孤独のクラシック ~私のおすすめ~

クラシックおすすめ曲のご紹介と、歴史探訪のブログです。クラシックに興味はあるけど、どの曲を聴いたらいいのか分からない、という方のお役に立ちたいです。(下のメニューは横にスライドしてください)

愛の神が与える、救いと試練。~マリー・アントワネットの生涯26。グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第1幕後半

カラヴァッジョ『愛の勝利』

神を呪う、神の子

今回は、グルックオペラ『オルフェオとエウリディーチェ第1幕の後半です。

結婚したばかりの愛妻、エウリディケを失った、オルフェウス

エウリディケを悼み、オルフェウスを慰めようとする友人の羊飼いやニンフたちを遠ざけ、独り新妻の墓の前で悲嘆に暮れます。

彼女への追慕の情は募るばかり。

諦めようとしても諦めきれません。

ついに、彼は怒りを発し、このような酷い運命を課した神々を恨み、非難します。

彼は、神の血を引いていますが、神ではなく、不死でもなく、人間なのです。

愛する人をすぐ奪うくらいなら、なぜ与えたのか。

あの若さで死に至らしめるなんて、酷すぎる。

黄泉の国(冥界)にまで追いかけていって、エウリディケを取り戻してやるぞ!

大胆な英雄たちのように!

愛する人を取り戻すため、地獄にまで降りていく覚悟を示します。

大胆な英雄たち、というのは、アテネの英雄テセウスが、親友ペイリトオスと共に冥界の王プルート(ハデス)の妃、ペルセポネを誘拐しようと、無謀にも地獄に下っていった伝説を指します。

その物語は、ラモーが不滅のオペラ『イポリートとアリシー』で取り上げ、かつて記事にもしました。(旧記事に動画を追加しました)

www.classic-suganne.com

愛の神の助け舟

ジョヴァンニ・バリオーネ『天上の愛と俗世の愛』

神を口汚く罵るオルフェウスのところに、いきなり、愛の神アモールが降臨し、『助けてやる』と伝えます。

アモールはローマ神話の恋と性愛の神で、クピド(英語でキューピッド)とも呼ばれます。

弓矢を持ち、羽をつけた、キリスト教の天使のような幼児や少年の姿で表わされる場合と、青年の場合があります。

ギリシャ神話ではエロスとされ、ヘシオドスの『神統記』によれば、この世のはじめ、カオス(混沌)の中から生まれた原初の神、とされています。

後に、美と性愛の神アフロディーテ(ヴィーナス)の従者の扱いにされますが、もともとはオリンポス十二神よりも古い神なのです。

好色な主神ジュピター(ゼウス)も、様々な恋の道でアモールの力を借りているので、彼には頭が上がりません。

そのため、オペラではかなり力を持ち、悪戯をして人を翻弄する神でもあります。

『イポリートとアリシー』では、性愛を嫌悪するお堅い女神アルテミス(ディアナ)とアモールの争いとなり、ジュピターの肩入れによりアモールが優勢となります。

その絶大な力をもったアモールが、ジュピターの命を受け、オルフェウスを助けよう、と申し出たわけです。

愛する人の顔を見てはいけない!

オルフェウスは、半信半疑ながら、妻を取り戻せるなら何でもしよう、と詰め寄ります。

アモールは、そのためには試練が必要だ、と告げます。

まず、第1の試練として、地獄の恐ろしい荒ぶる神々や怪物たちを、お前の歌でなだめるのだ。

第2の試練、その結果、エウリディケを取り戻せても、地上の世界まで連れ戻るまで、その顔を見てはいけない。

また、その訳も告げてはいけない。

これができるなら、望みは叶うであろう。

もし禁を破って顔を見てしまったら、エウリディケは今度こそ、永久に喪われるであろう。

そして、試練に耐えるよう励ますアリアを歌って、天に帰ってゆきます。

残されたオルフェウスは、彼女に再び会えたとしても、抱きしめもしなかったら、疑い、怒るだろう、と不安を感じますが、それでもやるしかない、と決意し、覚悟を決めて冥界にくだってゆきます。

