フランスならではの『オペラ=バレ』
ジャン=フィリップ・ラモー(1682-1764)は、1735年に初のオペラ『イポリートとアリシー』を上演した後、次々とオペラを生み出していきます。
しかし、こだわり抜いた『イポリートとアリシー』に聴衆がついていけなかったので、一般ウケを意識し、だんだんと親しみやすく、楽しい作風になっていきます。
ラモーの人間ドラマとしてのオペラは、『イポリートとアリシー』で最初から頂点を極め、その後は娯楽性を強めていくのです。
モーツァルトが、若い頃は聴衆ウケを意識していたのに、年齢とともに音楽が深みを増して人々がついていけなくなったのとは、逆の流れといえます。
『イポリートとアリシー』はジャンルとしてはリュリが創始した「抒情悲劇(トラジェディ・リリック)」ですが、次作『優雅なインドの国々 Les Indes galantes』は「オペラ=バレ」というジャンルです。
これはリュリの次世代にあたるアンドレ・カンプラ(1660-1744)が、1697年に上演した『優雅なヨーロッパ L'Europe galante』によって創始されたジャンルです。
お堅い抒情悲劇とは異なり、必ずしもテーマはギリシャ・ローマ神話でなくてもよく、歌よりも華やかなバレエが重視され、結果的にはフランス独特の、オペラとバレエの中間のような演目となりました。
喜劇の要素も入り、よりくつろいで楽しめるものでした。
ラモーのこの『優雅なインドの国々』も、エキゾチックな魅力満点で、ラモーの代表作となっています。
この作品はプロローグ(序幕)を含めて全5幕ですが、各幕は「アントレ(入場の意)」と名付けられ、それぞれ独立したストーリーになっており、いわばオムニバス形式といえます。
〝インドの国々〟とは?
あらすじは、青春と若さの女神ヘベ(フランス語ではエベ)が、ヨーロッパ各国(フランス、イタリア、スペイン、ポーランド)の若者たちと青春を謳歌しているところに、軍神マルスの妻ベローナが乗り込んできます。
ベローナは若者たちに『愛など語っている場合ではない!戦いに赴け、栄光が待っている!』と扇動し、連れて行ってしまいます。
青春の真っただ中に徴兵されたようなものです。
ヘベは落胆し、愛の神に助けを求めます。
愛の神は、連れ去られたヨーロッパの若者たちの代わりに、インドの国々に手下のキューピッドたちを遣わし、愛する者たちを連れてこよう、と請け負います。
ここでの〝インド〟とは、仏教発祥の地、南アジアのインドを特定した言葉ではなく、ヨーロッパ以外の国を指します。
コロンブスが発見したアメリカ大陸の島々は今も「西インド諸島」と呼ばれますし、ネイティブ・アメリカンも〝インディアン〟〝インディオ〟と称されました。
史上有名な「東インド会社」のように、今のインドは〝東のインド〟の一部であり、アメリカ新大陸はざっくりと〝西のインド〟だったわけです。
このバレエは次の5幕(アントレ)で構成されています。
プロローグ(序幕)
第1アントレ『寛大なトルコ人』
第2アントレ『ペルーのインカ人』
第3アントレ『花々、ペルシャの祝祭』
第4アントレ『未開人たち』
というわけで、インドはなく、トルコ、南米ペルー、ペルシャ、北米となっているのです。
聴衆はオペラ座にいながらにして遠い異国情緒を楽しめるというわけで、大変な人気を博しました。
さまざまな楽しみ方
「イポリートとアリシー」でもご紹介したように、ラモーのオペラは、劇場以外ではオーケストラのみによる管弦楽組曲として普及し、今でもその形態での楽しみ方が主流となっています。
また、クラヴサン(チェンバロ)にも編曲され、気軽に親しまれました。
ここでも、いくつかの形態の演奏を組み合わせながら曲を紹介していきます。
取り上げる演奏(アルバム)は下記の通りです。
『ルイ15世のオーケストラ(管弦楽組曲版 優雅なインドの国々)』ホルディ・サバル指揮 コンセール・デ・ナシオン
『オペラ=バレ 優雅なインドの国々』ウィリアム・クリスティ指揮 レザール・フロリサン
『管弦楽組曲版 優雅なインドの国々』フランス・ブリュッヘン指揮 18世紀オーケストラ
『クラヴサン版 優雅なインドの国々』ケネス・ワイス(クラヴサン)
ラモー:オペラ=バレ『優雅なインドの国々』「プロローグ(序幕)」
Jean-Philippe Rameau:Les Indes Galantes
序曲
緩急二部構成の典型的フランス風序曲です。最初のゆっくりした部分はどこまでも気高く響きますが、威圧的ではなく、異国情緒を感じさせる軽やかさです。続く速い部分では管楽器が華やかなパフォーマンスを繰り広げます。何度聴いても飽きない素晴らしい序曲です。
