ヴィヴァルディの頃の冬は寒かった
今回は、ヴィヴァルディの協奏曲集『和声と創意への試み 作品8』の中の『四季』から、最後の第4番『冬』を聴きます。
関東は桜が満開ですが、きょうはいきなり雪が降り、季節が一気に冬に逆戻りしました。
ここに月が出たら〝雪月花〟という、白楽天が歌った最高に風流な景観が現出するのですが、さすがにそんな奇跡の三拍子は揃いそうにありません。
もちろん、実現したとしても、とても風雅な気分にはなれない状況ですが。
現代では、地球温暖化が人類の危機として叫ばれていますが、ヨーロッパの気候が温暖化に転じたのはベートーヴェンが亡くなった頃で、それまでは、中世の終わり頃から「小氷期」と言われるほど寒い時代が続いていました。
逆に中世は、初期から大半が温暖期だったのです。
ヴァイキングが今は氷の島になっているグリーンランドに入植したり、あり余る豊かなパワーがヨーロッパ内で行き場をなくして十字軍遠征が起こったりしました。
空にそびえるゴシックの大聖堂も温暖化の賜物といえます。
それが、14世紀半ば、ちょうどヨーロッパに黒死病が大流行した頃から、寒冷化に向かったのです。
黒死病(Black Death)は、ヨーロッパの人口を3分の1に減らしたといわれる恐ろしい疫病で、今、全世界を、特にヨーロッパをひどく襲っている新型コロナウイルスの惨状に不吉な連想をしてしまいます。
黒死病は、一般にペストと考えられていますが、必ずしもそうではないのではないか、という説があり、私の大学の恩師もその研究をされていました。
コロナと同じく、ウイルスによる感染症だったという可能性もあるのです。
人類の歴史は疫病との戦いの連続であり、それは現代にあっても克服できていないことを実感する毎日です。
さて、ヨーロッパの寒冷化が黒死病をもたらしたのかどうかは解明されていませんが、ヴィヴァルディの頃の冬は、今より相当に寒かったのは事実です。
『四季』の『冬』は、第1楽章と第3楽章でそんな厳冬の辛さを描きますが、第2楽章のラルゴは、温かい室内で過ごす幸せを現しています。
できる限り外出を控えるのが必要な時期ですから、せめて家ではこんな気分で過ごして、外の嵐が収まるのを待ちたいものです。
ヴィヴァルディ:『和声と創意への試み 作品8』〝四季〟第4番 ヴァイオリン協奏曲 ヘ短調 RV297『冬』
Antonio Vivaldi:Il cimento dell'armonia e dell'inventione op.8, "La quattro stagioni" no.4 Concerto F-moll, RV297 “L'inverno”
演奏:ファビオ・ビオンディ(指揮とヴァイオリン)、エウローパ・ガランテ
Fabio Biondi & Europa galante
Agghiacciato tremar tra nevi algenti
冷たい雪の中の凍りつくような寒さ
Al Severo Spirar d'orrido Vento,
吹きすさぶひどい風の中を人が行く
Correr battendo i piedi ogni momento;
しきりに足踏みしながら小走りに進むが
E pel Soverchio gel batter i denti;
あまりの寒さに歯の根も合わない
4回のトゥッティ(合奏)と3回のソロ(独奏)から構成されますが、通常のリトルネッロ形式とは異なり、トゥッティが2種類あります。
第1トゥッティは、「雪の中でガタガタ震えている人」を描写し、まさにそんな感じです。
寒さがピークに達すると、第1ソロが32分音符で差し込むように激しく入ってきますが、これは「恐ろしい嵐」です。
それを受けて第2トゥッティは全く新しい楽想を繰り出しますが、これは「足踏み」を表現します。第1トゥッティとは対照的な活発な音型で、この曲の中盤のクライマックスです。
第2ソロはさらに吹きすさぶ「恐ろしい嵐」を技巧を駆使して暴れまわります。
第3トゥッティが第1トゥッティの震えを再現すると、第3ソロがガチガチと「合わない歯の根」を奏でます。いかにも、といった感じです。
そして、最後のトゥッティが再び「足踏み」を繰り返し、冬の戸外の厳しさを音楽化した、このユニークな楽章を締めくくります。
狩は、前回の『秋』の第3楽章のテーマになっているように、主に秋に行われるものなので、冬として描かれるのは珍しいことです。冬の森の中で、たくさんの猟犬がイノシシに群がって仕留めています。ヨーロッパでは成獣のイノシシは肉が硬いため好まれず、食用としてはもっぱら子(ウリ坊)がターゲットになったようですが、もしかすると、向こうから襲いかかってきたのを猟犬がやっつけたのかもしれません。傍らでは男が角笛を吹いて、仕留めたことを他の狩人に告げています。
私は猪肉を丹波篠山で食べたことがあるのですが、名高い丹波栗、黒豆、松茸などの滋味を育む土地柄で、そんな山野の恵みをたっぷり食べたシシの肉は実に美味でした。この絵のイノシシは可哀そうですが…
第2楽章 ラルゴ
Passar al foco i dì quieti e contenti
暖炉の前で静かに過ごす満ち足りた日々
Mentre la pioggia fuor bagna ben cento
家の外では雨が万物をうるおす
第1楽章で外の厳しい寒さに震え、体の芯まで冷え切った人は、ようやく暖かい家の中にたどり着くことができました!
