ヴィヴァルディが描いた、つらい季節
ヴィヴァルディの協奏曲集『和声と創意への試み 作品8』の中の『四季』から、今回は第2番『夏』を聴きます。
夏といえば、輝く太陽のもと、海、山でのレジャー、バカンスと、我々はいいイメージを持っていますが、この曲ではひたすら憂鬱な季節として描かれています。
うだるような暑さが続くと思えば、突如嵐が吹きすさぶ、つらい季節です。
確かに、クーラーも扇風機もない時代のことを考えれば、地獄かもしれません。
昔の日本でも、兼好法師が『徒然草』で次のように書いているのを思い出します。
『家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き頃悪き住居は、堪へ難き事なり。』
家は、夏を考えて作れ、冬の寒さはどうとでもなる、暑い住まいは耐えがたい…。
温暖化が進む現代、風の通らないアパートやマンションで、熱中症で命を落とすお年寄りが毎年増えていることを考えると、まさにその通りです。
雷の被害も、台風の災害も年々激甚化してきていますし、悲しいかな、夏はだんだんと、楽しい季節から厳しい季節になりつつある気がしてなりません。
それでは、夏のつらさを描いたヴィヴァルディの音楽に耳を傾けましょう。
曲につけられたソネット(14行詩)と、中世の豪華写本『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』も一緒にお楽しみください。
ヴィヴァルディ:『和声と創意への試み 作品8』〝四季〟第2番 ヴァイオリン協奏曲 ト短調 RV315『夏』
Antonio Vivaldi:Il cimento dell'armonia e dell'inventione op.8, "La quattro stagioni" no.2 Concerto G-moll, RV315 “L'estate”
演奏:ファビオ・ビオンディ(指揮とヴァイオリン)、エウローパ・ガランテ
Fabio Biondi & Europa galante
第1楽章 アレグロ「けだるい暑さ」
Sotto dura stagion dal sole accesa
太陽が焼けつくように照る厳しい季節に
Langue l’huom, langue ‘l gregge, ed arde ‘l pino,
人も羊の群れもぐったり、松の木も燃えるようだ
Scioglie il cucco la voce, e tosto intesa
カッコウが鳴きはじめると、それにつられて
Canta la tortorella e ‘l gardellino.
山鳩とごしきひわが歌い出す
Zeffiro dolce spira, ma contesa
やさしいそよ風が吹くものつかのま
Muove Borea improvviso al suo vicino;
突然北風が襲いかかる
E piange il Pastorel, perché sospesa
羊飼いは嵐の気配に恐れおののき
Teme fiera borasca, e ‘l suo destino;
不運な自分に涙を流す
4回のトゥッティ(合奏)に3回のソロ(独奏)が挿入されます。はじめの第1トゥッティは、「暑さからくるけだるさ」を表します。途切れ途切れのフレーズから、手ぬぐいで汗をふきふき、灼けつく太陽を恨めしそうに仰ぐ様子を想像してください。
突然、第1ソロでテンポも拍子も変わり、ヴァイオリンがカッコウの鳴き声を模倣します。カッコウの声はこんなに速くないのでは?と思いますが、イライラしている心にはこう聞こえるのでしょう。高原の朝に聞こえている爽やかな鳴き声とは違います。
分かりやすいカッコウの声は度々音楽にされていることは、以前の記事に書きました。
www.classic-suganne.com
第2ソロは「山鳩の歌」、「鶸(ひわ)の歌」、そして「そよ風が吹くさま」を相次いで弾きます。 山鳩は東京郊外の私の家のそばでもよく聞きますが、このメロディのように、やや低く哀愁を帯びています。鶸はヨーロッパではポピュラーな鳥であるものの、日本にはいないので実際に聞いたことはありませんが、この旋律を聴く限りでは、高く、伸びやかで澄んでいます。
そよ風がそよそよと吹くと、それを打ち消すように第3トゥッティが「北風」を表す荒々しい楽想を突っ込んできます。
