孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

恐ろしい地獄に響く、愛の歌。~マリー・アントワネットの生涯27。グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第2幕前半

ダンテの『神曲 地獄編』に描かれたコキュートス

三途の川を渡った吟遊詩人

今回は、グルックオペラ『オルフェオとエウリディーチェ第2幕の前半です。

愛妻エウリディケを失い、絶望のどん底にいたオルフェウス

最高の妻を与えておきながら、幸せの絶頂で奪った神の非情を恨みます。

そこに、愛の神アモールが降臨し、『冥界に下って、自分の得意とする歌で地獄を和らげれば、あるいは妻を取り戻せるかもしれない。しかし、彼女に会えたとしても、地上に戻るまでその顔を見てはならない。』と託宣します。

オルフェウスは、地獄の恐ろしさと、誓いを守れるだろうか、という不安に震えつつも、妻を取り戻せるならどんなことにも耐えてみせよう、と地獄に下っていくところで第1幕が終わります。

第2幕は、地獄の場面

ギリシャ神話では、日本で言うところの「三途の川」が5つあり、人間界と冥界を隔てています。

その川は、ステュクスプレゲトーンレーテーアケローン、そしてコキュートスです。

このオペラでは、オルフェウスはすでにコキュートスを渡ったところから始まりますが、本来はここに大きな関門があります。

ステュクスやアケローンには、渡し守の老人カロンがいて、生者を追い返します。

死者は渡し賃1オボロス貨を払えば渡してもらえますが、持っていないと200年あたりを彷徨うことになります。

そのため、古代ギリシャでは1オボロス貨幣を死者の口に含ませて弔う習慣がありました。

かつての日本でも、三途の川の渡し賃として6文銭を棺に入れる風習があったのと似ています。

モンテヴェルディオペラ『オルフェオでは、まずカロンが船に乗せるのを拒みますが、オルフェウスの奏でる心地よい音楽に寝てしまい、彼は川を渡ることができました。

でもこの作品ではそこは端折られています。

地獄の入口には、『ここに入る者は全ての希望を捨てよ』という有名な言葉が刻まれ、3つの頭を持った猛犬、ケルベロスが番犬として守っています。

生者や、冥界から逃げ出そうとする者は喰われてしまいますが、意外と甘いお菓子で懐柔されます。

また普段は3つの頭のうち交替で1つが眠り、24時間体制で番をしているのですが、ギリシャ神話ではオルフェウスの竪琴で、3つとも眠らされてしまいます。

しょせん犬、という微笑ましさがあるのですが、そのエピソードもここでは省略され、復讐の女神たち、地獄の魑魅魍魎が現れ、オルフェウスを威嚇します。

それでは、聴いていきましょう。

地獄の渡し守カロン

グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第2幕前半

Christoph Willibald Gluck:Orfeo ed Euridice, Wq.30, Oct 2

演奏:ルネ・ヤーコプス(指揮)フライブルクバロック・オーケストラ、RIAS室内合唱団、ベルナルダ・フィンク(オルフェオ:カウンターテノール)、マリア・クリスティーナ・キール(アモール:ソプラノ)【2001年録音】

第2幕 第1場

〔コキュートスの流れのむこうの恐ろしい洞窟。炎に照らし出された黒い煙がこの恐ろしい場所全体をおおい、遠くの方は暗くなっている。〕

第10曲 バレエと合唱(マエストーソ)

復讐の女神、亡霊、悪魔たち

エレボス(暗黒の世界)の霧の中を、

ヘラクレスやペイリトオスの足跡をたどって、

近づいてくるのは誰だ?

