孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

ラモーおすすめアルバムその3。クルレンツィス『ラモー:輝きの音(オペラ=バレからの舞曲)』目に見えない、音楽の光とは。~ベルばら音楽(38)

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テオドール・クルレンツィス

目の不自由な人に〝光〟を伝える方法とは

ラモーおすすめアルバムの3枚目は、テオドール・クルレンツィス指揮、ムジカ・エテルナの『輝きの音(オペラ=バレからの舞曲)』です。

クルレンツィスは1972年、ギリシャアテネ生まれの指揮者で、ロシア・ウラル山脈のふもとの街ペルミの国立歌劇場のオーケストラ、ムジカ・エテルナを手兵として活躍しています。

その特長は、まるで鋭いナイフのようなキレッキレの演奏で、このブログでもモーツァルトの『フィガロの結婚』、『ドン・ジョヴァンニ』で取り上げました。

昨年来日した際のチャイコフスキー・プログラムは大いに話題になりました。

このアルバムは、そんなクルレンツィスがラモー没後250年を記念して2014年に録音したものです。

前回取り上げたミンコフスキのアルバム『サンフォニー・イマジネール(空想の管弦楽曲』と同じように、ラモーのオペラから聴きどころを抜粋したものですが、管弦楽にこだわらず、声楽も入っています。

曲目がミンコフスキと多くかぶっていますが、それはラモーの素晴らしい曲を厳選するとそうなるのでしょう。

同じ曲でも抒情豊かなミンコフスキと、鋭い迫力のクルレンツィスの聴き比べも愉しいものです。

アルバムのライナーノーツに、クルレンツィスがこのアルバムのコンセプトを書いています。

彼のラモーに対する考えが分かり、その演奏を理解するのに欠かせない文章ですので、ちょっと長いですが全文引用させていただきます。

輝きの音

 人生で出会うもっとも不思議な現象とは何だろうか。それは光だ。光があるから、人は呼吸ができ、生きることができ、そして愛することができる。しかし、たとえば光を一度も見たことがなく、その恩恵をまったく受けたことがない人に、光というものが何であるか、どのように説明すればよいだろうか。私なら、ラモーの音楽を演奏して聞かせようと思う。

 ラモーの音楽は、太陽神(アポロン)の放つもっとも豊かな光を浴びて輝いている。この音楽は何にも邪魔されず、まっすぐに心に入ってくる。まるで太陽の光が宇宙の無限の闇を越えて、私たち人間の目や、一枚の緑の葉や、一片のバラの花びらに届くのと同じように。ラモーは太陽を乗せた車の御者だ。座席は空いているので、誰でもこの車にゆられて旅を楽しむことができる。

 さて、このアルバムを録音したとき、私はラモーをある種の媒体として捉えようと努めた。普段の意識と異なる、森のような無意識の世界に足を踏み入れたときに、真っ先に私とコンタクトをとって森の中を案内してくれる存在。ラモーは私の先を歩き、こう話しかけてくれているような気がした。「さあ、目を閉じて、光の中に飛び込みなさい」。そしてこの光がどれほど、時代を超えて我々を照らし、狂気を持ち、根源的で、若々しいかということを、私が理解し感じ取れないかぎり、ラモーは解放してくれないのだった。

 アルバムにはとても素朴な曲もあるが、近代的で、ついさっき書かれたような曲もある。ラモーは実際、彼の生きた時代よりもずいぶん先へ行っていた。だからラモー作品の新鮮さや本質を引き出すには、いかにも「ああ、これぞフレンチ・バロック!」という惰性的な概念で演奏してはならない。もちろん、その音楽には18世紀のアリアらしいバロックの香りが感じられる。たとえば、調度品、毀れた夢、幻想的なできごと、炎、情熱……といった要素の数々だ。しかし「バロック」という言葉は芸術史用語としては貧相で、たった一種類のラベルを、全く異なるさまざまな音楽に張り付けてしまう。そういうわけで、私はバロックの「権威」と呼ばれるような音は出したくない。もっと先をめざし、自分自身の中にある、まだ自分でも知らない部分に出会いたいと思う。

 録音のうち、ある部分は内向きに静かで、軽く、そして聴きやすい。まるでナディーヌ・クッチャーの声のように器楽的で、パンの笛のように作品に潜む精神的な秘密を引き出すような音楽だ。

 また、別の部分は野性的で危険で、光といえども暗い色彩を持っている。たとえば私は<プラテー>の「嵐」では、アポロンよりも、その対照とされる激情の神デュオニソスを登場させたい。それができれば、聴いた人はこのように思うだろう。「この嵐は恐ろしい、脅威だ。骨が砕ける。精神がめちゃくちゃになる……しかし美しすぎて、台風の目に留まって暴風雨を見つめ続けるしかない。そこから抜け出すことはできない。不思議な光にすっかり魅了されてしまった」。それも道理で、自然界にあって、闇と光を併せもつものはすべからく美しい。恐ろしさと魅力を兼ね備えているからだ。