ヘベの支配にある者たちよ
幕が開くと、青春と若さの女神ヘベが、お付きの者たちが集っています。
へべは大神ゼウス(ジュピター)と正妻ヘラ(ジュノー)との間に生まれた最高の血筋のサラブレッド女神ですが、色々問題を起こす他の神々と違って、いたって優しくて快活な神様です。
神々の宴会では、不死の神酒、ネクタルをお酌して回る役目でした。
(泥酔状態を表す〝へべれけ〟は女神へべに由来する、という説がありますが、全くのガセネタのようです。ずいぶん高尚?な俗説もあったものです)
若さの象徴だけあって楽天的で、ゼウスが度を過ぎたヘラの嫉妬に怒って、妻を懲らしめるため、ヘラ最愛の娘ヘベを天から吊るしたこともありましたが、本人は楽しがってケラケラ笑っていました。
後に、12功業を果たし、神となった英雄ヘラクレスと結婚しました。
青春の神ということで人気があり、ラモーはほかにオペラ=バレ『ヘベの祭典』を書いています。
ローマ神話では「ユウェンタス」と呼ばれ、イタリア・トリノのサッカーチーム「ユベントス」の由来になっています。
ヘベ
ヘベの支配にある者たち
おいで、集まりなさい
私の声を聞いたら走っていらっしゃい!
夜明けがこの美しい場所を照らし始めたら
歌うのですよ、お前たち
テルプシコラの輝かしい演奏を
夜明けとともに始めるのです
愛の神がお前たちに与えてくれる甘美なひとときは
お前たちには一番大事なものね
4つの国の人々のアントレ
そこに、ヨーロッパ4か国、フランス、イタリア、スペイン、ポーランドの若い男女が入場してきて、踊り始めます。
いずれも当時のフランスの同盟国や、影響のある国々で、敵方の英国やドイツ、オーストリアは呼ばれていません。
大国の中になぜポーランド?と思いますが、それはルイ15世の王妃がポーランド出身のマリー・レクザンスカだったからです。
そのため、ポーランドだけ特別に、お国風の踊りが取り上げられています。
ミュゼット
愛と青春を謳歌するヨーロッパの若者たちの踊りを満足げに眺めていたヘベは、楽器ミュゼットを奏させ、宴の時間となります。
ミュゼットの天国的な響きは、まるで天上の宴にいるような気分にさせてくれます。
栄光の女神がお前たちを呼んでいる
その優雅で平和な時間をぶち壊すように、突然トランペットと太鼓が鳴り響き、戦いの女神ベローナがやってきます。
そして、男たちに、愛など語っている場合ではない、戦士になって栄光を目指すのだ、と扇動します。
ベローナは女神ですが、『イポリートとアリシー』の運命の女神のように、不気味さを出すために女装したテノールが歌います。
ベローナ
栄光の女神がお前たちを呼んでいる
彼女のトランペットを聞くがよい!
急ぐのだ、武器をとれ、戦士となるのだ!
このような平穏な隠れ家は捨てなさい!
戦うのだ、栄光をつかみ取る時が来たのだ
合唱
栄光の女神がお前たちを呼んでいる
彼女のトランペットを聞くがよい!
急ぐのだ、武器をとれ、戦士となるのだ!
旗をもつ戦士たちのためのエール
若い男たちはその呼びかけにすっかり血沸き肉踊り、軍旗をもって勇ましく踊り始めます。
ベローヌに従う男性と、彼らを引き留めようとする女性の恋人たちのエール
女性たちは恋人たちに、戦争になんか行かないで、と引き留めますが、若さゆえ、男たちは振り切ってベローヌについて行ってしまいます。
勇み立つ男が弦で、それを留めようとする女性の哀願がフルートで物悲しく奏される、対比の素晴らしい曲です。
女たちも悲しみながら追いかけて退場していきます。
残されたエベはがっくりして、愛の神に助けを求めます。
『イポリートとアリシー』でも活躍した、アフロディーテ(ヴィーナス)の息子、愛の神が現れ、それならば、戦いに巻き込まれたヨーロッパ以外の国、インドの国々にキューピッドたちを遣わし、愛に生きる若者たちを連れて来よう、と請け負います。
キューピッドたちのためのエール
愛の神とエベ、合唱
どんなに広い海も渡って
飛んでいけ、キューピッドたちよ、飛んでいけ
どんなに遠く離れた岸辺でも
お前たちの武器と剣をもっていくのだ!
お前たちに敬意を捧げない心が
この世界にあるだろうか?
エベは、遥かなる国々に愛と平和への望みをかけて、幕となります。
次回は、キューピッドがたどりついた最初の国、トルコです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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