後半は冒頭の「けだるさ」が戻り、第3ソロのヴァイオリンが、近づく嵐に絶望した羊飼いの涙を表します。嘆くようなフレーズが印象的です。
最後に第4トゥッティがもう一度北風を呼び、荒々しく楽章を閉じます。
『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』が描く夏は、豊かさに満ちています。栄養をたっぷり含んだ夏草を、家畜の飼料にするため刈り入れています。男たちが大きな鎌で草を刈り、女たちがレーキ(熊手)でかき集めています。農民の服がはっきりと男女で異なるようになったのも、この絵が描かれた中世後期のことです。ただ、農民にしてはきれい過ぎ、かなり美化されていますが。背景の館は、パリジャン公の居館、オテル・ド・ネスレで、場所はパリ近郊のシャペル=ロワイヤルといわれています。この絵が完成したのはランブール兄弟の死後、15世紀半ばですが、作者はジャン・コロンブか、または無名の画家かわかっていません。
Toglie alle membra lasse il suo riposo
疲れ果てた羊飼いは身も心も休まらない
Il timore de’ lampi, e tuoni fieri
稲妻と雷鳴におびえ
E de mosche, e mosconi il stuol furioso:
まとわりつく蚊やハエの群れに悩まされて
哀れっぽいソロ・ヴァイオリンが「疲れ果てた羊飼い」を表現します。ヴァイオリンに執拗にまとわりつくような伴奏は、羊飼いの周りを飛び回る「蚊やハエ」を表します。
そして、3度にわたってそれを中断するかのような荒々しいプレストのトゥッティは、遠くで鳴り始めた「雷鳴」です。
7月は〝麦秋〟といわれるように、小麦が熟す収穫の季節です。中世初期にはひとつの穂に数粒しか成らなかったという麦も、中世後期には土壌や農具、農法の改良で、びっしりと実るようになりました。かたわらでは羊の毛の刈り込みの作業が行われています。豊かな衣食を支える重要な作業風景です。背景は、戦略上の要地ポワティエにあった要塞とされています。堀から流れる、水鳥のいる小川の水辺が涼し気で、蒲の穂がそよ風に揺れています。
第3楽章 プレスト:夏の激しい嵐
Ah che pur troppo i suoi timor sono veri
ああ、彼の不安は的中した
Tuona e fulmina il cielo grandinoso
空は雷鳴を轟かせ、稲妻を光らせ、はては雹まで降らせ
Tronca il capo alle spiche e a’ grani alteri.
熟した果物や穀物の穂をことごとく叩きつぶす
前楽章の遠雷のフレーズが、より激しさを加えて、「嵐」として襲いかかります。5回のトゥッティと4回のソロが交替しながら、吹きすさぶ夏の嵐を表します。ソロも時にはフラメンコのように情熱的に舞いますが、ここでの主役は全合奏によるトレモロが大迫力のトゥッティです。
嵐を表現したクラシック音楽は、先に取り上げたヴィヴァルディの『海の嵐』のほか、ラモーの『オラージュ』、ハイドンの『夜』『四季』、ベートーヴェンの『田園』など、たくさんありますが、その中でも白眉の迫力といえます。
文学でも、シェイクスピアの『テンペスト』や、言葉で嵐を表現した幸田露伴の『五重塔』を思い出します。嵐は芸術家のインスピレーションをかきたててやまないのでしょう。
爽やかな夏の朝、鷹匠に導かれて貴族たちが鷹狩りに出かけています。鷹に小鳥を捕まえさせる鷹狩りは、鉄砲を使って獰猛な野獣を狩る秋のハンティングと違って安全なため、夫人同伴の楽しいレクリエーションです。中景には池で泳ぐ人々(水死体のように見えますが…)と、わら束を作る農民が夏らしく描かれています。遠景はシャトー・デタンプです。時祷書には、ヴィヴァルディの音楽にあるような夏の風物詩である嵐は無く、あくまでも平和なヨーロッパの夏が描かれています。
Vivaldi Four Seasons: Summer (L'Estate), complete; Cynthia Freivogel & Voices of Music, RV 315 4K
次回は『秋』です。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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