 この音楽は語るにもよし、踊るにもよし、恋に落ちて抱き締められるもよし。聴けばスピーカーの横で自然に涙をながすだろう。目をつぶってあらん限りの声で叫んでもよい。

 私はラモー名曲集を、未来への新しい予感や、自分の中のより深いところにある真実を求める聴衆のために作った。実際、人生において何が何のために存在するか、といった問題について、自分自身と対話するのは難しい。必要だとわかっていてもなかなか取りかかることができず、「明日か来週か、とにかく今じゃない」と考えるだろう。こういった対話において人は丸裸で、痛みをともなう。自分を取り繕ったり嘘をついたり、逃げ隠れすることもできない。しかし、人は自分と向き合わなくてはならないのだ。さあ、今こそ時だ。音という名の光がここにある。

 テオドール・クルレンツィス(訳:小阪亜矢子)

芸術家にして哲学者であるラモーの音楽の本質をよく理解し、深く考察された文章です。

クルレンツィスの解釈にはまさに同感、という思いです。

ラモーの和声は、時には現代音楽?と思うほど斬新ですし、その輝かしい響きはまさに光にしかたとえようがありません。

この音楽を、クルレンツィスの言う通り〝バロック〟というジャンルでくくるのはあまりにも安直に思えるのです。

新しい世、令和のスタートにふさわしい、光の音楽をぜひご堪能ください。

クルレンツィス指揮 ムジカ・エテルナ:ラモー『輝きの音(オペラ=バレからの舞曲)』

Jean-Philippe Rameau:The Sound of Light

演奏:クルレンツィス指揮 ムジカ・エテルナ

Teodor Currentzis & Musica Eterna

『ヘベの祭典』より「テルプシコラのためのミュゼットとタンブラン」

ミンコフスキのアルバムにも収められていた曲ですが、そちらはオーケストラのみでした。でもこちらの演奏ではオリジナルの楽器ミュゼットが含まれており、その牧歌的な響きと神秘的な繋留音に魅了されます。

第3アントレ「舞踏」の幕で、使者の神メルクリウス(マーキュリー)が人間の姿となって舞踏の女神テルプシコラの力を借り、羊飼いの娘エグレーを口説く場面です。

この曲は当時から人気で、しばしば単独で演奏されたということです。

ゾロアストル』より「ガヴォット」

ゾロアスター教の教祖ゾロアストルを慕って人々が踊る場面です。フルートの愛らしい音色に癒されます。

『ボレアード』より「ポリュムニアのアントレ」

前回〝ラモーの白鳥の歌〟として取り上げた、ラモー最後のオペラの曲です。

女神ポリュムニアをはじめとしたミューズたち、西風、季節、時、芸術の神々の入場曲です。

モーツァルトの『魔笛』第2幕冒頭の僧侶の行進曲を思わせる、静謐な音楽です。

『優雅なインドの国々』より「シャコンヌ

ただでさえ壮麗なこのシャコンヌが、クルレンツィスの手にかかると、その輝かしさに目もくらむようです。まさに光の洪水に包まれているかのような思いです。

一方で、室内楽的な繊細な楽器の音も聞こえる、会心の演奏です。

『優雅なインドの国々』より「嵐」

第3アントレ「花々、ペルシャの祝祭」の嵐です。おどろおどろしいティンパニから始まり、咲き乱れる花々を散らす春の嵐ですが、クルレンツィスが述べているように、後に出てくる『プラテー』の嵐に比べると、まだそこまで激しくはありません。

ゾロアストル』より「恋のエール」

教祖ゾロアストルに恋をしたバクトリアの王女アメリートが、ひそかにゾロアストルを慕って歌う恋のエールです。彼女は、悪の力をもつアブラマーヌに強引に言い寄られているのです。

ここでもフルートが切ない恋心を歌います。

『プラテー、または嫉妬深いジュノー』より「嵐」

クルレンツィスが『この嵐は恐ろしい、脅威だ。骨が砕ける。精神がめちゃくちゃになる……しかし美しすぎて、台風の目に留まって暴風雨を見つめ続けるしかない。そこから抜け出すことはできない。不思議な光にすっかり魅了されてしまった』という聴衆の反応を期待した、渾身の演奏です。

この悪魔的な音楽には多くの演奏者が手掛けていて、ルセ指揮のタレン・リリックがヴェルサイユ宮殿の噴水の前で演奏したのがこちらの映像です。


Les Talens Lyriques - Platée de Jean-Philippe Rameau, "Orage"

