孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

あまりにも厳しい、愛の試練。~マリー・アントワネットの生涯29。グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第3幕前半

ジャン=バティスト・カミーユ・コロー『エウリディケを冥界から連れ戻すオルフェウス

試される、忍耐

今回は、グルックオペラ『オルフェオとエウリディーチェ第3幕の前半です。

死んでしまった愛妻エウリディケを、エリュシオンの野でついに取り戻したオルフェウス

しかし、まだこの楽園は冥界です。

愛の神アモールとの約束は、地上の人間界に戻るまで、決して彼女の顔を見てならない、という厳しい掟。

幕が開くと、オルフェウスはエウリディケの手を引き、顔は見ないようにしながら、暗い洞窟のなかの迷路のように曲がりくねった道を急いでいます。

何も知らされていないエウリディケは、どうして生き返ることができたのか、不思議でならず、夫に問いかけます。

オルフェウスは、訳はまだ話せない、でも、再びふたりで生きることができるんだ、とだけ答えて、先を急ぎます。

エウリディケは、生き返った奇跡に嬉しくなりますが、それほどまでに幸せなことが起こったのに、オルフェウスの態度にだんだん違和感を感じます。

なぜ、奇跡的に再会できたのに、抱きしめてもくれず、キスもしてくれないどころか、目も合わせようとしないのか。

本当にこの人は愛するオルフェウス

別人に騙されているんじゃないの?

それとも、もしかして、生き返ったとはいえ、一度死んだ私は以前の若さや美しさを失い、醜い姿になってしまっていて、見るに堪えないんじゃないかしら?

煮え切らない夫の答えに、疑心、疑念はますます大きくなるばかり。

オルフェウスも、恐れた通りに彼女が示す不信感にさいなまれます。

絶望的な夫婦喧嘩に

フェデリコ・セルベーリ『オルフェウスとエウリディケ』

彼女の追及に耐えかねたオルフェウスは、ついに『お前を見ると災いを招くんだ!』と口走ってしまいます。

この言葉にショックを受けたエウリディケは、もうあなたにはついていけない!と、拒むようになってしまいます。

音楽は、ふたりの長い言い争いのレチタティーヴォから、デュエットになります。

そして、エウリディケの怒りが爆発したアリア。

彼女は、もう私はもう一度死ぬわ…と絶望します。

そのただならぬ様子に、オルフェウスはこれまで抑えてきた我慢の糸が切れ、理性を失い、ついに振り向いて、エウリディケを見、抱きしめてしまいます。

彼女は一瞬、愛する夫の顔を見ることができて喜びますが、たちまち意識が遠くなり、掟通り、再び死んでしまいます。

取り返しのつかないことをしてしまった、オルフェウス

彼は再び絶望の底に突き落とされます。

夫を振り回す悪妻?

ギリシャ神話では、ふたりのこのような諍いはなく、エウリディケは静かに黙って夫の跡をついていきます。

オルフェウスは、本当に彼女がついてきているのか、本当に彼女なのか?という葛藤に苦しみ、もうあと少しで地上、という光が見えてきたところで、振り返ってしまいます。

自分の弱さと戦い、負けてしまったわけです。

しかし、このグルックのオペラでは、エウリディケは疑い深く、わがままで夫を責めたてる女性に描かれています。

彼女が歌うのは、終幕であるこの第3幕になってからですので、それまで彼女の真のキャラクターは隠され、ひたすら夫に愛される理想の妻とされてきました。

グルックのオペラでは、憧れの女性と結婚してみたら、そのきつい性格に悩まされる…といった、人間臭いドラマ仕立てになっているのです。

それだけの夫婦喧嘩を経ても、オルフェウスは妻を再び失ってしまったことに絶望します。

日本神話との不思議な共通点

黄泉の国の怪物を聖なる果実、桃で防ぐイザナギノ命

さて、この古代ギリシャオルフェウス神話」は、遠く離れた日本の神話と不思議な共通点があり、比較神話学、という学問もあります。

古事記」「日本書紀によれば、この世の始めに、男神イザナギノ命(ミコト)、女神イザナミノ命の二神が最初の夫婦となり、「国生み」を行い、日本列島や様々な神々を生み出します。