それでは、聴いていきましょう。

グルック:オペラ『オルフェオとエウリディーチェ』第1幕後半

Christoph Willibald Gluck:Orfeo ed Euridice, Wq.30, Oct 1

演奏:ルネ・ヤーコプス(指揮)フライブルクバロック・オーケストラ、RIAS室内合唱団、ベルナルダ・フィンク(オルフェオ:カウンターテノール)、マリア・クリスティーナ・キール(アモール:ソプラノ)【2001年録音】

第1幕 第1場

第6曲 レチタティーヴォ

オルフェオ

神々よ!

ひどい神々よ

アケロン河(冥界の河)やアウェルヌス(冥界)に住む、

青ざめた顔の陰気な地獄の支配者たちの、

貪欲に死を求めるその手を、

美しさも、若さも、

和らげることも抑えることもできなかった

あなたはわたしから美しいエウリディーチェを奪った

おお、むごい思い出!

花も盛りのあの若さで!

あの人を返してくれ、暴虐な神々よ!

わたしの妻、

わたしのいとしい人を探すためなら、

大胆不敵な英雄たちのあとを追って、

あなたたちの恐ろしい国に踏み込む覚悟はあるぞ!

神を呪う、激しいレチタティーヴォです。オーケストラの緊迫した伴奏に乗って、オルフェオがドラマティックに咆哮します。

第1幕 第2場

天からアモール(愛の神)が降臨する。

第7曲 レチタティーヴォ『アモールが助けよう』

アモール          
アモールが助けよう!

オルフェオ

ユピテルは悲嘆に暮れるお前を憐れとおぼしめし、

レーテー(黄泉の国の忘却の河)のゆるやかな流れを

生きながら渡ることを許したもうた

行くがよい、

闇に包まれた奈落の国へ

お前の歌により、

復讐の女神たち、怪物ども、

情けを知らぬ死をなだめられれば、

最愛のエウリディーチェを

この世の太陽のもとに

連れ戻すことができる

オルフェオ

おお、どうすれば?

おお、いつ?

そんなことができるだろうか?

説明してくれ!

アモール

厳しい試練に耐える勇気があるか?

オルフェオ

エウリディーチェを返してくれるなら

わたしが恐れるとでも?

アモール

ならば、事を成し遂げるための

条件を教えよう

オルフェオ

話してくれ!

アモール

三途の河の洞窟を出るまで、

エウリディーチェを見てはならぬ

またこの重大な禁止を彼女に打ち明けてもならぬ

さもないと、また、今度こそ永久に、

彼女を失うことになる

そして激しい悔恨に身をさいなまれ、

不幸な生涯を送ることになろう

このことをよく考えよ、さらば!

アモールは、バロックオペラでよく使われた、神々しい前奏を伴って機械仕掛けで舞台上から降りてくる、デウス・エクス・マキナ機械仕掛けの神)ではなく、いきなり唐突に登場します。

そして、ユピテル(ジュピター)が、お前の悲嘆を憐れに思って、私を助け船として遣わしたのだ、と告げます。そして、矢継ぎ早に試練について説明し、行ってこい、と背中を押します。

第8曲 アリア『眼差しをこらえ』

アモール

眼差しをこらえ、

沈黙を守るのだ

たとえ苦しくても、

ほんの少しの我慢だ

恋する者は、

愛する人を前にすると、

時に取り乱し、打ち震え、

さらに動揺し、

口もきけなくなるということは、

お前も知っているだろう!

これまでの音楽は、まるでお葬式のような厳しいものでしたが、アモールのアリアは、弦のピチカートに乗った優雅なものです。管楽器も楽し気に、スキップをするようなリズムで、わざと神の異次元感を醸し出しています。オルフェウスは、この歌に希望を感じるというよりは、その能天気なまでの陽気さにとまどっています。アモールは、アリアを歌い終えるとさっさと天に帰っていきます。

第9曲 レチタティーヴォ

オルフェオ

夢か?