『優雅なインドの国々』より「大いなる和平のキセルの踊り」

この曲も何度も取り上げていますが、ここでも外せません。

第4アントレ「未開人たち」での、ジーマとアダリオのカップルの二重唱で、ソプラノはナディーヌ・クッチャー、バスはアレクセイ・スヴェトフです。

めんどり

これもミンコフスキも取り上げていたクラヴサン曲の六重奏版ですが、クルレンツィスの方はさらに鋭く切り込むかのような演奏です。

『プラテー、または嫉妬深いジュノー』より「フォリーのレシタティフとアリエット〝光っていこう!アポロンの求愛に〟」

全能の神ゼウス(ジュピター)が妻ヘラ(ジュノー)の嫉妬をやめさせようと、醜い沼のカエルの女王プラテーに嘘の求婚をするという喜劇ですが、すべてが偽りの世界で、〝狂気〟を擬人化したフォリーが唐突に歌う小アリアです。

いきなりの不協和音に驚かさせますが、そのあとに続く奇妙に能天気な歌に、さらにあきれます。ラモーの意外な一面ですが、その多才さを示す曲でもあります。

愛の神アモールが、太陽神アポロンにバカにされたことに腹を立て、アポロンには河の神の娘ダフネに恋をする矢を放ち、ダフネにはアポロンを嫌いになる矢を当てます。

アポロンは熱烈にダフネに求愛しますが、ダフネはアポロンを受け入れたくない、ということで父に頼んで月桂樹に変身してしまいます。

アポロンはダフネを忘れられず、月桂樹を自分を象徴する聖樹とし、以後、オリンピックの勝者には月桂冠が贈られることになります。

これは、愛の神を怒らせると怖いわよ、という歌です。

フォリー

光っていこう!

冴えていこう!

アポロンの求愛をダフネは拒んだ

そのお墓で愛の神は

松明を消してダフネを変身させちゃった

愛の神のいつもの復讐よ

バカにすると怖いのよね!

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アポロンから逃れ月桂樹に変身するダフネ
『ナイス』より「リゴドン」

オーストリア継承戦争終結祝いで作られたオペラのプロローグで、最終的に勝利したオリンポスの神々が喜びを表現して踊る曲です。

タンバリンの響きが楽しげです。

ゾロアストル』より「序曲」

これも何度も取り上げた曲ですが、正義の力と悪の力が相克する有様を厳しく描いた名曲です。クルレンツィスの演奏では、最初の激しく急速な部分の迫力もさることながら、中間部の穏やか部分の室内楽的な響きが出色です。

『イポリートとアリシー』より「聖なる神殿、静かな場所」

こちらも本編で取り上げましたが、第1幕冒頭で、王女アリシーが、王子イポリートへの恋をあきらめて、尼寺に入る覚悟と未練を歌う切ない歌です。

www.classic-suganne.com

『ナイス』より「序曲」

戦勝記念オペラの序曲ですが、この輝かしさは、クルレンツィスが表現したかった光のうち、 中天に輝く真昼の太陽光、といったところでしょうか。

『ボレアード』より「コントルダンス」

第1幕の終わりで演奏されるダンスですが、光と影が交錯するような音楽です。管楽器のユーモラスな動きが楽しいです。

『優雅なインドの国々』より「アフリカ奴隷のためのエール」

第1アントレ「寛大なトルコ人」の中で、お土産を船に積み込むアフリカ人奴隷たちの踊りです。

クルレンツィスの演奏では、アフリカのプリミティブな雰囲気を醸し出す工夫がなされています。

『ダルダニュス』より「タンブラン」

これも多くの演奏のある、人気曲です。様々な国々の民衆が輪になって踊る、元気いっぱいの舞曲で、クルレンツィスの面目躍如です。

『カストールとポリュックス』より「前奏曲と伴奏付きアリア〝悲しい支度〟」

前回のミンコフスキ版ではオーケストラのみに編曲されていましたが、これはオリジナルのソプラノ曲です。

太陽神の娘テライールが愛するカストールの葬儀で歌う哀歌で、歌詞は、暗闇の中でゆらめくろうそくの光、あるいは夜の墓地を照らすわずかな星明りを歌っています。

テライール

悲しい支度、青白い炎

闇よりも恐ろしい昼の日

墓を照らす陰鬱な星の

暗い光だけが見える

狂おしい私の心が見えるなら

昼の父よ、おお、太陽よ、わが父よ

亡きカストールだけが私の望み

そのためなら光も諦められる

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ラ・トゥール『改悛するマグダラのマリア

 「光」をテーマにしたこのアルバム。
最後に置かれたこの曲は、光は決してまぶしいばかりに輝かしいものだけではなく、人生の闇にゆらめくものもある、ということを示しているのです。

新しい時代は、輝く光に包まれたものであってほしいものです。

 

ラモー:輝きの音(オペラ=バレからの舞曲)

ラモー:輝きの音(オペラ=バレからの舞曲)

 

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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