ところが、イザナミノ命は、火の神を産んだときに火傷を負い、亡くなってしまいます。

夫のイザナギノ命は悲しみ、亡き妻に会いにいこうと、黄泉の国に行きます。

そして暗闇の中で黄泉の御殿にたどりつき、閉まった扉越しに妻に呼びかけます。

『いとしいわが妻よ、私とあなたで作った国は、まだ作り終わっていない。だから現世にお戻りなさい。』

妻はこれに答えて、『それは残念なことです。もっと早く来てくださればよかったのに。私はもう黄泉の国の食べ物を食べてしまったのです。けれどもいとしい私の夫の君が、わざわざ訪ねておいでくださったことは恐れ入ります。だから帰りたいと思いますが、しばらく黄泉の国の神と相談してみましょう。その間私の姿をご覧になってはいけません。』

自分を見てはいけない、という掟を課したのは、日本神話では妻の方なのです。

しかし、長い時間待たされた夫神は待ち切れず、櫛の歯を取って火をつけ、御殿の中に入ります。

すると見たのは、蛆がたかって腐乱した醜い妻神の姿でした。

イザナギノ命はびっくりして逃げます。

これに対し、イザナミノ命は『私によくも恥をかかせましたね』といって怒り、黄泉の国の怪物(黄泉津醜女)たちに跡を追いかけさせます。

夫神はこれを防いで逃げますが、最後に妻神が追いついてきます。

夫神は黄泉の国の入口に巨石を引き据えてふさぎ、妻神に離婚を言い渡します。

イザナミノ命は怒って、『いとしいわが夫の君がこんなことをなさるのでしたら、私はあなたの国の人々を、1日に千人絞め殺しましょう』と告げます。

これに対しイザナギノ命は、『いとしいわが妻の命よ、あなたがそうするなら、私は1日に千五百の産屋を立てよう』と答えます。

これで人口は増える、というわけですが、今の日本では1年で約158万人亡くなり、生まれるのは約80万人ですから、イザナミノ命の呪いが現実のものとなってしまっています。

ともあれ、「妻を取り戻しにあの世に行った」「見てはいけないのに妻の姿を見てしまって失敗した」という点は、ギリシャ神話と日本神話で共通です。

成立はギリシャ神話の方が古いですから、遠くシルクロードを通って話が日本に伝わったのか、それとも偶然なのかは諸説あるところです。

ただ、最後は夫婦喧嘩になるところは、グルックのオペラは日本神話に雰囲気が似ているといえますね。

イザナギノ命とイザナミノ命の別れ

グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第3幕前半

Christoph Willibald Gluck:Orfeo ed Euridice, Wq.30, Oct 3

演奏:ルネ・ヤーコプス(指揮)フライブルクバロック・オーケストラ、RIAS室内合唱団、ヴェロニカ・カンジェミ(エウリディーチェ:ソプラノ)、ベルナルダ・フィンク(オルフェオ:カウンターテノール)【2001年録音】

第3幕 第1場

〔暗い洞窟が、岩塊にさえぎられ、すっかり灌木や雑草の生い茂った岩山に分断されて、曲がりくねった迷路をなしている。〕

第22曲 レチタティーヴォ

オルフェオ

(エウリディーチェにむかって。オルフェオは相変わらずエウリディーチェの方を見ずに、彼女の手を取って連れて行く。)

行こう!

私についておいで!

私が誠の愛を捧げる

ただひとりのいとしい人!

エウリディーチェ

あなたなの?

だまされているのかしら?

夢かしら?

本当かしら?

それとも気が変になっているのかしら?

オルフェオ

妻よ、私だ、オルフェオ

私はちゃんと生きているんだ。

お前を探しにエリュシオンまでやってきた。

まもなく、お前は我らの太陽を

この世を再び見ることができるだろう。

エウリディーチェ

あなたは生きているの?

私も生きているの?

どうして?

どんな方法で?

どんなわけで?

オルフェオ

あとで全部話すよ。

だが、今はこれ以上聞いてはいけない。

私といっしょに早く来なさい。

そして、つまらない不安を心から払いなさい

もはやお前も私も冥府の霊ではないのだ。

エウリディーチェ

何を聞いたのかしら?

本当かしら?

これは何という喜び!