幻か?

エウリディーチェは生き返って、

わたしの前に現れるというのか?

こんなに苦しんだあげく、

その時がきても、

愛情に心を千々に乱しながら

彼女を見てはならぬ、

この胸に抱きしめてはならぬとは!

かわいそうな妻よ!

あの人は何というだろう?

何と思うだろう?

彼女の腹立ちが目に見えるようだ

考えただけでも

血が凍り

心が震える気がする

だが、やれるのだ!

わたしはやるぞ!

きっとやってみせる!

耐え難い最大の不運は

ただひとりわたしの心が愛する人に奪われること

おお、神よ、力を貸したまえ

言いつけに従います

再び緊張感をはらんだレチタティーヴォに戻り、残されたオルフェウスが、突然の神のお告げと、課せられた試練に戸惑い、葛藤しますが、歌ううちに心が定まり、神の与えてくれたチャンスに挑む決意を固めます。レチタティーヴォの最後は、オーケストラが嵐のように咆哮し、オルフェウスは地獄に降りゆくさまを描写します。

マリー・アントワネット肝いりの《パリ版》

パリ版の楽譜の表紙。『騎士グルックが王妃(REINE)に捧げる』と大書

さて、1774年に、フランス王妃マリー・アントワネットは、かつての自分のピアノ教師グルックが、『オルフェオとエウリディーチェ』をパリで上演するのを全面的に後援します。

グルックは、パリ・オペラ座で上演するにあたり、かなりの改変を加えます。

これが《パリ版》です。

フランス語では『オルフェとウリディス』となります。

歌詞がフランス語になったほかにも、ウィーンよりも大きな編成のオペラ座のオーケストラに合わせて、楽器編成も拡充されました。

また、主役のオルフェーオが、ウィーン版ではカストラート(去勢歌手)だったのですが、フランスではカストラートが不自然だとして嫌悪されていたので、高音テノールオートコントルとされました。

現代にもカストラートはいませんので、ウィーン版の上演ではカウンターテノールになるのが通例です。

でもパリ版では高音テノールに移調されました。

また、フランス趣味に合わせてバレエ曲も拡充され、歌も追加で作曲されました。

《ウィーン版》では、オルフェウスレチタティーヴォで地獄に降りていきますが、《パリ版》では、地獄に行く決意を述べるアリアが追加されています。

このアリアはコロラトゥーラを交えた英雄的な、イタリア風の曲で、グルックのオペラ改革に反するのですが、人気を博しました。

私はウィーン版しか知らなかった頃、国際線飛行機の機内イヤホンでこの曲を聴き、あのオペラにこんな曲はなかったはず、なんだこれは??と長い間謎に思っていました。

パリ版も聴けるようになって、ようやく謎が解けました。

それでは聴いてみましょう。

【パリ版の追加曲】アリア『再び希望が生まれた』

マルク・ミンコフスキ指揮 レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル、リチャード・クロフトテノール

オルフェオ

わたしの心に再び希望が生まれた

情熱を捧げる人への愛の炎を

アモールは燃え上がらせた

彼女の魅力に再び出会うことができる

地獄が私たちを隔てても無駄だ

どんなに手強い怪物が現れても

わたしは恐れない!

 

動画は序曲と同じ、チェスキー・クルムロフ城バロック劇場での映画版(日本語字幕)の続きです。演奏は、ヴァーツラフ・ルクス指揮のコレギウム1704、コレギウム・ヴォカーレ1704(合唱)、オルフェオ役はベジュン・メータ(カウンターテノール)、アモール:レグラ・ミューレマン(ソプラノ)です。

動画プレイヤーは下の▶️です☟

 

今回もお読みいただき、ありがとうございました。

 

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