの中、タンバリンを鳴らしながら、ロンド形式の田園舞曲を踊り、ダンスの渦の中で幕が下ります。

物語としては、何とも他愛のない筋書きであり、ドラマチックなのは冒頭のピグマリオンとセフィーズの嘆きだけで、ハッピーエンドというより、大半がただただ幸せなだけのオペラですが、バレエが主体で、ストーリーはその踊りの幸福感を増すためのものといえます。
しかし、このオペラがどれだけの人を幸せな気分にしたことでしょう。
成就するはずもない恋が成就した奇跡を、存分に堪能できるオペラなのです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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