それでは、アモールとヒュメナイオス(結婚の神)の

心地よい罠にかかって

私は新たな人生を生きるのね!

オルフェオ

そうだ、わが希望の星よ!

だが、ぐずぐずしないで

道を急ごう。

私にとって運命は非常に過酷なものだったから

お前を得たのがほとんど信じられない

私には自分がほとんど信じられないんだ。

エウリディーチェ

それで、あなたが私を見つけて

私があなたを見たときに

私の愛の表現が

あなたを戸惑わせているのね、オルフェオ

オルフェオ

ああ、そうではないのだが…

分かってくれ…

聞いてくれ…

(傍白)おお、むごい定め!

いとしいエウリディーチェ

早く歩いておくれ!

エウリディーチェ

こんな幸せなときに

何を心配しているの?

オルフェオ

(傍白)何と言えばいいのか?

(傍白)予想したとおりだ。

(傍白)これが試練のときだ!

エウリディーチェ

なぜ抱いてくださらないの?

なぜ話をしてくださらないの?

せめて、私を見て

(彼女を見てくれるように、オルフェオを引っ張る)

言って、私はまだ昔のように美しいの?

見て、私の顔のバラ色は消えてしまったの?

聞いて、あなたが愛し

優しいと言ってくれた私のまなざしは

もうかげってしまったの?

オルフェオ

(傍白)聞けば聴くほど耐えられない

(傍白)オルフェオ、勇気を出すのだ!

行こう、私のいとしいエウリディーチェ!

今はこんな愛を

語っている時ではない。

ぐずぐずしていると

取り返しのつかないことになる。

エウリディーチェ

でも…ほんの一目だけ…

オルフェオ

お前を見ると災いを招くのだ

エウリディーチェ

ああ、ひどい人!

これがあなたの歓迎なのね!

私が愛するひとから、

やさしい夫から、

抱擁と口づけを

期待するべきときに

あなたは一目見ることさえ拒絶するのね

オルフェオ

(傍白)なんというひどい苦しみ!

とにかく、黙って、おいで!

(彼女がそばにいるのをみて、手をとり、連れて行こうとする)

エウリディーチェ

(怒って手をひっこめる)

黙っていろって?

これも我慢しなければならないの?

それじゃ、思い出も、愛も

誠実も、信頼も

捨ててしまったの?

アモールにもヒュメナイオスにも大切な

つつましい愛の灯を

あなたが消してしまったからには

何のために私を快い憩いから呼び覚ましたの!

答えて、不実なひと!

オルフェオ

とにかく、黙って、おいで!

天国的な第2幕のあとで、再び地獄に戻ってしまったかのような緊迫感が醸し出されている第3幕です。オーケストラで伴奏される長いレチタティーヴォが、妻の高まる疑念、夫の高まる葛藤をドラマティックに描いています。

第23曲 二重唱

オルフェオ

おいで、夫の言う通りにしなさい!

エウリディーチェ

いやよ!

あなたと一緒に生きていくくらいなら

死んだほうがましだわ!

オルフェオ

ああ、ひどいことを!

エウリディーチェ

私のことはほっておいて!

オルフェオ

いや、愛しいひと

私は影のように

いつもお前の側にいる!

エウリディーチェ

じゃあどうしてそんなに冷たいの?

オルフェオ

悩むより死んだほうがましだ

だが決して理由は明かさないぞ!

エウリディーチェとオルフェオ

おお、神々よ

お恵みは偉大なり。

私はそれを認め、感謝します。

だがお恵みに伴う悲しみに

私は絶えられない!

前段の緊迫したレチタティーヴォに対して、やや明るい調子のイタリア風のデュエットですが、それがさらにふたりの葛藤をうまく描いています。歩く調子の軽快なリズムですが、急がせる夫、立ち止まる妻、やるせない言い合いが切なく響きます。このウィーン版では、高音ふたりで歌われますが、オルフェウステノールになっているパリ版では、この曲はかなり改訂されています。しかし、私はこのウィーン版の方が好きで、このオペラで一番気に入っている曲です。

第24曲 レチタティーヴォとアリア

エウリディーチェ

レチタティーヴォ

私はなんという生活を

これから送ることになるのかしら!