絶望的な厳しいファンファーレが、地獄の門の威容を表現します。オルフェオは竪琴を掻き鳴らしながら、自分を励ましつつ、歩みを進めます。

すると、復讐の女神、亡霊、悪魔たちが現れ、誰だ!?と誰何しながら行く手を阻みます。ここで名前が挙げられているヘラクレスペイリトオスはかつて地獄に下りた英雄たちです。

ヘラクレスは、12功業のひとつとして、地獄の番犬ケルベロスを連れてくる、という課題を兄王に与えられ、怪力でねじ伏せ、冥界の王ハデス(プルート)に「傷つけたり殺したりしない」という条件つきで貸し与えられました。

ペイリトオスは、自分の妻を亡くしたとき、誰と再婚すべきか神託を求めたところ、ゼウスに『わが娘の中で一番高貴なペルセフォネをなぜ妻にしないのか』と、お告げをもらいます。

これはゼウスの懲らしめだったのですが、それを真に受けたペイリトオスは、不遜にもハデスの妃になっているペルセフォネを略奪してやろう、ということで、地獄に下り、ハデスの罰を受けて、永遠に「忘却の椅子」に座らされることになりました。

ラモーのオペラ『イポリートとアリシー』では、テセウスは親友ペイリトオスを助けに行くために、大胆にも地獄に下りていき、ハデスに罰せられそうになりますが、父ポセイドンの力で、何とか解放されます。

このような生きている人間の「冥界下り」の話は、神話にはいくつか出てきますが、オルフェウスのものは一番有名かもしれません。

www.classic-suganne.com

第11曲 バレエ(プレスト)と合唱

復讐の女神、亡霊、悪魔たち

エレボス(暗黒の世界)の霧の中を、

ヘラクレスやペイリトオスの足跡をたどって、

近づいてくるのは誰だ?

もしそれが神でないなら、

荒々しいエウメニデス(復讐の女神たち)が、

恐怖でその行く手を妨げ、

ケルベロス(冥府の門の番犬)の遠吠えが脅かせるだろう

復讐の女神、亡霊、悪魔たちがバレエで大胆な侵入者を威嚇します。グルックの音楽は大迫力で、地獄の禍々しさを効果的に表現します。地獄で最も恐れられたのは復讐の女神、エリーニュスたちで、アレークトー(止まない者)、ティーシポネー(殺戮の復讐者)、メガイラ(嫉妬する者)の三女神とされています。普段はエレボスに住んでいますが、時に地上にも出てきて、親殺しや偽誓の罪を犯した者に、しつこく付きまとい、苦しめます。頭髪は蛇、頭は犬、身体は炭のように黒く、コウモリの翼を持ち、血走った目をした老女の姿をしていて、手には青銅の鋲のついた鞭を持ち、これで打たれた者はもがき苦しんだ末に死にます。エリーニュスはあまりにも恐ろしいため、本名で呼ぶのをはばかり、エウメニデス(慈しみの女神たち)と呼ぶ習慣がありました。

母を殺したオレステスに付きまとう復讐の女神たち
第12曲 バレエ(マエストーソ)、オルフェオと合唱

オルフェオ

お願いだ、

あわれんでくれ、

復讐の女神たち、悪魔たち、怒り狂う亡霊たち!

復讐の女神、亡霊、悪魔たち

だめだ、だめだ、だめだ!

再び、第1幕冒頭の地獄の門のファンファーレが鳴り、オルフェオを激しく威嚇しますが、彼は勇気を奮って竪琴を掻き鳴らし、歌いはじめます。自分を憐れんでほしい、と切なく訴えますが、地獄の住人たちは、容赦なく、No!と拒みます。オルフェオの美しい歌に対し、妨げる地獄の声は、不協和音で、見事な対照となっています。グルックの天才が窺える場面です。

第13曲 合唱

復讐の女神、亡霊、悪魔たち

みじめな若者よ、

何を求め、何をするつもりなのか?