暖炉には赤々と火が燃え、それを囲んで家人たちが楽しく語り合っています。
家の外では、雪がいつしか雨にかわり、シトシトと心地よい雨音が聞こえてきます。
ソロ・ヴァイオリンが暖かい家の中で過ごす幸せを朗々と奏で、合奏は素敵なピチカートで戸外の雨音を表現します。
自然、世間の厳しさから守ってくれる、我が家のつつましくも温かい幸せを、しみじみと実感する音楽です。
『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』のカレンダー部分の冒頭、1月の場面です。ベリー公の新年会を描いており、テーブル右側の青い豪華な衣装の人がベリー公ジャン1世(1340-1416)その人です。父と兄がフランス王ということで王子であり、ベリー公は一代限りで王族に与えられる爵位でした。時代は英国vsフランスの百年戦争の真っ只中であり、ジャン1世も王族として戦いましたので、この絵の後景には戦闘場面が描かれています。戦争や政治のかたわら、ジャン1世は芸術や建築に金をつぎ込み、美術品の蒐集に熱中したため、「華麗公」と呼ばれています。しかし、そのためベリー公領はフランス中で最も税が重い地域になり、死後は莫大な負債が残されたといいます。『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』に見られる中世の農民たちは生き生きとしていますが、実際には重税に喘いでおり、その一因がこの豪華写本、というのも皮肉な話です。
Caminar sopra il ghiaccio, e a passo lento
氷の上を忍び足で歩く
Per timor di cader girsene intenti;
滑って転ばないよう注意深く
Gir forte Sdrucciolar, cader a terra
油断をするとすってんころり
Di nuovo ir sopra'l ghiaccio e correr forte
起き上がって、今度は一目散に走る
Sin ch'il ghiaccio si rompe, e si disserra;
氷が砕け、割れ目ができる
Sentir uscir dalle ferrate porte
閉ざされた扉から外を覗くと
Scirocco, Borea, e tutti i venti in guerra
南風、北風、あらゆる風がせめぎ合っている
Quest'è'l verno, ma tal, che gioia apporte.
これが冬、でも冬には冬の喜びがあるのだ
終楽章は、第1楽章以上に形式を離れ、自由な構成になっています。この楽章につけられたソネットも長く、いくぶん理屈っぽくなっています。
まず、ソロ・ヴァイオリンから曲が始まりますが、16分音符からなるこの音型は、「氷の上を人が歩く」様子です。
なぜ氷の上を歩かなければならないのか?
おそらく、凍った川を渡らなければならない用事があるのでしょう。
当時は橋も限られていますから、遠回りせずに渡れるのは冬だけの特例であるものの、それだけ危険も伴います。
そろりそろり、とおっかなびっくり歩く様子がヴァイオリンで表現され、第1トゥッティが滑って転ぶさまを描きます。
第2ソロは「起き上がって激しい勢いで走り出し、氷が割れ、裂け目ができる」様子を激しく描写します。
第2トゥッティは、レントで、優しく「南風」が吹くさまを示しますが、まだ弱々しい感じです。この旋律は、第2番『夏』第1楽章冒頭の「けだるい暑さ」を、長調に転調し、さらに変形させているのです。冬にそよそよと吹いてホッとする南風も、夏には暴君に変身するわけです。実に凝っています。
第3ソロは、「南風と北風の戦い」を表し、激しく吹き荒れます。いずれは南風が勝利して春が来るわけですが、まだまだこの時期では冬将軍が圧倒的に優勢です。
そして、ソロを受け継いだトゥッティが〝冬来たりなば春遠からじ〟という教訓を示すように全曲を締めくくります。
冬の農民の生活がありありと描かれた秀作です。前景の農家の中には、暖炉を前に暖をとる男女がいます。女性はスカートの裾を上げて、暖かい空気を入れているようです。煙突からは煙が立ち昇り、なんとも心温まる光景です。雪の積もった家外には食料を貯蔵した樽が並び、羊小屋に羊たちがひしめき、鳥たちが羊の餌をついばんでいます。右には、寒い、寒い、と家に急ぐ人。後景には、森で燃料にする薪を刈り、ロバで町に運んで売る光景がみえます。まだルネサンスの遠近法が発明されていない頃の珍しい奥行きのあるレイアウトです。まさに、このコンチェルト『冬』に描かれた情景そのものです。
Vivaldi Four Seasons: "Winter" (L'Inverno), complete; Cynthia Freivogel, Voices of Music 4K RV 297
ヴィヴァルディの名高いコンチェルト『四季』はこれでおしまいです。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。
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