なんと不吉な

恐ろしい秘密を

オルフェオは私に隠しているんだろう。

あのひとはなぜ嘆き、悩んでいるのかしら。

ああ、人が苦しむ苦悩に

まだ慣れていないので

こんなひどいショックを受けると

私の堅い意思はゆらぎ

目の前で光は薄れ

胸が締めつけられて

呼吸が苦しくなる

私は震え、ふらつき

不安と恐怖に

心臓が激しく鼓動するのを感じるわ

(アリア)

なんて恐ろしい瞬間

なんてむごい運命!

死からよみがえって

こんな悲しみに遭うなんて!

静かな忘却に

満足することに慣れてしまって

この嵐にあって

私の心はなすすべをしらない。

私はふらつき、震える…

エウリディケの、絶望と怒りがないまぜになった激しいレチタティーヴォとアリアです。アリアは、まるで第2幕の復讐の女神たちの歌がよみがえってきたかのような迫力です。しかし、中間部は静かでゆっくりした調子で、生き返ったと思ったら思いもよらない夫の冷たさに対する嘆きを歌います。しかし、これを聞く夫の方が、さらなる大きな苦悩にさいなまれているという、ドラマティックな場面です。

第25曲 レチタティーヴォ

オルフェオ

新たな悩み

エウリディーチェ

いとしいあなた

こんな風に私を捨てるの?

私は涙に暮れているのに

慰めてもくれないの?

悲しみに私は押しつぶされているのに

助けてもくれないの?

おお、星よ、それでは

あなたに抱かれることもなく

別れを告げることもなく

私はもう一度死ななければならないの?

オルフェオ

もう自分が自分で抑えきれない。

少しずつ

理性を失い

掟を忘れ

エウリディーチェ、私自身も!

そして…

(振り向こうとして、思いとどまる)

エウリディーチェ

オルフェオ、あなた!

(石の上に座り込む)

ああ…死に…そうだわ

オルフェオ

いかん、お前、聞いてくれ!

(振り向いて、彼女を見ようとする)

お前が知ってさえすれば…

ああ、どうしたらいいのだ?

いつまでこの恐ろしい地獄で

苦しまなければならないのか?

エウリディーチェ

ねえあなた、わたし…のこと…

忘れないで!

オルフェオ

なんという苦しみ!

ああ、胸が張り裂けそうだ!

もう我慢できない…

私はいらだち…

震え…

正気を失う…

(衝動的に振り返り、彼女を見る)

ああ!

私の大事なひと!

エウリディーチェ

神様、どうしたのかしら?

私、気が遠くなる、死ぬわ

(死ぬ)

オルフェオ

うわあ!

いったい何をしたのだ

愛ゆえの錯乱が

私をどこまで駆り立てたのだ?

(急いで彼女に駆け寄る)

妻よ!

エウリディーチェ!

(彼女を揺り動かす)

エウリディーチェ!

私の妻よ!

ああ、死んでしまった

呼んでも答えてくれない。

情けない!

彼女をまた、永遠に失ってしまった!

おお、神の定め!

おお、死よ!

おお、むごい思い出!

助けてくれるものもなければ

相談に乗ってくれるものもない!

ただ目にするのは

ああ、ひどい光景!

私の絶望を示す

痛ましいものばかり!

満足するがよい、よこしまな運命よ!

私はもう終わりだ!

このレチタティーヴォでは、エウリディケは怒りを通り越して、元気をなくし、悲しみに打ち沈みます。こうなると、夫は責められるよりも辛くなってしまい、妻がどうなってしまうのか、心配で堪らなくなります。そして、ついに振り返って彼女を見てしまうのです。これこそ神の試練であり、ここで妻を思いやらないのであれば、妻への愛が足りない、ということにもなってしまいます。しかしその愛は、再び愛する人を失ってしまう結果となるのです。

オルフェウスは、神の邪悪な計画通りになって満足か!?と憤り、そして絶望します。

動画は、引き続きチェスキー・クルムロフ城バロック劇場での映画版(日本語字幕)です。演奏は、ヴァーツラフ・ルクス指揮のコレギウム1704、コレギウム・ヴォカーレ1704(合唱)、エウリディーチェ役はエヴァ・リーバウ(ソプラノ)、オルフェオ役はベジュン・メータ(カウンターテノール)です。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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