悲嘆と嘆きの声のほかには、

この恐ろしく忌まわしい場所には

何も住んでいないのだ

オルフェオの、地獄にはあまりに場違いな美しい歌に、地獄の住人たちは戸惑い始めます。当初の強い拒否感は和らぎ、自分たちはいったい何を聞いているのか?といぶかります。

ダンテの『神曲』のケルベロス
第14曲 アリア

オルフェオ

悲しみに沈む亡霊たちよ、

わたしもまた、

あなたたちと同様、

あまたの苦悩に耐えている

わたしにはわたしの地獄があり、

わたしはそれを心の奥に感じている

オルフェオはさらに、地獄の住人たちに、あなた方も苦しいのでしょう、と歌いかけます。わたしもあなた方と同じようにつらいのだ、と心に沁みる旋律で歌います。

第15曲 合唱、アリア

復讐の女神、亡霊、悪魔たち

ああ、経験したことのない、

何という甘く、

もの悲しい感情が襲い、

われらの抑えがたい怒りを、

和らげることか

オルフェオ

ああ、ほんの一時でも、

恋の悩みはどんなものか知ったなら、

私の涙、

私の嘆きに対して、

あなたたちはこれほどむごくはなれないだろう

復讐の女神、亡霊、悪魔たち

ああ、経験したことのない、

何という甘く、

もの悲しい感情が襲い、

われらの抑えがたい怒りを、

和らげることか

扉が黒いちょうつがいの上で、

きしむ音を立て、

この勝利者を、

安全かつ自由に、

通過せしめよ

荒ぶる地獄の住人たちは、初めて自分たちに対する思いやりの言葉を、この上なく甘い音楽で聴きました。優しさ、という、これまで存在しなかった感情が、地獄の闇に生まれ、地獄はついに心を開き、その恐ろしい門を開け、オルフェウスを深い底に導きます。

冥界の女王ペルセフォネのとりなし

クリストフェル・スワルト『ペルセフォネの略奪』

ギリシャ神話や、モンテヴェルディの作品では、このあと、オルフェウスの音楽を聴き、愛する妻への思慕に心を動かされた冥界の女王ペルセフォネが、夫のハデスに、オルフェウスにエウリディケを返してあげて、と頼みます。

ペルセフォネは、ゼウスと、その姉でオリュンポス十二神の一柱であり、豊穣と農耕の女神であるデメテルとの娘です。

ハデスに略奪されて地獄に連れ去られ、無理矢理妻とされますが、怒ったデメテルが、穀物に実りを与える仕事をボイコットしたため、人々が苦しみます。

ゼウスのとりなしによって、1年のうち3分の1は冥界で暮らし、残りは母の元に返されることになりました。

ペルセフォネが冥界に行っている間、デメテルは悲しみに沈み、そのため穀物や草木が枯れるのが冬、というわけです。

そんな事情の略奪婚ですので、ハデスはペルセフォネのご機嫌を取るのが大変です。

ペルセフォネも、ハデスの誠意と愛情にだんだんとほだされ、冥界の王妃としての務めも果たしていきますが、いつ帰る、と言い出されるか、ハデスは気が気ではないのです。

今回も、オルフェウスにエウリディケを返してあげて、という妻の願いを、ハデスは断り切れません。

ただ、一度死んだ人間をそう簡単に生き返らせたら、世の中の秩序が保てません。

そこで、『地上に戻るまで、妻の顔を見てはならない』という掟を課すのです。

ハデスは、オルフェウスが守れないような掟を作り、秩序を保つと同時に、妻ペルセフォネの願いを聞き届けた、というわけです。

グルックのオペラは、このくだりは省略され、次回、エウリディケは彼の元に返されるのです。

ルーベンスオルフェウスとエウリュディケ』(ペルセフォネのとりなしでハデスの許しを得て帰るふたり)

動画は、引き続きチェスキー・クルムロフ城バロック劇場での映画版(日本語字幕)です。演奏は、ヴァーツラフ・ルクス指揮のコレギウム1704、コレギウム・ヴォカーレ1704(合唱)、オルフェオ役はベジュン・メータ(カウンターテノール)です。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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